「再開発」の記事

銀座ソニービル跡地の一等地を「公園」にしたソニーの思惑

銀座ソニービル跡地の一等地を「公園」にしたソニーの思惑

2018.08.24

公園として生まれ変わった銀座ソニービル跡地

急激に生まれ変わる東京で「建てない」選択肢

収益よりもブランド訴求に重きを置いたソニー

8月、銀座ソニービルの跡地に「Ginza Sony Park」(銀座ソニーパーク)がオープンした。2022年に新たなソニービルが完成するまでの間、地上と地下4階までの空間を「公園」として提供する試みだという。

数寄屋橋交差点、銀座ソニービル跡地が「公園」になった

一般に公園とは地方公共団体が運営しており、収益には結びつかないイメージがある。なぜ、ソニーは一等地を公園にしてしまったのだろうか。

ソニーらしいアプローチとしての「公園」のアイデア

銀座ソニーパークを手がけるのは、ソニーが100%を出資する「ソニー企業」という名前の子会社だ。オープンにあわせた発表会では、社長を務める永野大輔氏が2017年3月に営業を終えた銀座ソニービルの建て替えプロジェクトについて詳細を語った。

ソニー企業 代表取締役社長兼チーフブランディングオフィサーの永野大輔氏

ソニービルの建て替えは、2013年にソニーの平井一夫社長(当時)の直轄プロジェクトとしてスタート。だが2020年の東京オリンピック・パラリンピックに向けて、東京に大きな変化が訪れることが予想される中、むしろ「建てない」のがソニーらしいと考えたという。

公園にたどり着くヒントになったのは、ソニービル時代から数寄屋橋交差点に向いた空間をパブリックスペースとしていたことだという。そこから地上部分と地下空間を組み合わせた「垂直立体公園」のコンセプトを発案。地上の入り口や地下でつながる西銀座駐車場との間に扉や壁を設けない、オープンな空間となっている。

地下にはローラースケート場や、ソニービル時代から続く水族館「Sony Aquarium」などの施設を設置。これらの施設は世の中のトレンドに合わせて数ヶ月ごとに入れ替えていき、音楽イベントは出演アーティストをぎりぎりまで発表しないなど、偶発性を演出していくという。

9月まではローラースケート場が設置される

建築として興味深いのが、ところどころに残された古いタイルだ。これらは50年の歴史があるソニービルのテナントの名残で、解体の途中で見つかったものをデザインとして残したという。ソニーらしい遊び心が感じられる点だ。

かつてのテナントが使っていた古いタイルをあえて残した

都市における「余白」に価値を見出す

銀座ソニーパーク内には、藤原ヒロシ氏の手がけたコンビニや、製造所を兼ねたトラヤカフェなど店舗もいくつか入っている。だが、ほとんどの空間は閑散としており、殺風景に感じるほどだ。

何もない「余白」の空間が目立つ

永野氏によれば、これはデザインに「余白」を採り入れた結果だという。都市における公園とは、環境面でのメリットや災害時の避難場所としての機能もさることながら、誰もが自由に利用できる公共スペースとしての役割も担っている。これを銀座ソニーパークでも再現したというわけだ。

3店舗ある飲食店はテイクアウトのみで、一般の公園と同じようにどこで飲食しても良いスタイルを採用。公園内での禁止事項は禁煙など最低限にとどめており、迷惑行為は警備員の巡回で対処していくという。

こうなると気になってくるのは、商売っ気のなさだ。銀座ソニーパークの立地は数寄屋橋交差点から目と鼻の先で、地下鉄の銀座駅とも直結した超が付くほどの一等地だ。だがソニーは収益よりもブランド訴求に重きを置いていると永野氏は話す。

7月31日に発表した2018年度第1四半期決算でも好業績が明らかになったソニーだが、銀座ソニーパークでは短期的な収益よりも長期的なブランド価値の向上を狙う、視野の広さが感じられる。

銀座には背の高いビルが所狭しと並んでおり、さまざまな店舗がこれでもかとばかりに詰め込まれている。そこにあえて余白を置くことで存在感を高めようというのが銀座ソニーパークの狙いといえる。

地下鉄銀座駅からも直結

さて、銀座ソニービルといえば、いわゆる「銀ブラ」を楽しんだ年齢層にはシンボルともいえる存在だった。色々な取り組みがあるとはいえ、そこが公園に生まれ変わり、あるはずのものが無くなったというのは、感慨深く思う方も多いのではないか。もっとも、2022年には新たなソニービルができる計画だ。そちらにも期待しつつ、まずはこの公園を楽しんでみては如何だろう。

