活字・写植・フォントのデザインの歴史 - 書体設計士・橋本和夫に聞く 活字・写植・フォントのデザインの歴史 - 書体設計士・橋本和夫に聞く

1963年(昭和38)以降1995年までのあいだ、写研で開発したほとんどの書体の監修をつとめてきた橋本和夫さんへのロングインタビュー。前回まで4回にわたり、写研での文字制作について聞いた。今回からは再び、具体的な書体開発の話に戻りたい。

新時代の角ゴシック体

1970年代は写研にとって、タイポスとナールの時代だった。これらの画期的な書体の登場は、新書体ブームを引き起こした。写植機の性能も上がり、デザイナーが写植を用いるようになった。写研の文字は、広告や雑誌の誌面を彩る存在となっていった。それまで描き文字で制作されていた広告や雑誌の見出しを写植で打つことも増え、より多彩な書体が求められるようになっていった。

そうした動きの先がけとなったナール(1972年発売)、ナールD(1973年発売)は、発売されるとすぐさま広く使われる人気書体となった。

「作者の中村征宏さんは、もともとテレビのテロップを描く仕事をしていた方でした。そのときに描いていたのが、ナールのような文字だったんです。1970年(昭和45)に第1回石井賞創作タイプフェイスコンテストを開催したとき、それまではどちらかというと無色透明な書体ばかりだったところに、ナールのような個性を前面に打ち出した書体があらわれた。斬新なスタイルだったナールはみごと第1位に輝き、写研から文字盤として発売されました。ナール、ナールDが完成したあと、写研では、次は中村さんにどんな書体をつくってもらおう? という話になりました」(橋本さん)

このころから写研は多書体化に向けて動きはじめていた。それまでは社内で書体をつくっていたのが、中村氏とのコラボレートのように、社外のデザイナーを起用しての書体づくりを積極的に行う方針になっていた。

「あたらしい丸ゴシック体・ナールを描いた中村さんに次作をお願いするなら、同じくフトコロが広く、明るい表情のモダンな角ゴシック体を描いてもらうのがよいのではないか。写植機で再現できる最大の太さをもつ書体で、見出し用に使える極太角ゴシックをつくってはどうだろうか、と中村さんを含めてコンセプトをかためていきました」

そうして制作されたのが、それまでの写植文字のなかでもっとも太い超特太角ゴシック体「ゴナU」だ。1975年(昭和50)秋の第4回写研フェアで発表された。

ゴナU(1975年)『写研38』より

写研発行の機関誌『写研38』(*1)では、新書体としてこんなふうに紹介されている。

〈超極太ゴシック体「ゴナU」は「ナール」の製作者である中村征宏氏がデザインした近代的ゴシック体です。〉
〈従来のゴシック体ではもの足りなかった豪快な力強さをもち、その中にも親しみと柔らかさを併せもった、多目的に活用できる書体です。〉
〈超特太のため、アミ処理もしやすく、工夫しだいで面白い紙面効果が生まれます。〉

ナールとならび、いまでも人気の高い写研の代表的書体・ゴナは、見出し・ディスプレイ用として、まず一番太い「U」のウェイトから生まれた書体だったのだ。

一方、写研の社内では、橋本さんがメインデザイナーとなって大蘭明朝の制作が進められ、ゴナUと同時期に発売となった。

「ゴナUの太さに対応する、写植文字の明朝体として最大の太さの縦画をもつ超特太明朝体を、ということでつくったのが『大蘭明朝』なんです」

同じく『写研38』では、このように紹介されている。(*2)
〈従来の明朝体では出せなかった力強さとシャープな感覚をもつ見出し用明朝体です。〉

かなの種類はスタンダード、OKL、NKL、ディスプレイの4種類があり、目的や媒体によって使い分けられるようになっていた。縦画が太い分つぶれやすいため、50級(12.5mm角)以上での使用が推奨された。

4種類の仮名をもつ大蘭明朝(1975年)『写研40』より 

(つづく)


注)
*1:1976年2月14日発行/P.38
*2:同上/P.36

話し手 プロフィール

橋本和夫(はしもと・かずお)
書体設計士。イワタ顧問。1935年2月、大阪生まれ。1954年6月、活字製造販売会社・モトヤに入社。太佐源三氏のもと、ベントン彫刻機用の原字制作にたずさわる。1959年5月、写真植字機の大手メーカー・写研に入社。創業者・石井茂吉氏監修のもと、石井宋朝体の原字を制作。1963年に石井氏が亡くなった後は同社文字部のチーフとして、1990年代まで写研で制作発売されたほとんどすべての書体の監修にあたる。1995年8月、写研を退職。フリーランス期間を経て、1998年頃よりフォントメーカー・イワタにおいてデジタルフォントの書体監修・デザインにたずさわるようになり、同社顧問に。現在に至る。

