「再開発」の記事

巨大プロジェクトで田園都市線の活性化を推進する東急の本気

巨大プロジェクトで田園都市線の活性化を推進する東急の本気

2019.05.17

ショッピング重視の巨大な“パーク”が建設中

官民一体となったプロジェクトで憩いの場を!

東急所有の土地再開発で開業までスムーズに

建設が進むメイン棟。重機や脚立が建設中なのをうかがわせる

東京急行電鉄(以下:東急)は、田園都市線・南町田駅で進める巨大商業施設の建設現場をメディアに公開する内覧会を行った。近年、東急は渋谷ヒカリエや渋谷ストリームといった、渋谷駅周りの開発が目立ったが、郊外での巨大開発に着手。その名称は「南町田グランベリーパーク」(以下:グランベリーパーク)となる。

田園都市線沿いの開発といえば、「二子玉川ライズ」(以下:ライズ)が真っ先に思い浮かぶ。だが、ライズはショッピング、シネコンといった商業施設のほか、レジデンスやオフィスビルも併設されている。

一方、グランベリーパークは、ショッピング施設にほぼ重点を置いている。町田市唯一のシネコンも併設されており、買い物+エンターテインメントを重視した施設といえる。

グランベリーパークの俯瞰図(提供:町田市・東急電鉄)

そしてもうひとつ特徴的なのが、町田市が管理する「鶴間公園」に隣接していること。グランベリーパークの開発に合わせ、鶴間公園も閉鎖して整備。グランベリーパークの開業に合わせて、複合的なショッピング施設+公園としてオープンする。この両施設を合わせると、約22ヘクタールの巨大なエンターテインメントな施設となる。ライズの場合、隣接する公園と合わせると約17ヘクタールなので、それを上回る規模となる。なお、グランベリーパークと鶴間公園の開業は、2019年11月を予定している。

鶴間公園を散策できる「水道道路」。その名のとおり、道の下には水道管が通っている。右は道路の先にある「森の遊び場」

では、なぜ南町田なのか。まず前述したように、田園都市線の駅という理由がある。ビジネスパーソンや若者の集積地である渋谷から集客しやすい(それでも準急で渋谷から40分ぐらいかかるが……)。そして、これが最大の理由だといえるが、グランベリーパークの土地は東急がもともと所有していたところだからだ。

実はライズを開発したときは、用地買収などに時間がかかり、開業までに33年もの歳月を必要とした。一方、グランベリーパークは、「南町田駅周辺におけるまちづくりの推進に関する協定書」が町田市と東急で2014年に締結されてから、2019年11月の開業予定とスムーズに進んだ。

左から東急 開発事業部 南町田開発グループ 課長 青木太郎氏。同課長代理 小川卓夫氏。町田市 都市づくり部 都市政策課 担当課長 辻野真貴子氏。スヌーピーミュージアム 館長 中山三善氏(ミュージアムについては後述)

パーク”と名付けた意味を考察してみる

グランベリーパークが建設される以前は、「グランベリーモール」という商業施設だった。グランベリーモールは、2017年に閉館。その跡地に、グランベリーパークが開業するワケだ。このネーミングに町田市および東急の意図がみえる。これまでの“モール”の場合、商業施設のイメージしかわかない。だが“パーク”なら、町田市が管理する隣接した鶴間公園も含めた意味合いとなる。

では、グランベリーパークの店舗数はどのくらいになるのだろうか。メディア向け内覧会の時点で出店が決まっているのは197店舗。飲食店はいうにおよばず、ファッション、雑貨、ビューティーなど多岐にわたる。いずれは230店舗の入居を目指しているという。

こうしたショップのなかでも、存在感を放っていたのが、モンベルとコールマン、トイファクトリーだ。モンベルはいわずと知れたアウトドアウェアのトップブランド、コールマンはキャンプ用品の老舗だ。トイファクトリーは、キャンピングカー(レンタル可能)やミニベロ(小径の自転車)を扱っている。

つまり、こういうストーリーが思い浮かぶ。まずキャンピングカーをレンタルして、ミニベロを積み込む。モンベルのアウトドアウェアを着用し、コールマンのランタンやガスコンロで夜の灯りをとり、料理をする。翌朝は、ミニベロで付近を散策するというストーリーだ。こうしたイメージをわきやすくさせるためなのか、この3社はメインの建物ではなくウッディな別棟に入居する。つまり、この別棟というのが、存在感の源泉だ。

