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栗原景

創業102年、相鉄が初めて“電車で入社式”を実施した深いワケ

創業102年、相鉄が初めて“電車で入社式”を実施した深いワケ

2019.04.12

鉄道車内で行われた一風変わった入社式

斬新なデザインの車両で相鉄のイメージアップを!

住宅開発を推進するため、相鉄が担う役割

相模鉄道は4月1日、神奈川県海老名市の相模鉄道かしわ台車両センターにて、2019年度新入社員の入社式を実施した。会場となったのは、4月20日に営業運転を開始する新型車両、12000系の車内。26人の新入社員には当日朝まで入社式会場を伏せており、「車内での入社式」はサプライズとして演出された。

4月20日から相鉄線内で営業運転を開始する12000系

12000系は、今年(2019年)11月30日に開業する相鉄・JR直通線向けに登場した車両だ。JRの湘南新宿ラインなどで使用されているE233系と共通の基本仕様を備え、海老名駅・湘南台駅から新規開業する羽沢横浜国大駅を経由してJR東日本の渋谷駅・新宿駅方面まで直通運転を行う。

相鉄の主要駅である二俣川駅から新宿駅までは、現在横浜乗り換えで53分~1時間10分程度を要しているが、開業後は乗換なしで44分程度に短縮される。車体は深い紺色、通称ヨコハマネイビーブルーに塗装され、電車の顔となる前頭部は、能面の「獅子口」をイメージした斬新なデザインだ。

相模鉄道が電車の中で入社式を行うのは、創業102年の歴史の中で初めてのことだという。新型12000系と都心への直通運転開始に対する、期待と意気込みがうかがえる。

JRの車両とは異なる12000系の社内。座席の袖仕切りは荷だなまで延長され、ドア横に立つ乗客の荷物や身体が着席客と干渉しないように工夫されている

広告塔としての使命を背負う12000系

相模鉄道の滝澤秀之社長は、入社式での挨拶で、「選ばれる沿線」「選ばれる相鉄グループ」という言葉を繰り返した。12000系に課せられた使命のひとつは、実はここにある。すなわち、斬新なデザインとカラーリングで東京都心に乗り入れ、人々に相模鉄道を知ってもらい、興味を持ってもらうという役割だ。

4月1日に行われた入社式。12000系の車内で行われ、26人の新入社員が参加。新入社員は、ほぼ相鉄沿線の出身だ

相模鉄道は、1917(大正6)年に創業した相模鉄道と神中鉄道をルーツとする大手私鉄だ。現在は、旅客線としては相鉄本線(横浜~海老名間)といずみ野線(二俣川~湘南台間)の2路線35.9kmを運行している。1990(平成2)年から「大手私鉄」に加わったものの、全線が神奈川県内にあることなどから、県外での知名度はあまり高くない。

車両も、近年はJR東日本の車両をベースにしたものが中心で、相鉄カラーのブルーとオレンジのラインが入っているほかは、JRの電車とよく似ている。これでは、せっかく渋谷・新宿に乗り入れてもJRに溶け込んでしまい、相鉄の知名度向上にはつながらないかもしれない。

サクラの名所となりつつあるいずみ野線弥生台駅。発車している電車は10000系
新入社員のなかには、相鉄のマスコットキャラ「そうにゃん」の熱烈的なファンもいる。式ではそうにゃんとの記念撮影も行われた

そこで採用されたのが、横浜の海をイメージした「ヨコハマネイビーブルー」のカラーと、能面の獅子口をモチーフとした気品ある前頭部だ。これらのデザインは、相模鉄道が2013年から取り組む「デザインブランドアッププロジェクト」の一環として導入された。駅・制服・車両といった、利用者に接する要素を「安全×安心×エレガント」という統一コンセプトでコーディネートし、「相鉄」のブランドイメージをアップさせるというものだ。

