「土屋武之」の記事

土屋武之

土屋武之(つちや・たけゆき)

フリーライター

1965年、大阪府豊中市生まれ。鉄道員だった祖父、伯父の影響や、阪急電鉄の線路近くに住んだ経験などから、幼少時より鉄道に興味を抱く。大阪大学では演劇学を専攻し劇作家・評論家の山崎正和氏に師事。芸術や評論を学ぶ。出版社勤務を経て1997年にフリーライターとして独立。2004年頃から鉄道を専門とするようになり、社会派鉄道雑誌「鉄道ジャーナル」のメイン記事を毎号担当するなど、社会の公器としての鉄道を幅広く見つめ続けている。著書は「鉄道員になるには」(ぺりかん社)、「まるまる大阪環状線めぐり」(交通新聞社)、「新きっぷのルール ハンドブック」(実業之日本社)、「JR私鉄全線 地図でよくわかる 鉄道大百科」(JTBパブリッシング)など。
京浜急行の“駅名公募”が及ぼす影響は? 批判の声も

京浜急行の“駅名公募”が及ぼす影響は? 批判の声も

2018.10.29

京急が新駅名の改称案公募、対象は小・中学生

駅名が変更された場合に周辺に与える影響

改称される駅、されない駅の線引きはどこに

京浜急行電鉄(京急)が、創立120周年記念事業の一環として「わがまち駅名募集」と題し、「駅名を公募する」と発表した計画が物議をかもしている(公募自体は10月10日で終了)。いくつものメディアで取り上げられ、賛否両論。地名や地域文化に造詣の深い研究者も巻き込んでいるが、あまり肯定的な意見は聞かれない。

駅名の公募を行った京急。京急と言えば「赤い電車」のイメージが強い。ステンレス製の電車も赤い部分を多くしているが、近年、全面塗装車も登場した

もともとは、大師線産業道路駅が立体交差化事業によって地下化され、「産業道路(神奈川県道6号東京大師横浜線)との交差地点」という駅名の由来との関係が薄くなることを機に、改称を計画したことが発端。同時に京急のほかの駅も、小・中学生から改称案を公募して、良いアイデアがあれば2019年春に改称時期とともに発表し、数駅の駅名を改めるとした。

京急産業道路駅は、道路名を駅名とした珍しい形。だが、特定の地域名は表していない

確かに駅名の変更は、単に駅に掲げられた看板を掛け替えればよいというものではない。今日では運転指令や乗車券管理など、コンピュータ上のあらゆるところに使われている名称を変えなければならないため、規模が大きな駅だと、一説には億単位とも言われる莫大な費用がかかる。地元からの改称の要望に基づくものであるなら、地元がその費用を負担することもある。

そして、一駅変えねばならないのなら、段階的に駅名変更するよりも複数の駅名を同時に変えた方が経費も手間も軽減され、企業としてのメリットは大きい。長崎電気軌道(長崎市の市内電車)が、この8月1日に一挙に13停留所の名称を変更し話題となったが、それも同じ理由による。

物議をかもす、駅名改称計画

しかし京急は、旧東海道沿いや三浦半島など長い歴史と深い文化をもった地域を走っている鉄道だけに、それぞれの駅名にもさまざまないわれがある。まず、慣れ親しんだ駅名を変えることに対する、地域住民=京急利用客の抵抗感は強いだろう。

ましてや「難読駅名」とされた駅(プレスリリースでは「読みかた等が難しくお客さまにご不便をおかけしている駅」)を対象に、「わかりやすく変える」とも伝えられたことが、住民の反発を呼びそうだ。雑色(ぞうしき)、追浜(おっぱま)、逸見(へみ)などが念頭にあると思われる。

インターネット時代以前なら、難読駅名はクイズの題材にでもなろう。けれども、今や手元のスマホからいくらでも情報が引き出せる時代である。

例えば雑色は、平安時代に天皇の雑用をした見習い役人のことが"雑色"と呼ばれ、それが村名、ひいては1901年開業の駅名となったところ。現在の住所は大田区仲六郷だが、明治以降の合併の結果であるし、もし100年以上続いた駅名を「わかりにくい」という理由から変えるとしたら、地域住民のアイデンティティに配慮した上でなければならないだろう。

「雑色」とは、平安時代から続く由緒ある名称
雑色駅前にある雑色商店街。この駅名や地名は地元で定着している

アイデンティティの否定にならないか?

