「笠原一輝」の記事

笠原一輝

笠原一輝(かさはらかずき)

テクニカルライター

コンピューティング、半導体業界の取材経験が豊富で、多くのIT誌やビジネス誌に記事を寄稿。クラウドからエッジまで幅広い視点で世界中のITの今を追いかけるとともに、JMS(日本モータースポーツ記者会)の会員でもある。
Adobeが巻き起こす「クリエイターデバイス市場」の大激震

Adobeが巻き起こす「クリエイターデバイス市場」の大激震

2018.10.26

Adobeが「iPad向けPhotoshop」をリリースしクリエイターが注目

既存のモバイルアプリは機能制限があったが、今回はフル機能

Adobeが舵を切ったことで生まれる市場の変化とは

Adobeは、10月15日~10月17日の3日間に渡り、同社の主力製品であるサブスクリプション型クリエイターツールの「Creative Cloud」に関する年次イベント「Adobe MAX」を、アメリカ合衆国カリフォルニア州ロサンゼルス市のロサンゼルス・コンベンション・センターで開催した。

この初日にあたる10月15日に行なわれた基調講演の中で、Adobeは「Photoshop CC for iPad」、「Project Gemini」、「Project Aero」と呼ばれる新製品を、2019年に投入することを明らかにした。

この中でAdobeは、同社の新戦略として「マルチデバイス、マルチプラットフォーム」という新戦略を明らかにした。この新戦略は、今までAppleのMacBookシリーズがリードしてきたクリエイター向けのデバイス市場に、激震をもたらす事になる。

最も注目を浴びた「Photoshop CC for iPad」

AdobeのCreative Cloudユーザー向けの年次イベントとして行なわれているAdobe MAXにおいて、Adobeは18年向けのCreative Cloudアプリケーションの各種アップデートと19年に投入する計画の新アプリケーションについて説明を行なった。この中で最も注目されたのは、「Photoshop CC for iPad」と呼ばれる新製品だ。

これまでAdobeは、モバイルアプリ(スマートフォンやタブレット向けのアプリという意味)として、Photoshopのブランドを冠した製品を複数提供してきたが、いずれも機能は限定的で、プロのクリエイターからは"使えない存在"という扱いをされていた。

多くのクリエイターは、作画などにデスクトップアプリ(PC向けのアプリという意味、WindowsやmacOS向けのソフトウェアのこと)の「Photoshop CC」を長年利用しており、レイヤー(層のこと、作画に複数層をもうけることで書き終わった後の編集などを容易にする)、ブラシ(Photoshopではクリエイターが自前のブラシを作成し、それを利用して効率よく作画できるようになっている)といった、Photoshopを特徴付けている機能を必要としている。従来のPhotoshopブランドのモバイルアプリは、そうした機能が搭載されていないか、一部の機能に限定されていたのだ。

レイヤーやブラシなどPhotoshopの主要機能を実装しているPhotoshop CC for iPadの画面

だが、Photoshop CC for iPadは違う。レイヤーやブラシの機能などは皆搭載されており、デスクトップアプリと全く同じように使える。Adobe MAXのデモでは200のレイヤーを使って編集している様子、そして独自のブラシを利用して作画している様子などがデモされ、詰めかけた「Photoshop使い」のクリエイターから拍手喝采を浴びた。

「フル機能モバイルアプリ」実現の背景

AdobeがPhotoshop CC for iPadのようなモバイルアプリケーションに取り組むには、いくつかの背景がある。

1つは、モバイルデバイスの処理能力がここ数年で大きく上がったこと。AppleのiPhone/iPadに搭載されているAシリーズのSoCは、既にノートPCのCPUやGPUに匹敵するような性能を備えつつあり、メモリも4GBなど大容量に強化され始めている。このため、クリエイターがPhotoshopにさせようと考えているような重たい処理でも十分にこなせる性能になりつつある。

iPadでノートPCに匹敵する処理が可能になり、「フル機能」が実現した。

もう1つは、AdobeがCreative Cloudの導入と共に進めてきたクラウドストレージの活用、そしてクラウドを利用した各種サービスの提供というモバイルアプリを必要とするための前提条件が整いつつあることだ。

