“プロの犯行”が物議を醸した「Twitterマンガ」論争

カレー沢薫の時流漂流 第29回

“プロの犯行”が物議を醸した「Twitterマンガ」論争

2019.02.25

漫画家・コラムニスト カレー沢薫さんの社会派連載!

第29回は、読む人と描く人の意識がすれ違った「Twitterマンガ論争」について

「ツイッター漫画」というものをご存じだろうか。ツイッターをやっている人なら、タイムラインに短い創作漫画が流れてきたことが一度くらいはあるだろう。

ツイッターの性質上、あまり長いページ数は載せられないため、大体4ページくらいで一区切りついており、ページ数が少ないが故に、その設定は出オチと言って良いほど斬新かつ簡潔なものが多い。

そういったツイッター漫画は、「○○が××する話」というタイトルをつけられていることが多い。こうすることにより、どんな内容か一発でわかる上に「ナンバーガールが再結成する漫画だって!? 気になる!!」などと、ツイートを見た人の興味を引くことができる。

様々なものが流れてくるツイッターでは、まずは何より人の目を引き、その上で内容を読むまでに至らせないといけないので、タイトル付けが非常に重要なのだ。その点で、「○○が××する話」という定型は実に良くできている。

最近、その「○○が××する話」が物議を醸したのだそうだ。

実は私もこのツイッター漫画には腹が立っていたので「やっとか」という気持ちである。

何故なら1万リツイートとかされているツイッター漫画を見かけると、瞬時に「この漫画はこのまま書籍化し100万部売れてアニメ化するに違いない」とまで考えてしまうからだ。そうなると「汚ねえぞ!」と謎の義憤に駆られてくる。

よって今回、「○○が××する話」に憤った人がいると聞いて「わかる」と思ったのだが、その怒りは私とは全く別方向のものであった。

漫画は「自然に」売れない

そもそも「○○が××する漫画」は、プロではないアマチュア作家がやりだしたことだとされている。しかし今回物議を醸したのは、アマチュアではない商業作家が、ちゃんとしたタイトルがある自らの連載作を、「○○が××する話」というツイッター漫画の体で発表し、後から「実はこの漫画はこういうタイトルの商業作品です、気にいったら買ってください」とコメントした、つまるところ著作の宣伝に使った行為である。

もちろん漫画自体は本人が描いたものであり、違法性は全くない。つまりこのツイッター漫画形式を使った漫画家の宣伝ツイートに物申している人は、怒っているというよりはその行為に「モヤモヤしたものを感じている」と言った方が良いだろう。

まず、ちゃんとしたタイトルがある商業作品なのに、それをあたかもツイッター発の「ツイッター漫画」作品のようにして発表されたことに「騙された」と感じた人がいた、ということだ。

また、アマチュアがあげた漫画がツイッターでバズり、そこから商業化されるのが今までの定石だった。そのため、プロがその手法を宣伝に使う行為に違和感を持ったというのが、主なこのモヤモヤの正体ではないかと言われている。

これに対しては、自分が描いたものを、しかも無償で公開して何が悪いと擁護する意見も多い。だが、私は「同業者のサクセス」というもっとさもしい理由でツイッター漫画に怒っている人なので、「モヤモヤした」人の感覚も否定することはできない。

とはいえ、宣伝漫画苛立ち派の中には「○○が××する話」に限らず、漫画家がSNSで宣伝に奔走する行為自体が嫌な人も含まれているような気がする。そういう人は「面白けりゃ宣伝なんかなくても売れる」と思っているため、作家の宣伝を「面白くない作家の見苦しい悪あがき」と捉えてしまうのである。

しかし作家の立場から言わせてもらうと、どれだけ不愉快に感じ嘔吐する人がいても、SNS上での宣伝をやめることはできない。この出版不況なご時世、作者自身が宣伝しないと、そういう漫画が存在していることすら誰にも知ってもらえないことはザラにあるからだ。SNSは宣伝費をかけずに、上手く行けば作品のことを広く知らせることができる一攫千金ツールなのである。

面白い漫画は自然に売れるというが、いくら面白くても風に乗って広まることはない。口コミで広がろうにも、まず発信源である最初の数人に知られるための宣伝は必要なのだ。

しかしSNS上での宣伝に本当に効果があるかどうかは未知数であり、「場合による」としか言いようがない。

私の妄想通り、ツイッターでバズり単行本が100万部売れアニメ化するものも存在するが、ツイッターではバズったが書籍化したらそうでもなかった例もあるようだ。私も自分の著作のコマの一部がツイッターでバズったことはあるが、それで単行本自体が売れたかというと、今のところ手ごたえを感じたことはない。

