阿久津良和のITビジネス超前線

エバンジェリストからアドボカシーへ、MicrosoftとIBMが進める開発者起点のIT変革

阿久津良和のITビジネス超前線 第7回

エバンジェリストからアドボカシーへ、MicrosoftとIBMが進める開発者起点のIT変革

2018.12.18

デジタルトランスフォーメーションは世界的な潮流

重要な役割を果たす「デベロッパー・アドボカシー」とは?

大きなデジタル変革、日本企業が”また”乗り遅れないために

昨今のIT企業では、「エバンジェリスト(伝道師)」ではなく「デベロッパー・アドボカシー」「デベロッパー・アドボケイト」という肩書きを目にすることが多い。本来は、その権利を代弁・擁護し、権利実現を支援する「アドボカシー(advocacy)」の実践者を指す言葉だが、昨今のデジタルトランスフォーメーション(以下、DX)の潮流で欠かせないキーワードとなりつつある。今回は大手IT企業でアドボカシー職を務める2人の著名人に話をうかがった。

エバンジェリストからデベロッパー・アドボカシーへ

日本アイ・ビー・エム(以下、日本IBM)でデベロッパー・アドボカシー事業部を統括する大西彰氏は、エバンジェリストとデベロッパー・アドボカシーの違いについて次のように説明した。「エバンジェリストはテクノロジーとマーケティングのハイブリッドで、世界観や製品の良いところを1対大勢で主張する。デベロッパー・アドボカシーは現実の開発者と1対1で向き合う。例えば(機能が正しく)動作しないといった悩みに開発者と同じ目線で受け止め、その声を本社へフィードバックする」。つまりエバンジェリストもデベロッパー・アドボカシーも対する相手は顧客でありながら、その役割は似て非なる。

日本IBM デジタル・ビジネス・グループ デベロッパー・アドボカシー事業部 Tokyo City Leader(事業部長) 大西彰氏

日本マイクロソフト(日本法人)からマイクロソフトコーポレーション(本社)直属の組織に席を移し、デベロッパー・アドボカシー職を務める寺田佳央氏も同様の説明を行いつつ、「私の中では(エバンジェリストからデベロッパー・アドボカシーへ)肩書きが変わっても、取り組む内容や姿勢はさほど変わっていない。Javaを盛り上げる上でコミュニティと良好な関係を築くことが大切で、Javaエバンジェリスト時代から開発者との会話や交流をとても大切にしてきた」と振り返る。奇しくもその発言は大西氏も同様で、「本質は変わっていない。振り返ると日本マイクロソフトのエバンジェリスト時代もデベロッパー・アドボカシー的な活動だった」と語る。

マイクロソフト デベロッパー・リレーション クラウド+AI リージョナル・デベロッパー・アドボカシー 寺田佳央氏

ここから見えるのは、顧客に寄り添うという顧客ファースト視点を両者とも重視しており、その意識を具現化したのがデベロッパー・アドボカシーという役割なのだろう。

ここで両者の背景を説明したい。大西氏は日本マイクロソフトで約12年、エバンジェリストなどを務め、2017年10月から日本IBMに移籍。IBMは「本社CEOのGinni Rometty(ジニー・ロメッティ)やCDO(Chief Digital Officer)のBob Lord(ボブ・ロード)も開発者にコミットすることを明言」(大西氏)しているように、開発者への関与を強化し、現在約200名のデベロッパー・エコシステムグループで広域な情報発信や個別の重要顧客を支援する活動を行っている。同社は主要なビジネス拠点にリーダーを配置しているが、東京の拠点は少数精鋭でデベロッパー・アドボカシー、プログラムマネージャーらが活動中だ。

寺田氏のJavaに関する活動は、以前の日本オラクル時代から有名であったが、2015年7月に日本マイクロソフトへ移籍。とあるイベントへ参加した際、「以前のマイクロソフトとは大きく変わった」という印象を持ったのが最初で、さまざまな開発言語に積極的に対応したMicrosoft Azureの可能性に惹かれたことで籍を移したという。Unix や Java の文化しか知らない自分だからこそ、そして代表的なマイクロソフトの競合企業 (Sun Microsystems) に勤めていた自分だからこそ、大きく変わったマイクロソフトの今を伝えられると考えた。そして「『Microsoft Love OSS !!』のメッセージを日本全国の開発者・運用者の皆様にお届けしたい」(寺田氏のブログより言葉を抜粋)と自身の役割を語っていた。現在、寺田氏もマイクロソフトコーポレーション所属で、千代田まどか氏(ちょまど)と共に日本リージョン(地域)担当のアドボカシーとして活動している。

