「シェアリングエコノミー」の記事

「信用経済」に続く”感謝で回る経済圏”、その現状と展望

「信用経済」に続く”感謝で回る経済圏”、その現状と展望

2018.10.04

個人の”信用”にフォーカスしたサービスが普及

VALU 小川社長や評論家 森永卓郎氏らが「信用経済」を語る

信用経済の仕組みに似た「感謝経済」を回す仕組みが登場した

「信用経済」という概念が注目を集めている。

日本では、「VALU」や「タイムバンク」といった、個人の”信用”にフォーカスしたサービスが登場。中国では、個人の信用をスコア化する「芝麻信用(セサミクレジット)」の登場が社会にインパクトを与えた。

そうした状況の中で、社会に新たな評価指標を根付かせようとしている企業がある。信用ではなく、”感謝”を軸にした経済圏の創出を図るオウケイウェイヴだ。

本稿では、オウケイウェイヴ 代表取締役社長 松田元氏の話と、すかいらーくホールディングス 取締役常務執行役員CMO 和田千弘氏、VALU 代表取締役社長 小川晃平氏、経済評論家 森永卓郎氏などが登場した「感謝経済プラットフォームローンチ発表会」での様子を合わせ、オウケイウェイヴが仕掛ける新たな経済圏の正体を紐解いていく。

オウケイウェイヴ 代表取締役社長 松田元氏。早稲田大学在学中にアズ株式会社を創業。2012年にアズグループホールディングス株式会社(現アズホールディングス株式会社)設立、代表取締役就任。2016年に株式会社創藝社代表取締役に就任。2017年9月オウケイウェイヴ取締役就任、2018年7月より現職

※以下、すかいらーくホールディングスの取締役常務執行役員CMOの和田千弘氏、VALU 代表取締役社長の小川晃平氏、経済評論家の森永卓郎氏らのコメントは9月20日の感謝経済プラットフォームローンチ発表会時のもの

感謝される人が報われる社会へ

――「感謝経済プラットフォーム」とは?

オウケイウェイヴ 松田氏「感謝経済プラットフォームは、感謝される人が報われる社会を目指す、”感謝で回る経済圏”をつくるための枠組みです。9月20日より発足して、現時点では19社が参画しています」

同氏によると、”感謝で回る経済圏”の仕組みはこうだ。まず、オウケイウェイヴが発行する「OK-チップ」と呼ばれるトークンをユーザー間でやり取りしてもらう(OK-チップは主に、同社運営のQ&Aサイト「OKWAVE」でのユーザー間の感謝のやり取りとして用いられる) 。ユーザーは、集めたOK-チップを使うことで、プラットフォームへの参画企業が出す優待や特典をゲットすることができる。

つまり、ユーザーが誰かに感謝してもらうような行動をとり、お礼としてトークンをもらうことで、それを自分の資産として使用できる、という仕組み。例えば、貯めたトークンをヘッドフォンと交換したり、IT機器の修理代金の一部にあてたりできるそうだ。

オウケイウェイヴの特設サイトでは、同社の提案する「感謝経済」に賛同した企業による優待や特典が掲載されている。協力企業は徐々に増えていく予定だそう

すかいらーくが「感謝経済」に賛同するワケ

この取り組みには、ファミリーレストラン「ガスト」などを運営するすかいらーホールディングスも参画している。同社では、感謝経済の仕組みを「人事評価」に活用する考えだ。同社の取締役常務執行役員CMOの和田千弘氏は、この構想を聞いて「まさにこれだ」と思ったそう。

すかいらーくホールディングス 和田氏「『感謝されている人』が多い店舗と、売り上げが高い店舗には相関性があるというデータが出ていることから、当社では、『他の社員からどれだけ慕われ、感謝されているか、さらには人徳を持って働いているか』ということを、人事評価の指標にしています」

すかいらーくが導入するのは、オウケイウェイヴの提供する、”感謝”のやり取りを「見える化」することのできる人事評価ソリューション「OKWAVE GRATICA(グラティカ)」。これは、感謝の気持ちを伝えられるオンライン上のメッセージングサービスだ。メッセージカードを送る際に「OK-チップ」を添えることができる。

和田氏「従業員同士、さらには従業員とお客様間でOK-チップをやり取りしてもらい、その数値を人事評価を組み込むことで、従業員の育成、および売り上げの拡大につなげたいと考えています」

