「田中省伍」の記事

田中省伍

田中省伍(たなかしょうご)

NewsInsight 編集・記者

テクノロジー、スマホ、シェアリングエコノミー、コミュニティ、若者の働き方などに注目しています。
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コーヒーには”生産性を高める飲み方”がある? 専門家に聞いてきた

コーヒーには”生産性を高める飲み方”がある? 専門家に聞いてきた

2019.01.18

コーヒーで仕事のパフォーマンスを上げる方法って?

昼寝の効果を高める「コーヒーナップ」で生産性向上へ

適切なコーヒー習慣が「働き方改革」につながる理由とは

とりあえず、この記事はコーヒーでも飲みながら読んで欲しい。さて、読者のみなさんは、1日に何杯のコーヒーを飲むだろうか。

筆者は毎日、会社に来てすぐ、昼食後、そして夕方と3杯のコーヒーを飲む。そんな生活が何年も当たり前になっているのだが、果たしてこれは適切な量なのだろうか。ふと疑問に思い、専門家の意見が聞いてみたくなった。

まずは会社の「ネスカフェ」が目に留まったので、ネスレ日本に取材を打診してみたところ、「それならば」と、『カフェインの科学』なる著書を出している、医学博士の栗原久先生を紹介してもらうことに。早速お会いすると、先生から「コーヒー習慣」に関する多くの興味深い話を伺えたので、その様子をお届けしたい。

長年人類を支えてきたコーヒー

――今日はよろしくお願いします。早速ですが、私はここ数年間、毎日3杯ほどコーヒーを飲んでいます。もしかすると、これは飲みすぎで、体に悪い影響があるのではと思ったのですが……

栗原久氏(以下、栗原):いえいえ、そんなことはありませんよ。むしろそれは好ましいこととも言えるでしょう。コーヒーは仕事のパフォーマンス向上、かつ健康促進に寄与するものなのです。

栗原久 元東京福祉大学教授、医学博士。NPO法人 国際エコヘルス研究会副理事長・赤城自然塾理事。1996年日本神経精神薬理学会学術賞。著書に『カフェインの科学~コーヒー、茶、チョコレートの薬理作用』など

――安心しました。ところで、コーヒーが仕事のパフォーマンス向上に寄与するとはどういうことですか?

栗原:コーヒーに含まれるカフェインは中枢神経系を刺激し、脳を興奮させる作用があります。脳は常に100% の活動状態を保っている訳ではなく、時間によってパフォーマンスが変動するものなのです。コーヒーを適切なタイミングで飲むことで、上手に脳のパフォーマンスの変動をコントロールすることができれば、仕事の生産性向上につなげることが可能でしょう。

――「上手にコーヒーを使うこと」が仕事のパフォーマンスに影響するかもしれない

栗原:人類とコーヒーの出会いはとても古く、おそらく何千年も昔のことでしょう。そもそも我々人類は遥か昔、空腹をしのぐために、片っ端からさまざまな食材を試してきました。植物でも動物でも、口にできるものは一通り食べてきたことでしょう。その中で、コーヒー豆に含まれるカフェインを摂ったときに、脳の疲労が和らぐということを発見したのです。

そこから、座禅を組むとき、お祈りをするとき、夜間に作業をするとき、カフェインを意図的に摂取するようになった。さらには昼の作業時にもカフェインを摂るようになり、そうした流れが現代にも続いているのです。

――昔から人類はカフェインと上手に付き合ってきたのですね

栗原:はい。ただし、日本人にとってはそれが「お茶」でしたが。お茶は遣唐使、遣隋使あたりから入ってきた文化でしょう。その後、禅宗の普及と時期を同じくして、お茶は日本で広く普及しました。古くは嵯峨天皇(さがてんのう:第52代天皇。786年~842年)の時代に、京都で茶葉を栽培し、それが今の宇治茶の元だとも言われています。

本格的に日本にコーヒーが根付いたのは明治時代に入ってからのことです。江戸時代に、オランダとの交易でコーヒーの知識が入ってきて、長崎で初めて日本人がコーヒーを飲んだという記録が残っています。