だが「ツイッターでバズったことにより売り上げが下がった」ということは、よほどの大炎上でなければないだろうし、数字には出なくても、ツイッターでバズれば「とりあえず知ってもらう」ことができる、これは非常に重要なことだ。

よって、今の作家は「嘔吐する」と誰かに批判されても、そういう人には「それは失礼つかまつった」と言って、嘔吐せずに買ってくれる人に向けてSNSで宣伝をしていくべきだろう。

そうしないといずれは餓死し、宣伝よりももっと見苦しい「死体」をさらすことになる。

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若気の至りとネットが結びつくリスク、「アルバイトの不適切行為」

カレー沢薫の時流漂流 第28回

若気の至りとネットが結びつくリスク、「アルバイトの不適切行為」

2019.02.18

漫画家・コラムニスト カレー沢薫さんの社会派連載!

第28回は、「アルバイトの不適切行為」について

「バカッター」という言葉をご存じだろうか。

アルバイト先で食材を使って遊ぶ、買う前の商品を汚損するなどの悪ふざけを行い、その写真や動画を「こういうの面白いやろ」とツイッター(Twitter)にあげて大炎上する奴を指す言葉であり、主に若者が多い。

まず一番に思い出されるのは、ローソンのアルバイトがアイスケースに入った事例だろう。しかし、実はあれはツイッターではなく、Facebookに投稿されたものなのだ。

ツイッターへの熱い風評被害。ヘビーすぎるツイッターユーザーとして憤りを隠せないが、アイスケース事件以降、ツイッターで類似案件が多発したため、結局「バカをやるのはツイッタラー」ということになってしまったようだ。ツイッタラーはバカの上にインフルエンサーでもないという悲しい事実である。

その後、一旦「バカッター騒動」は落ち着いた。これは、バカがいなくなった、というわけではなく、SNSでは連日連夜、彗星の如くバカが現れ、それが若者やアルバイターだけではなく、良い年した地位のある大人だったりするため、バカをさらなる巨バカが飲みこむ形で徐々に目立たなくなってしまった、という感じがする。

しかし最近、また「おっさんたちは引っ込んでな」と若者アルバイターの「不適切行為」が話題になっているという。だが出火元はまたしてもツイッターではなく、今度はインスタグラム(Instagram)だ。

このように、SNSの中でもツイッタラーは民度が低いと言われがちだが、不祥事ブームの先駆けは意外と、キラキラ側のツールだったりする。柄の悪い雑誌を作っている編集部の人間は意外と逮捕されておらず、逆にインテリ系雑誌の編集部の人間の方が、突然タクシーの運転手を殴って逮捕されるのと同じ現象である。

なぜインスタグラムが火元になったかというと、インスタグラムには「ストーリー」という機能があるからだ。「ストーリー」に投稿した動画や画像は24時間後に自動的に消えるようになっている。よって「1日で消えるならいいべ」というノリで若者が不適切動画を上げてしまったりするのである。

ネットで“バカをやる”、あるいは“特定する”ことのリスク

今回大きな問題になったバカスタグラマー(こう書くと「バカッター」の語呂が如何に優れているかがわかる)は、すき屋とくら寿司のアルバイトが投稿した動画だ。

すき屋の動画は店内で氷を投げ合ったり、おたまを股間に当てたりと「インスタグラマーのセンスも俺たちと大差ない」とある意味ツイッタラーを安心させてくれる内容だったが、くら寿司の方はまな板で切った魚をゴミ箱に入れ、ゴミ箱から出した魚を再びまな板に載せる、という笑うところがない上に、飲食店としては致命的な動画であった。

おそらく、このアルバイターたちも「24時間で消えるし」という軽いノリで投稿したのだろうが、その動画は瞬く間にツイッターに転載され大炎上となった。さすがツイッタラーさん、こういうことは仕事が早い。

結果として、両者ともクビになった。そこでは終わらず、くら寿司はこの一件を受けて全従業員を再教育し、動画に関与したバイトに対しては法的対応をする準備に入ったと発表した。しかし、インターネットの処罰は光の速さで行われるため、それ以前に当人たちは氏名、年齢、学校などを特定され、顔写真なども晒されているという。

