「栗原景」の記事

栗原景

JR東海の格安フリーきっぷは単なる「鉄道ファン向け」ではない!?

JR東海の格安フリーきっぷは単なる「鉄道ファン向け」ではない!?

2019.01.08

私鉄とも連携したフリーきっぷを販売するJR東海

JR東海の広報力に期待する沿線の私鉄企業の思惑

家族三代の「鉄道旅」促進で将来の需要を生み出す

JR東海が“らしくない”きっぷを販売していると話題だ。それは、2016年7月から販売されている「JR東海&16私鉄 乗り鉄☆たびきっぷ」(以下「乗り鉄たびきっぷ」)。JR東海の在来線全線と、隣接する16の私鉄・第3セクター路線が土休日限定で2日間乗り放題になるきっぷだ。東海道新幹線も、熱海~米原間の「ひかり」「こだま」に限り、別途特急券を購入すれば4回まで乗車できる。

極めて広範囲のエリアに2日間乗り放題となる「JR東海&16私鉄乗り鉄☆たびきっぷ」(写真:豊橋駅にて)

大人8,480円、こども3,990円で、熱海~米原間を往復すれば元が取れる。2日間にわたって、東海・中部地方のJRとほとんどのローカル私鉄が乗り放題となるおトクさに加え、「乗り鉄」という鉄道ファン向けを思わせるネーミングがそそる。従来、東海道新幹線を中心とした大量高速輸送に特化してきたイメージのあるJR東海としては、かなり異例の商品といえるだろう。

東海道新幹線も、特急券を購入すれば4回まで利用可能

なぜ今、JR東海からこのような商品が生まれたのか。JR東海営業本部販売促進グループの内田重光副長は「部内に、今までと違う商品に取り組もうという機運がありました」と語る。「家族三世代向けに、鉄道の旅を提供できたら面白いという発想から企画がスタートしました。そこから、地域のローカル線と組み、鉄道旅の魅力を多世代に伝えて新しい顧客を呼び込むというアイディアが生まれたのです」と話す。

家族三世代に向けた、鉄道を楽しんでもらうためのきっぷ。これは天竜浜名湖鉄道天竜二俣駅で実施している車両の洗車体験

内田氏ら企画チームは、自社線に接続している17の私鉄・第3セクター鉄道に企画を提案。そのうち16社が応じ「従来の当社のイメージとは異なる新しい商品」(大城慶吾販売促進グループ副長)が実現した。「乗り鉄たびきっぷ」というネーミングは女性社員のアイディアがもとになっているという。

商品化にあたって苦労したのは、価格設定だ。運賃単価や平均利用額は鉄道会社ごとに異なる。あまり安く設定すると、普段から通常のきっぷで利用している乗客まで利用してしまい、かえって減収となる。逆にあまり高めに設定すると、手軽さが失われる。利用者がおトク感を得られ、各鉄道会社はメリットを享受できる価格として、大人8,480円、こども3,990円という値段が導き出された。こども料金を大人用の半額以下の3,000円台に設定したところに「親子連れ向け」というコンセプトがみえる。東海道新幹線の利用回数を4回までに制限していることや、東京駅や新大阪駅などで販売されていないのは、新幹線を頻繁に利用する層にとってトクになりすぎることを防ぐためだろう。

JR東海の在来線は全線乗り放題。全国唯一となった、名松線家城駅でのタブレット(金属状の板・単線における事故を防ぐための通票)交換もみられる

私鉄がこの企画に賛同したのはJRの広報力に期待するため

では、JRから企画提案を受けた鉄道会社各社は、このきっぷをどのように受け止めたのだろうか。各社が口を揃えるのは、JR東海の広報力への期待だ。

岐阜県の明智鉄道。食堂車を連結した観光列車で有名だが「乗り鉄たびきっぷ」では乗車できない
春のサクラで有名な樽見鉄道。サクラのシーズンには「乗り鉄たびきっぷ」で花見ができそう