余程のことがないと「カフェイン中毒」にはならない

――しかし、脳の活動に作用するコーヒーを摂取し続けると、悪影響を及ぼす可能性もあるのではないでしょうか? 「コーヒーを大量に飲むと、カフェイン中毒になる」と聞いたこともあります

栗原:確かに、「カフェイン中毒」というものは存在します。しかし、それは量的な問題です。疲れて集中力が落ち、パフォーマンスが低下してきたと感じたときに適切な量のコーヒーを飲む、つまりはカフェインを摂取するということは問題ではありません。

しかし、カフェインを過剰摂取しすぎると、脳が興奮しすぎて、手が震えてしまう、不安になってしまうといったの症状が出ることもあり、決して身体には良くありません。ちなみに、EFSA(欧州食品安全機関)はカフェイン摂取の安全性について、「1日400mg、一度に摂取する場合は200mgまでは特に問題はない」(コーヒー一杯140mlに含まれるカフェイン量は80mg程度)としています。

最近は気軽に多くのカフェインを摂取できる缶コーヒーやエナジードリンクも登場しているため、注意も必要でしょう。

カフェインを含むコーヒーやお茶などは本来、苦みや渋みがあり、「大人の飲み物」だったのですが、缶コーヒーやエナジードリンクなどではそこに甘味をつけ、苦みや渋みを感じさせないような味づくりがされています。そのため、子どもでも簡単に多く飲めてしまいます。大人と子どもでは、健康に悪影響を及ぼすカフェイン摂取量が異なるため、思わずカフェインを多量摂取してしまう可能性もあります。

脳の仕組みを知って、コーヒーと上手に付き合う

――仕事のパフォーマンスを向上させるための「適切なコーヒーとの付き合い方」について聞きたいのですが、先生はどのようなタイミングでコーヒーを飲んでいるんですか?

栗原:コーヒーの適度な飲用量は一日3~5杯程度と言われています。私はまず、朝に飲みます。人間の脳は睡眠で回復しますが、起きてすぐに100% 活動しているわけではありません。朝起きて、「もうちょっと寝たいな」と思うことがあるでしょう? そこで、脳の活動量を上げるために朝に1杯のコーヒーを飲む、というのが非常に効果的なんです。

カフェインの半減期は約4時間なので、脳のパフォーマンスが高い朝に飲み、その4時間後のお昼休み、さらにはそこから4時間後の15時、16時ころにコーヒーを飲めば、常に脳のパフォーマンスが高いまま、仕事ができるはずです。

……ところで田中さん(筆者)は今朝、夢を見ましたか?

――えっと、確か見たような気がします

栗原:夢を見ている最中に目を覚ましましたか?

――いえ、起きたときに夢を憶えていただけで、夢の途中で起きたわけではなかったと思います

栗原:実は、「夢を見ている最中に目覚める」ということは、睡眠の理想的な形なんです。夢は、身体が休息状態にある一方で、脳が活動して覚醒状態にある「レム睡眠」の状態に見るものです。

睡眠時、人の脳は90分周期でレム睡眠と、脳が休息状態にある「ノンレム睡眠」を繰り返しているのですが、レム睡眠時で起きると、脳の活性につながるホルモン「コルチゾール」の量が多いことが分かっています。コルチゾールの量は、起床時に多く、そこから下がっていく傾向があります。

――では、それに伴い脳の活動が落ちていくのですね

栗原:そうです。そこで、脳の活動が落ちていく時間に合わせてコーヒーを飲めば、その活動低下スピードを落とすことができるのです。

ちなみにこの90分周期の脳の動きは、起きている時間にも続いています。だからこそ、90分の間隔に合わせて適切な休憩をとるのが理想的です。8時半から仕事をする人は、10時に休んで、昼休んで、15時ころに休む、といったように適切なタイミングで脳を休ませることが、仕事の効率化につながると考えています。