著者 プロフィール

雪 朱里(ゆき・あかり)
ライター、編集者。1971年生まれ。写植からDTPへの移行期に印刷会社に在籍後、ビジネス系専門誌の編集長を経て、2000年よりフリーランス。文字、デザイン、印刷、手仕事などの分野で取材執筆活動をおこなう。著書に『描き文字のデザイン』『もじ部 書体デザイナーに聞くデザインの背景・フォント選びと使い方のコツ』(グラフィック社)、『文字をつくる 9人の書体デザイナー』(誠文堂新光社)、『活字地金彫刻師 清水金之助』(清水金之助の本をつくる会)、編集担当書籍に『ぼくのつくった書体の話 活字と写植、そして小塚書体のデザイン』(小塚昌彦著、グラフィック社)ほか多数。『デザインのひきだし』誌(グラフィック社)レギュラー編集者もつとめる。

■本連載は隔週掲載です。

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1963年(昭和38)以降1995年までのあいだ、写研で開発したほとんどの書体の監修をつとめてきた橋本和夫さん。その文字制作について、あらためて聞く第4回。今回は、文字盤の製作についてまとめたい。

詰め組みは原字部門泣かせ

写植が広告などでよく使われるようになった1970~80年代、「詰め組み」が流行した。「詰め組み」とは文字どおり、字間を詰めて組むこと。この時代、広告のキャッチコピーやタイトルなどの大きな文字は、とりわけ“詰め詰め”で組まれたものだ。 

1970年の広告から、詰め組みの例。文字がくっつくかどうかのギリギリまで詰めている

「詰め組みは、ぼくたち原字描きにとっては罪な流行りでしたね……。ベタ組みであれば、字間がすこし空きますから、隣り合う文字同士の線の太さに多少の差があっても目立たない。ところが詰め組みの場合、文字がくっつくかどうかのところまで詰めていましたから、隣り合う文字同士の線を比較するようなことになり、線の太さや黒みのムラが目立ってしまったんですね」

文字品質の追求がシビアに行われるなかで、それにこたえる原字をつくっていくには、とにかく「見る目をよくすること」だったと橋本さんはいう。

「スケッチして墨入れをして原字を描くという実技も大事でしたが、原字部門の人には、原字を比較し、どうしたらよく見えるのかを評価する能力も求められました。どんな文字同士を組み合わせても組版にムラの出ない、品質の高さをもつ文字をつくるためには、どう修正したらよいのか。そういう目で原字を評価し、制作していましたからね。だから、当時の写研の原字部門にいた人たち(現在も書体デザイナーとして活躍している藤田重信氏や鳥海修氏、今田欣一氏、小林章氏など)は、書体を見る目がかなりあるのではないかと思います。そういう教育をされていたので」

奥歯を噛み締めた文字をつくる

「見る目をよくする」教育とはどういうことだったのだろう?

「監修者のぼくやチーフの検査を受けるだけでなく、制作している人同士が互いに評価していたんですね。自分が描いた原字を評価してもらう一方で、人が描いた原字の評価も行う。この、『人の原字も評価する』ということが大切なんです。自分の描いた原字しか見ていないと、自己満足でなんでもよくなってしまう。けれど人の描いた原字を見ると、岡目八目じゃないけれど、かえってその出来がはっきり見えるんですね」

橋本さん自身、描くというより監修という立場だったからこそ、文字の出来不出来がよくわかったという。

「ひと目見てパッとわかるんですね。『あ、これはダメ』と。そうやって厳しく品質管理をしていましたから、写研から出した書体にはあまり『ええっ?』と思われるようなものはないのではないかと思います。写研の書体は、ウイークポイントが少ないというか、訴求力があるというか。どんなコンセプトのものでも、その書体なりにまとまっていたのではないでしょうか」

「ぼくは原字の人たちによく『奥歯を噛み締めた字をつくりなさい』と言いました。身体の力を抜いた状態ではなく、奥歯をグッと噛みしめると、精神が少し締まって緊張する。そういう状態で対峙したほうが、文字の出来がはっきりと見える。だから、奥歯を噛み締めたときによく見える文字をつくりなさい、と伝えていたのです」

文字盤製作というブラックボックス

原字制作についてはいろいろ話してくれた橋本さんだが、文字盤の具体的な製作工程の話になったとたん、言葉を濁した。

「そこは一番の企業秘密で、写研が外部に明らかにしなかったことなんです。特に明かさなかったのは、ネガフィルムをつくる部分ですね。写研には時々見学者がいらしたのですが、原字部門や後工程については、廊下からも窓ごしに作業の様子が見られるようになっていました。しかし文字盤のネガフィルムをつくる部門だけは、そのフロア自体にそもそもエレベーターをとめず、見学コースからはずしていました」

