「サイエンス」の記事

「おいしさ」を感じるしくみ ~匂い、味、呼吸のマリアージュ~ 後編

「食べる」をつくる科学と心理 第2回

「おいしさ」を感じるしくみ ~匂い、味、呼吸のマリアージュ~ 後編

2019.03.26

立命館大・和田教授が「食」をテーマに連載

匂いは「負のマリアージュ」を起こすことも

化学要因だけでない、認知システムも”あじ”に影響

おいしいものを、おいしいと感じる。日々感じる「味」は、実は舌だけに頼る感覚ではないそうです。実験心理学から「食」をひもとく立命館大・和田教授が、自身のグルメ体験を糸口に、「味わいのキモ」を考えます。

前回は、私たちが日常生活で“あじ”として感じているものは、嗅覚、特に口腔からこみあげてくる匂いの影響を強く受けることを示した。今回はそれについてもう少し掘り下げたい。

著者は授業や講演でよく次のようなデモを行う。簡単なので、画面の前の方も実際にやってみていただければと思う。

まずは鼻を強くつまみ、鼻孔をふさいでもらう。そのまま、鼻から息を吐こうとしてみてほしい。この時、鼻孔から空気が漏れるようではいけない。そしてそのままの状態でチョコレートをひとかけら食べてほしい。そうすると、甘さとネチャネチャした感触こそすれ、チョコレート特有のリッチな風味がしない。そこで鼻をつまむのをやめると、たちどころに風味が拡がり、甘味も増したような感覚を覚えるはずだ。

匂い分子には2つの経路があり、鼻腔からの匂い分子の経路は「オルソネーザル経路」、口の奥からの経路は「レトロネーザル経路」という。この両経路からの匂いが食べ物や飲み物を強く特徴づけている。

匂い分子の二つの経路

このデモでは、チョコレートをチョコレートたらしめる特徴は嗅覚に依存していること、さらに味覚で感じるはずの甘味も匂いによって増強されることを簡便に実感してもらえると思う。鼻をふさぐとレトロネーザル経路からの匂い分子を含んだ空気が鼻腔に侵入できないが、ふたが取れた瞬間、呼気とともに香気成分が嗅覚受容体まで一斉にたどりつくのだ。

香気成分が引き起こした「負のマリアージュ」

口から鼻に抜けるレトロネーザル経路からの匂いが、食味に強く影響を与える理由については諸説ある。前回、ウニとホヤの例では、固形の食品を噛むことによって食品中の香気成分が表出し、食べ物をくんくん嗅いでも感じられなかった匂いが口中から生じる「フレーバーリリース」を紹介した。ここでは、オルソネーザル経路とレトロネーザル経路の香気のコントラストが感動的で、うま味や甘味を引き立てていた。

一方、オルソネーザル経路とレトロネーザル経路の香りのコントラストによって、平たく言えば「まずい」ことになる例もある。「魚介には白ワインが合う」というのは広く浸透しているが、裏を返すと赤ワインと魚介(特に生ものや魚卵)の組み合わせでひどい経験をした方が多い、ということだと思う。ところで、実は白ワインと魚介でもひどい経験となってしまう例がある。

国内ワイン大手のメルシャンは、ワインの鉄分が魚介の脂質の酸化を促し、不快な魚臭を発生させる”負のマリアージュ”のメカニズムを明らかにした。これは化学変化によってレトロネーザル経路とオルソネーザル経路の香気で著しい差が生じる極端な例だ。

口腔内でワインと魚介に含まれる物質によって生じた匂い分子がレトロネーザル経路から嗅粘膜にたどりつき、想像もつかないまずさを体験することになる。個人的な印象ではビールとひじき、生魚も相性が悪い気がするが、私だけだろうか? ちなみに、魚介とワインの負のマリアージュは油脂によって抑制される。つまり調理法にも依存するのだ。何が何でもワインと魚介は相性が悪い、というわけではない。

唾液と香気成分の化学変化があるのではないか、という話もしばしば聞くが、ワインと魚介のような劇的な変化が、ほかの食品でどの程度起きているかは、私は確信を持てない。例えば、ジュースなど飲料全てに関して、オルソとレトロでの香気成分の差がどの程度生じ、どの程度それが主観的な経験に影響力を持つのだろうか? 今後精査してほしい課題である。

近年、両経路の感じ方が違う、すなわち両者で香気成分が違うはず、という錦の御旗のもとで、レトロの香気成分とオルソの香気成分の差を測定し、食品開発に活かそうとする試みがなされている。口腔内での温度変化や香気成分の凝集性なども関係しそうだ。

認知システムも両経路からの香りの感じ方に影響を与える

これまでは化学・物理的な要因による、オルソネーザル経路とレトロネーザル経路の香気成分が異なることによる効果の違いについてみてきた。ここでは、人間の認知システムも食における嗅覚と味覚の相互作用に影響を与えることを示したい。

