ペットボトルコーヒーで覇権を取った「クラフトボス」が「紅茶」に手を広げる理由

ペットボトルコーヒーで覇権を取った「クラフトボス」が「紅茶」に手を広げる理由

2019.03.04

ヒット商品「クラフトボス」の新商品はなんと「紅茶」

コーヒー、紅茶という「壁」を越えた消費者動向がカギに

すっきり飲める無糖紅茶の裏には常識破りの製造方法

「BOSSなのに、コーヒーじゃないの?」

「クラフトボス」の新商品「クラフトボス・ティー」(2019年3月19日発売)が発表された時、率直にこんな感想を抱いた。

コンビニのコーヒー飲料の棚を様変わりさせたと言っても過言ではない、サントリーの「クラフトボス」。缶コーヒーではウリだった苦みやコクを抑え、長い時間かけて「ちびだら飲み」できるすっきりとした味わいが受け、ブランド立ち上げから2年目となった2018年も、前年から大幅に売り上げを伸ばし、発売から2年で2.7倍と急成長している。

「クラフトボス」製品群。左からブラック、ブラウン、ラテ
クラフトボスは同ブランドを牽引する急成長を遂げている(BOSSブランド戦略発表会より)

2018年6月発売の「ブラウン」以来ラインアップに動きがなかったため、新商品によるてこ入れは想定内だったが、中身がコーヒーではないというのは大胆な選択に映る。

「BOSS(ボス)」ブランドを牽引する主力シリーズに、ブランドの代名詞である「コーヒー」以外を投入することに決めた理由はどこにあったのだろうか。開発者とブランド責任者の言葉から、それを探ることにした。

「クラフトボス・ティー」は、2018年6月以来となるクラフトボスシリーズの新商品。加糖した商品が大半のペットボトル紅茶だが、これは無糖のストレート紅茶だ

「コーヒー党」以外も引きつけたクラフトボス

ブランド責任者であるサントリー食品インターナショナル 柳井慎一郎常務執行役員は、「クラフトボス」のヒットの裏には、それまでにない購買動向があったと語る。ひとつは、それまで缶コーヒーの購買層の外にいた、若年層や女性による売り上げが目立つこと。心地よいワークスタイルを訴求するCMや、現代的な感性に訴えるボトルで新たな客層を切り開いた格好だ。

「WORK&PEACE」というキャッチコピーを掲げ、現代のビジネスパーソンが心地よく働くというコンセプトを表現

もう一つは、コーヒーではないペットボトル飲料を飲んでいた人たちの「流入」。クラフトボス ブラックには緑茶やジャスミン茶などの「無糖茶」ユーザー、クラフトボス ラテはミルクティーなど乳成分が入った「ミルク系飲料」のユーザーが新たに手を伸ばしたという。

クラフトボスには、緑茶やジャスミン茶など「無糖茶」、あるいは乳成分入りの「ミルク系飲料」のユーザーも流れ込んできた(イラスト:シマダマヨ)

また、「BOSS」ブランドの商品は大半がコーヒー飲料だが、わずかながら紅茶飲料も存在し、また2018年には缶入りスープ「ビストロボス」も発売した。「ボスブランドの軸は、『働く人の相棒』というシンプルなコンセプトにある」(柳井氏)とのことで、ボス=コーヒーという図式にとらわれない方針が透けて見えた。

市場調査において、「クラフトボスには共感するが、コーヒーは全く飲めない」消費者の存在が浮かび上がってきたという。それならば、クラフトボスから茶飲料を発売することで、コーヒーであるがゆえに取りこぼしていた需要の掘り起こしができるかもしれない。

他飲料ユーザーからの支持、そして飲料種別にとらわれないブランド展開。そのふたつが「クラフトボス・ティー」を生んだと言えそうだ。

「紅茶」の追加で生まれる変化に期待

無糖茶ユーザーの深掘りを狙う中で生まれた「クラフトボス・ティー」。だが、ペットボトル飲料の茶カテゴリの中で、紅茶飲料の占める割合はあまり多くない。圧倒的首位は緑茶飲料で、それにブレンド茶・麦茶などの「その他茶類」が続き、紅茶はその次の規模だ(※ 全国清涼飲料連合会 清涼飲料水品目別生産量推移より)

