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枚数はネット経由が最多? 目前に迫る東京オリンピックのチケット販売

枚数はネット経由が最多? 目前に迫る東京オリンピックのチケット販売

2019.02.06

2019年春に始まる東京五輪チケットの「抽選申込」

チケット購入に必須となるID登録は受付中

販売枚数の割合はネット経由の抽選が最多に?

刻々と開催の時が迫る東京2020大会(オリンピック・パラリンピック)。56年ぶりに日本で開催される夏季オリンピックとあって、関係各所ではもろもろの準備が急ピッチで進行している。

その中で、最も関心の高い話題の1つは、総数1千万枚ともいわれる観戦チケットの入手方法だろう。申し込み時期や購入方法、転売対策など、気になる詳細を公益財団法人東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会(以下、組織委員会)が発表した。

東京2020大会オリンピック公式チケットの販売概要発表会には、過去大会の女子レスリング53キロ級で3連覇を達成した吉田沙保里さんが登場。「自国で開催される東京オリンピックなので、たくさんの方に生でスポーツの良さを知ってもらいたい。もう選手ではないので、私も登録してチケットを購入したいと思います」と話していた

抽選販売の申し込みは2019年春に受付開始

組織委員会の発表によれば、公式チケットの販売方法は2019年春に始まる「抽選申込」、2019年秋以降に実施する「先着順販売」、2020年春以降に都内の販売所にて行う「窓口販売」の3段階を予定している。その内、最も早く始まる「抽選申込」については、「一般チケット」「車いすユーザー向けチケット」「東京2020みんなで応援チケット」が対象となる。

3段階に分かれるチケット販売スケジュール。第1弾となる「抽選申込」が目前に迫っている

「一般チケット」は開閉会式と17日間全33競技(339種目)分を販売する。席の種類はA~E席の最大5種類に分類するそうだ。価格については、陸上男子100m決勝や水泳決勝など、人気が集中することが予想されるものについてはA席で10万円を超える設定もあるが、全体としては半数以上が8,000円(開閉会式は1万2,000円)以下の設定としている。

「一般チケット」が単券であるのに対し、「車いすユーザー向けチケット」と「東京2020みんなで応援チケット」は、申し込み条件はあるものの複数人分を想定。こちらも全セッションで用意する。

「車いすユーザー向けチケット」は、車いすユーザーと同伴者分がセットになったチケット。価格は座席位置が未確定のため検討中だ。「東京2020みんなで応援チケット」は、12歳未満の子ども、60歳以上のシニア、障がい者1名をふくむ家族やグループ向けのチケット。こちらは1枚2,020円で販売するが、予定枚数に達した場合は以降の販売を行わない。現在、予定販売枚数や対象となる人数制限についての検討を進めている。

「抽選申込」の対象チケット一覧。なお、2020年春以降は都内に設置予定のチケット販売所でも販売する予定だ

チケットの支払い方法は、手数料のかからないVisa決済(クレジット/プリペイド/デビット)か、手数料432円(1件あたり)の現金決済(コンビニエンスストア払い)から選択可能。チケット受け取り方法は、紙チケットの郵送とPCやスマートフォンなどの端末を用いる方法がある。郵送の場合、チケット1枚の発行に324円、配送に1件864円の手数料を設定。スマホなどの画面に表示するモバイルチケットや「プリント@ホーム」を使って自身で印刷する紙チケットの場合、手数料は不要となる。

チケット販売&不正転売防止策はすでにスタート

ここまでチケット販売の概要を説明してきたが、ここからは「抽選申込」の参加方法について見ていく。抽選販売に申し込むには、いくつかのステップを踏む必要がある。

まず必須となるのが、すでに公式サイトで登録が始まっている「TOKYO 2020 ID」の取得だ。IDの取得後、「抽選申込」開始前に開設される公式チケット販売サイトへアクセスし、観戦希望の競技や座席種類、枚数を選び、期限内に申し込むというフローになっている。

2019年1月28日時点で「TOKYO 2020 ID」の登録者数は125万人を突破。しかし、チケットの販売総数が1千万枚規模であることを考えれば、今後はさらに登録者数が増えると考えられる

