モノのインターネット、いわゆるIoT(Internet of Things)の事例が増えるなか、ここのところ注目されているのが「LPWA(Low Power, Wide Area)」だ。IoTデバイスの多くはWi-FiやBluetoothを使うもの、というイメージがあるなか、名前の通り「低消費電力で広範囲な通信」で支持されつつある。

LPWAには、周波数帯域の利用に免許が必要なライセンスバンドを用いる「LTE Cat.NB1(NB-IoT)」や「Cat.M1」と、免許が必要ないアンライセンスバンドを利用する「LoRaWAN」や「Sigfox」が存在する。ライセンスバンドの規格は昨年に標準化が完了し、今後各携帯キャリアによる環境整備が見込まれている。

一方で、いち早く企業による活用が進むのがLoRaWAN。前述の通りアンライセンスバンドを利用することで導入の敷居が低く、さまざまな通信事業者がソリューションを提供し、実証実験も多数行われている。中でも、B2BのMVNOで急成長したベンチャー「ソラコム」の動きは大きな注目を集めた。

ソラコムはかねてからIoTに関連するさまざまなソリューションを提供してきた。MVNOとして、帯域をあまり利用しない用途に応じたサービスを提供してきたほか、代表取締役社長の玉川 憲氏がかつてエバンジェリストを務めていたAWSなどのクラウドへのデータ送信、接続性の担保など、大手企業のクライアントも多数抱えるまでに成長した。

PoCキットで用意されているArduino開発シールド

LPWAについても同社はいち早く取り組んでおり、2016年7月「LoRaWAN PoCキット」を試験リリース、今年2月には正式なサービスとしてスタートした。PoCキットでは、ゲートウェイとArduino開発シールドを用意し、デバイスで収集したデータをそのままソラコムプラットフォームに送信する仕組みを構築。企業はLPWAの恩恵を受けつつも、通信部分をソラコムに任せることで、アプリケーション開発に注力できることになる。

ソラコムといえば、先日発表されたKDDIによる買収が大きな話題となったが、そのKDDIも「LoRa PoCキット」を昨年末にリリースしている。とは言ってもソラコムのキットに共通する部分も多く、バックエンドにSORACOM vConnec Coreを活用した「KDDI IoT コネクト Air」を利用。ほかにLoRa端末が10台、半年分の通信費、サポート費用などを含めた総額120万円の検証実験キットとなる。

ここのところ取材でよく聞くのが「IoTをやれと言われて、とりあえずIoTに類する何か」をやろうとする企業が多いという話。こうしたPoCキットは、その取っ掛かりとして"とりあえず"にちょうど良いものかもしれないが、それなりのコストがかかるため、「やって終わり」では済まされない。

「日本企業はとにかく事例を求める」とは、あるクラウドベンダーの取材中に言われた言葉だが、確かに類似事例がないことには上司への説得にもならないのだろう。そうした事例作りという裏の狙いもあるのだろうか、KDDIは8月10日から9月までLoRa PoCキットを活用して、御殿場市と共同で富士山の御殿場口における登下山者数の"見える化"を始めた。

赤外線と超音波で通行人を把握

これまでは人力で、御殿場市職員などがカウンターを持って通行者の人数を確認し、多大な労力を割いていた。もちろん、開山期間中すべての人数把握などできるはずもなく、人件費などを考慮すればキットによる自動化の仕組みは願ったり叶ったりだろう。

見える化の仕組みは、赤外線センサーと超音波センサーを組み合わせて人の移動を検知する。赤外線センサーで人の移動を検知したあと、超音波センサーが3方向に超音波を発し、人の移動方向を感知する。これによって、登山しているのか、下山しているのか判断する。

登下山道にセンサーを設置。写真右、箱の横にある丸い穴の下で赤外線を出して人を検知、すぐに上の穴から超音波を出して人の動きの向きを測定する

登下山の方向を判断する理由は、登下山道であっても途中で引き返すケースや、御殿場口付近にはハイキングコースが設置されている実態の把握。KDDIが「富士山登山状況見える化プロジェクト」というサイトを公開しており、実際の数字を確認できる。

データの送信頻度は30分に1回で、通過時刻などのタイムスタンプは保持せず、30分間にどちらの方向に通過したかの人数データをそのまま数字で送信する。今回は御殿場口付近の5箇所、数百メートル圏にデバイスを設置したが、KDDIの調査によれば5km以上離れた富士山頂の剣ヶ峰でも電波を確認できたという。これこそがWi-FiやBluetoothでは実現できないLPWAの強みだ。

LoRaゲートウェイ(左)と、LTEルーター(右)

唯一の課題はバッテリーだろうか。2万6800mAhの大容量モバイルバッテリーをセンサーデバイスに備え付けているが、(余裕を持って)2週間に1回はバッテリーの交換が必要だという。担当者の話によれば、30分に1回だけデータを送信するLoRaWANモジュールよりも、赤外線センサーと超音波センサーの電力消費が大きいようだ。

開山期間が2カ月程度の富士山であれば交換する負荷はあまりかからないとみられるが、より定常的にセンサーを利用するケースでは、有線による電力の確保や太陽光パネルの設置といった対策が必要になりそうだ。

当日はあいにくの雨で登山者も少なかった
市販の大容量モバイルバッテリーを利用しているが、2週間おきの交換が必要だという
御殿場市 産業スポーツ部 部長 勝俣 昇氏

御殿場市 産業スポーツ部 部長の勝俣 昇氏は、「多くの観光客に来ていただいているにも関わらず、その実態を把握できていなかった」と現状を語る。この実証実験を通して、富士登下山道の利便性向上や、ツーリズムの基礎資料に役立てるという。

御殿場口は、規模の大きい施設がある富士吉田口や、山頂までの距離が短い富士宮口と比較して利用者が少なく、"ツウ好み"なスポット。それだけに御殿場市としても、冬季以外は通年楽しめるハイキングコースなどのアピールを行い、御殿場市中心地からの循環を目指したいところだろう。

現状の把握と目指す目的地がはっきりと定まっている場合は、こうしたPoCキットは有効だろう。しかし目的が「IoTをやる」だけでは目的と手段が入れ替わってしまい、本来達成すべきゴールを見失う。またLPWAの有効性も、前述のバッテリー問題のように「理想」と「現実」に開きがある可能性がある。

本番稼働ありきで検証するのではなく、ある程度の失敗やナレッジの蓄積を念頭に、目標を設定することが吉と言えそうだ。