先ほど、チョコレートの例でレトロネーザル経路からの匂いは味覚強度にも影響を与えることを述べた。オルソネーザル経路からバニラの匂いを感じるように工夫したカップで真水を飲むと、甘味の呈味物質も香気も舌に触れていないのに、ほのかに甘く感じる。

つまり、レトロネーザル経路からだけでなく、オルソネーザル経路からの匂いでも知覚される味覚強度の増強は生じるのだ。昔は香気成分が味覚の受容体を刺激するのではないかともいわれていたが、我が国の産業技術総合研究所のグループが、舌に香気成分が触れない場合でも味覚に影響を与えることを示した。これにより、味嗅覚の統合された知覚は受容体ではなく、中枢神経、すなわち脳で生じていることが示された。

こう見ると、香気成分が同等であれば経路の違いがないようにもみえるが、両経路からの食品の匂いに対する脳活動を計測し、その違いを見出したドイツの研究グループは嗅粘膜の前方と後方に配置されている受容体の処理が異なるのではないか、という仮説を示している。

昨年、私の研究グループは、呼吸に伴う両経路からの匂いと味覚刺激の時間順序が日常経験と同じであることが、嗅覚による味覚促進にとって重要であることを示し、Scientific Reports誌上で発表した。呼吸という運動感覚との連動も味嗅覚による味わいに係わるということだ。これらの複数の要因が重なり合って、複雑な食品の風味が形成されるのだろう。

実験に用いた嗅覚ディスプレイを装着した著者

食品のおいしさと匂いの関係は非常に密接で複雑である。自分の好きな食品の“あじ”はどれくらい匂いの影響が強いのか、たまには鼻をつまんで試してみるのも一興かと思う。

「おいしさ」を感じるしくみ ~匂い、味、呼吸のマリアージュ~ 前編

「食べる」をつくる科学と心理 第1回

「おいしさ」を感じるしくみ ~匂い、味、呼吸のマリアージュ~ 前編

2019.03.01

「食」をテーマに立命館大・和田教授が新連載

「味」を感じる人間のからだのメカニズム

食べ物の味、実は「匂い」が決めていた?

おいしいものを、おいしいと思う。日々感じている「味」、実は舌だけに頼る感覚ではないそうです。実験心理学から「食」をひもとく立命館大・和田教授が、自身のグルメ体験を糸口に、「味わいのキモ」を考えます。

研究者という仕事柄、私は全国、ときには海外の都市で開催される学会や会議にしばしば参加する。東北大学がある仙台にはここ十数年、年に二~三回は訪ねている。学会にはだいたい懇親会がつきものだが、仙台のような美食の宝庫では、可能であれば一人か、二人くらいで抜け出して小さな店で食事するのも楽しみだ。

まずはガゼウニ!

今年の七月もそのチャンスがやってきた。三陸の初夏といえばなんといってもウニ。友人と横丁の寿司屋に向かった。コンパクトな寿司屋のカウンターでまずはガゼウニ。殻からスプーンですくってほおばると上品な甘味とうま味。えぐ味がない。スゥーと磯の香りが漂う。舌で潰すと爆発的に香りの強度が増し、ぶわっと鮮烈な香りが口内に広がり、甘味とうま味も強烈になる。その後も素晴らしいネタの数々を供され、東北の豊かな海の幸を味わえた。 

最高に幸せだったが、この日はホヤが出なかった。まあ明日食べればいいかと、〆のお酒を一杯いただきに近所の居酒屋さんにうかがう。

そしてホヤの酒蒸し!

こちらは女将さんをカウンターでぐるっと囲む、風情のある知る人ぞ知る仙台の老舗。お酒を頼むとつまみが一品ついてくるおもしろいスタイルで、何が出てくるかはお店任せになる。ここで心を読まれたかのようにホヤ。丸ごと酒蒸しして、ぱかっと二つに割ったものが配膳された。これはうれしかったが、生のホヤしか食べたことがなかったので、酒蒸しだとあの独特の風味がとんでしまうのでは、と不安がよぎる。食べる前にくんくんと嗅いでみると、あまり香りが感じられない。疑念を強めながらも厚い皮をはいで一口かみしめてみると鮮烈なホヤの香りと味が噴き出してきた! 水っぽくない分、うま味も凝縮されており、ホヤ特有の舌を刺すえぐ味が抑えられている。これはすばらしい体験をさせてもらった。

さて、このコラムは科学的なおいしさを探求するのがミッションだ。このままうまいものを食べた自慢で終わるわけにはいかない。今回はウニやホヤのように美味とされる食材の「味わいのキモ」がどこにあるのか、考えていきたい。