しかし、茶カテゴリで最大規模の「緑茶」に関して言えば、商品訴求の型がクラフトボスにそぐわないという背景もありそうだ。柳井氏は「緑茶飲料はメーカー問わず、『伝統』『格式』を重んじるコミュニケーションが主流」と語ったが、確かに緑茶飲料は日本らしさや歴史を感じさせるCMが多い。クラフトボスの軽やかで現代的なイメージとは真逆のため、選択肢から外れたのは想像に難くない。

サントリー食品インターナショナル 常務執行役員 ジャパン事業本部 ブランド開発事業部長 柳井慎一郎氏

一方、「クラフトボス」開発担当者の朝岡あゆ美氏は、市場調査などで感じたある「壁」を語った。市場調査の中で「コンビニコーヒーをよく買う」人々と話す機会を多く持ったが、彼らは調査の一環で試飲するまで、缶コーヒーはじめRTD商品(Ready to drink:蓋を開けてすぐにそのまま飲める飲料)は一切手に取ってこなかったと話したという。

「ですが、クラフトボスを試しに飲んでみたら『これなら自分にも飲める』と言ってくださった方も多かったのです。紅茶という選択肢を追加することで、コーヒーそれ自体が苦手という方、さらにはRTDのコーヒー・茶飲料を飲むという体験を持たない人にも手に取っていただき、『これなら飲める』という発見をしていただけたら、と思います」(朝岡氏)

サントリー食品インターナショナル ジャパン事業本部 ブランド開発第二事業部 朝岡あゆ美氏

また、コーヒー主体のブランド内で紅茶が果たす役割はほかにもあるようだ。あくまで社内でのエピソードと前置きをした上で、朝岡氏は「1日中コーヒーを飲んでいる社員が疲れたと漏らした時、『クラフトボス・ティー』を渡したら『(今の気分に)すごくちょうどいい』と飲み始めた」と語った。コーヒー党の人からすれば、紅茶の方が「軽い」のだ。

近年カフェイン量を取り除いた「デカフェ」飲料が選択肢として徐々に浸透している中で、カフェインを摂りすぎることや「カフェイン疲れ」への懸念も広がっている。こうした飲料特性の違いから、「クラフトボス」シリーズ内での回遊に、紅茶が一役買うのでは、という期待もありそうだ。

製造の常識をやぶり実現した「香り高いのに渋くない」味

「クラフトボス」といえば、冒頭にも簡単に書いたが「ちびだら飲み」できるすっきりした味わいがブランド内で一貫した特徴だ。しかし、紅茶でそれを実現するにはかなりの苦労が伴ったという。

「工場で紅茶をいれる釜のサイズと前後のラインの規模から、紅茶の平均抽出時間はあらかじめ決まっているのですが、その中で紅茶の渋みを抑えるには薄く出すほかなく、そうすると一緒に香りも消えてしまい、大きな課題となりました」(朝岡氏)

紅茶の渋みを出しづらくするいれ方は、恒常のサイクルタイムでは実現できず、開発部門が「正直ありえない」と言うほどの短時間抽出を行った。それに加えて、渋み成分をまろやかにするような処理をほどこし、おいしいと感じる成分は残しながらも、渋みや重みなど、紅茶を敬遠する理由となる味として感じないように設計しているという。

「開発メンバーはずっと、無糖の紅茶を作ってみたいという思いを持っていました。それが我々の思いとして結実するなら頑張ります、と一念発起してくれたんです」(朝岡氏)

朝岡氏はリプトンブランドの担当経験もあり、今回「クラフトボス・ティー」の開発に携わったのは、当時共に働いていたチームだった。

「すっきり香る」というキャッチコピーそのものの味わいは、開発段階での試行錯誤の結果生み出された味わいだった

製造の常識を曲げてまで理想の味を実現するチャレンジには、開発部門の協力が欠かせず、この製品のための実験も数多く行われたという。関係者がそれほどまでの情熱を傾けた理由は、「無糖の紅茶」が同社からはほとんど発売されてこなかったことと関係がある。