パフォーマンス向上には「コーヒー×昼寝」が有効

――自分の脳の働きを理解し、適切な休みをとることができれば、仕事のパフォーマンスを上げられそうです

栗原:お昼に眠くなってしまう、というのも脳の活動が原因です。例えば保育園って、昼寝の時間が用意されてるじゃないですか。あれは脳の活動周期が影響しており、あの時間帯にどうしても眠くなってしまうんです。

特に子供の場合は顕著ですが、我々のような成人でも昼に一度脳の活動は低下します。スペインなどのように、昼食後に「シエスタ」と呼ばれる休憩をとる国もあります。

――日本でも先進企業などで、業務時間に「昼寝」を取り入れたところ生産性が増したという話を聞いたことがあります。そういえば、ネスレさんも「シエスタ」に似た取り組みを行っているそうですね

今回、栗原先生を紹介してくれたネスレ日本 ウエルネスコミュニケーション室の福島洋一室長。取材にも同席してくれました

福島洋一氏(以下、福島):短く浅い昼寝は爽快感を生み、集中力の向上に役立つことが既に知られています。ネスレ日本の社内ではこれにコーヒーを組み合わせ、午後のパフォーマンス向上に役立てることを目指す、「コーヒーナップ」という取り組みを実施しています。

カフェインが脳に作用するピークは、摂取後20~30分後なので、コーヒーを飲んでから20分仮眠をとり、そこで目覚めれば脳の活動レベルが高い状態で仕事に戻ることができます。カフェインは集中力を持続させますので、コーヒーナップはただ昼寝をするだけよりも効果が高いのです。

神戸市の本社には、従業員のコーヒーナップ用の仮眠室を作りました。東京の拠点である天王洲オフィスでも、仮眠スペースの設置を試しています。

ネスレ日本 神戸本社に設置されている仮眠室。……うらやましい。編集部にも取り入れてほしい……

コーヒー1杯から始められる「働き方改革」

――「働き方改革」が話題ですが、コーヒーと上手く付き合うことによって、この問題を少しでも良い方向に進められるかもしれませんね

栗原:はい。人間は、働く中で良くも悪くも多くのストレスを抱えています。これは人に限らず、生物は「不安」が大きいと目先のチャンスへの踏み込みに躊躇してしまう傾向があります。

ある研究の話をしましょう。

空腹のネズミに餌を差し出し、ネズミがその餌をとろうとしたら、軽く電気ショックを与えます。そうすると、ネズミは空腹よりも不安が先立ち餌をとらなくなります。しかし、そのネズミに「抗不安薬」を与えると電気ショックを気にせずに餌をとって食べるようになりました。

これは極端な例ですが、実は臨床でも同様の結果が得られます。葛藤状態にある人の不安を取り除くことができれば、リスクを恐れずにチャンスに挑戦できるようになるのです。

カフェインの摂取量をコントロールすれば、抗不安薬と同様の効果が得られます。いつだって挑戦は人間の性。カフェインと上手く付き合うことができれば、仕事の効率を上げることができるほか、“新たな挑戦にもつなげられる”可能性があるんです。

***

「ちょっとコーヒーを飲みすぎかな」という疑問が、まさか「働き方改革」の話につながるとは思わなかった。

ちなみにネスレ日本の社員は、日本人平均の2倍以上に相当する、1日3杯以上のコーヒーを飲むそうだが、血圧やHDL-C(善玉コレステロール)、HbA1c(糖尿病リスクの指標)の正常者比率は高いのだとか。これは、コーヒーに多く含まれる「ポリフェノール」が影響しているという。他にも、適切なコーヒー摂取が脳卒中や糖尿病のリスクを下げるという研究もあるそうだ。

上手に付き合えば、脳のパフォーマンスを高いままに維持でき、健康にもつなげることができる――、普段何気なく飲んでいたコーヒーは、心強い仕事のパートナーだった。

携帯3社、「2年縛り」の解約期間を3か月に延長へ

携帯3社、「2年縛り」の解約期間を3か月に延長へ

2019.01.17

携帯電話の「2年縛り」、解約期間が2か月から3か月に延長

契約期間の最後の月(24か月目)での解約金が不要に

携帯電話3社(NTTドコモ、KDDI、ソフトバンク)は、2年間の利用を条件に基本料金を割り引く「2年縛り」契約について、契約解除料がかからない更新期間を2か月から3か月に延長すると発表した。