日本はやっぱり遅れ? デジタルトランスフォーメーション

さて、各社がデベロッパー・アドボカシーという役割を設ける理由だが、背景には世界的なDXの潮流が大きい。デジタルテクノロジーで企業の変革を起こすには、ソフトウェアによる最適化が必要だが、そのソフトウェアのコードを書く開発者は特に日本で軽視されがちだ。

ビジネスリーダーとソフトウェア開発者の両者が「両輪」となってサービス開発を共に進めるのが理想ながらも実現していない。トラディショナルな企業の縦割り構造や旧態依然の企業文化など、DXが進まない理由は多岐にわたるが、この状況について大西氏は、「専門家の皆さんは難しく語っているものの、とどのつまり『(1)無駄な時間を省いて、(2)最初に全体を判断し、(3)どこからでもアクセスできる』。この3つが重要」と指摘する。

他方で両社に共通するのがクラウドの存在だ。日本IBMは「IBM Cloud」、日本マイクロソフトは「Microsoft Azure」を持つプラットフォームベンダーだが、クラウドの主役はSaaSなどクラウド上で動作するサービスであり、サービスを開発する開発者が最重要となる。そのため日本IBMは、現実世界のシナリオに則したオープンソースのアプリケーション集「IBM Developer Code Patterns」を運営して、「開発者の目的にあったシナリオを見つけて頂き、素早く試してもらう道を作る」(大西氏)活動を続けてきた。また、2018年6月11日に開催したThink Japan IBM Code Dayには3,000人以上が来場。他社ベンダーも参加する同社としては史上初のイベントに対して、「古くからお付き合いのあるパートナー様からは『IBMも変わった』というポジティブなフィードバックを頂いた」(大西氏)。

このように開発者コミュニティに対する積極的な姿勢は、日本マイクロソフトも同様だ。日本マイクロソフトの年次イベントである、de:code や Tech Summitでは、WindowsやOffice、.NETと言った既存のマイクロソフト製品・技術のコミュニティやファンをとても大切にしながらも、さらに今では当たり前のようにOSS に関連したセッションも数多く行われている。また、寺田氏はMicrosoft MVPに代表されるインフルエンサー支援やコミュニティへ積極的に参加している。

そして寺田氏の今の活動には、デベロッパー・アドボカシーへ就任する前の経験が、大きな影響を与えていると言う。「2年ほど前までは、プレゼンで発表することが業務の中心だった。それが、昨年よりお客様の実ビジネスの課題を、目の前で直接解決していく“ハックフェスト”を実施するようになった。もちろんプレゼンはとても重要で今後も実施していく。しかし、テクノロジーの領域によっては、約1時間のセッションで伝えることが難しい技術もある。たとえば、Kubernetesのような、開発手法、運用方法、DevOps、マイクロサービスのように多岐にわたるノウハウが必要な技術だ。ハックフェストは、プレゼンより多くの時間を掛け、アーキテクチャや実際のコーディング内容を確認し、操作方法でつまずくポイントを詳細に説明できる。実際に参加されたお客様やコミュニティ・メンバーが短期間で著しい成長される姿を目の当たりにし、この取り組みは素晴らしいと感じたと共に、この体験が私自身も大きく成長させた。そしてアドボカシーになった今も、コミュニティに向けてハックフェストを実施している」と、開発者と同じ目線で語る重要性を力説する。

寺田氏はデベロッパー・アドボカシーとして、「私自身は顧客が幸せになることを考えて、顧客が作りたいシステムに関する情報や技術をお届けしたい。その結果として日本IT市場が前進する活動を続けたい」と抱負を語る。大西氏も「IBMはさまざまなテクノロジーにコミットしている。開発者に対してオープンであるイメージを伝えて『ファン』になって頂きたい。個人的には日本のDXを加速させるために顧客支援を続けていく」(大西氏)と述べ、コミュニティや顧客に対する支援と、日本企業のDX推進を目指す姿勢を示した。

