「井口裕右」の記事

井口裕右

VRは普及するか? カギを握るのは“遊び場”の創出

VRは普及するか? カギを握るのは“遊び場”の創出

2016.07.25

台湾のHTCは今月、VR(バーチャルリアリティ)を体験できるゴーグル型端末「HTC Vive」の日本におけるオフィシャルパートナーを発表した。販売パートナーにドスパラなどを迎え、製品体験の場を設けるなど日本市場の開拓にも余念がないようだ。ハイエンドなVRゴーグルとしては、HTC Vive、米国Oculusの「Oculus Rift」、ソニーの「PlayStation VR」の3機種による主導権争いが始まっているが、今回は各社の戦略を基に、VRがキャズムを超えて広く普及するための課題と、私たちの日常体験にもたらす可能性を考えてみたい。

7月7日に行われたHTC Vive発表会の模様

ゲームソフトがなければ家庭用ゲーム機がただの飾り物になるように、VRゴーグル普及にとっても大きなカギを握っているのは間違いなくコンテンツだ。コンテンツを供給するゲーム開発会社、コンテンツ開発会社とのパートナーエコシステムの構築は、VRゴーグルを扱う企業にとって急務だといえる。

ゲーム開発会社との強固な関係性が魅力のPlayStation VR

今年10月13日に発売を予定しているソニーのPlayStation VRは、PlayStationというゲームプラットフォームで長年培ってきたゲーム開発会社との強固なパートナーエコシステムを武器に、コンテンツのラインナップ拡充を目指す。パートナー企業はグローバルで230社以上にのぼり、年内に50本以上のゲームタイトルを発売する見込みだという。

端末価格は44,980円と3社の中で最も安く、すでに第1次予約分が完売するなど、注目度の高さが伺える。家庭用ゲームの世界を牽引してきたPlayStationがVRの世界にどのようなインパクトをもたらすのか注目したいところだ。

HTCは全方位対応を前面に

一方、BtoC、BtoB、インキュベーションと3方向の戦略でパートナーエコシステムを構築しようとしているのが、今月7日にHTC Viveの販売を開始したHTCだ。同社はゲームなどのコンテンツ開発会社だけでなく、放送、通信、システムインテグレータなど幅広い分野とのパートナーシップを推進するとしており、コンテンツ開発企業などに支援を行うアクセラレーション・プログラム「VR VCA」も発表している。

HTCはコンテンツ開発企業への支援も行っていく

加えて、活用の幅も家庭での個人利用だけでなく、自動車などのプロダクトデザイン、不動産や小売などの空間デザイン、観光名所や博物館など文化施設での利用、学校など教育機関への導入など幅広く想定し、あらゆる産業との連携を目指している。個人のエンターテインメントだけでなく、様々な産業や社会全体にVRによって新しい体験を創出することで、VRに求められるあらゆるニーズに応えていこうというのがHTCの考えだ。

発表会ではスクウェア・エニックス、バンダイナムコエンターテインメント、コロプラネクスト、電通、大日本印刷などがHTC Viveの採用事例を紹介した。こうした各方面の大手企業とHTC Viveが、どのようなシナジーを生み出していくかにも注目したい。

この2社に対して、世界に先駆けて製品を世に送り出し、以来オープンソースとしてコンテンツ開発の機会を広くデベロッパーに開放してきたのが、2014年にFacebookが20億ドルで買収した米国のOculus Riftだ。長らく開発者向けキットのみを販売してきたが、今年3月にはついに製品版の販売を開始した。

オープンソースに無限の可能性を見出したOculus Rift

オープンソースの利点は、コンテンツ開発会社にあらゆる開発の自由を提供することであり、コンテンツや活用法に無限の多様性が生まれるということだが、一方でそれは、Oculus Riftがプラットフォームではなくテクノロジーとして普及拡大していくことを意味している。ユーザーを束ねて大きな市場を生み出していくためには、Oculus Riftを活用した強力なコンテンツプラットフォームが創出される必要があるが、オープンソースであるが故に、それもまた市場の動向に委ねられているといえるだろう。

このように、3社は三者三様の戦略でVRゴーグルを活用するためのコンテンツ供給を目指そうとしている。それぞれの戦略がどのように結実し、私たちのエンターテインメントや日常の体験を変えていくのか、注目していきたいところだ。

VR普及の前提条件とは

しかしながら、VRゴーグルという端末が普及への第一歩を踏み出すためには、VRゴーグル故の高いハードルが存在する。それは、VRゴーグルが提供する体験の面白さは、実際に体験したものにしか理解することができないということだ。スマートフォンゲームなどであれば、画面の様子を動画で伝えることで消費者にイメージを伝達することができるが、VRは実際にゴーグルを装着して目の前に広がる景色を見たり、コントローラを操作してその挙動を体験したりしなければ、それが面白いのかどうかを判断できないのだ。

