「MR」の記事

「これからのOSはハードウェアを起点としない」と断言するMicrosoftの思惑

山下洋一のfilm@11 第5回

「これからのOSはハードウェアを起点としない」と断言するMicrosoftの思惑

2019.03.01

携帯OSを提供していなくてもモバイルで存在感を示すMicrosoft

これからのOSが「抽象化」すべきハードウェアとは?

モバイルの次のコンピューティングの大きな波はアンビエント

Windowsユーザーも注目すべきオープンなストアモデルと次世代Xbox

Microsoftが携帯産業のトレードショー「MWC 19 (Mobile World Congress)」でWindows Mixed reality (MR)対応のゴーグル型デバイスの新世代モデル「HoloLens 2」をビジネス向けに発表した。3年ぶりのMWC参加、しかし、同社はWindows 10 Mobileの開発を終了させてから携帯向けのOSを提供していない。MWCでのプレスイベントには大物が登場し、HoloLens 2のエコシステムのサポートを表明した。でも、その大物はゲーム大手Epic Gamesの創業者Tim Sweeney氏だった。HoloLens 2はゲーム機ではないし、コンシューマ向けでもない。

批判しているような意地悪な書き方をしたが、MWCにおけるMicrosoftからは数多くの「なぜ?」が思い浮かぶ。だが、ちぐはぐなようでいて同社の行動は首尾一貫しており、そこから今のMicrosoftの強さや先進性が読み取れる。

世界最大級の携帯電話関連展示会であるMWCで「HoloLens 2」や「Azure Kinect」など、インテリジェントエッジ・デバイスを発表

もう「ハードウェア」はいらない?

Microsoftはスマートフォン向けのOSからは撤退したし、PC市場のゆるやかな減速は続いている。クラウドが新たな成長ドライバーではあるものの、それも二番手だ。一般のWindows PCユーザーの中には、今のMicrosoftから強さや先進性を感じ取っていない人が少なくないと思う。

しかし、中国市場が減速、エンタープライズ需要も鈍化し、PC産業がCPU不足の直撃を受けた昨年10月~12月期、それら全ての影響を受けながらMicrosoftは安定した増収増益を記録した。iPhone減速で株価を落としたAppleに代わって、今も時価総額トップの座についている。その安定ぶりは「クラウド好調」の一言で表現されがちだが、それだけでは今の新しいMicrosoftの開花を説明しきれない。

以前、1月にMicrosoftがアナリストらを集めたミーティングにおけるSatya Nadella氏 (CEO)の「コルタナはアプリやスキルでかまわない」という言葉から同社のプラットフォーム戦略を読み解いたことがあるが、今回は同じミーティングにおける「これからのオペレーティングシステム(OS)はハードウェアを起点としない」という言葉を取り上げる。今のMicrosoftのクラウドおよびサービス戦略の基本姿勢をよく表す言葉だ。

Andrew Tanenbaum氏の言う「オペレーティングシステム」によると、OSはハードウェアを「抽象化」し、アプリケーション・モデルを機能させる。だから、これまでOSの役割は「ハードウェアの管理」だった。しかし、今日私達の周りにはPC以外にも数多くのデバイスが存在し、それらは増加の一途である。PCだけで仕事をこなすのは不可能ではない。でも、状況に応じてPCまたはタブレット、スマートフォンを使いこなした方がプロダクティビティが向上し、より大きな成果を見込める。今もPCは存在し、OSのカーネルがデバイスをブートしているが、それはかつてのような「ハードウェアの抽象化」を意味しない。今日の人々の環境におけるハードウェアとは、目の前のPCではなく、自宅や職場で使う全てのデバイスだ。そうしたデバイスが絡み合う環境の抽象化が今日の「ハードウェアの抽象化」であり、今のMicrosoftはそこを起点にOSをとらえている。

