「Junya Suzuki」の記事

Junya Suzuki(鈴木淳也)

モバイル決済ジャーナリスト/ITジャーナリスト

国内SIer、アスキー(現KADOKAWA)、@IT(現アイティメディア)を経て2002年の渡米を機に独立。以後フリーランスとしてシリコンバレーのIT情報発信を行う。現在は「NFCとモバイル決済」を中心に世界中の小売や公共インフラ、決済サービス事例やトレンド取材を続けている。近著に「決済の黒船Apple Pay(日経BP刊/16年)」。
キャッシュレス推進に政府が税金優遇、諸外国の実情から日本の課題が見えた

キャッシュレス推進に政府が税金優遇、諸外国の実情から日本の課題が見えた

2018.08.27

目標掲げるも進まない日本のキャッシュレス化

政府がキャッシュレス化推進のため税金優遇を検討

同様の施策を打っている諸外国の状況は?

日本経済新聞の8月21日付けの報道によれば、日本政府はキャッシュレス化推進のための支援策として、QRコードを使った決済基盤を提供する事業者に補助金を供与し、さらに中小の小売店には決済額に応じて時限的な税制優遇を行うことを検討し始めたという。経済産業省では「キャッシュレス・ビジョン」の中で、現行で20%前後の国内のキャッシュレス化比率を2025年までに40%まで引き上げる目標を掲げており、これを税制面から後押ししていく。

同様の施策は台湾など諸外国でもみられるもので、今回はこうした官民共同でのキャッシュレス化における施策や現状についてまとめたい。

インドにおけるキャッシュレス推進の実際

現金決済の割合を減らすため、何らかの電子的な取引に税金的な優遇策を導入するのは珍しい話ではない。例えばインドでは2016年に、小規模な事業者を対象にキャッシュレス対応で年間売上2000万ルピー(約3000万円)あたり30%の税金上の優遇措置を実施することを表明している。また台湾では、モバイルQRコード決済を含むモバイル決済を導入した小売事業者に対し、2020年までの期間限定で営業税を従来の5%から1%まで優遇する措置を講じている。これらは「キャッシュレス社会」推進に向けて民間事業者の対応を政府が後押しするものだ。

だが、こうした税金優遇を含むキャッシュレス推進の意図は、地域によっても異なっている。インドの場合、「シャドウエコノミー」と呼ばれる政府や金融機関が把握しきれていない金融の裏取引が大きな規模で存在しており、汚職や犯罪の温床となっている。同国では2016年末に旧500ルピーならびに1000ルピー紙幣を無効化すると財務大臣のArun Jaitley氏が発表して大きな話題となったが、これも不正一掃を狙った施策だとされている。当時は「最高額紙幣を即座に廃止してタンス預金をあぶり出し、経済を活性化させるキャッシュレス推進に向けた大胆な施策」として大々的に報道されていたと記憶しているが、このキャッシュレス推進効果はむしろ副次的なもので、キャッシュとして眠っていた不正蓄財を無効化させるのが最大の狙いだったと指摘されている。実際、その後すぐに新500ルピーと2000ルピー紙幣が発行されており、必ずしもキャッシュレス誘導を意図したものではないと思われるからだ。

インドのモバイル決済サービスPaytm。ソフトバンクは同社との提携で国内にジョイントベンチャーのPayPayを設立。実質的にYahoo! Japanのアプリ決済サービスとなる

インドに限らず、マネーロンダリングなどの不正送金や資金移動を防止し、適切な形で課税すべくキャッシュレスを推進する政府機関は多い。現金決済比率が2-5%程度まで低下しているといわれるキャッシュレス先進国の北欧についても同様の背景がある一方、ほとんどの資金の流れが追跡できるため徴税が完全自動化されるなどのメリットがあるようだ。北欧ではもともと国土の広さの割に人口が少なく、しかも地理的に偏って存在しているため、現金移動や管理コストが経済規模に比べてばかにならないという事情があった。そのため、現金取り扱いを極力減らしていくことでATMや銀行での現金取り扱いコストが大幅に減少し、その副作用として銀行強盗のような犯罪も大幅に減少するという報告がある。小売店舗側で現金の取り扱いを拒否できる法案も成立しており、おそらく今後数年内にスウェーデンやデンマークなどを中心に現金決済比率が1%未満になると予想されている。