匂いが食べ物の風味を決める

舌の味覚神経が伝達する狭義での味覚は、「基本味」といわれる甘味、塩味、酸味、苦味、うま味。この中に「ウニ味」、「ホヤ味」は含まれない。

つまり、味覚だけではウニやホヤのような食品が持つ魅力を最大限味わうことはできない。日本の出汁(だし)を形成している鰹節や昆布には確かにうま味物質(イノシン酸・グルタミン酸)が豊かだが、中華のスープでも洋食のスープストックでも同様のうまみ物質は含んでいる。

お味噌汁やお吸い物を飲む前に器を口元まで近づけて深く息を吸うとプーン鰹節の香りが立って幸せな気持ちになる―― といった和食の出汁ならではの特徴は、むしろ匂いで感じるといっていいだろう。このような味覚と嗅覚、さらには他の感覚との組み合わせで感じられる食品の特徴を「風味」という。

嗅覚は、揮発性の化学物質である匂い分子から外界の情報を得る感覚である。日常的に人が感じる匂いは、多数の匂い分子に対する反応として生じる。鼻腔の嗅粘膜にある嗅細胞の嗅覚受容体が、類似した分子構造の匂い分子に反応する。ヒトにはおよそ400種類の嗅覚受容体が存在するので、上記の味覚に比べてバリエーションが格段に豊富なのだ。そこに、多様な食品の特徴を形作る理由があるのかもしれない。

つまり、ウニやホヤの風味を特徴づけているのも匂いである。咀嚼することによって、目の前にある時に鼻孔から嗅ぐ匂いとは異なる香気成分、あるいはより強い香気成分が口腔内で生じることを「フレーバーリリース」という。これが食品の特徴を顕在化する。

風邪を引いて鼻が詰まっているときの食事が、とても味気なく感じたことはないだろうか? これは鼻がつまってのどの奥からこみあげてくる匂いが感じられなくなってしまったためだ。

匂いは鼻腔の受容体の作用で感じるものだが、日常的な食経験では、味との連合の強さから味覚と混同され、味覚と一緒になって口腔内に生じた“あじ”のように感じられているのである。(後編に続く)

月で藻を栽培せよ! JAXAとちとせ研究所が目指す「未来の宇宙食」

月で藻を栽培せよ! JAXAとちとせ研究所が目指す「未来の宇宙食」

2019.02.18

JAXAとちとせ研究所が共同研究を開始

将来の宇宙飛行士の食料は「藻」?

マット・デイモンに伝えたい、藻の無限の可能性

「マット・デイモンは、『藻』の可能性をわかっていませんでした」

とは、今回の取材中に思わず笑ってしまった言葉だ。火星に一人置き去りにされた宇宙飛行士の生存をかけた奮闘を描いた映画『オデッセイ』のワンシーンに対する言及であった。

劇中でマット・デイモン演じる植物学者のマーク・ワトニーは、火星の土とクルーの排泄物を使って食料となる「ジャガイモ」を栽培したが、彼が藻類学に明るければ、映画のストーリーは大きく変わっていたのかもしれない。

タベルモとJAXAが目指す、次世代の宇宙食

バイオベンチャー企業群のちとせ研究所は2018年9月、宇宙航空研究開発機構(JAXA)の宇宙探査イノベーションハブが実施した研究提案募集「穀物に頼らないコンパクトなタンパク質生産システム」に、同社の研究テーマが採択されたと発表した。

研究名は「食用藻類スピルリナを用いた省資源かつコンパクトなタンパク質生産システムの開発」。2018年10月より1年間、ちとせ研究所はJAXAと共同で、将来的な月面長期滞在を見据えた「藻」の月面生産システムの開発を手掛ける。

将来の月面・月周辺での活動風景イメージ:(C)宇宙航空研究開発機構(JAXA)

研究が順調に進み、実際に宇宙空間で藻の栽培が行われた暁には、宇宙飛行士が吐き出す二酸化炭素を吸収して酸素を供給し、かつ増えた藻は栄養源として食べることができる、という一石二鳥な結果が期待される。

スピルリナはスーパーフードの王様

同研究に用いられるスピルリナとは、タンパク質含有量が高く(乾燥重量ベースで60% ほど)、さらにビタミン、ミネラル、食物繊維などを豊富に含む藻だ。スピルリナ1gから得られる栄養分は、1kgのバランスのとれた野菜と果物の栄養素に相当するとされており、健康食品として海外を中心に人気を集めている。

こうした理由からスピルリナは、「スーパーフードの王様」と呼ばれている。

ECサイトでは、冷凍パックの生スピルリナや、ヨーグルト仕立てのアイスなどを販売している

共同研究には、ちとせ研究所のグループ会社であるタベルモやIHIエアロスペース、藤森工業も参加する。

タベルモはこのスピルリナにおいて、独自の培養技術と急速冷凍技術を武器に急成長しているスタートアップ企業だ。2018年に三菱商事と旧産業革新機構(現在の産業革新投資機構)から17億円の資金調達し、同年末には「NEXTユニコーン 推定企業価値ランキング」(日本経済新聞)新素材領域で4位(推定価値・27億円)にランクインした。

