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マツダが直列6気筒エンジンの導入を決定! 電動化時代に独自路線の勝算

マツダが直列6気筒エンジンの導入を決定! 電動化時代に独自路線の勝算

2019.05.16

マツダが中期経営方針、直列6気筒エンジンの導入を表明

高性能エンジンでプレミアムブランド化を推進

加速するクルマの電動化、独自路線のマツダは大丈夫?

マツダは5月9日の記者会見で、2019年3月期の決算と今後6年間を対象期間とする「中期経営方針」を発表した。その中で同社は、ブランド価値の向上に向け、新たに直列6気筒のエンジンを開発すると宣言。高価格商品の充実、ひいてはマツダのプレミアムブランド化につながりそうな施策だが、クルマの電動化が進む世界において、高性能エンジンの導入に踏み切る同社の決断は吉とでるか、凶とでるか。

中期経営方針を打ち出したマツダの丸本明社長

電動化への対応が不可欠な自動車業界

マツダは2020年に創立100周年を迎える。中期経営方針では「次なる100年」に向け、「人と共に創るマツダの独自性」を追求すると打ち出した。そのために、まずは何をするのか。同社では2025年までに「新世代商品群の完遂」を目指すという。

マツダの「第6世代商品群」は2012年のSUV「CX-5」から始まった。今年発売の「マツダ3」(画像)から、同社の商品群は新世代(第7世代)に突入する

近年、プレミアム性を高めつつある商品群はマツダの強みとなっているが、そのブランド価値をさらに高めようというのが同社の考えのようだ。具体的には、これまで弱みとなっていたパワートレインの電動化を推進することと、エンジンに新しく直列6気筒を加えることが、その施策である。

マツダはかつて、V型6気筒エンジンを採用したことがあるものの、上級車種にはロータリーエンジンを搭載してきた歴史があるので、直列6気筒エンジンの投入は今回が初めてとなるはずだ。一方で、世界的に厳しくなる環境規制をクリアするためには、パワートレインの電動化を並行して進めることが不可欠となる。

マツダの上級車種といえば、同社の代名詞でもあるロータリーエンジン(画像)を積むクルマが多かった。直列6気筒エンジンを積むクルマを市場投入するのは、今回が初めてとなるはずだ

米国や中国は今後、メーカーに電気自動車(EV)の導入を促す政策をさらに強化する。欧州もCO2削減に向けた規制を厳格化していく方針で、2021年には走行距離1キロあたりのCO2排出量を95グラム以内、2030年には同60グラム以内とするよう、自動車メーカーに求めていく考えを打ち出している。走行距離1キロあたりのCO2排出量が60グラムとは、燃費に換算すると、1リッターあたりの走行距離が約39キロということになる。

欧州のCO2排出規制は企業平均値で計算するため、車両1台ごとにこの燃費を達成する必要があるわけではない。ただ、プレミアム性を売りとしていたり、車両重量が重いSUVを主力商品としていたりする自動車メーカーは、規制をクリアするため、EVを積極的に導入する必要があるだろう。

SUVのラインアップを拡充しているプレミアムブランドのジャガーは先頃、SUVのEV「I-PACE」を発売した

つまり、11年後の欧州において自動車メーカーは、ハイブリッド車(HV)やプラグインハイブリッド車(PHEV)による電動化だけでは規制をクリアできないという事態に陥る。メーカーに一定数のEVを導入するよう求める米国と中国も、当初はPHEVをその台数に含める方針だが、年を追うごとに、その割合を変えていく方針だ。すなわち、PHEVの割合を減らし、EVの割合を増やす方向に進むということである。

新たに直列6気筒のエンジンを投入すると打ち出したマツダも、世界でクルマを販売していく以上、パワートレインの電動化は避けられない。おそらく同社は、トヨタ自動車との協業を強化することで、電動化への対応を進めていくつもりなのだろう。その中心的な役割は、トヨタ、マツダ、デンソーなどが参加する合弁会社「EV C.A.スピリット」が担うことになるはずだ。

