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Adobe本社で働く日本人に聞いた、「Tech Transfer」

Adobe本社で働く日本人に聞いた、「Tech Transfer」

2018.05.31

カリフォルニア州サンノゼにあるAdobe本社。Adobeといえばフォトショップなどで有名だが、その基幹技術の開発は、この地で行われている。というのも、本社には「Adobe Research」があるからだ。現在、AIやイマーシブなど、バズワードであり、確実に今後5年、10年を形作る技術の開発を行っている。同組織に所属する日本人、技術アーティストでコンセプトデザイナーの伊藤 大地氏に技術開発の最先端を聞くことが出来たのでお伝えしたい。

Adobe Research 技術アーティスト コンセプトデザイナー 伊藤 大地氏

Tech Transferが実現する未来

Adobe Researchが目指すことのひとつは、「Tech Transfer」だと伊藤氏。AIやAR、VRに関連した特許、技術はこれまでもAdobeとして数多く保有しているが、「さまざまな技術カンファレンスに参加して技術動向を見ながらコンセプトを固め、どうAdobe製品に応用していくのか。それを固めていくことが大切な役割」だという。

こうしたバズワードを用いることは業界のトレンドであり、もはや聞き飽きたという読者も少なくないだろう。ただ、Adobeというテクノロジー界の大企業の技術部門が真正面から取り組んでいる事実は、重要な意味を持つ。AIはともかく、ARやVRは一部の端末でしか再現できないため、「そもそも文化として定着するのか?」と疑う人も少なくないだろう。

だが、これらの製品に対してAppleやGoogle、Microsoftなどのアメリカ勢、SamsungやSonyといったメーカー勢も取り組んでいる。何より、多くの人が織り成す文化を形成する「エンターテイメント」の領域において、フォトショップなどの製品で絶大な影響を持つAdobe製品がARやVRに取り組むことで、エンタメのクリエイティブを作る時間、お金の両方のコストが劇的に下がることになる。

現時点では、確かにARやVRは一歩先の未来だ。だが、ハードウェアの面でインフラが整えば、コンテンツは数年先というそう遠くない未来に、Adobeが製造しやすい手段を整える。もちろん、研究開発部門がARやVRに取り組んでいるというだけで、実際に製品に技術が適用されるのかわからない。だが、確実に技術開発している事実は、見逃してはならないだろう。

特に、AIについては、すでに日本の「先生」をもじった「Adobe SENSEI」として機能をリリースしている。今後もAIをすべてSENSEIとして展開するのかはわからないものの、先生のようにユーザーを自然とクリエイティブ作業に集中できるよう導くという機能開発をやめるとは考えにくい。AIに至っては「未来」ではなく、「現実」なのだ。

スニークプレビューで新技術を見せる意味

Adobeは、かねてよりクリエイター向けイベント「Adobe MAX」を開催しているが、伊藤氏は日本向けに「スニークプレビュー」と呼ばれる、リサーチ部門で開発した技術の"チラ見せ"を行ってきた。

なぜ研究開発部門が、技術をチラ見せするのか。もちろん、AdobeやGoogleなどのテクノロジー企業が最先端の技術開発を行っていることに疑う余地はない。だが、世界は多様で、さまざまなプレイヤー、業態、業界がある。テクノロジーはあくまでユーザーに企業が届けたい価値の柱の一つであり、価値そのものではない。

もちろん、技術が占める割合は大きくなっているものの、例えば外食産業であれば、その価値は「よりよい飲食物を、その企業が考える最大価値で、低コストに提供する」というものだろう。技術は低コスト化や、利便性などに寄与するものであって、飲食物のアイデアなどがコアだ。

その応用するための技術は、そうした企業主体が存在することで初めて意味あるものになる。だからこそ、将来製品に応用していく技術を"チラ見せ"することで、その技術が本質的に求められているのか、改良する必要があるのか、「ユーザーが、開発者が考える『いいね』を見る事が出来て、それにユーザーがどれくらい『いいね』と思ってくれるのか見られるのがスニークプレビューなんです」(伊藤氏)。これまで、多くの機能がプレビューで見せられ、実際に機能化されているものの、細かい部分では「出ていない技術もある」(伊藤氏)という。

