「土屋武之」の記事

土屋武之

土屋武之(つちや・たけゆき)

フリーライター

1965年、大阪府豊中市生まれ。鉄道員だった祖父、伯父の影響や、阪急電鉄の線路近くに住んだ経験などから、幼少時より鉄道に興味を抱く。大阪大学では演劇学を専攻し劇作家・評論家の山崎正和氏に師事。芸術や評論を学ぶ。出版社勤務を経て1997年にフリーライターとして独立。2004年頃から鉄道を専門とするようになり、社会派鉄道雑誌「鉄道ジャーナル」のメイン記事を毎号担当するなど、社会の公器としての鉄道を幅広く見つめ続けている。著書は「鉄道員になるには」(ぺりかん社)、「まるまる大阪環状線めぐり」(交通新聞社)、「新きっぷのルール ハンドブック」(実業之日本社)、「JR私鉄全線 地図でよくわかる 鉄道大百科」(JTBパブリッシング)など。
着席保証列車「ライナー」の特急化を進めるJR東日本

着席保証列車「ライナー」の特急化を進めるJR東日本

2019.05.28

特急へと置き換わっている「ライナー」

国鉄時代から運用されている古い編成

アナログ的なチケット販売から脱却を目指す

以前の記事で、主に朝夕の通勤時間帯に走る、特別料金を別途収受して着席を保証する列車について紹介した。そして、京王電鉄、東急電鉄など、それまで座席指定制または定員制の列車を運転したことがなかった「新規参入組」では、今後、こうした列車の拡充に積極的になるであろう一方、意外に寿命は短く、居住性にすぐれ経営効率上でも有利な、リクライニングシート装備の「座席指定特急」へと変化するのではないかと考察した。

「着席保証列車」はもう古い?

事実、JR東日本では、2019年3月16日のダイヤ改正で、「ライナー」と総称されてきた通勤客向けの着席保証列車のうち、中央本線の「中央ライナー(東京~高尾間)」「青梅ライナー(東京~青梅間)」を廃止。新たに全車座席指定の特急「はちおうじ」と、特急「おうめ」を設定した。総武本線の「ホームライナー千葉」も廃止となり、代わりに快速列車が増発されている。

運転最終日の「中央ライナー」。常に満席近い需要があった
特急「はちおうじ」「おうめ」に使われるE353系電車。「あずさ」「かいじ」と共通で運用される

後者の場合、利用率の問題から廃止し、前後を走る快速の混雑緩和を図ったとも考えられるが、「ライナー」の特急への置き換えは、これまでほかの線区でも段階的に実施されてきた。高崎線では、2014年3月15日のダイヤ改正で「ホームライナー鴻巣(上野~鴻巣間)」が、特急「あかぎ」と統合の上で、全車座席指定の特急「スワローあかぎ」に置き換えられた。同じ改正では東北本線(宇都宮線)の「ホームライナー古河(上野~古河間)」が廃止されている。常磐線ではさらに早く、1998年には各「ライナー」が特急「フレッシュひたち」(現在の「ときわ」)へと置き換えられた。

一部が高崎線の「ホームライナー鴻巣」の置き換え列車として設定された「スワローあかぎ」

国鉄時代からの歴史がある「ライナー」

朝夕のラッシュ時間帯に通勤客向けの座席指定特急を運転した初期の例としては、1967年に新宿~新原町田(現在の町田)間に設定された小田急ロマンスカーがある。そして東武や京成、西武などにも広まったのだが、いずれの会社も「特急列車の一種」という扱いは崩さず、現在に至っている。

小田急の通勤客向け特急、「ホームウェイ」。国鉄とは違い、あくまで特急として運転され続けてきた

一方、国鉄でもこの施策には注目し、夜間、ターミナル駅から郊外の車両基地まで回送していた特急用車両へ、特急券ではなく、300円の「乗車整理券」を定期券などのほかに購入すれば乗車できるようにした。これが「ホームライナー」で、1984年の上野~大宮間がその第一号であった。そして増収策として全国の都市圏へと広がり、JR各社に引き継がれた。ある意味「国鉄の遺産」でもある。