各社は開発者起点のエコシステム拡大を展望

お二人の取材を通じて感じたのは、ソフトウェア開発者の重要性である。筆者も以前はプログラマーとして働いた経験を持つが、今思い返せば恵まれた環境とは言い難かった。各所で叫ばれているDXの本質はワークフローを最適化するサービスにあり、サービスを開発するソフトウェア開発者にある。それを理解しているIT企業は開発者起点のエコシステム拡大を踏まえて、デベロッパー・アドボカシーの活動を始めているのだろう。

阿久津良和(Cactus)

ポストビッグデータ時代におけるプラットフォーマーの条件

阿久津良和のITビジネス超前線 第6回

ポストビッグデータ時代におけるプラットフォーマーの条件

2018.10.23

ポストビッグデータ時代に注目したい米Teradata社

Teradataの戦略やソリューションを紹介するイベントを取材

Teradata(テラデータ)という企業をご存じだろうか。1979年に米国で創業し、現在ではクラウドベースのデータおよびアナリティクス(分析)に特化したエンタープライズ企業である。

日本法人は日本テラデータとして活躍しているが、日本マイクロソフトなどグローバルIT企業と比較すると、日本での知名度はさほど高くはない。だが、Teradataが持つ潜在能力は実に高く、ポストビッグデータの時代を迎えた現在こそ注目すべき企業の1つに数えるべきだ。

今回は、米国日時の2018年10月14~18日にラスベガスで開催された「Teradata Analytics Universe 2018」を中心に、同社の戦略やソリューションをご報告したい。

データウェアハウスからデータインテリジェンスへ

イベント初日の基調講演では、50カ国3,000人以上が集まった会場の聴講者に対して、Teradataのビジョンが語られた。現在同社は1,200万ユーザーを抱えつつ、11兆のクエリを通じて840EB(エクサバイト)のデータが使われる状況下にある。そのようななか、講演ではTeradata COO, Oliver Ratzesberger氏が「パーベイシブデータインテリジェンスの新時代を切り開いていく」と述べた。

Teradata COO, Oliver Ratzesberger氏

抄訳すれば『意思決定者のために加工・分析したデータの普及』。これが新たなTeradataを象徴するキーワードだ。同社は従来のDWH(データウェアハウス)企業から、ユビキタスなデータインテリジェンスを届ける企業に生まれ変わるという。イベント開催直前に発表した新たなコーポレートロゴにも同様のメッセージが込められており、その意思は登壇時の発言「アナリティクスを買うのはやめよう」(Ratzesberger氏)にも通じる。

新たなTeradataロゴ

Ratzesberger氏の発言は過去の自社を含めた旧態依然としたアナリティクスツールを否定するものだった。その理由は、パーベイシブデータインテリジェンスを実現するソリューション「Teradata Vantage(以下、Vantage)」の存在が核にあるからだ。Vantageの導入事例として、オーストラリアのQantas Airways Limited(カンタス航空)が成し得た燃料消費率1.5%の改善や、米通信キャリアのVerizon Communications(ベライゾンコミュニケーションズ)の月間解約率を1.2%で抑制したことを紹介。また、米国の非営利民間医療保険の最大手であるKaiser Permanente(カイザーパーマネンテ)は、Vantageを活用することで、年間に亡くなる12万5,000人の10%を救い、3,000億ドルの経費削減に成功したという。

Teradata President and CEO, Victor Lund氏は「現在のビジネスで求められるのは、保有するデータを容易に取り出して活用できる仕組み」だと述べる。多くの企業は蓄積したデータを古いシステムで管理し、データアナリストはデータコネクターを通じて分析前の処理を行うだろう。TeradataはVantageについて、「常にすべてのデータを管理するため、分析プロセスや展開先、分析による洞察を容易に得られる」と説明する。