抽選結果の発表は2019年6月中旬以降を予定。見事当選した場合は、支払い方法と受け取り手続きを選択する。購入期限内に支払い手続きを行えば、購入完了となる。

ここで1つポイントなるのが、抽選結果の発表が6月中旬以降に設定されている点だ。

2018年12月に“チケット不正転売禁止に関する法律”、いわゆるチケット不正転売禁止法(違反者に対して1年以下の懲役か100万円以下の罰金、またはその両方が科せられる)が成立した。この法律は2019年6月14日(金)に施行される予定だ。実は本法律、組織委員会が要望し、各所の協力のもと成立したという背景があり、不正転売防止策の1つでもある。抽選結果の公表が6月14日以降となるのはそのためだ。

チケット販売において悩みの種となる不正転売。組織委員会も対策に万全を期していく

ただし、法律だけで不正転売の全てを抑止することは不可能というのが組織委員会の考え。そのため、申し込みの際にどういった方法をとれば抑止効果が高いのかを検討し、来場者の利便性を勘案しながら最適な方法を模索していくという。

とはいえ、これだけの注目を集める一大イベントだけに、オークションサイトなどの非公式チャネルにチケットが出品されることは容易に想定できる。こうした非公式チャネルには、無効なチケットや偽チケットが出品される危険性もある。そのため組織委員会では、公式販売チャネル(公式チケット販売サイト、公式チケット販売所、公式販売事業者)以外からチケットを購入しないよう呼びかけている。

加えて、非公式チャネルから購入したチケットについては、仮に本物のチケットであっても会場に入場させないほか、警察への通報など厳しい処置も検討中とのことだ。どうしてもオリンピックを見たいという気持ちも理解できるが、仮に非公式チャネルから高額でチケットを購入したとしても、そのリスクは相当に高いものになる。

また、正規の手続きでチケットを購入したにも関わらず、会場に足を運べなくなってしまうケースも考えられる。その場合の救済措置として、組織委員会では公式リセールサービスを公式チケット販売サイト内に設置する方針。詳細はあらためて発表するそうだ。

老若男女に優しい平等なチケット販売方法を今後も模索

3段階に分かれたチケットの販売方法だが、購入する側からすれば、チケットの配分も大いに気になるところ。この点について、発表会に登壇した組織委員会マーケティング局でチケッティング部長を務める鈴木秀紀氏は以下のように話す。

東京2020大会オリンピック公式チケットの販売概要を説明する鈴木氏

「チケットについては、可能な限り早い時期から販売していきたいと考えており、そのために『抽選申込』から全競技全セクションのチケット販売を行います。販売枚数という観点でいえば、(抽選で販売する枚数が)最も多くなることを期待しています。しかし、会場準備が進み、詳細が決まっていくにつれて、販売できるチケットも増えていくと考えられますので、その分については適宜、追加販売を行っていきます」

早い段階で販売するチケットの割合を増やしたいというのは、空席対策も考えてのことだろう。ただ、第一弾となるインターネットを介した「抽選申込」は、パソコンやスマホを使い慣れない人たちにとっては高いハードルとなってしまう可能性がある。スポーツの祭典が狭き門になってしまっては問題だが、鈴木氏は以下のような考えを示す。

「高齢者や障がい者を含めて、幅広い方々にお求めいただきやすい環境を用意するという意味では、コールセンターを設置したり、購入方法についての動画を用意したりするなど、丁寧で分かりやすいご説明をすることでサポートしていきたいと思っています」

さて、気になるのはチケットの抽選倍率だが、組織委員会では過去大会の倍率を把握していないという。開会式や陸上男子100mなど、いわゆる花形種目や、日本のメダル獲得が期待される種目については高倍率が予想されるが、チケット枚数と申込数の兼ね合いで決まる倍率を現時点で予測するのは難しいとのことだ。

では、とにかく、何でもいいから東京オリンピックを見てみたいという人は、どうすればいいのだろうか。この点について鈴木氏は、「全競技のチケットに、たくさんの種類がございますし、その全てが高倍率ということはないと考えています。また適宜、適切な形で情報はご案内させていただきたいと思っておりますので、サイトでいろいろと見て選んでいただければ、幅広くご購入いただける機会を提供できるのではないでしょうか」との見解を述べた。

東京オリンピックは人生で二度目という方もいるだろうが、日本で同大会を次に見られるのはいつになるか分からない。より多くの人が安全・安心に観戦を楽しめるよう、組織委員会では今後も、公平で多くの人々に納得してもらえるようなチケット販売方法を模索していく考えだ。ネット経由の抽選販売が割合として多くなりそうな情勢なので、早めにチケット争奪戦に参加したいという方の中で、パソコンやスマホの使い方に自信がないという人は、これを機に向き合ってみるべきかもしれない。

ミドリムシで空を飛ぶ!? ユーグレナがバイオ燃料に見せる「本気」

ミドリムシで空を飛ぶ!? ユーグレナがバイオ燃料に見せる「本気」

2019.01.29

ユーグレナが「ミドリムシ」を原料にしたバイオジェット燃料を開発

2020年、日本初のバイオ燃料による有償フライトが実現しそう

ミドリムシ燃料は日本をバイオ燃料先進国に導くか?