この乗車整理券とは、本来、年末年始や旧盆などの超繁忙期に、長距離列車の自由席への優先乗車順を指定するために発売されたもので、列車の定員分のみ発行されたことから、「ホームライナー」に転用して「必ず座れる」とした。その後、JR東日本は乗車整理券とは制度上分けて、ライナー券、ライナー料金の制度を整えた。だが、現在に至るまで、特急券とは別の規則に基づいて発売されている。つまり、「ライナー」は基本的に特急用車両を使用し、座席の保証と快適な居住性を提供するものの、あくまで特急とは別の列車として推移してきたのである。

しかし、乗車整理券、ライナー券は特急券ではないがゆえ、発売場所がわかりにくくなりがちという欠点があった。乗車駅、下車駅が限定される特殊な列車であるがためで、国鉄~JRの座席指定・発券システム「マルス」にも収納されなかった。

発売場所は、地域や路線によって、まさにまちまち。窓口、自動券売機(設置場所は改札外、改札内と両方のケースがある)、ホームでの係員による手売りもあって、日常的にその路線で通勤している客にしかわからない。常連以外には、いかにも利用しづらい状況が生じていた。また、JR各社サイドからみれば、1日数本の列車のための特別な設備や人手が必要であった。

東京駅の中央線ホームに設置された指定券(特急券)の券売機。以前は「ライナー券」の自動券売機であった

「ネット予約」時代への対応

ところが、特急列車の指定席のインターネット予約、チケットレス乗車が常識となってくるにつれ、事情が変わってきた。アナログ的なライナー券発売方法を採っていた「ライナー」は、勤務先からスマホで予約したいという需要に対し、応えられなくなってきたのだ。「中央ライナー」「青梅ライナー」のように、2002年よりインターネット予約、チケットレス乗車に対応した例(ただしJR東日本系のビューカード決済専用)もあったが、むしろ稀な存在に終わっている。

また、特急の利用促進を図って、短距離の自由席特急料金を引き下げる傾向も国鉄末期から強まってきており、ライナー料金との差が小さい、または同額になるケースが目立っていた。例えば、東京~八王子間47.4kmの自由席特急料金は510円であるが、「中央ライナー」のライナー料金も510円だった。車両は同じで、座席が指定される、されないの違いだけであった。

こうした状況に基づいて、「ライナー」と特急との一本化を図ろうというJR東日本の判断が出てきても、自然なことと思われる。中央本線においては、特急「あずさ」「かいじ」と「中央ライナー」「青梅ライナー」に共通で使われてきたE257系電車が、E353系電車へと全面的に置き換えられるタイミングに合わせて、特急へ変更されたのである。

「『ライナー』の特急への統合」は、「(同じ路線を走る特急と併せて)インターネット予約・チケットレス乗車の導入、および割安なネット予約料金の設定による利用客の誘導」「全車座席指定化、割高な車内料金の設定」と表裏一体の施策である。このJR東日本の方針は「スワローあかぎ」運転開始時から一貫しており、今改正において中央本線へも拡大されたということである。

なお、本論から多少離れるが、全車座席指定化については、国鉄時代から自由席特急券を持たない、「特急への飛び乗り客」への対応に手を焼き、膨大な人手が割かれていたという事情に基づく。実質的な値上げになったとしても、利用客にはあまり同情できない。車内料金の設定も、同様である。

筆者が実見した例では、深夜帰宅時の特急の自由席5両に車掌が5人も乗務して、車内改札と自由席特急券の発売に追われていたというものがある。現代の日本の社会において、人件費が必要経費に占める割合がいかなるものか。それは理解しなければならないところだ。ちなみに、その特急はその後、廃止された。需要はあったであろうが経費がかかりすぎ、収益にはつながらないという、私企業としては常識的な判断が下されたものと思われる。

通勤時間帯の普通・快速列車はきちんと運転されている。特急や「ライナー」はあくまで付加価値として提供されているものだ。

「湘南ライナー」の特急化で完結か

国鉄時代に「通勤5方面」といわれた、東海道、中央、高崎・東北、常磐、総武の各方面のうち、現在「ライナー」が残っているのは東海道本線方面だけである。「湘南ライナー」および新宿発着の「おはようライナー新宿」「ホームライナー小田原」は運転本数も多く、今も需要は大きい。

しかし、同じ東海道本線を走る特急「踊り子」「スーパービュー踊り子」は、近い将来の車両取り替えが予定されている。「湘南ライナー」に充当される主力車両は、「踊り子」と同じ185系電車であるから、当然、同時に取り替えられよう。そして、これまでのJR東日本の方針からすれば、やはり全車座席指定の特急に変更されるものと思われる。これで、同社の着席保証列車に対する施策は、特急への統一によって完結をみることになる。