「従来は、エリア外へのお客様へのアピールがしにくいという問題がありました。鉄道会社同士の、横のつながりができてより多くのお客様に路線の魅力を知ってもらえるというのはとてもありがたいことです。今まではこうした事例はありませんでした」(豊橋鉄道・梅村仁朗鉄道部長)

「JR東海さんのポスターやパンフレットで、地域外の方々に広く明知鉄道を知っていただく効果は大きいです」(明知鉄道・伊藤温子総務課長補佐)

「JRさんの広報力で、これまで当社を知らなかった観光のお客様が遠方から来てくださるようになりました」(天竜浜名湖鉄道・澤井孝光営業部長)

また、乗り放題のきっぷ自体にも広報力がある。運賃が一定なら、少しでも元を取りたくなるもの。鉄道ファンならずとも、足を少し延ばして、今まで訪れたことのない路線に乗ってみようという気になる。

「今回のようなお安いきっぷを利用して、まずは乗っていただければ、沿線に魅力的なみどころがあることを知っていただけます。『それなら、次にまた来てみよう』というリピートにつながります」(天竜浜名湖鉄道・澤井氏)

浜名湖の北を走る天竜浜名湖鉄道。駅舎や扇形車庫など国登録有形文化財が36件もある“走る鉄道博物館”だ
フィンランドのブランド「マリメッコ」を多用し、おしゃれなカフェになった天竜浜名湖鉄道の都田駅。写真映えする駅として、海外からもファンが訪れる

乗車人員統計の実績にもなる

もちろん、運賃収入面のメリットもある。売上の分配については非公開だが、原則として販売枚数に応じて各社に振り分けられる。1枚あたりの収入は少なくても、実際に乗車した区間にかかわらず分配されるため、トータルでみればそれなりの収入になる。

それ以上に大きいのが、乗車人員統計への加算だ。行き止まりの路線の場合、1枚売れるごとに往復乗車したとカウントされ、乗車人員が2人加算される。仮に1万枚販売し乗客が往復すれば、2万人が乗車したことになり、利用者数を少しでも増やしたい地方鉄道にとっては、大きな実績となる。

「特に冬場は観光のお客様が減るため、とても助かっています」と明知鉄道・伊藤氏は話す。なお、JR東海が声をかけた17社のうち、唯一参加しなかったのが、機関車トーマス号などSL列車で有名な大井川鐵道だ。これには、大井川鐵道特有の事情が絡んでいる。大井川鐵道は、元々観光輸送に特化した路線であり、日常の足として利用している人の割合は他社と比較して少ない。金谷~千頭間の運賃は1,810円、1日乗車券は3,440円であり、観光客が「乗り鉄たびきっぷ」を利用すれば、かなりの減収は免れない。「乗り鉄たびきっぷ」はSLのような観光列車には乗車できないが、片道は普通列車を利用する人も多いからだ。大井川鐵道が参加を見送ったのは、やむを得ないだろう。

通勤路線のイメージが強い静岡県の遠州鉄道も参加。乗り放題だからこそ、普段乗る機会の少ないローカル鉄道でじっくり旅できる

ポイントラリーで各路線の魅力をアピール 

「乗り鉄たびきっぷ」では、スマートフォンアプリを使ったポイントラリーも実施している。これは、無料の「鉄たびアプリ」をインストールし、使用するきっぷの情報を入力したうえで各鉄道会社に3カ所設定された「鉄☆たびポイント」を訪れるとポイントが獲得でき、トータルの獲得ポイントによってプレゼントに応募できるというもの。「鉄☆たびポイント」には「鉄道に関連するみどころ」「歴史的なスポット」「写真映えするスポット」といったテーマがあり、各社の担当者が考案している。

「鉄☆たびポイント」付近で「チェックイン」するとポイントを獲得。こちらは遠州鉄道で保存されているED282電気機関車(青い車体)