「ユビキタス」に似た「アンビエント」の概念

付け加えると、「数多くのデバイス」にはWindows以外のデバイスを含む。Microsoftは、OfficeでWindowsと同様にApple製品もサポートし始めた。スマートフォン市場で敗れたMicrosoftの失地回復のように見なされるが、そうではない。同社は「モバイル」の次に「アンビエント」がコンピューティングの大きな波になると見ている。

アンビエントとは、自宅やオフィスなどの環境そのものにコンピュータがとけ込み、ユーザーがいつでもどんな方法でも情報にアクセスしたり、環境の中にある様々なデバイスを自由に操作したりできるようになることを指す。モバイル時代が到来する前に、ブロードバンドのネット環境が人々の暮らしや職場にとけ込むことを指して「ユビキタス」がキーワード化したが、今のアンビエントはそれに似ている。MWCでAlex Kipman氏 (HoloLensの生みの親)は「人がテクノロジーを受け入れるのではなく、テクノロジーが人を受け入れる」と表現していた。そうした環境は、ユーザーをWindowsに囲い込むような排他的なアプローチでは実現できない。

MWCのプレスイベントでは「最も奥が深いテクノロジはとけ込んで消えてしまうもの」というパロアルト研究所のMark Weiser氏の言葉を紹介した

Office 365、iOS版やAndroid版のOfficeアプリの提供、Windows版と同等のMac用Officeの提供、Microsoft 365、Dynamics 365等々、近年Microsoftは「ハードウェアを起点としないOS」を実現しようとしてきた。12月期の決算からコラボレーションツール/グループチャットウェアの「Teams」が現れ始めたが、TeamsはOffice 365でチームワークを実現するためのハブであり、Nadella氏は「クラウドのためのOS」というように表現していた。

Microsoftは「HoloLens 2」を売らず、「体験」を売る

HoloLens 2にしてもインテリジェントエッジ・デバイスとして、Azureとより密に連携してソリューションを提供できるようにデザインされており、デバイスを1台3,500ドルで販売するだけではなく、Dynamics 365 Remote Assistをバンドルしたサブスクリプションでも提供する。また、HoloLens 2の仮想空間やMRアプリはiOSやAndroidからもアクセスできるようにデザインされている (Azure Spatial Anchors)。クラウド上の3Dコンテンツをレンダリングして、エッジデバイスにストリーミングすることも可能だ (Azure Remote Rendering)。

それらが何を示すからというと、MR体験の普及だ。HoloLens 2が仕事にMRを活用できるデバイスであっても、社員や顧客の全てがHoloLensを持つようにはならないだろう。HoloLensユーザーは限られる。でも、MR体験を得られるデバイスは数多く存在する。それらをしっかりとサポートすることで、HoloLens 2を使っていない人達でもMRを活用できるようにする。

「HoloLens 2」では「オープンなストア」「オープンなWebブラウジング」「オープンなプラットフォーム」を提供、そうした姿勢はMicrosoftのこれからのエコシステム作りにも関わる

HoloLens 2のアプリはMicrosoftストアから配信されるが、オープンなストアモデルを採用する。同ストアに囲い込むのではなく、サードパーティも独自に配信できるようにする。そこでEpic GamesのTim Sweeney氏が登場した。Epicといえば昨年、大ヒットゲーム「Fortnite」の配信やクロスプレイで度々論争を巻き起こしたゲームスタジオだ。

ゲーム機、PC、モバイル、あらゆるデバイスをサポートし、そして異なるデバイス同士でもネット対応ゲームを遊べるのをEpicは理想としている。それを実現する上で、今日のモバイルのアプリストアがアプリ提供者に課している売上30%の手数料は「重すぎる」し、プラットフォームに囲い込まれる制約も多い。そのため、Android版Fortniteの提供ではGoogle Playを使わずに独自配信を選択した。クロスプレイについては、プレイ体験の質を理由にPlayStationが対応に消極的だった。これまでの常識で考えたら、Android向けの独自ストア配信はユーザーに負担を強いる選択だし、混乱しがちなクロスプレイより良質なゲームプレイ体験が好まれるだろう。しかし、Fortniteプレイヤーの多くはクロスプレイの価値を認めてEpicを支持。ユーザーの声に折れて、PlayStationもクロスプレイに対応することになった。