Teradata President and CEO, Victor Lund氏

Teradata Vantageで何ができるのか

TeradataはVantageのメリットとして「好みの言語やツールが使用できる」「分析関数とエンジンを単一化」「複数のデータセットをサポート」の3要素を得られると語る。「皆さんに適切なツールを使って頂きたい。Vantageは『適切なツールを適切な仕事に使う』という概念が背景にあり、データの形状や分析内容に応じて言語やエンジン、4D Analyticsなどを用いて、広範なビジネス課題を解決できる」(Teradata SVP of Marketing, Chris Twogood氏)という。具体的なSQLやPython、Rなどの開発言語、各種BIツールに加えて、SASやJupyter、RStudioといったプラットフォームで、JSONやBSON、AVRO、CSV、XMLといったデータを扱える。

Teradata SVP of Marketing, Chris Twogood氏

また、すべてのデータをいつでも活用できるのがVantageが備える特徴の1つ。データをスピンアップし、必要な場面でダイナミックに分析できる場面が増えているが、従来のデータを読み込んで変換する過程はトラブルを引き起こす要因に数えられる。この課題に対してVantageはデータを1つのクエリで取得し、そのまま分析を実行するNative Object Storeの実現を2019年リリース予定の次期Vantageで容易にするという。データサイエンティストやビジネスアナリストはAmazon S3やAzure Blob上のデータをシームレスに処理できる。

Native Object Storeのイメージ図
Teradata President of Teradata Labs, Oliver Ratzesberger氏(左)とMicrosoft General Manager of Azure Media and Entertainment, Azure Storage and Azure Stack, Tad Brockway氏(右)による対談も行い、良好な関係性をアピールした

データ分析の前のデータ準備に課題、全自動化で解決へ

イベントではほかにも著名な登壇者により、企業のデジタル化に向けた施策など多くの話題が語られたが、最後はTeradata VP of Technology and Innovation, Jacek Becla氏の発言に注目したい。同士は長年スタンフォード大学に在籍していたが、Teradataに席を移した理由の1つとして、「顧客視点でエンタープライズの仕事に携わっている。技術や分析エンジンに取り組み、具体的なソリューションを実現できる」と述べた。

Teradata VP of Technology and Innovation, Jacek Becla氏

Becla氏は主に研究的視点から技術に携わっているが、「データラングリング(飼育)とスキーマ設計に7割の時間が費やされる」と、分析に至るまでのデータ準備に多様な課題があると指摘した。その上で「速さや最適性といった議論ではなく、すべてを自動化する」(Becla氏)のがVantageの意義であると語る。前述したTwogood氏が述べたようにNative Object Storeの実装は来年以降だが、「単なるビジョンではなく、研究所には試作機もある。1つのクエリにデータを割り当て、PB(ペタバイト)級のクエリを実行できる」(Becla氏)と多様な分析に集中できることを強調した。合わせて機械学習に用いるGPUのマルチスケジューリングについて、解決策を検討しているとして、現在取り組んでいる研究成果もいくつか披露した。

今後の機能については実装後に機会があれば紹介したいが、強いて昨今のバズワードを用いれば、現在は「ポストビッグデータ時代」に突入している。大量のデータを処理するビッグデータプラットフォームは普遍化し、利用する企業側はもちろん分析ソリューションの提供側でも、データの集積方法や更新の容易性、アクセスの最適化が課題として挙げられてきた。これらの諸条件を解決するには我々の意識変革も伴うが、基盤となるデータ・分析プラットフォームの躍進は、課題解決の大きな近道となり得るだろう。

阿久津良和(Cactus)

ユーザーとともに創る日本マイクロソフトのイノベーション戦略

阿久津良和のITビジネス超前線 第5回

ユーザーとともに創る日本マイクロソフトのイノベーション戦略

2018.04.23

多くのIT企業はハッカソン(ハックとマラソンを掛け合わせた造語)やコンテストを実施し、新たなビジネスの創出に努めている。Microsoftおよび日本マイクロソフトは学生向けITコンテスト「Imagine Cup」を2003年から、日本マイクロソフト独自施策としてスタートアップを支援し、技術革新を表彰するコンテスト「Innovation Award」を2007年から例年開催してきた。

過去のInnovation Award受賞者には、法人向けクラウド名刺管理・共有サービス「Sansan」を展開するSansan 取締役 富岡圭氏(2009年度優秀賞)など、ビジネスの第一線で活躍する方も少なくない。2017年から日本マイクロソフト 業務執行役員 コマーシャルソフトウェアエンジニアリング本部長に就任したドリュー・ロビンス氏は「技術スキルに磨きをかける場を提供したい」とその意義を語る。