2020年までの期間限定減税措置で経営者の重い腰を動かす

とはいえ、いまだキャッシュレス決済比率が2割程度といわれ、おそらくはインドのような大胆な施策も展開しにくい日本では、こうした仕組みをすぐに実現するのは無理だろう。その点で参考になるのは、比較的日本に近いキャッシュレス水準で、さらにその勢いを加速させていこうとしている台湾だろう。UBSの資料によれば(PDF形式)、2007年と2017年との比較で、日本では現金決済比率が90%程度だったものが2017年の段階で80%程度にまで低下している。日本ほどではないものの、台湾も現金決済比率が低下しており、この国の主役はいまだ現金にあることがわかる(ただしUBS以外の資料では日本より台湾の方がキャッシュレスが進んでいるというデータもある)。

2007年と2017年の現金決済比率を比較したUBSの資料

興味深いのは中国で、2007年の段階では現金決済比率で日本と台湾とで肩を並べていたものが、一気に70%程度にまで低下している。この勢いは年々加速しており、おそらく近いうちに香港やシンガポールと遜色ないものになると予想する。前述のインドもいまだ現金主義ではあるものの、トレンドはキャッシュレス方向へと転換しつつあり、高額紙幣廃止という劇薬が一定の刺激となったことがうかがえる。

筆者も毎年台湾を訪問しているが、年々現金を使う機会は減っていると感じている。店舗はクレジットカードまたはEasyCardと呼ばれる交通系ICカードでの買い物が可能で、現金が必要とされるのは直近で「現金のみしか扱わない店舗」「交通系ICカードのチャージ」のみに限られていた。だが今年2018年10月には海外で発行されるクレジットカードでも交通系ICカードへのチャージが可能になる予定で、外国人が台湾旅行で一度も現金やATMに触れることなく入国から出国まで過ごす日がまもなくやってきそうだ。台湾モバイルペイメント副社長の徐文玲氏によれば、現在台湾政府は2015年時点で26%だったキャッシュレス化比率を2020年までに5ヶ年計画で52%まで引き上げることを目標にしており、その目標は幾分か日本より高い。

都内で講演する台湾モバイルペイメント副社長の徐文玲氏

台湾で金融サービスの中核にいるのは財金資訊(FISC)だ。同国の中央銀行にあたる組織の一部であり、いわゆる日本の全銀協にあたる送金サービス仲介などを行っている。そのほか、税金支払いや資金調達のプラットフォーム構築や、クレジットカードやキャッシュカードの普及推進などの役割を担っており、最新の成果としてモバイル決済サービス「台湾ペイ」をリリースしている。

台湾ペイはいわゆるQRコード決済の機能を提供するモバイルアプリで、「2025年でのキャッシュレス決済比率9割、スマートフォンユーザーの6割がモバイル決済を活用」という野心的な目標を実現するための推進剤に位置付けられている。もともと台湾国内で37行ある銀行がそれぞれQRコードによる決済を推進しようとして規格分裂に向かっていたものを、共通規格としてまとめたのがその経緯だ。段階的に機能強化が進んでおり、当初はモバイルバンキングや銀行口座接続によるQRコード決済だけだったものが、将来的にはEMVCoの推進するクレジットカードのQR規格取り込みや交通系ICカードへの対応など、「ウォレット」アプリとしてより幅広い用途で使えるものを目指している。2018年5月末時点での導入店舗数は2.6万で、2018年後半には前述クレジットカード払いに対応する。最終的にウォレット内に身分証を格納して、さまざまな公共サービスを利用できる仕組みを提供しようとしている。