「名前」というものは、アイデンティティそのものだ。例えば名字。日本では結婚する女性の9割が男性側の姓に変えるとされているが、そこに葛藤はないだろうか。地方自治体の「平成の大合併」はまだ記憶に新しいだろうが、自治体名をどうするのか、甲論乙駁(こうろんおつばく:議論がまとまらない様)でなかなかまとまらなかった事例が各所に見られた。「××という新市名は了承するが、○○というわが町の名も残せ」という論は根強く、××市○○(○○が旧市町村名)といった地名が、全国で無数に生まれている。

駅名は鉄道会社の私物ではなく、公共物であるという考え方もある。例えば、××銀行○○駅前支店という名称はふつうにある。○○という駅名が変更となれば、この銀行支店も改称を余儀なくされる。私企業に限らず、バス停や交番などの公共施設やマンションなどにも影響が及ぶ。

また、鉄道と深くつながった生活を送っている地域住民にとっては「○○の住民」であるということが、自分たちのアイデンティティともなる。地名が変わっても駅名はなかなか変わらないことの良き例が、先述の雑色駅などだ。

中には、地名どころか駅名の由来である施設が消滅しても、駅名が変わらないもしくは変えられないという例すらある。小田急向ヶ丘遊園駅は同名の遊園地にちなむが、2002年に閉園した後も駅名はそのまま。もはや遊園地があろうがなかろうが関係なく、地域名として「遊園」が定着しているためである。

小田急向ヶ丘遊園駅は、遊園地の閉園後も改称されていない
鉄道駅だけではなく、道路の信号にも近隣スポットの名残が残る。写真は1986年に閉園した「多摩テック」付近の信号

さらに、品川や横浜などの他社線接続駅のほか、公共施設、神社仏閣といった史跡等、生麦駅など歴史的事象が起こった場所の最寄り駅として広く認知されている駅は改称対象としないとなっている。生麦事件は日本史上、広く知られた出来事であるが、では改称対象駅との間の「線引き」はどのように成されたか。やはり、日本の存続を危うくする事件が起こった場所の近くの駅として、存在感を残しておきたいのだろう。

 

「生麦事件」の史跡の最寄り駅である、生麦駅

こうしたことを考えると、鉄道サイドの一存で駅名を変えられないのが予想できる。どんな鉄道会社でも地域密着の逆、「地域との乖離」を起こしてしまっては事業として成立しないからだ。特に日本の大手私鉄は、多彩な関連事業を展開していることもあって、「○○沿線」という意識が沿線住民や利用客の間では強い。地域の意に染まない改称が実施されてしまった場合、企業イメージの低下が非常に心配される。

企業のイメージにも影響するので慎重な対応を

産業道路駅の場合、由来である産業道路は大田区大森東二丁目から横浜市鶴見区生麦まで続く。10km以上ある道路であるから、いろいろな地域にまたがっており、単に京急の駅周辺のアイデンティティとはなりにくい。改称案としては、駅周辺の地域名である「大師河原」が挙げられているようだ。ただし、周囲には「産業道路駅前店」を名乗る商店もある。

しかし、地域からの駅名改称の要望も聞かれないのに、まるでプレゼントキャンペーンのように駅名を募ったのはいかがなものだろうか。京急では近年、「赤い電車」の伝統とイメージを守るために、ステンレス製の電車を塗装した(素材の特質からすれば無用の施策)という事例もある。伝統や歴史、文化を重視する姿勢を打ち出したばかりであるのに、駅名改称計画はこれと矛盾してはいないか。企業としてのアイデンティティが疑われることは、決して得策ではない。