ペットボトル紅茶の大半が「甘い」理由

健康志向が高まり、無糖の炭酸水やミネラルウォーター、トクホ製品などが支持を受ける中、無糖紅茶が出ても不思議ではないように思う。しかし、市場調査を行うと、無糖紅茶はニーズが少ないという結果が出るのだそうだ。企画があがる度にRTD紅茶=甘いという「常識」は強固であることが裏づけられ、ゴーサインが出ることはこれまでほとんどなかった。

キリンが「午後の紅茶 おいしい無糖」を長年展開しているところを見ると「無糖の紅茶」にも広がる可能性はあるように感じてしまうが、そう尋ねると、朝岡氏は首を横に振った。つまり、既存商品に対抗するほどの可能性が見つけられなかったということだ。

加糖紅茶が好まれる背景にあったのは「おやつ需要」。夕方、甘い物をちょっとつまみたくなるタイミングで紅茶飲料は手に取られることが多く、短時間にさっと、小腹満たしに買われることが多いそう。確かに、そうした用途で言えば、無糖の紅茶は適さない。

しかし今回の開発ミッションは「ちびだら」飲める、すっきりした働く人の相棒となる「クラフトボス」の紅茶。目指す味わいと想定飲用シーンが既存のRTD紅茶市場と異なるがゆえに、無糖紅茶としての開発が実現したのだった。

サントリー渾身の無糖紅茶は「働く人の相棒」になれるか

ビジネスマンがPCに向かっている時、その傍らにはペットボトル飲料がある。コーヒーは多くの人が手に取るメジャーな選択肢であり、だからこそ飲用シーンに適した「クラフトボス」が一定の地位を築くことができた。そこに「無糖の紅茶」が加わることで、どんな変化が生まれるだろうか。

こう問いかけてみたが、さっそく身近なところで変化を目撃した。オフィスで筆者の隣に座っている後輩(男性・20代)に試飲用の「クラフトボス・ティー」を渡してみたところ、最初は「飲み慣れない」と言っていたが、後日「いつも」のコーヒーではなく、無糖の紅茶飲料を手に取っていた。コーヒーよりも喉が潤って、香りも良かったので買ってみたくなったのだそうだ。

缶コーヒーを飲まない人たちがクラフトボスを受け入れたように、これまで「いつも」のコーヒーを手に取っていた人たちにも、こうした行動の変化が現れるのだろうか。発売後、ビジネスマンの卓上にある飲料がいっそう多様化することで、同ブランドが打ち出す「心地よい働き方」が一歩進んでいくのかもしれない。

過去10年で最速の累計販売数を記録した「本麒麟」の強みとは?

過去10年で最速の累計販売数を記録した「本麒麟」の強みとは?

2019.02.22

本麒麟が登場から1年も経たず1,000万ケース達成

なぜ本麒麟は受けたのか? 開発者に直接聞いてみる

開発に妥協せず、気合いの入ったブランディングで勝負

2018年3月に発売されたキリンビールの「本麒麟」。1月下旬には1,000万ケースを突破し、過去10年間にリリースされた商品のなかでは累計販売数最速を記録したという。では、なぜ本麒麟がこれほど支持されているのか……キリンビールにその秘密を聞いてきた。

真っ赤な缶が目立つ本麒麟
キリンビール横浜工場の入り口

訪れたのは、キリンビール横浜工場。薩英戦争(薩摩藩×英国)勃発のきっかけになった「生麦事件」が起こった場所の至近にある。そのため「生麦工場」と呼ばれることも多い。

そもそも横浜は1870年にノルウェー系アメリカ人により、日本で初めてビールの醸造・販売が行われた「スプリング・バレー・ブルワリー」が創設された場所。この、スプリング・バレー・ブルワリーが現在のキリンビールの前身である。

