「菅未里」の記事

菅未里

菅未里(かん みさと)

文具ソムリエール

文具の世界の魅力を伝える「文具ソムリエール」として、商品企画、売場企画、コラム執筆、企業コンサルティングなど多方面で活動中。主な著書に『文具に恋して。』(洋泉社)『毎日が楽しくなる きらめき文房具』(KADOKAWA)など。「趣味の文具箱(エイ出版)」他連載。
「介護文具」をご存知ですか?

最近の文房具界では、ノート術である「バレットジャーナル」や勉強術「スタディプランナー」、あるいは「女子」向け文房具が注目されている。だが、その陰で静かに盛り上がっている文房具があることをご存じだろうか。

それは、介護の現場に向けた文房具だ。

なぜ、介護現場で文房具が求められるのか

今の日本では高齢化により要介護者が増加しており、将来的には介護業界が人材不足に陥ると予測されている。そして実は、介護や看護の世界は文房具との関係が強い。

介護業界では、書類仕事が多いわりに電子化が進んでいない施設が多く、紙をよく使う。また、介護・看護の世界に入るための勉強でも筆記用具などの文具需要が大きい。

実際、私に対する介護・看護業界からの取材依頼は多いのだが、これも文房具への需要を反映しているといえるだろう。したがって、文房具業界にとって、介護・看護の世界の人々は重要なクライアントになるのだ。

もちろん、文房具業界もそのことに気づいている。具体例を見てみよう。

介護・看護業界向けの文房具

オフィス用品に強いプラス(PLUS)社は、介護市場向け文具の新ブランド「たすけあ」を2019年2月に立ち上げ、いち早く介護職へアプローチしている。

介護文具のブランド「たすけあ」

同じくPLUSのファイル・バインダー「Pasty smart(パスティ スマート)」、老舗文具メーカー・ゼブラのボールペン「ライトライト」「タプリ ホールドクリップ」も、介護業界に注目して開発された面がある。

「パスティ スマート」はもともと、女子高生をターゲットにしたクリアファイル「パスティ」だった。クリアファイルは売り場で目立つように濃い色のバリエーションが多いのだが、パスティは女子高生に訴求するべく、珍しいパステルカラーを採用したのである。

それが、なぜか病院関係者に人気が出た。PLUSが聞き取り調査をすると、病院の内装はパステルカラーが多いので、色合いが合うためだとわかった。このことを知ったPLUSが、パスティをビジネスパーソン向けにしたパスティ スマートを作ったというわけだ。

ペン先にライトを搭載したゼブラの「ライトライト」は、暗い病院内でも明かりなしで筆記でき、看護師さんにうってつけだ。また、同じくゼブラの「タプリ ホールドクリップ」のクリップには、胸ポケットから落ちにくいギザギザがついているが、これも患者さんを支える際に前傾姿勢になるなど、一般的な企業のビジネスパーソンとは違う動きが多い介護士さんや看護師さんたちの役に立つ。

女性が多い介護・看護業界

文房具業界では「女子文具」がブームだが、このような介護・看護職向け文具もまた、業界が取り組むべき分野に違いない。介護・看護職には女性が多いからだ(たとえば、介護業界で働く人の7割から9割は女性である(※厚労省「社会保障審議会(介護給付費分科会)資料」より)。

彼女たちは介護・看護の現場で役立った文房具を日常的に愛用するだろうし、逆に、日常的に使っている便利な、あるいは素敵な文房具を介護・看護の現場で使うことになるだろう。

企業として利益の面はもちろんのこと、今後ますます介護・看護に対する社会的な要請が拡大することを考えても、文房具業界はここにもっと力を入れるべきだと私は思うのだ。

増える「育児文具」とワンオペ育児の隠れた関係

文具ソムリエール・菅未里の「新しいコンパス」 第3回

増える「育児文具」とワンオペ育児の隠れた関係

2019.03.28

「育児文具」が増えている。

昨年には、学研ステイフルの「kazokutte」やクツワの「metete」(ミテテ、と読む)など、いくつか育児のための文具ブランドが生まれた。どのブランドも、知育を意識した製品を送り出している。

お父さんは無視?

そういうブランドのひとつから開発の様子を伺ったことがあるのだが、いわく、部署をまたいで子持ちのお母さん社員たちによるチームを作り、その意見を参考に製品を作っているという。

なるほど、今なお育児や家事をするのはお母さんであるケースが多いらしいので、適切な人選ではある。総務省の2017年の調査によると、6歳未満の子がいる共働き夫婦における妻の週あたり家事関連時間は6時間5分だが、夫のそれは1時間22分しかない。共働き夫婦でさえこの格差なのだから、専業主婦の家庭では、育児はほぼ完全に妻の仕事になるだろう。

だが、「お父さん」はどこに行ったのか?

