「安川幸利」の記事

安川幸利

安川幸利(やすかわゆきとし)

NewsInsight 編集・記者

Twitterアカウント:やすかマギカ(@yasuka_magica)
パナソニックのオープンイノベーションが広げた“未来の鏡”の可能性

パナソニックのオープンイノベーションが広げた“未来の鏡”の可能性

2019.05.20

パナソニックの企業内アクセラレーター制度「GCカタパルト」

同プロジェクトから、うしろ髪が見える鏡「michor」が誕生

“自前主義”を捨てたからこそ生まれたアイデアが詰まっていた

パナソニックの企業内アクセラレータープログラム「ゲームチェンジャーカタパルト(GCカタパルト)」。2016年にスタートしたこの制度は、“未来の「カデン」をカタチにする”というビジョンのもと、パナソニックで家電事業を担当するアプライアンス社のなかでアイデアを募り、選考やプロトタイプの検証などを経て、新事業の創造を目指すというもの。大きな特徴は、企画段階から社内外の人々を巻き込んだ「共創」によって進める「オープンイノベーション」だろう。

長年“自前主義”を貫いてきたパナソニックに、どのような変化が起こったのだろうか。GCカタパルトを通じて事業化が決まった「michor(ミチャー)」のメンバーである中島有季子氏と尾家瑶子氏にプロジェクトについて話を聞いた。

イノベーションを起こすべく生まれたGCカタパルト

中島氏「パナソニックは社員数の多い企業です。その分、アイデアの宝庫ではあるのですが、それが形になりにくい状況が続いていました。自分の担当領域を超えた事業ができなかったり、数字的な予測のつきにくいアイデアにGOサインが出なかったり、会議を重ねるうちにいつのまにか企画がボツにされていたり……」

パナソニック アプライアンス社 スマートライフネットワーク事業部 スマートコミュニケーションBU 商品企画部 国内商品企画課の中島有季子氏

尾家氏「私の普段の仕事はソフトウェアの開発なので、企画として決まったあとの工程から製品づくりに参加します。そのため、アイデアがあっても、それを出す場がありませんでした」

パナソニック アプライアンス社 スマートライフネットワーク事業部 スマートコミュニケーションBU ソフトウェア開発部 開発2課の尾家瑶子氏

家電メーカーとして歴史の長いパナソニックは、会社が大きくなったことで、個人のアイデアを形にすることが難しくなってしまった。また、研究開発、事業開発、事業部などさまざまな部門を通過して事業化するため、できたとしてもスピード感がない。

さらに、会社から求められるのは「何台売れるのか」「どのくらいの利益が出るのか」という数字的な成果ばかり。研究開発も「薄型テレビをより薄くする」という技術的な進化に寄ってしまい、画期的なイノベーションが起きにい状況に陥ってしまったという。

そのような状況を打開すべく、立ち上げられたのが、GCカタパルト。100年以上家電メーカーとして事業を続けているが、従来のやり方にこだわらず、全く新しい事業を創出するための風土改革とそれをリードする人材の育成を目指し、「ゲームチェンジする人のための発射台になる」というコンセプトが設定された。

GCカタパルトでは年に1回、参加者を公募してビジネスコンテストが実施される。書類選考を通過したチームは、社長プレゼンに挑み、自らのアイデアを披露。そこから、ブートキャンプや途中経過報告のプレゼンによる数回の選考を経て、最終の検討会で承認されれば、事業化に向けたフェーズに移る。

最終選考を通過したアイデアは、事業化支援会社であるBeeEdgeの支援を受けることができるほか、パナソニックとベンチャーキャピタルのスクラムベンチャーズが設立したジョイントベンチャーから出資を受けて独立することもできるという。つまり、おもしろいアイデアさえあれば、パナソニックの支援を受けながら、新たなスタートアップ企業を立ち上げることも可能というわけだ。

