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ペットボトルコーヒーで覇権を取った「クラフトボス」が「紅茶」に手を広げる理由

ペットボトルコーヒーで覇権を取った「クラフトボス」が「紅茶」に手を広げる理由

2019.03.04

ヒット商品「クラフトボス」の新商品はなんと「紅茶」

コーヒー、紅茶という「壁」を越えた消費者動向がカギに

すっきり飲める無糖紅茶の裏には常識破りの製造方法

「BOSSなのに、コーヒーじゃないの?」

「クラフトボス」の新商品「クラフトボス・ティー」(2019年3月19日発売)が発表された時、率直にこんな感想を抱いた。

コンビニのコーヒー飲料の棚を様変わりさせたと言っても過言ではない、サントリーの「クラフトボス」。缶コーヒーではウリだった苦みやコクを抑え、長い時間かけて「ちびだら飲み」できるすっきりとした味わいが受け、ブランド立ち上げから2年目となった2018年も、前年から大幅に売り上げを伸ばし、発売から2年で2.7倍と急成長している。

「クラフトボス」製品群。左からブラック、ブラウン、ラテ
クラフトボスは同ブランドを牽引する急成長を遂げている(BOSSブランド戦略発表会より)

2018年6月発売の「ブラウン」以来ラインアップに動きがなかったため、新商品によるてこ入れは想定内だったが、中身がコーヒーではないというのは大胆な選択に映る。

「BOSS(ボス)」ブランドを牽引する主力シリーズに、ブランドの代名詞である「コーヒー」以外を投入することに決めた理由はどこにあったのだろうか。開発者とブランド責任者の言葉から、それを探ることにした。

「クラフトボス・ティー」は、2018年6月以来となるクラフトボスシリーズの新商品。加糖した商品が大半のペットボトル紅茶だが、これは無糖のストレート紅茶だ

「コーヒー党」以外も引きつけたクラフトボス

ブランド責任者であるサントリー食品インターナショナル 柳井慎一郎常務執行役員は、「クラフトボス」のヒットの裏には、それまでにない購買動向があったと語る。ひとつは、それまで缶コーヒーの購買層の外にいた、若年層や女性による売り上げが目立つこと。心地よいワークスタイルを訴求するCMや、現代的な感性に訴えるボトルで新たな客層を切り開いた格好だ。

「WORK&PEACE」というキャッチコピーを掲げ、現代のビジネスパーソンが心地よく働くというコンセプトを表現

もう一つは、コーヒーではないペットボトル飲料を飲んでいた人たちの「流入」。クラフトボス ブラックには緑茶やジャスミン茶などの「無糖茶」ユーザー、クラフトボス ラテはミルクティーなど乳成分が入った「ミルク系飲料」のユーザーが新たに手を伸ばしたという。

クラフトボスには、緑茶やジャスミン茶など「無糖茶」、あるいは乳成分入りの「ミルク系飲料」のユーザーも流れ込んできた(イラスト:シマダマヨ)

また、「BOSS」ブランドの商品は大半がコーヒー飲料だが、わずかながら紅茶飲料も存在し、また2018年には缶入りスープ「ビストロボス」も発売した。「ボスブランドの軸は、『働く人の相棒』というシンプルなコンセプトにある」(柳井氏)とのことで、ボス=コーヒーという図式にとらわれない方針が透けて見えた。

市場調査において、「クラフトボスには共感するが、コーヒーは全く飲めない」消費者の存在が浮かび上がってきたという。それならば、クラフトボスから茶飲料を発売することで、コーヒーであるがゆえに取りこぼしていた需要の掘り起こしができるかもしれない。

他飲料ユーザーからの支持、そして飲料種別にとらわれないブランド展開。そのふたつが「クラフトボス・ティー」を生んだと言えそうだ。

「紅茶」の追加で生まれる変化に期待

無糖茶ユーザーの深掘りを狙う中で生まれた「クラフトボス・ティー」。だが、ペットボトル飲料の茶カテゴリの中で、紅茶飲料の占める割合はあまり多くない。圧倒的首位は緑茶飲料で、それにブレンド茶・麦茶などの「その他茶類」が続き、紅茶はその次の規模だ(※ 全国清涼飲料連合会 清涼飲料水品目別生産量推移より)