台湾ペイの対応状況とロードマップ

台湾ペイに関してより興味深いのが普及施策だ。筆者が2018年夏に訪問した時点ではそれほど対応ロゴを見かけなかったものの、「使える場所がなければ誰も使わない」とばかりに普及に向けたさまざなプロモーションを仕掛けている。もともとFISCは銀行を束ねる組織で、銀行間の資金移動手数料をゼロにする作戦で普及を促している。また銀行各社が出資している経緯もあり、このプロモーションは銀行自体がアピールしているほか、決済サービスを導入する加盟店開拓でも銀行自らが動いているという。

そしてこれをさらに加速するため、冒頭でも触れた営業税の期間限定での低減措置を行い、特に中小加盟店の開拓材料としている。5%から1%というのはかなり大胆な値下げだと思うが、期間限定ということで導入にスピード感を出し、各小売の重い腰を上げさせるのが狙いとなる。これなら「手数料0%とはいっても、どれだけの顧客が使うかわからない決済サービスを、店舗オペレーションやスペースを犠牲にしてまでわざわざ導入しない」と言っている経営者であっても、税金の減免措置を理由に導入に踏み切る可能性が高いからだ。

使える場所が多ければサービスを利用する潜在顧客も増えるわけで、2020年の52%目標達成までによい効果が期待できる。最終的にはキャッシュレスに移行することで現金管理や発行コスト低減、さらに金融サービスの高度化など、減税分の税収減を補う効果が得られると政府としても考えているのだろう。

日本における影響

では、日本においてQRコード決済を含む電子的な決済手段に対する減税措置はどの程度の効果があるのか。やり方や減税率しだいだが、現金決済主義を貫く店舗の理由の1つは利益率を勘案してのものであり、仮に店舗オペレーションが煩雑化したり、キャッシュフローの管理で従来の手法が使えなくなったとしても、導入の検討に踏み込む可能性が高い。おそらくは、手数料0%よりも減税によるキャッシュレス比率上昇効果の方が期待できるはずだ。

決済手数料0%(あるいは1%以下)のプロモーションはLINE Payをはじめ、今年2018年秋にもサービスを開始するといわれるソフトバンク傘下のPayPayまで、新興系の決済サービス各社が展開している。だが決済手数料勝負では体力のある企業が最後まで残る持久戦となる可能性が高い。特に「QRコード決済でユーザーに5%還元」を打ち出しているLINE Payのような比較的体力のある会社に、大手ではない他の事業者が真正面から対抗するのは難しく、0%プロモーションを展開している各社はライバル脱落まで体力勝負を仕掛けるはずだ。最終的に寡占状態で市場に残ることができれば、大きなユーザー数と加盟店数を武器に手数料や各種データビジネスのさらなる展開が容易になる。

一方で、こうした寡占状態に移行するまでに多数の決済サービスが市場に乱立するわけで、加盟店とユーザーの双方にとってマイナスの効果を生み出す。この混乱期間が1-2年程度と予測している関係者もいるが、実際にユーザーがうまく獲得できずに混乱期が長引く可能性もある。ゆえに日本におけるキャッシュレス普及を早めるのであれば、QRコードのようなアプリ決済の仕組みでは経済産業省が主導する「店舗側端末でのQRコード決済方式統一」を推し進めつつ、減税に後押しという二重効果を期待するのが吉となる。

筆者の見解だが、キャッシュレス化の加速のためには特定の技術方式にこだわらず、さらにユーザーと加盟店の両方にとってメリットとなるサービスを構築するのが重要だと考える。例えばデンマークで利用されているMobilePayやスウェーデンのSwishのようなウォレットアプリではNFCを利用していないが、銀行口座直結で手軽に送金や決済ができる点で利用者を獲得しており、参考になる部分があるはずだ。また中国ではAlipayやWeChat Payが市民権を得て巨大な決済プラットフォームとして君臨しているが、これも2社の熾烈な競合とユーザー側のメリット双方の効果あってのものだ。日本におけるQRコード決済のようなアプリ決済サービス乱立の背景に、最終的に自社サービスへのロックインを狙ったものが少なからず散見される。