プレミアムなクルマに不可欠? 直列6気筒の特徴

では、エンジンに関してマツダは今後、どんな手を打つのだろうか。まず、同社では2019年5月に発売する新型車「マツダ3」に、新開発のエンジン「SKYACTIV-X」を搭載する。このエンジンは、「予混合圧縮着火」(HCCI)を目指したマツダ独自の技術である「火花点火制御圧縮着火」(SPCCI)を取り入れているところが画期的だ。そして、新たな施策として明らかになったのが、直列6気筒エンジンの導入である。直列6気筒は、SKYACTIV-Xとディーゼルの2本立てとなるようだ。

直列6気筒エンジンは振動が少なく快適で、滑らかな回転により胸のすく加速をもたらす珠玉のエンジンとして、高級車を中心に愛用されてきた。その発展形ともいえるが、直列6気筒をV字型に組み合わせたV型12気筒は最高のエンジンとされている。

しかしながら直列6気筒エンジンは、6つのシリンダーを直列に並べるため全長が長くなるので、前面衝突の際、衝撃を吸収する構造を車体に採り入れなければならなくなって以降、姿を消した。代わって登場したのが、直列3気筒をV字型に組み合わせたV型6気筒エンジンであり、これが上級車種に搭載されるようになった。ただ、同じ6気筒とはいえ、直列6気筒には上質さではるかに及ばない。

そんな中、メルセデス・ベンツは先頃、新時代の直列6気筒エンジンを開発し、上級モデル「Sクラス」に搭載した。直列6気筒エンジンが備える快適性や加速の滑らかさに加え、モーター駆動による電動化を組み合わせることで、エンジン全長を短くし、直列6気筒の復活を実現したのである。BMWも、限られた車種とはいえ、直列6気筒エンジンを生き残らせている。やはり、プレミアムな商品性を保つには、上質なエンジンが不可欠であるからだ。

直列6気筒エンジンを積むメルセデス・ベンツの「S 450」

そして、エンジンにこだわってきたマツダも、ここへきて直列6気筒を新登場させることになる。前述の通り、このエンジンは全長が長くなるので、前輪駆動車用ではないことが分かる。2012年の「CX-5」以降、新世代商品群でラインアップを充実させてきたマツダのクルマはいずれも、前輪駆動を基本としている。それとは別に、改めて後輪駆動の商品を登場させ、ドイツ勢のように、商品のプレミアム性をさらに高めていこうということなのだろう。それによって利益率を高め、経営を安定させる目論見なのではないだろうか。

2017年の東京モーターショーで初公開となったマツダのコンセプトカー「VISION COUPE」(ビジョン・クーペ)。前後方向に長いフロントノーズは、まるで直列6気筒エンジンの登場を予見していたかのようだ

一方で、英国のジャガーは、EVでありSUVでもある「I-PACE」という新たなクルマで、電動高級車の世界に1つの未来像を提示した。このクルマは、日本国内においてはすでに、年内に販売予定の台数がすでに予約済みになっているという。この状況を見て思うのは、クルマのプレミアム性も今後は電動化抜きで語れないということである。富裕層の人たちの間でも、これまでのディーゼルターボから、EVへと関心が移行し始めているのではないだろうか。

メルセデス・ベンツの新しい直列6気筒エンジンは、モーター駆動のほかにスーパーチャージャーとターボチャージャーを併用する。その加速感覚は、あたかもモーターのようだ。つまり、EVへの移行を視野に入れた直列6気筒エンジンなのだと想像できる。欧州のCO2排出規制が厳しさを増す2030年を前に、消費者に対し、モーター駆動の魅力を疑似体験させるエンジンという位置づけだと私は直感した。

メルセデスの直列6気筒がモーターへの移行を視野に入れたものであるならば、その寿命は、ほぼ10年だろう。だとすれば、マツダの直列6気筒エンジンも、商品性を保持できるのはせいぜい10年だ。その短い期間中にマツダは、どれだけプレミアムブランドとしての存在感を高められるだろうか。

マツダが直列6気筒エンジンを搭載するクルマとして思い浮かぶのは、フラッグシップセダンの「アテンザ」(画像)だ

エンジン開発には、多大な投資と労力を必要とする。メーカーは完成したエンジンを少なくとも10年、あるいはそれ以上の期間、商品に搭載することを視野に入れて開発するのが、これまでの通例だった。直列6気筒エンジンを積むマツダ車が、多くの台数を販売するのが難しいプレミアム価格帯の商品になるとすれば、エンジン開発に要した投資を同社が無事に回収できるかどうかについては少し、懸念が残る。

