「ゴーン・ショック」の記事

ゴーン失脚で今後はどうなる? 日産20年史の“光と影”

ゴーン失脚で今後はどうなる? 日産20年史の“光と影”

2018.11.28

ゴーン流経営の功罪を振り返る

自動車大再編で日産とルノーが組んだ理由

ゴーン不在で気になる日産/ルノー/三菱自連合の舵取り

11月19日の午後、一般紙が流した「ゴーン日産会長、逮捕へ」の号外に「えー! 何で」と驚いたのが始まりだった。同日夕刻、羽田空港に日産自動車のビジネスジェット機で降り立ったカルロス・ゴーン氏を東京地検特捜部が逮捕。容疑は金融商品取引法違反だった。

ルノー/日産/三菱自連合の総帥に何があったのか?

日産自動車の西川廣人社長は同日夜10時、単独で記者会見に臨み、「高額報酬の虚偽記載など、ゴーン会長による業務上の不正が内部調査でわかった」ことを明らかにした。

11月19日の夜10時から始まった日産の記者会見

3日後の11月22日には日産が臨時取締役会を開催。有価証券報告書の虚偽記載で逮捕されたゴーン容疑者の会長職を解任し、代表権を外すことを全会一致で決めた。

日本ばかりか世界中に衝撃を与えたゴーン逮捕という仰天ニュース。日産の救世主であり、ルノー、日産、三菱自動車工業による国際企業連合体のトップに君臨する「経営のプロ」が突然、失脚する事態となった。

ゴーン氏の日産における不正は、まさに公私混同であり、高額な報酬を実際は倍以上も受け取り、それを隠していたことで世間をあぜんとさせた。

カルロス・ゴーン氏と日産に何があったのか。筆者はゴーン体制に移行する前から日産を取材し、同社の“光と影”をウォッチしてきた。

日産で何が起こっているのか

「プロ経営者」としてのゴーン氏に対する評価はまぎれのないものであるが、約20年もの間、トップに君臨し続けたことによる権力の集中は、日産のガバナンス(企業統治)に機能不全を引き起こしていた。

一方、ルノーと日産の関係に目を移してみると、日産はルノーに救済を求め、同社の傘下に入った経緯があるわけだが、ルノーのバックにフランス政府がいることからも、いつ「ルノーと日産が統合」されるのかという懸念がくすぶり続けていたのである。

2016年末には、日産が三菱自に34%を出資し、「ルノー・日産・三菱自」の3社連合という新たな枠組みが始動した。世界覇権を視野に3社連合を主導したゴーン氏だったが、同氏がトップの座に居座り続け、権力を振り回していることに対する排除の論理が、一気に噴出したというのが今回の動乱だろう。

ゴーン長期政権、その功罪

1999年3月27日、日産は東銀座にあった当時の本社で臨時取締役会を開き、ルノーとの資本提携を決定。日産の塙義一社長とルノーのルイ・シュバイツァー会長(当時の両社トップ)が直ちに提携調印を行った。「日産とルノー、力強い成長のために。」という文字を背にして両トップが握手してみせた提携会見には、筆者も出席していた。

当時、経営危機にあった日産は、再建の助けを外資に求めた。ダイムラー・クライスラーやフォードとも水面下で交渉していたのだが、ルノーとの資本提携に踏み切ったのは、ルノーが日産の自主性を尊重し、両社のシナジー(相乗)効果を推進するとしたことが決め手だった。

1990年代末、世界的に進んだ自動車業界の大再編では、GMやフォードのように、他社を吸収統合したり、完全にグループ傘下に収めたりする手法が主流だった。そんな中、ルノーは日産の独自性を尊重するとの配慮を示したのである。

実際は、経営破綻寸前に追い込まれていた日産が、再生の望みをかけたのがルノーだったのであり、当時のマスコミも一斉に「日産、ルノーに身売り」と報じた。しかし、ルノーとの提携を決断した当時の塙社長は、「日産、ルノーの基本認識は、日産のアイデンティティを従来のまま保つとともに、将来のために利用し合うこと。だから、従来の合併とは異なる、新たな国際企業連合体なんです」と筆者の取材に答えてくれたのを思い出す。