アウトドア系ショップはメイン棟ではなく、屋外のウッディな建物に入居

近年は、1980~90年頃に訪れたアウトドアブームが再燃している。想像をたくましくさせるならば、当時キャンプを楽しんだ子どもたちが大人になり、子育て世代となる。そして自分たちが子どもの頃に体験したアウトドアを我が子に伝える、という連鎖なのかもしれない。その需要を見越したともいえる。

さてグランベリーパークに戻ろう。“子ども”というワードが出てきたが、グランベリーパークにはその子どもを楽しませる施設を設ける。それが「スヌーピーミュージアム」だ。これまで六本木で開業していたが、南町田に移転することになる。

スヌーピーといえば、ディズニーキャラと並んで、世界中で親しまれている存在だ。子どもだけでなく、大人にもなじみ深いキャラのミュージアムは、家族連れを楽しませるだろう。また「子どもクラブ」という児童館も用意される。

スヌーピーミュージアムの移転を告知する帯広告

ただ楽しむだけではない役割とは

ただ、グランベリーパークが担うのは、“テーマパーク”的な役割だけではない。“まちの防災”という機能も課せられる。災害時、店舗が入居する建物の一部は、帰宅困難者の受け入れ先となり、そのための食料や水が備蓄される。また、消火活動に対応できるように防火水槽を各所に配置。さらに鶴間公園には、断水しても利用可能な災害対応トイレを6基用意するという。そのほか、緊急の物資受入や傷病者をすぐさま搬送できるヘリポートにも利用できる。まさに、災害時の一大拠点となるのだ。

最後に建設状態のグランベリーパークを巡ってみて、少し懸念が生まれた。外装も内装もまだむき出しの建物に、「果たして11月の開業に間に合うのだろうか」と……。その懸念を東急の担当者に伝えると、「絶対に間に合わせます!」と力強い答えが返ってきた。

足場が組まれた建設現場。11月開業に間に合うのか、少し不安にさせる

いずれにせよ、グランベリーパークが開業すれば、町田駅よりも地味な印象だった南町田駅が活性化するのはまちがいない。見学した建設現場が開業後にはどのような姿になっているのか、そのときには、また訪れてみよう。

ネーミングの重要性を再認識させた「京急の駅名改称」

ネーミングの重要性を再認識させた「京急の駅名改称」

2019.02.04

京浜急行電鉄が駅名変更に踏み切る4駅とは?

新駅名はどのようなプロセスで決まったのか

地域のアイデンティティともいえる駅名の重要性

2020年3月に改称される予定の4駅の駅名標(プレスリリースより)

京浜急行電鉄(京急)は1月25日、2020年3月に4駅の駅名を改称すると発表した。これによると、大師線産業道路駅が「大師橋駅」、京急本線の花月園前駅が「花月総持寺駅」、同じく仲木戸駅が「京急東神奈川駅」、そして逗子線の終点新逗子駅が「逗子・葉山駅」と、それぞれ新しい駅名を名乗ることになる。

このうち産業道路駅は、大師線の連続立体交差化事業により、2019年3月3日に地下駅となる予定になっており、駅名の由来となっていた、同駅東側で交差する「産業道路(神奈川県道6号東京大師横浜線)」との踏切が廃止されるため、地元からも改称の要請が上がっていた。大師橋とは、川崎市と大田区を結ぶ産業道路の多摩川に架かる道路橋であり、地元のシンボルである川崎大師から名前を取っている。道路にちなむ駅名という、伝統にも配慮したものと思われる。

ほかの3駅は、産業道路駅の改称計画をきっかけに2018年9月、京急が創立120周年記念事業として小・中学生から駅名改称案を募集した、「わがまち駅名募集」において集まった案を参考に決定したという。品川や横浜、金沢文庫、三浦海岸など、他社線乗り換え駅や「公共施設、神社仏閣、歴史的史跡などの最寄り駅として広く認知されている駅」だとして26駅は改称の対象外。そのほかの駅は、2018年10月10日を期限として新駅名を募った。結果、応募総数は1,119件にのぼったというが、その割には改称の規模は4駅(大師橋駅を含む)と、最小限に留まったという印象だ。

新駅名はどうやって選ばれたのか

花月園前駅は、1914年から1946年まで営業していた遊園地「花月園」にちなむ駅名で、遊園地の閉鎖後は同名の競輪場になっていた。しかし2010年には競輪場も閉鎖され、駅名の根拠を失っていたがために、改称も妥当かと思われる。地元に親しまれた花月を残し、駅近くにある曹洞宗の大本山「總持寺」にちなんで総持寺をつけた。ただし、總持寺の最寄り駅はJR鶴見駅または京急鶴見駅である。