しかし、茶カテゴリで最大規模の「緑茶」に関して言えば、商品訴求の型がクラフトボスにそぐわないという背景もありそうだ。柳井氏は「緑茶飲料はメーカー問わず、『伝統』『格式』を重んじるコミュニケーションが主流」と語ったが、確かに緑茶飲料は日本らしさや歴史を感じさせるCMが多い。クラフトボスの軽やかで現代的なイメージとは真逆のため、選択肢から外れたのは想像に難くない。

サントリー食品インターナショナル 常務執行役員 ジャパン事業本部 ブランド開発事業部長 柳井慎一郎氏

一方、「クラフトボス」開発担当者の朝岡あゆ美氏は、市場調査などで感じたある「壁」を語った。市場調査の中で「コンビニコーヒーをよく買う」人々と話す機会を多く持ったが、彼らは調査の一環で試飲するまで、缶コーヒーはじめRTD商品(Ready to drink:蓋を開けてすぐにそのまま飲める飲料)は一切手に取ってこなかったと話したという。

「ですが、クラフトボスを試しに飲んでみたら『これなら自分にも飲める』と言ってくださった方も多かったのです。紅茶という選択肢を追加することで、コーヒーそれ自体が苦手という方、さらにはRTDのコーヒー・茶飲料を飲むという体験を持たない人にも手に取っていただき、『これなら飲める』という発見をしていただけたら、と思います」(朝岡氏)

サントリー食品インターナショナル ジャパン事業本部 ブランド開発第二事業部 朝岡あゆ美氏

また、コーヒー主体のブランド内で紅茶が果たす役割はほかにもあるようだ。あくまで社内でのエピソードと前置きをした上で、朝岡氏は「1日中コーヒーを飲んでいる社員が疲れたと漏らした時、『クラフトボス・ティー』を渡したら『(今の気分に)すごくちょうどいい』と飲み始めた」と語った。コーヒー党の人からすれば、紅茶の方が「軽い」のだ。

近年カフェイン量を取り除いた「デカフェ」飲料が選択肢として徐々に浸透している中で、カフェインを摂りすぎることや「カフェイン疲れ」への懸念も広がっている。こうした飲料特性の違いから、「クラフトボス」シリーズ内での回遊に、紅茶が一役買うのでは、という期待もありそうだ。

製造の常識をやぶり実現した「香り高いのに渋くない」味

「クラフトボス」といえば、冒頭にも簡単に書いたが「ちびだら飲み」できるすっきりした味わいがブランド内で一貫した特徴だ。しかし、紅茶でそれを実現するにはかなりの苦労が伴ったという。

「工場で紅茶をいれる釜のサイズと前後のラインの規模から、紅茶の平均抽出時間はあらかじめ決まっているのですが、その中で紅茶の渋みを抑えるには薄く出すほかなく、そうすると一緒に香りも消えてしまい、大きな課題となりました」(朝岡氏)

紅茶の渋みを出しづらくするいれ方は、恒常のサイクルタイムでは実現できず、開発部門が「正直ありえない」と言うほどの短時間抽出を行った。それに加えて、渋み成分をまろやかにするような処理をほどこし、おいしいと感じる成分は残しながらも、渋みや重みなど、紅茶を敬遠する理由となる味として感じないように設計しているという。

「開発メンバーはずっと、無糖の紅茶を作ってみたいという思いを持っていました。それが我々の思いとして結実するなら頑張ります、と一念発起してくれたんです」(朝岡氏)

朝岡氏はリプトンブランドの担当経験もあり、今回「クラフトボス・ティー」の開発に携わったのは、当時共に働いていたチームだった。

「すっきり香る」というキャッチコピーそのものの味わいは、開発段階での試行錯誤の結果生み出された味わいだった

製造の常識を曲げてまで理想の味を実現するチャレンジには、開発部門の協力が欠かせず、この製品のための実験も数多く行われたという。関係者がそれほどまでの情熱を傾けた理由は、「無糖の紅茶」が同社からはほとんど発売されてこなかったことと関係がある。

