カレー沢薫の時流漂流

魔法少女のノリで、「高プロになってよ」

カレー沢薫の時流漂流 第2回

魔法少女のノリで、「高プロになってよ」

2018.08.13

漫画家・コラムニスト カレー沢薫さんの社会派新連載!

第2回のテーマは「高度プロフェッショナル制度」です。

第2回目のテーマは「高度プロフェッショナル制度」、通称「高プロ」である。これは、6月28日に採決された働き方改革法案の中の一項目だ。

「生きてる奴は全員働け」

 

まず働き方改革法案とは、我々労働者が働きやすくするための法案なのだが、別に我々の身を慮っているわけではない。

ご存じの通り日本は少子高齢化であり、今後、深刻な労働力不足に陥ることが予想されている。それを解消するには、少子化の解決を進めると同時に、「今いる奴には全員働いてもらうしかない」のだ。

そのため、現在の労働者や、今まで就業しづらかった女性や高齢者などが働きやすい環境を作ろう、というのが、おそらく働き方改革の真意である。頭数が足りないから「生きてる奴は全員働け」というのだから、ある意味戦前に逆戻りだ。

国の弁としては、「多くの女性や65歳以上が外で働きたいと言っているのだから、それに応えている」ということだ。だが、働くのが好きでたまらないと言う人は極少数で、何で働きたいかというと、働かないと食っていけないからである。

今「働きたい」と言っている人も、本当のところを言うと、できれば働きたくないのではないか。私は35歳にして相当働きたくないので、65歳過ぎたらその2倍は働きたくないと思うに決まっている。

「65歳以上でも働ける社会」以前に「65歳以上でも働かないと餓死する社会」であり、そうしないと国の存続すら危ういのである。

解散しそうなほど遠く感じる「高プロ」の罠

働き方改革の中でも、「残業時間の上限を定める」とか、「正規、非正規の格差をなくす」などの動きはわかるが、「高プロ」については「聞いたことがあるが良く知らない」、という人も多いのではないだろうか。

まず「高プロ」とはどのような人に適用されるかというと、専門的技術を有する、年収約1000万円以上の人である。ここで多くの人が「関係ない、解散!」となってしまうと思う。私も会社員時代の年収が200万円程度だったため、二度と再結成しないほど解散してしまった。「高プロ」があまり知られていないのは、この解散率の高さのせいかもしれない。

関係ないのは百も承知だが、一応この「高プロ」こと「高度プロフェッショナル制度」とは何か確認した。先の条件から「高プロ」にあたる人には、労働時間の規制がない(一週間40時間の原則もない)、休憩時間を与えなくていい、残業や深夜割増を払わなくて良いという制度である。

もしかして、年収1000万稼いでいる奴への嫌がらせ制度なのだろうか、と思うが、健康措置として「年間104日以上、かつ、4週間で4日以上の休日を与えること」になっている。これは一見多いように見えるが、多額の散財を日割りにして安く見せるテクニックの逆で、実際は盆正月祝日抜きの週休二日程度だという。

ここでさすがに、制度を作った側も「高プロさん死んじゃうんじゃね?」と気づいたのか、他にも「勤務間インターバル制度と深夜労働の回数制限制度の導入」「労働時間を1か月又は3か月の期間で一定時間内とする」「1年に1回以上継続した2週間の休日を与える」「時間外労働が80時間を超えたら健康診断を実施する」という、4つの健康措置がある。

これらの措置で「高プロ」さんの命は助かったように見えるが、なんと企業はこのうちの一つを選んでやればOKらしい。おそらく、一番会社にとって楽な「健康診断」を選ぶところが多いのではと言われている。

しかも、「80時間働いたら健康診断」の続きがない。これでは「受けさせたらまた働かせていい」になってしまう。それなら「80時間働かせたあと点滴を打つ」の方がまだ具体的だ。

「今日からお前は高プロ」

一体この制度に何の得が、と思うが、労働時間の規制がない、ということは、仕事が終わったらさっさと帰ることも可能ということだ。報酬が時間に左右されることもなく、生産性が上がり、残業代がないのだから無駄な残業が減る、との意見もある。だが、そのメリットよりも、会社が「能力のある人を定額使い放題」状態になることが懸念されている。

そうは言っても、何せ対象が年収1000万円以上である。通ろうが通るまいが、自分には関係ない、と思っている人も多いと思う。しかし、これは他人事ではない。もちろん「年収が1000万以上になってしまう危険性がある」ということではない。