例えば豊橋鉄道なら、1931年(昭和6年)に竣工したロマネスク様式の重厚な建物が美しい「豊橋市公会堂」、昔ながらの石畳の坂を路面電車が昇る「石畳を駆け上がる路面電車」がある。天竜浜名湖鉄道なら、前述したように木造駅舎をリノベーションし、「マリメッコ」に包まれたカフェとなった「都田駅」、国登録有形文化財の転車台や扇形車庫などが保存された「天竜二俣駅」といった具合だ。遠州鉄道のちょっとおしゃれな変電所である「小林変電所」のように、一般にはあまり知られていないスポットもあり、単なる観光地巡りとはひと味違った旅を楽しめる。獲得できるプレゼントが、現地で使える割引クーポンといった実利的なものになれば、もっと盛り上がるだろう。

豊橋鉄道市内線前畑~東田坂上間にある、全国でも珍しくなった石畳軌道も「鉄☆たびポイント」のひとつ
遠州鉄道八幡駅の小林変電所ように、知られざる鉄道スポットも「鉄☆たびポイント」になっている

少子高齢化時代を見据えた戦略か?

自社管内のローカル鉄道を結びつけ、家族三代での鉄道旅に結びつけようとする、JR東海の「乗り鉄たびきっぷ」。JR東海が、多世代旅行に注目する背景には、リニア中央新幹線と少子高齢化があると思われる。JR東海は、現在2037年度の大阪開業を目指してリニア中央新幹線を建設中だが、開業する頃には少子高齢化と労働人口の減少が一層進んでいるのは明らか。

そのような状況下で、東海道新幹線とリニア中央新幹線という2つのインフラを維持するには、交通機関として鉄道を選択してもらう必要がある。しかし、現在の東海道新幹線はビジネス層の利用が中心で、それほど急がない若者やシニア層には安価なLCCや高速バスが浸透しつつある。幼い頃から家族でバラエティ豊かな鉄道旅に親しんでもらい、当たり前のように鉄道を移動手段として選択してもらえる環境を整えていくことが重要だ。

天竜浜名湖鉄道天竜二俣駅で実施している転車台と扇形車庫の見学会。家族で鉄道の歴史も学べ、こどもたちに鉄道の魅力を感じてもらう

JRは、多彩な鉄道会社と共同で鉄道旅の魅力をアピールし、将来にわたって鉄道を選択してくれる「ファン層」を育成。私鉄・第3セクターは、JRの広報力を利用して幅広い層の誘客につなげる……。一見、鉄道ファン向けにみえる「乗り鉄たびきっぷ」には、鉄道会社のさまざまな戦略が隠されている。「乗り鉄たびきっぷ」を利用して旅をしたこどもたちが、将来、また鉄道に魅力を感じてもらうための布石ともいえるのだ。

同じ駅弁が2種類ずつ? 東京駅「チキン弁当」「深川めし」の秘密

同じ駅弁が2種類ずつ? 東京駅「チキン弁当」「深川めし」の秘密

2018.03.16

100種類を超える駅弁が販売されている東京駅。売り上げナンバーワンは「30品目バランス弁当」(900円)

鉄道旅の楽しみのひとつと言えば、駅弁。中でも、日本の玄関・東京駅には、時刻表に掲載されているものだけでも80種類以上の駅弁が販売されている。東京駅改札内の駅弁売店「祭」などでは、全国の有名駅弁を購入することもできる。

そんな東京駅に、不思議な駅弁がある。それは、「チキン弁当」と「深川めし」。どちらも、長年東京駅の駅弁として親しまれてきた駅弁だが、値段もレシピも異なる商品が2種類ずつあるのだ。

東京駅の駅弁は、JR東海の敷地とJR東日本の敷地で業者が異なる。こちらは、東海道新幹線のホームにあるJR東海パッセンジャーズの売店(写真提供:JR東海)

タネを明かせば、これは東京駅に、JR東日本系列のNRE大増と、JR東海系列のJR東海パッセンジャーズという2つの駅弁業者があるため。在来線および東北・上越・北陸新幹線の構内はNRE大増が、東海道新幹線の改札内はJR東海パッセンジャーズが営業を行っている。どちらも、ルーツは国鉄時代に駅弁や食堂車の営業を行っていた日本食堂で、民営化後間もない1988(昭和63)年にJR旅客会社の営業エリアに合わせて分社化された。「チキン弁当」も「深川めし」も、その時に両社に引き継がれたものだ。