「青い電車=相鉄」と呼ばれる時代を目指して

京浜急行の「赤い電車」、阪急電鉄の「阪急マルーン」など、沿線外にまでイメージを定着させる鉄道には、象徴的なカラーがある。12000系のヨコハマネイビーブルーは、これからの相鉄を担うカラーだ。いずれは、大部分の車両をこのカラーで統一し、「青い電車といえば相鉄」というイメージを定着させる。車体カラーをラッピングではなく、コストがかかるが質感を出せる全塗装としたのも、その意気込みの現れだ。

能面をモチーフとした前面デザインは、文殊菩薩の乗りもので、智慧の象徴でもある獅子をイメージしている。新たな輸送体系の実現に向けて、人々を護る象徴として採用されたという。

このインパクトのある電車が、2019年の末から渋谷・新宿方面に乗り入れる。山手線や湘南新宿ラインなど、ステンレスシルバーの電車ばかりが走る都心に、能面とヨコハマネイビーブルーをまとった電車が現れれば、かなり人目を引くに違いないだろう。「あの電車はなんだろう」と気になり、相模鉄道を知る人も増えそうだ。

また、走行機器類はJRと共通だが、荷棚まで延びた袖仕切りやユニバーサルデザインシートなど車内設備は差別化されているため、都内の人に「相鉄の電車が来たらラッキー」と思わせるのも同社の狙いだ。さらには、車内の路線図や広告などを通じて、二俣川、いずみ野といった沿線の地名を徐々に知ってもらうことも目指す。

いずみ野線沿線で進む“ターンテーブル型街づくり”とは?

知名度が上がれば、次は沿線を訪れてもらい、「ここに住んでみよう」と考える人を増やす段階だ。現在、相鉄ではいずみ野線沿線を中心とした大規模な住宅開発・リノベーションプロジェクトを進めている。これは、分譲住宅だけでなく賃貸住宅や子育て施設、高齢者向け住宅などを総合的に整備し、外部からの移住や地域内での住み替えをしやすい環境を整える街づくりプロジェクトだ。

相鉄はこの街づくりプロジェクトを「ターンテーブルモデル」と呼んでいる。以下、その概略を説明しよう。

まずは「相鉄沿線に住んでみよう」と思った新社会人や新婚家庭などを、駅周辺の賃貸住宅に誘致する。そこで子育て支援施設や公園なども整備して暮らしやすい環境を提供することで、「ここでずっと暮らしたい」と思ってもらう。

一方、高齢化が進んだ既存の住民には高齢者向け住宅を用意し、「終の住処」として地域内での住み替えを促す。そうして空きが生まれた既存戸建住宅や新しい分譲住宅に、「そろそろマイホームを」と考える賃貸住宅に暮らす若年層や、最初から分譲住宅を求める人々を呼び込む。やがて、そこで成長した子ども世代は相鉄沿線の賃貸住宅などに移って独立し、老年期を迎えた親世代は高齢者向け住宅に移り住む……。

この「繰り返し」によって沿線地域の持続的な活性化と多世代の共存を図る、というのがこの街づくりプロジェクトを「ターンテーブルモデル」と呼ぶ所以だ。このプロジェクトは、外部からの持続的な人口流入があってこそ成り立つ。そのためにはまず、沿線以外の地域で、「相鉄」が今以上に知られ、注目されなくてはならない。

その使命を背負って、都心に向かって走り始めるのが12000系だ。2022年度には、羽沢横浜国大駅から新横浜を経由して東急東横線・目黒線に乗り入れる相鉄・東急直通線も開業する。こちらが完成すれば、渋谷や目黒がさらに近くなるうえ、東海道新幹線の接続駅である新横浜へも1本で行けるようになる。12000系とよく似たデザインコンセプトで一足先にデビューした、相鉄・東急直通線向け20000系も都心に乗り入れる。

今年の年末以降、都心にやって来た20000系がどれだけ人々の注目を浴びるか。創業100年を迎えた相鉄の新しい時代は、この電車のインパクトにかかっている。

JR東海の格安フリーきっぷは単なる「鉄道ファン向け」ではない!?