ペットボトル紅茶の大半が「甘い」理由

健康志向が高まり、無糖の炭酸水やミネラルウォーター、トクホ製品などが支持を受ける中、無糖紅茶が出ても不思議ではないように思う。しかし、市場調査を行うと、無糖紅茶はニーズが少ないという結果が出るのだそうだ。企画があがる度にRTD紅茶=甘いという「常識」は強固であることが裏づけられ、ゴーサインが出ることはこれまでほとんどなかった。

キリンが「午後の紅茶 おいしい無糖」を長年展開しているところを見ると「無糖の紅茶」にも広がる可能性はあるように感じてしまうが、そう尋ねると、朝岡氏は首を横に振った。つまり、既存商品に対抗するほどの可能性が見つけられなかったということだ。

加糖紅茶が好まれる背景にあったのは「おやつ需要」。夕方、甘い物をちょっとつまみたくなるタイミングで紅茶飲料は手に取られることが多く、短時間にさっと、小腹満たしに買われることが多いそう。確かに、そうした用途で言えば、無糖の紅茶は適さない。

しかし今回の開発ミッションは「ちびだら」飲める、すっきりした働く人の相棒となる「クラフトボス」の紅茶。目指す味わいと想定飲用シーンが既存のRTD紅茶市場と異なるがゆえに、無糖紅茶としての開発が実現したのだった。

サントリー渾身の無糖紅茶は「働く人の相棒」になれるか

ビジネスマンがPCに向かっている時、その傍らにはペットボトル飲料がある。コーヒーは多くの人が手に取るメジャーな選択肢であり、だからこそ飲用シーンに適した「クラフトボス」が一定の地位を築くことができた。そこに「無糖の紅茶」が加わることで、どんな変化が生まれるだろうか。

こう問いかけてみたが、さっそく身近なところで変化を目撃した。オフィスで筆者の隣に座っている後輩(男性・20代)に試飲用の「クラフトボス・ティー」を渡してみたところ、最初は「飲み慣れない」と言っていたが、後日「いつも」のコーヒーではなく、無糖の紅茶飲料を手に取っていた。コーヒーよりも喉が潤って、香りも良かったので買ってみたくなったのだそうだ。

缶コーヒーを飲まない人たちがクラフトボスを受け入れたように、これまで「いつも」のコーヒーを手に取っていた人たちにも、こうした行動の変化が現れるのだろうか。発売後、ビジネスマンの卓上にある飲料がいっそう多様化することで、同ブランドが打ち出す「心地よい働き方」が一歩進んでいくのかもしれない。

SNSでバズを起こせ! メルカリ流 “違和感”マーケティング

SNSでバズを起こせ! メルカリ流 “違和感”マーケティング

2019.01.24

フリマアプリを運営するメルカリが新聞折り込みチラシを配布

なぜリアル店舗のようなチラシ広告を出したのか

理由を聞いていくなかで同社のマーケティング戦略が見えてきた

問:次のアイテムのなかから、フリマアプリ「メルカリ」で販売されたことのあるものを選びなさい。

・ダウンジャケット
・ヒト型ロボット
・トイレットペーパーの芯
・クルマ
・イヤホンの左側

おわかりいただけただろうか。答えは「すべて」である。現時点では売り切れかもしれないが、上記はすべてメルカリで販売された実績のあるアイテムだ。

さまざまな商品が売買されているメルカリとはいえ、まさか「トイレットペーパーの芯」が売られているとは、よほどのヘビーユーザーでなければ知らないのではないだろうか。

もちろん筆者も知らなかったが、2018年12月12日に配布された1枚の新聞折り込みチラシが、その事実を教えてくれた。それは、メルカリが北海道と愛知県で計192万部配布した広告チラシだ。

紙面上では、トイレットペーパーの芯やクルマがメルカリで売られていたことを紹介していたのだが、東京在住の筆者は配られたチラシを直接見たわけではない。「メルカリが新聞折り込みチラシを配布している」という意外性がSNSで話題を呼び、仕事中Twitterをいじくりまわして遊んでいた筆者の元にも情報が届いたのである。