近年、マツダのブランド力が高まっているのは間違いない。同社にプレミアム性を求める消費者も、以前よりは増えているはずだ。それでも、トヨタのレクサスは、米国市場を除けば、今日の地位を築くまでに30年近い歳月を要している。新たに後輪駆動のプレミアム車種を追加するマツダに、それだけの間、辛抱できる体力はあるのだろうか。あるいは、新たに投入する上級エンジンは、米国市場で成功すれば十分だと判断しているのだろうか。

プレミアムブランドを目指したレクサスは、今の地位を築くのに30年近い歳月を要した(画像はレクサス「UX」)

この直列6気筒エンジンは、後輪駆動用となるだろう。だから、マツダの主力商品であるSUVへの展開は考えにくい。そして、ジャガーの例を見ても分かるように、SUVも電動化するという流れが、すでに始まっている。

世界的に人気のSUVは、重くて燃料消費が多いので、積極的な電動化が待たれるクルマだといえる。それと同時に、そろそろ、SUVは大きすぎるとか、乗り降りが不便だとかといった声が、消費者の間でも聞こえ始めている。SUVの中でもコンパクトなモデルに人気が集まりつつあるし、SUV人気の影響で車種が減っていたステーションワゴンやセダンに、消費者の関心が戻る可能性もなくはない。

したがって、SUVに販売台数の半数近くを依存するマツダが、SUV人気の陰りと共に、危機を迎える可能性も考えられる。その対応策として、後輪駆動のプレミアムセダンやステーションワゴンを作るため、直列6気筒エンジンを用意しようと考えたのかもしれない。

魂動デザインやSKYACTIV技術、あるいは、操縦安定性を高める「G-ベクタリング コントロール」など、マツダのクルマづくりには明らかな独自性があり、そこに魅力を感じるファンがいる。クルマづくりに対する真摯な姿勢が、消費者の間に信頼感を醸成してきた。ただ、同社の将来に対する備えは手薄で、2030年~2040年あたりの「ありたい姿」についても、いまだ具体像が語られていない。具体的な目標設定がないままに、開発者たちは何を目指して進んで行くのだろうか。また消費者は、将来像の見えにくいマツダに対し、今後も信頼を寄せて、安心してクルマを購入することができるのだろうか。

確証のないことについて明言することを避けるのが日本人の特質なのかもしれない。だが、クルマの商品価値が短期間に目まぐるしく移ろっていく現代にあっては、ある理想を掲げながら、具体的な未来像へ向かって邁進する姿をみせることが、自動車メーカーにとって、最大のブランド強化になるのではないか。もちろん、そこに技術的な裏付けは不可欠だが、ただ、石橋を叩いて技術を磨いているだけでは、消費者は付いて行きにくいと思う。

エンジンかモーターかといった些末な勝敗論議ではなく、マツダのクルマと共にある生活が今後、どのような未来につながっていくのか、そこを教えてほしいのである。

トヨタが“虎の子”のハイブリッド技術を外部に無償提供する理由

トヨタが“虎の子”のハイブリッド技術を外部に無償提供する理由

2019.04.15

トヨタが2万件以上の特許技術を無償供与へ

環境規制は待ったなし、重要性を増すトヨタの電動化技術

電動化技術の外販・技術支援も実施? トヨタの新たな顔

トヨタ自動車はハイブリッド車(HV)開発で培った車両電動化関連技術を外部に無償で提供することを決めた。具体的には、トヨタが20年以上にわたり、HV開発で蓄積してきたモーターや電力制御装置などの技術について、約2万3,740件の特許実施権を2030年末まで無償供与するというもの。他のメーカーがトヨタの技術を使って電動車両を開発・製造する際には、技術サポートも実施する。

「プリウス」でHVの一時代を築いたトヨタにとって、モーター、バッテリー、PCU(パワー・コントロール・ユニット)、システム制御などの技術は“虎の子”ともいうべき財産だ。それらを外部に開放する理由とは何か。