特急「踊り子」や「湘南ライナー」に使われる185系電車。近い将来に別の車両に取り替えられる予定

夕方・夜の下り「湘南ライナー」に乗車するには、現状、東京駅と品川駅にある専用自動券売機でライナー券を購入しなければならない。しかし特急化後は、世の趨勢に合わせてインターネット予約が中心となり、かつ「マルス」でも予約可能となって、全国の「みどりの窓口」でも特急券が購入できるようになる。

例えば、今は仙台から東京まで東北新幹線を利用し、東京駅で「湘南ライナー」に乗り換えて大船まで帰宅したいと思っても、ライナー券が購入できるかどうかは、東京駅に到着し「湘南ライナー」が発車するホームまで行かなければわからない。それが特急化されれば、仙台駅で一括して特急券を購入することもできる。制度ひいては発売システムの統一の効果としては、このようなこともある。

JR西日本が「おおさか東線」で目指す“完成形”とは

JR西日本が「おおさか東線」で目指す“完成形”とは

2019.04.25

「おおさか東線」の新大阪~放出間が開通

新大阪へのアクセス強化で新幹線需要アップを!

北梅田駅を建設して、より一層栄える大阪に

JR西日本が整備を進めていた「おおさか東線」の新大阪~放出(はなてん)間、通称「北区間」が2019年3月16日に開業し、これで2008年に営業開始した「南区間」(放出~久宝寺間)と合わせて、当初計画の全区間が完成した。

放出駅付近ですれ違う、奈良行きの「直通快速」(右)とおおさか東線の普通列車(左)

もともと存在していた貨物専用の城東貨物線を複線化し、旅客列車を走らせようという1950年代からの構想に基づき、新駅や新大阪への乗り入れルートを建設。鴫野~放出間で線路を共用していた学研都市線との分離・複々線化などを行ったものだ。

元より大阪市東部や東大阪市といった人口が多い地域を縦貫しているだけに、潜在的な旅客需要は見込まれていた。既存線の改良により、地下鉄のような莫大な建設費をかけることなく、これに応えた形だ。

新駅のうち、南吹田と城北公園通は、これまでバスしか公共交通機関がなかった地域に設けられており、交通の定時性、速達性の改善がおおいに期待される。JR淡路とJR野江は、それぞれ阪急、京阪との接続駅であり、周辺地域はもちろん、両私鉄の沿線と新大阪との間の往来が、混雑する大阪市中心部を経由しなくとも可能となった。ルートによっては乗り換え回数が減った。

城北公園通駅など、鉄道に恵まれなかった地域に設けられた駅もある

広域的にみれば、JR西日本は「直通快速」を新大阪~奈良間に設定し、JR大和路線奈良方面と新大阪との間のアクセス改善をもくろんでいる。新大阪~奈良間の直通列車は、1988年の「なら・シルクロード博覧会」開催の際に、梅田貨物線~大阪環状線経由(現在、関空特急「はるか」などが走るルート)で臨時快速が運転された実績があるが、単線の梅田貨物線や列車本数が多い大阪環状線のダイヤに挿入する苦労があり、その後、定期列車化されることはなかった。それがおおさか東線の全線開業で、毎日4往復の快速列車の設定が可能となったのである。

なぜ、新大阪へのアクセスを改善するのか

新大阪駅は東海道・山陽新幹線のターミナル駅。新大阪へのアクセスを改善するということは、まず第一に新幹線を便利に利用できるようにするということだ。奈良方面の直通快速を例として、沿線地域から発生する広域的な流動の一翼を担い、かつ新幹線の沿線から観光客、ビジネス客を招き入れるというもくろみが、おおさか東線の建設経緯および、今回のダイヤ設定から読み取れる。

沿線地域にとっては、新大阪へ直結されたことが大きい

おおさか東線の沿線は製造業が盛んな、いわゆる「モノづくり」の街だ。独自の技術を持った大小の事業所が多数、立地している。最近の産業構造の変化により、工場跡地に建設されたマンションが目立つようになったが、車窓を眺めていると街の特徴がよくわかる。