今回のインタビューで伊藤氏、そしてAdobe ResearchのPrincipal ScientistであるVishy Swaminathan氏に解説してもらったのは、昨年末のAdobe MAXと、今年春の Adobe Summitにおけるスニークプレビューでもプレゼンした技術だ。今回見せてもらったものの多くは、ディープラーニング技術を用いたもので、AIの進化をまざまざと見せつけられた。

例えば、「Video Ad AI」は映像解析によってメタタグを自動付加するもので、名前の通り急伸する動画配信プラットフォーム向けの動画広告に応用される。

これまでは広告担当者が動画をすべて見てタグデータを考え、割り当てていたものが、その作業を簡素化出来る。もちろん、これはAdobe SENSEIの画像データへのメタタグ割当と同じ機能と言えるが、Video Ad AIはこれにとどまらない。

Adobe Research Principal Scientist Vishy Swaminathan氏

例えば、YouTubeではある程度の"じっくり視聴"が許容されるものの、配信先をFacebookやInstagramに切り替えれば、インフィード広告で一瞬のブランディングが肝になる。そうした配信先の違いを読み、最適な動画トリミング、さらに言えばその動画再生時間の短縮も、切り出しではなく、「人が感動するポイント」をピックアップして再構成してくれるようになる。このアウトプットしたデータは、完成品としてだけでなく、Adobe製品の動画編集専用のファイル形式で出力されるため、再編集も可能になる。

「ディープラーニングにおけるニューラルネットワークの再現のように、脳の働き方を再現したものだ。一つのオリジナルビデオを見て(読み込ませて)、人が思い返す時に印象深いシーンだけ思い浮かべるように、印象強いタグの部分などをピックアップする。その作業を、1000件を超える動画で学習させたことで、このような機能を実現できた」(Swaminathan氏)

一方で、自身もアーティストとして活動する伊藤氏に紹介してもらったものは、「Project Scribbler」と「Makeup Transfer」「Project Puppetron」「Project Cloak」だ。「Project Scribbler」と「Makeup Transfer」「Project Puppetron」の3つは、いずれもさまざまな画像データを学習させたディープラーニング技術を適用させたものとなる。

Scribblerは、白黒写真を自動カラーリングするもので、実に数万枚も学習させたという。

「ポートレートは自分自身、描きますが、デッサンしても色付けまでかなり時間がかかる。絵だけじゃなくて写真も可能で、対応できる画像の幅はかなり広い」(伊藤氏)。Makeup Transferは文字通り、メイクアップした画像のメイク要素を抜き出してほかの人物に適用できるもので、肌の色の違いを乗り越えられるほか、男性にもメイクを施せる柔軟性を持つ。また、Project Puppetronについても、銅像などの特徴をAIが学習して人物に適用可能となる。

Project Cloakについては、動画で不必要な領域の存在を消すことが出来る機能だ。

例えば観光地における電柱や、結婚式における新郎新婦の横に写り込んだ人など、「どうしても消したい存在」を消せる。これまでは、手作業で1フレーム毎に作業するか諦めなければならなかったが、これを自動的に、背景を計算して上塗りしてくれる。「無ければいいのに、というものを周囲のパターンをコピーして消すというやり方だと連続再生した時に違和感を覚えるケースがある。全フレームを加味して前後のフレームから必要部分のみをコピーする事で、自然に消すことが可能だ」(伊藤氏)。

これらの技術は、いずれも非常に完成度が高く見えたものの、Adobeとしてはあくまで研究開発の位置付け。もちろん、製品に組み込むとなれば、無限大のシーンに適用できるようにしなければならず、そこで完成度の低い技術と印象づけてしまっては元も子もないということだろう。