これは「最近の若者は」という話ではない。太古の昔からこのような若者による「悪ノリ」は行われており、40歳以上のパイセンが和民で語る武勇伝も、大体似たようなことだったりするのだ。ただ、パイセンの時代はインターネットがなかったため、その悪ノリが全国展開してしまうことがなかっただけなのである。

私の知人も「高校時代、みんなで『そこら辺の木』を燃やして、メチャクチャ怒られた」と言っていたが、インターネットやSNSがある時代だったら、その木の物理的炎上動画を「俺たちおもしろくね?」というノリでSNSにアップし、概念的大炎上をして「メチャクチャ怒られる」程度では済まなかったかもしれない。

私はオタクなので、そのような「ヤンチャ」な過去はないが、その代わり、俺の考えた最強のイケメンキャラなどが記された「黒歴史ノート」などがある。それもインターネットがない時代だったので、見られるとしても家族程度だが、それに関しても今はインターネットがある。SNSに限らずインターネット上に投稿されたものはどこの誰に見られるかわからないし、一度拡散したら半永久的に残り、自分の手で全てを抹消することはできない。

インターネット、SNSが当たり前な今の若者たちは、「若気の至り」や「黒歴史」に対しもっと慎重にならないと、人生が変わりかねないのだ。その点で、若い頃にネットがなかった我々は恵まれている。

しかし前述の通り、ネットでバカをやるのは若者だけではないので我々も気をつけねばならない。この炎上アルバイターたちは一様に、「面白いやろ?」という動機でやっていると思うし、我々もここまでしなくても、「これはウケる」と思って言ったことで周りをドン引きさせた経験があるのではないだろうか。

SNSで注目を集めることに執着しすぎると感覚がマヒし、明かに倫理に反していることを「これはSNSでウケる」と思ってやってしまうのだ。

また、ネット炎上は義憤にかられた「正義の人」による私刑までがワンセットだが、それも度を越し過ぎると、今度は逆に訴えられる側になりかねない。

炎上アルバイターが「特定」されるように、「正義」も匿名で執行できるわけではない。そして悪い事をした人間は罰せられるべきだが、バカがいるからといって、そのバカを罰する権利が自分にあるとは思わない方がいいだろう。

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比喩ではなく日本が激震した「嵐、2020年活動休止」

カレー沢薫の時流漂流 第27回

比喩ではなく日本が激震した「嵐、2020年活動休止」

2019.02.11

漫画家・コラムニスト カレー沢薫さんの社会派連載!

第27回は、日本が揺れた「嵐の活動休止」について

嵐、2020年で活動休止。

私がその第一報を聞いたのは、テレビのニュース速報だ。いちアイドルグループの休止がニュース速報になる。これだけでも、日本における嵐の重要度が伺える。

正確には、そのニュース速報を見た家人の「嵐活動休止だって」という声で知った。同じニュース速報でも、どこぞの市長が再選したとかなら、絶対に読み上げないだろう。ちなみに、私も家人も芸能人にはとても疎い。そんな人間でも「声に出して言いたいニュース速報」、それが「嵐活動休止」なのである。

「これはエライことになったぞ」

嵐ファンでなくても、最近騎士団長になった島耕作の顔でそう思った人間は多いのではないだろうか。何故なら、ファンでなくても「嵐ファンの知人」の一人や二人、頭に浮かぶからだ。すぐにSNSなどで、それらの人の安否確認に走った人もいるだろう。

つまり、行動が「災害が起きた時のそれ」になってしまっているのだ。「激震」というのは比喩でもなんでもない。

私もすぐにツイッターを見に行ったが、私のTLでは誰も嵐の話をしていなかった。どうやら、私の「安否が気遣われる嵐ファンの友人」というのは脳内で作り出した幻だったようだ。しかし、実際にそういう友人がいる人、さらに我こそは嵐ファンであり、「無事か?」というLINEがたくさん来たという人も日本には大勢いるだろう。

嵐と言えばSMAPなき後、日本の男性アイドル界のトップと言っても過言ではなく、今まさに人気の絶頂だ。そのグループが何故。

その何故、を我々が憶測する間もなく、速報が出たその日の晩に、本人たちによる会見が行われた。その会見によると、休止に至った理由はリーダーであった大野さんの「自由に生活がしたい」という気持ちが発端だったという。