3年前MicrosoftがWindows 10のストアモデルを強く推進し始めた時に、Epicはロックイン・モデルに失望を表した。そのEpicが今、アプリストアの今日の箱庭モデルを破壊し、プラットフォームの壁を乗り越えようとするMicrosoftの取り組みに支持の声を上げた。そのインパクトはこれから徐々に広がっていくだろう。

世界的に大ヒット、社会現象化しているバトルロイヤルTPSゲーム「Fortnite」

噂の次世代Xboxが「アンビエント」の先鋒になる可能性

「E3 2019」(2019年6月11日~13日)において、Microsoftが次世代Xboxについて語るという噂が飛び交っているが、今のMicrosoftの長期的な取り組みを考えたら、次世代のXboxはこれまでのようにコンソールに軸足を置いたものではなくなる可能性が高い。これまで同様Xboxというゲーム機は存在するが、軸足はXbox Liveに置かれる。ゲーム開発者カンファレンス「GDC 2019」(2019年3月18日~22日)やE3 2019では、PC、ニンテンドースイッチ、iOSやAndroidなどとのXboxタイトルのクロスプレイを実現する仕組みが注目点になる。

この変化には一般のWindowsユーザーも注目するべきだ。なぜならXboxはMicrosoftの純粋なコンシューマ向け製品であり、その変化は一般ユーザーにとってのWindowsのこれからの変化を示唆するからだ。デバイスに関わらず、いつでもどこでも遊べるクロスプレイは、アンビエントコンピューティングの価値を分かりやすい形で多くの人々に伝える。昨年Fortniteで起きたことが、モバイルやPC、他のIT環境でも起こり得る。

「ハードウェアを起点としないOS」と言われると、Windowsが軽んじられているように思う一般ユーザーが少なくないと思う。でも、現状ではほぼApple製品でしか使えないAppleのサービスに対して、Apple製品でも優れた体験で利用できるMicrosoftのサービスはTAM (Total Addressable Market: 市場における製品またはサービスの総需要)が非常に大きい。そのユーザー規模によって、Windowsのエコシステムも盤石になる。

現場業務のMR活用をリードする東電「クアンタムアール」の実力は?

現場業務のMR活用をリードする東電「クアンタムアール」の実力は?

2018.12.04

MRを活用した「クアンタムアール」の実証実験を見学

仕様書や回路図などがヘッドマウントディスプレイに

多くの企業からの引き合いに応えるため販売開始

今年5月に、東京電力ホールディングスとゲームの拡張パックなどを手がけるポケット・クエリーズの共同研究について紹介した。研究では「Mixed Reality」(複合現実、以下、MR)を活用した「QuantuMR」(クアンタムアール)というデバイスの開発を行っており、点検や整備といった“第一線現場業務”での利用が期待されている。

このときは、まだ試作段階のものが披露されたレベルで、実際の業務には活用されていなかったが(イメージ映像はみせていただいた)、7月から実証実験が開始され、その途中報告が東京・世田谷区にある変電所で行われた。

ヘッドマウントディスプレイ型の「QuantuMR」(クアンタムアール)

ちなみにこの変電所は25~50万ボルトで送られてきた電力を6,000ボルトまで落とし、家庭やビルに配電する「配電用変電所」である。つまり、ここから電柱や地下に張られた電線を伝って、われわれの生活に電気が届く。

変電所という舞台でMR技術の有用性を実感

MRはVR(仮想現実)とAR(拡張現実)をミックスしたテクノロジー。ゲーム機などで採用されているVRヘッドマウントディスプレイに、「Pokémon GO」のようなARが投影される。VRはヘッドマウントディスプレイにより視界が遮断され、ARはスマホやタブレット上に情報を映す限定的なものが多い。だが、クアンタムアールは肉眼での視界の上に各種アイコンなどのインタフェースを投影。肉眼で目の前の機器などを確認しながら、各種情報にアクセスできる。