はたして、アプリ上でサービスを展開するメルカリが、なぜリアル店舗のような折り込みチラシを配布したのだろうか。

メルカリが配布した新聞折り込みチラシの例。まるでアパレル広告のようだ
裏面には、初心者でも使えるようにアプリのマニュアルが紹介されている

「スタンダードからいかに離れるか」が、おもしろさを生む

「端的に言えば“お茶の間の会話”を増やしたいと考えたためですね」

株式会社メルカリ 執行役員 CMOの村田雅行氏は、新聞折り込みチラシを配布した理由について、そう話す。

株式会社メルカリ 執行役員 CMOの村田雅行氏

2013年7月にサービスを開始したメルカリのアプリダウンロード数は、世界合計で1億超。また、累計流通額は1兆円を超えており、全国レベルでその名を轟かせている。

「ただ、月間のユニークユーザー数は1100万程度。ダウンロード数を考えるとまだまだ伸びしろがあるはずなのです。そのため、まだ取り切れていない、シニアを中心とするユーザーを取り込むためのアプローチを実施することに決めました」

アプリの存在は知っているが、普段からメルカリを使っているわけではない。そんな、シニアをはじめとする“お茶の間ユーザー”を取り込むべく企画されたのが「新聞折り込みチラシ」だった。さまざまなマーケティングを行っている同社ではあるが、新聞折り込みチラシの配布は今回が初めて。そのため、まずはテストマーケティングとして、限られたエリアでの配布が行われた。

だが、シニアへのアプローチは何も折り込みチラシに限らない。テレビCMはもちろん、街頭配布やポスティングなど、ほかにも宣伝手法はあったはずだ。なぜ折り込みチラシにこだわったのだろうか。

「1つのコンテンツとして完結しているところがポイントでした。新聞は、自ら購読して情報を取得する非常にポジティブな媒体。毎日目にするそのコンテンツにメルカリの折り込みチラシを入れることで、“違和感”を生み出したかったのです」

また村田氏は、チラシだからこそ違和感を生み出せたのだと話す。

「今の時代、いかにSNSで話題にしてもらえるかが大事です。そのためには普通とは違うことをやらなければなりません。違和感は、多くの人が認識する“スタンダード”がなければ作れないと考えています。いかに基準から大きな振れ幅があるか。それが驚きやおもしろさにつながるのではないでしょうか。そういう意味で、折り込みチラシには基準があります。『医薬品系だったらこんなチラシ』『スーパーのチラシはこんなもの』というイメージが、多くの人のなかで醸成されているからこそ、イメージからかけ離れたクリエイティブは一層際立つはずだと、新聞の折り込みチラシを実施したのです」

例えば街頭配布であれば、コスプレをしたり、奇抜な宣伝車で商品サンプルを配ったり、アメニティを同封したりと、工夫されているものが多く、普遍的な基準のようなものが思い浮かびにくい。あえて一般的な街頭配布の例を挙げるとすれば、ポケットティッシュと答える人が多いだろうか。だが、ポケットティッシュ以外のものを配っていたら、それだけで大きな話題を呼ぶかと言えば、おそらく難しいはずだ。

つまり、スタンダードがあるからこそ、違和感を与えて記憶に残るような手法を実施できると、数あるアプローチのなかから村田氏は折り込みチラシを選んだというわけだ。

そもそも、実店舗を持たないメルカリが折り込みチラシを配布するというだけで、1つの違和感を与えられるだろう。そして「徒歩0分! スマホの中でオープン!」といった目を引く謳い文句が、違和感をますます際立たせる。

「違和感を与えるために、コピーや商品ラインアップは工夫しましたね。今回、3タイプのチラシを作成したのですが、“メルカリだからこそできるラインアップ”をあえて出すようにしました。例えば、意外性のあるものでは、トイレットペーパーの芯やクルマ。実際にメルカリで売られていたことがあるんです」

今回作成されたチラシは「ファッション」「家電」「スーパー」の3タイプ。意外性のある商品ラインアップに加えて、北海道では日本ハムファイターズのユニフォーム、愛知県では中日ドラゴンズのユニフォームなど、地域に根付いた商品も掲載しており、そのような遊び心も、SNSで話題になるために必要なのかもしれない。

家電パターンのチラシ。「徒歩0分! ~」のコピーが目立つ
「トイレットペーパーの芯」を掲載したパターンのチラシ。2つのチラシをよく見比べると、ユニフォームで使われている写真が違う。なお、北海道と愛知県を選んだ理由は、「地場新聞の影響力が強いエリア」だからだという