当初大野さんは事務所自体を辞めるつもりだったが、他のメンバーが引き止め、話し合いの結果、「とりあえず嵐をお休みするということでいいんじゃないか」となり、2020年で嵐としての活動を休止することが決まったとそうだ。

嵐活動休止のニュースはファンらにとって寝耳に高圧洗浄機だったと思うが、このように、嵐と事務所側はできるだけファンへのダメージを減らすべく、周到に準備していたことが伺える。そうでなければこの段取りはありえない。

ダメージどころか、速報を見た時点で爆発四散した、という人も多いと思う。だがその後の会見を見て、私がファンだったら、四散した体が二散ぐらいまでには回復したと思う。

推しという「希望」と、ファンにとって本当に辛いこと

私は生粋の二次元原理主義だが、次元の別を問わず「推し」というのは希望だ。「今週末嵐のコンサートだ」という嵐ファンを、どれだけバールのようなもので殴っても絶対に死なない。もはや生きる理由を与えてくれる存在、と言っても過言ではないのだ。

大野さんが語った「自由な生活がしたい」という意思は、「嵐の活動がつらかった」とも取れる。自分たちの希望である彼らの活動に、「仕方なくやっていた」部分があるのだとしたら、それはファンにとって大変辛いことだ。

彼らにとって嵐は「仕事」なのだから、我々が会社を休んだり、辞めたり、解散という名の爆発を求めるのと同じように、大野氏が嵐の解散や休止を望むのも、全く不思議ではない。だがファンの理想は、「彼らも『嵐』であることを楽しんでいてほしい」なのだ。

ところで、その記者会見の席で、活動休止は「無責任では?」と質問した記者がいた。それに対し、メンバーの二宮さんと櫻井さんがしたフォローが、ファンの間で「神」と話題になっている。特に櫻井さんが和やかなムードから一転、真剣な面持ちで真っ先にコメントを返したことが、休止の発端になった大野さんをかばった行為として賞賛されている。

確かにこのエピソードは、ファンにとって救いである。イヤイヤやっていたのか、と思うのも辛いが、それ以上にファンにとって辛いのは「メンバーの不仲」である。活動休止ともなればいろいろな憶測を呼びそうなものであり、事実は本人たちにしかわからないが、少なくともあの会見では「不仲が原因ではない」と思わせてくれた。

実際、「嵐活動休止」の報を聞いた直後はこの5文字しか情報がなかったため、「実はメチャクチャ不仲で『大野氏』『松本氏』と呼び合うような状態だったのか」とか、「みんな嵐としての活動が苦痛で、楽屋に名前が書かれた嘔吐用洗面器が5個常備されていたのか」など、ネガティブな理由が多数頭に浮かんだ。それらはファンにとって何より辛いことである。

ファンが推しに抱く感情と言うのは、ただカッコいい、カワイイ、ともすれば恋愛感情のようなものだけではない。二次元のオタクをやっていても、ただキャラ同士が和気藹々としているのを見ただけで「尊い」と涙が止まらない時がある。

「あんたらが仲良さそうにしているのを見るだけでもババアは長生きできるよ、飴食う?」というような「何目線だよ」という立場から、推しにパワーをもらっているファンもいるのだ。もしメンバーが会見でお互い目も合わせないで、大野氏が経緯の説明をしている間に、二宮氏と櫻井氏がスマホをいじっていたりしたら、ファンはさらに二十四散ぐらいしたと思う。

その点今回の会見は、休止は確かに悲しいが、大野さんにはやりたいことがあり、メンバーがそれを尊重した結果なのだから仕方ないと思わせてくれるものだったと思う。

また、「無責任では」という記者の発言について、一週間でバックレたなら無責任と言えるかもしれないが、嵐はかれこれ20年勤続である。普通の会社勤めとして考えてみても、現代において20年間一度も転職したことがないという人間の方が少数派だろう。

さらに、嵐は休止までにまだ2年活動する。これは会社で言えば「退職前の引継ぎ作業」に相当する。会社で辞意を伝えた際に「じゃあ引継ぎを2年かけてしてね」と言われたら、その足で労基に行ってしまうだろう。

もちろん会見で言ったことが全てではないだろうし、とてもファンの前では言えない休止理由があるのかもしれない。だが、そういう部分を見せないのがアイドル(偶像)の仕事なのだ。ウンコはするけどファンの前ではしないのがアイドルなのだ。

そういった意味で、嵐は最後までアイドルの仕事を全うしようとしているように見える。

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