利用客が「駅に親しみやすいように」「沿線の活性化につながるように」という意図が、この計画にはある。しかし、逆効果があっては元も子もない。近年、同社は駅名を使って、「三崎マグロ駅(三崎口駅と三崎のマグロから)」や、「北斗の拳」など人気がある作品とのタイアップで、さまざまな"遊び"を展開してきた。今回の計画もその流れに沿ったものと考えられるが、期間限定のものではなく、駅名を改称するとなると恒久的な施策だ。

副駅名をつけた京急の駅の例(京急鶴見駅)

京急鶴見駅のように「京三製作所本社」と、カッコ書きで副駅名をつけた駅もある。公募の結果はわからないが、こうした副駅名としての対応が、関の山ではないかと思われる。

果たして京急がどのような対応をするのか、見守りたい。

進化を続ける観光列車、ローカル路線で活きる「短編成」戦略とは?

進化を続ける観光列車、ローカル路線で活きる「短編成」戦略とは?

2018.09.26

高級クルージングトレインとは異なる観光列車

個人旅行の活況に沿った新たな魅力を提案

ローリスクを狙った各社戦略と、地元利害が一致

国鉄末期からJRの初期にかけて、「ジョイフルトレイン」と通称された観光向けの特別な仕様の車両が数多く登場した。昭和40年代から走り人気があった「お座敷列車」の発展のような形で、2~6両程度の1編成を1つの団体で貸し切って旅行してもらうというのが、基本的な販売方法である。

しかし、バブル景気の崩壊を経て約30年が経過した今日では、こうしたスタイルの団体専用車両は、大半が姿を消してしまった。代わって人気を得ているのが、「ななつ星in九州」「TRAIN SUITE 四季島」「TWILIGHT EXPRESS 瑞風」の3本がある超ハイクラスの「クルージングトレイン」。そして2~3両程度の短い編成で、家族連れや小グループを主な対象とした、貸切ではない観光列車である。

いずれも、風光明媚な車窓風景や特徴のある沿線のグルメなどがアピールポイントだが、短編成の観光列車は、リーズナブルな値段かつ予約方法を簡便にして、誰でも気軽に乗車できることも特徴としている。社員旅行のように数カ月前から旅行代理店に手配を依頼する大規模な団体旅行がすたれ、思い立ったら吉日とばかりに出かける個人旅行が主流となった、大きな時代の流れに沿った施策だ。

こうした施策の実例を、2018年7月1日に最新の観光列車「あめつち」をデビューさせたJR西日本を例にみていこう。JR東日本の観光列車(例えば「フルーティア」)のように、個人でも申し込める、旅行代理店が販売する旅行商品(ツアー)の形を取っている会社もあるが、JR西日本では基本的に駅の窓口で乗車券と指定席券を購入すれば、簡単に観光列車に乗ることができる。

7月1日に運転を開始したばかりのJR西日本最新の観光列車「あめつち」
観光列車にふさわしいよう、完全に刷新された「あめつち」の車内

安くつくれる、既存車改造の観光列車

JR西日本に限らず、各地の観光列車は既存の車両を改造したものがほとんどである。一から新製した方が自由が効き、さまざまなアイデアの実現に対する制約も少なくなるが、そういう例は限られる。

実際に、独創的な設備を備える「クルージングトレイン」は、各社とも完全新製車だ。ただ、これは1人あたり数十万~100万円以上もの旅行料金を収受できる列車だからこそ、できること。鉄道車両を新製する場合、1両あたり一般的な車両で2億円ほど。特殊装備を持つ車両だと3億円やそれ以上かかる。投資の回収という意味で、新製は難しいのだ。

