今年5月に、東京電力ホールディングスとゲームの拡張パックなどを手がけるポケット・クエリーズの共同研究について紹介した。研究では「Mixed Reality」(複合現実、以下、MR)を活用した「QuantuMR」(クアンタムアール)というデバイスの開発を行っており、点検や整備といった“第一線現場業務”での利用が期待されている。

このときは、まだ試作段階のものが披露されたレベルで、実際の業務には活用されていなかったが(イメージ映像はみせていただいた)、7月から実証実験が開始され、その途中報告が東京・世田谷区にある変電所で行われた。

ヘッドマウントディスプレイ型の「QuantuMR」(クアンタムアール)

ちなみにこの変電所は25~50万ボルトで送られてきた電力を6,000ボルトまで落とし、家庭やビルに配電する「配電用変電所」である。つまり、ここから電柱や地下に張られた電線を伝って、われわれの生活に電気が届く。

変電所という舞台でMR技術の有用性を実感

MRはVR(仮想現実)とAR(拡張現実)をミックスしたテクノロジー。ゲーム機などで採用されているVRヘッドマウントディスプレイに、「Pokémon GO」のようなARが投影される。VRはヘッドマウントディスプレイにより視界が遮断され、ARはスマホやタブレット上に情報を映す限定的なものが多い。だが、クアンタムアールは肉眼での視界の上に各種アイコンなどのインタフェースを投影。肉眼で目の前の機器などを確認しながら、各種情報にアクセスできる。

5月に共同開発が発表されたときは、東京電力本社の会議室でクアンタムアールを着用したが、イスやテーブルばかりで歩行進路を示すマーカーぐらいしかテクノロジーを体感できなかった。だが、今回は変電所という実際の事業所だ。変圧器がズラリと並んだ部屋でクアンタムアールを装着すると、多くの情報にアクセスできることを確認することができた。

歩行進路を示す矢印状のマーカーのほか、各種情報にアクセスできるアイコンが表示されている

では、なぜMRが第一線現場業務で有効なのだろうか。これまで、点検・整備といった業務は、紙の仕様書やタブレットがメインだった。だが、ともに片手がふさがってしまい作業効率が落ちる。また、仕様書の読み違えがないか、二人一組で行動しなくてはならなかった。そして仮に管理する機器に異常が発生し、処置が必要になった際、膨大な紙資料のなかから該当するものを探す必要があるだけでなく、電力のようなインフラは、異常発生の際、速やかに処置・復旧させなくてはならない。初動が遅れることは、それだけわれわれの生活へのダメージとなる。

クアンタムアールでは、紙資料を持ち歩かなくても、アイコンをタッチしていくことで各種仕様書や操作手順書にアクセスできる。おおよそ必要な情報を呼び出せるので、仕様書や手順書を間違ったからといって管理室や資料室に取りに戻る必要はない。また、クアンタムアールによる点検・整備も基本的には二人一組だが、紙資料の場合とは役割が異なる。実際の機器の前に進むのはクアンタムアールを着用した作業員。もう一人はパソコンでクアンタムアールから送信される映像をモニタリングし、ボイスチャットやマーカーなどで、機器を前にした作業員に指示を送れる。こうした遠隔コミュニケーション機能は、特許出願中だそうだ。

指で上下から挟むようにしてアイコン操作を行う
回路図を呼び出したところ
パソコンで作業状態をモニタリングできる。左のディスプレイはクアンタムアールをとおした映像、右のディスプレイは3Dマップ。3Dマップ右側には作業手順の指示が表示され、その作業が終了すると時刻が記録されていく
外部カメラにより映された映像で、作業員の様子をチェックできる
丸印などを描くことで、具体的な点検箇所を指示可能

MRによる業務支援機器のなかでリードする存在

こうしたなか、東京電力とポケット・クエリーズは、クアンタムアールの販売開始を発表した。実は、実証実験はまだまだゴールしていない。これからも試験を進めながら、機能や使い勝手をブラッシュアップしていく段階だ。ではなぜ、クアンタムアールの販売開始をリリースしたのだろうか。

東京電力によると、多くの企業から引き合いがあるのが理由らしい。クアンタムアールは、複数の事業所で汎用的に使えるデバイスではない。その事業所が必要とする仕様書・手順書、3Dマップなどの準備、クアンタムアール使用者のトレーニングが必要。その期間を見越して販売開始を早めにリリースしたとも考えられる。

クアンタムアールの優位性を語る、東京電力ホールディングス 経営技術戦略研究所 経営戦略調査室の大木功氏(左)と、ポケット・クリエーズ 代表取締役の佐々木宣彦氏(右)

実際にどのような企業から引き合いがあるのか、具体的な社名には触れなかったが、電気・ガスといったインフラ事業が多いらしい。電力自由化・ガス自由化により、エネルギーに関わる新企業が増えたことも影響していそうだ。また、両社は今後、水道事業者などにもアプローチしていきたいとも語る。

MRを活用した業務支援サービスは、各社で研究開発が進められている。だが、大木氏も佐々木氏も「実証実験にこぎ着けられたクアンタムアールは、頭ひとつ抜け出している」と胸を張った。