5月に共同開発が発表されたときは、東京電力本社の会議室でクアンタムアールを着用したが、イスやテーブルばかりで歩行進路を示すマーカーぐらいしかテクノロジーを体感できなかった。だが、今回は変電所という実際の事業所だ。変圧器がズラリと並んだ部屋でクアンタムアールを装着すると、多くの情報にアクセスできることを確認することができた。

歩行進路を示す矢印状のマーカーのほか、各種情報にアクセスできるアイコンが表示されている

では、なぜMRが第一線現場業務で有効なのだろうか。これまで、点検・整備といった業務は、紙の仕様書やタブレットがメインだった。だが、ともに片手がふさがってしまい作業効率が落ちる。また、仕様書の読み違えがないか、二人一組で行動しなくてはならなかった。そして仮に管理する機器に異常が発生し、処置が必要になった際、膨大な紙資料のなかから該当するものを探す必要があるだけでなく、電力のようなインフラは、異常発生の際、速やかに処置・復旧させなくてはならない。初動が遅れることは、それだけわれわれの生活へのダメージとなる。

クアンタムアールでは、紙資料を持ち歩かなくても、アイコンをタッチしていくことで各種仕様書や操作手順書にアクセスできる。おおよそ必要な情報を呼び出せるので、仕様書や手順書を間違ったからといって管理室や資料室に取りに戻る必要はない。また、クアンタムアールによる点検・整備も基本的には二人一組だが、紙資料の場合とは役割が異なる。実際の機器の前に進むのはクアンタムアールを着用した作業員。もう一人はパソコンでクアンタムアールから送信される映像をモニタリングし、ボイスチャットやマーカーなどで、機器を前にした作業員に指示を送れる。こうした遠隔コミュニケーション機能は、特許出願中だそうだ。

指で上下から挟むようにしてアイコン操作を行う
回路図を呼び出したところ
パソコンで作業状態をモニタリングできる。左のディスプレイはクアンタムアールをとおした映像、右のディスプレイは3Dマップ。3Dマップ右側には作業手順の指示が表示され、その作業が終了すると時刻が記録されていく
外部カメラにより映された映像で、作業員の様子をチェックできる
丸印などを描くことで、具体的な点検箇所を指示可能

MRによる業務支援機器のなかでリードする存在

こうしたなか、東京電力とポケット・クエリーズは、クアンタムアールの販売開始を発表した。実は、実証実験はまだまだゴールしていない。これからも試験を進めながら、機能や使い勝手をブラッシュアップしていく段階だ。ではなぜ、クアンタムアールの販売開始をリリースしたのだろうか。

東京電力によると、多くの企業から引き合いがあるのが理由らしい。クアンタムアールは、複数の事業所で汎用的に使えるデバイスではない。その事業所が必要とする仕様書・手順書、3Dマップなどの準備、クアンタムアール使用者のトレーニングが必要。その期間を見越して販売開始を早めにリリースしたとも考えられる。

クアンタムアールの優位性を語る、東京電力ホールディングス 経営技術戦略研究所 経営戦略調査室の大木功氏(左)と、ポケット・クリエーズ 代表取締役の佐々木宣彦氏(右)

実際にどのような企業から引き合いがあるのか、具体的な社名には触れなかったが、電気・ガスといったインフラ事業が多いらしい。電力自由化・ガス自由化により、エネルギーに関わる新企業が増えたことも影響していそうだ。また、両社は今後、水道事業者などにもアプローチしていきたいとも語る。

MRを活用した業務支援サービスは、各社で研究開発が進められている。だが、大木氏も佐々木氏も「実証実験にこぎ着けられたクアンタムアールは、頭ひとつ抜け出している」と胸を張った。