9月20日に行われたオウケイウェイヴによる感謝経済プラットフォームローンチ発表会の様子 (写真左から6番目がすかいらーくの和田氏)

――すかいらーくのほかにも、医療法人やマーケティング企業などもプラットフォームへの参画を発表しています。参画企業の選定基準はあるのでしょうか

松田氏「我々の理念を理解してくれるかどうか、が一番重要な選定基準です。当社では発表会以前より、感謝経済プラットフォームについての構想を発表していました。今回発表した19社はすべて、その構想に共感していただいた企業。私達から声を掛ける前に、『協力したい』と手を挙げていただいた企業も少なくありません」

”感謝”を人事評価に組み込む、優待・特典に換える、というのは、あまり聞いたことのない仕組みだ。その構想を聞き、価値観を共有できない企業は、プラットフォームへの参画に二の足を踏むことだろう。そこで、プラットフォームの土台を固めるためにも、まずはオウケイウェイヴの目指す世界観を理解してくれる企業に協力を仰いだ。

腕の立つラーメン屋が、1億円調達できる仕組み

これまで、「人からどれだけ感謝されているか」という考え方が経済に組み込まれる仕組みはなかった。新たな評価指標が受け入れられつつある背景には、VALUを代表するような「他人からの評価」を経済に組み込む仕組みをつくった新興サービスプロバイダーの貢献は大きい。

小川氏は、「信用経済」という概念が普及したのは、既存の評価軸で個人を評価することに限界があったためだと語る。

VALU 小川氏「これまで、『信用』というものは中央集権的でした。ことお金に関して考えてみると、流れの中心には中央銀行があり、そこからメガバンク、地方銀行へと移っていくイメージです。しかし、現代において信用は、大きな組織から受け渡されるものに加え、周囲の人から積み上げられるようになってきている」

VALU 代表取締役社長の小川晃平氏

小川氏「例えば、ラーメン屋の店主が銀行からお金を借りようとすると、せいぜい4,000万円~5,000万円が限界。ただその人は相当な腕があって、本来は数億円の融資を受けられるポテンシャルを持っているかもしれない。そう考えると、今の金融機関における評価軸は、必ずしも時代に合っているわけではないんです。個人のスキルが真っ当に評価される世界を実現させたい、その考えのもとに生まれたのがVALUというサービスでした」

「私はSNSでフォロワーが10万人いるんだ」「オンラインサロンに1,000人もの入会者がいるんだ」と銀行にいっても、それが大金を融資する上での判断材料になるか、というと難しいだろう。しかし、YouTuberやInstagramerなどのインフルエンサーは、多くのファンを持ち、利益を生み出しているのは確かだ。

SNSの登場などをキッカケに、ここ数年で経済のトレンドは大きく変化している。それゆえ、既存の軸のみで人を評価するということは難しくなってきている。

――小川さんが話されていた内容について、どのように捉えていますか?

松田氏「信用の築き方がここ数年で大幅に変化しているのは、私も感じていることです。この変化の一番の要因は『ブロックチェーン技術の発達』にあると捉えています。今や、人々の行動が、ブロックチェーンによって残るようになっています。そうすると、悪い行動をした人や企業は信用を失うことになる。仮想通貨やICOといった、ブロックチェーンを用いた仕組みが一般的なものになってきたことで、これまであったような”金融機関的な”評価軸だけでは足りなくなってきています」

人からどれだけ感謝されているのか、ということも、これまでの評価軸では測れないものであった。感謝経済プラットフォームの登場で、これまでは評価されなかった人にスポットライトが当てられる世界は魅力的だ。

「1% の悪人」より「99% の善人」に焦点を

森永氏も、ローンチ発表会では「感謝経済プラットフォーム」の構想には賛同の意を見せていた。

森永氏「インターネットを利用する99% はいい人。でも、1% の悪い人が目立ってしまうんです。私がメルカリで欲しいトミカを購入しようとしていたとき、説明欄に『箱のみ』と書いてあることに気づいたんです。危うく、中身が無い物を購入してしまうところでした……。ビジネスにおいて、このような1% の悪人にフォーカスすると、窮屈なサービスが生まれてしまいます。『感謝経済』の考え方が普及し、『善意が経済を動かす』世の中になっていくことに期待しています」

経済評論家 森永卓郎氏

小川氏も、感謝経済への期待を述べる。

小川氏「いつだって、誰かの課題解決が仕事の源泉。しかし、これまではお金にならなかったような小さな課題解決が評価され、それが資本化されるというのは非常に良い仕組みだと思います」

日本ならではの"粋な文化"を取り戻したい

――「感謝経済プラットフォーム」によって、今後、社会にどのような変化がもたらされるのでしょうか?