モバイルデバイスは、デスクトップPCに比べると大容量のストレージを持っていない場合が多く、同時にOS側の制約でローカルにファイルを保存したりしない仕様になっていることも多々ある。このため、ファイルを更新するときには、ファイルサイズが大きくなってしまい、通信費の増大を招きかねない。

AdobeのPhotoshop CC for iPadでは、「クラウドPSD」という新しい仕組みを導入してこの課題をクリアする。Photoshopでは.psdの拡張子が付けられたPSD(Photoshop format、日本語だとPhotoshop形式)ファイルが標準のファイル形式とされている。このPSD形式で保存することで、レイヤーやブラシなどの情報を含めて保存して、他のPCで続きを編集したりすることができる。Photoshop CC for iPadで導入されるクラウドPSDはそうしたレイヤーやブラシの機能を含みながら差分だけを更新することが可能になっており、iPadのようなモバイル機器でも効率の良い取り扱いが可能になる。

Adobeではこうしたクラウドをハブとして、そこにモバイル向けのPhotoshop CC for iPad、デスクトップ向けのPhotoshop CCがぶら下がり相互にやりとりができる仕組みのことを「マルチサーフェス」と呼んでおり、モバイルとデスクトップ、モバイル同士、あるいはデスクトップ同士でシームレスにコンテンツをやりとりできる仕組みを既に構築している。

Adobeの本当の狙いは「モバイルファースト」

このように、モバイル機器の処理能力が向上し、マルチサーフェス戦略によりどのデバイスからでもシームレスにデータにアクセスできる環境が整え終わっているからこそ、Adobeは満を持してPhotoshop CC for iPadを導入できる訳だ。

Adobeの製品面での最高責任者になるAdobe CPO(最高製品責任者) 兼 Creative Cloud担当上席副社長 スコット・ベルスキー氏は、「我々のお客様が欲しがっているモノは、プラットフォームに依存しないということだ」と述べ、Adobeがプラットフォーム(AppleのmacOS/iOS 、GoogleのAndroid、MicrosoftのWindows)に依存しないソフトウェア展開を真剣に検討していると強調した。

このことを素直に解釈すれば、今の時点ではPhotoshop CC for iPadはiPadのみとなっているが、今後はiPhone版も登場するだろうし、Android版もいつかは登場する、そういうことだろう。

これまでPhotoshopのフル機能を使いたいと思っているクリエイターにとっての選択肢はWindowsかmacOSしかなかった。しかし、今後はまずiPad向けにPhotoshop CC for iPadが登場し、将来的にはスマートフォンで使えるようなフル機能のPhotoshopだって登場する可能性がある。

それが何を意味しているのかと言えば、Adobeはデスクトップファーストのクリエイターツールから、今後はモバイルファースト(モバイル優先)でクリエイターツールを提供していく方向に大きく舵を切ったということだ。

もちろん、今すぐデスクトップアプリを廃止する訳ではない。今後も相当な期間、併存していくことになるだろう。だからこそAdobeのメッセージは「マルチデバイス、マルチプラットフォーム」なのだ。

だが、Photoshop CC for iPadがAdobe MAXの最大の発表だったこと、同じくAdobe MAXでデモをした新しいアプリProject GeminiやProject AeroのデモがいずれもiPad版で行なわれたことを考えれば、そこに隠されたメッセージがモバイルファーストであることは明らかだ。

Adobeが舵を切ったことで、市場は大きく変わっていく

こうしてモバイルファーストへとAdobeが舵を切ったことで、クリエイターのデバイス環境はどう変わっていくのだろうか? 1つには、iPad Proのようなタッチとペンが使えるモバイルデバイスへのシフトが発生することは容易に想像ができる。同時に、MicrosoftのSurfaceシリーズのようなiPad Proと同じようにタッチとペンが使える2-in-1デバイスも選択肢になっていくだろう。

Adobe MAXのステージには、Apple ワールドワイドマーケティング担当上級副社長 フィル・シラー氏も登壇し、両社が協力してPhotoshop CC for iPadをアピール。Adobeだけでなく、AppleもiPad Proをクリエイターツールとしていくことに本気だ。