野村不動産が初進出するホテル業のコンセプト

野村不動産が初進出するホテル業のコンセプト

2018.05.15

デベロッパーは、オフィスビルを中心に開発を行う。そのほか、グループ企業によりレジデンスやショッピングセンター、ホテル&リゾートなども手がけている。

なかでも注目したいのはホテル事業だ。たとえば三井不動産なら三井不動産ホテルマネジメントによる三井ガーデンホテル、セレスティンホテル運営。三菱地所ならロイヤルパークホテルズアンドリゾーツによるロイヤルパークホテル。東急電鉄もグループ企業により、エクセルホテル東急やセルリアンタワー 東急ホテルなどを運営する。

では、なぜホテルが注目なのか。それは観光客の増加だ。インバンド観光客は増え続け、2017年には2,869万人が訪日、さらに政府は2020年には4,000万人の訪日客を目指すとしてる。民泊やクルーズ船などを活用するとしても、ホテル客室数が不足するのではないかとの懸念が出ている。

そんな状況に対応しようと、本格的にホテル事業に乗り出したのが野村不動産だ。新たに野村不動産ホテルズというグループ会社を立ち上げ、ホテル業に本格参入する。

ショップ&レストラン以外のレジャー施設を

意外なことだが、野村不動産はショップ&レストランからなる商業施設は多く運営しているが、ホテル業は脆弱だった。いや、皆無といってよい。つまり今回、野村不動産ホテルズを設立したことは、事実上、ホテル業への初参入ということになる。

そのホテルの新ブランドは「NOHGA HOTEL UENO」(ノーガホテル上野)。名前のとおり東京・上野に建てられたホテルで、開業は11月1日となっている。

まだ一部にシートはかかっているが、外観はほぼ完成している感じだ。防音壁には上野の日常を切り取った写真が印刷されている

実は5月10日、ノーガホテル上野の予約が開始された。それに合わせ、ホテルの至近にあるイベントスペースで、野村ホテルズ関係者とメディアが意見交換を行えるラウンドテーブルが実施された。ラウンドテーブルとはいっても、語気鋭く意見交換するのではなく和気藹々としたもの。というのも、ホテルで提供される予定の料理とワインを囲んでの場だったからだ。

メディアに提供された料理。左上:新玉葱のブランマンジェ、グリーンピースのソース。右上:47℃で火を入れた信州サーモンのコンフィ、ヴェルモットのクリームとレモンの香り。左下:鹿児島黒豚ばら肉キャラメリゼ、山椒風味・春豆と玄米のリゾット。右下:料理の説明をする金折有香 支配人

ラウンドテーブル開始の冒頭、野村不動産ホテルズ 代表取締役社長 塚崎敏英氏が挨拶を行った。

塚崎氏はノーガホテルのコンセプトを「明日につながる街作り」だとした。どういうことかというと、地域密着型のホテル運営を行うことで、街を活性化させるのがねらいだとしている。また、「快適な目覚めを味わっていただく空間にしたい」と力を込めた。

観光資源豊富な上野という街

ホテルといえば、海外や遠方の方が泊まりにくるイメージだが、なぜ地域密着につながるのか。それは、台東区・上野という土地柄にある。

上野といえば、上野恩賜公園が最大の観光資源だ。パンダを飼育する動物園や、世界文化遺産に指定された国立西洋美術館などがある。また、藤堂高虎と天海僧正が築いた上野東照宮があり、高虎の墓もある。つまり、家族連れから美術好き、歴史好きまでが楽しめるところなのだ。ちなみに上野という地名は、高虎が治めた伊賀上野(三重県)から採られたともいわれている。そして、成田空港からの東京の玄関口の役割もある。

これらの観光資源は、山手線・上野駅の西側に集中している。上野公園も動物園も東照宮も京成上野駅もすべて西側だ。一方、ノーガホテルは東側の昭和通りのさらに向こう側にある。観光資源の豊富さを考えれば西側が有利なのだろうが、なぜ東側なのか。

実はここに地域密着型をうたう理由がある。昭和通りの東側は、西側のような華々しい観光資源はない。むしろ、家屋が密集した下町風情の雰囲気が漂う街並みだ。

だが、この地域には職人や工房といった“もの作り”の気質が色濃く残っている。ノーガホテルでは、こうした工房で作られたハンガーや靴べらといったアメニティを用意する。さらに、ホテル内のショップでは近隣の工房で作られた製品を販売。ギャラリーも用意され、地域のアートやプロダクトを中心に出展する。つまり、もの作りの街として上野を捉え、そうした工房などと連携を深めるのがねらいなのだ。

台東区の工房で作られた製品の一部。左:1931年創業の木本硝子の江戸切り子とグラス。右:江戸末期から続く技を継承した日伸貴金属の製品

ディープな上野を知るのに最適な土地柄

塚崎社長は「宿泊客の方にディープな上野を知っていただきたい」と話す。特に外国人にとっては珍しいプロダクツとなるだろう。以前、「爆買い」というのが話題になったが、これは家電製品を中心としたもの。今は落ち着いており、むしろ日本でしか購入できない工芸品などを手に取る外国人観光客がジワジワと増えている。

