先鋭ベンチャー LOCK ON!

お手本は“出会い系”!? 地域が人をスカウトする「SMOUT」の狙い

先鋭ベンチャー LOCK ON! 第7回

お手本は“出会い系”!? 地域が人をスカウトする「SMOUT」の狙い

2018.10.24

ベンチャーによる地域と人を結ぶ仕組み

地域のプロジェクトを提示して人の興味を引く

ターゲットは移住に二の足を踏んでいる層

最近の出会い系アプリは、実によくできている。

「あ、好みかも!」「きっと私と話が合いそう……」。異性の写真とプロフィールを見て気になる相手がいたら、ひとまず「いいね」をタップ。すると「いいね」した自分の情報が相手に届き、もしこちらの写真とプロフィールを気に入ってくれたなら連絡をとりあえたり、直接会えたりできる――。

ようは「あなたに興味あり」の意思表示が気軽でカンタンだから、出会いのチャンスが増えやすい。そのうえで相手のリアクションによってマッチングに至るので、成功率も高くなる。つまりローリスク・ミドルリターン。だからこそ老若男女、未婚既婚を問わず、多くの人々に支持されているのだろう。いや「既婚は問えよ」とは思うけど……。

男女のように、地域と人を結ぶ

「実はこうした“出会い系”の仕組みを、ものすごく研究したんです」と今年6月に「SMOUT」というサービスを起ち上げたカヤックLIVINGの松原佳代さんは言う。「もちろん『SMOUT』が促す出会いは、結婚したい男女じゃない。私たちがマッチングしているのは“地域と人“なんですよ」(松原さん)

カヤックLIVINGの松原佳代代表。面白法人カヤックにて2005年から上場までの10年間、広報をつとめたのち2015年に独立。(株)ハモニアを設立、代表取締役となる。カヤック在籍中に「建築家と家づくりのマッチング事業「HOUSECO」(現SuMiKa)の事業責任者をしていた縁で、2017年、カヤックLiving代表に就く。鎌倉在住。2児の母

「SMOUT」(スマウト)は、地方移住を視野に“地域と人“をつなげるマッチングサービスだ。

地方自治体や企業、NPOなどが“地方”側のプレイヤー。まず彼らが「SMOUT」上で自分たちが実施している事業やイベントなどの「プロジェクト」の詳細をアップする。

『千葉・館山の駅前シャッター通りにホステルを創りたい人募集中』『徳島でお試しサテライトオフィス、してみませんか?』『岩手・花巻でぶどう農業を新しいアイデアでアップデートできる人、副業でも可』といった具合だ。

「SMOUT」のトップ画面。田んぼを前に若者が楽しげだ

また、地方での移住やUターン・Iターンに興味がある“人”たちもエンドユーザーとなる。こちらは、まず自分が興味のあることや仕事のスキル、得意分野などを含めたプロフィールを登録する。

そのうえで出会い系よろしく「SMOUT」上で興味あるプロジェクトを見かけたら「興味ある!」のアイコンをタップ。タップした情報は、プロジェクト主催者である自治体や企業などに届く。そしてユーザーのスキルや得意分野を判断し「ぜひ参画してほしい!」となればユーザーにスカウトメールを送って、マッチング成立! というわけだ。

「すぐに移住! というものばかりではなく、まずは地域のプロジェクトに参加してみよう、というスタイルのものが多くあります。ハードルが下がるし、プロジェクトを通して、実際にその地域やコミュニティとの相性を事前に推し量れる。合う合わないを判断できるわけです。そして段階的に移住へと進む人がいたらいいと思っています」(松原さん)

サイトには各地のプロジェクトが並ぶ。感覚的に「興味ある」あるいは「スカウトされたい」をタップしておくと、それをみた自治体などの運営者からメールが届く、かもしれない

すぐ近くにいるような「身近な人たち」が対象

ここ数年、若い世代を中心に都市部から地方へと移住するムーブメントがあるのは周知のとおり。IT環境が整備されリモートでの仕事が格段にしやすくなってきたこと、スローなライフスタイルが支持されていることがおもなきっかけだ。また「地方創生」という言葉に代表されるように、過疎化などの課題を解決して地方の活性化に貢献したい、と考える層が増えたことが大きな要因である。