中島氏「現業を続けながら、会社の制度として新規事業にチャレンジできるのはありがたいですね。これを使わない手はないなと、すぐに参加の手続きを進めました」

自分のアイデアが事業化されるチャンスがある。そう思った2人はすぐに動き出した。

現場調査から想定外のアイデアが生まれた

新たなイノベーションを生み出すべく、設立されたGCカタパルト。その制度を活用して、中島氏と尾家氏は「自分のうしろ姿を確かめながらヘアアレンジができる」というコンセプトのデジタルミラー「michor」の開発に挑戦した。

michorのワーキングサンプル。うしろのカメラで捉えた後頭部の映像を鏡側に映し出す
michorの利用イメージ

ありそうでなかった鏡とカメラの組み合わせ。このアイデアはどこから生まれたのだろう。

尾家氏「最初は個人的な悩みです。私には、普段からヘアアレンジがうまくいかないという悩みがありました。YouTubeやインスタグラムで検索してみると、ものすごい数の動画が出てくるんです。視聴回数10万回超えもザラですね。多くの人がヘアアレンジに関心を寄せていることがわかりました」

中島氏「何か解決したい悩みがあるとき、そこにビジネスのタネが眠っているものです。尾家さんの悩みから、女性が自由にヘアスタイルをデザインできるようにと、michorの構想はスタートしました。実際に、街や社内で20代の女性にインタビューしてみると、SNSなどで情報はたくさんあるにも関わらず、『うまくいかない』『やり方がわからない』というネガティブな意見が多く出てきたのです。これは絶対にやるべきだと思いましたね」

生の声を集めているうちに、michorの需要に対する仮説が確信に変わった。ニーズの調査方法は実際に街に出てインタビューを行うというシンプルかつアナログな方法だが、これが効果的だったと2人は振り返る。

中島氏「GCカタパルトでは、3カ月に1回プロジェクトの進捗を発表して、継続の可否が判断されるのですが、私たちはここで徹底してユーザーの声をぶつけました。やはり数字の試算よりも顧客の声が一番信用してもらえるので、それで“事業性があること”をアピールしました」

尾家氏「社内で仮説検証したときも、体験してくれた社員を見て『これはいける』と確信しましたね。なので、あとは共感、感動してくれる人を募ろうと思いました」

この製品を必要としてくれている人がたくさんいる――。プレゼンでは自ら集めた「リアルな意見」を可能な限り伝えた。それが審査員に響いたのだろうと2人は分析する。

実感したオープンイノベーションの可能性

また、より多くの人の意見を集めようとしたことで、思いもよらないアイデアが生まれたという。

中島氏「プロの美容師さんの意見もほしかったので、同僚の通っている美容院に一緒に連れて行ってもらって、michorを体験してもらいました。20店舗くらいは回ったと思います」

尾家氏「すると、美容師さんがお客さんからよく『うしろ髪のスタイリングはどうすればいいのか』を聞かれることがわかったんです。しかも、現状ではアシスタントの人に鏡を持ってもらいながら伝える以外に方法がありませんでした」

鏡を使いながら手元を見せるには、2人いなければならない。しかし、混雑時などには、アシスタントの手が空いているとは限らないのだ。

中島氏「つまり、美容院でお客さんにヘアアレンジのレクチャーをするためにも使えることを発見したのです。そこから、美容院と顧客をつなげるBtoBサービスのアイデアが生まれました。実際に訪問に行ったからこそ見えてきたニーズですね」

元々2人は、美容院の課題解決をするつもりで訪問したわけではなかった。あくまでコンシューマー向けの製品として開発するつもりだったのだが、美容師に実際使ってもらったからこそ、ただのコンシューマー向け製品に留まらない、サービス提供の可能性が生まれたのである。

中島氏「美容院と顧客をつなげられれば、新たなコミュニティが生まれるかもしれません。調べたところ、女性の平均美容院の回数は4.5回くらいらしいのですが、ヘアスタイルの相談やアドバイスをオンライン上で気軽にできるようになるのです。また、ヘアアレンジの相談を受けにもっと通うようになるかもしれません」

3カ月に1回行われる継続可否のプレゼンで、美容院のニーズがあることを伝えると、審査員の反応が変わったという。そうして、さまざまな声を集めながら、アイデアをカタチにしていったmichorは、最後の検討会を無事通過。事業化に向け推進できることが承認された。