本麒麟が支持されている理由は何か

お話をうかがったのは、キリンビール マーケティング本部 マスターブリュワー 田山智広氏と同商品開発研究所 中村壮作氏のお二人だ。

キリンビール マーケティング本部 マスターブリュワー 田山智広氏(左)と、キリンビール マーケティング本部 商品開発研究所 中村壮作氏(右)

単刀直入に「本麒麟の何が支持されているのか?」と問うと、二人とも「味わいです」と口をそろえる。それほどまで味に自信のある本麒麟。こだわりも強いのだろう。

田山氏は「五感を駆使して酵母をコントロールしています。自然のものである酵母をコントロールするなんておこがましいですが……。ビールは工業製品などと異なり、紛れもなく農作物なのです」と話す。

ビールは試験プラントで味を見定めるが、多い場合、1日で10種類ほど仕込まれるという。それをタンクで数十日熟成させるので、時間もかかる。ひとつのテイストを試すのに、約1カ月、あるいはそれ以上の期間を要することもあるそうだ。しかも、こだわりを優先し、仕上がりが気に入らなければ、またイチからやり直す。

横浜工場にある試験プラント。プラントの1基のふたを開けると仕込まれたビールが確認できる
ドイツ産ヘルスブルッカーホップ

100年以上ラガービールを生産してきた知見を、新ジャンルの本麒麟には惜しげもなく投入した。キリンがこだわる「長期低温熟成」によるラガービールの製法がそのまま生かされている。また、ドイツ産ヘルスブルッカーホップを使用することにより、スッキリとした味わいを目指した。

しかし、本当においしいという理由だけで“過去10年間で累計販売数最速”を達成できたのか。きっと、ほかにも理由があるはずだ。

田山氏は「安くておいしいものという、根源的な要求に応えられるからこそ本麒麟は売れているのでしょう」と分析する。

本麒麟は「新ジャンル」に分類される商品。日本ではビールに課せられる酒税が高く、現在350mlあたり約77円の税金がかかる。そうした税金の高さを回避するために生まれたのが発泡酒で、350mlあたり約47円の酒税となっている。そして発泡酒よりもさらに酒税が低いのが「新ジャンル」(第3のビール)と呼ばれるもので、350mlあたりの税金は約28円だ。

一方で、新ジャンルに人気が集まると「キリン一番搾り」や「キリンラガービール」といった本格ビールの需要が落ち込むのではないかという疑問が生じる。これに対し、田山氏は「決して新ジャンルが『THEビール』(本格ビール)の需要を蚕食するとは考えていません。THEビールはコクを味わいたい方、新ジャンルはスッキリした味わいを求める方と、棲み分けができるかと思います」と、見解を述べた。

おいしくて安いだけじゃない、本気のブランディング

新ジャンルといえど、強いこだわりを持って作られている「本麒麟」。2人の話から売れ筋の理由が垣間見えた気がするが、「新ジャンルで酒税が低い」「しっかりこだわって造る」というだけでは、ほかのビールメーカーも同様なのではないだろうか。

話を聞いていると、本麒麟が1,000万ケースを突破した裏側には2つの巧妙なブランディング戦略が見えてきた。

その1つがネーミングだ。「麒麟」という漢字は、同社のアイデンティティともいえるもの。それに「本」をつけて本麒麟とするには、「新ジャンルには過度なネーミングではないか」という意見もチラホラあったそうだ。

そしてもう1つが、真っ赤なパッケージ。赤というのはキリンビールのコーポレートカラーなので、麒麟という文字と合わせて、同社の代表的な商品として体現されることになるだろう。

「ネーミングも真っ赤なパッケージも、ユーザーの期待を裏切らない味わいであることを表したいためです」と田山氏は話す。

2019年は消費税増税が実施され、新ジャンルの人気に陰りが出る可能性がある。さらに、2020年10月に実施される酒税改正によって、ビール約55円(減税)、発泡酒約55円(増税)、新ジャンル約55円(増税)と、3ジャンルの酒税が横並びになる。そのため、新ジャンルの酒税におけるアドバンテージはなくなっていくだろう。