もともとウェブサービスやゲームなどのコンテンツ制作企業であるカヤックで広報・PRを担当。その後、代表としてカヤックの子会社のカヤックLIVINGを任され、家を建てたい人と設計士や工務店をつなげるマッチングサービス「SuMiKA」を運営していた松原さんは「移住に対する機運を肌で感じていた」と話す。

「周囲にITエンジニアやエディターが多いんですね。リモートワークしやすい彼らから『移住に興味がある』という声がここ数年ですごく増えていた。またライフスタイルにこだわって家づくりをしたいという『SuMiKa』のユーザーのなかから、実際に移住する人が目立ってきた。ようは移住が特別じゃないものになってきたな、って感じていたんです。実は私自身も海外移住を考えていたころもありましたしね」(松原さん)

ニーズの高まりを反映して、すでに地方自治体はウェブサイトに移住希望者向けの相談窓口を積極的に設置。地域移住のライフスタイルを紹介するウェブメディアもすでに数多く存在する。

ただ、そこには、ちょっとしたミスマッチも見え隠れした。

「移住情報の多くが一方通行だったんですね。コンテンツとしての情報はある。しかし、直接的にマッチングまで促してくれるようなサービス、一歩踏み出すというか、肩を押してくれるようなサービスがまだなかった。しかし、いま求められている地域移住のニーズって、もうすこしおせっかいに『移住、どうですか?』と背中を押すことだと感じていたんです。なぜか? いま地域移住を考えているのが、誰もの周りにいるような“身近な人たち”になってきたからです」(松原さん)

ほしいのは「エイヤ!」をくれるもうひと押し

移住がトレンドワードになってから、すでに数年が経過。そうなるとトレンドに敏感でライフスタイルにこだわりのある人たちは、すでに“行動を起こし終えた”というのが松原さんの見立てだ。

「とがったアーリーアダプターの方々は、すでに移住しちゃっていると思いました。ただユーザーヒアリングすると『移住に興味がある』という人が5割以上いたんですね。つまり『興味はあるけど、エイヤ! 飛び込むのはまだ躊躇している』という方々が相当数いると考えた。いわば現実的な、普通の方々が移住を考えるフェイズに入ってきているのかなと考えたんです」(松原さん)

アーリーアダプター層なら、移住メディアの情報や移住フェアのようなイベントだけでも「エイヤ!」と飛び込めるはずだ。好奇心の強さとフットワークの軽さは、たいてい比例する。しかし普通の人なら、慎重になるのは当然のこと。だからこそ、リスクや不安を解消してくれる誰かの“後押し”をするようなサービスがあれば、潜在的な移住ニーズを持つ人たちの「それなら移住してみよう!」につながる、と思い至ったわけだ。

「だから『出会い系』を参考にしたわけです。出会い系のマッチングアプリのように、やや不精な方でも、カジュアルにリスクなくお互いの扉をノックできるような仕組みをつくれば、移住したいけどちょっと怖いという、多くの人たちのニーズを満たせるかなって……」(松原さん)

既存の出会い系アプリのみならず、スカウト系の転職サイトも大いに参考にし、システムを内製したという。

地域側には、直接営業をかけてアプローチした。移住者や人手を熱望していた自治体や地域の企業、NPOからしても、これまで「能動的に移住希望者にアプローチできる場」がなかったため、歓迎されたという。最初は無料で掲載をスタートし、今は月5万円の掲載料が基本料金。この掲載料が「SMOUT」のマネタイズの柱だ。

こうしてカジュアルに参加して、相性を確かめたうえで地域からアプローチを受けられる「SMOUT」が誕生した。ローンチ直後から多くのユーザーを集めて、半年を待たずに登録者は1000人を越えた。自治体を中心とした掲載プロジェクトも増えて、現在では常時70ほどあるという。

「いま日本には約1800の自治体があるので、まだまだのびしろはあると信じています」(松原さん)