VRゴーグルは衝動で気軽に購入できるほど安価な買い物ではない。HTC Viveは99,800円(税抜)、Oculus Riftが599ドル、最も安価なPlayStation VRも44,980円(税抜)する。興味本位で購入できるような商品ではないだけに、消費者の購入意欲をどのように喚起するかが各社にとって大きな課題となってくる。

こうした課題に対して、HTCはパートナー企業と共同でHTC Viveのコンテンツを体験することができるスペースを展開するとしており、混雑対策のためにネット予約も導入するという。ソニーは既存ゲーム機で築いた強力な流通網を駆使して、PlayStation VRを体験できる場を設けていくことが予想される。こうした場を通じて、VRゴーグルがもたらす体験の面白さを多くの人に伝えられれば、「高価でも欲しい」という強い購入意欲を消費者の中に生み出すことも可能だろう。

HTCが展開する体験スペースのイメージ

VRゴーグルに対する購入意欲を喚起するために必要なのは、端末を売る前にまず“体験の場”を生み出すことだ。それは、消費者向けにサービスを提供している企業や、公共施設、教育の場にソリューションを提供しているベンダー企業にとって、大きなビジネスチャンスが生まれていることを示唆している。つまり、VRゴーグルの体験機会そのものが、新たなビジネスになりうるのだ。

体験そのものがビジネスに

バンダイナムコエンターテインメントは、ダイバーシティ東京プラザ(東京都江東区)にHTC Viveを使ってVRゲームを体験することができる施設「VR ZONE Project i Can」を展開。VRゴーグルを活用した多くの有料アトラクションを用意している。いわばVRを使ったゲームセンターのようなイメージだ。気軽に訪れて、VRを活用した新しいエンターテインメントを楽しむことができる場の提供は、アミューズメント業界の新たなビジネスになりうる。

「VR ZONE Project i Can」では、地上200メートルの高所を体験できる「極限度胸試し 高所恐怖SHOW」、スーパースターになりきれる「スーパースター体験ステージ マックスボルテージ」、往年の人気アニメ『装甲騎兵ボトムズ』に登場するスコープドッグを実際に操縦し、バトルを楽しむことができる「VR-ATシミュレーター 装甲騎兵ボトムズ バトリング野郎」などが体験可能だ

また大手広告会社の電通は、サンシャイン60展望台(東京都豊島区)の集客施策として、VRゴーグルを装着した状態で東京の上空を空中散歩することができる「TOKYO弾丸フライト」というコンテンツを導入し、VR体験を集客のカンフル剤として活用する広告・PRビジネスの新たな可能性を試している。大日本印刷はフランス国立図書館と協力し、天球儀の世界をVRで体験することができる「Globes in Motion」を開発。歴史的な文化施設や観光スポットは、過去の世界を体験したり、通常では触れることができない展示物を動かしたりと、来訪者に特別なVR体験を供給できるだろう。教育現場ではVRによる新たな学びの体験が生まれるかもしれない。

サンシャイン60展望台で展開された「TOKYO弾丸フライト」。その名の通り、砲台のようなシートでVRを体験できる

そして、スクウェア・エニックスは、スマートフォンゲーム『乖離性ミリオンアーサー』の世界をVRで体験することができるデモンストレーションを、ファン向けのイベントやこの春に行われた「ニコニコ超会議」で実施した。スマートフォンという2次元の世界で行われるゲームを3次元で楽しめる点が来場者に非常に好評だったという。このように、既存のコンテンツをVRによって3次元化し、ファンとのエンゲージメントを深めるという活用法にも効果がありそうだ。

VR体験の入り口として、遊び場の創出を

様々な事例を紹介してきたが、実はVRが消費者に普及するカギを握っているのは、端末の普及拡大だけではなく、それを体験する機会の拡大なのではないだろうか。つまり、誰でも気軽に楽しむことができる“VRのゲームセンター”を様々なジャンルで生み出すことができれば、VRの魅力が多くの人に理解され、そこから個人向けVRゴーグルの普及やコンテンツ開発への参入企業増加といった波及効果が生まれるということだ。VRを活用してどのような“遊び”を生み出せば、多くの消費者が遊んでくれるか。それを考えることがVR普及の第一歩だ。

目の前に見たことがない広大な景色が広がり、その中で自分自身が主人公となり様々な体験をすることができるVRは、私たちにこれまでにない驚きと面白さをもたらしてくれる。その体験を高価な端末を購入しなくても楽しむことができる機会が広がっていけば、VRがコンテンツ体験の新たなスタンダードになる可能性も高まっていきそうだ。冒頭に挙げたように、VR普及のカギは間違いなくコンテンツだ。それを個人向けだけでなく、広く大衆向けに提供できるか否かに、VRの将来が懸っているといっても過言ではないだろう。

