人間の「興味」を駆り立て批判を呼んだ「破産者マップ」閉鎖

カレー沢薫の時流漂流 第35回

人間の「興味」を駆り立て批判を呼んだ「破産者マップ」閉鎖

2019.04.01

漫画家・コラムニスト カレー沢薫さんの社会派連載!

第35回は、「『破産者マップ』の閉鎖」について

私はこんな社会派コラムを連載させてもらっているが、既報の通り無職だし、それ以前に引きこもりだ。つまり、社会派どころか、世界一社会に関係ない奴なので、担当からテーマをもらうたびに「俺が部屋にいた間、世の中ではこんなことが起こっていたのか」と帰還兵みたいな気分になる。

しかし、珍しく今回のテーマは、私が前から知っているものだった。

「破産者マップ」それが今回のテーマだ。

不幸ソムリエが「ブルゴーニュ」から離れた理由

私は無職の引きこもりだがそれすらも副業であり、本業は「他人の不幸ソムリエ」だ。

「人の不幸は蜜の味」というが、不幸ソムリエは舌が肥えているので、「不運」や「巻き込まれ」のような「澱」が多い不幸は嗜まない。「一片の曇りもない自業自得」という純度の高い「至高の他人の不幸」を求める探求者なのだ。

その点でいくと「金がない」というのは、質のイイ他人の不幸が多く取れる「産地」である。不幸界のブルゴーニュだ。もちろん本人のせいではない困窮も多くあるが、ギャンブルや浪費など自業自得で困っている奴もたくさんいるからである。

私はそんな自業自得で金に困っている人のブログなどを見るのが好きだったのだが、最近はあまり見ていない。

他人の不幸ソムリエは名乗る奴がいないだけで、相当数いるメジャーな存在なのである。そういう奴らが今日も活きの良い不幸を求め、オペラグラスを構えて金に困っている人のブログを見に来る。つまり「他人の不幸」は人気コンテンツであり、それをブログに書くとアフィリエイト収入が見込めるのだ。

そこに目をつけた人間が「架空の金に困っているブログ」を運営するようになり、架空の不幸をつづったブログだらけになってしまったのだ。作り話故に、思わず「ヒュー」と言ってしまう展開も多いのだが、私が他人の不幸に求めるのはあくまで「シュート(真剣勝負)」だ。よって「この漁場はもうダメだ、新天地を探す」と、私はそういうブログを見なくなった。

「金のない人間を笑おうと群がる人間を利用して、金を儲けて笑う奴がいる」という地獄ここに極まれりだ。

こういう、庭の石の裏みたいな世界の話は置いといて、私が「破産者マップ」を知ったのはそういう地獄の一端を担う人たちのブログからである。

知った時にはすでに閉鎖されていたので、私は現物を見ることは叶わなかったのだが、「破産者マップ」とは、自己破産など債務を法的整理した人の住所氏名などが掲載されているだけでなく、ご丁寧に「ここに破産者がおりまっせ」と地図にマッピングされていたサイトである。

破産者マップが何をソースに作られたかというと「官報」である。自己破産などをした人間は、官報に氏名などが掲載されるようになっているのだ。よって当初、破産者マップ管理者は「官報で公開されているものを改めてネットで見られるようにして何が悪い」と主張していた。

だが「官報」と「ネット」では、手軽さ、見やすさがまったく違う。暇だから官報でも買って、見ず知らずの破産者の名前でも眺めるか、という気にはなかなかならないが、ネットでしかも無料のサイトなら、「興味本位」で見に行く人間も多いだろう。

何せこれを書いている奴がメチャクチャ興味本位で見に行こうとしたのだから、官報の時とは比べものならないメチャクチャな数の人間が、特に意味もなく破産者の氏名や住所を見に行ってしまうことは想像に難くない。

そんな私みたいな興味本位の権化が目にする前に、サイトが閉鎖されたのは個人的にはちょっと惜しかったのだが、社会的にはすごく良かったと思う。

破産者マップの問題点と“ソムリエ”的評価

破産者マップが閉鎖されたのは、当事者や弁護団から「プライバシーの侵害だ」と多くの批判があり、政府の個人情報保護委員会からも行政指導があったからだ。

実際、いくら官報に載っていることとはいえ、官報を見た時点では読み取れない、破産者の位置情報を地図上で明示する行為は違法性が高いと言われている。また官報に破産者の情報が載っているのも関係者に決定事項を速やかに知らせるためであり、「晒す」ことが目的ではない。

また「DV離婚した夫の借金を背負って破産したが、マップが原因で奴に見つかった」というような声もあがっている。真偽はわからないが、このようなことが「起こり得る」ことも確かだ。それに加え、自己破産者は数年、正規の業者からは借入が出きなくなるため、それを狙った闇金業者などからコンタクトが来ないとも限らない。