また「SMOUT」は、物理的な移住や移動とは違う形で人と地域を繋げる仕組みづくりにも取り組んでいる。「ネット関係人口」がそれだ。

「SMOUT」がサイトで公開している「ネット関係人口」のスコア

「SMOUT」内での「興味あり」の数やメールのやりとりの数、定住人口。公式Facebookページの「いいね!」の数、インスタでのハッシュタグ投稿……。移住は考えていないが、都市部にいながら地域に何かしら強い興味を持っている、応援したいという感情は、こうしたネット上の言動に現れるものだ。これを「SMOUT」では「ネット関係人口」と定義。スコアを算出してランキングとして発表している。

ネットによって、どこにいても働けるようになったように、地域への貢献もどこにいてもできる。ネット関係人口としてそれを可視化すれば、新しい地域と人、地方と都市とのエンパワーメントが生まれるかもしれない。ゲーム的に『もっとスコアをあげたい!』という地域活性のモチベーションになるつながるかもしれない。そんな期待も持っているんですよ」(松原さん)

ネットで仕事も人とのつながりも、さらには地域とのつながりも持続できる世の中。「SMOUT」は、私たちにそんな「暮らしやすさの選択肢」を提供してくれている優しいサービスなのだ。しかも、未婚も既婚も問わずに……。

社会課題を解決するスマホアプリ

画面をタップするだけで、BOP層を手助けできる

コミュニケーションツールとしてはもちろん、動画や音楽、ゲームやニュースなどがアプリでさくさく楽しめる。スマホは今や最も身近で、誰しも手放せない必需品だ。新聞、雑誌、システム手帳にMDウォークマン、ゲームボーイアドバンスまで持ち歩いたあの日々よ…(遠い目)。

カウ株式会社の大木大地代表。1982年東京生まれ。日本大学中退後、モバイルコンテンツ事業、ゲームソフト関連の仕事を経て、IT系スタートアップの取締役に。その後、「社会をよくする事業を!」と2016年にカウ株式会社設立。2017年に「COW」をローンチさせた。http://COW.tokyo/

大木大地さんは、そんなスマホの多様な用途に「社会課題を解決する」という意識高い機能を実装させた、社会起業家だ。2017年夏に『COW(カウ)』というスマホアプリをローンチさせたからだ。

「ご存知のように、いま世界には開発途上国を中心にBOP(Base Of Pyramid)と呼ばれる年間所得が3000ドル以下という低所得者層が40億人ほどいる。そうした方々がもっと収入のチャンスを得られる機会を創りたかった。一方で、そうしたBOP層を支援したい人がカジュアルに応援支援できるような場を介してつくりたかったんですよ」と大木さんは説明する。

両者をつなげるコンテンツは写真。BOP層がスマホで撮った画像である。

カンボジアの学生が撮った画像に、どんな価値があるのか

『COW』のビジネスモデルをひとことでいえば、CtoCの画像販売プラットフォームだ。

まず売り手となる開発途上国の人が、スマホにアプリをダウンロード。するとスマホで撮った画像を『COW』のプラットフォーム上に投稿できるようになる。加えて、投稿画像は1枚2ドルから販売できる、という仕組みだ。

買い手となるのは、日本を中心とした先進国の人々。もちろん『COW』にアップされるような、BOP層が生活する遠方の国の風景、あるいはそこにある文化などの画像は、既存のストックフォト会社にもある。ただし使用量が高額だったり、またプロが撮った写真過ぎて、「どこかでみたような画」になりがちなものだ。

しかし『COW』にアップされる写真は先述通り1枚2ドル、日本円で220円程度と、格段に安い。またリアルな生活者がスマホで撮ったものだから、プロ、あるいはセミプロのフォトグラファーでは気づかないような視点や視座があるユニークなものがストックされることがありうる。結果、完成された写真が集まる既存のストックフォトよりも、コンテンツ制作者の琴線にひっかかる画像が多々アップされることが期待できるわけだ。