主に育児・家事を担う専業主婦だって休日は必要だから、子供を夫に預けて出かけることはあるはずだ。そんなとき、お父さんの手元に残るアイテムが、お母さんだけを意識して作ったものだったら? お母さんから意見を聞いて作った育児文具が、お父さんにとって使いやすいとは限らないはずだ。デザインだって、共用できるものであるかは分からない。

きっとお父さんは困惑するに違いない。育児に苦手意識を持ってしまうかもしれない。

現に、育児グッズの使い方が分からないお父さんが、いちいちお母さんに電話をして質問するケースも見聞きした。これではお互い気が休まらないだろう。

育児文具は素晴らしいものだが、お母さんだけを意識して作ってしまうと、結果的にお父さんを育児から遠ざけ、いわゆる「ワンオペ育児」に拍車をかけてしまわないか、懸念している。

筆記具メーカーパイロットから発売されている「スタイルチョイス03 マルチポーチ」。シンプルな見た目で収納力が高いことから「お父さんバッグ」と呼んでいます(中身は筆者の義兄が実際に子育てで使っているもの)。母親のバッグを都度借りるのではなく、父親専用を作っておくと「引き継ぎ」トラブルなく育児で協力できます

育児文具は、親も育てる

ところで、育児文具とはどんなものかというと、子供が将来身に着けなければいけないこと、たとえば片付け、作文、時間管理などについて、文房具を通して身に着けるものが多い。子供たちは、育児文具を通して能力を身に着けていくのだ。

ならば、「親を育てる文房具」があってはいけない理由はない。育児に苦手意識がある親が、気楽に子育てができるようスキルアップを身に着ける文房具。そんな「育児文具」があってもいいだろう。

「文具女子」って「誰」のこと?

文具の世界の魅力を伝える「文具ソムリエール」として、TVやWebで活躍する菅未里さん。本連載では、そんな菅さんならではの視点で、文具に反映される現代社会の構図や情勢に思いをはせたコラムを展開します。

女性を強く意識した文房具の博覧会「女子文具博」が人気だ。2017年末に東京都大田区の東京流通センターで初開催されたイベントには約2万5,000人が来場。面積を倍に広げて昨年末に行われた第二回イベントには、約3万5,000人が参加したという(いずれも主催者発表)。この春には大阪でも開催予定だというので、大盛り上がりだといえる。人混みが苦手な私は参加できなかったほどだ(マスコミ向けの公開日には行ったのだが)。

「女子文具」が盛り上がる背景には、リーマンショック以降、会社が経費削減のために文房具の購入を控えるようになったことがあると想像される。文房具が支給されなくなった会社員は自分で文房具を買い求めるようになったため、文房具メーカーが会社ではなく個人を意識するようになった。その結果、それまではあまり目立たなかった「文具好きの女性」がターゲットとして浮上してきたということだ。

「文具女子博」ビジュアル

「女子」という言葉にまつわる違和感

ところで、SNSを見ると、イベントはともかく「文具女子」という言葉に拒否反応を示す女性がちらほら見受けられる。「なぜわざわざ『女子』とつけるのか?」というわけだ。「文具男子」とは言わないのに……。

私も「文具女子」という言葉にはどこかズレたものを感じざるを得ない。たとえば、「女子」という言葉に紐づけられる文房具の多くは、いわゆる「可愛いもの」だ。ピンク、パステル、花柄……。なるほど、たしかに可愛いものはよい。私も可愛いものは好きだし、多く持っている。以前書いたように、ピンクも色によっては好きだ。

筆者が所有しているピンク色の文具

しかし、多くの場面で私が使う文房具は、落ち着いたデザインだったりネイビーだったりと、男性が選ぶものとそうは変わらない。というのも、TPOや私の年齢を考えると、「可愛い」ものがふさわしくない場合が多いからだ。何よりも、私が好む文房具がすべて「可愛い」とは限らない。私はピンクも好きだが、同様にネイビーやグレーも好きである。

筆者が愛用しているシックな色合いの文具

「女子」は作られたイメージ?

ところが、「女子」という言葉が見え隠れする取材やイベントで、私が落ち着いた文房具を提示すると、あまり反応が良くないことが多い。「もっと女子っぽいものはないですか?」「華やかなものがあると助かるんですが……」。よくわかる。雑誌なら紙面を、TVなら画面を華やかにする必要はあるだろう。だが、女性たちが皆、いつでも、ピンクや花柄を好むわけではないのだ。

思うに、「女子」という言葉は、男性ばかりだった世界に女性が登場したときに使われるものだ。文房具も本来は主に仕事で使われる道具だったので、女性の就業率が低かった時代が長かった以上、男性の趣味といえる。もちろん女性の文房具ファンはいたのだが、あまり目立たなかった。それが可視化されはじめたので、「文具女子」という言葉が生まれたわけだ。

しかし残念なことに、「文具女子」のイメージは、女性たちが自ら選び取ったものではなく、おそらく男性によって与えられたものだ。他の「何とか女子」と同じように。だが、実際の女性たちは、もっと複雑だ。「文具女子」という言葉が陳腐化してはじめて、文具は真の意味で男女両性の文化になっていくのだろう。

ただ、「女子」というくくりが不要だとは、まったく思わない。くくりがなければ、そもそも女性の居場所がないかもしれない。だが、「可愛いもの」だけを追いかける「女子」は、たぶん存在しないのだ。