トヨタは車両電動化技術に関する特許約2万3,740件の実施権を外部に無償提供する

なぜ、トヨタはHV技術の特許を無償提供するのか

トヨタが圧倒的な強みを持つHVの特許実施権を無償で解放するのは、地空温暖化への対応として、世界的に自動車への環境規制が強まり、ゼロエミッション車(排気ガスを出さないクルマ)への移行が迫られているからだ。

HVの実用化で先行したトヨタも、HVからPHV(プラグインハイブリッド車)、ピュアEV(電気自動車)、さらにはFCV(燃料電池車)へと、多様な電動車の開発に取組んでいる。そんな中で、個社の技術開発だけでなく、「電動車が世界に普及してこそ、地球環境への貢献につながるとの強い思い」(寺師茂樹副社長)があり、このオープンな戦略に踏み出したのだという。

トヨタが培ってきたコア技術はさまざまな電動車両に適応可能だ

一方でトヨタは、電動化技術の特許解放と同時に、システムサプライヤーとしてのビジネスにも乗り出すことになる。具体的には、技術支援のためのエンジニア派遣や電動化システムの外販を始めるのだ。トヨタにとっては、新たなビジネスモデルへのチャレンジでもある。

新しい移動サービスの創出に向けて、ソフトバンクと組んだMaaS事業への取組みとともに、新世代技術に対応すべくトヨタが進める「大きな仲間づくり」の戦略が進んでいる。今回の特許開放も、この文脈で捉えるべきだろう。これは「オープン&クローズ戦略」であり、当面の特許解放で仲間をつくり、中長期的には自社を有利な状況に導くものといえよう。

HVでは覇権を握ったが…世界の環境規制は待ったなし

トヨタは1997年、当時の奥田碩(おくだ・ひろし)社長が「赤字を覚悟で市場投入する」と決断し、世界初の量産HV「プリウス」を発売した。以来、HVはトヨタの各車種に広がり、燃費面はもとより、価格面でもガソリン車などに対する競争力を獲得するまでに育ってきた。プリウスにはPHVも用意するまでになった。

日本の自動車市場では、2010年代半ばにHVが大きな存在感を示すようになった。近年では欧州や中国でもHVの販売が伸びている。トヨタは2018年に世界で163万台のHVを販売。1997年以来の電動車の累計販売台数は1,300万台を超えている。

トヨタはこれまでに1,300万台以上の電動車を販売している

この間、ライバルの日産自動車が、トヨタから技術供与を受けてHVを発売したこともあったが、その後の日産は自前でHV技術を開発し、小型車「ノート」などに搭載している電動パワートレイン「e-POWER」に結びつけている。

すでにトヨタグループであるスバルとマツダは、トヨタからPHVを含むシステムの供給を受けている。最近では、2019年3月20日に、トヨタとスズキがHVの展開などで業務提携の拡大を発表。スズキはトヨタからHVシステムの供給を受ける。

世界で強まる燃費規制、自動車メーカーは対応必須

今回、トヨタはグループの枠を外してHVの電動化技術を無償解放すると決めたわけだが、その背景には、深刻な地球環境問題を受け、世界各国で厳しさを増す燃費(CO2)規制がある。

自動車各社は「CAFE」(corporate average fuel efficiency、企業平均燃費)と呼ばれる燃費規制に直面している。メーカーごとに、販売する全てのクルマの平均燃費に規制を受けるもので、米国や欧州、中国に続き、日本でも2020年から適応される見通しだ。

世界的に自動車に対する環境規制が強まっている

米国では、カリフォルニア州の「ZEV(ゼロ・エミッション・ヴィークル)規制」が有名だが、この規制を実施するのは同州だけではなく、そのほか9つの州で導入が決まっている。欧州の状況を見ると、欧州委員会は2025年以降のCAFE規制に「ZLEV」(Zero Level Emission vehicle、1キロ走行する際のCO2排出量が50グラム以下の車両)の恩典を付加する。つまり、よりCO2を排出しないクルマを作ったメーカーに対しては、何らかの形で報いようという考え方だ。