2016年4月23日に開催した「Innovation Award 2016」の様子。Imagine Cup参加者を交えた記念撮影が行われた
2017年3月22日開催の「Innovation Award 2017」。Information Award受賞者たち

2018年4月16日に都内で開催した「Innovation Award 2018」は、Imagine Cup 2018日本代表最終選考会とInnovation Award最終審査、そして両者の表彰式を行うイベントだ。本稿ではInnovation Award受賞者に焦点を当て、自社の新ビジネス創出につながるアイディアを紹介する。

小型ドローンで各所を保守検査

イベントスポンサーの冠を持つOrange Fab Asia賞 兼 サムライインキュベート賞 兼 東京エレクトロンデバイス賞 兼 三井不動産賞を受けたLiberawareの「LAPIS(Liberated Activation Platform for Information Strategy)」は、非GPS環境下で小型産業用ドローンを活用し、屋内空間のデータ化とAI(人工知能)解析システムを用いた施設および基盤の管理やメンテナンスを可能にするソリューションである。

下水道管や物流センター、植物工場や洞道といった狭い空間に小型産業用ドローンが踏み入り、情報収集や予兆保全などに用いることが可能だとLiberawareは説明する。1例として地下施設内の基盤保守検査について、「Microsoft Azureを活用した機体管理やデータ解析、飛行設計などを行うLAPISを、Microsoft HoloLens(以下、HoloLens)を組み合わせることで、劣化したパイプを可視化するといったシナリオを実現」(Liberaware 関弘圭氏)できると語った。

Liberawareの小型産業用ドローンを音声で制御するデモンストレーション

ドローンから得た空間情報をサーバーに送信し、映像として構成したHoloLensのディスプレイに映し出すという。既に数社とプロジェクトを開始しつつ、音声やジェスチャーを用いたドローンの遠隔操作に着手している。さらなる小型化は可能かと審査員から問われると、同社は「センサーの小型化が課題」(関氏)とドローンを構成する部品の進化が影響を及ぼすと説明した。

顧客とデザイナーのイメージをVRで共有

PR TIMES賞を受けたのは、これまで莫大な費用を必要したVR(仮想環境)空間作成を、3D CADデータを読み込ませるだけで作成し、同空間内で打ち合わせや意思決定を行う空間・建築デザイナー向けのVRビジネスツール「SYMMETRY」。DVERSEの沼倉正吾氏は、「デザインの現場では顧客とデザイナーが互いのイメージを共有しなければならないが、人によって感覚は異なる」と述べ、その差異を埋めるのがSYMMETRYだと説明した。

DVERSEの「SYMMETRY」はWindows Mixed Reallyデバイスを装着し、顧客とデザイナーの間で建築物のスケール共有や修正が可能とする

カメラアングルを変えた背景画像や家具の画像を、教師データとして機械学習に与えることで、VR空間を作成する。顧客とデザイナーはWindows Mixed Reallyデバイスを装着し、VR空間に滞在してイメージをすり合わせるが、3Dモデルの物体認識率は学習済みが98%。未学習画像でも93%の正解率に達するという。DVERSEは、「市場規模は約12.7兆円。デザインの現場で必要だった確認・修正・承認のフローを改善する」(DVERSE 沼倉正吾氏)と述べ、建築や店舗、展示会など幅広い市場での展開を目指す。

懇親会で披露した「SYMMETRY」。デバイスを装着して体験する参加者も少なくなかった

量子コンピューティングをビジネス分野へ開放

プロトスター賞を受けたのは、MDRの「Wildcat」。機械学習などに用いられるプログラミング言語のPython用開発キットを利用し、量子コンピューティングと古典コンピューターの開発環境をクラウド経由で提供するソリューションだ。統計的な変動を用いた、確立リカレントニューラルネットワークの一種であるボルツマンマシンは、規模の拡大に応じて学習の正確性が欠落することから、実用化に大きな課題を残す。同社は「量子コンピューティングは、10年内に古典コンピューターを超えるため、ビジネス分野に明るい方々が量子コンピューティングを使える環境が必要」(MDR 小林俊平氏)だと語る。