結果として、違和感を覚えた消費者は、Twitterにチラシの画像を投稿。狙い通り、SNSでバズらせることに成功した。

しかし、SNSで話題になっても、ターゲットにしているシニア層にはあまり関係がないのではないだろうか。

「シニアや中高年の方々でSNSをやっている人は意外と多いんですよ。積極的に発信をしている人はあまり多くないですが、情報収集として活用している人は少なくないですね」

ちなみに、肝心の折り込みチラシの効果は、「すべての数字の集計が終わっているわけではありませんが、チラシを投下したエリアでは、いい成果が出ています」とのこと。データとしても、チラシの影響を確認できたという様子だった。

攻める姿勢が生み出したもう1つの広告

今回のようなアプローチは、SNSが普及した今だからこそ可能な新しいマーケティングだ。そして、メルカリではSNSでのバズを狙った取り組みがもう1つ。2019年1月1日からスタートした『#はじメル』だ。

はじメルは、「三日坊主でもいいから、とにかく新しいことをはじめる人を応援する」というコンセプトで展開しているキャンペーン。特設サイトを開設し、1月3日には新聞の一面広告を、1月5日からはテレビCMを放送開始した。

そのなかで、一体なにがSNSで話題になったのかというと、これまたアナログな「新聞広告」である。

「一般的に1つのクリエイティブで進める新聞広告を、あえて3タイプ制作し、首都圏・東日本・西日本で分けて配布しました。3枚の新聞広告をつなげるとメルカリの『m』が浮かび上がるというデザインなのですが、1枚だけ見ても、“つなげたら何か起きそう”なデザインにすることで、それを発見した人がTwitterに思わず投稿したくなるような仕組みを作っています」

新聞広告を3枚並べると「m」の文字が浮かび上がる

思わせぶりなデザインにするという“ヒント”を提供しておき、あとは何も言わずにユーザーの反応を待つ。離れたエリアの新聞を手に入れるのは難しいので、ほかのデザインが気になった場合は、自然とオンライン上での情報収集が開始されるだろう。そうして、SNSで活発なやり取りが発生するというわけだ。

「最初はもっと控えめのデザインだったのですが、それじゃダメだと言いましたね」

穏やかな口調ではあったが、村田氏の言葉からはクリエイティブに対してのこだわりを強く感じた。

「折り込みチラシのときもそうですが、守りに入ったら企業は終わると考えているので、常に攻め続けたいと考えています」

クリエイティブに対して攻めの姿勢を崩さない村田氏。それを象徴するエピソードとして、折り込みチラシのプロジェクトのキックオフ時には、「私をクビにする覚悟で仕事をしてほしい」とメンバーに伝えたのだという。

「もちろん、ほんとうにヤバいときは止めますよ。ただ、メンバーがリスクを考えてしまうと、どうしても“置きにいく”ようなアイデアになりがちです。責任なら私が取るので、どんどん攻めてほしいというメッセージですね」

置きにいくクリエイティブでは、SNSでバズらない。メンバーが自由にアイデアを出せる環境整備こそ、尖ったクリエイティブを生み出すのに必要なことなのだろう。

2019年はメルカリの内面を伝える年に

今回、折り込みチラシと新聞一面広告で、SNSでバズらせるマーケティングを実施したメルカリ。折り込みチラシに関していえば、まだテストマーケティングが終わった段階である。今後は全国的に折り込みチラシの配布を行うのだろうか。

「明確な方針はまだ決まっていませんが、折り込みチラシについては、読み物としてお客さまから期待されるコンテンツにしていきたいと考えています」

ただし、「今日は○○が特売」「○○が新発売」といったように、新聞チラシは日々情報が更新されるから読み物として成立する。タイムリーな情報をチラシで打ち出せないメルカリは、どのようなコンテンツにしていくのだろうか。

「今回折り込みチラシで意識したことの1つに、商品をたくさん入れるという点がありました。実際にメルカリで何が売られているかまでは知らない人が意外と多いんですね。そのような人からすると、トイレットペーパーの芯が売れることは1つの発見になるでしょうし、自分の家にある家電がいくらで売れるかということも新しい発見です。そのように、ほかにも、まだまだ知られていない情報があるので、継続的にチラシをやると決まったら、もっとメルカリの内側を知ってもらう情報を提供していきたいですね」