民泊のAirbnbが目指す“旅行の民主化”とその先 - 共同創業者が語る日本市場

民泊のAirbnbが目指す“旅行の民主化”とその先 - 共同創業者が語る日本市場

2016.06.16

カーシェアリング、Uber、クラウドソーシング、クラウドファンディング……最近よく耳にするこうした言葉は、全て一般生活者がビジネスに参加する「シェアリングエコノミー(共有型経済)」と呼ばれるビジネスモデル。近年、世界的にその規模は拡大し、日本国内でも2018年には462億円規模(矢野経済研究所調べ)の市場にまで成長すると言われている。

そうしたシェアリングエコノミーの市場を世界に生み出したパイオニアのひとつが、一般個人の住宅を観光客などに宿泊施設として提供するホームシェアリング(民泊)サービスの「Airbnb」だ。グローバルでは191カ国3万4000都市に200万の物件を展開し、これまでに8000万人が利用。日本国内でも3万5000の物件を提供し、最近ではTSUTAYAを運営するカルチュア・コンビニエンス・クラブとマーケティング活動などにおけるパートナーシップ契約を締結。Airbnbをはじめとする民泊の市場拡大を受けて、行政も法整備や規制緩和を検討している状況だ。

2008年8月創業のAirbnb。民泊サービスの最大手で、現在は世界で200万の物件を展開する(画像は日本語版HPのトップ画面)

世界的な市場の創出を実現したAirbnbは、こうしたホームシェアリングが拡大する先にどのようなビジョンを描き、そしてシェアリングエコノミーの未来をどのように見据えているのだろうか。来日したAirbnb共同創業者のネイサン・ブレチャージク氏へのインタビューを基にレポートする。

日本で逼迫する宿泊施設の需給、民泊が解決策に?

日本におけるAirbnbのビジネス展開について、ブレチャージク氏は対前年比500%の成長を遂げているデータを挙げたうえで、「世界的に見ても、日本が最も高い成長を遂げている」と説明する。その背景にあるのは、国が全力を挙げて取り組んでいる訪日外国人観光客の増加によるインバウンド需要の拡大だ。

Airbnb共同創業者兼CTOのネイサン・ブレチャージク氏。同社の技術的戦略を指揮する

ブレチャージク氏は、こうしたインバウンド需要増加の動きはAirbnbの普及拡大にとっても大きなチャンスだとみている。「東京オリンピックが開催される2020年には、訪日外国人観光客が4000万人になるといわれている。日本における観光産業全体の成長とともに、Airbnbの著しい成長は続くだろう。訪日外国人観光客の急増によって観光客を受け入れる(ホテルなどの)キャパシティが大きな課題であることは明白であり、それに対してAirbnbが解決策を提案するというのは自然な流れではないか」とブレチャージク氏。観光客の増加に伴う宿泊施設の枯渇に対して、ホームシェアリングが価値あるソリューションになるというのだ。

旅行ビジネスの扉が個人にも開かれる

しかし、ブレチャージク氏が考えるAirbnbのビジョンは、ホテルなど既存の宿泊施設に置き換わる存在になることではない。同氏はそれを「旅行の民主化」「地域体験の創出」という2つのキーワードで説明している。

「民主化」というキーワードは、テクノロジーのイノベーションによく使われる言葉で、これまで企業が商品・サービスの企画・提供を主導してきたマーケットに個人が参加できるようになる場合に、「市場が民主化する」といわれる。企業がコントロールしてきた市場に、本来は利用者である個人が参加することで、そこに自由と多様性が生まれるのだ。出版社が主導してきた出版事業に、電子書籍の発行・販売という形で個人が市場参入できるようになったり、放送会社が主導してきた放送事業に対して、個人が自由にコンテンツを制作して配信して広告収入を得るYouTuberが登場したりした例が解りやすい。

ブレチャージク氏は、Airbnbのコンセプトについて、「最もエキサイティングなのは、以前まで企業にしかできなかった観光産業のエコシステムに一般の人が参加できること。“旅行の民主化”だ」と語る。つまり、観光産業に一般個人によるホームシェアリングが参入することによって市場に多様性が生まれ、旅行者にとっては選択肢が増加し、また住宅を提供するホストにとっては、自身の資産を活かした新たな収益機会の創出に繋がるのだ。「Airbnbによる“旅行の民主化”が進めば、宿泊以外の旅行ビジネスにも個人が参加できるチャンスが生まれるのではないか」(ブレチャージク氏)。

