地方を救う?

地方を救う? "リアル人生ゲーム"が生み出す効果とは

2016.04.07

大型小売店の進出をきっかけに、活力が失われてた地方の商店街。衰退した商店街の姿から生まれたのは"シャッター通り"という言葉だった。活気を取り戻すのは容易ではないが、誰もが知っているボードゲーム「人生ゲーム」が地域活性化の鍵を握るかもしれない。

人生ゲームのリアル化がもたらす影響とは?

祭りでは商店街は潤わない

人生ゲームは、ルーレットを回し、盤上のマス目に記されたイベントをこなして、ゴールを目指す。家族やお金に恵まれたばら色の人生、そうでない人生もルーレット次第。誰もが知っているあのゲームだ。

その現実版がリアル人生ゲームであり、出雲市経済環境部産業振興課の田中寛氏が考案した。商店街に活力を取り戻したいという思いが発案のきっかけになったという。

出雲市経済環境部産業振興課の田中寛氏。同氏は全国の商店街などイベントを通じて地域活性化を目指すNPO法人出雲まちあそび研究所の副理事長も兼務する

出雲市と言えば出雲大社があり、その参道となる神門通りおもてなし商店街には人の往来があるが、田中氏が気にかけるのは、市内の別の商店街、平田本町商店街のほうだ。平田本町商店街は、出雲大社から車で東に20分ほど向かった先にあり、当然、観光客がくるわけではない。大型店の進出などにより、近年はシャッター通りになりつつあるという。

商店街を盛り上げようと、"お祭り"も行われているが、イベントで盛り上がるのは、見世物のステージ、儲かるのは露天商だけ。店主はイベントスタッフとして動員され、店舗は休み、という現実を田中氏は耳にする。

どうすれば、かつての賑わいを取り戻せるのか。そこで浮かんだのが人生ゲームだった。「お酒の席で、幼少の頃に遊んでいたゲームは何かと話していて、人生ゲームが話題になったんです。そのマス目の並びが商店街にそっくりだと。それを街めぐりに活用できないかと考えました」(田中氏)。

こうして、平田本町商店街を巻き込み、生まれたのが"リアル人生ゲーム"である。初回は2013年7月に開催。初回は地元の人を中心に406人が参加したが、イベントがメディアによって報道されると、その存在が広まり、2015年10月開催時には1925人が集まった。神門通りおもてなし商店街でもイベントが行われ、過去に計6回、延べ12000人を集客した。

リアル人生ゲームで生まれ変わる商店街

リアル人生ゲームのルールは、盤面のものとほぼ同じ。参加者には職業カードを引いてもらう。職業が決まると、初任給(仮想通貨)、店舗がマス目になった紙のマップをもらい、ルーレットを回してゲームをスタートさせる。ルーレットで出た目のマス目まで進み、そのマス目には人生ゲーム同様にイベントが発生して仮想通貨のやりとりをする。イベントをこなすと各店舗に設置されたルーレットを回して、商店街を一周、最後は仮想通貨を一番多く獲得した人が勝ちとなる。

肝になるのは、参加者が必ず商店街の店舗に立ち止まり、店内を見てもらうということだ。何の変哲もない、店内を見てもらうという行為。これこそが、重要なポイントだ。

リアル人生ゲームが変えたもの

いつの日からか、大型店ばかりに足が向き、接客するのは馴染みの客ばかり。見過ごされてきた地元の商店。家電屋とはわかっていても、どんな商品が並ぶのかはわからない。入店すれば、何か買わないと申し訳ない。だったら行かないほうがいい。これが活気を失った商店街に抱く消費者の気持ちだ。

リアル人生ゲームはこうした心理的な障壁を乗り越える。強制的に店舗に立ち寄り、中を見る。何も買わなくても、どんな商品が店舗に揃っているのかがわかるようになる。これは大きな進歩だろう。イベントの実施により「イベントをきっかけに、普段使っている化粧品があることを知って、平田本町商店街で買うようになったという人もいる」(田中氏)とのことだ。