松田氏「感謝の気持ちを『見える化』することで、形骸化してしまった、日本本来の”粋な文化”を取り戻せるのではないかと考えています。『2時間食器洗いするから』といってお金のない学生がタダ飯を食べられたり、『子どもが熱を出した』といって隣人に助けてもらったり。このプラットフォームによって、感謝すること・されることの価値を再確認する人が増えれば、人と人とが、今まで以上に密接に関わり合るようになっていくのではないでしょうか」

――今後の展望について教えてください

松田氏「まずはプラットフォームを拡大させるために、参画企業を増やしていきたいと考えています。将来的には海外展開も視野に入れています。このプラットフォームが日本ならでは”粋な文化”を世界に広めていくキッカケになるようにしていきたいですね」

GAFAに続く「T」 - Uberとの提携から見えるトヨタのMaaS戦略

GAFAに続く「T」 - Uberとの提携から見えるトヨタのMaaS戦略

2018.09.06

トヨタとUberが自動運転車の開発促進を目指し協業を強化

これまでも自動運転関連技術に多額の投資をしているトヨタ

トヨタは単なる自動車メーカーからMaaSの総合プロバイダーへ

トヨタ自動車とUber Technologiesは、8月28日のプレスリリースで、両社が技術提携と資本提携を行なうことを発表した。トヨタがUberに対してシエナをベースにしたライドシェア向け自動運転車両を提供し、かつ5億ドルの出資を行なう。この提携によりトヨタが得るものは何なのか。最近の出資例なども振り返りながらその狙いを考察していきたい。

UberのコスロシャヒCEO(左)とトヨタの友山茂樹副社長(右)

提携に見る2つのポイント

今回両社の提携発表の概要は次の2点だ。

(1)両社の持つ技術を搭載した自動運転のライドシェア専用車両をトヨタが開発・製造し、Uberのライドシェアネットワークに導入する。

(2)トヨタはUberに対して5億ドル(1ドル=111円換算で555億円)を出資する。

(1)に関してはトヨタとUberがそれぞれ開発している自動運転の技術を統合したライドシェア専用の自動運転車をトヨタが開発して、Uberに対して供給するという意味となる。トヨタが自動運転技術を開発していることは説明の必要が無いと思うが、Uberも独自に自動運転技術を開発していることはよく知られている。

ただし、Uberの自動運転車開発は、3月にアリゾナ州で公道試験中に死亡事故を起こしてからストップしており、現在まで同社から再開されたというアナウンスもされていない。そう考えれば、実体としてはトヨタが開発する自動運転車両をUberのライドシェアのシステムに導入するという形になると考えられる。

トヨタによれば、ミニバンのシエナをベースにして、車両には同社が開発する、自動運転車を利用したライドシェアサービス「Autono-MaaS」を導入するという。

“Autono-MaaS”とは、Autonomous Vehicle(自動運転車)とMaaS(Mobility-as-a-Service : モビリティアズアサービス)を融合させた、「トヨタによる自動運転車を利用したモビリティサービス」を示す造語

また、(2)に関しては純粋な出資である。Uberは非上場の企業であるため、株価や時価総額は非公表だが、今年の1月にソフトバンクを中心とした投資家連合が約125億ドルでUberの17.5%の株式を取得したという事実から考えれば、5億ドルの出資は決して支配的な株主になる訳ではないとわかる。

額から見るに、これはトヨタがUberにコミットメントするという象徴的な意味に過ぎないと考えていいだろう。

自動運転×ライドシェアで「MaaS社会」の実現へ

トヨタは自動運転関連のITへの投資を強めている。最も象徴的な投資は、Preferred Networks(PFN)への投資だろう。PFNは、自動運転に必須と言えるAIの開発に必要なマシンラーニング/ディープラーニングの知見を多く持っている企業で、同社が提供するディープラーニングのフレームワーク(開発ツール)の「Chainer(チェイナー)」は、日本のAI開発の現場で一般的に使われている。