尾家氏「これまでパナソニックでは製品を発表するまでは完全に情報を閉ざしていました。いわゆる“自前主義”で、社内のノウハウだけで製品を手がけていたわけです。今回もGCカタパルトを通じてmichorを開発していなければ、おそらく製品を販売して終わりだったでしょうね」

中島氏「先ほどもお伝えしましたが、パナソニックはいろんなアイデアや技術があります。しかし、基本的には事業部のなかにある技術を使った製品開発がメインでした。今回はオープンイノベーションとして、開発中からさまざまな人の協力を得られたからこそ、さまざまなアイデアが生まれたと言えるでしょう」

自社内の閉じたアイデアやリソースだけでは、できることが限られる。従来のパナソニックであれば、新製品を開発する際も、情報は発売されるまで「社外秘」として取り扱われることがほとんどだったそうだ。

情報を公開し、社外の協力を得ながら開発を進めたからこそ、さまざまなアイデアが集まり、michorはよりよいものにレベルアップできたと言えるだろう。

michorの事業化に向けた取り組みが決まり、GCカタパルトとしては1つのゴールにたどり着いたが、2人とってはようやくスタート地点に立ったという心境のはず。この先、michorを使ったサービスがどのように展開されていくのか、さらなる進化にも期待したいところだ。

「輝夜月 LIVE」から見えた“VRの持つ可能性”

「輝夜月 LIVE」から見えた“VRの持つ可能性”

2019.05.09

VTuberの輝夜月が2度目のVRライブを開催

VRならではの多彩な演出が光る

企業のプロモーションの場としても大きな効果を残した

2019年5月1日。「平成」が終わりを告げ、新たな元号「令和」が始まった。そんな時代の節目とも言える日に、新時代を象徴すると言っても過言でないライブイベントが開催された。バーチャルYouTuber(VTuber)の輝夜月さんによるVRライブ「輝夜月 LIVE@ZeppVR2」だ。

VR空間プラットフォーム「cluster」の仮想空間「Beyond the Moon」にある「Zepp VR2」にて、VTuberの輝夜月さんが歌やダンスを披露するという内容の同イベント。本稿では、ライブ中に随所で見られた“VRならではの演出”をピックアップしながら、VR空間の可能性について考えてみたい。

会場内では全員エビフライ

VRのライブ会場ではドレスコードが規定されていた。いわゆる「統一のアバター」を使用するわけである。実際にVR空間へ入り込むと、右も左もエビフライ。参加者は、輝夜月さんが考えたキャラクター「エビーバー」の格好をしているのだ。

clusterでは、拍手や笑い声といったアクションを起こせるのだが、今回のライブ用として、スポンサーである「日清焼そばU.F.O.」や「令和」の文字を表示させるコマンドを搭載。開場を待っている多くのエビフライたちは、その限定コマンドを試しつつ、周辺をウロウロしていた。

VR空間に入ると、大量のエビフライに出会う
画面左下のボタンから「日清焼きそばU.F.O.」や「令和」のアクションを行える。「エビフライ」や「ブロッコリー」も今回のライブ専用アクションだ

「VR空間上を移動する」体験の提供

ライブの開演時間が迫ってくると、輝夜月さんの考案したキャラクターである「エビーバー」と「パブロッコリー」が案内役として登場。すると、LOW GUYS(ロウガイズ)と呼ばれる紫色のエビフライが押し寄せてくるではないか。

「みなさん、何されるかわからないですよ! 逃げましょう」と、パブロッコリーが来場者を大きな塔へと誘導する。参加者はVR空間のなかを移動し、LOW GUYSを振り切って建物内へと足を踏み入れるという演出からライブが幕を開けたのだ。

LOW GUYSたちがどこからともなく大量発生
エビーバーとパブロッコリーの案内のもと塔へ避難する

無事に逃げ切れたエビフライたち。建物のなかは真っ暗だったが、パッと明かりがつき、ライブのステージが現れた。しかし、すでに部屋のなかには大量のLOW GUYSが。絶体絶命か、と思ったところで、「おはよぉー!」と主役が登場する。そして、そのままオリジナル曲の「Beyond the Moon」が始まった。