MDR「Wildcat」の概要。Microsoft Azure上で稼働する

MDRは量子コンピューティングにまつわる課題を解決するため、ボルツマンサンプリングの計算負荷や精度不足を改善し、"古典+量子コンピューティング"のハイブリッドプログラミング環境を提供するWildcatを用意した。NVIDIAと協力したGPU並列化シミュレーテッド量子アニーラを用いて、ボルツマンのサンプリングを行い、それ以外は古典コンピューターで実行する仕組み。1GPUで5,000量子ビットの演算を可能にし、複数GPUでマルチノード並列化を実装している。今後の展望として同社は、ゲート型量子コンピューターのGPU並列化シミュレーター、量子アニーラや量子コンピューター用独自チップの開発、既存の量子コンピューターへの接続交渉を重ねているという。

Wildcatを支える「GPUアニーラ」の概要

ビジネスパーソンでもデータサイエンスを実行可能へ

弥生賞を受けたのはデータビーグルの「Data Diver」。エンジニアやコンサルタントの専権事項であったデータサイエンスを一般的なビジネスマンが利用可能にするツールだ。同社 代表取締役 西内啓氏は「統計学は最強の学問である」の著者でもある。「新しい統計手法を作っても使われないため、大学を辞めて個人でコンサルティング業務を続けていた。すると、顧客課題は共通項が多いことに気付き」(西内氏)、パッケージ化して同社を起業したと説明した。

データビーグル 代表取締役 西内啓氏

Data Diverは開発言語を用いないノンコーディングシステムで、取り出したい情報にまつわる条件設定を付与することで、RDBMS(関係データベース管理システム)内のデータを引き出せる。出力結果はスプレッドシートのため、エクスポートすれば会議資料にそのまま利用可能だという。データビーグルは現在、「B2Cの小売業界に注力し、既に利用案件が増加中」(西内氏)だと説明した。

データビーグルの「Data Diver」

自然言語理解を用いた情報分析

's ACADEMY賞を受けたのは、コージェントラボの「Kaidoku」。従来のNLP(Natural Language Processing: 自然言語処理)では難しかった言語情報解析にNLU(Natural language understanding: 自然言語理解)を用いて、自動分類や類似検索、視覚的分析を可能にするシステムだ。1例として、米国政府の金融商品に関する30万件のクレーム情報を読み込ませると、顧客が住所変更を行っていないようなデータ欠損や、類似するクレームは特定地域で発生したことが、視覚的に把握できるという。

コージェントラボの「Kaidoku」

コージェントラボの飯沼純氏は、資料作成の時間短縮やコミュニケーションツールに対する検索結果を業務利用する際、Kaidokuが役立つとアピール。「(複数のツールを併用することで業務フローと生産性に混乱が生じた結果、)約4.3兆円/年の機会損失回避や、長時間労働、労働生産性の低下を解決する」(飯沼氏)。

楽曲フレーズの均一性を抽出して類似曲をリコメンド

聴講者からの投票で一番人気となるオーディエンス賞を受けたのは、メタルテックの「SongsLink」。既存の曲推奨機能は音楽的特徴よりも評価や閲覧履歴と言ったメタデータを重視し、自身が聞きたい曲が流れにくい。そこで、イントロダクションのメロディラインやギターソロといったフレーズをデータ化することで、該当するフレーズで他の曲を推奨する。

メタルテックの「SongsLink」

事前の聴者趣向データを登録する必要はなく、Webサイトのウィジェットとして貼り付けることで得られる広告収入や、APIリクエスト課金モデルで収益化を目指すが、現在はYouTubeを基盤としているため、音楽配信会社との連携を図る。作者である長尾俊氏自身がヘビーメタル好きのため、緩急が激しい曲は分別しやすいという。

エッジコンピューターでも機械学習を実現

優秀賞を受けたのは、エイシングの「エッジライトコンピューティングを実現する機械学習AI」。同社はAIパラメータの調整を必要とせず動的な追加学習やエッジ側のリアルタイム学習を実現するDBT(Deep Binary Tree)エンジンを用いたソリューションを紹介した。組み込みを念頭に開発したDBTは、Raspberry Pi 3上で稼働させても50マイクロ秒の応答性を実現する。