メルカリの内側を知ってほしいと話す村田氏。実は、はじメルにも同様の意図があったという。

「メルカリを使えば『新しい趣味を始める』ことへのハードルを下げられると伝えたかったのです。例えば、ゴルフを始めようと考えたら、ゴルフクラブのセットを購入する必要がありますよね。それが仮に10万円であれば、『ちょっとやってみようかな』程度に思っている人からすると、やはりハードルは高い。しかし、メルカリを使うことで、まずゴルフクラブを5万円で買える可能性があるのです。そのうえ、5万円で売られているのであれば、それに近い金額で売却できることも意味します」

5万円でゴルフクラブを買ってみたはいいものの「あまりおもしろくないな」と感じた場合、4万5000円で売却できれば、5000円の出費でゴルフを体験できるわけだ。

「また、メルカリにはバーコード出品と呼ばれる機能があって、バーコードを読み取るだけで商品情報を自動入力してくれるんです。値段も提案してくれるので出品が楽なのですが、最近では本を買うときにまずはバーコード出品を行う人が多いようですね。ちょうど読み終わったくらいに売却できて便利なんです。期限を決めることで、読まないといけないというプレッシャーにもなりますし、2000円の本を1500円で売却できれば、500円で本が読めるわけです」

何か買うときに、メルカリでまずいくらで売れるかをチェックする。そして、使わなかったり、一度使って満足したりすると、メルカリで売却するという消費行動が増えているのだ。その結果、購入のハードルが下がるので、二次流通が一時消費を活性化させる可能性もあるだろう。

「このような使い方の訴求は、継続してやっていきたいなと。そしてゆくゆくは、メルカリをライフインフラのようにしたいですね」

村田氏は展望を語る。

「認知はすでに獲得しました。次はメルカリの内面をもっと外に出していくフェーズです」

2018年には株式を上場し、気流に乗るメルカリ。決して“置きにいかない”同社のマーケティング戦略から、次はどんなアイデアが飛び出すのだろうか。2019年も同社の尖った広告が、SNSを騒がせるかもしれない。

元劇団四季俳優が、徳川伝説の巨船「安宅丸」を復活させるまで

元劇団四季俳優が、徳川伝説の巨船「安宅丸」を復活させるまで

2019.01.10

東京湾に浮かぶ朱色の舟「安宅丸」復活秘話

仕掛人は、元劇団四季俳優?

時間と空間のプロデュース、カギは「ディズニーと茶室」にあり

運がいいとディズニーランドの花火も見えるんです――。

日の出桟橋から東京湾を遊覧する人気の御座船「安宅丸(あたけまる)」にて、“演出”を担当する森健太郎氏はこう語る。都会の喧騒を忘れて東京湾を優雅に航行することのできるこのクルーズ船は、江戸時代に日本一の帆船と言われた「安宅丸」をモチーフに開発され、現代に蘇った。

日の出桟橋に着港する御座船「安宅丸」

忘年会や新年会など、さまざまなイベントで引っ張りだこなこの船を盛り上げるのが、森氏が演出を手掛ける、飲食と演劇が合わさった「宴」だ。驚いたことに、同氏は元々「劇団四季」の俳優だったそう。俳優の憧れの舞台を離れ、今こうして安宅丸のプロデュースをするに至ったのは何故なのか。実際に船に乗り、その魅力を味わいながら話を聞いた。

森健太郎氏。劇団四季出身、ライオンキングやアイーダなどに出演する。2012年退団後、アートカンパニーピエロを設立。2013年に株式会社オフィスピエロを設立し、代表取締役に就任。東京湾御座船安宅丸の演出を担当している

元劇団四季の俳優が「宴」をプロデュースするに至るまで

――今日はよろしくお願いします。非常に豪華な船ですね

森健太郎氏(以下、森):ありがとうございます。安宅丸での「宴」を楽しんでください。

乗船すると、「千と千尋の神隠し」の「油屋」のような光景が広がる

――森さんは以前、劇団四季の俳優だったと聞きました

森:はい。2005年から2012年まで在団していました。退団後、独立をして企画制作の仕事を行う中で、偶然出会ったこの船の演出を手掛けるようになったんです。

――劇団四季から独立したのはなぜですか?