これによって、従来の25か月目、26か月目に加え、新たに契約期間の最後の月(24か月目)でも、解約金の約1万円を支払う必要なく、契約を解除できるようになる。変更日は2019年3月1日から。

契約解除料の免除期間に、「24か月目」が追加される。例えば、2019年3月に契約期間満了月を迎えるの2年契約のユーザーは、2019年3~5月が契約更新期間になる (ソフトバンクニュースリリース)

1月16日にKDDI(au)とNTTドコモが、遅れて17日にソフトバンクが同様の内容を発表。17日に行われた第6回の有識者会議「モバイル市場の競争環境に関する研究会」に合わせて、携帯各社の発表が揃う形になった。

2018年8月、菅官房長官が携帯電話料金の値下げに言及して以降、携帯電話各社は、通信料金と端末代金を完全分離した「分離プラン」の導入や、4年間の割賦を前提とした買い方プログラムの見直しなど、各種料金プランの変更を繰り返していた。

2019年には新規参入の楽天、2〜4割程度料金プランを値下げする方針を明言したNTTドコモによる新料金プランの発表が控えている。今後の携帯業界の動向にも注目したい。

元劇団四季俳優が、徳川伝説の巨船「安宅丸」を復活させるまで

元劇団四季俳優が、徳川伝説の巨船「安宅丸」を復活させるまで

2019.01.10

東京湾に浮かぶ朱色の舟「安宅丸」復活秘話

仕掛人は、元劇団四季俳優?

時間と空間のプロデュース、カギは「ディズニーと茶室」にあり

運がいいとディズニーランドの花火も見えるんです――。

日の出桟橋から東京湾を遊覧する人気の御座船「安宅丸(あたけまる)」にて、“演出”を担当する森健太郎氏はこう語る。都会の喧騒を忘れて東京湾を優雅に航行することのできるこのクルーズ船は、江戸時代に日本一の帆船と言われた「安宅丸」をモチーフに開発され、現代に蘇った。

日の出桟橋に着港する御座船「安宅丸」

忘年会や新年会など、さまざまなイベントで引っ張りだこなこの船を盛り上げるのが、森氏が演出を手掛ける、飲食と演劇が合わさった「宴」だ。驚いたことに、同氏は元々「劇団四季」の俳優だったそう。俳優の憧れの舞台を離れ、今こうして安宅丸のプロデュースをするに至ったのは何故なのか。実際に船に乗り、その魅力を味わいながら話を聞いた。

森健太郎氏。劇団四季出身、ライオンキングやアイーダなどに出演する。2012年退団後、アートカンパニーピエロを設立。2013年に株式会社オフィスピエロを設立し、代表取締役に就任。東京湾御座船安宅丸の演出を担当している

元劇団四季の俳優が「宴」をプロデュースするに至るまで

――今日はよろしくお願いします。非常に豪華な船ですね

森健太郎氏(以下、森):ありがとうございます。安宅丸での「宴」を楽しんでください。

乗船すると、「千と千尋の神隠し」の「油屋」のような光景が広がる

――森さんは以前、劇団四季の俳優だったと聞きました

森:はい。2005年から2012年まで在団していました。退団後、独立をして企画制作の仕事を行う中で、偶然出会ったこの船の演出を手掛けるようになったんです。

――劇団四季から独立したのはなぜですか?