トヨタは15年12月に10億円出資したのを皮切りに、15年8月には105億円を追加出資している。その他にもトヨタはAI開発に必須なデータリサーチャーの育成などで強みを持っているALBERT、さらには日本のタクシー配車で先頭を走っている日本交通子会社のJapanTaxiにも出資を行なっている。いずれも自動運転の開発には必要な知見やリソースを持つIT企業だ。

では、Uberとの提携でトヨタが得るものはなんだろうか。それは、現状では世界最大とみられるライドシェアネットワークに自社の自動運転車を導入し、そこから得られる知見を、「Autono-MaaS」にフィードバックできることだろう。

ライドシェアというと料金が安くなるタクシーとしか認識していない人は多いと思うが、その延長線上にあるのは決してタクシーではなく、MaaSと呼ばれる、自動運転車により自動車がサービスとして提供される新しい自動車社会だ。

MaaSが実現する社会では、自動車のあり方が従来とは大きく変わることになる。またこの社会では、自動車の所有という概念はなくなる可能性が高い。

自動車は街中を無人で走っていて、ユーザーがスマートフォンなり、街に設置している端末を操作して呼び出すと自動でユーザーの元までやってくる。そして目的地までユーザーを運ぶと、再び無人に戻り次の顧客の呼び出しを待つ間、街を無人で走る……。まさに今Uberなどのライドシェア企業が有人のシステムで実現しているシステムそのものだ。

つまり、トヨタが必要としているのは、そうしたライドシェアを実現するITとその知見で、それをUberから吸収するための車両供給、そして出資であると考えればいいだろう。

トヨタ”単なる自動車メーカー”からの脱皮

既に述べたとおり、トヨタはPFN、ALBERT、Japan Taxiなどの日本のAI関連のIT企業に投資や提携を行なっており、それに加えて今回のUberとの提携、出資である。その鍵となっているのは「自動運転」であり、そしてMaaSだ。トヨタとしては今後自動運転の普及により、MaaS社会が実現すると考えており、それに向けて着々と手を打っている、そう考えて間違いないだろう。

MaaSが実現した社会では、自動車産業は完全に転換期を迎えることになる。まず多くのユーザー、特に都市部のユーザーは自動車を所有しないことを選択するだろう。そうなると、自動車メーカーとしてはそれに変わる収入源を真剣に考えていく必要がある。

しかしその時に、どこかのIT企業(例えばGAFAと呼ばれるような、Google、Apple、Facebook、Amazonなど)にMaaSの基幹システムを握られていたらどうだろうか?

その場合、自動車メーカーは機関システムを握る企業の下請けとして自動車を作るだけの企業として生き残らざるを得ない。そうした下請け企業があまり利益を取れないというのは、AppleやAmazonなどの下請けで、製品を製造している台湾や中国の受託製造メーカーならよく知っている事実だ。

であれば、IT、車両、インフラを一体としてMaaSを提供する総合モビリティ企業として生き残りたい、そうトヨタが考えているとすれば、今回の動きは理解できるのではないだろうか。

いずれにせよ、トヨタの動きは速い。他の日本の自動車メーカーがITへの投資に二の足を踏んでいるうちに、どんどんITへの投資を増やしている。次の時代には、GAFAにトヨタの「T」が加わっているとしても何も不思議ではないだろう。

話題の”ティール組織”を体現 - サイハテ村「一万坪の社会実験」(後編)

話題の”ティール組織”を体現 - サイハテ村「一万坪の社会実験」(後編)

2018.09.04

熊本県「サイハテ村」が実践する新たなコミュニティについて取材

ルールがないことで、コミュニケーションが促進される

リーダーがいないことで、主体的に動く人材が生まれる

現代ならではのコミュニティをつくるためのオンラインサロンを開講

新たなコミュニティの形を目指す熊本県「サイハテ村」。約1万坪からなるこの地では、ルールもリーダーもない、お好きにどうぞ”な村づくりというコンセプトのもと、30人ほどの人々が暮らしている。ルールのないコミュニティで、村人はどのように生活をしているのか。彼らの暮らしから見えてくるものとは。

前編に引き続き、サイハテ村の「コミュニティマネージャー」坂井勇貴氏の話をお届けする。

坂井勇貴氏。1984年3月生まれ、長野県出身。CAMPFIRE・BASEなどの会社と提携し、三角エコビレッジ・サイハテのコミュニティマネージャーとして、運営およびプランニングの中枢を担う