東京2020年オリンピック・パラリンピック競技大会の開催まで2年を切った。自国開催ということもあり、生で観戦しようとしている人も多いだろう。そこで1つ提案したいのが、東京2020の裏にある「技術」への注目だ。

世界から注目を浴びるオリンピック・パラリンピックは、企業各社が、自社技術を世界にアピールするための「技術の祭典」でもある。2018年の平昌オリンピック・パラリンピックでは、5Gの実証実験サービスが世界で初めて行われ、開会式ではインテルのドローンによる光のパフォーマンスが披露されたことも記憶に新しい。そして今、東京2020に合わせた先進技術のお披露目に向け、さまざま準備が進められている。

本稿では、2020年に合わせてANAらと協力し「日本初のバイオジェット燃料による有償フライト」を目指すユーグレナに注目。独自のミドリムシ培養技術を持ち、食品や栄養補助食品へと展開してきた同社が次に目指す、バイオジェット燃料開発の現状とその展望について話を聞いた。

今回話を聞いた、ユーグレナ バイオ燃料事業部 バイオ燃料事業課 課長の江達(こう・たつ)氏

ミドリムシ技術が生んだ、バイオ燃料の可能性

ユーグレナと言えば、「健康食品」というイメージを持つ人も少なくないだろう。同社が健康食品事業のほかに燃料事業にも力を入れていると聞き、意外に思う方もいるかもしれない。ユーグレナのバイオ燃料事業部 バイオ燃料事業課 課長の江達(こう・たつ)氏は、同社がバイオ燃料事業を手がける背景を語る。

「『ミドリムシでバイオジェット燃料を作る』と言うと、疑問に思う人も多いかもしれません。しかし、トウモロコシや大豆といった穀物を使ったバイオ燃料の開発はすでに活発に行われており、欧米では、それらを燃料とした飛行機の有償フライトも行われています。そう考えると、植物の一種であるミドリムシを用いた燃料の開発は、決して突飛な話ではありません」(江氏)

同社は、2010年よりバイオ燃料の研究開発に着手。2018年11月、実証プラントを稼働した。また、それに合わせて、日本をバイオ燃料先進国にすることを目指し、その決意を「GREEN OIL JAPAN」として宣言した。同宣言にはANAホールディングスや伊藤忠エネクス、いすゞ自動車なども協力している。

2018年10月31日に竣工した実証プラント。神奈川県横浜市、AGC京浜工場内に建てられた。2019年春より本格稼働し、ミドリムシや廃食油を主原料としたバイオジェット・ディーゼル燃料の製造を開始する予定だ

バイオ燃料の原料にミドリムシを使用するメリットの1つは、その培養速度にある。同社が燃料の生産に使用するミドリムシは、環境条件が良ければ1日に倍増するほか、体積あたり30~40%の油を得られるといい、既存のとうもろこしや大豆などの植物と比較すると効率よく原料を生み出せるそうだ。

「穀物を用いたバイオ燃料の生産には、『(農地を使って作った)食材を燃料にするのはいかがなものか』という議論がありましたが、ミドリムシには農地は必要ないので、そういった問題がないことに加えて、既存の農場と場所を取り合う必要がなく、設備さえ整えればどこでも生産できるという点も大きなメリットです」(江氏)

「東京2020」「パリ協定」が追い風に

2020年、ミドリムシが原料のバイオジェット燃料を用いた有償フライトを行う――。同社がそう発表したのは、東京でのオリンピック・パラリンピックの開催が決定するよりも前のことだった。日本がバイオ燃料開発の取り組みで欧米諸国に遅れをとっている中、偶然にも世界中の注目を集めるオリンピック開催年にこうした取り組みが身を結ぶことは、幸運だったと言えよう。