東海道新幹線とともに誕生した「チキン弁当」

「チキン弁当」が発売されたのは、東海道新幹線が開業した1964(昭和39)年10月のことだ。当時の日本食堂品川営業所で、新幹線食堂車(当時はビュフェ)の洋食コックが乗務前に調製し、駅弁として販売したのが始まりだ。当時は二段重ねの豪華な駅弁で、チキンライスと唐揚げのほか、ポテトチップスやガリ(生姜)、調味用の塩が入っていた。1974(昭和49)年から、現在の一段ボックスに変わり、その後はほとんどレシピを変えることなく現在に至っている。

国鉄分割民営化後の1988年、日本食堂が地域ごとに分社化されると、チキン弁当は日本食堂(現・NRE大増)の「チキン弁当」と、Jダイナー東海(現・JR東海パッセンジャーズ)の「チキンバスケット」に分かれた。その後、「チキンバスケット」は一時期販売が終了していたが、2009(平成21)年に「チキン弁当」として復活。付け合わせなどのリニューアルを経て現在に至っている。

2つの「チキン弁当」を食べ比べてみよう。なお、以下ではNRE大増を「NRE」、JR東海パッセンジャーズを「JRCP」と略している。

2つの会社から販売されている「チキン弁当」(上:JRCP、下:NRE)。NRE版は国鉄時代からほとんどパッケージが変わっていない

どちらもボックスタイプで、左にチキンライス、右にチキンがあるのは同じ。NRE版は、ライスにグリーンピースとともに卵そぼろが乗っているが、JRCP版は柔らかいスクランブルエッグ。チキンは、NRE版の4つに対しJRCP版は5つだが、全体の量はあまり変わらない。大きく異なるのは付け合わせで、NRE版がスモークチーズとマカロニサラダにレモン果汁、JRCP版はナポリタンとプチトマト、ピーマン、そしてタルタルソースだ。

チキンライスのテイストにも違い

チキンを食べてみよう。NRE版は、筆者が小学生の頃から慣れ親しんだ昔ながらの唐揚げだ。衣が厚めでしっとりとしており、少し粉っぽさを感じる。鶏肉には歯ごたえがあり、味付けはスパイシーながら控えめ。ライスにもビールにも合う、万人受けする味わいだ。NRE大増の担当者は、「独特の味付けをした唐揚げ粉を使い、揚げ方はもちろん、粉の付け方やはらい方にもノウハウがあります」と語った。

対するJRCP版のチキンは、やや現代風で若い人向けのテイスト。鶏肉は柔らかめで、JR東海パッセンジャーズによれば「こだわりの香辛料を複数ブレンドした独自の唐揚げ粉で揚げています」と言う。ファストフード店のフライドチキンに近い、パンチの効いた味付けと感じた。

左:NRE版の「チキン弁当」900円。個別包装のスモークチーズは、以前はドライフルーツだった。唐揚げとレモン果汁だけをパッケージした「チキン弁当のからあげ」もある。右:トロトロの卵とタルタルソースで個性を出すJRCP版の「チキン弁当」880円。ナポリタンが、懐かしの洋食を演出している

チキンライスにも違いがある。NRE版は、やはり昔から変わらぬ優しい味わいで、ケチャップの主張が強すぎずほのかな甘みを感じる。JRCP版はケチャップの風味を楽しめる味付けで、さわやかな酸味が印象的だ。

歴史ある駅弁だけに、レシピを変更することはほとんどない。

「辛い料理が流行った時など、何度か味付けをリニューアルしてみたことはあります。しかし、昔からのお客様のご要望もあり、最終的には元の味に戻っています」(NRE)