平田本町商店街で開催のリアル人生ゲームで実際に使われたマップ

店側の意識も変わった。イベント当初は、積極的ではなかった店も、回数を重ねることで、陳列する商品にもこだわりを持たせた店舗が出てきたという。

イベント終了後もこうした効果の持続が課題となるが、田中氏は「イベント開催の1カ月前から、商店街で一定額の買い物をした場合に、仮想通貨を渡すなど、イベントに有利に働く仕組みも取り入れるなどのアイデアを取り込んでいきたい」と話す。課題は見えつつも、地元民、店舗の双方が前向きになったのは、大きく評価すべきだろう。

双六じゃだめなのか

さて、誰もが抱きそうな素朴な疑問についても触れておこう。それは「別のゲームじゃだめなのか」ということだ。たとえば、双六に人生ゲームの要素を入れれば、あまり変わらないように思える。商店街活性化のために、あえて"人生ゲーム"と銘打つ必要はなさそうだ。

しかし、田中氏は、人生ゲームの必要性を2つ挙げる。ひとつは、イベントの開催にあたって、ルールの説明が不要なことだ。人生ゲームの認知率は9割に達しており、「イベント開催にあたってルール説明をしたことがない」という。

もうひとつは、参加者が地元に限らないことだ。平田本町でのイベントで5%、出雲大社近くの神門通りおもてなし商店街で10%が遠方からの参加者。北海道、佐賀から参加する人もいるという。いずれも、リアル人生ゲームを出雲観光とセットで考えれば、「地域活性化」という意味合いからも、効果ありと見てよさそうだ。

実際、リアル人生ゲームは、地域活性化の事例として、多くの商工会議所が注目しており、田中氏には、講演依頼が多数寄せられているという。

リアルで期待される人生ゲームの広がり

この話、面白いのは、さらなる広がりを見せたことだ。田中氏の取り組みが出雲市長の長岡秀人氏の目にとまり、出雲市は自治体PRのためにタカラトミー、ツヴァイと連携、「縁結びポケット人生ゲーム」という名称で実際に商品化してしまったのだ。

人生ゲームのポケット版としては初となる「縁結びポケット人生ゲーム」

ゲームはパワースポットなどの観光地を巡り、出雲そば、ぜんざいなどの特産品に触れ、出雲男子との出会いにより結婚、出産・子育てをしていくストーリーとなる。

縁結びの神様を祭る出雲大社があり、ターゲットとなるのは独身女性。人生ゲームで出雲市を知ってもらいたい考えだ。長岡市長は「出雲大社の大遷宮をきっかけに、出雲に1000万人の方にお越しいただいております。訪れる8割の方が独身の女性。行ってみたい街、住んでみたい街、出雲を目指したい」と話す。

人生ゲームの提供元、タカラトミーでは、出雲市のほかにも、コラボレーションを予定している。提携するのは、愛知県犬山市の「博物館 明治村」。そこで「明治村版リアル人生ゲーム(仮称)」が今秋、開催される予定だ。

明治村ではチーム対抗方式のゲームとなる。村内を盤面に見立て、村内の建造物を巡り、与えられたミッションをクリアしながら、仮想通貨の獲得を目指していく。家族や友人とコミュニケーションを図りつつ、ゲームを通じて明治村を巡ることで、明治時代の雰囲気を味わい、楽しみながら学べるという。実際の建物を目の当たりにし、イベントを通じて明治時代を味わえるのであれば、教科書を読むよりも、覚えやすく、頭に入ってくるだろう。

明治村でのイベントがどのようなものになるのかはまだわからないが、リアル人生ゲームは、出雲市のように"地域活性化"という側面だけではなく、"学習"のあり方も大きく変えうる可能性も秘めているように感じられる。「リアル」×「人生ゲーム」。そのコラボレーションはまだまだ広がり、大きな効果が期待できそうだ。

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なぜ東横インは、宿泊料が一定なのか? 多様化するビジネスホテルの今

瀧澤信秋のいろはにホテル 第1回

なぜ東横インは、宿泊料が一定なのか? 多様化するビジネスホテルの今

2018.11.16

「ホテル評論家」瀧澤信秋氏による新連載!