仲木戸駅はJR京浜東北線・横浜線東神奈川駅の至近にあって、乗り換え駅(下車後、少し歩く)として機能しており、特に横浜線沿線と羽田空港を往来する客には重宝されている。JR駅と同じ「東神奈川」という文字を使った「京急東神奈川駅」としたのは、「駅名が異なることで乗り換え可能な駅としてお客さまから十分に認知されていない」ことが理由なのだという。

けれども、今はネット検索の時代である。例えば横浜線の小机駅から羽田空港への経路や乗り継ぎ時刻を検索すると、東神奈川~仲木戸乗り換えルートとその所要時間が示される。仲木戸には、羽田空港アクセス列車であるエアポート急行も停車する。ちなみに仲木戸とは、徳川将軍が宿泊した「神奈川御殿」の木戸が由来である。

京急仲木戸駅改札口からJR東神奈川駅をみる。数十メートルしか離れておらず、乗り換え客は多い

新逗子駅は1985年に京浜逗子駅と逗子海岸駅を統合して誕生した駅だが、ブランド力が高い「葉山」を付けることになった。なお、葉山町には鉄道はない。新逗子駅から葉山町の中心部までは、路線バスで10分ほどかかる。

羽田空港国内線ターミナル駅発「新逗子」行きのエアポート急行。この行先表示も駅名改称により「逗子・葉山」行きに変わる

小・中学生の意見は反映されたのか

今回の駅名改称と「わがまち駅名募集」との関連は、今のところ「参考にした」としか表明されていない。新駅名が、募集により寄せられた案にもとづくかどうかも、明らかではない。ただ、改称後の駅名は、子どもらしい発想によるものとは思えない。

一方、100年以上も地域に親しまれた駅名が維持されて、安堵している住民も多いのではなかろうか。難読駅名として改称対象となっていた雑色(ぞうしき)、追浜(おっぱま)、逸見(へみ)といったところは、現状維持となった。

10駅には「副駅名標」が付く。写真は難読駅のひとつ追浜駅の例(プレスリリースより)

もとより、今回の「わがまち駅名募集」に対しては肯定的な意見は少なく、批判が多かったように見受けられる。私自身も、地域のアイデンティティの否定につながるとして、この施策には賛成しかねており「京急の企業イメージにも影響するので慎重な対応を」と、2018年10月29日付けの記事で意見を述べた。

今回の施策において、改称対象となった駅周辺地域や自治体に対して、事前の説明があったかどうかも明らかではないが、地元にとって「寝耳に水」の改称計画であったとしたら、反発は十分に予想されるところだ。改称する4駅は、ある意味、地元の同意が得られた駅なのだということだろう。

駅名の重要性を考えてみる

改称される4駅は、旧駅名を「副駅名標」にするという。例えば鮫洲駅には「鮫洲運転免許試験場」、日ノ出町には「野毛山動物園」など近隣の著名な施設を副駅名標としており、それらと同じような駅が駅が生まれることになる。これらは駅名標の看板に、新駅名に添えて旧駅名が表示される。現在、京急鶴見駅に「副駅名称広告」として「京三製作所本社」と付いているが、これは広告の一環。だが、今回副駅名が付与される4駅は、京急鶴見駅とは異なり、無償で表記すると京急は説明している。

広告として駅名標に表示されている会社名の例

この副駅名標は「誘客促進」につながると、京急が判断した駅につけられる。誘客を優先するのなら、開業時の花月園前駅のように、施設名をダイレクトにつけた方が効果は高いと思われるのだが、そうならなかったところに「改称しづらい」理由が透けて見える。

最近では山手・京浜東北線の新駅の駅名「高輪ゲートウェイ」が物議を醸したが、新しく生まれる街と、その玄関口であるという事情をおもんぱからない、感情的な論が目立った。歴史的文化的背景を持つ、開業から100年以上を経た駅名、あるいはそれ以前から存在する地名とは、事情が異なる新駅だ。高輪ゲートウェイ駅は江戸時代が海、明治以降が鉄道施設用地で、住民はいなかった。高輪は歴史ある地名ではあるけれども、隣接する地域でしかない。

駅名とは、これほどデリケートなものである。鉄道会社にとって、商品名のひとつであるといえよう。だが、そこに住まい、毎日利用している地域住民にとっては、やはり「アイデンティティ」でもあるのだ。昨今の駅名をめぐる動きによって、そのことが再確認できたと感じる。