おそらく、破産者マップを見る者のほとんどは、その動機が「興味本位」だろうが、好奇の目で見られるだけでも本人にとっては大きなストレスなはずだ。好奇の目で見ている私が言うんだから間違いない。こんな腹の立つ目で見られたら、瞬時に目つぶしを食らわせたくなるだろうし、今度は実名顔出しでニュースに出てしまう。

お金で失敗した人、もしくはやむを得ぬ事情で金銭的にどうにもならなくなった人が「やり直していい」と法的に認めているのが自己破産である。そのやり直しを阻むものはやはりない方が良いだろう。

それに、自己破産なんて、誰もがする可能性のあることなのだ。自分がそうなった時、こんなサイトがあったら嫌だ、という意味でも閉鎖して良かったと思う。

あと、この破産者マップは、なぜ自己破産したかという理由を書いていなかったそうだ。一言で自己破産と言っても、自業自得なものもあれば、不運としか言いようもないものもあるだろう。

他人の不幸ソムリエとしても、この破産者マップはあまり使えるツールではなかったようだ。

好きな“面倒”を選ぶ自由はまだ遠く、「夫婦別姓訴訟」敗訴

カレー沢薫の時流漂流 第34回

好きな“面倒”を選ぶ自由はまだ遠く、「夫婦別姓訴訟」敗訴

2019.03.26

漫画家・コラムニスト カレー沢薫さんの社会派連載!

特別更新の内容は、「選択的夫婦別姓、地裁で敗訴」について

婚姻時に夫婦が別姓を選べない戸籍法は平等に反するという訴えが、3月25日、地方裁判所で棄却された。つまり「選択的夫婦別姓」を求める側の敗訴である。

夫婦別姓と言えば、美味しんぼの山岡と栗田さんが結婚した時、栗田さんが会社では今まで通り「栗田」を名乗ろうとして、小泉局長がブチ切れる話があった。かなり昔から議論され続けているということである。

一部の好事家以外に全く伝わらない話をしてしまったが、選択的夫婦別姓は1996年に法相の諮問機関・法制審議会が民法改正案要綱に盛り込んだものの、実現はしていない。

「20年前から話は出ているのに全く進展がなく、今回も進展しなかった」というのが、選択的夫婦別姓の現状である。ONE PIECEで言えば、1997年に連載が始まってから、未だにルフィがフーシャ村を出ていない、みたいな状態である。

今、日本の姓に関する法律では、民法上も戸籍法上も「夫婦は同性にしなければいけない」ということになっている。私も恥ずかしながら今回初めて知ったのだが、姓というのは民法上の姓と戸籍法上の姓の二種類あるのだ。

まず民法が「婚姻とはこういうものや」というでかい定義をし、戸籍法が「社長はこう漠然としたことをおっしゃっておりますが、具体的にはこうです」と家族情報の管理方法を定めているという感じだ。結婚した場合、今の法律だと義務的に民法上も戸籍法上も同じ姓になるため、姓が2種類あると意識することさえ少ないだろう。

しかし、「民法上の姓と戸籍上の姓が違う」というケースがある。それは、離婚時だ。

結婚して山田から武者小路になった人が離婚した場合、民法上は旧姓の山田に戻る。しかし本人が「拙者これからも武者小路を名乗りたく…」と申し出れば、戸籍上の姓は「武者小路」のままでいいのだ。また、外国人と結婚した場合も、戸籍上の姓は選択でき、夫婦別姓も可能である。

つまり、離婚時と、外国人との結婚ではできる戸籍上の姓の選択が、何故日本人同士の結婚ではできぬ。これは平等に反するではないか、というのが今回の訴えである。

なお、今回の訴えでは民法の改正は求めておらず、仮に勝訴となり戸籍上の姓を別にできるようになっても、民法上は「夫婦同姓」であることに変わりはない。よって、夫婦別姓の支持者からも、「この内容では完全な夫婦別姓は望めない」という不満の声も出ているという。

しかし、原告は戸籍法上だけでも別姓を選択できれば、今より姓を変える側の不利益は大きく減ると考えており、それが今回の訴えの目的と言える。

夫婦別姓、名乗る「だけ」なら今でもできるが…

話を美味しんぼの話に戻したいので戻すが、同じ会社の同じ部署同士で結婚した山岡と栗田さん、栗田さんの姓は山岡になったが同じ部署に山岡が2人いては紛らわしい。

よって会社では今まで通り栗田さんは旧姓の「栗田」を名乗ろうとするが、それに夫婦別姓反対派の小泉局長が「絶対許さん」とブチ切れるのだ。

それでどうなったかというと、重大なネタバレになって申し訳ないが、何と料理の力で局長は考えを改め、栗田さんは、今まで通り「栗田さん」と呼ばれるようになったのだ。

このように、現状でも自分で名乗るだけなら、正直なんでも良いのだ。実はここだけの話、私の「カレー沢」も本名ではない。

職場での呼称を旧姓のままにしている人はそう珍しくないだろうし、「栗田から山岡になったので職場では『ポール』と呼んでください」と求めるのも、「変わった人だ」と思われるだけで不可能ではない。