「昔懐かしいチキンライスと唐揚げの味を求める50~60歳代の男性のお客様やお子様連れのお客様などに人気で、リピーターも多いため大きな商品変更は基本的にありません」(JRCP)

筆者の感想も加味すると、歴史と伝統を守るNRE版と、現代風のテイストと懐かしさを両立させたJRCP版、と表現することができそうだ。

パッケージのサイズはほぼ同じながら、デザインは大きく異なる「深川めし」。JRCPの駅弁は、ビニールで梱包されている点も異なる(右のパッケージ)

「深川めし」は、あさりをネギなどとともに煮込んでご飯にかけたり、炊き込んだりした東京の伝統料理。そのルーツは、江戸時代の漁師飯と言われている。駅弁の「深川めし」は「東京駅を代表するご当地駅弁」(JRCP)だが、発売はJR発足後の1987(昭和62)年と意外に新しい。

「東京名物にふさわしい駅弁を模索していたところ、たまたま深川めしを知っている人がいて、研究の末に商品化された」(NRE大増)という。それから1年もたたないうちに日本食堂からJダイナー東海が分社化され、「深川めし」は両社に引き継がれた。当時は新参者だった「深川めし」だが、ご当地駅弁として相当期待されていたのだろう。

ぶっかけ飯vs炊き込みご飯

NREは、2013(平成25)年に「深川めし」を全面リニューアル。それまで入っていたハゼの甘露煮をやめ、あさりの炊き込みご飯も、あさりと牛蒡の生姜煮を茶飯に乗せるタイプに変更した。

「深川めしのルーツである、漁師のぶっかけ飯を再現したリニューアルです。ハゼは価格が高騰していたことと、見た目が良くないというご意見をいただいていたことから取りやめました」(NRE)

一方のJRCP版は、1987年の発売当時からレシピをほとんど変えていない。

「あさりの出汁がきいた炊き込みご飯と、穴子の蒲焼き、ハゼの甘露煮など魚介の味で統一しています」(JRCP)

左:NRE版「深川めし」900円。あさりは茶飯とは別に炊き込まれ、ネギなどと一緒にご飯に「ぶっかけ」てある。玉子焼きやにんじんなど、箸休めになる付け合わせが嬉しい。右:JRCP版「深川めし」980円。あさりが一カ所にまとめられているが、ごはんと一緒に炊き込んだあさり飯となっている。値段が高めなのは、ハゼの甘露煮が今も入っているからかもしれない
2010年当時の「深川めし」。左がリニューアル前のNRE大増版、右がJR東海パッセンジャーズ版。この頃は、2つの「深川めし」に違いはほとんどなく、パッケージもよく似ていた

深川めしは、もともと貝汁をご飯にぶっかけるタイプと、炊き込みご飯にするタイプの2種類があるが、NRE版のリニューアルによって、両方を手軽に食べ比べることができるようになった。

2つの「深川めし」は、味わいも異なる。NRE版はあっさりとした味付けで、茶飯には甘みを感じる。老舗料亭「日本ばし大増」を営むNRE大増らしい味わいだ。穴子もしょっぱすぎず、穴子の風味を味わえる焼き加減。

JRCP版は、やはりハゼの甘露煮が目立つ。江戸前らしい濃いめの味付けでご飯が進む。蒲焼きらしい色の穴子は香ばしく焼き上げられ、お酒にも合う。全体に、駅弁らしいしっかりした味付けという印象だ。

同じ名称、同じルーツを持つ2つの「チキン弁当」&「深川めし」。別々の道を歩み始めてから30年が経過した今、それぞれの駅弁は盛り付けも味付けも大きく変わった。グループで出かける際など、食べ比べて駅弁の歴史を体感するのも面白い。