”成功例”の轍を踏まないコミュニティ形成

筆者(以下、田中) : 社会とコミュニティの関係性が徐々に崩れている状況を打開するため、この村では新たなコミュニティの形を模索しているとのことですが、ルールがないということは、集団で生きていくうえで難しいように思います。これまで、学校・会社と、ルールのあるコミュニティでしか生きてこなかったので、想像がつきません。

坂井勇貴氏(以下、坂井) : 実際に、サイハテ村を始める際、長年エコビレッジに携わっていた人から「成功しているコミュニティには共通して、明確なルールがあり、カリスマ的リーダーがいるパターンが多い。その2つを手放してコミュニティを形成するなんて馬鹿げている」と批判されたこともありました。

しかし私たちは、そういった決まり事を無くしたコミュニティは、どう機能していくのか? ということを知りたいのです。決して、正解を見つけたいわけではありません。私たちがしているのは、数年、数十年先の未来を見据えた大規模な実験なんです。

ルールはコミュニケーションを殺しかねない

田中 : 実際に、サイハテでは30名ほどの村民が集まり、国内外から千人を超える人が村を訪れているそうです。坂井さん自身、全国各地でコミュニティ形成についての講演会を行っていらっしゃいますが、ルールがないコミュニティがなぜ存続し続けられるのでしょうか?

坂井 : 実はルールがないことにも、メリットがあるんです。例えば、ある出来事を考えてみましょう。この村に、「週に1度、村の美化作業を行う」というルールがあったとします。そうすると、もしそのルールを破ったときには、その人は罪悪感を感じ、周囲の人は、ルールを守らせるためにその人に罰を与えることになりますよね。

ここで問題となるのは、そこにコミュニケーションが生まれないことです。ルールを破った時点で、その人の言い分は受け入れられないんです。「寝坊してしまって……」と言ったところで、「じゃあ寝坊しないようにすればいいじゃん」という会話しか生まれない。

「ルールを破ったとき、そこにコミュニケーションは生まれない」というのはこれまでも何度か経験があります。こちらの言い分を言えない場合もしばしば

しかし、明確なルールが定められていない場合には「どうして美化作業をしないのか? 」「どうして寝坊をしてしまったのか? 」というコミュニケーションが生まれる。その結果「実は私はこの作業に意味がないと思っているから、起きてたけど来なかったんだ」といった、ルールを破った際には言えなかったその人の本音を聞き出せるようになるかもしれない。

田中 : 確かに。その関係性だと「私は朝が苦手だから、夜に1人で美化作業をさせて欲しい」といった意見も出るかもしれませんね。会社でも同じことが言えそうです。遅刻したら減給されたり、上司に怒られたりする。さらに、その罪の意識から上司とコミュニケーションを取りにくくなる。

坂井 : そうですね。つまり、ルールが人と人の上下関係を生み出し、フラットな関係性を築きにくくし、良いコミュニケーションが生まれにくくしているんです。今、『ティール組織』というビジネス書が人気なのをご存知でしょうか?

※『ティール組織 - マネジメントの常識を覆す次世代型組織の出現』著 : フレデリック・ラルー、英治出版より販売(amazonリンク)

この本は2018年1月に日本版が発売となり、非常に反響を集めました。ティール組織とは、従来の「達成型」と呼ばれる組織とは大きく異なる組織構造や文化を持つ新たな組織モデルです。

簡単に説明すると、組織内での上下関係、ルールなどといった文化を撤廃し、フラットな関係性をつくることによって組織・人材に変革を起こせるということが書かれている本なのですが、サイハテではこの考え方に似たコミュニティが形成されています。

2018年7月、「ティール組織」をテーマとしたイベントをサイハテにて開催した

田中 : フラットな関係性を築きやすくなれば、上司とのコミュニケーションがとりやすくなり、自分の意見が発言しやすくなる。その結果、組織の風通しが良くなることが想像できます。

リーダーがいないから、『主体的に動く人材』が生まれる

坂井 : また、リーダーがいないため、主体的に動く人材が生まれやすいこともサイハテの特徴です。もともとここは、現在もサイハテに住んでいる工藤シンクが発起人となって誕生した村なのですが、彼はリーダーではなく、ただの住人。

私自身もサイハテに必要な役割を模索する中、この村での生活を発信する「サイハテメディア」というHPをつくったり、全国で講演活動をしたり、サイハテ村に関連するコンテンツやコラボ企画をつくったりして、「コミュニティマネージャー 」としての仕事を自主的に行なっています。