これまで、この地域は大阪市中心部へのアクセスこそ便利であったが、新幹線や空港といった、広域的なアクセスの拠点への便は、今ひとつであった。そこへ開業したおおさか東線は、新大阪への直行を可能とした。

終点の久宝寺が位置する八尾市もまた、製造業の街だ。今回の開業にあたり八尾市は、市制施行70周年記念事業と題して、おおさか東線普通列車へのヘッドマーク掲出行い、注目された。もちろん今後の他地域との交流活発化、ひいては産業振興への期待が込められていることだろう。

八尾市がPRのため掲出したヘッドマークをつけて走る普通列車

おおさか東線は、JR東日本の武蔵野線と対比されることもある。都心部から放射状に伸びる各鉄道を環状に結ぶ点が似ているからだが、沿線地域の構造はまったく異なる。武蔵野線も貨物専用線から旅客兼用に変更された路線だが、開業時の沿線は田園地帯。その後の発展により通勤路線となった。それに対し、おおさか東線はもともと過密とさえいえる人口集中地帯に建設されている。沿線の衰退を防ぎ、さらなる発展を促すことが、路線を持つJR西日本にとって重要な課題だ。

新大阪駅周辺の再整備も視野に

新大阪駅の周辺は、1964年の東海道新幹線開業時にはまったくの街外れで、単なる新幹線とほかの鉄道や自動車交通との接続駅でしかなかった。その名残りは、駅の正面出口に直結しているのがタクシー乗り場(現在の利用実態からすれば、まったく不合理)で、周囲の街へ出ようとすると、慣れないと道に迷いかねないぐらい不便な構造ともいえる。

ところが新幹線駅に至近という立地は、やはり企業にとっては魅力的で、オフィス街が形成され、超高層ビルも建設されるようになった。ただ、商業施設はほとんどなく、街は雑然としていて、梅田や難波のような繁華街としての賑わいには乏しい。

新大阪駅の駅名標には現在、隣の駅として西九条が表示されているが、これがいずれ「北梅田」に変わる

2018年8月29日、新大阪駅周辺地域は「都市再生緊急整備地域の候補となる地域」として、内閣府から公表された。将来的な中央リニア新幹線や北陸新幹線の乗り入れをにらんでのことである。これを受けて大阪市は大阪府と連携し、国、経済界、民間事業者などとともに、「新大阪駅周辺地域都市再生緊急整備地域検討協議会」を立ち上げた。都市再生緊急整備地域指定へ向けた準備を始めている。

もちろんJR西日本も新大阪へのアクセスをになう鉄道事業者として、この動きに深く関わることになる。むしろ、新大阪駅周辺整備の必要性は、同社がいちばん強く感じていたのではあるまいか。新大阪の都市核としての発展があれば、関西各地や中国地方からの列車を走らせているJR西日本にとって、自社の発展につながるからだ。

おおさか東線の整備は、むしろJR西日本サイドから新大阪の再開発と発展を促す、ひとつのアイテムと位置づけられ、進められてきたことだろう。もちろん、中央リニア新幹線や北陸新幹線の新大阪乗り入れも、将来的な視野に入れてのことだ。

おおさか東線の「終点」は北梅田

関西圏でも「駅ナンバリング」が進んでおり、あまり目立ってはいないように見受けられたが、おおさか東線の各駅にも付けられている。現在、新大阪がJR‐F02。以下、順に付けられ、久宝寺がJR‐F15となっている。JR‐F01は、乗り入れ予定の「北梅田(仮称)駅」のために空けられている。

北梅田駅は現在、JR大阪駅北側の旧梅田貨物駅跡地に建設中だ。開業は2023年春が予定されている。完成すると、現在、梅田貨物線を経由している関空特急「はるか」や特急「くろしお」などが停車する。そしておおさか東線列車も乗り入れる。

JR大阪駅のすぐ北側、地下に建設中の北梅田駅

現在でも、直通快速は新大阪へ到着した後、そのまま折り返さず、旧梅田貨物駅跡にある梅田信号場(北梅田駅の北西側にある)まで回送されてから折り返す。15分に1本の運転が基本のおおさか東線普通列車の間に割り込む形のダイヤなので、普通が折り返す新大阪駅2番線には入れず、3番線に到着、1番線から発車している。