最終的にユーザーがそれにメリットを感じるのであれば普及していくと思うが、そのためにも適度な競合が必要だ。政府にはぜひ、こうした競争を促す形で減税を含む支援策を打ち出し、来たるべきキャッシュレス目標を実現してもらいたい。

自販機にもインバウンド対応の波、伊藤園がGMOと新型機を展開

自販機にもインバウンド対応の波、伊藤園がGMOと新型機を展開

2017.12.26

マルチ決済対応自動販売機のイメージ(伊藤園プレスリリースより)

伊藤園は12月21日、GMOフィナンシャルゲートと共同でマルチ決済端末を搭載した自動販売機を開発したと発表した。2018年1月以降、りそな銀行の10支店に設置する。

マルチ決済端末はクレジットカードや電子マネーなど、複数の決済手段での支払いを可能にするものだが、これを自販機に取り付ける。急速に拡大するインバウンド需要を見込んだキャッシュレスでの決済手段の提供に注目が集まっているが、この伊藤園の自販機もそうしたニーズを狙ったものだ。その実際の狙いと今後をまとめていく。

プロモーションを目的としたVisaデビットカード支払い専用自販機

今回採用されたマルチ決済端末はNayax製のものを採用し、決済手段としては「Visaデビットカード」の非接触タイプのみを受け付ける。「(Visaデビットカードによる)キャッシュレスの利便性を体験してもらう」ことが狙いで、従来であれば自販機に決済端末とは別に搭載される現金の取り扱い口が、用意されない予定だ。

りそな銀行は「Visaデビットカード」を発行しており、そのメリットを強調する形でのキャンペーンを展開しているが、りそな銀行にVisaデビットカード専用自販機が設置されるのは「そのプロモーションの一環」と伊藤園の広報は説明している。

そのため、今回の自販機の設置は伊藤園、GMOフィナンシャルゲート、りそな銀行の3社がパートナーを組んでの展開ということになるが、今後も「新たなパートナーがいれば設置エリアを拡大していく」(伊藤園)と述べており、ニーズを鑑みつつ全国展開を進めていくようだ。

経済産業省が出した「キャッシュレスの現状と推進」の報告書によれば、クレジットカード/デビットカード/電子マネーなどの現金を用いないキャッシュレス決済は、個人消費全体のうち20%を現在占めている。これを今後、10年間(2027年6月まで)に40%まで引き上げることが政府の目標だ。

また、2020年の東京五輪までにインバウンド需要を取り込むためのキャッシュレス対応がさまざまな業界で進んでいる。長年クレジットカード決済に対応していなかったマクドナルドなどが2018年から利用可能になるほか、コンビニ各社もPOS端末の更新期に差し掛かり、さまざまな決済手段への対応を順次進めている。

こうした流れを、伊藤園を含む自動販売機ビジネスを展開する各社も当然注視しており、これに対応する形で今回の発表に至ったようだ。ただ、今回は認知向上というプロモーションを主因とした設置のため「それほど売上が出るとは考えていない」と伊藤園側が認めているように、実際にこれが広域展開できるかどうかは、さまざまなオプションを探りつつ行っていくことになる。

なお伊藤園では、今回のマルチ決済端末搭載自動販売機について「国内初」をうたっている。この意味は、Visaデビットカードの非接触決済に加えて、「Nayax製端末搭載の国内初の自販機」ということだ。2016年7月に東京で開催された「インバウンドジャパン2016」において、伊藤園の自販機と同型のマルチ決済端末を展示していたNayax関係者に質問したところ、サントリーなど自販機大手らと交渉を続けていると説明していた。