それに対して、トラディショナルなクラムシェル型のノートPCへのニーズは減っていくだろう。AppleのMacBookはiPad Proに代替され、Windowsのクラムシェル型ノートPCは2-in-1型デバイスへと置き換えられていくだろう。クリエイターにとって、その方が生産性は向上するからだ。

これまで、クリエイターのデバイスと言えば、長らくMacBookシリーズが大きなシェアを占めており、その後にWindowsのワークステーションというのが一般的だった。だが、そのクリエイターにツールを提供しているAdobeがモバイルファーストへ大きく舵を切ったことにより、クリエイター向けのデバイスも今後はモバイルへのシフトが進んでいくことになりそうだ。

インテル日本法人にソニー出身の新社長、船出するスズキ丸が直面する課題とは

インテル日本法人にソニー出身の新社長、船出するスズキ丸が直面する課題とは

2018.10.25

半導体大手のインテル、日本法人の次期社長に元ソニーの鈴木国正氏

異例の外部登用となった新社長、成長分野へ事業の転換を担う?

今後は自動車や5G、IoT、データセンターなどPC以外が成長のカギ

半導体メーカーIntelの日本法人となるインテル株式会社(以下IJKK=Intel Japan KK)は、10月24日に東京都内で記者会見を開き、同社の新社長に鈴木国正氏が11月1日から就任することを明らかした。

IJKKの社長は、今年の3月末に前社長となる江田麻季子氏が退任したことが明らかになってから、IntelのEMEA地域の事業部長を務めていたスコット・オーバーソン氏が、暫定的に務めてきた。だが、オーバーソン氏は暫定社長という扱いで、本格的な次期社長をこれまで探してきたというのが経緯となる。

そのIJKKの新社長に就任する鈴木国正氏は、ソニー株式会社でキャリアを積んできた経営者で、最終的にはソニーの携帯電話事業子会社のソニーモバイルコミュニケーションズ株式会社の社長 兼 CEOにまで上り詰めた後、今年の3月にソニーを退職していた。ソニーモバイルでモバイル事業に関わる前には、PlayStation向けのネットワークサービスの立ち上げ、さらに99年~00年代にはソニーのPC事業「VAIO」事業の副本部長、最終的には事業本部長に昇格してVAIO事業をリードするなどしており、その頃は顧客としてIntelに関わってきた。

左から鈴木氏の直接の上司となる米Intelセールス&マーケティング統括本部副社長 兼 グローバル・マーケッツ&パートナーズ 本部長 シャノン・ポーリン氏、インテル株式会社次期社長の鈴木国正氏、インテル株式会社 代表取締役社長 スコット・オーバーソン氏

なぜ内部昇格ではなかったのか、その舞台裏

IJKKの社長が鈴木氏に決まったということを知った時に、筆者が抱いた正直な感想は、「今回は内部昇格ではないのだ」ということにつきる。

というのも、歴代のIJKKの社長は、本社から赴任してきた場合を除き、ほとんどはIJKKからの内部昇格だったからだ。直近の江田麻季子前社長は、IJKKでマーケティング本部長を務めた後、アジアパシフィック地域でマーケティングに従事し、その後IJKKに戻り社長に昇格した。江田氏の前任者になる吉田和正氏も、IJKKで各事業部の事業本部長などを経験した後、IJKKの社長に昇格した。それ以前の傳田信行氏、西岡郁夫氏なども、いずれもIJKKの内部からの昇格となっており、暫定的に本社の副社長が務めていた時期を除けばほとんどが内部昇格で社長を出しているのが同社の歴史だ。

なぜ今回は内部昇格ではないかと言えば、江田麻季子前社長の退任がIntelにとって想定外の事態だったからだと考えることができる。江田氏の退任理由は明らかにされていないので詳細は不明だが、これまでの社長交代時は慣例として、前任者と後任者がそろって記者会見に臨んでいたことを考えれば、Intelにとって後任者も決まらない中での社長交代劇は「想定外」だったと言っていいだろう。

江田氏が社長になった後、江田氏と同じ時期に社長候補だと考えられていた二人の副社長は相次いでIJKKを去っている。つまり、幹部の世代交代がこの時に方針として決まったため、他の候補者は社を去ったのだと考えられる。そして、江田氏が社長の間に社内から後任者を決め昇格させ、円滑な世代交代が進められるはずだったが、そのシナリオは江田氏の突然の退任ですべて狂ってしまった、そう考えることができるだろう。

そこで、社外から社長が招請されることが決まり、その人材として、ソニーの幹部の一人として経営経験も豊富な鈴木氏が次期社長として選ばれた、そういうことだろう。今後は、「次の次」を見据えた人事もどこかのタイミングで行なわれることになると見る。

日本でPC事業の強化が一筋縄ではいかなくなる理由

新社長は荒波に向かうことになる?