森:色々と理由はありますが、「俳優が活躍できる新たなマーケットを作りたい」と思ったのが大きな理由の一つです。

演劇のマーケットは他のマーケットと比べると小さいんです。そのため、俳優がステージに出ながら食べていくということは難しく、技術や想いがあってもなかなか活躍の場がありません。

そこで、どうすれば俳優が活躍できる場所を作れるか考えました。劇場で勝負しても、すでにある市場を食い合うだけで俳優の救済にはつながらないので、それならばと「大衆が演劇に触れる機会を増やす新しい方法」を考えました。その一つが、この「宴」というわけです。

――俳優にとっては新たな活躍できる場所ができ、普段劇場に足を運ばない人にとっては、クルージングをして食事を楽しみながら、気軽に演劇に触れられる場所になる――、win-winな形ですね

安宅丸では、「WAGAKU」と呼ばれる役者が宴を盛り上げる。毎回3人の役者が出演し、中には劇団四季を退団後この船に携わる人もいるそうだ

多額の借金から始まった、安宅丸の厳しい船出

――安宅丸のプロデュースを始めたのはいつからですか?

森:2014年からです。初めて安宅丸に出会ったのは2013年のことで、この船に出会ったときには一目惚れしましたね。「ここなら俳優を使った新たなマーケットを作れる! 」と。その後、船の運営会社(両備ホールディングス)と何度も交渉を重ね、今のような運営形態をとることになりました。

交渉を重ねる中で、船の会社にイメージを伝えるためにプレゼン公演という形で、単発イベントも行いました。もちろん知名度も何もないので、最初は小劇団のように、知り合いに声をかけて来てもらうところから始まったのですが、そのイベントを好評で終えることができ、手ごたえを感じました。

――では、初めから順風満帆だったのでしょうか?

森:いえ、現在で運営開始から4年が経過しているのですが、初めはとにかく大変でした。プロデュースを始めて3カ月が経ったころには、1000万円ほどの借金を背負ってしまいました。

――!!! 1000万円ですか……

森:起業をする上で1000万円という額はそこまで驚かれないかもしれませんが、演劇というビジネスを行う中では驚きでした。当時は苦労しましたね(笑)。

左が両備グループ代表 兼 CEO 小嶋光信氏、右が水戸岡鋭治氏(画像は内装リニューアル後に行われたメディア向けクルーズ体験時のもの)

でもそれから、少しずつサービスの改良を重ね、徐々にお客さんも増やすことができました。元々、この船の内装も今のものとは全然違ったんですよ。今の内装は2017年に作られたもので、JR九州の「ななつ星」をデザインした、インダストリアルデザイナーの水戸岡鋭治さんに手掛けて頂いたものです。

ほかにも、かつてシャッター街同様だった場所をプロデュースし「恵比寿横丁」として復活させた、浜倉的商店製作所ともタッグを組みました。そういった多くの人たちの協力もあり、徐々に多くのお客様に足を運んでいただけるようになりました。

――乗船客はどういった方が多いのでしょうか?

森:日本人と外国の方で、半々くらいといった感じです。さらに人気を爆発させるには、インバウンドの取り込みがもっと必要になるかと思っています。また、企業が懇親会のために利用する、というパターンも多いですね。メインのステージの部屋が108席、別室にはビップ席も用意していて、総席数は188席あります。リピーターになってくれる人も増えてきて、中には1年間で100回以上乗ってくれた方もいらっしゃいました。

船の外に出ると、東京湾の夜景が広がる。日の出桟橋から出航してしばらくすると、レインボーブリッジや東京タワーも見ることができる

演出の根幹は「ディズニーと茶室」

――安宅丸に一目惚れしたのはなぜですか?