だが、β版としてでもこの機能を開放して利用できるようになれば、恩恵を受ける企業は少なくないはず。数年後と言わず、すぐそこの未来を感じた取材だった。

KDDI社員が実践した、海外赴任で文化の壁を乗り越えるための「秘策」

KDDI社員が実践した、海外赴任で文化の壁を乗り越えるための「秘策」

2018.05.16

KDDIのシリコンバレーにおける取り組みについて、KDDI Investment Teamの傍島 健友氏へのインタビューを2回に渡ってお伝えした。最終回となる第3回では、シリコンバレーにおけるコミュニケーションの苦労話と、シリコンバレーという土地柄、日本企業がこの地とどう向き合うべきか、語ってもらった。

英語を話せても「3歳児くらいの感覚」

筆者は今回、複数の企業取材で渡米したが、正直ほとんど英語を話すことができない。テクノロジー企業の取材については、IT用語の多くが「カタカナ言葉」として利用されているため、細かい表現でわからない部分はあっても、ある程度の理解はできる。ただ、日常会話やビジネスのやり取りともなればその難易度は格段に上がる。

KDDI Investment Team 傍島 健友氏

傍島氏のレベルは私と比較してはいけない程度高いと思うが、それであっても「希望してのこととはいえ、海外で暮らすことは初めてで、英語の勉強も我流。正直、何か伝えようとしても伝えられない3歳児になったような感覚でした」と傍島氏は話す。海外法人へ赴任するケースは、どの国の企業であっても少なくないはずだが、日本企業は母国語の壁があるうえに、通常の異動ローテーションの一貫として海外赴任があるため、言語に慣れたタイミングで異動するということも少なくないだろう。

「例えて言うなら、『席をちょっと詰めて』が言えないのですよ(苦笑)。ほかにも、『そこの塩を取ってください』も、『塩取って』なのか『塩を取っていただけますか?』のニュアンスの違いがある。アメリカ人は『ストレートにNOを突きつける』というイメージを抱きがちですけれど、実際には相手をリスペクトしながら、丁寧にNoとはっきり言う。そんな小さなニュアンスにも気をつけなくてはいけない、そういった感覚を養うことが大変です」(傍島氏)

シリコンバレーでは、多くの日系企業が拠点を構えているため、そういったところで情報交換も少なくないのだろうと思いきや、「企業ごとにそれぞれミッションが違う。私としては、日本人との交流をできるだけ控えるようにしています。私たちのミッションは、日本人ではなく、こちらにいる地場の外国人とのビジネス。「シリコンバレーで日系企業がやってはいけないこと」といった話も大切ですが、語学や人脈作りなど、本当にやらなくてはいけないことを考えると、地道にそれを積み重ねなくてはならないのです」(傍島氏)。

ただし、KDDIのほかのメンバーや、自宅に帰った時も日本語を話すという、語学留学とは異なる環境のため「家族を連れて海外に来るのと、ホームステイとは違う。ちゃんと英語を学べるかというと、それはまた別の話」と傍島氏は苦笑いする。「意外と難しいポイントは、英語圏の歴史や地理についての話です。西海岸は移民の町だから、さまざまな歴史・地理の話が飛び交う。ヨーロッパがなぜ、今こういう状況なのか等、その辺りのベースがない人間にとっては難しい」(傍島氏)。

切り札は「バーベキュー」

ただ、それを乗り越えるために傍島氏が取り組んでいる秘策がある。「真面目にバーベキュー」(傍島氏)だ。

「子供の学校の友達や親を呼んで、飲みながらコミュニケーション取ることを真面目にやっています(笑)。この3年間、日本人は呼ばず、現地の人だけでずっとです。そのお陰で、昨年の後半あたりから、サンクスギビングやクリスマス、ハヌカなどの集まりに呼んでもらえるようになったのです。『日本から来て大変だよ』と話すと、みんなサポートしてくれる。『Give first』が当たり前なんですよね」(傍島氏)