これまで、IJKKの存在価値は日本のOEMメーカーを手厚くサポートし、鈴木氏がいたソニーVAIOがそうであったように、世界でも注目されるユニークでイノベーティブな製品の販売につなげるというところにあった。そこが本社からも評価されてきたのだが、その状況は大きく変わりつつある。というのも、日本からグローバル市場向けPCを大規模に販売するメーカーが事実上なくなりつつあるからだ。そうした中で鈴木新社長は、これまでは調達先として関わってきたIJKKの中に落下傘社長として舞い降りることになる。与えられることになる課題は決して簡単ではない。

Intelの地域子会社の売り上げのカウントは、その地域に存在するOEMメーカーがどれだけCPUを買ってくれたのかで決まってくる。例えば、DellやHPのようにグローバルにビジネスを行なっているPCメーカーが、IntelからCPUを買ってPCを製造して、日本で100万台を売ったとする。その売り上げはIJKKにつくのかというと、そんなことはなくて、米国本社の売り上げになる。同じように、AcerやASUSなどの台湾メーカーが日本でPCを売ったとしても、台湾Intelの売り上げとしてカウントされ、IJKKの売り上げにならない。

では、日本のPCメーカーにCPUを売ればいいではないかということになると思うが、問題は、実質的にグローバルに大規模にPCを販売する日本のPCメーカーというのが既になくなりつつあることだ。NEC PCと富士通クライアントコンピューティング(FCCL)は既にLenovoの傘下になっており、今のところ両社とも売り上げはIJKKにカウントされているが、どこかのタイミングでそれがLenovoに切り替わって、中国Intelにカウントされるようになってもおかしくない。そして日本のメーカーの中では最大シェアを誇っていた東芝クライアントソリューションも、現在はシャープの子会社、もっと言えばその親会社の台湾ホンハイ社の孫会社となっている。今後それが台湾Intelへ移行してもおかしくない。

日本のPC市場は10年代前半の年間1,500万台からは減って年間1,000万台という市場に縮小しているが、それでも1千万台の市場があり、ボリュームとしては決して小さくはないが、今後それが劇的に増えると予想する人はいないし、日本の大手PCメーカーというものがなくなっていくことで、IJKKの役割は日本独自のOEMメーカーのテクニカルサポートという従来の役割から、徐々に変わっていくことにならざるを得ない。つまりIJKKにとってPCビジネスは既に成長市場ではないということだ。

自動車や5G、IoTなどの新分野を増やすことが課題に

このため、今後IJKKにとって重要になってくるのは、PC以外の分野への売り込みだ。特に、日本に残された最後の巨大コンシューマ向け製造業とされている自動車向け半導体の販売は、IJKKにとってもこれから最重要な分野になる可能性が高い。

自動車メーカーは単に車に搭載されるエッジ向けの半導体だけでなく、自社で設置するデータセンターなどにも多大な投資を行なっている。言うまでもなく自動運転は、自動車単体では実現できず、自動車メーカーが設置するデータセンターにあるコンピューティングリソースと協調しながら運行されるからだ。

また、今後は自動車メーカーが通信キャリアの基地局近くに設置していくエッジサーバーなどでも新しいビジネスチャンスがあると考えられる。既にIJKKはトヨタ自動車と協力して、エッジサーバーの規格を提案する取り組みを行なうなどしており、次のステップに向けて自動車メーカーとの協業を強化している。そうした取り組みを強化して、自動車メーカーとの取引を拡大できるか、それがIJKKの生き残りにとって重要な鍵となるだろう。