さらには、2018年12月に行われた「COP24(第24回国連気候変動枠組み条約締約国会議)」において、地球温暖化対策の国際的枠組みである「パリ協定」の実施指針が採択されたことも後押しになっている。こうした状況を受け、同社では今後のバイオ燃料事業に大きな可能性を見ている。

「COP24を機に、各国における環境問題に向けた取り組みが、より熱を帯びました。二酸化炭素排出量が少ないバイオ燃料の需要は、今以上に増加することが期待されます。特に航空業界においては、今後の旅行者数の増加が見込まれる一方で、二酸化炭素の排出量の削減も求められています。そうした需要に対応するためには、バイオ燃料の需要が伸びることは確実でしょう」(江氏)

燃料事業は、ベンチャーの無謀な挑戦なのか

しかし、ベンチャー企業が中心になり、設備整備等に多額の費用がかかる燃料事業を進めるのは骨が折れることだろう。実際、一時は世界的にバイオ燃料開発を進める企業が勃発したが、資金面での問題から開発途上に終わった企業が多いとのこと。「ベンチャーなのに、そこまで資金のかかる事業をして大丈夫なのか?」と言われることもよくあるという。

そうした状況にある中で、ユーグレナが中心になり、ANAホールディングスや伊藤忠エネクス、いすゞ自動車などの大企業を巻き込み、バイオ燃料事業を推し進められたのは、「食品事業が収益の柱として確立している」ということに加えて、「当社の出雲社長、永田副社長らの熱い想いがあったから」と同氏は続ける。

「燃料事業を開始してから実証プラントの稼働に至るまでには、さまざまな苦労があった。例えば、ミドリムシの培養コストの問題、そしてプラントを稼働させるための人材の獲得です」(江氏)

同社が以前より行っている「栄養食品事業」であれば、それなりに高い単価で売り出せることもあり、培養にかかるコストがそこまで問題にならないが、燃料となるとそうともいかない。コモディティ市場であるために単価は上げられず、「大量に」「安く」生産する必要があるためだ。研究の末に培養コストは少しずつ下げられているが、今もなおその研究を続けているそうだ。

また、人材不足の問題には社長らが直接働きかけた。

「実証プラントを動かすためには、プロの技術が必要でした。しかし、その技術を持った人材の多くは、大手の石油会社にいる方達。当然、初めは我々のある種『無謀』とも取れる挑戦に共感してもらうことは困難でした。しかし、社長や副社長による説得の結果、当社のビジョンに共感してもらい、2年ほどかけて、ようやく8人の人材を集めることができました」(江氏)

「バイオ燃料先進国日本」実現へのホイッスル

「まずはバイオ燃料を多くの企業に使ってもらうことから始めたい」。江氏はこれからの展望についてこう語った。まだ実証プラントは試運転の段階にあるが、今夏からは本生産に移り、徐々にさまざまな分野へ展開していく考えだ。

「プラントではバイオジェットに限らずバイオディーゼルも生産されるため、いすゞ自動車と協力し、バイオディーゼルを用いたバスの公道走行などを開始していく予定です。まだまだ生産能力は高くなく、少量の提供にはなりますが、さまざまな企業に活用いただくことで、世の中にバイオ燃料を認知してもらうことが、直近の目標です。2020年には『陸・海・空』すべての領域におけるバイオ燃料の活用を目指しています」(江氏)

期限の迫った「2020年の有償フライト」については強気の姿勢を見せる。

「2019年の夏には、ジェット燃料を使用するために必要な国際規格の認証を受けられる予定です。生産量や供給体制等、未だに整っていない部分はありますが、2020年の有償フライトは『99.9%』実現可能だと考えています」(江氏)

将来的に、2030年をめどとして、現在のプラントの8000倍規模の生産量の実現を見込んでいる。現在の年間生産量は125kWであるため、ロードマップの通りにいけば、2030年には100万kWの燃料が生み出されることになる。

日本で100万Kの燃料を生み出せるようになれば、1つの産業として確立できることでしょう。2020年にANAと行う有償フライトは、あくまでスタート地点にすぎません。その出来事を、日本国民が環境問題について考える、さらには日本におけるバイオ燃料市場が成長するキッカケにできるよう、研究開発や周辺環境の整備はもちろん、プロモーション活動も含め、力を入れたいですね」(江氏)

2020年、日本が世界から注目を浴びるその時、「ミドリムシ燃料を用いたフライト」の実現がこの国をバイオ燃料先進国に導くホイッスルになるかもしれない。

タイヤ技術でオリパラを支えよ! ブリヂストン、義足の改良に挑む

タイヤ技術でオリパラを支えよ! ブリヂストン、義足の改良に挑む

2018.11.12

オリパラの裏側には、さまざまな最新技術が隠れている

パラアスリートを支える、ブリヂストンの「タイヤ技術」って?