最近は、若者のビール離れが叫ばれて久しく、ビール市場を取り巻く状況は決して順風満帆とはいえないが、この逆境の中で本麒麟がどれだけ奮闘するか、見極めたいところだ。

“駅”ならではの市場で飲料を販売するJR東日本WBの独自路線

“駅”ならではの市場で飲料を販売するJR東日本WBの独自路線

2018.12.12

産地を強調した果汁飲料が目立つJR東日本の自販機

出勤時の需要を狙いうちした充実のスープ飲料

鉄道駅がおもな市場である飲料ベンダーの強みと弱み

普段から何気なく利用している飲料の自動販売機。大手飲料メーカーが設置している自販機では、全国一律で商品が提供されているのがほとんどだが、独自路線で商品選択をしている飲料ベンダーがある。JR東日本ウォータービジネス(以下、WB)だ。

街中の自販機の場合、日本コカ・コーラなら「コカ・コーラ」「綾鷹」「ジョージア」、キリンビバレッジなら「生茶」「午後の紅茶」「FIRE」、サントリー食品インターナショナルなら「伊右衛門」「ペプシコーラ」「BOSS」といったお馴染みのラインアップが販売されている。

ところが、出張や旅行などで、新幹線や在来線を利用する際、駅の自販機で飲料購入時に「オヤッ」と感じることがある。上述した街中の自販機ではあまり見かけない飲料がディスプレイされており、しかもメーカーもバラバラだからだ。特に産地を前面に押し出した飲料が多い。もっとも有名なのは「愛媛みかん」。これは果汁飲料で有名なPOMジュースとタイアップした「acure」(アキュア)ブランドの製品だ。acureとは、JR東日本WBが販売する飲料の主力ブランド。このほかにも、「From AQUA 徳島ゆず×ジャスミン」「青森りんご つがる」「青森りんご きおう」といった飲料がある。

左から「愛媛みかん」、「From AQUA 徳島ゆず×ジャスミン」、「青森りんご つがる」。産地を強調した果汁飲料が多い

スープの取り扱いが多いJR東日本WBの自販機

そして、JR東日本WBのラインナップのもうひとつの特徴が、スープ類。定番の「濃厚deli コクとろ コーンポタージュ」「じっくりコトコト とろ~りコーン」「濃厚deli オニオングラタン風スープ」のほかに、「じっくりコトコト 濃厚デミグラススープ」や「トマトのスパイシースープ」、そして「しじみ70個分のちから」まである。さらに今秋、「ふかひれスープ」まで加わった。スープ類のラインナップをこれほどそろえている自販機飲料ベンダーはなかなか見かけない。

スープや味噌汁といった飲料が多く並んだ自販機。スープコーナーの上には「自販機のスープ飲料は異端か!?」というキャッチが貼られている。これは2019年1月31日まで実施されるキャンペーンの告知のため。右は新投入された「ふかひれスープ」

だが、1台のacure自販機に、これらのスープ類すべてが用意されているわけではない。JR東日本WB 営業本部 商品部 齋藤誠氏は、「駅の特性を考えて商品のラインアップを決めています」と話す。たとえば住宅街の駅。朝出勤する際に、遅刻しそうになったら朝食を抜くことがあるだろう。そうした場合に、手軽に朝食気分が味わえるコーンスープ類などの需要が高くなる。また繁華街近くの駅では、お酒を飲み過ぎた人が多いと考え、しじみ汁を用意する。スープというわけではないが、近くに学校が多く存在する駅では、夕方になると炭酸飲料が多く売れるらしい。これは、下校時に学生たちが炭酸や甘めの飲料を購入しているためで、それを考えて炭酸・果汁飲料などを多く並べる戦略を採るのだという。