両社が提携した1999年の6月に、ルノーが日産に送り込んだのがカルロス・ゴーン氏だ。当時は弱冠45歳だった。

ブラジル・ミシュラン社長から北米ミュシュラン社長を歴任し、ヘッドハンティングされたルノーでは上級副社長として辣腕を振るったゴーン氏。「コストカッター」の触れ込みで来日すると、直ちに日産のCOO(最高執行責任者)に就任し、「日産リバイバルプラン」(NRP)を策定して企業再生に乗り出した。

その後の日産は、NRPを2年前倒しで達成し、約2兆円あった有利子負債を4年で完済するなどの「V字回復」を成し遂げた。ゴーン流の経営術は、自動車業界のみならず経済界全体で高い評価を受けた。

ゴーン氏の手腕で日産は「V字回復」を成し遂げた

ゴーン経営を特徴づけるのが「コミットメント(目標必達)経営」だ。分かりやすい公約を掲げ、その達成に向けて全社でまい進していく。旧・日産の組合問題や官僚体質のしがらみを断ち切り、国内工場の閉鎖や大量リストラも断行したゴーン氏だが、タテ割りだった日産の体質を読み切り、縦横を連係させるためのクロスファンクショナルチームを各部門で展開するなど、その手際は鮮やかだった。

日産COOに着任した当初のゴーン氏は現場も大事にする人で、「カーガイ」を自称し、「フェアレディZ」を復活させて日産ファンを感激させたりもした。「私はルノーのためではなく、日産のために来た。全力で日産を再建する」との言葉通りに職務を遂行していたのだ。

ゴーン氏が復活させた「フェアレディZ」

ゴーン流経営の陰りと三菱自の救済

ゴーン氏が最も輝いていた時期は、2005年頃ではなかろうか。NRPを推進し、日産の業績とグローバル販売を成長させた経営者としての手腕は、世界中で評判となっていた。ルノーがシュバイツァー会長の後継にゴーン氏を指名したことで、2005年にゴーン氏は、日産社長とルノー会長兼CEOを兼務することになる。名実ともに両社のトップに立った同氏は、「ルノー・日産連合は、世界で巻き起こった自動車業界の大再編以降、最も成功した国際連合となった」と胸を張った。

だが、その後の日産は2008年のリーマンショックで赤字転落し、1年で黒字には回復したものの、ゴーン流「コミットメント経営」には陰りが見られるようになっていった。ゴーン氏が日産社長として最後に打ち出した中期経営計画「パワー88」は、世界シェア8%と売上高営業利益率8%の2つの「8」を目指すものだったが、2016年3月の終了時で未達に終わったのだ。この頃には、内外から「ゴーン流経営も色あせてきた」との声が聞かれるようになっていた。

そういった声を掻き消すかのように、ゴーン氏は大胆な一手を繰り出す。三菱自動車を日産の傘下に収めたのだ。

日産と軽自動車の開発で提携していた三菱自は2016年春、「燃費不正問題」で一気に業績を悪化させた。これに手を差し伸べたのがゴーン氏率いる日産であり、その年の12月には日産が三菱自に34%を出資した。これにより、ルノー・日産連合に三菱自が加わり、ゴーン氏は三菱自の会長も兼務して、3社連合で世界覇権を狙うというパフォーマンスを改めて打ち出したのである。

ゴーンの変節とトップの座への執着

しかし、日産のトップとして19年、ルノーのトップとしても13年を経たゴーン氏の長期政権を不安視する声は、日産のみならず、ルノーやフランス政府などからも上がってきていた。その不安は、日産とルノーの「ねじれ現象」を背景とする。

日産とルノーの資本構成には、ひずみがあった。ルノーが日産に43.4%を出資している一方で、日産のルノーに対する出資比率は15%であり、日産はルノーの議決権を持っていなかったのだ。そんな状況の中、企業としての体力では、日産が生産、販売、売上規模、時価総額の全てではるかにルノーを上回っていた。こうした「ねじれ現象」を内包するアライアンスを、ゴーン支配でまとめていること自体への懸念が、不安の声となって噴出したのだ。

ルノーの後ろ盾となっているフランス政府は、同国の雇用や経済に好影響を与える「ルノー・日産の統合」を望んでいた。しかし3年前、ルノーおよびフランス政府との交渉に臨んだ際に日産サイドは、「フランス政府は、日産の経営に関与しないことで合意した」と発表。これは「日産の経営判断に不当な干渉を受けた場合、ルノーへの出資を引き上げる権利を持つ」ことを確認したもので、日産にとっては“伝家の宝刀”を得たといってもよかった。