しかし、その呼称に法的根拠はない。つまり栗田さんは、職場でどう呼ばれようが民法的にも戸籍法的にも「山岡」であり、免許証や保険証、銀行口座の名義は「山岡」でないとダメなのである。こればかりは料理の力でも変えられない。

作中には描かれていなかったが、栗田さんは丸1日ぐらい使って、身分証ほかの名義変更をしているはずなのである。もしかしたらそれに有給を使ったかもしれない。もちろん離婚して、戸籍上も旧姓に戻ろうと思ったら同じ手間がかかる。

このような不利益や手間が、「姓を変える側」だけに存在するのだ。平等とは言い難い状態である。これが、戸籍法上だけでも旧姓のままにできれば、そこに法的根拠ができ、名義変更などの手間をなくすことができる。

「手間と言っても、一度変えれば済む話ではないか、何回結婚するつもりだ」と思われるかもしれないが、原告は社長という立場であり、株式の名義変更などに数十万の実費がかかったという。さらに、書類に記名するときでも、会社での呼称の旧姓を書くか、法律上の姓を書くか、書類によって迷いが生じるとのことだった。

このように、別姓が認められないことにより、手間や不利益を継続的に被っている人がいるため、まずそれをなくすよう、今回の戸籍法上の選択別姓を求める訴えを起こしたそうだ。

民法改正を求めなかったのは、そこまですぐに変えるのは現実的ではなく、また「今までの家族観が崩壊してしまう」ことを懸念している夫婦別姓反対派の意見を汲んだ折衷案だ。決して「夫婦同姓なる古い価値観をぶっ壊したい」という動機ではなかったのだ。

このような、確固たる目的と理屈を用意し臨んだ訴えであったのだが、それでも棄却となった。結局、裁判所は「まずは国会が民法改正の審議を進めるべき、話はそれからだ」という見解なのである。

だが国会でその審議が一向に進んでないのでどうしようもなく、戸籍法だけ変えるのは難しいという「今回もフーシャ村から出られなかった」という展開となった。

だが、もし夫婦別姓が認められても、すぐに全世帯の半分ぐらいが別姓になる、ということはないだろう。

改姓による手続きの面倒さより、別姓を選ぶことによる周囲の「え、なんで?」という反応、ともすれば反対されることを面倒に感じ、通例どおり「女が男の姓を名乗る」のがある意味「一番面倒じゃない」と感じる勢の方がしばらくは多数ではないだろうか。

そういう人たちを「旧体制に諾々と従う思考停止野郎」と罵るようなら「夫婦別姓などけしからん」と言っているのと大して変わらない。どっちを選んでも良いし、どっちを選んでも「えっ」とならないのが、選択制夫婦別姓の完成形だろう。

たとえ「別姓が合法化」という船が出ても、グランドラインに到着するまでにはまだ時間がかかる。だが、何せ今は村から出られてないので何とも言えない。

それに、夫婦別姓により解消する問題もあるだろうが、夫婦別姓だからこそ起こる新しい問題も必ず生まれるだろう。

結局、同姓も別姓も、利点もあれば面倒もある。ただ「好きな面倒を自分で選んでよい」となることに意義があり、それが多様化ではないだろうか。

バズりを狙いスベって炎上、「リアルガチでやばい」年金ツイート問題

カレー沢薫の時流漂流 第33回

バズりを狙いスベって炎上、「リアルガチでやばい」年金ツイート問題

2019.03.25

漫画家・コラムニスト カレー沢薫さんの社会派連載!