真面目にバーベキューすることでコミュニケーションが深まり、コミュニティに参加でき、英語も勉強できる。ただし、その裏には苦労もある。

「こちらでは飲み会が少ないし、かと言ってパーティも難易度が高い。日本では簡単に『居酒屋飲みニケーション』しやすいですけれど、こちらは菜食主義者や宗教の違いから、簡単においそれとご飯を共にできないのです。とはいえ、バーベキューでも『こちらの家族を呼んだらこちらも』『お肉は食べられない』『お酒も飲めない』など、色々ある(苦笑)。その意味でも、文化を学ぶ必要がありますね」(傍島氏)

こうした体験を通して傍島氏が感じたことは、スタートアップの観点のみならず「シリコンバレー全体が、特殊な街」ということだ。日本人も多く、中国系も、そして欧州、アフリカ系も多い。「色々な国から色々な人が来ている街。だから、スタートアップの起業家は目線がグローバルなのだなと思うのです」(傍島氏)。

手段としてはアメリカからヨーロッパ、南米へ、そしてアジアと広げる方法が定着しているものの、「基本はグローバル」(傍島氏)。アメリカも全体の一部であって「グローバルで通用するためにやることを、日々考えている」(傍島氏)のだという。

そんなシリコンバレーを相手に、どう日本は戦っていくのか。

IT企業の規模の格差や昨今の中国勢の伸びなどから悲観論も多く見られるが、「日本人だからできない、ということを逐一上げていたらキリがない」と傍島氏は言う。例えば、言語の壁についても、前述の傍島氏の体験談を引用すれば、「とりあえず英語を話せるかどうか」という問題以上に、細かいニュアンスの問題もある。

「だからできない、というのは違うと思うのです。私たち日本人は、できない理由を並べがちだと思うのですが、こちらの人々は『どうやったらできるのか』という考えをとことん詰めてくるのです。あと一歩の発想力と、技術力という面では、日本も決して劣っていないはず。マインドをどれだけ前に向けていけるかが重要」(傍島氏)

メルカリやスマートニュースなど、日本でも大きなシェアを持つアプリが、シリコンバレーにも拠点を構えて進出している上に、傍島氏らKDDI ∞ Laboとして支援してきたスタートアップ企業の起業家たちも「シリコンバレーに何人か来ている」という(傍島氏)。

日本でも起業を容易にして、新しい事業の芽を見出そうという取り組みは多く見られる。社内起業家制度は、ソニーやパナソニックといった大手電機メーカーがスタートさせており、政府も法人の設立手続きをネットで一括申請できるようにする仕組みを、2019年度からスタートさせると言われている。

「失われた20年」によって、傍島氏が語った「できない理由を並べる」ことが当たり前になった感もあるが、よりオープンに、迅速に、新しいことをどんどん進めようという環境が日本でも整いつつある。KDDIは4月に、オープンイノベーション推進企業として知財功労賞の経済産業大臣表彰を受賞したが、その先駆者としてのポジションに甘んじることなく、よりドライブできるのか。シリコンバレーからの新風を、KDDIがいかに取り込めるかが大きな鍵となりそうだ。

シリコンバレーで7年、KDDIが培ってきたモノ

シリコンバレーで7年、KDDIが培ってきたモノ

2018.05.15

前回の記事では、KDDIがなぜ、シリコンバレーで活動するのかを、KDDI Investment Teamの傍島 健友氏に尋ねた。傍島氏は、KDDIが統合した3社(DDI、KDD、IDO)のうち、DDIに入社した。セルラーのインフラ部隊に所属して、現行の通信規格である4G(LTE)の前身の3G(CDMA-2000)の立ち上げなどに技術者として関与していたという。

その後、法人ソリューションサービスの企画部門に携わり、そして前回触れたKDDI Open Innovation Fundなどのチームへと籍を移すことになる。そのチームでは、「KDDI ∞ Labo」と呼ばれるベンチャー支援プログラムが2011年より行われている。ラボに携わる中で「やはりシリコンバレーに行きたい」という思いを強くしたと傍島氏は振り返る。