JR東海の格安フリーきっぷは単なる「鉄道ファン向け」ではない!?

2019.01.08

私鉄とも連携したフリーきっぷを販売するJR東海

JR東海の広報力に期待する沿線の私鉄企業の思惑

家族三代の「鉄道旅」促進で将来の需要を生み出す

JR東海が“らしくない”きっぷを販売していると話題だ。それは、2016年7月から販売されている「JR東海&16私鉄 乗り鉄☆たびきっぷ」(以下「乗り鉄たびきっぷ」)。JR東海の在来線全線と、隣接する16の私鉄・第3セクター路線が土休日限定で2日間乗り放題になるきっぷだ。東海道新幹線も、熱海~米原間の「ひかり」「こだま」に限り、別途特急券を購入すれば4回まで乗車できる。

極めて広範囲のエリアに2日間乗り放題となる「JR東海&16私鉄乗り鉄☆たびきっぷ」(写真:豊橋駅にて)

大人8,480円、こども3,990円で、熱海~米原間を往復すれば元が取れる。2日間にわたって、東海・中部地方のJRとほとんどのローカル私鉄が乗り放題となるおトクさに加え、「乗り鉄」という鉄道ファン向けを思わせるネーミングがそそる。従来、東海道新幹線を中心とした大量高速輸送に特化してきたイメージのあるJR東海としては、かなり異例の商品といえるだろう。

東海道新幹線も、特急券を購入すれば4回まで利用可能

なぜ今、JR東海からこのような商品が生まれたのか。JR東海営業本部販売促進グループの内田重光副長は「部内に、今までと違う商品に取り組もうという機運がありました」と語る。「家族三世代向けに、鉄道の旅を提供できたら面白いという発想から企画がスタートしました。そこから、地域のローカル線と組み、鉄道旅の魅力を多世代に伝えて新しい顧客を呼び込むというアイディアが生まれたのです」と話す。

家族三世代に向けた、鉄道を楽しんでもらうためのきっぷ。これは天竜浜名湖鉄道天竜二俣駅で実施している車両の洗車体験

内田氏ら企画チームは、自社線に接続している17の私鉄・第3セクター鉄道に企画を提案。そのうち16社が応じ「従来の当社のイメージとは異なる新しい商品」(大城慶吾販売促進グループ副長)が実現した。「乗り鉄たびきっぷ」というネーミングは女性社員のアイディアがもとになっているという。

商品化にあたって苦労したのは、価格設定だ。運賃単価や平均利用額は鉄道会社ごとに異なる。あまり安く設定すると、普段から通常のきっぷで利用している乗客まで利用してしまい、かえって減収となる。逆にあまり高めに設定すると、手軽さが失われる。利用者がおトク感を得られ、各鉄道会社はメリットを享受できる価格として、大人8,480円、こども3,990円という値段が導き出された。こども料金を大人用の半額以下の3,000円台に設定したところに「親子連れ向け」というコンセプトがみえる。東海道新幹線の利用回数を4回までに制限していることや、東京駅や新大阪駅などで販売されていないのは、新幹線を頻繁に利用する層にとってトクになりすぎることを防ぐためだろう。

JR東海の在来線は全線乗り放題。全国唯一となった、名松線家城駅でのタブレット(金属状の板・単線における事故を防ぐための通票)交換もみられる

私鉄がこの企画に賛同したのはJRの広報力に期待するため

では、JRから企画提案を受けた鉄道会社各社は、このきっぷをどのように受け止めたのだろうか。各社が口を揃えるのは、JR東海の広報力への期待だ。

岐阜県の明智鉄道。食堂車を連結した観光列車で有名だが「乗り鉄たびきっぷ」では乗車できない
春のサクラで有名な樽見鉄道。サクラのシーズンには「乗り鉄たびきっぷ」で花見ができそう