「高プロ」の定義自体が変えられ、年収はビタイチ上がっていないのに、知らない内に「高プロ」になっているかもしれないのだ。

現時点でも「高プロ」の定義はあいまいで、年収約1000万円というのも確定ではなく、条文の中ではざっくりまとめると「平均給与の3倍以上」と、かなり緩く書かれている。そのため今後確実に基準額が下がると予想されており、過去に「残業代ゼロ」が検討された際に出た「年収400万円」で高プロにされる可能性があるとの指摘もある。

つまり、突然「魔法少女になってよ」のノリで「今日からお前は高プロ」となってしまうかもしれないのである。

今関係なくても、今後関係が出てくる人もいるだろう。私は、会社員の当時は年収200万円で現・無職なので、それでも全然関係ないのだが。

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発想が”平成マイナス30年“な「東京医科大の入試不正」

カレー沢薫の時流漂流 第1回

発想が”平成マイナス30年“な「東京医科大の入試不正」

2018.08.06

漫画家・コラムニスト カレー沢薫さんの社会派新連載!

ビジネスパーソン必読の話題をテーマにお届けします

第1回は「東京医科大の入試不正」について

ついこの前、マイナビニュースでやっていたITコラムの連載が終わったような気がするが、装いも新たにビジネスコラムを書くことになった。体感としては1週間ぐらいしか経っていないような気がするが、30過ぎてから時間の経ち方が雑なので、本当は3年ぐらい経っているのだろう。

そのITコラムが始まった時にも言ったことだが、基本的に私は原稿料さえ払ってもらえれば、コラムがどこに載ってもいいし、テーマがビジネスに変わろうが、仮に発注相手が犬になっても構わないと思っている。

残念ながら担当が御ドッグ様に変わったわけではないが、何と本連載では豪華カラー挿絵を楽しめるので、前コラムからの読者は要チェキである。ただ、いざカラーにしてみても使っている色は3色ぐらいなのでモノクロと大差ないと言える。

さて、ビジネスコラムと言っても、ビジネス用語を解説するわけではない。そんなの前のITコラムと被るに決まっている。ビジネスに大切なのは時代遅れにならないことだ。よって当コラムは、最近話題になった話を、できるだけ腐らない内に、最悪「よく焼けばギリいける」の段階で取り上げていきたいと思う。

平成最後の夏、いろんな意味でアツすぎるニュース

そう思っていたのだが、急きょNewsInsight編集部より、「他のことはどうでも良いから、今すぐこの話を書け」とメールがきた。

ご存じの通り、今、気温よりも不悪口(ふあっく) in ホットと言われている「東京医科大の入試不正」の件である。簡単に言えば、女子受験者の点数を一律減点し合格者を減らしていたというものだ。

まさか21世紀にもなって、こんな古典的女性差別のニュースを聞くことになろうとは。さすが平成最後の夏、いろんな意味でアツすぎる。

もちろん、私に医大を受験して落ちた経験があるというわけではない。仮に受けたとしても「正当に採点した結果不合格」だろうし、身長より高い下駄を履かすか、他の受験者を全員抹殺しない限りは受からないと思う。

しかし、今回の件は東京医科大だけではなく「学校や、職場、いたるところで似たようなことが行われている可能性がある」と思わせるに十分な、日本に住む女の多くを絶望させるニュースだったのである。

あまりに陰惨な事件を目にすると、人は「俺様が住んでいる世界がこんなに酷いはずがない」という防衛本能が働き、目を逸らし、なかったことにしようとしてしまう。この事件も日本の女としては、正直、直視するのも辛い。

しかし、そうやって黙って目を逸らしていると「女はこの件にそんなに怒っているわけではないし関心がない」と世間にみなされるし、何故こんなことが起きたか詳細を知ろうとしなければ、いつまでも「拙者(とりあえず関係者を全員)コロ助ナリよ」という感情的な怒りから抜け出せない。

野蛮に野蛮で返していたら、世界はあっという間にマッドマックスだ。

東京医科大の「言い分」

まず、何故、東京医科大がこのようなことをしたかというと、関係者の弁では、「男が女より頭が良いと示したかったわけではなく、むしろテストの点通りだと女性の合格者が多くなるが、女性はどうしても出産や育児などで離職率が高く、そうなると周りの負担が大きくなる。よって男性医師の数が多い方が医療業界のためになる」、ということらしい。

これに関しては、妊娠や出産という、現在では揺るぎなく女にしかできないことをとりあえずの言い訳にしているだけという意見もある。確かに、これではあたかも、この世に「妊娠出産育児」以外の離職理由が存在しないないかのようである。