サブプレートと呼ばれる写研の小さな文字盤には、横21×縦13で273文字が収録されていた。この書体は「タイポス45」

写植機をつくるところも見学可能だったというから、原字を文字盤のネガフィルムにする部分は、写研にとってもっとも秘密にしたい心臓部であったといえる。

「機械は入手して分解すれば、どういうしくみになっているかがわかります。原字を描く作業も、他社でも行っていることなので、だいたい想像がつく。しかし原字を縮小撮影して文字盤用のネガフィルムにする工程は、撮影していることは想像できても、具体的にどのようにして精度を出しているかは、フィルムを見ただけではわからない」

「写研の見学者はまず、原字制作を見せてもらう。『手で描くんですか、大変ですね』なんて言いながら部屋をのぞく。そして次に通される部屋では、原字はすでに文字盤になっており、『これが完成した文字盤です』『そうですか』というやりとりが交わされるという流れでした」

筆者は、これまで写研関連の文献を読んでいても、文字盤制作のところだけがぼんやりしていて具体的な工程が見えないと感じていた。その理由が、橋本さんの言葉からようやくわかった。

 (つづく)

話し手 プロフィール

橋本和夫(はしもと・かずお)
書体設計士。イワタ顧問。1935年2月、大阪生まれ。1954年6月、活字製造販売会社・モトヤに入社。太佐源三氏のもと、ベントン彫刻機用の原字制作にたずさわる。1959年5月、写真植字機の大手メーカー・写研に入社。創業者・石井茂吉氏監修のもと、石井宋朝体の原字を制作。1963年に石井氏が亡くなった後は同社文字部のチーフとして、1990年代まで写研で制作発売されたほとんどすべての書体の監修にあたる。1995年8月、写研を退職。フリーランス期間を経て、1998年頃よりフォントメーカー・イワタにおいてデジタルフォントの書体監修・デザインにたずさわるようになり、同社顧問に。現在に至る。

著者 プロフィール

雪 朱里(ゆき・あかり)
ライター、編集者。1971年生まれ。写植からDTPへの移行期に印刷会社に在籍後、ビジネス系専門誌の編集長を経て、2000年よりフリーランス。文字、デザイン、印刷、手仕事などの分野で取材執筆活動をおこなう。著書に『描き文字のデザイン』『もじ部 書体デザイナーに聞くデザインの背景・フォント選びと使い方のコツ』(グラフィック社)、『文字をつくる 9人の書体デザイナー』(誠文堂新光社)、『活字地金彫刻師 清水金之助』(清水金之助の本をつくる会)、編集担当書籍に『ぼくのつくった書体の話 活字と写植、そして小塚書体のデザイン』(小塚昌彦著、グラフィック社)ほか多数。『デザインのひきだし』誌(グラフィック社)レギュラー編集者もつとめる。

■本連載は隔週掲載です。

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1963年(昭和38)以降1995年までのあいだ、写研で開発したほとんどの書体の監修をつとめてきた橋本和夫さん。その文字制作について、あらためて聞く第3回。今回は、フィルム原字についてまとめたい。

フィルム原字

写研では、紙に鉛筆で原字をスケッチし、原字用紙上で墨入れを行って80%ぐらいまでの完成度にしたあと、撮影してポジフィルムにした(ポジフィルム時点での原字サイズは48mm角)。

「墨入れまでは、紙で行います。墨入れを終えた原字は、一部屋まるまるつぶれるぐらいの大きさの工業用の写真装置を用いて撮影し、ポジフィルムにしました」(橋本さん)

撮影すると、微妙に線の細さが変わったり、角が丸くなったりする。それをポジフィルム上で修正して原字を完成させたのち、文字盤制作工程へと進んだ。文字に手を入れるのは原字部門のみで、それ以降の工程を担う部門では、文字そのものに触ることは決してなかった。

ポジフィルムを原字とする手法をとるようになったのは、1972年(昭和47)に写真植字機研究所から写研に社名を変更したころのことだったという。

「修正はいまでいうデザインカッターのような、小さな刃のついた修正刀で行うのですが、紙の場合、削ると毛羽立ってしまう。しかしフィルムなら毛羽立たず、修正しやすいんです。切ったり貼ったりという加工もしやすいので、途中からフィルム原字に変わりました」

ポジからネガへ

ポジフィルム原字が完成すると、これをレイアウトし、縮小撮影してネガ版をつくって、文字盤を制作する。文字盤とは、写植機にセットする文字のネガ版のことで、ガラスでその表裏をはさみこみ、枠で固定したものだ。写植機では、これに光を通して印画紙に文字を焼きつけ、印字していたのだ。つまり文字盤は、現代でいうデジタルフォントそのものといえるだろうか。

石井中明朝の文字盤(メインプレート)