森:色々と理由はありますが、「俳優が活躍できる新たなマーケットを作りたい」と思ったのが大きな理由の一つです。

演劇のマーケットは他のマーケットと比べると小さいんです。そのため、俳優がステージに出ながら食べていくということは難しく、技術や想いがあってもなかなか活躍の場がありません。

そこで、どうすれば俳優が活躍できる場所を作れるか考えました。劇場で勝負しても、すでにある市場を食い合うだけで俳優の救済にはつながらないので、それならばと「大衆が演劇に触れる機会を増やす新しい方法」を考えました。その一つが、この「宴」というわけです。

――俳優にとっては新たな活躍できる場所ができ、普段劇場に足を運ばない人にとっては、クルージングをして食事を楽しみながら、気軽に演劇に触れられる場所になる――、win-winな形ですね

安宅丸では、「WAGAKU」と呼ばれる役者が宴を盛り上げる。毎回3人の役者が出演し、中には劇団四季を退団後この船に携わる人もいるそうだ

多額の借金から始まった、安宅丸の厳しい船出

――安宅丸のプロデュースを始めたのはいつからですか?

森:2014年からです。初めて安宅丸に出会ったのは2013年のことで、この船に出会ったときには一目惚れしましたね。「ここなら俳優を使った新たなマーケットを作れる! 」と。その後、船の運営会社(両備ホールディングス)と何度も交渉を重ね、今のような運営形態をとることになりました。

交渉を重ねる中で、船の会社にイメージを伝えるためにプレゼン公演という形で、単発イベントも行いました。もちろん知名度も何もないので、最初は小劇団のように、知り合いに声をかけて来てもらうところから始まったのですが、そのイベントを好評で終えることができ、手ごたえを感じました。

――では、初めから順風満帆だったのでしょうか?

森:いえ、現在で運営開始から4年が経過しているのですが、初めはとにかく大変でした。プロデュースを始めて3カ月が経ったころには、1000万円ほどの借金を背負ってしまいました。

――!!! 1000万円ですか……

森:起業をする上で1000万円という額はそこまで驚かれないかもしれませんが、演劇というビジネスを行う中では驚きでした。当時は苦労しましたね(笑)。

左が両備グループ代表 兼 CEO 小嶋光信氏、右が水戸岡鋭治氏(画像は内装リニューアル後に行われたメディア向けクルーズ体験時のもの)

でもそれから、少しずつサービスの改良を重ね、徐々にお客さんも増やすことができました。元々、この船の内装も今のものとは全然違ったんですよ。今の内装は2017年に作られたもので、JR九州の「ななつ星」をデザインした、インダストリアルデザイナーの水戸岡鋭治さんに手掛けて頂いたものです。

ほかにも、かつてシャッター街同様だった場所をプロデュースし「恵比寿横丁」として復活させた、浜倉的商店製作所ともタッグを組みました。そういった多くの人たちの協力もあり、徐々に多くのお客様に足を運んでいただけるようになりました。

――乗船客はどういった方が多いのでしょうか?

森:日本人と外国の方で、半々くらいといった感じです。さらに人気を爆発させるには、インバウンドの取り込みがもっと必要になるかと思っています。また、企業が懇親会のために利用する、というパターンも多いですね。メインのステージの部屋が108席、別室にはビップ席も用意していて、総席数は188席あります。リピーターになってくれる人も増えてきて、中には1年間で100回以上乗ってくれた方もいらっしゃいました。

船の外に出ると、東京湾の夜景が広がる。日の出桟橋から出航してしばらくすると、レインボーブリッジや東京タワーも見ることができる

演出の根幹は「ディズニーと茶室」

――安宅丸に一目惚れしたのはなぜですか?

森:元々、時間と空間の演出をしたいと思っていて、例えるならば、『ディズニーランド』のような空間を作りたかったんです。駅を降りたところから夢の国が広がる――。そういう、“入口から出口まで一貫した世界観”を演出したいと考えていた中で、初めて安宅丸を見たときにこの船で『千と千尋の神隠し』のような世界を作りたいと思ったんです。「ここなら、自分の描く時間と空間の演出ができるぞ! 」と確信した瞬間でした。

――確かに、船に入った瞬間から、乗船する前と見える景色、周りの雰囲気が一気に変わったのが印象的でした

森:安宅丸では、お出迎えの瞬間から演出された空間が広がるように努めています。役者もホールスタッフも巻き込み、もちろん「飲食」にも力を入れて、乗船した瞬間から日常とは異なる体験をしてもらえるようにしています。