『COW』上で画像売買が成立すると、お金が販売者に振り込まれる。売上の30%を『COW』が手数料としてうけとるが、極めてカジュアルに、ムダなく直接的な富の再分配が、スマホアプリを通しておこなえる、というわけだ。

現在はカンボジアで積極的にPR。学生層を中心にダウンロード数を増やし、「売り手」ユーザーをじわじわと取り込んでいる。

「じわじわ…というのは本当です(笑)。正直、アプリのダウンロード数も売上もまだまだで、ビジネスモデルを含めて、いろんな改善をする必要性は感じている。だから新機能のリリースを続けていますが、しかし、スマホを通して気軽かつ持続的に社会課題を解決するスタンスは変えたくないし、それこそが私が本当にやりたいことですからね」(大木さん)

COWのビジネスモデル。スマホ写真の売買で「世界から貧困をなくす」のが狙いだ

どうせ起業するなら「社会のため」に

大木さんはそもそも大学中退後、IT系企業に就職。ガラケーのコンテンツを手がける企業でプロデューサーやゲームソフトの卸会社で障害や広報などを従事してきた。その後、自社でサービスを起ち上げたスタートアップ企業で仕事をしてきた。

「ゲーム会社時代の知人に誘われて、起ち上げメンバーに。事業そのものにも魅力を感じましたが、創業者利得に目がくらんで…という側面もありましたね」(大木さん)

ところが、そのスタートアップは経営的な舵取りがまずく、業績が急降下。事業は休止状態に。優秀なエンジニアと大木さんは、そこで起業のアイデアを考え始めたという。

「そこから、初めて起業のアイデアを考えました。『COW』のアイデアはまだなかった。ただ、そんなぼんやりとした時期ながらも、はっきりと決めていたのが『世の中の問題や社会の課題を解決する手伝いができないかな』ということだったんです」(大木さん)

理由は大きく2つあった。1つは「ただ金儲けのために」というモチベーションでは長く続かないことを前職で実感したこと。2つめはこれまでIT事業などを手がけてくる中で多くの優秀なエンジニアたちと仕事をしていたこと。彼らの技術とスキルを活かすことができれば、これまでにないプロダクトを形にできるかもしれないという意識があったという。

「30歳を過ぎて、子供もできて…という人生のタイミングもあったと思います。自分が、周囲が成功したい、というよりもできるだけ多くの人、世の中のためになにかをしたいという意識が自然と芽生えた。加えて、一緒に仕事をするエンジニアがすばらしいものづくりの才を持っている。今ここで離れてしまったら、何かを形にすることはできないな、と思うようになっていたんです」(大木さん)

そんなときに、自然と目に入ってきたのがBOP問題、世界の所得格差だった。かつてように、食べるものも困窮する大変な貧困ではなく、仕事がなくて貧困を抜け出せないBOP層が多いことを知った。それでいて彼らは自分たちと同じように、コモディティ化しててにいれやすくなったスマホというツールは、そうした途上国でも実は普及率が高く、大勢が手にしていた。

世界の若者たちを応援するアプリ「COW」の画面。発展途上国のBOP層が撮影した画像をスマホアプリを介して売買。写真売買を通して、先進国から途上国への支援ができる仕組みだ

「そこで『スマホというすでにあるインフラを通して途上国と先進国にお金の行き来ができないか?』とひらめいた。単なる寄付では持続性がもたない。物販では余計なコストがかかる。『データでやりとりできる写真の売買ならどうだろう?』と、今のスタイルに辿り着いたわけです」(大木さん)

それが2016年の秋。実現するプラットフォームとアプリケーションは、エンジニアがスピーディに仕上げた。もっとも、売り手にどうこのサービスを利用してもらうか、は大きなネックだった。

転機はプノンペンの日系企業とのコネクションを紹介されたこと。現地のクメール語への翻訳や、PRなどを手伝ってもらうことに。道が開けた。何よりカンボジアは『COW』を使ってもらうのに、ふさわしい地でもあった。BOP層が多いという理由だけではない。

「様々な歴史がありましたからね」(大木さん)