民泊の価値は地域体験にあり

では、Airbnbによる“旅行の民主化”は、旅行客やホストにどのような価値をもたらすのか。ブレチャージク氏は、「Airbnbが重視しているのは、(宿泊した)現地での体験。地域の良さをどのように地元の人たちと共有できるのか。そしてそれを、システムがどのようにサポートできるかを常に考えている。それは、田舎の小さい町でも、大都市でも変わらない。現地の人と触れ合いローカルなカルチャーを体験できることが、Airbnbの最も大きな価値だ」と語る。

利用者が現地のカルチャーを体験できるところがAirbnbの魅力と語るブレチャージク氏

Airbnbの利用者が宿泊するのは、街中にある宿泊施設ではなく住宅街の中にある一般個人の住居だ。地域に密着した宿泊環境を利用することを通じて、従来の旅行では見ることができない地域の表情に触れ、地元の人と交流することで従来の旅行ではできない体験が生まれると考えているのだ。この発想は、観光によって地域振興を目指したい地域や、過疎化が進む地域への流入人口を増やしたい地域にとっては、追い風となる考え方ではないだろうか。

シェアリングエコノミーを地域振興に活用した例では、個人が自家用車に利用客を乗せて旅客サービスを提供するUberが、富山県南砺市と協定を締結し、公共交通に課題を抱える地域においてボランティア市民ドライバーの自家用車を利用したシェアリング交通の実証実験を開始したケースがある。同じように、地域の観光振興を目的としてAirbnbの活用を積極的に推進していく自治体が登場する可能性も、今後は十分に考えられるのだ。

「Airbnbによって、小さな村、今までホテルが存在していなかった場所にもアクセスできるようになった。そこで地元の人と交流し、もてなしを受けることによって新しい経験が生まれる。日本国内の市場も今後更に成長するのではないか」(ブレチャージク氏)。

ここまでは、Airbnbがもたらす様々な可能性について説明してきたが、消費者の中には、一般個人の住居に宿泊するということに対する安全面での不安も少なくない。この点について、ブレチャージク氏はどのように考えているのだろうか。

ブレチャージク氏は、「私たちの新しいアイデアを世の中に受け入れてもらうために最も重要なのは“信頼”だ。そのために、スタッフは絶え間ない努力を続け、高品質なサービスを提供するためにテクノロジーを活用している。常に入ってくるデータを基に、どうすれば良い体験を創出し、悪質なユーザーを排除できるかという課題に取り組み続けている。おかげで、これまで世界で8000万人以上というAirbnbユーザーのほとんどが、ポジティブな体験をしている。Airbnbが世界中で信頼を得られているというのは、数字が物語っているのではないか」と語る。

信頼性を担保すべくシステムのブラッシュアップに注力するAirbnbだが、信頼性を支えるのは利用者の評価、つまりは“人の言葉”だ

シェアリングエコノミーはお互いを知らない個人同士で取引を行うことを前提としたサービスだ。そこで信頼性を担保するためには、Airbnbのようなプラットフォームを提供する事業者が取引の安全を担保したシステムを開発し、利用者の動向に合わせて常にブラッシュアップしていく必要がある。その姿勢を貫き通せるか否かで、サービスが世の中に受け入れられるか否かが判断されると言っても過言ではないだろう。そして、そのシステムによって生まれたポジティブな体験が、新たな利用者を生み出す原動力にもなるのだ。「Airbnbの信頼性を支えるのは人の言葉。Airbnbによって生まれたポジティブな経験やストーリーをシェアすることだ」(ブレチャージク氏)。

ブレチャージク氏のこの考えは、シェアリングエコノミーの未来にとっても非常に重要な示唆だともいえる。もしも今後、個人同士の取引にその意義さえ問われるような致命的なインシデントが起これば、世の中のシェアリングエコノミーに対する信頼は失われ、市場そのものの未来が断たれることになる。Airbnbが「信頼」という言葉に込めた思いは、非常に重いものなのだ。

ブレチャージク氏は、「260億ドルと言われるシェアリングエコノミーの市場には、まだまだ成長の可能性がある。その中では、様々なプレイヤーがこの市場に参加しようとトライし、隆盛と淘汰を繰り返していくだろう。そこで生き残るためには、世の中のパーソナルなニーズに合ったシステムであり、世の中の信頼を得られるシステムであり、そのシステムをスムーズに提供できるテクノロジーであることが求められる」と語る。

イノベーションは、一般的には世の中の課題を革新的なテクノロジーで解決するものと解釈されるが、実際には世の中にその考えが受け入れられ、信頼されてはじめてそれが「イノベーション」だと評価される。ホームシェアリングが真のイノベーションとして確固たる地位を築くために、Airbnbの挑戦はまだまだ終わらない。

日本で民泊利用者の裾野を広げることができるか、Airbnbの挑戦は続く