「従来は、エリア外へのお客様へのアピールがしにくいという問題がありました。鉄道会社同士の、横のつながりができてより多くのお客様に路線の魅力を知ってもらえるというのはとてもありがたいことです。今まではこうした事例はありませんでした」(豊橋鉄道・梅村仁朗鉄道部長)

「JR東海さんのポスターやパンフレットで、地域外の方々に広く明知鉄道を知っていただく効果は大きいです」(明知鉄道・伊藤温子総務課長補佐)

「JRさんの広報力で、これまで当社を知らなかった観光のお客様が遠方から来てくださるようになりました」(天竜浜名湖鉄道・澤井孝光営業部長)

また、乗り放題のきっぷ自体にも広報力がある。運賃が一定なら、少しでも元を取りたくなるもの。鉄道ファンならずとも、足を少し延ばして、今まで訪れたことのない路線に乗ってみようという気になる。

「今回のようなお安いきっぷを利用して、まずは乗っていただければ、沿線に魅力的なみどころがあることを知っていただけます。『それなら、次にまた来てみよう』というリピートにつながります」(天竜浜名湖鉄道・澤井氏)

浜名湖の北を走る天竜浜名湖鉄道。駅舎や扇形車庫など国登録有形文化財が36件もある“走る鉄道博物館”だ
フィンランドのブランド「マリメッコ」を多用し、おしゃれなカフェになった天竜浜名湖鉄道の都田駅。写真映えする駅として、海外からもファンが訪れる

乗車人員統計の実績にもなる

もちろん、運賃収入面のメリットもある。売上の分配については非公開だが、原則として販売枚数に応じて各社に振り分けられる。1枚あたりの収入は少なくても、実際に乗車した区間にかかわらず分配されるため、トータルでみればそれなりの収入になる。

それ以上に大きいのが、乗車人員統計への加算だ。行き止まりの路線の場合、1枚売れるごとに往復乗車したとカウントされ、乗車人員が2人加算される。仮に1万枚販売し乗客が往復すれば、2万人が乗車したことになり、利用者数を少しでも増やしたい地方鉄道にとっては、大きな実績となる。

「特に冬場は観光のお客様が減るため、とても助かっています」と明知鉄道・伊藤氏は話す。なお、JR東海が声をかけた17社のうち、唯一参加しなかったのが、機関車トーマス号などSL列車で有名な大井川鐵道だ。これには、大井川鐵道特有の事情が絡んでいる。大井川鐵道は、元々観光輸送に特化した路線であり、日常の足として利用している人の割合は他社と比較して少ない。金谷~千頭間の運賃は1,810円、1日乗車券は3,440円であり、観光客が「乗り鉄たびきっぷ」を利用すれば、かなりの減収は免れない。「乗り鉄たびきっぷ」はSLのような観光列車には乗車できないが、片道は普通列車を利用する人も多いからだ。大井川鐵道が参加を見送ったのは、やむを得ないだろう。

通勤路線のイメージが強い静岡県の遠州鉄道も参加。乗り放題だからこそ、普段乗る機会の少ないローカル鉄道でじっくり旅できる

ポイントラリーで各路線の魅力をアピール 

「乗り鉄たびきっぷ」では、スマートフォンアプリを使ったポイントラリーも実施している。これは、無料の「鉄たびアプリ」をインストールし、使用するきっぷの情報を入力したうえで各鉄道会社に3カ所設定された「鉄☆たびポイント」を訪れるとポイントが獲得でき、トータルの獲得ポイントによってプレゼントに応募できるというもの。「鉄☆たびポイント」には「鉄道に関連するみどころ」「歴史的なスポット」「写真映えするスポット」といったテーマがあり、各社の担当者が考案している。

「鉄☆たびポイント」付近で「チェックイン」するとポイントを獲得。こちらは遠州鉄道で保存されているED282電気機関車(青い車体)