Nayaxのマルチ決済端末。こちらは旧タイプのもの

当時は2016年末から2017年にかけて、古くなった自販機の一部からリプレイスしていく可能性を示唆していたが、伊藤園は「Nayax製の端末の設置自体が初のケース」としている。現時点でリプレイスがほとんど進んでいないことがうかがえる。

Nayaxの決済端末は欧米など海外の自販機では比較的よく見かけるもので、そこでは主にクレジットカード決済を取り扱うことを目的としている。旧タイプでは磁気カード、接触(IC)、非接触の3種類の決済手段に対応していたが、新タイプでは比較的大型のカラー液晶を採用し、各種電子マネー対応のほか、タッチパネルでの項目選択が可能になっている。

また、液晶とカメラを組み合わせて近年増加しているQRコード決済にも対応しており、過去に行われたデモではAlipayのアイコンが表示されていた。ただ伊藤園のケースでは、クレジット/デビットカードの非接触決済のみのサポートに限定されている。これは、10月にりそな銀行で「非接触決済に対応したVisaデビットカード」の発行がスタートした関係もあるだろう。

こちらは新タイプで伊藤園も採用したタイプ。液晶がタッチパネル方式となり、サイズが拡大した
Alipayマークが表示されていることからもわかるように、QRコード決済にも対応できる

伊藤園によれば、「現時点で話せる計画はない」としたものの、今後はりそな銀行のようなパートナー提携で展開を模索するほか、主にホテルや観光地など外国人が比較的多く訪れる場所で設置を目指していくようだ。当然、国内利用者がメインとなる電子マネー対応だけでなく、クレジットカードやQRコード決済への対応も行っていくようだ。

同社は12月7日にWeChat Pay(微信支付)とLINE Payに対応した自販機を設置したことを発表しているが、この自販機は成田市内にあるホテル1カ所で稼働しており、前述のように主にインバウンドを狙ったプロモーションを兼ねてのものだという。

実験的ではあるものの、単純な目先のビジネス的視点でなく、このように試行錯誤を続けているベンダーがいるのは非常に興味深い。こうした取り組みの成果は継続して追いかけていく予定だ。

KDDIが「ブロックチェーン+スマートコントラクト」に取り組む理由

KDDIが「ブロックチェーン+スマートコントラクト」に取り組む理由

2017.11.06

「ブロックチェーン」といえば仮想通貨「Bitcoin」の基幹技術として知られているが、現在はこの「分散台帳」という仕組みを使って既存のインフラを置き換える新しい技術基盤を構築できないかという試みが盛り上がっている。

こうしたなか、携帯キャリアであるKDDIが、KDDI総合研究所とクーガーを交えた形で今年2017年9月に発表した「Enterprise Ethereumを活用した"スマートコントラクト"の実証実験を開始」というニュースは驚きをもって迎えられた。

ブロックチェーンの派生技術の1つとして注目を集めるスマートコントラクトだが、なぜKDDIが業界他社に先んじてこの取り組みを発表したのか。その実際について話を聞いてみた。

ブロックチェーンとスマートコントラクト

まず発表の概要について簡単に整理する。ブロックチェーンとは、Satoshi Nakamotoという人物の論文を基に2009年から運用が開始された「Bitcoin」の基幹技術であり、その後も発展改良が続いて今日に至っている。

Bitcoinにおけるブロックチェーンでは、ネットワーク内での個人間の送金情報を記録した「ブロック」が10分ごとに生成され、以前までのブロックの情報(ダイジェスト)を含んだ形で新しい次のブロックへと引き継いで「連鎖(チェーン)」していく形態を採る。取引情報は誰でも参照できる一方で、チェーンをたどって以前までのブロックを改ざんするには膨大な計算が必要で困難が伴うことから安全性が高いとされている点が特徴だ。

またBitcoinの技術自体はオープンソースで公開されているため、これを活用してさらに新しいブロックチェーン技術や、それをベースにした「Litecoin」のような"オルトコイン"と呼ばれる技術が複数誕生している。