全国唯一の明知鉄道「食堂車」がリピーター続出のワケ

全国唯一の明知鉄道「食堂車」がリピーター続出のワケ

2018.03.13

寝台特急「北斗星」「カシオペア」の廃止によって、日本の定期列車から姿を消した食堂車……と思われがちだが、食堂車を営業している列車は今もほぼ毎日運行されている。

それが、岐阜県の明知(あけち)鉄道で運行されている急行「大正ロマン号」だ。明知鉄道は、国鉄明知線から転換された第3セクター鉄道で、中央本線の恵那駅から明智駅まで、25.1kmを結んでいる。「大正ロマン号」は月曜を除く毎日運行されている、料金不要の急行列車で、下りの「1号」は、全国で唯一「食堂車」を営業している。

実はこの「食堂車」、ロングシートの気動車に長テーブルを置いただけの簡易食堂車で、利用には5日前までに予約が必要。実態は、各地で運行されているグルメツアー列車とほぼ同じだ。

左:地元の食材を使った多彩なメニューを用意している明知鉄道急行「大正ロマン号」。右:乗降口の横には、「食堂車」と書かれたサボ(サイドボード)も。このマークは戦前まで時刻表で使われていた「和食堂」のマーク

明知鉄道は、1987年から地元の食材をふんだんに使った郷土料理の弁当を車内でいただく「グルメ列車」を運行してきた。「大正ロマン号」は、それを定期列車化したもの。以前はツアー専用列車だったため一般の乗客が乗車できず、日中に2時間以上も時間が空いてしまっていた。そこで、グルメ列車を定期列車併結とし、さらに「第3セクター鉄道唯一の食堂車を連結する急行列車」とすることで、話題作りをはかったのである。時刻表には食堂車のマークが掲載され、特にJTB時刻表には戦前まで使われていた「和食堂」のマークが復刻掲載された。

ほぼ毎日運行するのが食堂車の利点

明知鉄道の伊藤温子氏によれば食堂車の利用者は現在年間約1万人。「食堂車」に衣替えしてからは、運行時刻が時刻表や乗り換え案内アプリなどで確認できるようになり、案内がしやすくなって認知度も高まったという。

「人口減少・少子化に対する経営努力には限界があり、いかに観光客を呼び込めるかが重要です。当社の食堂車は定期列車なので、お客様のご都合に合わせて参加していただけます。料金も2,500円から5,500円と比較的リーズナブルなので、気軽に参加できることも利点です」(伊藤氏)

いわゆるグルメツアー列車は、週末・ハイシーズン限定のことが多いが、明知鉄道は月曜を除く毎日、通年運行していることが特筆される。それが、唯一の食堂車と呼べる所以だ。5日前の時点で予約が7人に満たない場合は原則として営業休止となるが、平日でも2週間後くらいまでは、かなり予約が埋まっている。名古屋から1時間という地の利もあるが、ポイントはリピート率の高さだ。

「近年はリピーターのお客様が増えていて、全メニューの制覇にチャレンジするお客様もいらっしゃいます。特に3月までの土曜限定となる枡酒列車は顔見知りの方も多く、今シーズンはすでにほぼ全列車満席です」(伊藤氏)

2月の土曜日、現地を訪れた。メニューは季節ごとに変わり、この日は地元産の自然薯が食べ放題となる「じねんじょ列車」と、沿線の酒蔵・岩村醸造の銘酒「女城主」が飲み放題の「枡酒列車」の二本立て。列車は3両編成で、一般用、「じねんじょ列車」、「枡酒列車」がそれぞれ1両ずつ割り当てられている。1両の定員は30人で、この日の予約は「じねんじょ列車」が24人、「枡酒列車」は満席の30人と盛況だ。4月になると、看板列車の「寒天列車」と、手軽に参加できる「おばあちゃんのお花見弁当列車」の運行が始まる。

左:枡はそのまま一日乗車券となる。運転士や改札口で枡を見せて乗り降りする光景はなんとも粋? 右:枡酒列車は、「ゑなのほまれ」「女城主にごり酒」「女城主新米一番搾り」などが飲み放題