例えば豊橋鉄道なら、1931年(昭和6年)に竣工したロマネスク様式の重厚な建物が美しい「豊橋市公会堂」、昔ながらの石畳の坂を路面電車が昇る「石畳を駆け上がる路面電車」がある。天竜浜名湖鉄道なら、前述したように木造駅舎をリノベーションし、「マリメッコ」に包まれたカフェとなった「都田駅」、国登録有形文化財の転車台や扇形車庫などが保存された「天竜二俣駅」といった具合だ。遠州鉄道のちょっとおしゃれな変電所である「小林変電所」のように、一般にはあまり知られていないスポットもあり、単なる観光地巡りとはひと味違った旅を楽しめる。獲得できるプレゼントが、現地で使える割引クーポンといった実利的なものになれば、もっと盛り上がるだろう。

豊橋鉄道市内線前畑~東田坂上間にある、全国でも珍しくなった石畳軌道も「鉄☆たびポイント」のひとつ
遠州鉄道八幡駅の小林変電所ように、知られざる鉄道スポットも「鉄☆たびポイント」になっている

少子高齢化時代を見据えた戦略か?

自社管内のローカル鉄道を結びつけ、家族三代での鉄道旅に結びつけようとする、JR東海の「乗り鉄たびきっぷ」。JR東海が、多世代旅行に注目する背景には、リニア中央新幹線と少子高齢化があると思われる。JR東海は、現在2037年度の大阪開業を目指してリニア中央新幹線を建設中だが、開業する頃には少子高齢化と労働人口の減少が一層進んでいるのは明らか。

そのような状況下で、東海道新幹線とリニア中央新幹線という2つのインフラを維持するには、交通機関として鉄道を選択してもらう必要がある。しかし、現在の東海道新幹線はビジネス層の利用が中心で、それほど急がない若者やシニア層には安価なLCCや高速バスが浸透しつつある。幼い頃から家族でバラエティ豊かな鉄道旅に親しんでもらい、当たり前のように鉄道を移動手段として選択してもらえる環境を整えていくことが重要だ。

天竜浜名湖鉄道天竜二俣駅で実施している転車台と扇形車庫の見学会。家族で鉄道の歴史も学べ、こどもたちに鉄道の魅力を感じてもらう

JRは、多彩な鉄道会社と共同で鉄道旅の魅力をアピールし、将来にわたって鉄道を選択してくれる「ファン層」を育成。私鉄・第3セクターは、JRの広報力を利用して幅広い層の誘客につなげる……。一見、鉄道ファン向けにみえる「乗り鉄たびきっぷ」には、鉄道会社のさまざまな戦略が隠されている。「乗り鉄たびきっぷ」を利用して旅をしたこどもたちが、将来、また鉄道に魅力を感じてもらうための布石ともいえるのだ。

同じ駅弁が2種類ずつ? 東京駅「チキン弁当」「深川めし」の秘密

同じ駅弁が2種類ずつ? 東京駅「チキン弁当」「深川めし」の秘密

2018.03.16

100種類を超える駅弁が販売されている東京駅。売り上げナンバーワンは「30品目バランス弁当」(900円)

鉄道旅の楽しみのひとつと言えば、駅弁。中でも、日本の玄関・東京駅には、時刻表に掲載されているものだけでも80種類以上の駅弁が販売されている。東京駅改札内の駅弁売店「祭」などでは、全国の有名駅弁を購入することもできる。

そんな東京駅に、不思議な駅弁がある。それは、「チキン弁当」と「深川めし」。どちらも、長年東京駅の駅弁として親しまれてきた駅弁だが、値段もレシピも異なる商品が2種類ずつあるのだ。

東京駅の駅弁は、JR東海の敷地とJR東日本の敷地で業者が異なる。こちらは、東海道新幹線のホームにあるJR東海パッセンジャーズの売店(写真提供:JR東海)