今回の話題の中心となっている「Ethereum (Enterprise)」もその1つで、Bitcoinの中核ソフトウェアであるBitcoin Coreの開発メンバーの1人が「スマートコントラクト」という新しいアイデアを基にスピンオフしてできたものだ。

スマートコントラクトの概要については別記事を参照していただきたいが、簡単にまとめると「(相手に対して契約情報の送信など)一定条件を満たすと、事前にプログラミングされた手順に従って一連の処理を自動的に実行する」というもので、単純に「AからBへの送金」といった処理以外に、プルグラムによってより複雑な処理を組み込める仕組みだと考えてもらえばいいだろう。

「Ethereum (イーサリアム)」は現在、オルトコインの1つとして主に仮想通貨の送金に利用されているが、この仕組みを企業システムやインフラに応用できないかということで複数の企業が集まってアライアンスを作り、独自の技術としてEthereumとは別に発展改良を続けているのが「Enterprise Ethereum (エンタープライズイーサリアム)」ということになる。

今回発表されたKDDIの実証実験では、同社の既存事業に加え、非金融事業を含めた分野でのブロックチェーン技術の活用のほか、KDDIのパートナー連携を含めた形での「スマートコントラクト」の活用に向けた技術的課題の洗い出しと効果の検証を行うのが狙いという。

まず第1弾として、Enterprise Ethereumを使った携帯電話の店頭修理申し込みから完了までの工程において、リアルタイムでの情報共有ならびに業務効率化を検証していくという。

今回KDDIが発表した携帯修理業務における「スマートコントラクト」の実証実験の概要(KDDIのプレスリリースより抜粋)

実証実験での結果を踏まえ、今後はさらに修理とは別事業の携帯電話のリユースや、それ以外の分野でのパートナー間でのシステム連携の可能性も模索していくということで、今後発展改良を続けていくうえでの第一歩という位置付けだ。ではなぜ、KDDIがこうした取り組みを率先して行い、このタイミングでの参入発表なのだろうか。

なぜKDDIがブロックチェーンなのか?

「いま発表すれば、国内初の事例として喧伝し、その先進性をアピールできるから」という理由を包み隠さず話すのは、KDDI コンシューマ事業企画本部 コンシューマビジネス開発部 戦略グループリーダー 兼 経営戦略本部 グループマネジメント推進室 兼 ライフデザイン事業本部 コマースビジネス部の高橋寛氏だ。

KDDI コンシューマ事業企画本部 コンシューマビジネス開発部 戦略グループリーダー 兼 経営戦略本部 グループマネジメント推進室 兼 ライフデザイン事業本部 コマースビジネス部の高橋寛氏

実際、国内初の事例としてプレスリリースで概要が紹介された後、KDDIに各社からこれに関する問い合わせが相次いでおり、その効果は上々だという。取り組みがスタートしたのは同年春ごろで、取材時点でまだ半年も経過していない時点での発表だ。つまり、まだ本当に検証がスタートしたばかりの段階での発表ということになる。

高橋氏によれば、今回の実証実験はauのライフスタイル戦略の拡充における取り組みの一環にあるという。携帯電話事業に限らず、今後は保険、金融、ウォーターサーバなど、顧客の望むさまざまなサービスを提供していくが、KDDI自信がその商品やサービスを開発するのではなく、パートナーとなる企業を入れる形で互いのビジネスを拡大していく方向性を目指している。

このようにKDDIのプラットフォームの中でサービスが提供されていることについて、今後いかに付加価値を提供していくのかを考えた結果が「ブロックチェーン」と「スマートコントラクト」にあったというわけだ。

例えば、保険を契約する際に自分により合った契約を安価に利用できれば顧客にとってメリットとなるだろう。このような形でスマートコントラクトを利用し、複数のサービスを組み合わせて新しい利便性や価値を提供したり、あるいは新しいサービスを創出できないかという考えだ。