中国では「NEV(ニュー・エネルギー・ヴィークル)政策」が2019年から始まっている。自動車メーカーに対し、電動車を一定以上の割合で販売するよう促す政策だが、この政策ではHVが電動車から除外されている。メーカーはPHV、EV、FCVの販売台数を増やす必要があるが、達成すべき電動車の販売比率は2019年で10%、2020年で12%と強化されていく見通し。達成できなければ罰金を支払うか、達成した他のメーカーから「クレジット」を購入しなければならない。

アジアでもインド、インドネシア、タイなどがEV、PHVの普及を後押しする政策の強化を検討中。つまり、世界的に国策としての電動車への移行が進んでいるのだ。

トヨタは20年以上のHV開発を通じ、電動車全般の高性能化、コンパクト化、低コスト化に役立つ特許を蓄えてきた。それらの技術はHVだけでなく、EVやFCVにも応用できるものだ。他の自動車メーカーにとってトヨタの技術は、各国の規制に対応していく上で助けになるだろう。

トヨタにシステムサプライヤーという新たな顔

電動車関連特許を無償解放するトヨタの本音は、モーターやシステム制御などでトヨタがシステムサプライヤーとなり、「仲間を増やす」ことで、電動車競争を優位に進めていきたいということだろう。あえて虎の子の技術を解放することで、電動車の普及を促進することにしたのだ。

「2030年頃を考えると、自動運転、コネクテッド、シェアリングなどにより、いろいろな面で自動車のビジネスが変わっていく。その時、ソフトウェアのバーチャルな世界から(自動車業界に)来た人たちは、自分でクルマを作って(技術的な)擦り合わせをするのではなく、トヨタのクルマを使う方向に行くと見ている。そのためにもトヨタは、モビリティプラットフォームなど、いろいろな準備を進めておく必要がある」と寺師副社長は語る。

トヨタ自身もHVからEVへと向かう準備に余念がない。同社がデンソーおよびマツダと設立したEVの基盤技術開発会社「EV C.A. Spirit」には、ダイハツ工業、日野自動車、スバル、スズキ、いすゞ自動車、ヤマハ発動機らが参画し、いまや“日本連合”の様相を呈している。また、電子化の中核工場だった広瀬工場をデンソーに売却し、主要な電子部品事業をデンソーに集約したという新たな流れもある。

今回の特許無償解放からも、「オープン&クローズ戦略」の一環として電動車の普及促進を図りつつ、仲間づくりを進め、電動化する自動車業界で世界をリードする優位な立場に立とうとするトヨタの狙いが見てとれる。

ジャガーの理想がEVで現実に? 試乗で感じた「I-PACE」の到達点

ジャガーの理想がEVで現実に? 試乗で感じた「I-PACE」の到達点

2019.04.04

ジャガー初の電気自動車「I-PACE」に試乗

すでに年内分は完売? プレミアムEVは出足好調

静けさと高性能な走りを両立、“電気ジャガー”の完成度は高い

ジャガー初の電気自動車(EV)である「I-PACE」(アイペイス)にようやく試乗することができた。ジャガー・ランドローバー・ジャパンはI-PACEを2018年9月に発表し、すでに受注を開始している。詳細な台数は明かしていないが、発売を記念して設定した「FIRST EDITION」のみならず、通常の販売車種を含め、年内に日本国内で販売する予定だった台数は完売しているということだ。顧客は他社からの流入や、同じグループに属するレンジローバーからの乗り換えなどが多いという。

米国のテスラが切り拓いたプレミアムEVの世界が次第に広がる中、それに合わせたように、英国のジャガーが新商品を投入してきた。同社のSUVラインアップでは最も高価なクルマとなるI-PACEだが、出足は順調なようだ。

ジャガー初のEVで同社SUVラインアップの中では最も高価なモデルとなる「I-PACE」。グレードは「S」「SE」「HSE」の3種類で、価格は959万円~1,162万円からだ。「FIRST EDITION」は1,312万円。試乗したのは「SE」だった

EV化でクルマはどう変わる? ジャガーの回答とは

I-PACEはジャガーがEV専用に開発したクルマで、その特徴は外観にも表れている。

昨今、クルマをよりスポーティに見せ、速さを視覚的に訴えかけるため、フロントウィンドウを後ろ寄りとし、フロントフードを長く見せる造形が流行している。特にプレミアムカーに顕著な傾向だ。これに対しI-PACEは、「キャビンフォワード」と呼ばれるスタイリングを採用。つまり、フロントウィンドウを前方へ伸ばした姿としているのだ。この造形には、ボンネットフードの下にエンジンがないことを示す意味がある。