これ以外にも、5Gソリューション、そして自動車以外のIoT、さらには現在のIntelの稼ぎ頭であるデータセンター事業など、PC以外の事業がこれからのIJKKにとっては重要分野となっていくはずだ。こうしたビジネス環境の中で、鈴木氏がどのようにIJKKの舵取りをしていくのか、その手腕に注目が集まることになる。

VRの「ミライ」を垣間見せるOculus Go/Quest

VRの「ミライ」を垣間見せるOculus Go/Quest

2018.10.16

一口にVR HMDと言っても主に2種類存在する

中でも、PC不要で簡単に使えるオールインワン型が注目の的

オールインワン型人気を牽引するOculus Go/Questについて解説

Facebook傘下のVR HMDメーカーのOculusが自社イベント「Oculus Connect 5」で、同社の最新型VR HMDのOculus Questを発表した。

Oculusは昨年発表したOculus Goも好調で、従来のPCユーザー向けのVR HMD「Oculus Rift」では取り込めていなかったユーザー層の取り込みに成功している。それはなぜなのだろうか?

2つの種類があるVR HMD

VRを利用するために必要なハードウェアと言えば、言うまでもなくVR HMD(Virtual Reality Head Mount Display)だろう。VR HMDは、内部に2枚ないしは1枚のディスプレイパネルが入っており、被った人の目の前に来るレンズに投映することで、まるで人間に自分の周囲に仮想現実(VR)があるような視覚的錯覚を与え、高い没入感でコンテンツを楽しむことができる機器のことだ。

このVR HMD、外から見るとどれも同じゴツいメガネに見えるかもしれないが、実際には仕組みや構造などから2つの種類に分けることができる。1つは単体型で、もう1つがオールインワン型となる。

前者の代表例はHTCから販売されているVIVE(ヴァイブ)シリーズ、Oculus(オキュラス)から販売されているOculus Riftなどがこれに該当する。これらの単体型HMDは、それ自体はディスプレイになっており、そこにコンテンツを表示させるには、PCなどの外部コンピュータが必要になる。

HTC VIVE

そしてもう1つが、Oculusが先日発表したOculus Quest、そして現在も販売しているOculus Goのような製品。さらにはスマートフォンメーカーが販売していた、内部にスマートフォンをセットしてそのディスプレイを利用してコンテンツを表示する、Samsung ElectronicsのGearVRのような製品もこれに該当する。

こちらの特徴はVIVEシリーズやOculus Riftシリーズのような、外部にPCのようなコンピュータを必要としないこと。VRを楽しむのに必要なデバイスが、すべてVR HMDに内蔵されている形になる(だからオールインワンなのだ)。

単体型とオールインワン型、最大の違いは

シンプルにユーザーの視点でこの2つの方式の違いは何かと言えば、それはケーブルの有無だ。HTC VIVEやOculus Riftなどの単体型VR HMDでは、それ単体ではコンテンツを描画したりする機能を持っていないので、必ずPCなどのコンテンツを再生する機器を接続する必要がある。

また、こうした単体型VR HMDでは、ユーザーが装着しているHMDの位置を、外部におかれている赤外線のモーションセンサーで認識する必要がある。このため、センサーを設置する場所が必要になるほか、ユーザーが動ける位置はそのセンサーが感知できる範囲内という制限がある。

もう1つの制約は、利用するPCの性能が高い必要がある点だ。例えば、Oculus Riftの場合は、奨励環境ではPCにNVIDIAのGeForce GTX 1060ないしはAMD Radeon RX 480以上という、GPU(グラフィックスの描画を行なう半導体のこと)を搭載している必要がある。一般的なビジネス向けのPCでは、IntelのCPUなどに内蔵しているGPUしか内蔵していないことが多いため、そのままではVR HMD用のPCとしては利用することが難しい。そこで、PCもゲーミングPCと呼ばれる性能が高いGPUを搭載している必要があるのだ。

なぜそうした高性能なGPUが必要かと言うと、単体型VR HMDに内蔵されているディスプレイの解像度が高いからだ。例えば、HTC VIVEシリーズの最新製品となるHTC VIVE Proに内蔵されているディスプレイの解像度は2,880×1,600ドットになっており、リフレッシュレートと呼ばれる画面をリフレッシュするタイミングは90Hz(1秒間に90回)になっている。多大な数の画素数を1秒間に90回もリフレッシュするので、GPUにかかる演算量は膨大になってしまうため、高速なGPUが必要なのだ。