第33回は、リアルガチでやばい「日本年金機構のツイート炎上」について

日本年金機構のツイッター広告が炎上し、即ツイ消しおよび謝罪する事態になったという。その炎上したツイートというのがこちらの文言だ。

「ガチヤバイ!? リアルガチでやばいかも!? 新社会人のみなさまへ 受け取る年金少なくなってない!? ねんきんネットで確認だ!」

これは非常によくある「ウケると思ってスベッた上に大炎上」パターンであり、「炎上ガチャ」でこれが出て来たら確実に低レアなので「即売却」といった感じだ。

問題のツイートでは何かを差別、あるいは蔑視しているワケでもなく、火力としてはチャッカマン程度であり、そんなに怒らなくてもとさえ思えるが、やはり怒る方にも理由はある。

日本年金機構はこれまでに大きな不祥事を起こしてきている。2007年にはオンライン化した年金データに不備や誤りが多いことが発覚した「消えた年金問題」というのがあった。

ちゃんと年金を納めていてもそれが記録されていないため、将来の年金額が減ってしまうかもしれない、という非常に重大な事件である。国民から取るだけ取っておいて、その管理がずさん、という、メロスでなくても激怒して走り出す案件であった。また、2015年には215万人の個人情報を流出させるという情報漏えい事件も起こしている。

こんな信用残機ゼロの状態では「ちょっとしたおふざけ」でも「ガチでやばいのはお前らのせいだろ」「何故こっちを煽る? まずそっちがちゃんとしろ」「こんなことに俺たちの年金を使いやがって」という鬼のマジレスが来てしまうのは当然である。

広告にユーモアは大事だが、「年金」クラスの笑いごとじゃないテーマになると「真面目かよ!」と言われるぐらい真面目にしておいたほうが良い、という好例だ。

炎上広告が出ると必ず「おかしいと思う奴はいなかったのか」「誰か止めろよ」という声が出るが、「SNSでバズること」を目的にすると、人間の視野は2度ぐらいになってしまう。そのため、過度な悪ふざけになっているとか、弩級の差別表現が入っているということにマジで気づかなかったりするのだ。

また、社内に「これはおかしい」と思う人間が5億人いたとしても、トップが「これはウケる」と思ってしまっていたら、下っ端にそれを止めることはできない。個人がやるとどうしても考えが偏るので、企業はさまざまな性別年代の人間に意見を聞いた上で、広告を打った方が良いと思う。

だが意見を幅広く聞いた上で、一番上がそれを「考えすぎだって」と一蹴して断行したりするので、組織の炎上というのは根深い問題である。

今回の炎上を「明日は我が身」と思う理由

だが今回の年金機構の炎上は、個人的感情として「一概に責められぬ」感がある。

今回の広告はその表現を「他人事かよ」と大いに責められたわけだが、年金機構的にはそんなつもりはなく、どうやったら若者に年金に関心を持ってもらえるか、真面目に考えた結果「ああなってしまった」のではないだろうか。

二十代前半ばかりの職場でただ1人アラフォーの自分が、無理して若者言葉を使い盛大にスベッた挙句、給湯室でメチャクチャ悪口言われてた、みたいな図を想像すると、「身に覚えがある」もしくは「明日は我が身」なので、あまり責められないのだ。

実際、年金機構は年金に対し捨て鉢になっているわけではなく、何とか国民に年金に関心を持ってもらい、適切に払ってもらいたいと思っていることだけは確かなのである。

ところで、私は去年無職になったことにより、厚生年金から国民年金になってしまった。当然国民年金だと厚生年金より将来もらえる額は少ない。将来の不安を感じた私は、「国民年金基金」の資料を取り寄せた。

国民年金基金とは、自営業や私のような無職が国民年金とは別途で年金料を収め、将来もらえる年金額を増やせるという制度である。支払った金額は確定申告の控除対象にもなるので節税にもなるのだ。

年金は当てにならないから他で老後資金を作ろうという声も大きいが、それでも年金ほど確実でリスクが少ないものは今のところない、という意見も多く見られる。

だが、資料を申し込んだ時は熱かった気持ちが、届いた時冷めているというのはよくあることで、取り寄せるだけ取り寄せてしばらく放置していた。

すると国民年金基金から電話がかかってきたのである。私は電話が苦手で、取ると青紫色の粉瘤が出来るので取らなかったのだが、こんなテーマで書くことになるなら粉瘤の一つや二つ覚悟で取れば良かった。おそらくだが「国民年金基金どうでしょう?」という内容だったのではないだろうか。端的に言えば「営業電話」である。

その後、電話は数回かかってきて、驚くべきことに、日曜日でもかかってきた。国の機関が日曜に動くとは思っていなかったので驚愕である。

「必死かよ」と思ったが、事実必死なのだろう。それぐらい年金はひっ迫しているのだ。もしかしたらノルマ的なものすらあるのかもしれない。

年金をもらうのは我々である。企業の炎上なら「不買運動」ができるが、年金の場合「不払運動」になり、後々受取額が減って困るのは国民の方である。

今回の炎上で国民が年金に対しますます拒否感を持ってしまったのは、年金機構というより我々にとっての悲劇なのだ。広告自体には反感を持ったかもしれないが、年金に関心を持ち、自身の年金状態を確認するのは大事なことである。

私も次に電話がかかってきたら、粉瘤上等で取ってみようと思う。