これが改造車だと車体やエンジン、台車といった、初期費用が大きくかかる部分をそのまま利用できる。インテリアや車内設備の刷新には、実はさほどの費用がかからない。家の新築とリフォームの違いと同じことだ。

JR西日本の観光列車は、2005年に呉線広島~三原間に登場した「瀬戸内マリンビュー」に始まり、2007年の山陰本線「みすゞ潮騒(現在の『○○のはなし』)」、2014年の七尾線「花嫁のれん」、2015年の城端・氷見線の「ベル・モンターニュ・エ・メール」と、キハ40系気動車(ディーゼルカー)を改造したものが、かなりの割合を占める。編成はいずれも1両ないし2両だ。

「あめつち」「○○のはなし」などの原形であるキハ47形気動車
萩など、山口県の日本海側の観光地と山陽新幹線新下関駅を結んで走る「○○のはなし」。「みすゞ潮騒」からの再改造車だ

鳥取~出雲市間を走る「あめつち」も2両編成で、キハ40系に属するキハ47形をリニューアルしたもの。改造の要点は、一部の乗降扉を埋めて室内スペースを広げ、内装を全面リフレッシュ。座席はゆったりした2・4人掛けシートと海側(宍道湖側)を向いた1人掛けシートに交換し、そのほか、販売・供食用のカウンターの設置、最新式トイレへの更新といったところだ。車内を見る限り、原形を想像することは難しい。

たがしかし、窓はほとんど改造されておらず、冷房装置も流用されている。原形と詳細に比べてみると、大規模な車体の変更が避けられているのがわかる。

ほかの観光列車もおおむね、こういう方針で改造されている。「○○のはなし」のように窓を大型化して眺望を改善したものや、「花嫁のれん」のように前面を大きく改造しイメージを変えた例もあるが、基本的にどれもキハ40系の面影は強く残っている。

こうした方針を採る理由はまず気軽に乗車してもらうため、特急の普通車指定席(「花嫁のれん」)や、快速のグリーン車(「あめつち」)あるいは普通車指定席(「○○のはなし」など)として、座席を販売していることがある。例えば、「あめつち」に鳥取~出雲市間で乗車するならば、運賃2,590円に普通列車用グリーン料金1,950円をプラスするだけでよい。つまりは初期投資は押さえ、その分、安く販売しようということなのだ。

ただし「ちょっと豪華な車両」というだけではアピールに欠けるため、地元企業・商店の協力を得て、地域性が感じられる料理やスイーツなどを、予約制で提供している例が多い。これらは本格的なコース料理でもなく、デラックスな駅弁という感じだ。値段も「休日のちょっとしたおでかけ」にふさわしいものとしている。

多くの観光列車の車内では、食事やティータイムが楽しめる。「あめつち」のスイーツセット

短期的なマーケティングか

「あめつち」などの改造種車となったキハ40系は、1977~1982年に国鉄が新製した気動車。すでにデビュー後、35~40年程度が経過している。鉄道車両の寿命は十分な補修を加えても40~50年程度とされているので、キハ40系改造の観光列車は実はそれほど長い期間、走ることは想定されていないと考えられる。せいぜいあと10年程度だろうか。

けれども観光客の嗜好は、もっと短いタームで変化してもおかしくはない。長く使っていると「時代遅れ」になる可能性はむしろ高い。

ならば、短期間で廃車にしても惜しくはない、減価償却も終わった車両を安く、かつ徹底的に改造するのが得策ということになる。飽きられたら、また新しいタイプの観光列車をつくって取り換えればよいという考え方だ。

既存車を改造すると、乗務員やメンテナンス担当職員にとっても、見た目は違っても扱い慣れた車両であるメリットがある。また単線区間が多いローカル路線では、元をただせば同じ、という車両が使われている快速や普通列車などと連結して運転すれば、ダイヤ編成上も楽になる。「フルーティア」が例である。