義足用ソールの開発に挑む研究者らに話を聞いた

東京2020年オリンピック・パラリンピック競技大会の開催まで2年を切った。自国開催ということもあり、現地で観戦しようと考えている人も多いだろう。そこで1つ提案したいのが、オリンピック・パラリンピックを「技術」の視点で見ることだ。

2018年の平昌オリンピック・パラリンピックでは世界初の5Gの実証実験サービスが行われ、開会式ではインテルがドローンによる光のパフォーマンスが行われた。このような派手なものに限らず、大会の裏にはいくつもの技術が隠れている。パラアスリートが用いる器具などがその典型的な例と言える。

そこで本稿では、「ワールドワイドパラリンピックパートナー」であるブリヂストンによる、自社技術の活用によってパラアスリートを支援する取り組み「パラアスリート技術支援プロジェクト」に注目。東京2020を支える技術の裏側に迫る。

タイヤ技術でパラアスリートを支えよ! 

パラアスリート技術支援プロジェクトは、同社のオリンピック・パラリンピックのパートナー契約締結を機に『タイヤやゴムの技術をアスリートのために活かせないか』という想いから発足したという。ではその技術で何を作っているのかというと、1つの例が義足用の「ソール」(地面に接する部分、靴底)だ。

今回話を聞いた、ブリヂストン 先端企画本部 先端技術推進部 先端技術企画推進第1ユニット 主任部員の小平美帆さん(左)とオリンピック・パラリンピックマーケティング推進部 アクティベーション推進ユニット 課長 鳥山聡子さん(右)

「当社では、パラトライアスロン選手の秦由加子さんの義足用ソールを開発しました。現在も定期的に本人と話し合いの場を設けながら、当社の技術でサポートできる部分はないか、ということを模索しています」(鳥山さん※以下、鳥山)

秦由加子 選手。1981年生まれ。千葉県出身。3歳から10歳まで水泳を習う。13歳で骨肉腫を発症し、右足の大腿部切断を余儀なくされたが、2007年に障がい者水泳チームで水泳を再開。2013年にパラトライアスロンに転向した。大腿部切断でパラトライアスロンを行っている唯一の日本人選手だ

なぜ同社がソール部分に注目するようになったかというと、「タイヤ技術との親和性の高さ」が理由だと小平さんは語る。

「もともと当社では、タイヤはもちろん、ゴルフシューズや農業機械用のゴムクローラなど、『地面と接する部分』の製品開発に強みを持っております。ソールも同じく、地面と接するモノ。そこで当社の持つ技術との親和性が高いと感じ、注目するようになりました」(小平さん※以下、小平)

さらに、ソールの素材はゴムと高分子の複合体であり、これは同社の製品でもよく使われる素材であった。タイヤ製品で培った技術を活用することで、選手をサポートできるのではないか? と考え、新ソールの開発を始めたというわけだ。

義足イメージ。ランニングシューズの底のように、特有なパターン(模様)の入っている部分が、ブリヂストンの開発したソール

「ランニングシューズを切って、義足に貼る」が当たり前?

そもそも、義足用のソール開発に力を入れている企業というのはグローバルで見ても少ない。義足を必要とする人は多くいる一方で、切断箇所や筋肉量の違いなど、個人個人によってのニーズが異なるために、高ロットでの生産ができず、なかなかビジネスとして成り立たないことが原因だという。では、秦選手の使用していたソールには具体的にどのような課題があったのか。

「これは秦さんに限らず、ほとんどのパラアスリートに当てはまることなのですが、それぞれが個人に最適化されたツールを使えていないという課題がありました。もともと、多くの種類が市場に出回っているわけではないので、パラアスリート向けの『高品質な製品』自体が少なく、モノによっては、開発されて数十年経っている”最新モデル”もあります」(鳥山)

驚くべきことに、世界大会で活躍する秦選手のような人であっても、ランニングシューズを買って、ソール部分を切り取り、義足に貼り付けて使っていたのだとか。そのように「売られているものを転用して使う」というパラアスリートは少なくないそうだ。