ゴーン社長と西川副会長兼CCO(チーフコンペティティブオフィサー、両者とも当時の肩書き)のコンビで、フランス政府による日産への関与を防いだというのが当時の図式だった。しかし、2018年に入り、ゴーン氏のルノートップ再任(2022年まで)が決まったとき、再任条件としてフランス政府が「ルノー・日産の統合」を突きつけたことが、ゴーン氏に変節を促したとの見方がある。

ルノーのトップに再任されたゴーン氏は、ルノーと日産の資本構成の「不可逆的な見直しを」と発言するようになった。当然、日産ではルノーとの統合、すなわち「ルノーへの吸収合併」に対する不安が再燃した。これが、内部通報のトリガーとなったというシナリオが推測されているのである。

痛手を負った日産/ルノー/三菱自アライアンスの今後は

今回、日産で起こった動乱は、「ゴーン失脚」というスキャンダルの側面だけを見るべき事象ではない。日産が今後、どのような方向で生き抜いていくのかということが大きなポイントだ。

100年に1度の大転換期を迎えている自動車産業では、自動運転や電動化、コネクティッドカー、カーシェアリングなど、新世代の技術や新たなモビリティサービスが重要性を増している。自動車業界の中では、IT企業との連係やAIへの取り組み加速などにより、新たな競合関係が生まれた。1990年代末の経営危機をルノーとの連合で乗り切った日産としては、今や三菱自も加わった3社連合という枠組みをリーダーとして牽引し、激動の時代を生き抜いていくのが賢明な判断になるだろう。

今回のゴーン問題は、日産にとって1990年代末以来の難局だ。これを乗り越えられるかどうか、当面は西川社長の手腕にかかっている。

何がゴーンに起こったか? 日産で発覚した不正と権力集中の経緯

何がゴーンに起こったか? 日産で発覚した不正と権力集中の経緯

2018.11.20

ゴーン氏による3つの重大な不正とは

不正は「ゴーン統治の負の遺産」と西川社長

ゴーン不在でアライアンスの今後は

カルロス・ゴーン氏が日産自動車で働いた不正が発覚し、東京地検特捜部に逮捕される事態となった。企業再生の旗手ともてはやされた豪腕経営者は、自らが代表取締役会長を務める会社の資金を私的に使うなどの理由で失墜してしまった。なぜ、このような不正が起こったのか。その理由を探るため、西川広人(さいかわ・ひろと)社長が出席した日産の記者会見を振り返ってみたい。

日産の西川社長は、11月19日に記者会見を開催した。横浜の日産グローバル本社には200人を超える報道陣が詰め掛け、質疑応答は深更に及んだ

ゴーン依存から抜け出すチャンス?

西川社長の説明によると、ゴーン氏が日産で働いた不正は「開示される自らの報酬を少なく見せるため、実際より少なく有価証券報告書に記載」「目的を偽り、私的な目的で日産の投資資金を支出」「私的な目的で日産の経費を支出」の3つ。内部通報を受けて数カ月間の調査を行った結果、不正が判明したという。不正の首謀者はゴーン氏と同氏側近のグレッグ・ケリー代表取締役の2人。11月22日には取締役会を招集し、不正を働いた2人の職を解くことを提案するという。

会見で西川社長は、本件について「残念というより、それをはるかに超えて、強い憤りというか、私としては落胆が強い」との感想を述べた。不正の具体的な経緯や内容については、検察当局の捜査が進行中であるため、詳細には説明できないという。「約100億円の報酬で約50億円しか申告していないとすると、消えた50億円を日産ではどのように処理したのか」という記者からの質問に対しても、「今の段階では」回答できないとして明言を避けた。

この問題は日産の、ひいてはルノーと三菱自動車工業を含むアライアンスの今後に、どのような影響を及ぼすのか。「将来に向けては、極端に特定の個人に依存した状態から抜け出して、サステイナブルな体制を目指すべく、よい機会になると認識している」というのが西川社長の言葉だ。

検察当局の捜査が進行中で、不正の内容については多くを語れないとした西川氏だが、一刻も早く自らの言葉で状況を伝えたいという理由から、このタイミングで記者会見を開催したという

ルノーと日産のCEO兼務が権力肥大の温床に

逮捕の時点で、日産と三菱自動車では会長、ルノーでは会長兼CEOを務めていたゴーン氏には、西川社長が「極端」と表現するほど、権力が集中していた。なぜ、このような体制となったのか。「長い間に、徐々に形成されたということ。それ以上に言いようがない」とした西川社長だったが、1つの要因として「ルノーと日産のCEOを兼務した時期が長かった」点を指摘し、「このやり方は、少し無理があった」と述懐した。