輝夜月さん降臨
群がるエビフライたち

おそらくほとんどの参加者は、大きな塔のなかがライブのステージになるとわかっていただろうが、これらの演出のおかげでライブがスタートする前から“ワクワク感”があった。バーチャルという移動の制約がほとんどない空間で、あえて来場者を移動させることが、まるでテーマパークのアトラクションが始まる前のような体験を提供していたのだ。

VRならではの演出群、スポンサーの露出もバッチリ

ライブは進み、さらなる演出がエビフライたちを驚かせる。まずは衣装やステージの転換だ。曲に合わせてサングラスを装着したり、一瞬でステージのデザインがガラリと変わったり、来場者のようにエビフライのコスチュームを身にまとったりと、視覚効果で楽しませてくれる。

曲に合わせて衣装やステージがチェンジ

そして、輝夜月さんが来場者とコミュニケーションを図っているうちに、ステージはエレベーターのように少しずつ上昇していき、最上階に到着。再び移動パートに突入だ。建物の非常口を抜けて、もう1つのステージへ。4月に配信されたばかりのオリジナル曲「NEW ERA」を披露すると、輝夜月さんはロケットに乗り込み宙へ飛び立っていった。

輝夜月さんと一緒に次のステージへ移動するエビフライ
ロケットで帰っていく輝夜月さん
ロケットが見えなくなるとメッセージが

輝夜月さんが帰ったあとも、会場には多くのエビフライが残っており、約5分おきに「日清焼そばU.F.O.」のCM曲に合わせて踊る輝夜月さんのホログラムが映し出される演出を取り囲んで、名残惜しそうに眺めていた。

ライブ終了後、日清のCMに合わせて踊る輝夜月さんのホログラム映像

ライブ会場に入る前の待合スペースで設置されていたテレビ画面でも「日清焼そばU.F.O.」のCMが流れていたこともあり、今回のライブに参加した人は何回CMを耳にしたかわからないはずだ。また、今回のライブはVR空間だけでなく、ライブビューイングでも実施されていたのだが、開演前にCMが流れると、会場全体でCMに合わせて「コール」のようなものが起きていたという。

VRならではの演出が目立ったが、それだけにとどまらず、仮想空間におけるプロモーション効果を実証できたと言えるのではないだろうか。野球の球場やサッカーのスタジアムにスポンサーの看板が置かれているようなイメージで、VRライブの会場でも企業ロゴの入った看板や広告ポスターの設置、CM映像などのプロモーションが行われることが一般的になるかもしれない。

eスポーツを“魅せる”ゲーム内カメラマンという職業

eスポーツを“魅せる”ゲーム内カメラマンという職業

2019.04.24

さまざまな大会が開催されるようになったeスポーツ

大会では動画配信を行うことも珍しくない

eスポーツの映像はどのように生み出されているのか

RIZeSTで働く「ゲーム内カメラマン」に話を聞いた

「4いくよ、4。はい、いった」
「マップ出せる?」
「次、SunSister追って」

会場に設置したディスプレイやインターネット上の配信サービスで、ゲームの映像を届けるeスポーツイベント。プロゲーマーが火花を散らす舞台の裏側では、めまぐるしく変わる戦況に応じて、スタッフが視聴者を楽しませるための映像を手がけている。常にさまざまな指示が飛び交う配信室は、さながら“もう1つの戦場”といったところだ。

eスポーツの映像は、単純なプレイヤー視点のゲーム映像ではない。タイミングよく情報を表示させたり、スーパープレイが起きればリプレイを流したり、盛り上がるであろうシーンを近くから映したりと、いくつもの工夫がされているのだ。特に、広いフィールドのなかを、プレイヤーごとに異なる視点で動くゲームの場合は、視聴者にどのシーンを見せるのかが重要になってくる。

その役割を担うのが「ゲーム内カメラマン」と呼ばれる人たち。なかなか表舞台に出ることはないが、高度なゲーム知識と、豊富な経験がなければ務まらない。彼らの手で、視聴者の観たいシーンを絶妙な角度で切り取る――。それが、ゲーム観戦をエンターテインメントに昇華させているのだ。