KDDI Investment Team 傍島 健友氏

文化の違いを肌身で体感

サンフランシスコ拠点は2011年に立ち上げ、メンバーはわずか2名だった。

「当然ながら、こちらの人は『KDDI』と言われても、誰も知らない。ゼロからの立ち上げで当時の担当者は相当苦労しました。2011年に初めて、こちらのベンチャーキャピタル(VC)を呼んでパーティーをしたんです。当時の社長である田中や、現社長の髙橋も来て、経営陣が一体となって『一緒にやっていきましょう』と。そんなスタートだったんです」(傍島氏)

傍島氏自身の赴任は2015年から。

シリコンバレーとはどういう場所なのか、ある程度想像していたようだが、「生活して初めてわかることが本当に多かった」という。もちろん、日本でも知らない土地に引っ越せば、ある程度の空気感の違いはある。ただ、言語やビジネスの商慣習などを含め、傍島氏にとって身につけなければならない感覚はあまりにも多かったようだ。

「子供が2人いるのですが、学校に行ってどういう生活をしているのかと思ったら、小学生からパワーポイントでプレゼンテーションしているんですよ。それも小学校2、3年生の子供たちが。どう相手に伝えるのか、どうしたら伝わるのか、それに対して多くの質問をぶつける、その訓練をそんな小さい頃からやっている。だから、コミュニケーション力の地力があるのだなと感じましたね」(傍島氏)

子供の話で言えば、アメリカは日本と比べて治安が悪い。そのため、子供だけを公園で遊ばせるわけに行かず、共働き夫婦であっても早々に学校へ迎えに行かなくてはならない。さらに言えば、日本の都市部と異なり市域が非常に広いため、移動に手間がかかる。そうした事情から、車で運転しながらの電話会議や、ご飯を食べながらの会議は日常茶飯事だという。

「こちらの人は、確かに皆、家族の時間を大切にします。ですが、働き盛りの子育て世代は、日本と同じでずっと働いています(笑)。一方で、フェイス・トゥ・フェイスのコミュニケーションを日本は重要視しますが、こちらは移動も大変なので、ある程度割り切っています。歩きながら電話会議をする人もいるように、とにかく空き時間を減らすことで、効率よく仕事しているのです」(傍島氏)

日本の感覚を忘れずに、メルマガの意味

前回で触れた傍島氏のミッションは、スタートアップへの投資と、投資先製品・サービスの日本進出支援だが、それとは別に大切な業務がある。それが「メルマガ」だ。

「社長以下、1500名以上に『オフィス カルフォルニア』というメールマガジンを送っています。アメリカで起こった大きな出来事と"チョキスタ"と呼ぶ『ちょっと気になるスタートアップ』、そしてコラムの三章立てです(笑)。このメルマガで大切にしていることは、いかに日本にいるKDDIグループの社員に現地での肌感覚を伝え、また日本の肌感覚を拾えるか。こちらで付き合いのあるメンバーの感覚だけでは、意見が偏ってしまう。ITにちょっと自信のない社員からの返信は、とても大切にしています」(傍島氏)

傍島氏のメルマガは、経営陣も返信するなど好評だという。だからこそ、ITの先端の地の最新の生の声をどう届けるか、そしてダイレクトに返ってくる「お客さまに近い声」を感じることで、日々の業務に還元していく循環を、傍島氏は意識している。もちろん、一番の狙いは、日本にどう影響を与えたいか。

「私がメルマガを書き続ける一番の理由は、最先端に近い情報に触れることで、『考えるきっかけ』を作ってほしいのです。一人ひとりの『こういう意見』が、経営戦略部門から事業戦略、サービス、バックオフィスまで、色々な部門で生まれるきっかけを提供したい。もしそれぞれの担当者がアクションを起こすきっかけになると、私一人ができる仕事の数十倍、数百倍の価値があると思うのです」(傍島氏)