新大阪駅の在来線乗り場は、おおさか東線の北梅田延伸を睨んで設計されている。1番線は「はるか」「くろしお」などが到着し、京都方面へ直通する。2番線が前述の通り、おおさか東線普通列車の折り返し。3番線が関西空港行き「はるか」と白浜・新宮方面行きの「くろしお」の出発となっている。

おおさか東線専用に使えるのは、事実上、2番線しかない。しかし、北梅田までの延伸が確定事項であるのなら、これは暫定的な使用方法とみて取れる。おおさか東線の列車が、普通、快速を問わず北梅田発着になれば、新大阪での折り返し列車は確実に減るからだ。

北梅田乗り入れがなった時点で、おおさか東線は真の全線開業となる。梅田地区はいうまでもなく大阪でいちばんの商業エリアであり、巨大な大阪駅ビルに代表されるように、JR西日本の経営上、最重要拠点でもある。そこへ、おおさか東線によって、これまで鉄道に恵まれなかった地域からの流動が生まれるとなれば、梅田の地位はさらに向上する。最終的にJR西日本が目指すところは、そこだ。

新快速をより快適にするJR西日本の「Aシート」の存在意義

新快速をより快適にするJR西日本の「Aシート」の存在意義

2019.04.23

プラス500円でより快適な乗車を提供するJR西日本の「Aシート」

京阪神圏を走る新快速は大きな輸送力を持つ

新幹線が通らない区間を新快速がカバー

JR西日本の新快速は、12両という長い編成を組んで、京阪神間を越えた区間に至るまでサービスを提供している

2019年3月16日のダイヤ改正では、JR西日本が注目すべき施策をいくつか打ち出した。そのうちのひとつに、京阪神圏の近郊輸送(アーバンネットワーク)の主力列車である新快速に設けられた、「Aシート」がある。既存の新快速用車両2両を改造し、片側3カ所の扉のうち中間を埋めて、客室内にはリクライニングシートと荷物置場を設置したものだ。

上下各2本、計4往復の新快速でサービスを開始した「Aシート」の車両

利用するには乗車券と別に「500円の乗車整理券」が必要だが、前売りは一切行われず、空席がある場合のみ、着席後に乗務員が下車駅を確認して発売する。こうすることによって着席を保証するもので、昨今、各社に広まっている「着席保証サービス」の一種でもある。その一方で「乗ってみるまで、座れるかどうかわからない」という欠点も指摘されている。

シートの乗車整理券は車内で、下車駅を指定して乗務員から購入する

現在のところ、12両編成中1両、野洲~姫路・網干間に1日2往復だけの設定で、「お試し」という域を出ない。だが、「グレードアップした座席を新快速に設けては」という議論は以前からあり、古くはJR西日本が発足した初期にも、グリーン車連結構想があるとの報道が見受けられた。

Aシートの登場から1カ月あまり。春休みの「青春18きっぷ」利用期間も終わって、試乗も一段落。動向も落ち着いたかと思われるが、利用客には一応の評価を得ているものと思われる。利用率次第で、今後の拡大は視野に入っていることであろう。

Aシート車には独自のロゴを入れて、ほかの車両と区別している

長距離客の需要をつかむか?

こうしたサービスへの潜在的な需要は、JR西日本も十分に把握していたはずだ。新快速用の電車は、2人掛けの「転換式クロスシート」と呼ばれる座席を装備し、普通や快速では一般的なロングシートや4人掛けのボックスシートの車両より快適と言われる。それは間違いではないが、さすがに最新式の特急用リクライニングシートとは比べものにはならない。

実際に乗車してみたが、座り心地がまったく違う。大型テーブルやフリーWi-Fi、電源コンセントも完備されている。それが500円の追加料金で利用できるとあれば、1両46席を埋める程度の需要は、十分にあるものと思われる。

新快速の特徴に長距離運転が挙げられる。最長で、福井県の敦賀発、兵庫県の西端に近い播州赤穂行きというものがある。大阪~姫路間、あるいは大阪~彦根間など、利用が多い区間は営業キロで100km前後となり、130km/h運転が自慢の新快速でも、所要時間は1時間かそれ以上になる。

首都圏で類似した区間としては、上野~水戸間や新宿~甲府間などがある。いずれも全車座席指定の特急が、およそ30分おきに走っており、本来なら特急列車が輸送の主役でもおかしくはない。JR各社が50kmまでの特急料金を設定しているように、もっと短い距離でも速くて快適な特急を利用する客は多いのだ。大阪~京都間(42.8km、新快速で約30分)ぐらいの区間でも、ほかの地方や私鉄では特急、ひいては着席への欲求は高い。非常に盛況で、今後の増強が伝えられる京阪特急の「プレミアムシート」が、よい例だろう。

