「菅未里」の記事

菅未里

菅未里(かん みさと)

文具ソムリエール

文具の世界の魅力を伝える「文具ソムリエール」として、商品企画、売場企画、コラム執筆、企業コンサルティングなど多方面で活動中。主な著書に『文具に恋して。』(洋泉社)『毎日が楽しくなる きらめき文房具』(KADOKAWA)など。「趣味の文具箱(エイ出版)」他連載。
「情報」と「経験」はお金にならない?

文具ソムリエール・菅未里の「新しいコンパス」 第5回

「情報」と「経験」はお金にならない?

2019.04.25

私は文房具関連のイベントに出演させていただくことがあるのだが、いつも不思議に思うことがある。それは、ほとんどのイベントが入場無料であることだ。

文房具の世界において、イベントは主にトークイベント、実演販売、ワークショップの3種類に分かれているのが定番だが、いずれにしても入場(参加)無料であることが多いのである。

どのイベントでも、来てくれた方が新たな情報や経験を得て帰っていくことは間違いない。それなのに無料ということは、情報や経験はあくまで販促にしか使えない、つまりお金にならないものだと、文房具界が考えているということだろうか?

リアルの逆襲

おそらくどの業界でもあることだと思うが、昨今はモノを売ろうとするとインターネット販売vsリアル店舗、という構図が存在する。文房具界も同じだ。

インターネットでは店頭よりも安く文房具を買えることが多いし、外出の手間もかからない。また、売る側にとっては万引きの心配が要らない(文房具店の万引き被害は深刻なのだ)。そういう事情から、文房具店は数を減らしていている。ネットに押されているわけだ。

しかし、店舗だけが持つ価値も、もちろんある。実際に商品を手に取ることができるし、ウィンドウショッピングで思わぬ出会いもあるかもしれない。どちらもお客様にとっては大きなメリットだし、その価値が認められているからこそ文房具店が消えていないのだろう。

そして、リアル店舗だけの強みをさらに打ち出そうと文房具店(やメーカー、代理店など)が近年力を入れているのが、冒頭で述べたイベントだ。

イベントなど「場」への回帰は、文房具業界に限らない近年の流行りともいえるし、そういったイベントから私に声がかかるのは非常に光栄なのだが、さて、どうして「入場無料」なのだろうか。

情報と経験は価値になる

入場無料の背景には、イベントでの直接的な利益ではなく、間接的な利益を狙っているということがある。たとえばイベントに足を運んでくださるお客様が店で買い物をしてくれることや、イベントをきっかけに店のリピーターになることだ。

そのため、「(入場料を取ることで)お客様が来ないと困るから」というイベント主催者側の不安が先に立ち、無料となる。まったく同感だ。私も集客の恐怖はよく知っている。その根底には、具体的なモノを手に入れられないならお金はもらえない、という発想がある(その証拠に、少ないながら行われる有料のイベントは、お土産つきの場合が多い)。

だが、よく考えるとこの発想は変だ。コンサートや映画、著名人の講演は有料なのが普通だが、そこでは情報や経験に値段をつけている。映画が有料だと言って文句を言う人はいないだろう。

なぜ文房具界には情報や経験を売るという発想がないのだろうか?

「情報」を売ったことがない文房具界

思うに、文房具界はモノを売って生きてきた業界だから、情報を売ってきたコンテンツ業界並にとは言わないにしても、情報に価値があることに気づけていないのではないだろうか。

しかし、ネットvsリアルという普遍的な構図の中では、情報や経験の価値こそが鍵を握る。単にモノを売るだけならネットには敵わないからだ。

文房具は実に楽しい。だが、その楽しさの何割かは文房具そのものではなく、その周囲にある、新しい使い方や楽しみ方といった情報・経験なのだ。文房具の楽しさは、文房具というモノを超えていく。だから、店舗やイベントにはお金を払うような価値があるのだと、改めて考えてみるべきだと思うのだ。

【お知らせ】
連載「文具ソムリエール・菅未里の「新しいコンパス」」の掲載場所を変更します。

→ 新しい掲載場所はこちら https://news.mynavi.jp/series/bungu

「介護文具」をご存知ですか?

最近の文房具界では、ノート術である「バレットジャーナル」や勉強術「スタディプランナー」、あるいは「女子」向け文房具が注目されている。だが、その陰で静かに盛り上がっている文房具があることをご存じだろうか。

それは、介護の現場に向けた文房具だ。

なぜ、介護現場で文房具が求められるのか

今の日本では高齢化により要介護者が増加しており、将来的には介護業界が人材不足に陥ると予測されている。そして実は、介護や看護の世界は文房具との関係が強い。

介護業界では、書類仕事が多いわりに電子化が進んでいない施設が多く、紙をよく使う。また、介護・看護の世界に入るための勉強でも筆記用具などの文具需要が大きい。

実際、私に対する介護・看護業界からの取材依頼は多いのだが、これも文房具への需要を反映しているといえるだろう。したがって、文房具業界にとって、介護・看護の世界の人々は重要なクライアントになるのだ。