今回は、eスポーツイベントを裏側から盛り上げるゲーム内カメラマンの話をしよう。

巧みな連携によって最適なシーンを届ける

「eスポーツのおもしろさを、視聴者にうまく伝えるための仕事です」

ゲーム内カメラマンとは何か? という問いに対して、RIZeSTでゲーム内カメラマンのスイッチャーを務める立石雄太氏はそう答えた。同社はeスポーツのイベント運営を請け負う企業。会場の設営からキャスティング、映像制作などを、トータルでサポートする。

RIZeSTでゲーム内カメラマンのスイッチャーを務める立石雄太氏

「たとえば、『PLAYERUNKNOWN'S BATTLEGROUNDS(PUBG)』というバトルロイヤルゲームでは、広いフィールドを移動する参加プレイヤー64人を平等に扱いながら、対戦が発生した場合はそこにフォーカスしたり、実況・解説の内容に合わせて表示画面を変えたりと、eスポーツの魅力を最大限届けられるよう心がけています」

最大100人のプレイヤーがフィールドに降り立ち、落ちているアイテムを駆使しながら最後の1人になるまで戦うバトルロイヤルゲーム『PUBG』。見事に最後まで生き残れたとき、「勝った! 勝った! 夕飯はドン勝だ!!」と画面に表示されることから、100人の頂点に立つことを「ドン勝する」と呼ぶ。2人のタッグプレイ(デュオ)や4人のチームプレイ(スクワッド)も可能で、その際の「ドン勝」の条件は、「ほかのチームのプレイヤーを全員倒すこと」だ。

日本ではDMM GAMESが、PUBGを使った国内公式eスポーツのプロリーグとして「PUBG JAPAN SERIES(PJS)」を開催している。ルールは4人1チームのスクワッド。16チーム計64人で、1日4試合ずつ、6日間行ってシーズンの覇者を決めるというものだ。

立石氏は、このPJSにおいて6人のゲーム内カメラマンを統括する「スイッチャー」として“ゲーム内カメラマンのボス”のような役割を担う。プレイヤーが64人いる状態でスタートするPJSでは、誰がどこで何をしているかわからない。そのため、ゲーム内のさまざまな場面をチェックしている「ゲーム内カメラマン」が観戦機能で撮影する画面を、戦況に応じて立石氏が切り替えているのだ。

PJSの会場。選手64人は同じ会場でPUBGをプレイする
PJS season2 Phase2 PaR Day1のアーカイブ動画。定期的に視点が切り替わっていくのがわかる

PJSを配信中の現場にお邪魔すると、立石氏は常に何らかの指示を出しているようだった。「次、2いくよ」とカメラの番号を伝えてから手元の機器を操作し、画面を切り替えたかと思えば、「SunSisterいける?」とチーム名をカメラマンに伝えて、次の動きを指示する。

「PJSの場合、カメラマン6人とマップ管理、そしてスイッチャーの計8人がゲーム映像を担当します。6人のカメラマンのうち中心にいる2名のリーダーに僕から指示を出して、そのリーダーが左右のカメラマンに指示をする流れです。状況に応じて『俯瞰の映像を撮りたい』『ここの戦闘を追おう』といったことを伝えていますね」

PJS配信室の様子。立石氏は6人から送られてくる映像を常に見比べながら、最適なものを選択する

現場にいるカメラマンはインカムでつながってはいるが、全員が一斉に発言すると混乱するので、リーダーを立てて連携するルールを決めたという。だが、スイッチャーが状況に応じて指示を出すとはいえ、カメラマンが言われた通りに動いているだけかというと、そうではないらしい。

「実況・解説の声は全員がしっかり聞いて、その情報を把握しながら動いてもらっています。特定の選手が話題に出たら、その選手のカメラに切り替えるようにしているのですが、それをイチイチ指示していたら間に合いませんからね。ただ、もちろんすべての情報を把握できるわけではないので、言葉はかけあうようにしています」

ゲーム内の状況に加え、配信室内での指示や、実況・解説の声にも耳を傾ける。PUBGの局地的な戦闘は一瞬で終わることも珍しくないので、決定的な瞬間を撮り逃さないように、さまざまな情報を把握しながらすばやく行動しなければならないのだ。