今回の実証実験の例でいえば、故障した携帯電話をショップに持ち込んだ際に、状況に応じて複数いるパートナーの修理業者に対してショップから依頼が行われることになる。

この際、顧客が「2万円以内なら修理依頼継続」のような条件を提示すれば、修理の過程で条件を満たしていればそのまま作業が継続され、修理状況は逐一ネットワーク全体でリアルタイム共有されて、ショップや顧客も簡単に把握できる。一方で修理額が上限を振り切った場合、その旨が顧客に伝えられ、そのまま売却した方がいいのかの判断を問い合わせる。事前に設定した条件に従って、これら情報がリアルタイムで共有されつつ、自動で処理されていく。これを実現するのがスマートコントラクトだ。

KDDIには4000万人近いスマートフォーンユーザーがおり、修理を依頼する顧客だけで年間数百万人単位で存在する。また、修理業務はサービスの入り口としてKDDIの店舗を使うという実証実験でのやりやすさがあり、効果が見えやすいという理由と合わせて事例の第1弾に選ばれたと高橋氏は説明する。今後はここで構築されたプラットフォームを基に、「つなぐことの価値をKDDIにとって大切なポジションに」ということで、EC以外の部分で提供されていないさまざまなライフラインサービスや付加サービスを提供していきたいと同氏は加える。

Enterprise Ethereumを選んだ理由

もう少し技術的、業界のトレンド的な側面から今回の話題を掘り下げる。「なぜブロックチェーンで基幹システムを構築するのか」という点だが、それは前述のように今後の拡張や応用を考えたためだ。

従来であれば、インターネットやVPNなどを介してパートナー同士の基幹システムを結び、アプリケーションを構築してきた。だが、これではアプリケーションを追加するごとにインフラを改修する必要があったり、システム接続のための検証などを行う必要があったため、コストやセキュリティ面での課題があった。

今回、ブロックチェーン上にさまざまな商材を載せる仕組みを構築することで、必要な情報をブロックチェーンに書き込むだけで瞬時に共有が行われ、スマートコントラクトによって自動処理が可能になる。つまり基盤だけ構築しておけば、あとは周辺アプリケーションやスマートコントラクトの実装だけで今後の拡張やパートナーの拡充に柔軟に対処できるようになる。

今回、このあたりについてKDDI総合研究所 情報セキュリティグループ グループリーダーの清本晋作氏と同研究主査の仲野有登氏について説明をうかがっている。

KDDI総合研究所 情報セキュリティグループ グループリーダーの清本晋作氏

取材時点ではまだ実証実験の初期段階にあり、閉じた環境でパフォーマンスやアクセス制限など問題の洗い出しを行っている最中だという。実際にブロックチェーンのインフラを構築する段階にあたっては、各パートナーにノードを配置して分散台帳を管理する仕組みとするようだ。

KDDI総合研究所 情報セキュリティグループ 研究主査の仲野有登氏

すでに検証の段階でいくつか機能的に不足している部分があり、例えばブロックを生成するノードとブロックを承認するノードを一緒にできないといった問題があり、これが仕様なのか、あるいは単に機能の実装が行われていないのかを含め、9月付けで加入したEnterprise Ethereum Allianceにフィードバックを行っているという。将来的にはWebサーバにおけるデファクトスタンダードがApacheに集約されていったように、Enterprise Ethereumをこうしたビジネス用途でのデファクトとすべく機能のブラッシュアップを続けていく意向だ。

なぜEnterprise Ethereumなのかという点だが、「ビジネス用途に必要な機能を備えたブロックチェーン技術」を探していたということで、もともとシステム開発などで付き合いのあったクーガーがEnterprise Ethereum Allianceに加入していたという経緯もあり、ここを窓口にKDDIが同アライアンスとの連携をスタートさせたことに起因する。

前述のように、アライアンス参加企業らの要望を受けてオープンシステムとして開発が進んでいくことで、独自に"フォーク"したブロックチェーン技術を導入するよりも、Enterprise Ethereumのような仕組みを活用するほうがメリットがあると判断したことも大きい。