「キャビンフォワード」な外観が特徴。ボディサイズは全長4,695mm、全幅1,895mm、全高1,565mm、ホイールベース2,990mm

ボンネットフードを開けてみると、そこにあるのはエンジンではなく、小物入れだった。クルマを走らせるためのモーターは、前輪と後輪それぞれに付いていて、車軸のところに配置されている。それによって、キャビンフォワードの造形を成りたせるとともに、前後タイヤ間の距離(ホイールベース)を長くとり、室内後席に高級セダン並みの広々としたゆとりをもたせた。

ボンネットフードを開けてみると、そこは小物入れになっていた

それだけでなく、前後の床もほぼ平らになっていて、余計な出っ張りがない。エンジンで走るクルマであれば後席下に燃料タンクを設置する必要があるが、I-PACEはそのスペースを小物入れとして活用する。リチウムイオンバッテリーは、床下に収納されている。

EV専用に開発すると、いかにクルマの外観が変わり、また室内や荷室などの有効利用が進むかを、I-PACEは明らかにしているのである。

EV化するとクルマの室内空間も変わる。例えば燃料タンクのなくなった後席したのスペースは、収納として活用できたりする

運転席に座ると、そこにも新鮮さがあった。目線の位置が、SUVのように高くもなく、かといってセダンのように低いわけでもなくて、その中間的な独特の高さにある。これによって、前方の見通しは確保できるし、高すぎないことで安定感を感じ、安心して運転できる。

ミニバンが象徴的だが、高い視線は遠くを見通せる一方で、カーブなどではクルマがふらつかないかとの懸念を覚えさせる。セダンは目線が低いため、安定感はあっても、遠くを見通しにくい場合がある。I-PACEの運転席に座った時の目線は、それらの“いいとこ取り”といった感じだ。

「I-PACE」の目線の高さはSUVとセダンの“いいとこ取り”といった感じ

もう1つ目線に関していうと、外観のキャビンフォワードな造形により、フロントウィンドウが前寄りとなったことで、視界の左端に、窓の左の支柱(Aピラー)を常に捉えることができた。これにより、クルマの車幅感覚はつかみやすくなる。例えば、ガードレールでこすってしまわないかといったように、クルマの左端の状況を心配せずに運転できたのだ。

I-PACEの車幅は1.9m近くある。これだけ幅があると、通常は車線から左側がはみ出していないか気に掛けながら運転することになる。だが、I-PACEを試乗している間は、ほとんど左側の心配をすることなく、運転に集中することができた。

逆に、近年のプレミアムカーは、フロントウィンドウを運転席に近づけ、フロントフードを長く見せる造形を採用することで、クルマの左端を認識しにくくしている。そういうクルマでは、車線の左側へ車体がはみ出していないか、心配しながら運転することになる。これは大きな違いだ。

全幅が1.9m近くある「I-PACE」だが、車幅感覚がつかみやすいので、常に「左側をこすりそう」と心配しながら運転することにはならない。ちなみに、画像では車体側面のドアハンドルが出っ張っているが、走行中は格納し、空気抵抗を低減する

運転席に座った話が長くなったが、いよいよ走り出すと、そこはEVの常だが、モーターの発進は実に力強くかつ滑らかで、快適だった。わずかにアクセルペダルを踏み込むだけで穏やかに走り出し、そこから速度を上げていく間も変速ショックがないから心地よい。そして、すぐに交通の流れに乗ることができる。もちろん、室内はきわめて静かだ。

高性能なモーターを搭載しているI-PACEは、停止状態から時速100キロまで、わずか4.8秒で加速することができる。美しく、かつ速いクルマを提供し続けるジャガーにとっては、そこが自慢であるけれど、この性能は日常の運転シーンでも役に立つ。例えば、都市高速の短い加速車線でも、少しアクセルペダルを踏み増すだけで高速の流れに乗れてしまう。必死に車間を見計らい、猛然と加速させなくても、静かに滑らかに、狙い通りの間合いで本線に合流できるのだ。