銀座ソニービル跡地の一等地を「公園」にしたソニーの思惑

銀座ソニービル跡地の一等地を「公園」にしたソニーの思惑

2018.08.24

公園として生まれ変わった銀座ソニービル跡地

急激に生まれ変わる東京で「建てない」選択肢

収益よりもブランド訴求に重きを置いたソニー

8月、銀座ソニービルの跡地に「Ginza Sony Park」(銀座ソニーパーク)がオープンした。2022年に新たなソニービルが完成するまでの間、地上と地下4階までの空間を「公園」として提供する試みだという。

数寄屋橋交差点、銀座ソニービル跡地が「公園」になった

一般に公園とは地方公共団体が運営しており、収益には結びつかないイメージがある。なぜ、ソニーは一等地を公園にしてしまったのだろうか。

ソニーらしいアプローチとしての「公園」のアイデア

銀座ソニーパークを手がけるのは、ソニーが100%を出資する「ソニー企業」という名前の子会社だ。オープンにあわせた発表会では、社長を務める永野大輔氏が2017年3月に営業を終えた銀座ソニービルの建て替えプロジェクトについて詳細を語った。

ソニー企業 代表取締役社長兼チーフブランディングオフィサーの永野大輔氏

ソニービルの建て替えは、2013年にソニーの平井一夫社長(当時)の直轄プロジェクトとしてスタート。だが2020年の東京オリンピック・パラリンピックに向けて、東京に大きな変化が訪れることが予想される中、むしろ「建てない」のがソニーらしいと考えたという。

公園にたどり着くヒントになったのは、ソニービル時代から数寄屋橋交差点に向いた空間をパブリックスペースとしていたことだという。そこから地上部分と地下空間を組み合わせた「垂直立体公園」のコンセプトを発案。地上の入り口や地下でつながる西銀座駐車場との間に扉や壁を設けない、オープンな空間となっている。

地下にはローラースケート場や、ソニービル時代から続く水族館「Sony Aquarium」などの施設を設置。これらの施設は世の中のトレンドに合わせて数ヶ月ごとに入れ替えていき、音楽イベントは出演アーティストをぎりぎりまで発表しないなど、偶発性を演出していくという。

9月まではローラースケート場が設置される

建築として興味深いのが、ところどころに残された古いタイルだ。これらは50年の歴史があるソニービルのテナントの名残で、解体の途中で見つかったものをデザインとして残したという。ソニーらしい遊び心が感じられる点だ。

かつてのテナントが使っていた古いタイルをあえて残した

都市における「余白」に価値を見出す

銀座ソニーパーク内には、藤原ヒロシ氏の手がけたコンビニや、製造所を兼ねたトラヤカフェなど店舗もいくつか入っている。だが、ほとんどの空間は閑散としており、殺風景に感じるほどだ。

何もない「余白」の空間が目立つ

永野氏によれば、これはデザインに「余白」を採り入れた結果だという。都市における公園とは、環境面でのメリットや災害時の避難場所としての機能もさることながら、誰もが自由に利用できる公共スペースとしての役割も担っている。これを銀座ソニーパークでも再現したというわけだ。

3店舗ある飲食店はテイクアウトのみで、一般の公園と同じようにどこで飲食しても良いスタイルを採用。公園内での禁止事項は禁煙など最低限にとどめており、迷惑行為は警備員の巡回で対処していくという。

こうなると気になってくるのは、商売っ気のなさだ。銀座ソニーパークの立地は数寄屋橋交差点から目と鼻の先で、地下鉄の銀座駅とも直結した超が付くほどの一等地だ。だがソニーは収益よりもブランド訴求に重きを置いていると永野氏は話す。

7月31日に発表した2018年度第1四半期決算でも好業績が明らかになったソニーだが、銀座ソニーパークでは短期的な収益よりも長期的なブランド価値の向上を狙う、視野の広さが感じられる。

銀座には背の高いビルが所狭しと並んでおり、さまざまな店舗がこれでもかとばかりに詰め込まれている。そこにあえて余白を置くことで存在感を高めようというのが銀座ソニーパークの狙いといえる。

地下鉄銀座駅からも直結

さて、銀座ソニービルといえば、いわゆる「銀ブラ」を楽しんだ年齢層にはシンボルともいえる存在だった。色々な取り組みがあるとはいえ、そこが公園に生まれ変わり、あるはずのものが無くなったというのは、感慨深く思う方も多いのではないか。もっとも、2022年には新たなソニービルができる計画だ。そちらにも期待しつつ、まずはこの公園を楽しんでみては如何だろう。