タネを明かせば、これは東京駅に、JR東日本系列のNRE大増と、JR東海系列のJR東海パッセンジャーズという2つの駅弁業者があるため。在来線および東北・上越・北陸新幹線の構内はNRE大増が、東海道新幹線の改札内はJR東海パッセンジャーズが営業を行っている。どちらも、ルーツは国鉄時代に駅弁や食堂車の営業を行っていた日本食堂で、民営化後間もない1988(昭和63)年にJR旅客会社の営業エリアに合わせて分社化された。「チキン弁当」も「深川めし」も、その時に両社に引き継がれたものだ。

東海道新幹線とともに誕生した「チキン弁当」

「チキン弁当」が発売されたのは、東海道新幹線が開業した1964(昭和39)年10月のことだ。当時の日本食堂品川営業所で、新幹線食堂車(当時はビュフェ)の洋食コックが乗務前に調製し、駅弁として販売したのが始まりだ。当時は二段重ねの豪華な駅弁で、チキンライスと唐揚げのほか、ポテトチップスやガリ(生姜)、調味用の塩が入っていた。1974(昭和49)年から、現在の一段ボックスに変わり、その後はほとんどレシピを変えることなく現在に至っている。

国鉄分割民営化後の1988年、日本食堂が地域ごとに分社化されると、チキン弁当は日本食堂(現・NRE大増)の「チキン弁当」と、Jダイナー東海(現・JR東海パッセンジャーズ)の「チキンバスケット」に分かれた。その後、「チキンバスケット」は一時期販売が終了していたが、2009(平成21)年に「チキン弁当」として復活。付け合わせなどのリニューアルを経て現在に至っている。

2つの「チキン弁当」を食べ比べてみよう。なお、以下ではNRE大増を「NRE」、JR東海パッセンジャーズを「JRCP」と略している。

2つの会社から販売されている「チキン弁当」(上:JRCP、下:NRE)。NRE版は国鉄時代からほとんどパッケージが変わっていない

どちらもボックスタイプで、左にチキンライス、右にチキンがあるのは同じ。NRE版は、ライスにグリーンピースとともに卵そぼろが乗っているが、JRCP版は柔らかいスクランブルエッグ。チキンは、NRE版の4つに対しJRCP版は5つだが、全体の量はあまり変わらない。大きく異なるのは付け合わせで、NRE版がスモークチーズとマカロニサラダにレモン果汁、JRCP版はナポリタンとプチトマト、ピーマン、そしてタルタルソースだ。

チキンライスのテイストにも違い

チキンを食べてみよう。NRE版は、筆者が小学生の頃から慣れ親しんだ昔ながらの唐揚げだ。衣が厚めでしっとりとしており、少し粉っぽさを感じる。鶏肉には歯ごたえがあり、味付けはスパイシーながら控えめ。ライスにもビールにも合う、万人受けする味わいだ。NRE大増の担当者は、「独特の味付けをした唐揚げ粉を使い、揚げ方はもちろん、粉の付け方やはらい方にもノウハウがあります」と語った。

対するJRCP版のチキンは、やや現代風で若い人向けのテイスト。鶏肉は柔らかめで、JR東海パッセンジャーズによれば「こだわりの香辛料を複数ブレンドした独自の唐揚げ粉で揚げています」と言う。ファストフード店のフライドチキンに近い、パンチの効いた味付けと感じた。

左:NRE版の「チキン弁当」900円。個別包装のスモークチーズは、以前はドライフルーツだった。唐揚げとレモン果汁だけをパッケージした「チキン弁当のからあげ」もある。右:トロトロの卵とタルタルソースで個性を出すJRCP版の「チキン弁当」880円。ナポリタンが、懐かしの洋食を演出している

チキンライスにも違いがある。NRE版は、やはり昔から変わらぬ優しい味わいで、ケチャップの主張が強すぎずほのかな甘みを感じる。JRCP版はケチャップの風味を楽しめる味付けで、さわやかな酸味が印象的だ。