「COW(カウ)」という、サービス名に込めた思い

1970年代後半。知っての通り、急進的な共産主義政権だったポルポト政権が牛耳っていた頃、カンボジアでは大虐殺の悲劇があった。そのため、一定年齢より上の世代の人口が極端に少なく、平均年齢は25歳ほどと若年層が多いのだ。

「結果として、金銭的に厳しい若い世代がたくさんいた。かといって日本のようにアルバイト先が簡単にみつかるわけでもなく、時給も安い。それがアプリで撮った写真を売れる、という簡便な稼ぎ口があったら喜んで参画してくれるだろうと。一方で、カンボジででも、若い人こそスマホは持っていますからね。参入障壁も少ない」(大木さん)

こうしてニーズが合致したカンボジアの若者たちに新たなカジュアルな収入源として『COW』が提案された。

同時に、日本にいながら「なにか社会的な課題の解決を手伝いたい」「格差を是正する一助となりたい」という思いを抱いている層にPR。さらに最近は「カジュアルに持続的に、カンボジアの彼らが勉強を続けるための手助けになる」という部分を押し出している。肩肘はらずに参画できる、“BOP支援の新しいカタチ”として利用者を少しずつ増やすことを狙っているわけだ。

サービス名、会社名としてつけた『COW』は、もちろん「牛」の意味だ。理由がある。

「牛って農作業で使ったり、大切な栄養素となったり、世界中の人々の生活に生活に密着して、重宝され続けている。それくらい身近な存在として、このサービスが根付かせていきたいんですよ」 遠い過去ではなく、近い未来を見つめつつ、大木さんは力強く言った。

けん玉がITと出会って、想像以上にスゴかった話

先鋭ベンチャー LOCK ON! 第5回

けん玉がITと出会って、想像以上にスゴかった話

対戦やシューティングゲームまでできる「けん玉」

モノとインターネットをつなぐ“IoT“が、いよいよ本気を出してきた。「スマートスピーカーに語りかければ、好みの動画や音楽が再生できる」「外にいながらスマホで、エアコンなどの家電がカンタンに操作できる」といったIot製品やサービスが数多く登場。人々の利便性と期待感を、ぐぐっと押し上げはじめているからだ。

もっとも「電玉」が、今春発売したIoT機器には、そうした“利便性”はあまりない。ただ、その分、ワクワクするような“期待感“は、ほかのIot製品よりずっとありそうだ。

株式会社電玉の大谷宣央代表。1983年生まれ。某大手メーカーを経て独立。けん玉をIoT化した「電玉」で、世界に挑む。「僕自身もけん玉は昔からやっていましたが、最近、デモをやる機会が増えて、ずっとうまくなりましたね(笑)」

何せ、同社がIoT化したのは、日本の伝統おもちゃ「けん玉」。そう。電子×けん玉で「電玉」というわけだ。

「見た目はよくあるけん玉ですが、3つの受け皿と尖った剣先の内側には、それぞれコイル状のセンサーがついているんですよ」と、開発者で同社代表の大谷宣央さんは言う。

仕組みはこうだ。「電玉」のボディに、金属のメッキが施された玉が近づくと、周波数が変化する。それによってボディから玉の距離を即座に認識。さらにボディの内部にはジャイロセンサーや加速度センサーも内蔵されているため、「大皿にどんなタイミングでのったか」「大皿にのせたあと、剣先にうまく刺さったか」といった玉の動きはもちろん、けん玉の細かな角度まで、データとしてリアルタイムで分かるわけだ。

ようするに、「とめけん」や「日本一周」などのけん玉でどんなワザを繰り出して成功したか否かまでを、センシング技術で正確に瞬時に判別してくれるのである。

「この電玉の動きが通信モジュールでタブレットやスマホのアプリと連動させられる。だから、ネットを介して世界中のプレイヤーとワザを競い合う“対戦プレイ”ができたり、電玉をコントローラー代わりにした“けん玉のワザでマトを倒していくシューティングゲーム”などもできる。またAPIを公開して、いろんな個人や企業が電玉を使ったアプリを開発してもらうことを考えています」(大谷さん・以下同)。