ただ、遅きに失した感もある。東京・京都・大阪は、初来日したインバウンドが立ち寄る都市だが、リピーターは地方都市に散らばり始めている。上野周辺の観光資源や浅草に近いという立地をいかに生かせるかが、外国人観光客を取り込むカギになりそうだ。ちなみに野村不動産ホテルズの担当者は「欧米の観光客に注目していただきたい」と話す。欧米の方は長期滞在する傾向が強いので、この層をターゲットにするのはありだろう。

最後に、ノーガホテルの概要に触れよう。客室は130室で、22~24平方メートルのダブルやツインが主力だという。また、価格は1泊2~3万円ほど。ビジネスホテルよりかは高額だが、シティホテルよりも安価という設定だ。なお、場所は明かさなかったが、これからもノーガホテルを増やしていくとのことだ。

臨海部の交通利便性をアップ! 首都高晴海線3月10日開通

臨海部の交通利便性をアップ! 首都高晴海線3月10日開通

2018.03.06

2018年3月10日(土)に、晴海と豊洲を結ぶ首都高速道路の晴海線が開通する。首都高は2015年に中央環状品川線を全線開通させ、その利便性を増した。これにより、世田谷区方面から湾岸地区へのアクセスがしやすくなった。

今回、開通する晴海線は晴海出入り口から豊洲出入り口を結ぶ約1.2kmの新路線。距離は短いが、この道路の開通は大きな意味がある。

左:メディアに公開された開通前の晴海線。右:天気がよければ、レインボーブリッジと富士山も確認できる

選手村の利便性をアップ

まず、東京オリンピックを控え、選手村が晴海に建設される予定だ。ただ、この地区は公共交通が乏しく、大江戸線やゆりかもめといった鉄道に頼らざるをえない。しかも、メイン会場となる千駄ヶ谷の国立競技場やサッカーなどが行われる調布市の東京スタジアムへのアクセスもあまりよくない。

一方、有明テニスの森やトライアスロンなどが開催予定のお台場海浜公園には近い。東京オリンピックでは、ベイエリアにある多くの競技場を活用予定だ。そう考えると、晴海という場所は選手村にはよいのかもしれない。ただし、ベイエリアは港湾が近いのでトラックなどの物流車両が多い。基本的に埋め立て地なので、幹線道路にかかった橋をわたることが多く、抜け道が利用しにくいということもある。

また、土壌汚染など問題があるとはいえ、豊洲市場が稼働したときの利便性にも寄与する。市場ということになれば、入出場する運搬車両が激増することはまちがいない。こうした輸送需要にも晴海・豊洲を結ぶ高速道路の開通は貴重だ。

さらに利便性が上がると考えられるのが、将来的な都心環状線との接続だ。これにより、千葉方面から湾岸線でやってきたクルマが汐留や銀座方面にアクセスしやすくなる。

これまでは、湾岸線から西進してきた車両は、辰巳ジャンクションから深川線を北上し、箱崎ジャンクションを経由するというのが、首都高を利用する場合の経路だった。または有明ジャンクションからレインボーブリッジ、芝浦ジャンクションを経由して、台場線・羽田線から都心環状線に入るという方法になる。

左:晴海線至近にある豊洲市場。右:晴海線はゆりかもめと交差する

だが、前者は渋滞で悪名高い箱崎を通過せねばならず、後者は千葉方面から来た車両にとっては、遠回りな経路だ。晴海線が都心環状線と接続すれば、それらの経路に続く、第3のルートとなる。

こうしたルート拡張以外にも、注目したい点がある。それは、防災機能の強化だ。首都圏は、いつ直下型地震がくるのか、予断を許さない状況だ。しかも、都心環状線は老朽化が指摘されており、補修は随時行われているものの、巨大地震に対してどれくらいの耐久力があるのか疑問視されている。前述した中央環状品川線をはじめ、晴海線のような新しい高速道路は、こうした事態への緊急時の避難経路として期待される。

災害時の活用に期待

さらに、晴海線の場合、避難・救助・物資供給の役割が大きい。東雲ジャンクション付近には、基幹的防災拠点(有明の丘地区)が設定されているうえ、港湾に近い。災害時には、まず機動力の高いヘリコプターの空輸や、緊急車両・輸送車両がフル回転するだろう。 だが、首都圏以外からや海外からの大量の支援物資の受け入れには、やはり船舶が中心となる。受け入れた物資を都心部へ輸送するのに、晴海線の価値は重要だろう。

さて、少し物騒な話になったが、レジャーにも期待できる。都心環状線から舞浜の「夢の国」(ディズニーランド)へアクセスしやすくなるからだ。前述のとおり、箱崎経由で夢の国に訪れる際、渋滞に巻き込まれる可能性が高い。体力のある往路はまだいい。夢の国で遊び疲れた体で復路の渋滞に巻き込まれたら、それこそ辟易だ。

こうした渋滞を少しでも解消するのに、晴海線の延伸が待ち望まれる。