もちろん、文房具業界もそのことに気づいている。具体例を見てみよう。

介護・看護業界向けの文房具

オフィス用品に強いプラス(PLUS)社は、介護市場向け文具の新ブランド「たすけあ」を2019年2月に立ち上げ、いち早く介護職へアプローチしている。

介護文具のブランド「たすけあ」

同じくPLUSのファイル・バインダー「Pasty smart(パスティ スマート)」、老舗文具メーカー・ゼブラのボールペン「ライトライト」「タプリ ホールドクリップ」も、介護業界に注目して開発された面がある。

「パスティ スマート」はもともと、女子高生をターゲットにしたクリアファイル「パスティ」だった。クリアファイルは売り場で目立つように濃い色のバリエーションが多いのだが、パスティは女子高生に訴求するべく、珍しいパステルカラーを採用したのである。

それが、なぜか病院関係者に人気が出た。PLUSが聞き取り調査をすると、病院の内装はパステルカラーが多いので、色合いが合うためだとわかった。このことを知ったPLUSが、パスティをビジネスパーソン向けにしたパスティ スマートを作ったというわけだ。

ペン先にライトを搭載したゼブラの「ライトライト」は、暗い病院内でも明かりなしで筆記でき、看護師さんにうってつけだ。また、同じくゼブラの「タプリ ホールドクリップ」のクリップには、胸ポケットから落ちにくいギザギザがついているが、これも患者さんを支える際に前傾姿勢になるなど、一般的な企業のビジネスパーソンとは違う動きが多い介護士さんや看護師さんたちの役に立つ。

女性が多い介護・看護業界

文房具業界では「女子文具」がブームだが、このような介護・看護職向け文具もまた、業界が取り組むべき分野に違いない。介護・看護職には女性が多いからだ(たとえば、介護業界で働く人の7割から9割は女性である(※厚労省「社会保障審議会(介護給付費分科会)資料」より)。

彼女たちは介護・看護の現場で役立った文房具を日常的に愛用するだろうし、逆に、日常的に使っている便利な、あるいは素敵な文房具を介護・看護の現場で使うことになるだろう。

企業として利益の面はもちろんのこと、今後ますます介護・看護に対する社会的な要請が拡大することを考えても、文房具業界はここにもっと力を入れるべきだと私は思うのだ。

増える「育児文具」とワンオペ育児の隠れた関係

文具ソムリエール・菅未里の「新しいコンパス」 第3回

増える「育児文具」とワンオペ育児の隠れた関係

2019.03.28

「育児文具」が増えている。

昨年には、学研ステイフルの「kazokutte」やクツワの「metete」(ミテテ、と読む)など、いくつか育児のための文具ブランドが生まれた。どのブランドも、知育を意識した製品を送り出している。

お父さんは無視?

そういうブランドのひとつから開発の様子を伺ったことがあるのだが、いわく、部署をまたいで子持ちのお母さん社員たちによるチームを作り、その意見を参考に製品を作っているという。

なるほど、今なお育児や家事をするのはお母さんであるケースが多いらしいので、適切な人選ではある。総務省の2017年の調査によると、6歳未満の子がいる共働き夫婦における妻の週あたり家事関連時間は6時間5分だが、夫のそれは1時間22分しかない。共働き夫婦でさえこの格差なのだから、専業主婦の家庭では、育児はほぼ完全に妻の仕事になるだろう。

だが、「お父さん」はどこに行ったのか?

主に育児・家事を担う専業主婦だって休日は必要だから、子供を夫に預けて出かけることはあるはずだ。そんなとき、お父さんの手元に残るアイテムが、お母さんだけを意識して作ったものだったら? お母さんから意見を聞いて作った育児文具が、お父さんにとって使いやすいとは限らないはずだ。デザインだって、共用できるものであるかは分からない。

きっとお父さんは困惑するに違いない。育児に苦手意識を持ってしまうかもしれない。

現に、育児グッズの使い方が分からないお父さんが、いちいちお母さんに電話をして質問するケースも見聞きした。これではお互い気が休まらないだろう。

育児文具は素晴らしいものだが、お母さんだけを意識して作ってしまうと、結果的にお父さんを育児から遠ざけ、いわゆる「ワンオペ育児」に拍車をかけてしまわないか、懸念している。

筆記具メーカーパイロットから発売されている「スタイルチョイス03 マルチポーチ」。シンプルな見た目で収納力が高いことから「お父さんバッグ」と呼んでいます(中身は筆者の義兄が実際に子育てで使っているもの)。母親のバッグを都度借りるのではなく、父親専用を作っておくと「引き継ぎ」トラブルなく育児で協力できます

育児文具は、親も育てる

ところで、育児文具とはどんなものかというと、子供が将来身に着けなければいけないこと、たとえば片付け、作文、時間管理などについて、文房具を通して身に着けるものが多い。子供たちは、育児文具を通して能力を身に着けていくのだ。

ならば、「親を育てる文房具」があってはいけない理由はない。育児に苦手意識がある親が、気楽に子育てができるようスキルアップを身に着ける文房具。そんな「育児文具」があってもいいだろう。