早朝から提供料理の仕込み

食堂車の準備は、明智駅発恵那行き急行「大正ロマン2号」の車内で行われる。料理は山岡駅併設のレストランと明智のゴルフクラブ、恵那峡の観光ホテルの3社が交代で提供。土曜限定の「枡酒列車」は、花白温泉駅前にある花白温泉の担当だ。複数の業者が担当することで毎日運転を実現し、それぞれが自慢の料理を競うなど緩やかな競争原理が働いている。同じ「寒天列車」でも業者が異なれば細かい献立や味付けが変わり、これもリピーターを増やす要因となっている。

この日「じねんじょ列車」を担当するのは、山岡駅併設のレストラン「山岡かんてんかん」の原田さんと古田さん。朝8時から、店舗で仕込みを行い、山岡駅から食材を積み込んだ。多客時には、早朝6時から準備することもあるという。

「メニューは、みんなで試行錯誤しながら作っています。今日のポイントは、自然薯以外では山岡名物の寒天寿司ですね。こちらの原田さんは寿司名人なんですよ。具が真ん中に来るようにきれいに作ってくださいます」(古田さん)

左:早朝から調理された料理は、ほぼできあがった状態で積み込まれる。山岡駅で積み込まれる「じねんじょ列車」の料理。右:鮎の甘露煮、自然薯の磯辺揚げ、寒天寿司、いなごの佃煮、地元で採れたイチゴなど沿線の味が揃う

すべての食材がきれいに並べられた頃、列車は恵那駅に到着。一般の乗客とともに60人近い「食堂車」利用者が乗り込む。折り返し時間は10分しかないが、何人かがヘッドマークをつけた先頭車両で記念写真を撮り、それぞれ決められた席に座ると、ちょうど発車時刻となる。

「本日は、じねんじょ列車、そして枡酒列車にご乗車くださり、ありがとうございます。お互い、お隣が気になりますよね」

車内では、アテンダントが料理や車窓風景について案内してくれる。一人しかいないので、マイクを使いながら2両の食堂車を行ったり来たり。マイクを通じて賑やかな空気が伝わってくる。「次回はあっちも試してみよう」という気になり、これもリピーターを増やす要因になっているようだ。

左:恵那駅発車の1分前にもう乾杯。この時点ではまだどことなくよそよそしさが残るが……。右:料理と車窓風景を案内するのは、明知鉄道ただ一人のアテンダント、小崎聡美さん。ユーモアを交えて、沿線の魅力を紹介していく

乗客は、愛知・岐阜などの近県からの人が多いが、東京など遠方から来た人もいる。中間点の岩村駅に着く頃には、たまたま乗り合わせた乗客同士、すっかり打ち解け、会話が弾んでいた。これは料理やお酒の力だけではなく、ロングシートに秘密がありそうだ。普段は旅人から敬遠されがちなロングシートだが、長テーブルを挟むと絶妙な距離感で、ある程度プライバシーを守りつつ気軽に会話できる。

「食堂車」をきっかけに地域をPR

急行「大正ロマン1号」は、普通列車よりも4分遅い、53分で終着・明智駅に到着。時刻は13時過ぎで、食堂車の利用者には一日乗車券が配布されているので、この後は自由に明知鉄道の旅を楽しめる。特に枡酒列車は、枡が乗車券になっているのが楽しい。ただし、「酔っ払って忘れてしまう方が多い」(伊藤氏)のだとか。

「食堂車は、普段のレストランよりもお客さんとの会話を楽しめるのが良いですね。色々な方と出会えて、お客さんにも明知鉄道のことが知られていくのが嬉しいです」

「珍しいローカル鉄道の食堂車」という話題性から人が集まり、それをきっかけに町を知り特産品を味わい、沿線を歩いてくれる。様々な業者が、メニューと味を競うことで、1度ならず何度も訪れてくれる……。明知鉄道が30年育ててきた「大正ロマン号」の食堂車は、地域をPRする最適なメディアとなっていると言えそうだ。

左:30分もたてばすっかり打ち解ける。全幅3mほどの車体にロングシートという、絶妙の距離感が心地よい。右:自然薯のとろろは車内で摺る。制限の多い列車内で美味しい料理を提供できるよう工夫が光る