業績不振の日産にルノーから乗り込んだゴーン氏は、日産を立て直し、2005年にはルノーのCEOにも就任して、両社のトップに立った。その当時を西川社長は、「当たり前に、日産を率いるゴーンさんが、ルノーのCEOをやるのはいいことじゃないかと考えて、あまり議論しなかった。どうなるかについては、日産としても、十分に分かっていなかった」と振り返る。

誰かに権力が集中したからといって、その企業で必ずしも不正が起こるとは限らないし、権力を持ちつつ、公正な企業経営を行っている人もたくさんいる。そう語った西川氏ではあったが、今回の不正については「長年にわたるゴーン統治の負の遺産」であり、「権力の集中が1つの誘引となった」と結論づけた。経営陣の1人でありながら、ゴーン氏をコントロールする役割を果たせなかった責任については、「ガバナンスで猛省すべきところはあるが、事態を沈静化して、会社を正常な状態にする必要もある。やることは山積している」とする。

権力者が去った日産は今後、どのような企業になっていくのか

内部通報によりゴーン氏が日産を去るという構図は、クーデターに見えなくもない。不正が日産ブランドに与える負の影響は計り知れないが、これを機に、有機的で透明性の高い企業統治の在り方を追求できるかどうかが、日産とアライアンスの今後を左右しそうだ。ゴーン不在の新生日産にとって、真の実力を問われる局面になる。

日産に歪みはないか? 48年ぶりの「ノート」首位と再びの検査不正

日産に歪みはないか? 48年ぶりの「ノート」首位と再びの検査不正

2018.07.17

小型車「ノート」が2018年上期の販売台数で登録車首位を獲得した日産自動車。「サニー」以来48年ぶりという首位奪還は明るいニュースとなったが、その直後に完成検査時の排出ガス測定における不正が発覚した。そんな日産の現状を見ていく。

悲喜こもごもといった感じの日産自動車

再発防止の取り組みが進む中で

日産自動車は7月9日、国内工場における排ガス測定に関する緊急記者会見を行った。今回のケースは、国内5つの完成車工場において、正規の試験環境を整えずに行った排出ガス・燃費測定試験のデータを有効なものとして扱ったことと、一部の排出ガスデータの検査で測定値を改ざんしていたことが主な内容となる。

2017年9月に国土交通省が日産車体(日産子会社)の湘南工場を調査し、無資格者による完成車検査が発覚したのが発端となり、日産では10月2日に西川廣人社長が会見し、約121万台のリコールを表明した。しかし、その後も日産国内工場では無資格検査が続いていたことが発覚し、10月19日には国内全6工場の国内向け出荷を停止するに至った。11月7日からは出荷を順次再開していったが、従業員の意識改革や再発防止への取組みを進めている矢先の日産で今回の問題が露呈し、それらの取り組みが台無しとなったのだ。

2017年10月2日の会見でリコールを発表した西川社長

300を超える質問が集まった株主総会

日産が2018年6月26日に開催した株主総会には筆者も出席し、ルノーとの統合問題で株主からの質問が出るだろうと耳を傾けた。カルロス・ゴーン会長が議長として総会を仕切り、質問にはゴーン会長と西川社長が並んで立って対応した。ゴーン議長によると質問の数は300件を超えたそうだが、株主総会をスムーズに進めるため、アットランダムに現場抽選で7つの質問に絞ったという。結局、ルノー統合についての質問は選ばれず肩透かしの格好になったが、注目されたのは、完成検査問題における経営責任の追及や販売現場の対応の悪さの指摘など、日産の生産・販売現場が疲弊している部分が露呈したことである。

工場の完成検査不正については、「ゴーンさんは会長になっても日産の顔である。なぜ、会見に出てきて陳謝しないのか?」との質問が出た。ゴーン議長は「CEOが会社のボスであり、今の日産のボスは西川さんで私はアライアンスをまとめる役目。日産の新しいボスは西川さんだから、私は登場しなかったのだ」と回答。経営責任者(CEO)を譲った今、あくまで責任はトップの西川社長にあることを強調した。