JR東日本の「フルーティア」(手前2両)は東北のフルーツが楽しめる列車。写真は快速列車と連結された姿

数はわずかでも、目新しい車両は話題にもなり、観光的なアピール度も高い。経営的には古い車両の改造でしかつくれなくても、地元観光業界にとってはありがたい存在にもなるだろう。ローカル路線の利用客増にもつながる。ローリスク・ハイリターンを狙ったJR各社の戦略と、地元の利害が一致した現れが各地で花盛りの観光列車といえる。

広島電鉄が積極的に「信用乗車方式」を採り入れる理由

広島電鉄が積極的に「信用乗車方式」を採り入れる理由

2018.09.04

軽電車改革のひとつとして信用乗車が普及

そもそも信用乗車はなし崩し的に始まった

合理性を高めて人員削減につなげるねらい

広島市内や宮島方面へネットワークを広げ、市民や観光客の重要な交通機関となっている広島電鉄(広電)は、全国各地の路面電車が軒並み廃止された昭和40~50年代に、いち早く現在に通じる近代化施策を展開し、業界でも先駆的な役割を果たしてきた。

大型高性能電車の投入や電車優先信号の設置、停留所の改善などである。現在でも、LRT(Light Rail Transitの略。役割的、輸送量的に一般的な鉄道とバスの中間を埋める、路面電車の発展形である軽電車システム)への完全な脱皮を目指して、さまざまな改革に取り組んでいる。

「信用乗車方式」も、そのひとつだ。乗務員(運転士・車掌)が運賃の支払いをチェックせず、利用客の良心に任せる方式で、複数の車体を連結した大型の電車(連接車)であっても、すべての扉からの乗降が可能となり、停車時間の短縮、ひいては移動時間のスピードアップ、自家用車に対する競争力アップにつなげることを大きな目的としている。

広電1000形の信用乗車方式

広島電鉄では、ICカードの導入を機に2011年度にもこの方式を採用する方針と、一部の報道では伝えられた。しかし本格的な導入はなかなか実現しなかった。2018年5月10日になってようやく、停留所のホームとの段差がない超低床式電車のうちの1形式である1000形(愛称はグリーンムーバーLEX)14両のみにおいて、ICカード乗車券利用客に限り、すべての扉からの降車を可能とした。なお広電では、運賃は降車時に支払うシステムである。

1000形の正面には「ICカード全扉降車車両」とのステッカーが貼られている

1000形は3つの車体をつなげた市内軌道線用の連接車。宮島線直通などで活躍し4カ所の乗降扉を持つ5車体連接車に比べれば車体は短く、需要がやや小さい運転系統でも充当しやすいという特徴を持つ。

そして1000形は、乗降扉が2カ所しかない。これまでは進行方向後ろ側からのみ乗車、前側(運転士脇)からのみ降車を可能としていた。それが、後ろ側となる扉に降車専用のICカードリーダーを設置。乗車専用のカードリーダーにタッチしてあれば、乗務員がいない後ろ側の扉からの降車も可としたのだ。

信用乗車方式を取り入れた広電1000形「グリーンムーバーLEX」。2カ所の扉が確認できる

実際に8月、1000形に乗車して観察・体験してみた。車両後ろ側の席に座った場合、電車内をあまり移動せず降車でき非常に楽だ。もう慣れた地元客はスムーズに乗降しているが、遠来の客の場合、大きな文字で表示されているにもかかわらず、乗車時に降車専用カードリーダーにタッチしてしまい降車時にエラーを出す。結局、無賃乗車になってしまうなど、不慣れさ加減が目立った。日本全体では、まだまだなじみが薄いシステムであることを感じた。