しかし、JR西日本では特別料金不要の新快速が輸送の主軸を担ってきた。山科~京都~大阪~三ノ宮~姫路間では、12両編成で15分間隔運転という、大きな輸送力を提供しているが、それだけ需要は大きい。裏返して見れば、特別料金という収益源を、これまで逃してきたと言えはしないか。薄利多売と言うが、均一的なサービスよりも値が高くても質が良いものを求め、出費を惜しまない客は、どんな分野においても必ず一定数、存在するはずだ。現に新快速は、運賃がほかの私鉄より高いにもかかわらず、スピードで私鉄特急を圧倒して、顧客を確保してきた。

サービスアップと収益アップの一挙両得をねらう

新快速はもともと、京阪神間における私鉄特急との競争上、快速より上位の列車として誕生した。1970年のデビュー当時の運転区間は京都~西明石間で、日中のみの運転であった。それが国鉄~JR西日本の「安価な高速サービスを関西一円に広げる」という戦略に基づき、東は米原・長浜方面、西は姫路方面まで延長され、朝夕ラッシュ時間帯にも運転されるようになったという経緯がある。JR西日本となってからは収益の柱のひとつと位置づけられ、転換式クロスシートの快速列車は、ほかの線区でも多数、運転されるようになった。

「プレミアムシート」の連結が成功をおさめた京阪特急。新快速のライバルといえる存在だ

現在の新快速の運転区間の大半は、新幹線が並走している。もちろん、スピードでは新幹線が圧倒的ではあるのだが、新大阪駅や新神戸駅あるいは西明石駅が市街地の中心部にない。また、米原~京都間には新幹線駅がないという事情もあって、関西圏内の輸送では新幹線の占める割合は小さく、その分、新快速に人気が集まっている。

そこに存在する特別料金を支払ってでも快適性を求める需要に対して、まったく応えないというのも、今日ではサービス改善という面でマイナス評価につながる。それ以上に収益アップの可能性をみすみす見逃すというのも、一部上場企業の経営上、いかがなものだろうか。

今回のAシート導入の背景としては、やはり京阪のプレミアムシートが、JR西日本の並行路線、しかも大阪市内~京都市内という「短区間」で成功をおさめたことがあるだろう。京阪神間の私鉄の特急列車と、それに対抗する国鉄~JR西日本の新快速は、長年「特別料金不要で快適な座席を提供する」ということが、ひとつのポリシー、あるいは鉄道会社としてのアイデンティティとなっていた。それは、大筋においては今後も続くと思われるが、その一方で、混雑して座れなければ意味がないというジレンマも抱えている。

これまで「着席保証サービス」というものに対して慎重、あるいは懐疑的であった京阪神間の各鉄道会社。しかし「座りたい」という欲求は全国共通のはずだ。首都圏の座席指定制特急の利用客、特に朝夕ラッシュ時間帯に、年配者や小さな子供連れといった交通弱者が目立つのも、立席では移動が厳しいからに他ならない。バリアフリーとは、すなわちどのような人でも移動の自由が保障されるという意味。今日の鉄道会社にとって、最重要課題だといっていい。

お試し期間を終えた後は?

もちろん、Aシートのサービスは現状が完成形であるはずがない。まず供給量の拡大を図るのが先決であろう。片道2本しか連結列車がない今では、わざわざ「Aシートに乗ろう」と運転時刻を調べなければ利用できない。いつでも乗れるよう、すべての新快速への連結されることが理想だ。

同時に、座席指定制つまりは事前予約を可能としなければ、支持は得られないと思う。乗ったが満席で座れない可能性があるという今の制度は、当然ながらJR西日本も不十分と考えているだろう。

ただ、新快速はほかの在来線特急と比べて運転本数が圧倒的に多く、かつ停車駅も多い。車両の改造もさることながら、JRの予約システム「マルス」の改修、ひいてはそのための投資が可能かどうかに今後がかかっている。完全にインターネット予約・チケットレス乗車だけにして、マルスとは切り離した座席予約システムとすることも、あるかもしれない。