DBTをエッジ側に実装することで、大幅な時間短縮と精度向上が可能になる

現在DBTはSaaSソリューションとして提供中だが、DBTアルゴリズムを焼き込んだFPGA版のリリースを予定中。エイシングは事業戦略として船舶エンジンや光学センサー分野で展開し、市場規模の観点から見ても1兆円を超えるビジネスにつながると説明する。授賞の感想を求められた出澤純一氏は、「この賞に恥じないユニコーン企業を目指してまい進する」と語った。

左から日本マイクロソフト 執行役員 最高技術責任者 兼 マイクロソフト ディベロップメント 代表取締役社長 榊原彰氏、エイシング 代表取締役社長 出澤純一氏

計算手法を見直してNN演算を高速化

そしてソフトバンクテクノロジー賞および最優秀賞に輝いたのは、アラヤの「ニューラルネットワークの演算量削減・高速化技術」。同社が考案したフィルタを圧縮する設計を加えると、必要な部分だけ計算するため、ニューラルネットワークの精度を落とさずに演算量を10分の1から50分の1まで削減する。

アラヤの演算量削減技術概要

さらに他の演算手法と組み合わせることで、画像のリアルタイム処理を汎用的なFPGAで可能にする。通常はGPU付きワークステーションなどを必要とするが、スマートフォンや白物家電といったエッジ側の性能を飛躍的に向上させる可能性が出てきた。

物体認識のデモンストレーションでは約10倍の処理高速化を実現。FPGAで実装するれば、30fpsを超えるリアルタイム検出も可能になる

本技術を普及させる施策としてアラヤは、Microsoft Azure上に演算量削減版ニューラルネットワーク自動生成ツールを搭載して、顧客に提供する。同社は大手自動車メーカーと車載デバイス、某通信事業社とドローンの共同開発を進めており、「いずれも消費電力や小型化が必要条件のため、確実に勝てる部分でビジネスを進める」(アラヤ 松本渉氏)。授賞の感想を求められた松本氏は、「我々のプレゼンテーションは地味なので、他のチームが優勝すると思っていた。AIによる社会変革を目指すため、ご支援頂きたい」と語った。

アラヤの松本渉氏(右側2番目)

コミュニティのパワーを新ビジネス創出へ

本イベントの責任者であるドリュー・ロビンス氏は、「我々は顧客と共に技術革新を起こし、参加した学生や企業が他者から刺激を得て活躍する場面を増やしたい」と、長年イベントを続ける意義を語る。

日本マイクロソフト 業務執行役員 コマーシャルソフトウェアエンジニアリング本部 ドリュー・ロビンズ氏

自身も日本マイクロソフト参加する以前から、Microsoft MVPとしてコミュニティに参加してきた経緯を持ち、「技術革新を求めるエンジニアが一堂に会すると、個人ではなし得ない何かが生まれてくる。自分が(1990年代に開催していた)Microsoft Developer Daysに参加した際、Microsoft社員の支援を受けつつ最後までたどり着くことができた」(ロビンス氏)と、コミュニティのパワーを強く感じた経験をつまびらかに明かした。

だからこそ、Microsoft/日本マイクロソフトはImagine CupやInnovation Awardといったコンテストに注力し、2018年2月にはスタートアップを多角的に支援するプログラム「Microsoft for Startups」を開始している。「もしかしたら今日のイベントを切っ掛けに学生やスタートアップのキャリアが大きく変化するかも知れない」(ロビンス氏)イベントを開催し、新ビジネスの創出を目指してきた。

筆者は本イベントの取材を開始して3年足らずだが、Imagine Cup日本予選にチャレンジする学生たちのレベルは年を重ねて高まっている。Innovation Award参加企業も昨年まではアイディア性が際立っていたが、今年は機械学習など時代を反映したソリューションをプレゼンテーションする企業が際立った。いつの時代も世の中を変えるのは、たわいもない発想とそれを実現する熱量を持つ人々である。我こそはと奮起する学生やスタートアップ、もしくは自社の事業に新風を招きたいと考える企業は、来年の本イベントに参加することをお薦めしたい。

Innovation Award 2018受賞者の皆さん

阿久津良和(Cactus)