JR東日本WB 営業本部 商品部 齋藤誠氏

工夫を凝らした自販機で独自の販売効率を追求

では、どうやって駅ごとに最適な飲料のデータを入手しているのだろうか。それは「Suica」で購入した情報をビッグデータとして利用しているからだ。Suicaの登場以来、小銭で飲料を購入せず、Suicaのタッチで済ます人が多くなった。そうした情報を無線LANで収集し、「この駅ではこういう需要がある」という判断に活用する。もしJR東日本の駅でacureの自販機を見かけたら、商品ディスプレイ左上部分に注目してほしい。無線LANアンテナを確認できるだろう。ただ、こうしたデータ収集は「いたしかたなく」というのが本音だそうだ。JR東日本WBの飲料販売チャネルは、ほぼ自販機。対面販売の機会が少なく、POSデータの収集が行いにくいという事情がある。

Suicaでの購入データを蓄積して、商品ラインナップの参考にする。右の写真のディスプレイ左上に黒い突起が確認できる。これが、無線LANアンテナだ

このように、JR東日本WBは飲料ラインアップだけではなく、自販機にも工夫がされている。その代表例が「イノベーション自販機」だろう。これは、商品ディスプレイ部分にタッチパネルを採用した自販機。「acure pass(アキュアパス)」というスマートフォンアプリを導入すれば、事前に飲料を選択しておき、イノベーション自販機にスマホをかざすだけで購入できる。また「LINE」「Facebook」「Twitter」などでURLを家族や友人に送れば、本人でなくとも飲料を入手可能だ。

ただ、このイノベーション自販機にも泣き所はある。まず、上述した機能があまり知られていないこと。そして高齢者や外国人の多くが購入の仕方で悩む場合がある。以前、若者がイノベーション自販機で飲料を購入した際、遠巻きで見ていた外国人から驚嘆の声が上がったのを見たことがある。とにかく知名度を高めるには、まだまだイノベーション自販機の設置台数を増やしていく必要がある。

先進的な技術が投入されたイノベーション自販機。ただそれだけに、「購入の仕方がわからない」という層が生じるジレンマもある

そしてJR東日本WBの最大の強みは、路線での販売をほぼ寡占できること。以前、新潟に取材した際、東京駅で「谷川連峰の天然水From AQUA」を購入。新潟では偶然「JR東日本ホテルメッツ」に宿泊したが、客室には谷川連峰の天然水From AQUAがサービスウォーターとして2本置いてあった。さらに復路の新潟駅でacureブランドの「朝の茶事」を1本、そして東京駅に着いてから朝の茶事をもう1本購入。つまり、1泊2日の行程で、JR東日本WBの飲料を5本飲んだことになる。まさに“線”で販売していることの好例だろう。

一方、弱みもある。それは、独自に飲料を生産できず、純粋なオリジナル商品に乏しいこと。オリジナル商品となると天然水From AQUAぐらいで、ほかは飲料メーカーから仕入れたり、共同企画したりとなる。前述した濃厚deliシリーズはダイドードリンコ、じっくりコトコトシリーズはポッカサッポロフード&ビバレッジから仕入れている。acureブランドのスープ、ふかひれスープは永谷園と、朝の茶事は伊藤園との共同企画だ。設置自販機が“線”に限定されているので、大量生産する拠点が必要ないというのが純粋なオリジナル商品が少ない理由だ。ただ言い換えると、それだけに小回りの利いた仕入れが可能となり、駅ごとのニーズに合わせた商品選択が行えるのだと思う。

左は永谷園と共同企画したフカヒレスープ。右は伊藤園と共同企画した朝の茶事

さて、最後に「ごく一部の人に御社がなんて呼ばれているか知っていますか?」と、少々脱線した質問を投げてみた。すると、齋藤氏もインタビューに同席した同社 企画本部 企画部 小室塁氏も「もちろん知っていますよ。『ウォータービジネス』だけに“水商売”と呼ばれていることですよね!?」と、“ニヤッ”と笑みを浮かべながら答えた。以前は、企業名の改称という意見もチラホラあったそうだが、今は立ち消えた。両氏とも「あだ名で呼んでもらって親しみを覚えてもらう方が、企業としてはありがたいですから」と結んだ。