半導体メーカーIntelの日本法人となるインテル株式会社(以下IJKK=Intel Japan KK)は、10月24日に東京都内で記者会見を開き、同社の新社長に鈴木国正氏が11月1日から就任することを明らかした。

IJKKの社長は、今年の3月末に前社長となる江田麻季子氏が退任したことが明らかになってから、IntelのEMEA地域の事業部長を務めていたスコット・オーバーソン氏が、暫定的に務めてきた。だが、オーバーソン氏は暫定社長という扱いで、本格的な次期社長をこれまで探してきたというのが経緯となる。

そのIJKKの新社長に就任する鈴木国正氏は、ソニー株式会社でキャリアを積んできた経営者で、最終的にはソニーの携帯電話事業子会社のソニーモバイルコミュニケーションズ株式会社の社長 兼 CEOにまで上り詰めた後、今年の3月にソニーを退職していた。ソニーモバイルでモバイル事業に関わる前には、PlayStation向けのネットワークサービスの立ち上げ、さらに99年~00年代にはソニーのPC事業「VAIO」事業の副本部長、最終的には事業本部長に昇格してVAIO事業をリードするなどしており、その頃は顧客としてIntelに関わってきた。

左から鈴木氏の直接の上司となる米Intelセールス&マーケティング統括本部副社長 兼 グローバル・マーケッツ&パートナーズ 本部長 シャノン・ポーリン氏、インテル株式会社次期社長の鈴木国正氏、インテル株式会社 代表取締役社長 スコット・オーバーソン氏

なぜ内部昇格ではなかったのか、その舞台裏

IJKKの社長が鈴木氏に決まったということを知った時に、筆者が抱いた正直な感想は、「今回は内部昇格ではないのだ」ということにつきる。

というのも、歴代のIJKKの社長は、本社から赴任してきた場合を除き、ほとんどはIJKKからの内部昇格だったからだ。直近の江田麻季子前社長は、IJKKでマーケティング本部長を務めた後、アジアパシフィック地域でマーケティングに従事し、その後IJKKに戻り社長に昇格した。江田氏の前任者になる吉田和正氏も、IJKKで各事業部の事業本部長などを経験した後、IJKKの社長に昇格した。それ以前の傳田信行氏、西岡郁夫氏なども、いずれもIJKKの内部からの昇格となっており、暫定的に本社の副社長が務めていた時期を除けばほとんどが内部昇格で社長を出しているのが同社の歴史だ。

なぜ今回は内部昇格ではないかと言えば、江田麻季子前社長の退任がIntelにとって想定外の事態だったからだと考えることができる。江田氏の退任理由は明らかにされていないので詳細は不明だが、これまでの社長交代時は慣例として、前任者と後任者がそろって記者会見に臨んでいたことを考えれば、Intelにとって後任者も決まらない中での社長交代劇は「想定外」だったと言っていいだろう。

江田氏が社長になった後、江田氏と同じ時期に社長候補だと考えられていた二人の副社長は相次いでIJKKを去っている。つまり、幹部の世代交代がこの時に方針として決まったため、他の候補者は社を去ったのだと考えられる。そして、江田氏が社長の間に社内から後任者を決め昇格させ、円滑な世代交代が進められるはずだったが、そのシナリオは江田氏の突然の退任ですべて狂ってしまった、そう考えることができるだろう。

そこで、社外から社長が招請されることが決まり、その人材として、ソニーの幹部の一人として経営経験も豊富な鈴木氏が次期社長として選ばれた、そういうことだろう。今後は、「次の次」を見据えた人事もどこかのタイミングで行なわれることになると見る。

日本でPC事業の強化が一筋縄ではいかなくなる理由

新社長は荒波に向かうことになる?

これまで、IJKKの存在価値は日本のOEMメーカーを手厚くサポートし、鈴木氏がいたソニーVAIOがそうであったように、世界でも注目されるユニークでイノベーティブな製品の販売につなげるというところにあった。そこが本社からも評価されてきたのだが、その状況は大きく変わりつつある。というのも、日本からグローバル市場向けPCを大規模に販売するメーカーが事実上なくなりつつあるからだ。そうした中で鈴木新社長は、これまでは調達先として関わってきたIJKKの中に落下傘社長として舞い降りることになる。与えられることになる課題は決して簡単ではない。

Intelの地域子会社の売り上げのカウントは、その地域に存在するOEMメーカーがどれだけCPUを買ってくれたのかで決まってくる。例えば、DellやHPのようにグローバルにビジネスを行なっているPCメーカーが、IntelからCPUを買ってPCを製造して、日本で100万台を売ったとする。その売り上げはIJKKにつくのかというと、そんなことはなくて、米国本社の売り上げになる。同じように、AcerやASUSなどの台湾メーカーが日本でPCを売ったとしても、台湾Intelの売り上げとしてカウントされ、IJKKの売り上げにならない。

では、日本のPCメーカーにCPUを売ればいいではないかということになると思うが、問題は、実質的にグローバルに大規模にPCを販売する日本のPCメーカーというのが既になくなりつつあることだ。NEC PCと富士通クライアントコンピューティング(FCCL)は既にLenovoの傘下になっており、今のところ両社とも売り上げはIJKKにカウントされているが、どこかのタイミングでそれがLenovoに切り替わって、中国Intelにカウントされるようになってもおかしくない。そして日本のメーカーの中では最大シェアを誇っていた東芝クライアントソリューションも、現在はシャープの子会社、もっと言えばその親会社の台湾ホンハイ社の孫会社となっている。今後それが台湾Intelへ移行してもおかしくない。

日本のPC市場は10年代前半の年間1,500万台からは減って年間1,000万台という市場に縮小しているが、それでも1千万台の市場があり、ボリュームとしては決して小さくはないが、今後それが劇的に増えると予想する人はいないし、日本の大手PCメーカーというものがなくなっていくことで、IJKKの役割は日本独自のOEMメーカーのテクニカルサポートという従来の役割から、徐々に変わっていくことにならざるを得ない。つまりIJKKにとってPCビジネスは既に成長市場ではないということだ。

自動車や5G、IoTなどの新分野を増やすことが課題に

このため、今後IJKKにとって重要になってくるのは、PC以外の分野への売り込みだ。特に、日本に残された最後の巨大コンシューマ向け製造業とされている自動車向け半導体の販売は、IJKKにとってもこれから最重要な分野になる可能性が高い。

自動車メーカーは単に車に搭載されるエッジ向けの半導体だけでなく、自社で設置するデータセンターなどにも多大な投資を行なっている。言うまでもなく自動運転は、自動車単体では実現できず、自動車メーカーが設置するデータセンターにあるコンピューティングリソースと協調しながら運行されるからだ。

また、今後は自動車メーカーが通信キャリアの基地局近くに設置していくエッジサーバーなどでも新しいビジネスチャンスがあると考えられる。既にIJKKはトヨタ自動車と協力して、エッジサーバーの規格を提案する取り組みを行なうなどしており、次のステップに向けて自動車メーカーとの協業を強化している。そうした取り組みを強化して、自動車メーカーとの取引を拡大できるか、それがIJKKの生き残りにとって重要な鍵となるだろう。

これ以外にも、5Gソリューション、そして自動車以外のIoT、さらには現在のIntelの稼ぎ頭であるデータセンター事業など、PC以外の事業がこれからのIJKKにとっては重要分野となっていくはずだ。こうしたビジネス環境の中で、鈴木氏がどのようにIJKKの舵取りをしていくのか、その手腕に注目が集まることになる。