そんなちとせ研究所、およびタベルモの新たな挑戦が「未来の宇宙食」を作ることであるわけだが、そもそも宇宙空間で藻を栽培するなんて可能なのだろうか。

実は宇宙と接点の多い「藻」

研究の提案者である、ちとせ研究所 藻類活用本部 本部長 星野孝仁氏は、「昔から、宇宙空間での空気と食料の自給システムに藻を利用しようと、さまざまな研究が進められていました」と説明する。

ちとせ研究所 藻類活用本部 本部長 星野孝仁氏

そもそも「宇宙空間での藻の活用」を目指す動きは、今に始まった話ではないのだとか。

最近の成果では、ESA(欧州宇宙機関)が2017年12月、生きたスピルリナを宇宙ステーション(ISS)へと打ち上げている。実験を行った結果、スピルリナは地球上と同じ速度で育ち、酸素を生成することも確認された。

さらに2018年9月には、アメリカ航空宇宙局(NASA)もスピルリナをISSに打ち上げ、微小重力下での増殖能力があるかを確認するための試験を行ったそうだ。

これらの状況を踏まえて星野氏は、「この研究が描く未来は決して夢物語ではなく、むしろリアリティが高いと言えるでしょう」と続ける。

場所をとらない、コンパクトな生成システムの開発へ

今回の研究は、まずは地上で「宇宙でも使える可能性の高い装置」を作る所から始まる。肝になるのは、宇宙飛行士の作業工数や使用する水・酸素・二酸化炭素・電力などのリソースをどれだけ抑えられるか、という点だ。

突き詰めるべきは、「閉鎖的な環境において、藻の栽培に必要不可欠な水やガス、栄養素を効率的に循環させる方法を探ること」(星野氏)だ。

宇宙空間では、輸送費の都合もあり「コップ一杯の水」を持っていくだけで何十万円という費用がかかる。そのため、藻の生産に必要な水はできるだけ少量に抑えなければならない。

「映画『オデッセイ』を想像すればわかりやすいかと思いますが、宇宙空間で植物工場を作ろう、といった話もあります。しかし、野菜の栽培には大量の水が必要不可欠です。宇宙空間で水は大変貴重な存在。藻を上手く活用すれば、より少量の水で、より栄養価の高い食物を、高効率で得られるのです」(星野氏)

そこで考えたのが、単純な水槽のような形ではなく、「板状」の光源に湿ったシートを被せてその内側で藻を栽培する仕組み。まだ研究途上のため装置は完成していないものの、すでにプロトタイプはできている。

スピルリナ製造装置(プロトタイプ)。画像右のLEDライトに、画像左のように湿ったシートを被せて藻を栽培する

ひとまずは、同様の原理を用いた装置をより進化させていき「1日あたり、乾燥重量で6g/㎡」のスピルリナ栽培を目指す。

現時点では光合成のために必要な光には人工光源を使用しているが、将来的には光ファイバーやレンズを用いて太陽光を使用する考え。また、藻の成長に必要な栄養素やガス(二酸化炭素)には、宇宙飛行士の排泄物や呼気を利用する。

「マット・デイモンは、『藻』の可能性をわかっていませんでした。藻は、その培養のスピードや、成長に必要な栄養素などの点で野菜とは異なるメリットを持っています。ですが、まだまだ研究は道半ば。藻の持つポテンシャルを最大限に活かせるような装置を作り、将来の宇宙空間での実験につなげたいですね」(星野氏)

宇宙だけじゃない? 藻で「未来の牛乳」も目指す

さらに同社は、この「未来の宇宙食」を目指す技術を、別のビジネスにも応用する考えだ。それは、各家庭に置けるコンパクトな藻の生産装置によって作られる「未来の牛乳」。同社ではそれを「ミルク」を文字って「モルク」と名付けている。

毎朝、牛乳の代わりに飲むもの――。それがモルクという名前に付けたメッセージだ。同社はこれを、近未来の課題と言われる「食糧危機問題」への解決策としても見据えている。

「藻は水と太陽光があれば栽培が可能なので、現在の限られた農場とスペースを取り合いません。今回のJAXAとの共同研究で得られる、コンパクトな藻の栽培装置のノウハウを活用すれば、いずれは各家庭に置けるほどの大きさで十分に機能するようになることでしょう」(星野氏)

「藻」が将来の宇宙食になり、かつ朝食のお供になる――、とはなんともSFチックな話ではあるが、研究採択期間が終わる今年の秋頃までには何らかの成果が発表されるわけだ。こうしている今も、未来がどんどん近づいている。