広電が嚆矢ではない日本の信用乗車方式

信用乗車方式は欧米では常識的なシステムで、特にヨーロッパの公共交通機関では1970年代から急速に広まった。乗務員による運賃支払いチェックを行わない代わりに、自動券売機での乗車券購入を義務づけ、時に抜き打ち車内改札を行って、有効な乗車券を所持していないと高額な罰金を徴収することでバランスを取ったのである。

欧米では「信用乗車方式」が常識。大型の電車でも、有効な乗車券やカードを持っていれば、すべての扉から乗降が可能だ(写真はスウェーデンのストックホルム市電)

ただ、日本の鉄道は利用客数が格段に多く、改札口を設けた方が効率的だと考えられている。もし導入するとすれば、バスより大きな車体で定員も多いのに、「後ろ乗り前降り」といったワンマンバスと同じ運賃支払い方式を採用。停留所での停車時間の延び、ひいては全体のスピードダウンが利用率向上の足かせになっていた。そのため昔ながらの路面電車よりも、最新技術を採用したLRTが有力視されるようになった。

ICカードの普及にともない、無人駅にも簡易改札機をおくケースが増えた。利用客はこれにカードをタッチして、運賃を支払う(写真は京阪石山坂本線の例)

なし崩しに広まる? 鉄道会社のノーチェック

現実には「なし崩し」的に、利用客の良心に運賃支払いを任せる方式が広まっている。JR、私鉄を問わずローカル線でも、ワンマン運転区間では「きっぷや運賃は駅の集札箱へ」という案内が、無人駅で目立つようになってきたのだ。

JRのとある駅に置かれた集札箱。乗車券を購入していない場合、この箱に所定の運賃を入れればよい

これは車掌が巡回して乗車券を発売したり、バスと同じように運転士が運賃収受を行う方式と比べて簡便ではあるが、無人駅相互間の乗車においては鉄道会社のチェックはできない。利用客数がごく少なく定期券利用がほとんどであるから、割り切れたのである。

また、ICカードが利用できる路線の拡大に伴い、無人駅に簡易式カードリーダーを設置する例も増えた。これも「タッチ」するかどうかは利用客に任されている。真面目な日本人の国民性が支えているからこそのシステムなのだ。

利便性向上とともに合理化も狙う

広島電鉄も、信用乗車方式を導入する十分な動機があったのは確かだ。乗車券ではなくICカードを並行して採り入れたのは、時代の流れに合わせるとともに"日本流"ともいえる。

先例として、2017年10月15日より富山ライトレールは、ICカード利用客に限り進行方向後ろ側の扉からの降車を終日にわたって可とした(同社では「信用降車」と呼ぶ)。これも広電の後押しとなったであろう。

広島電鉄に先がけて「信用降車」を採用した富山ライトレール

ただ、広島電鉄(市内軌道線のみで3892万6000人/年・2015年度)は富山ライトレール(205万6000人/年・同)と比べて利用客数がはるかに多い。電車も134両保有している広電と比べて、富山ライトレールは7両(いずれも連接車は1両として計算)しかない。広島電鉄は乗降客が多く、大きい初期投資になっても確かな信用乗車のシステムが必要。ただ、広島市街のみならず、宮島までカバーする規模だ。まずは実施が限定的になるのも、やむを得ないところだ。

運行を維持するための要員確保が課題

もちろん、広電の信用乗車方式導入は1000形で終わるものではない。ゆくゆくはすべての電車に拡大する方針である。その目線の先にはスピードアップ、利便性向上とともに合理化、つまりは要員削減があるはずだ。

少子高齢化による若年層の減少は、すでにバス業界や運送業界において深刻になっている。鉄道業界がその例外であろうはずがない。直面しつつある運転士不足に対応するには、全体の職員数が減ることはやむを得ないとしても、運転士の数だけは若者を養成して確保しなければならないのだ。

かつてのワンマン化による車掌の削減は、人件費を抑制し経営を改善することを最大の目的としていた。しかし今日の人員削減は、合理化を進め将来における運行の確保のためという側面も大きいと考えられるのである。