高性能なモーターを搭載する「I-PACE」は、停止状態から時速100キロまで4.8秒で加速することが可能。高速道路の合流などで加速のよさを体感できるはずだ

減速時のエネルギーを電力として回収する回生ブレーキは、効きの強さを2段階で選べる。効きの強い方のモードを選べば、例えば市街地を走っている時、アクセルのみのワンペダルで発進、加速、減速、停止の全てを行うことができる。ことに渋滞など、発進・停止を繰り返すような場面では、アクセルからブレーキへのペダルの踏み替えを減らすことができるので、移動は楽になる。ペダル踏み間違い事故の懸念も減らすことができそうだ。

日産自動車の「e-Pedal」など、EVならではのワンペダル運転はこれまでにも紹介されているが、中には「走りがギクシャクしてよくない」といった評もある。しかしそれは、ペダル操作が急すぎることが原因であることが多い。おだやかに踏み込み、戻す際もゆっくりとペダルを操作する感覚を身につければ、ワンペダルほど楽で安全な操作はない。このアクセル操作を体得すれば、エンジン車でも燃費を向上させることができるはずだ。

「I-PACE」の回生ブレーキは、強さを「high」と「low」の2段階で設定できる。強い方のモードを選べば、市街地の走行などで、かなり多くのシーンをワンペダルで走行することが可能だ

I-PACEは、同乗者にも快適なEVである。車内の空間的な広さは紹介済みだが、静かで振動の少ない走りは、後席の乗り心地に効いている。後ろの座席はたっぷりとした大きさがあり、前席とのゆとりも十分だ。座面と床との高さもきちんととられているので、足を下ろして座れることが走行中の体の安定感をもたらす。ひとつ気になったのは、後席の背もたれの形がやや平板に感じられ、背中が背もたれから浮いているような気がしたことだ。

荷室はSUVとして十分な広さがあるといえるだろう。先にも紹介したが、フロントボンネットフード下にも小物入れがあるので、日常の小物と、遠出の荷物との置き分けもできるのではないだろうか。

荷室容量は656Lで、リアシートを折りたたんでフラットにすれば1,453Lまで増加する。リアシートの下にはタブレットやラップトップPCなどが収納できるスペースもある

ジャガーはI-PACEの開発中、200台もの試作車を作り、地球60周分に相当する150万キロを走り込んだという。その間には、摂氏40度から氷点下40度までの気象の変化も経験してきたとのことだ。徹底した走り込みを実施し、ジャガーが満を持して世に出したI-PACEの完成度は、非常に高いと感じた。さらに加えるなら、ジャガーの伝統であるしなやかな走りが加わると、ドイツ勢とは違ったジャガーの味をもっと実感できるかもしれない。

ジャガーはかつて、直列6気筒エンジンやV型12気筒エンジンを搭載するクルマを作り、滑らかで高性能な走りはもちろんのこと、静粛性にもこだわってきた自動車メーカーだ。彼らが目指してきたものは、モーター駆動のEVであれば簡単に手に入る。ジャガーの魅力を存分に発揮できるクルマはEVであることを、I-PACEは実証したといえるだろう。

「美しく、速いクルマ」を追求してきたジャガー。その理想は、電気自動車で現実になるのかもしれない

EVのSUVとしては、先にテスラが「モデルX」を販売している。その外観や機能、持ち味には、I-PACEとは別の趣がある。テスラは「モデルS」にしても、今後の「モデル3」にしても、EV専用であるのはもちろんのこと、新時代を切り拓く価値を見た目にも持たせることに注力している。

SUVのプレミアムEVとしてはテスラ「モデルX」(画像)が先に世に出ている。こちらも独自の魅力を持ったクルマだ

一方のI-PACEには、1922年創業で100年近い歴史を積み上げてきた自動車メーカーが、伝統的な価値を継承させつつ、EVのよさを作りこんだクルマとしての味がある。テスラの人気が上がっているのと同じく、I-PACEが年内に販売予定の台数を売り切ったのも、彼らが持ち味をいかしたクルマづくりをしているからだ。どちらも魅力あるEV専用SUVである。