撮影は、おおもとの原字との誤差が極限まで少なくなるよう行われた。書体デザインとあわせて、この写真技術の高さが、写研の文字品質を支えた肝だった。

写研の文字盤は、48mmの原字を文字盤の4.25mmに縮小する際、その誤差わずかプラスマイナス0.005というほど精度の高いものだった。この精度が低いと、文字がぼやけてしまったり、9級で打ったはずの文字が9.5級になってしまったりというようなことが起きる。

「精度の高さで製品の優劣が決まるわけですから、最終的にユーザーが自身の写植機で印字した際に、いかに原字との誤差が少ない文字を再現できる文字盤をつくるかが大切。1000分のいくつという単位にまでこだわって、製品をつくっていたわけです」

「しかし原字を描く人は、精度のことはそこまで考えず、感覚的に描きがちです。だから文字盤制作部門の人から、『直線と言っているのに、ちょっと上がっているんじゃないですか? もっと正確に描いてくださいよ』なんて、よく苦言を呈されたものでした。文字の横線を水平だというと、向こうはゲージを当てて測って、水平じゃないという。でもぼくたち原字部門が水平をどうやって出すのかといったら、三角定規をT字型に当てて出すわけです。それはもう、必ず誤差が出ますよね」

「だけど文字盤制作部門の人たちは、線の始まり部分の幅は10なのに終わりは10.1になっているとか、AさんとBさんでは書いた文字の太さが違うとか言う。そういう細かい検査を経て修正を重ね、ポジフィルム原字を仕上げて、文字盤の製作工程に入っていくのです」

1番目と500番目の文字の黒み違い

本連載の第21回「1000字の描き直しを越えて―ナール制作の舞台裏」でも触れたように、人が描く以上、描いているうちに原字が変わっていくという問題は、どうしても起きやすい。

「つねに基準12文字を目の前に置いて、それと見比べながら原字を描いていくんですが、その日の体調などによって、見比べる目がすごく鋭いときと、そうでもないときがある。だから、1番目につくった文字と500番目の文字とでは太さが違うということも起きてきて、ユーザーからクレームが入ることもありました」

そもそも書体制作には、「錯視の調整」が必要とされる。たとえば「山」という字の縦線を数値上すべて同じ太さで書くと、かえって同じ太さに見えないということが起きてくる。これを同じ太さに見えるようにするためには、数値で管理するだけではうまくいかないのだ。さらには、目視でOKでも、いざ文章を組んでみると文字によって太さが違った、ということも起きたのだった。

左は全部同じ線幅の「山」。真ん中の縦線は中央にあるはずだが、右に寄って見え、線幅も太く見える。右は真ん中の縦線と横線が少し細く、また、真ん中の縦線を若干左に寄せている。こうすると、見た目には真ん中に見える

「ぼくたちは一寸ノ巾の配列順に原字を描きますが、いざユーザーが写植で文章を打つとなったら、もちろんその順番通りになんて使われないですよね。1番目と500番目の漢字を組み合わせて熟語ができていたりする。ゲージで測りはしますが、最終的には目視での判断なので、文字によって誤差が出ることは避けられません。壁面に設置した透過光板に原字を貼り、離れた位置から客観的に原字を見るという監修を行うことで、デザインの統一を図りました」

 (つづく)

話し手 プロフィール

橋本和夫(はしもと・かずお)
書体設計士。イワタ顧問。1935年2月、大阪生まれ。1954年6月、活字製造販売会社・モトヤに入社。太佐源三氏のもと、ベントン彫刻機用の原字制作にたずさわる。1959年5月、写真植字機の大手メーカー・写研に入社。創業者・石井茂吉氏監修のもと、石井宋朝体の原字を制作。1963年に石井氏が亡くなった後は同社文字部のチーフとして、1990年代まで写研で制作発売されたほとんどすべての書体の監修にあたる。1995年8月、写研を退職。フリーランス期間を経て、1998年頃よりフォントメーカー・イワタにおいてデジタルフォントの書体監修・デザインにたずさわるようになり、同社顧問に。現在に至る。

著者 プロフィール

雪 朱里(ゆき・あかり)
ライター、編集者。1971年生まれ。写植からDTPへの移行期に印刷会社に在籍後、ビジネス系専門誌の編集長を経て、2000年よりフリーランス。文字、デザイン、印刷、手仕事などの分野で取材執筆活動をおこなう。著書に『描き文字のデザイン』『もじ部 書体デザイナーに聞くデザインの背景・フォント選びと使い方のコツ』(グラフィック社)、『文字をつくる 9人の書体デザイナー』(誠文堂新光社)、『活字地金彫刻師 清水金之助』(清水金之助の本をつくる会)、編集担当書籍に『ぼくのつくった書体の話 活字と写植、そして小塚書体のデザイン』(小塚昌彦著、グラフィック社)ほか多数。『デザインのひきだし』誌(グラフィック社)レギュラー編集者もつとめる。

■本連載は隔週掲載です。

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