性能が足りないとどうなるかというと、リフレッシュする回数を減らしたり、描画しなければいけないところを端折ったりして対応するのだが、そうするとユーザーの目にはその端折ったところが不自然に感じたりして、いわゆる「VR酔い」と呼ばれる乗り物酔いと同じような症状が起きる可能性がある。それを避けるためにも、高性能なGPUを利用したPCは必須なのだ。

低価格なオールインワン型・Oculus Goが大人気に

そうした単体型HMDに対するオールインワン型のメリットは、PCや外部モーションセンサーといった外部機器と接続する必要がなく、そうした機能もすべてVR HMDの中に入っていることだ。多くのオールインワン型VR HMDはバッテリーも内蔵しており、すべてワイヤレスで利用することができる。

これまで、オールインワン型の多くは、スマートフォンを内部にセットしてそれをディスプレイや描画装置として使うという形になっていた。Samsung ElectronicsのGearVRがその代表例で、低コストにVR HMDを実現する方法として、コストパフォーマンスを重視する一般消費者に受け入れられてきた。

一歩進めて、最初からスマートフォン相当の機能を内蔵することはできないか?とソリューションを開発してきたのが、スマートフォン向けに半導体を提供している半導体メーカーのQualcommだ。Qualcommは数年前からそうしたソリューションを同社の顧客に対して提案してきた。それが実際の製品として発売されたのが、Oculus Goだ。

Oculus Go

Oculus Goの特徴はオールインワン型のボディに低価格を実現できるLCDパネル、スマートフォンにも使われているQualcommのSnapdragon 821という半導体やバッテリーが内蔵されており、OSもAndroid OSベースとなっている。

つまり、スマートフォンの機能がそのままVR HMDになった、という点にある。かつ価格はストレージが32GBのモデルが2万3,800円(税別)、64GBのモデルが2万9,800円(同)という、従来のVR HMDに比べて圧倒的な低価格が実現されいる。

例えば、Oculus Riftを利用することを考えると、HMDだけで5万円(同)が必要で、さらにゲーミングPCのようなハイエンドの高価なPCが必要になる(多くの場合は10万円台後半~20万円台)。それに対して、上位モデルでも3万円を切った価格を実現したため、カジュアルユーザーやスマートフォンユーザーなどに大受けしてヒット商品になった。

Oculus Goのセンサーを高度化した新製品、来年発売

そして、そのOculus Goの上位版としてOculusが自社イベント「Oculus Connect 5」で発表したのが、Oculus Questだ。

Oculus Quest

Oculus Questは単体型VR HMDに採用されているような高解像度なディスプレイを採用しており、最大の違いはHMDの動きを検出する機能が、Oculus Goでの3DoFから、Oculus Questではより自由度の高い6DoFへと強化されていることだ。

非常に単純化して言うと、Oculus Goの3DoFではせいぜい頭の回転の程度の動きしか検出できないのに対して、Oculus Questの6DoFでは回転に加えて、傾きや前後左右の動きを検知することができる。これにより例えばVRのゲームをプレイするときに、動きの自由度が圧倒的に向上することになる。

Oculus Questではコンテンツを再生するための半導体も強化されている。Snapdragon 835というSnapdragon 821の1世代後の製品で、処理能力や描画性能が大きく向上している。ただし、ゲーミングPCに内蔵されているようなGPUに比べると性能は劣るため、コンテンツの再現力などではまだ差があるが、それはケーブルがないことの自由度とのトレードオフだと言えるだろう。

コンテンツの再現力などの点では単体型に譲るのは事実だが、ただHMDを被るだけで自由に仮想空間を動き回ることができるオールインワン型は、使い勝手の点でも、わかりやすさという意味でも、一般消費者には魅力的な商品と映る。

今後はOculus GoやOculus Questのようなオールインワン型VR HMDが普及していくことはほぼ間違いのない状況だと考えられている。今後は他社もそれを追いかけるような商品を投入しだして、本格的なVR時代がやってくることになるのではないだろうか。