そもそも、派手なトリックがいろいろできるけん玉が「KENDAMA」として、海外でも「クールな遊び」として今や世界大会が開かれるほどポピュラーになっているのは周知のとおりだ。けん玉の遊び方を拡張する「電玉」の登場が、この流れがさらに加速していくに違いない。

「もっとも……最初は、けん玉をIoT化しよう、なんていう発想はまったくなかった。『老人用の杖をIoTで作れないか』と考えていたんですよ(笑)」

公園のおじいちゃんへのヒアリングから生まれた。

1983年生まれの大谷さんは、小学生の頃からプログラミングで遊ぶようなエンジニア体質。複雑系ネットワークを学んだ後は、開発や企画などの仕事をしていた。

「ユニークな開発や企画などをさせてもらっていました。ただ一方で、会社の判断は常に慎重。なかなか手がけたプロジェクトがカタチにならないフラストレーションは、いつもありましたね」。

薄い紙も積み重ねれば、うず高くなるものだ。大谷さんは2015年、31歳で会社を退職。「自ら手がけたものを製品化して世に問いたい」というモチベーションを胸にあるハッカソンに参加した。時代は「IoT」という言葉がポピュラーになり始めた頃。そこに「高齢化」というマーケットのニーズを練り込もうとした。

「そこでハッカソンでは高齢者向けのITデバイスを考えた。『勝手に外に連れ出してくれる杖』のようなものを提案したんです」

最初のプレゼン、評判は想像以上に良くなかった。「危ないでしょ?」「実現性がないのでは?」「そもそもおもしろくないよね」。しかし、ITで高齢者の課題を何か解決したい…というコンセプトは間違ってないという声もあった。「それなら、実際のニーズを聞いてみよう!」。そう考えた大谷さんは、公園へ向かった。え、公園?

「上野にあるシニアがよく集まっている公園があって、でそこへ。『すいません…こんなものがあったらいいな、みたいなものあります?』と直球でヒアリングというか、世間話ですね(笑)」。

ここで聞こえてきた声がヒントになる。「孫たちともっと遊びたいけれど、今のゲームは難しい」「昔のおもちゃみたいなものだったら遊べるんだけれど…」。IT×伝統的なおもちゃの着想が、生まれた瞬間だった。

「シニア層も自然に楽しめて、子供たちもゲーム感覚で嬉々と遊べる。世代を超えて皆が楽しめるものがIT×伝統おもちゃでできそうだなと思いついた。コマや竹馬なんかもあるけれど、サイズ的にも気軽さからも『けん玉』がいいだろうなとそこまでは早かったですね。ただ…」

日本人ならほぼ誰しも一度は触ったことがあるようなおもちゃ。「すでにIoT化したけん玉を誰かが手がけているに違いない…」という危惧をいだいた。

これが「電玉」。一見、普通のけん玉に見えるが、中には加速度、ジャイロなどのセンサーとLEDや振動モーターなどがはいったIoT機器だ

「結論からいうと、ラッキーなことに誰も手がけていなかったんですけどね。そこで一気に企画を作り上げた。それを2回めのハッカソンで発表すると前回とは全く違う手応えを得ましたしね。これはイケる、とさらに確信しました」

しかし、走り始めると、“誰も手がけてなかった”理由が見えてきた。

ヒントになったのは空港にもあるアレだった。

ハッカソンでの提案に前後して、実はKDDIが支援するスタートアップ支援を受けられることになった。またハッカソンではプログラマーやデザイナーなどのスタッフとも出会うことにもなった。さらにクラウドファンディングで130万円ほどの資金を集められた。

順風満帆なまま、大谷さんは、2016年に株式会社電玉を創設。しかし、いよいよ「もの」をつくる段になり、悪戦苦闘がはじまった。

「考えてみたら当たり前なんですけどね。まず小さなボディにセンサーとバッテリーや回路をのせるのは極めて困難だった。そのうえガンガンと球をあてる遊びなので、衝撃に強い必要もある。そのうえで複雑なけん玉のワザを、しっかりと精緻にセンシングできるようにしなければならない……。とまあ、ようは『ああ、面倒だから誰も手がけられなかったんだな』と(笑)」。