Enterprise Ethereum Alliance

Enterprise Ethereumには、オリジナルとなったEthereumにはない「情報の秘匿性」「アクセス制限」といった機能が最初から盛り込まれている点も選択のポイントだったという。一般に、ブロックチェーンでは「取引情報が公開されて誰でも閲覧できる」ことで透明性が確保されている部分があり、特徴にもなっている。だがビジネス用途では「誰でも必要な情報にアクセスできる」「一般公開されてはまずい情報がフルオープンになる」という部分が利用のネックとなるため、これを解決した機能を仕様として盛り込んだEnterprise Ethereumの登場ということになる。特にKDDIのケースの場合、個人の契約情報がノード間を移動することになるため、これがシステムを利用するすべての人物に対してアクセス可能になっていると非常にまずいからだ。

業界他社との戦略の類似

一方で興味深いのは、必ずしもEnterprise Ethereumにはこだわっていない点だ。清本氏によれば、KDDIは同種のブロックチェーン技術であるHyperledgerの検証も続けており、実質的に2つの技術に"二股"をかけている状態にある。実は、Enterprise EthereumとHyperledgerの両方にメンバーとして名を連ねる企業は多数存在しており、「両方の技術の成長を見守って、どちらがデファクトスタンダードになっても対応できる」ように"様子見"を行っているようなのだ。過渡期ならではの現象といえるが、それだけに発展途上にある技術ということを証明しているようなものでもある。

ブロックチェーン技術の1つであるHyperledger

将来的には、4000万以上のユーザーとパートナー各社を抱えた状態でも問題なく動作するパフォーマンスが、ブロックチェーンのインフラには求められることになる。これが実現可能になるよう、検証と改良を続けていくのが今後の目標だ。

特にIoTと呼ばれる時代になると、さらに膨大な契約情報や取引情報がネットワーク上を通過していくことになる。既存の中央集権型システムでは遠からず破綻する可能性が指摘されており、いまの段階で技術研究を進め、来たるべき時代に向けてブロックチェーンを基盤として動作させられるようにしておくのは重要なことだ。

実は今回のKDDIの件とは別に、仮想通貨「MUFGコイン」の実証実験を続けている三菱UFJフィナンシャルグループの担当者に、同社のブロックチェーンに対する取り組みについて話を聞く機会があった。

それによれば、電子マネーの代替としての仮想通貨はあくまで一歩にすぎず、将来的にはIoTの展開とともにネットワーク上を膨大な取引データが通過していくことを踏まえ、次世代基盤として開発しているのがブロックチェーンのインフラ、つまり「MUFGコイン」というわけだ。流れる情報も仮想通貨の取引情報だけでなく、さまざまな取引情報や、スマートコントラクトによる契約情報を流すことを想定しているようだ。

現在は独自開発を進めているようだが、ブロックチェーン技術自体はKDDI同様にEnterprise EthereumとHyperledgerの両方にコミットしており、その行方を見守っているという。両者は「携帯修理」と「仮想通貨」というまったく異なるサービスでの実証実験ではあるが、その根本は実は同じことを行っており、目指す方向性や手段もほぼ一致しているという点で興味深い。

取材の終わりに、KDDIに今後実証実験のインフラで実現していきたいことについて聞いてみたところ、「スマートコントラクトとAIの組み合わせ」というコメントがあった。現在、スマートコントラクトにおけるプログラミングは閾値の設定など、割と事前の取り決めに沿った形での条件判断が主眼となっているが、この判断をディープラーニングやAIを組み合わせて、よりインテリジェントにできないかという話だ。

ただ、ブロックの即時共有という性質上、判断部分のパフォーマンスを一定以上に保つ必要があり、これと膨大な計算を必要とするAIとどう組み合わせていくかという課題がある。いろいろな面で目の離せない動きだ。