歴史ある駅弁だけに、レシピを変更することはほとんどない。

「辛い料理が流行った時など、何度か味付けをリニューアルしてみたことはあります。しかし、昔からのお客様のご要望もあり、最終的には元の味に戻っています」(NRE)

「昔懐かしいチキンライスと唐揚げの味を求める50~60歳代の男性のお客様やお子様連れのお客様などに人気で、リピーターも多いため大きな商品変更は基本的にありません」(JRCP)

筆者の感想も加味すると、歴史と伝統を守るNRE版と、現代風のテイストと懐かしさを両立させたJRCP版、と表現することができそうだ。

パッケージのサイズはほぼ同じながら、デザインは大きく異なる「深川めし」。JRCPの駅弁は、ビニールで梱包されている点も異なる(右のパッケージ)

「深川めし」は、あさりをネギなどとともに煮込んでご飯にかけたり、炊き込んだりした東京の伝統料理。そのルーツは、江戸時代の漁師飯と言われている。駅弁の「深川めし」は「東京駅を代表するご当地駅弁」(JRCP)だが、発売はJR発足後の1987(昭和62)年と意外に新しい。

「東京名物にふさわしい駅弁を模索していたところ、たまたま深川めしを知っている人がいて、研究の末に商品化された」(NRE大増)という。それから1年もたたないうちに日本食堂からJダイナー東海が分社化され、「深川めし」は両社に引き継がれた。当時は新参者だった「深川めし」だが、ご当地駅弁として相当期待されていたのだろう。

ぶっかけ飯vs炊き込みご飯

NREは、2013(平成25)年に「深川めし」を全面リニューアル。それまで入っていたハゼの甘露煮をやめ、あさりの炊き込みご飯も、あさりと牛蒡の生姜煮を茶飯に乗せるタイプに変更した。

「深川めしのルーツである、漁師のぶっかけ飯を再現したリニューアルです。ハゼは価格が高騰していたことと、見た目が良くないというご意見をいただいていたことから取りやめました」(NRE)

一方のJRCP版は、1987年の発売当時からレシピをほとんど変えていない。

「あさりの出汁がきいた炊き込みご飯と、穴子の蒲焼き、ハゼの甘露煮など魚介の味で統一しています」(JRCP)

左:NRE版「深川めし」900円。あさりは茶飯とは別に炊き込まれ、ネギなどと一緒にご飯に「ぶっかけ」てある。玉子焼きやにんじんなど、箸休めになる付け合わせが嬉しい。右:JRCP版「深川めし」980円。あさりが一カ所にまとめられているが、ごはんと一緒に炊き込んだあさり飯となっている。値段が高めなのは、ハゼの甘露煮が今も入っているからかもしれない
2010年当時の「深川めし」。左がリニューアル前のNRE大増版、右がJR東海パッセンジャーズ版。この頃は、2つの「深川めし」に違いはほとんどなく、パッケージもよく似ていた

深川めしは、もともと貝汁をご飯にぶっかけるタイプと、炊き込みご飯にするタイプの2種類があるが、NRE版のリニューアルによって、両方を手軽に食べ比べることができるようになった。

2つの「深川めし」は、味わいも異なる。NRE版はあっさりとした味付けで、茶飯には甘みを感じる。老舗料亭「日本ばし大増」を営むNRE大増らしい味わいだ。穴子もしょっぱすぎず、穴子の風味を味わえる焼き加減。

JRCP版は、やはりハゼの甘露煮が目立つ。江戸前らしい濃いめの味付けでご飯が進む。蒲焼きらしい色の穴子は香ばしく焼き上げられ、お酒にも合う。全体に、駅弁らしいしっかりした味付けという印象だ。

同じ名称、同じルーツを持つ2つの「チキン弁当」&「深川めし」。別々の道を歩み始めてから30年が経過した今、それぞれの駅弁は盛り付けも味付けも大きく変わった。グループで出かける際など、食べ比べて駅弁の歴史を体感するのも面白い。