食事は、いくつかのコースから選ぶことが可能だ (安宅丸 Facebookページより)

森:今は、スマートフォンさえあれば、無料で気軽にいろいろなサービスを受けられる時代です。当然、スマートフォンの利用者は多く、アプリ・サービスを開発している企業も多い。そこにはとても大きなマーケットが形成されています。一方、僕たちが提供しているものは、「人のコミュニケーション」によって生まれる価値です。

当然、ITの世界と比較するとマーケットは小さいです。無料でさまざまなサービスを受けられる時代、モノに溢れている時代に、たった1.5時間~2時間という短い時間で、お客様を満足させる必要があるからこそ、パフォーマンスのみならず「時間と空間の演出」が重要なんです。この考え方に至るには、ディズニーランドのほかに、「茶室」に影響を受けました。

――茶室?

森:茶室は「非現実」の空間を作るために、さまざまな工夫を凝らしているんです。待合室に入り、そこから造りこまれた庭を通って、躙口(にじりぐち)と呼ばれる、低い入口から茶室へと入る――。茶室に入るまでの行動を演出することで、緩やかに日常から、非日常へと誘うのです。

限られた時間の中で、食事や演劇をただ楽しんでもらうだけではなく、その前後の時間も演出することによって、より満足度を高めたい。朝起きたときからワクワクして、駅を降りたところから楽しめるような世界を作りたい。そんな演出を実現するために、ディズニーと茶室のエッセンスを取り入れたんです。

森さんオススメのシャッターチャンスは東京ゲートブリッジを抜け、船が折り返したこの瞬間。恐竜が向かい合っているような特異な形状をしている事から「恐竜橋」とも呼ばれるこの橋の全景を見ることができるスポットだ

「生産性の先」にある感動を目指して

――人気が右肩上がりの安宅丸ですが、今後はどういったことに取り組んでいく予定なのでしょうか?

森:例えるならば、「サグラダファミリア」のようなものを作り続けていきたい、と思っています。まだ足りぬ 踊り踊りて あの世まで――、とは、歌舞伎役者の六代目 尾上菊五郎さんの言葉ですが、これが僕には非常に印象的でして。「芸」に終わりはなく、一つ課題を乗り越えると、さらに違うものが見えてくるもの。それを一つずつ超えた先により大きな感動が生まれ、その取り組みの精神性そのものもまた、新たな感動を生むと思っています。

安宅丸にはまだまだ伸びしろがあります。段階を踏みながら、少しずつサービスの質を上げていき、より多くの人を感動させられるような空間を作っていきたいですね。

――また時間をおいて、安宅丸に乗船するのが楽しみです。貴重な話をありがとうございました

クルージングの最後は、WAGAKUによる歌や舞を楽しめる

***

数百年の時を越えて現代に蘇った「安宅丸」。森氏の話を聞き、その人気の秘訣は「生産性の先に生まれる感動」にあると感じた。

「僕らの業界は生産性が非常に低いと思っています。ビジネスの仕組みという意味では生産効率を上げる努力はしなくてはいけません。一方で生産性を越えたところに大きな価値が生まれ、そこに人は感動すると思うんです。終わりのない非生産的な探求。そこを追い続けていきたいですね」(森氏)

一瞬で世界中の人々とコミュニケーションをとれるITの世界と比べると、クローズなコミュニケーションが求められる演劇や飲食というマーケットは必然的に小さくなる。しかし、そこには単なる「効率の良さ」や「生産性の高さ」では測れない、血の通った人間だからこそ生み出すことのできる感動がある。

そこに価値を見出し、多くの人を魅了するコンテンツを創り上げるのは、「元俳優」という経験を持つ森氏だからこそできることだろう。同氏が「空間演出」を手掛けるのは、安宅丸に限らない。今後の安宅丸の動向はもちろん、森氏が仕掛ける、次の一手にも期待が膨らむ。