そのように情報が錯綜しがちな配信室内では、可能な限り連絡をスマートにしていき、「何も言わなくても伝わるようになるのがベスト」だと立石氏は考える。実際に現場でのやり取りを見ていると、かなり洗練された連絡系統が確立されているように思えたが、事前に綿密な打ち合わせなどは行っているのだろうか。

「ゲーム内カメラマンチームの打ち合わせは、実はおおざっぱなものです。『こういう場面ではこうしよう』といったことを決めておいても、実際はうまくいかないことが多いんですよ。その場で臨機応変に対応しなければいけないことがほとんどなので、決めるのは序盤・中盤・終盤ごとの大枠のルールだけです」

各プレイヤーがフィールド内でバラバラに散る序盤は戦闘が起きにくい。そのため、いくつかのポイントを短い間隔で順番に映していく。中盤はリーダーからの報告のみに限定し、最も盛り上がる最終局面では戦闘を仕掛けるプレイヤーがわかった瞬間にカメラを切り替えられるようにしているそうだ。

「このようなルールは、試行錯誤しながらほぼ毎週変えていますね。特にPJSでは、シーズン1からシーズン2に移行する際、大幅にルールが変わり、キル(敵のプレイヤーを倒すこと)を取れば取るだけポイントが入るようになったので、戦闘数が異常に増えました。シーズン1ではリーダー以外にも発言してもらっていたのですが、それだと混乱するようになったので、チームで話し合いながら、今の形にようやく落ち着いた感じです」

ルールが変わればプレイヤーの動きも変わる。プレイヤーの動きが変わればカメラもそれに合わせて動かなければならない。プロチームの情報はもちろん、プレイヤーの動き方まで把握しなければ、選手の魅力的なプレイを視聴者に届けることができないのだ。

「チームメンバーの入れ替わりやキルを取る選手、索敵を担当する選手などは把握しています。ただ、もちろんすべての戦闘を撮りきれるわけではありません。派手な戦闘が起きそうなときでも、先に別の場所で小さい戦闘が始まった場合には、そちらを最後まで追いかけるようにしています。そのチームのファンであれば、結末を見届けたいと思うはずですから」

手探りでスタートしたゲーム内カメラマンのキャリア

さまざまな情報を把握しながらタイミングよくゲーム画面を切り替えて「eスポーツイベントの映像」を生み出す立石氏。ゲーム内カメラマンという仕事が一般的に普及しているとは言い難いなかで、なぜこの仕事を選んだのだろう。

「最初からゲーム内カメラマンをやろうと思っていたわけではありませんでした。もともとは映画系の大学で音響などをやっていたのですが、秋葉原にあるe-sports SQUARE AKIHABARAでアルバイトを始めたときに、店長から映像をやってほしいと言われたのがきっかけですね」

アルバイトを始めたのは3年前。国内ではまだ「eスポーツ」という言葉すら知られていなかった時代だ。もちろん、eスポーツのスタッフもほとんどいない状況である。

「自分たちで全部やるしかないという状況でした。対戦格闘ゲームの大会『闘劇』でプロデューサーをされていた方がいろいろと教えてくださったので、正しい方向に成長できたと思いますが、手探りの部分も多かったですね」

ゲームイベントの映像周りをすべて担当していた立石氏。「ゲーム内カメラマン」というゲーム映像の担当ができたのは、さらに最近のことだという。

「僕はゲーム画面と実況・解説の様子、選手の様子などを切り替える放送全体のスイッチャーをやっていたのですが、以前アクションシューティングゲーム『オーバーウォッチ』のイベントを実施した際に、ゲームのカメラも必要だという話になりました。そこで、自分が担当するようになった形です」

急速に普及したeスポーツでは、まだイベント運営のノウハウが蓄積されているわけではない。実際にeスポーツ大会の運営経験を積み重ね、試行錯誤を繰り返していくことで「ゲーム内カメラマン」という存在の必要性に気付いたのだ。