「当たり前ですが、ランニングシューズのソールは、義足を必要とする人向けに開発されたものではありません。地面と接触した際にかかる力は違うし、耐摩耗性が求められる箇所も異なります。秦さんは以前、雨の中でのレースで、『滑るのが怖くて、思い切って走ることができなかった』という経験をしたそうです。そうした意見を聞き、どんな状況であっても安心して走れるようなソールを開発したい、と考えるようになりました」(小平)

タイヤ開発のノウハウを詰め込んだソール開発

しかし、いくら「地面と接するモノ」だからといって、タイヤとソールで求められる技術が一緒だとは思えない。どのようにブリヂストンの持つノウハウをソール開発に適応させたのか。

「はじめはゼロからの挑戦でした。そもそも、『義足のソールに求められることって何? 』という疑問からのスタートなんです。勉強の日々でしたね。どうにか当社の技術を活用できないか、と考え、まずは走る際にかかる力を測るために、タイヤ開発に使用する測定器を使って圧力測定を行いました」(小平)

圧力測定時の様子。ランニング時、ソールへの力のかかり方がどう変化するかを調査した

ほかにも、使用した後の摩耗部分の分析などを行い、グリップ力を上げつつ摩耗を抑えられるソールはどのようなゴム材料・溝形状にすればよいかをひたすら考えたそう。

さまざまなデータから見えた課題に対して「どうブリヂストンの技術を適応させれば良いか」と考え、試行錯誤を重ねた後に、ようやくソールを開発。2017年4月、初めて秦選手に新ソールをつけた義足で走ってもらうことになった。

「私たちのソールで走ってみた秦さんには『全然違う! 』と、すぐに気に入っていただきました。その1カ月後には早速、新ソールで大会にも出場していただきました。その大会もあいにくの雨だったのですが、確実に滑りにくくなっているとのフィードバックをいただき、手応えを感じました」(小平)

小平さんや鳥山さんは、秦選手と密にコミュニケーションを取りながら、フィードバックを元にソールの改良を続けた

さまざまな領域での技術活用も視野

そのレース以来、秦選手は変わらずブリヂストンが開発したソールを使い続けている。現在のソールは2代目で、2017年に開発したモデルから、パターンと材質を変更しているそう。

しかし、いくら製品の改良を実現したと言っても、事業化につなげられなければ、同社の「パラアスリート支援」は一過性のものになってしまう。同社は今後、この取り組みをどのように続けていく予定なのか。

「秦さんとの協力によって生まれた技術が将来、当社製品のブレイクスルーにつながる可能性はあると考えています。将来的には、さまざまな領域での技術の活用も視野に入れております。ですが、何よりこの取り組みは、当社がグローバルメッセージとして掲げる『CHASE YOUR DREAM』を体現するもの。

CHASE YOUR DREAMとは、ブリヂストンが、さまざまな困難を乗り越えながら「夢に向かって挑戦し続けるすべての人を支えていく」という想いを表現したメッセージ

そのため、必ずしも『将来的なリターン』を求めてこの活動をやっている訳ではありません。私たちの取り組みが社内外に広がり、当社の『夢に向かって挑戦し続けるすべての人を支えたい』という想いに触れていただき、一緒にオリンピック・パラリンピックを応援してくれる仲間を広げていくことを目指しています」(鳥山)

「2020東京」まで1歩ずつ、2人3脚で

現在、すでに秦選手用の最新ソールは完成しているそうだが、まだまだブリヂストンの挑戦は続く。

「最新モデルは、秦さんの要望を満たし、かつさまざまなデータから考えられる問題点を解決した自信作。しかし、パラリンピックまではまだ時間があります。今後も本人のフィードバックをもとに、より改良を続けていきたいです」(小平)

パラアスリートと一緒に夢を追い続けるブリヂストン。今回紹介したのは、同社の秦選手との取り組みだけだが、それに限らず、ほかにも多くのアスリートを支援しているそうだ。

オリンピック・パラリンピックでもっとも日の目を浴びるのは選手。しかし、その周りには、選手たちを支えている多くの人たちがいる。来る2020年、パラリンピックでは、選手の義足や車椅子などにも注目し、そこに隠れた技術の背景を想像してみるのも楽しみ方の1つだ。

ブリヂストンと秦選手の挑戦をこれからも応援したい