このように、サイハテの住人が各自で行動し、協力し、村をより良くしていこうと尽力しています。リーダーがいないからこそ指示を待つのではなく、主体的に動く人物が生まれやすいのは、この村ならではの特徴だと思いますね。

リアルで実践し、オンラインで学びを共有する仕組み

田中 : 暮らしを軸としたコミュニティから学ぶことがたくさんありそうです。

坂井 : これまでも日本各地でさまざまなコミュニティが生まれ、多くのアイデアや学びがありました。シェアリングエコノミーやティール型組織も今では多くの人に注目されていますが、私たちはずっと前から実践してきたことです。

ただ、横のつながりがなく、その知見を共有できないことが問題でした。そこで、こうした多様なコミュニティで生まれた知恵を共有し、さらに深めることのできる『NCU 次世代型コミュニティ大学』というオンラインサロンをつくりました。

このサロンは、サイハテを始めとして、東京・渋谷の駅近ビルで「拡張家族」という新たなコミュニティの形を提案するCift(シフト)など、日本中で活躍する多様な15のコミュニティをキャンパスに見立て、世界に誇れる次世代型のコミュニティ像を追求するオンライン大学です。会員数はローンチから1ヶ月ほどで約100人集まっており、今後も徐々に人数を増やしていきたいと思っています。

NCUで積極的に情報を発信するのは、全国15のコミュニティで活躍する実践者たちだ

田中 : 自身の所属するコミュニティで得た知見を、オンライン上で共有、議論をすることによって、体系化していくことができる場所というわけですね。

坂井 : はい。サロンに入会すると、Facebookの非公開グループ上で入会者どうしでのやり取りができるようになっています。このサロンを活用することで、リアルのコミュニティで検証したことをオンライン上で深め、またリアルに落とし込むことができる。これによって現代に合った次世代型のコミュニティづくりを促進していければ、と考えています。

「和の精神」に基づく次世代のコミュニティ像をつくりたい

田中 : サイハテの今後の展望についてはどのようにお考えでしょうか。

坂井 : うーん、実はそのことについてはあえて考えないようにしています。村人の1人としては、もっと人が増えて欲しいとか思うところはあるのですが。コミュニティマネージャーとして、「こういう風になればいいな」と思うことはありますが、それを推し進めてしまうと、リーダーのような存在になってしまいます。そのバランスをとるのが難しいところです。

一方で、私が運営しているNCUの件についていうと、こちらは明確な今後の目標があります。それは、未来社会に対して提案できる次世代型コミュニティ像を作ることです。

世界が賞賛する日本の「和の精神」。これはこれからの未来を語る上で重要なファクターになると確信しています。しかし、今のままでは古い伝統《個性や自由の欠如》として未来社会の軸になり得るとは考えられません。

急速に変化していく現代社会の中にあっても通用する“次世代型”コミュニティ。個性や自由を保ったまま、調和や安定を作り出すコミュニティカルチャーはここ日本だからこそ取り組むべき事だと考えています。

田中 : 日本ならではの「和の精神」がもととなって生まれる新たなカルチャー……。考えるとワクワクしますね。

編集後記

以上、サイハテ村と坂井氏の話を紹介した。筆者がこの村に滞在したのは1泊2日という短い時間ではあったが、村づくりの作業や食事の時間に、サイハテの住人、および一時的に訪れている人たちと交流することができた。

坂井氏と話していると、「どうやら大変そうなことをしている」ようにも感じるが、いざ村で生活をしてみると、何のことはない、ただの共同生活のようにも感じる。しかし、どこかで居心地の良さを感じることができたのは、現代で失われた「人と人のつながり」を色濃く感じることができたためだろう。

一緒に料理をして、夕食を共にする。村をより良くするために、共有スペースを作ったり、不要な木を伐採したりする。さまざまな行動を共にしていく中で、徐々に関係性が築かれ信頼感が生まれていく感覚は、「当たり前」のようでどこか懐かしいものであった。これこそ「村」というコミュニティの良さの1つであろう。

しかし、百聞は一見に如かず。言葉にすると「当たり前」のことでも、いざ体験してみると「当たり前のことができていなかった」と気付かされることが多くあったため、一度訪れて欲しい。

熊本県の辺境の地にあるサイハテは、ルールのないコミュニティだからこそ、人と人とのつながりを感じることのできる温かな場所であった。