シリコンバレーで起こっていること自体は、アメリカのテクノロジー系メディアを見れば、ある程度情報を収集できるようにも思う。だが、傍島氏からすれば「メディアや調査会社など、お金を使って色々な情報は集められると思います。でも本質的な"体験"をしないことには、その価値を伝えられない」という。「価値を知るからこそ、本当に良いものを日本に持ち込めるのです」(傍島氏)。

筆者自身、今回の取材で初めてシリコンバレーに降り立ったが、日本ではお試しの1回しか利用したことのなかったライドシェアアプリのUberが、なぜ流行ったのかを体感した。

これはあくまで"にわか"な筆者の感想だが、日本においてUberアプリは、ただのタクシー配車アプリでしかなく、しかも町中を流しのタクシーが絶えず走っている。この環境でアプリをわざわざ使う理由に乏しく、せいぜい現金やカードをその場でやり取りしなくても良いという程度のものだろう。

一方のアメリカでは、「ライドシェア」としてマイカー所有者が自分の余暇時間にUberでお小遣い稼ぎをやっている。利用者側の選択肢としても、相乗りの「Uber Pool」や、大通り間の乗車で割り引く「Uber Express Pool」など、さまざまな料金設定がある。ましてや、ちょっと駅近くの商店街まで歩いて……と思ったら、30分以上かかるような土地柄、「だからUberが流行るのだ」とようやく納得できたものだ。

UberとLyftの掛け持ちドライバーも少なくないシリコンバレー

もちろん、傍島氏はこんな程度の低い感想ではなく、むしろVCとの意見交換などを通して、数年先の会社のビジョンとスタートアップを結びつける、さながら事業家の感性で「本質的な体験」を必要としているのだろう。

傍島氏は「私自身も本質的な部分は、まだまだわかっていない」とも語るが、それは「グローバルを体感できる環境で育っていない部分が大きい」と自己分析する。そもそもスタートアップを立ち上げる連続起業家のサービスの組み立て方が、日本人とは大きく異なるがゆえ、そこの理解に苦労する部分があるといったイメージだろうか。

7年があるからこそ、今がある

サンフランシスコ拠点ができてからの7年は、短いようで長く、そして大切な年月と傍島氏は話す。

「日本でも同じですけれど、雑談で『良い情報教えてよ』と軽く話しても、本当に良い情報は普通教えませんよね(笑)。それと同じで、KDDIの社員自身が7年前から根ざしてやってきた、ローカルにコミットした活動が、大切だなと。VCと話すと、日本人の多くは転勤族だからか、『何年こっちにいるの?』『いつ帰るの?』と聞かれます。それは、1年で帰ってしまう人間と仲良く出来ないってことですよね」(傍島氏)

スタートアップとの会話の中には、「日本には興味あるのだけど、あまりよくわからない」という言葉もよく聞くようだ。これに対して傍島氏は、KDDI ∞ Laboで培ってきた、ベンチャー支援の枠組みを通して「KDDIを使い倒して、一緒にやろう」と声をかけていると言う。

「日本では我々が持っているアセットは本当にたくさんあります。そして私たちの仕事は、『日本のお客さまに良いものを届ける』こと。アメリカで成功しても日本でうまくいかないという事例も多々ありますが、『日本にもチャンスがあるのだ』という空気を伝えたい。私たちはレベニューシェアでアプリベンダーさまに収益を還元する『auスマートパス』をいち早くスタートさせましたが、そのビジネスモデルはこちらでもかなりの好感触ですし、そうしたものと組み合わせて成功モデルを作りたい。」(傍島氏)

「スタートアップ」は、どれも眩しく、そして暗い未来が待ち構えている可能性もある。ITの先端を行くシリコンバレーの地であっても、「本当の価値」をいかに見出すかは、長期間に渡る「目利き力」の磨きと、「関係性構築」の作業が必要なようだ。