「ゲーム内に限定されることで、これまで以上に知識が求められるようになりました。もともとゲームはやるほうなので、わかっていたつもりだったのですが、知識不足を実感することも多くて。練習試合や海外の配信を観て、勉強するようになりましたね」

PJSではゲーム内カメラマンが作業する部屋の横に、放送全体の切り替えを行う配信室があった

eスポーツの普及には映像クオリティのボトムアップが必要

eスポーツの主役はプロゲーマー。しかし、プロ選手にスポットライトを当てるためには、照明を持つ人が必要だ。現状では、まだ照明を当てる側の人間も少ないのではないだろうか。立石氏はゲームイベントを支える仕事について、今後どうなっていくべきだと考えているのだろう。

「コミュニティの大会でも映像クオリティが底上げされていけばいいなと思います。PJS以外にもPUBGのイベントを楽しめるのはいいことですし、毎日何かしらの楽しみが生まれますからね」

立石氏が望むのは、eスポーツ全体の映像クオリティの向上。エキサイティングな映像でeスポーツの魅力を伝えられる大会が増えれば、それだけファンが増える可能性がある。

「ただ、PJSはDMM GAMESさんのサポートによって、6人のゲーム内カメラマンをアサインできていますが、コミュニティレベルのイベントでは、同じPUBGでも、1人でゲーム内カメラマンを担当することがほとんどです。主催者が高いクオリティの映像を届けたいのかどうかにもよりますが、選手の優れたプレイや動きを観られないのは、視聴者にとっても残念なことだと思うので、小さい大会でも、練習試合でも、いいプレイをいい画面で観てもらえるようになるといいと思います」

ゲーム内カメラマン6人をアサインすることは、けっして簡単ではない。しかし、映像のクオリティを高めることができれば、視聴者の満足度も上がるはずだ。主催者やスポンサーが資金を出し惜しみすれば、それだけ出来上がる映像のグレードは下がってしまう。

「実際、練習試合の配信では視聴者数もそこそこ。コンテンツのレベルが上がれば視聴者数も増えるだろうし、視聴者数が増えればスポンサーのブランド露出も増えるはずです。PJSでは、投げ銭のようなスーパーチャット機能も実装されましたが、機能を搭載するだけでなく、観ている人たちがお金を出したくなるレベルのコンテンツを作ることが大事だと思いますね」

視聴者がお金を払いたくなるためには、コンテンツの質を高める必要があると考える立石氏。もちろん、高いクオリティの映像を制作するには、スタッフなどの運営体制をしっかりと整える必要があるのだ。

「僕がかつて見ていたeスポーツは、海外のコンテンツ。日本もそこに近づいてはいますが、海外シーンも同様に成長しています。PJSはゲーム内カメラマン6人態勢で進行しますが、韓国などはもっと人数が多いでしょうし、機材もいいものを使っているでしょう。そう考えればまだまだ、日本にも伸びしろはあるはずです」

eスポーツの発展にはコンテンツクオリティのボトムアップが必要。そう話す立石氏にとって、質の高い映像とはどのようなものを指すのだろうか。

「個人的な意見ですが、ゲーム内カメラマンはいかに視聴者が自然にプレイに入り込めるかが大事だと考えています。主役はあくまでも選手。選手を魅せるために、カメラという存在感をいかに消すか、それを目指して仕事していきたいですね。映像づくりにおいては、引き続き僕らの出せるベストを毎回更新していければなと思います」

ゲーム内カメラマンは、あくまで視聴者の目に過ぎない。カメラの存在をいかに消して、選手のプレイに没頭してもらえるかが大事だと立石氏は考える。口調こそは静かだったが、ゲーム内カメラマンとしてのこだわりが伝わってきた。

「正直、あまり表舞台には出たくないんです。そっとしておいてほしいと言いますか……(笑)」

取材を始める前に、立石氏はこう言った。eスポーツの主役はプロゲーマーであり、ゲーム内カメラマンは表舞台に出る必要はないと。

しかし、eスポーツを“魅せる”エンターテインメントへと昇華させている彼らの存在があってこそ、多く人が楽しめるコンテンツが生まれているのだ。eスポーツ普及への貢献度は、計り知れないだろう。

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