森:元々、時間と空間の演出をしたいと思っていて、例えるならば、『ディズニーランド』のような空間を作りたかったんです。駅を降りたところから夢の国が広がる――。そういう、“入口から出口まで一貫した世界観”を演出したいと考えていた中で、初めて安宅丸を見たときにこの船で『千と千尋の神隠し』のような世界を作りたいと思ったんです。「ここなら、自分の描く時間と空間の演出ができるぞ! 」と確信した瞬間でした。

――確かに、船に入った瞬間から、乗船する前と見える景色、周りの雰囲気が一気に変わったのが印象的でした

森:安宅丸では、お出迎えの瞬間から演出された空間が広がるように努めています。役者もホールスタッフも巻き込み、もちろん「飲食」にも力を入れて、乗船した瞬間から日常とは異なる体験をしてもらえるようにしています。

食事は、いくつかのコースから選ぶことが可能だ (安宅丸 Facebookページより)

森:今は、スマートフォンさえあれば、無料で気軽にいろいろなサービスを受けられる時代です。当然、スマートフォンの利用者は多く、アプリ・サービスを開発している企業も多い。そこにはとても大きなマーケットが形成されています。一方、僕たちが提供しているものは、「人のコミュニケーション」によって生まれる価値です。

当然、ITの世界と比較するとマーケットは小さいです。無料でさまざまなサービスを受けられる時代、モノに溢れている時代に、たった1.5時間~2時間という短い時間で、お客様を満足させる必要があるからこそ、パフォーマンスのみならず「時間と空間の演出」が重要なんです。この考え方に至るには、ディズニーランドのほかに、「茶室」に影響を受けました。

――茶室?

森:茶室は「非現実」の空間を作るために、さまざまな工夫を凝らしているんです。待合室に入り、そこから造りこまれた庭を通って、躙口(にじりぐち)と呼ばれる、低い入口から茶室へと入る――。茶室に入るまでの行動を演出することで、緩やかに日常から、非日常へと誘うのです。

限られた時間の中で、食事や演劇をただ楽しんでもらうだけではなく、その前後の時間も演出することによって、より満足度を高めたい。朝起きたときからワクワクして、駅を降りたところから楽しめるような世界を作りたい。そんな演出を実現するために、ディズニーと茶室のエッセンスを取り入れたんです。

森さんオススメのシャッターチャンスは東京ゲートブリッジを抜け、船が折り返したこの瞬間。恐竜が向かい合っているような特異な形状をしている事から「恐竜橋」とも呼ばれるこの橋の全景を見ることができるスポットだ

「生産性の先」にある感動を目指して

――人気が右肩上がりの安宅丸ですが、今後はどういったことに取り組んでいく予定なのでしょうか?

森:例えるならば、「サグラダファミリア」のようなものを作り続けていきたい、と思っています。まだ足りぬ 踊り踊りて あの世まで――、とは、歌舞伎役者の六代目 尾上菊五郎さんの言葉ですが、これが僕には非常に印象的でして。「芸」に終わりはなく、一つ課題を乗り越えると、さらに違うものが見えてくるもの。それを一つずつ超えた先により大きな感動が生まれ、その取り組みの精神性そのものもまた、新たな感動を生むと思っています。

安宅丸にはまだまだ伸びしろがあります。段階を踏みながら、少しずつサービスの質を上げていき、より多くの人を感動させられるような空間を作っていきたいですね。

――また時間をおいて、安宅丸に乗船するのが楽しみです。貴重な話をありがとうございました

クルージングの最後は、WAGAKUによる歌や舞を楽しめる

***

数百年の時を越えて現代に蘇った「安宅丸」。森氏の話を聞き、その人気の秘訣は「生産性の先に生まれる感動」にあると感じた。

「僕らの業界は生産性が非常に低いと思っています。ビジネスの仕組みという意味では生産効率を上げる努力はしなくてはいけません。一方で生産性を越えたところに大きな価値が生まれ、そこに人は感動すると思うんです。終わりのない非生産的な探求。そこを追い続けていきたいですね」(森氏)

一瞬で世界中の人々とコミュニケーションをとれるITの世界と比べると、クローズなコミュニケーションが求められる演劇や飲食というマーケットは必然的に小さくなる。しかし、そこには単なる「効率の良さ」や「生産性の高さ」では測れない、血の通った人間だからこそ生み出すことのできる感動がある。

そこに価値を見出し、多くの人を魅了するコンテンツを創り上げるのは、「元俳優」という経験を持つ森氏だからこそできることだろう。同氏が「空間演出」を手掛けるのは、安宅丸に限らない。今後の安宅丸の動向はもちろん、森氏が仕掛ける、次の一手にも期待が膨らむ。