しかし実際はそれらの理由より、「給料が安い」「あいつが気に入らねえ」など男女関係ないことで辞める人間の方が遥かに多いだろう。また当たり前だが、女だからといって必ず子どもを産むわけでもない。よって妊娠出産で離職するから女性医師を減らすというのは、理由としてはあまりにも弱すぎる。

やはり東京医科大側もこれだけだと弱いと思ったのか、「女性は遠方での勤務、外科のようにハードな現場を嫌がる傾向がある」「体力が男性より少ない」など、他の言い分も出てきた。だがそれ以前に、どんな理由があろうと、高い受験代を払い、ガリ勉して臨んだ試験の点数を、裏で上げ下げしていいわけがない。

それだったら最初から募集要項に「女も受けて良いけど減点するよ」と明記しておくべきだ、そうすれば、女性受験者が激減し、不正など働くことなく大学の思惑通り男性合格者だらけにできたはずである。これでは受験料詐欺と言われても仕方がない。

平成マイナス30年の発想

また、先の「女は出産育児で辞める」という言い訳を聞くと、まるで「妊娠出産子育ては女特有の単独行為」のようだ、ワシらはアメーバか。

もちろん一人で出産という選択肢もあるが、そこには多くの場合男が存在しているはずである。今回の件に絶望して、男不在でナメック星人みたいに口からタマゴ産みてえ、と思った人も多いかもしれないが、現時点ではそれは無理だ。

よって、妊娠出産は無理にしても、育児に関しては女の復職が上手く行くよう男が子育てに積極的に参加する、そのために男が子育てに参加しやすい環境を作る、などの対策をすっとばして、単純に「女の医者を減らして男の医師を増やせば解決です」としてしまうのは、平成マイナス30年の発想である。

またこの事件は、男にとっても「俺たちは優遇されてて良かった」などという話ではない。むしろ全然優遇されていない。東京医科大の「女は結婚や育児など家庭を優先させるから使えない」という言い訳が本心だとしたら、同時に「男はプライベートや家庭など無視で、いかなる時も仕事最優先で使っていい」と思っている、ということである。

そんな世の中で、男がもし育休など取ろうとものなら「男のくせに仕事より家庭を優先させるのは何事か」と言われてしまうのである。

つまり「女は一人で子育ての任を負い、その間男は社畜たれ」というのが我が国の現状である。

今回の問題は主に「女は妊娠出産するから使えない(だから合格者を減らす)」という女性差別だが、その根底には「男は便利使いしていい」という男性差別も潜んでいるのだ

この件で「男は全員敵だ」と絶望してしまった女もいるかもしれないが、そんなことはない。私の知人が病院に勤めているのだが、そこの女医さんがあるとき妊娠した。制度としては産休も育休も十分にとって良いのだが、上司の「そんなに休みいる?周りが大変なんだけど」という嫌味に負けて、最低限の産休で復帰してきたという。ちなみにその上司は女性だそうだ。

このように「子持ちの働く女にとって男は敵」ではなく「全員敵」なので安心していただきたい。ここだけは男女平等だ。外に出れば七人の敵がいるし全員侍、という、暗黒面に墜ちた黒澤明の世界である。

しかし「休まれると、周りが大変」はただの嫌味ではなく、事実ゆえに件の女医さんも早々に復帰を決めたのだと思う。実際、「現場のことを考えると、東京医科大のやったこともわからないではない」みたいな現役医師のコメントも散見される。

つまり医療現場の状況は過酷で、医師他関係者のプライベートの犠牲で成り立っている部分が多い、というのも確かなようだ。だからと言って「プライベートを犠牲にしやすい男性医師の方がいい」というのもまた差別的だ。それより男女問わず無理をしなくて良い現場に変える方が先決ではないか。

そして、この件は男女差別以前に、「優秀な医者になり得た人が落とされ、そうじゃない人間が下駄を履かされ医者になっているかもしれない」というホラー案件でもある。東京医科大はこのスキャンダルの前に「役人の息子の裏口入学」でもすっぱ抜かれているので、怖がらない方が無理である。

この事件は海外からの関心も高く、フランス大使館には「そんな国捨てちゃって、優秀な日本女子はフランスに来なよ」というエスプリのきいた嫌味をかまされている。しかし、これはジョークではなく、本当に今回の件で、優秀な人材が海外に流れることも予想される。

日本から優秀な医者が減る、というのは「日本人全員の命」に関わることである。これほど男女関係なく「他人事」ではない事件もないのではないか。

■本連載は毎週月曜更新です。