例えば最初の頃は、フォトリフレクターという光を検知するしくみでセンシングする方法を社内メンバーで考えた。皿や剣先に球がのったり、刺さったりすれば、暗くなるので、その明暗の差で「のった」「刺さった」と検知できるからだ。

「ところが、当たり前ですがそれだと明るい場所じゃないと検知できない。しかもけん玉って、いろんな持ち方をして、皿の部分を思いっきりもって繰り出すワザもある。そもそも皿に乗せずに皿と皿の間の部分でとめるワザなどもある。光によるセンシングそのものが、もう使えないと考えた」。

電玉」と連動して遊べるアプリ画面。対戦やシューティングなどのゲーム要素はもちろん、着実に技を習得できる練習ツールによってアナログではできなかった「ワザの習得の見える化」を実現。けん玉プレイヤーの裾野のレベルアップにも貢献しそうだ

ただ、こうした技術的なハードルに即座に早めに気づき、次の一手を受けたことは電玉がうまくローンチできた大きな要因だった。後押ししたのは、得意の“ヒアリング”だった。試作段階で、「グローバルけん玉ネットワーク」というけん玉団体と知り合い、彼らからけん玉の様々なワザを教えてもらった。その結果、「皿をもってもワザが検知できる仕組みが不可欠」「けん玉の角度が測れないと意味がない」など、よりリアルな競技者の声を製品に落とし込めたからだ。

「彼らの声を聞くまでは、もっとメカ的なギミック。たとえば、対戦システムで相手がけん玉のワザに成功したら、相手のけん玉の大皿に磁石がついていて、皿にのらなくなる…とか。逆に何かアクションをしたら、ビタッ! と磁石で皿に球がすいつくような普通のけん玉ではありえないようなワザができたらおもしろい、という発想でいた。けれど、けん玉のプレイヤーにきくと『いや。そうではなく、今のけん玉のワザをまずしっかりとセンシングしてくれるほうが市場がひろがる』『すでにいる世界中のけん玉プレイヤーに響く』と。それはそうですよね」。

もっとも、当初の「磁石」の発想も、今に活きている。けん玉の皿に磁石のようなギミックをいれるため、皿の部分に電磁コイルを備え付ける発想は早くからあった。これそのものをセンサーとして利用できるのではないか、と繋がったからだ。

「空港にある『金属探知機』と同じです。金属が近づくと、電磁コイルが周波数が変化して分かる。『そうか、玉に金属をメッキすれば、できるな』って」

しっかりセンシングするほど玉の金属メッキができず時間がかかったり、センシングが温度に左右されて回路的な調整が必要であったり。あるいは大量生産のための工場を中国で見つけるも、最終的に品質面で折り合えず、急遽、国内生産に切り替えたり――と右往左往しながらも、2017年3月には正式リリースにこぎつけた。

クラウドファンディングに参加した方に配布は約束より数カ月遅れたが、けん玉は難度の高い技をクリアしたときこそ盛り上がるものだ。現在はアマゾンや家電量販店などを販路に、人気を博している。

「来年は世界大会を開催する予定。海外のプレイヤーからの注目は高いので、ここでブレイクしたらいいなと考えています」。

それだけじゃない。アプリのプログラム、電子部品の組み立て、3Dプリンタによる筐体づくり、さらには体を動かすゲームからの学び…など、電玉にはIoTや、これからのものづくりを学ぶための要素が凝縮されている。格好の教材だ。

「小中学校などの教育用途での展開も考えています。ついでに体も動かしますからね。フィットネスの分野でも楽しみながら体を鍛えるプログラムとして活用できるはず。シニアと子供たちのコミュニケーションがひろがれば…というアイデアからたどり着いた電玉。想像以上に可能性をひろげそうです」。

高齢者を外に連れ出すための杖――。そこから始めった発想が、“魔法の杖“のように世界を広げていく。電玉がワクワクさせるのは、きっともっとこれからだ。