その西川社長も、今回の排ガスデータ改ざん問題では会見に出席せず、山内康裕チーフ・コンペティティブ・オフィサー(CCO)が対応したことで、記者側から「なぜ、この場に西川社長がいないのか?」と質問されている。

ルノー/日産連合に三菱自動車工業が加わり、国際3社連合の中核となった日産だが、コンプライアンス(法令順守)とガバナンス(統治力)の立て直しは急務となっている。

「サニー」以来の快挙が明るいニュースに

2018年1~6月の国内新車販売(軽自動車を除く登録車)では、日産の小型車「ノート」が車名別で首位に立ったことが大きな話題となった。というのも、登録車市場で日産車が首位に輝くのは、1970年の「サニー」以来、実に48年ぶりとなるからだ。

約半世紀ぶりに「ノート」が首位となった原動力は、エンジンで発電し、モーターで走る技術による新たな運転感覚が受けたことが大きい。いわばハイブリッド車だが、既存の成熟技術の組み合わせによる「ノートe-POWER」が貢献したのだ。

かつて、日産の「サニー」とトヨタ自動車の「カローラ」は、日本の代表的大衆車としてライバル関係にあった。「隣のクルマが小さく見えます」というサニーのキャッチコピーは、ライバル社を追い落とす恰好のセンテンスだった。その後、カローラは残ったがサニーは消えて、国内販売で長らく停滞を続けていた日産にとっては、ノートの首位奪取が久しぶりの明るいニュースになった。

2018年1~6月の登録車販売で首位を獲得した日産「ノート」

2018年上期の販売実態を見てみると

だが、上期の車名別販売を見ると、ノートは7万3,380台で前年上期比12.9%減のトップであり、2位のトヨタ「アクア」が6万6,144台(同3.1%増)、3位のトヨタ「プリウス」が6万4,019台(同29.8%減)となっている。販売実態は、国内登録車市場が停滞する中で、プリウスの新車効果が薄れ大幅に減退し、併売車種のアクアと分ける恰好となったことで、ノートが押し上げられたのだ。ノート自体も、昨年上期に対して2桁減なのに首位となったのは皮肉な現象だ。

それにしても、ノートが首位になって日産の国内販売店に明るいムードが漂い始めたと思ったら、メーカー生産現場での不祥事がまたも露呈して水を差したのだ。昨年秋の完成検査問題で出荷停止となり、ユーザーからの信頼失墜によるダメージを回復してきた矢先でもある。

もっとも、先の日産株主総会では、電気自動車(EV)「リーフ」のユーザーから日産の販売店の事故対応がひどいとの声が上がり、ゴーン会長から指名を受けた星野朝子専務が謝罪する一幕もあった。生産現場にせよ販売現場にせよ、ゴーン体制が長きにわたり過ぎたゆえ、ガバナンスが効かないケースも出てきているのだろうか。

かつては提携の日産とスバル、各社の取り組み

日産の西川社長は、先の株主総会で工場の完成車検査不正問題についてこう述べている。

「完成検査の問題は1989年までしかさかのぼれないが、実際は1979年からあったようで長きにわたり常態化していた。現在の日産を統括する身としては、状況を把握・再点検し、信頼を回復して、業績の回復を図ることが責任をとることになる。我々にとっても、昨年の9、10月に経験したことのない対処を求められた。長年行われてきたことで対応に手間取ったことも確か。いまの経営陣にとって挽回することが責任であり、工場が安定的に法令順守することをさらに強化していく」

国内工場の完成車検査不正は、旧・日産時代から常態化していたとするが、そうなると、ゴーン体制に移行してからも、生産現場まではゴーン経営が浸透していなかったことになる。加えて、完成検査問題でなく排ガスデータ改ざんも露呈したことは、SUBARU(スバル)のケースと同様である。

スバルの吉永前社長は、会長兼CEOとなって社内改革にあたることにしていたが、データ不正問題が出たことでCEOと代表権を返上し、責任を取ることになった。かつて日産とスバル(旧・富士重工業)は長らく資本提携関係にあったが、くしくも日産とスバルにだけ、この不祥事が起きているというのはどういうことなのだろうか。

いずれにしても、ゴーン会長が言うように「日産のボス」はゴーン氏から西川社長に移ったのであり、西川体制でコンプライアンスとガバナンスをきちんと見直さないと、ルノー/日産/三菱自3社連合の中核としての日産が、ルノーに統合されてしまうのではないか。こんな勝手な見方が杞憂に終わればいいのだが。