第1回は、「多様化するビジネスホテルの今」について

料金変動「するホテル」と「しないホテル」 それぞれの狙いは?

「ホテル評論家」瀧澤信秋氏が、意外と知らないホテルビジネスを語る新連載。第1回は、瀧澤氏が“注目度の高いカテゴリー”と説明する「ビジネスホテル」について。ここ数年で急速に「多様化」が進んでいるビジネスホテルのこと、どれだけ知っていますか?

ビジネスホテルが大人気

ラグジュアリーホテルからビジネスホテル、カプセルホテルにラブホテルと横断的な評論が筆者の生業であるが、ことビジネスホテルは昨今勢いのある注目度の高いカテゴリーだ。

旅行や出張で、ビジネスホテルを利用した経験のある人は多いだろう

筆者は、TBSテレビの人気番組「マツコの知らない世界」へ過去3回出演の機会を得たが、第2回で紹介した「ビジネスホテルの世界」は特に反響が大きく、TBS瞬間最高視聴率ランキングで1位をいただいた。視聴者の方々にとってビジネスホテルは身近な存在なのだと改めて認識した。

ということで、連載の第1回となる本稿では、「多様化が進むビジネスホテルの今」をお伝えしよう。

「ビジネスホテル」と「ホテル」の違い

そもそもビジネスホテルとは何なのか。業界ではビジネスホテルは“宿泊特化型ホテル”ともいわれるが、その名の通り宿泊に特化したホテルと定義づけられる。

ホテルとはフルサービスであることが特徴で、宿泊の他に料理・飲食、バンケット(宴会、または婚礼や大規模な会議)など多彩なサービスを提供する。一方のビジネスホテルは、朝食スペースなどが設けられてはいるものの(法令上の要請)、フロントサービスを中心に宿泊機能を提供するというリミテッドサービスであることが特徴だ。“イン”とも称される。

前述の番組で、豪華なスイートルームまであるホテルとして“これ以上のビジネスホテルは見たことがない”と「ホテル ココ・グラン高崎」(群馬県高崎市)を紹介したところ、「スイートルームなんてあるのにビジネスホテルといえるの?」と疑問の声をいただいた。

「ホテル ココ・グラン高崎」プレミアムココスイート

スイートルームがあろうが、基本的に宿泊に特化していればそれはビジネスホテルといえる。ただし、宿泊特化型のコンセプトは多様化しており、単にビジネスホテルとカテゴライズされることを良しとしないホテルもある。

話は逸れたが、ビジネスホテルといえば、伝統的には出張族御用達として人気を博してきた。今では旅のスタイルが多様化したことで、観光にも重宝されており、リーズナブルな旅を求める訪日外国人旅行者にも人気が高い。

「料金変動させるホテル」と「あえてさせないホテル」

しかし、「ビジネスホテル=リーズナブル」というイメージは徐々に崩れつつある。確かに高級ホテルよりは安いといえそうだが、繁忙日と閑散日の料金変動幅がかなり大きなホテルもみられる。

筆者は職業柄日々のホテル料金レートをチェックしている。「ビジネスホテルは高級ホテルより安いといえそう」と書いたが、とある繁忙日の新宿エリアを見たところ、ハイアットよりもアパホテルが高かったことがあり驚いた。料金を客室面積の㎡単位で換算したところ、ハイアットが約1,200円、アパホテルが約2,800円だった。

料金変動の大きさもクローズアップされたアパホテル

極端な例を挙げたが、ビジネスホテルに限らずホテルの料金は変動するのが一般的だ。これは業界では「レベニューマネジメント」などといわれる。ホテルの客室に限らず在庫の繰り越しができない商品を、売れ残りを少なくするためさまざまな価格設定をして販売を管理することは、需要予測のもとに収益を最大化する手法といえる。

需要が高くなると料金が上がるのはホテルに限ったことではないが、とはいえホテル料金変動幅のあまりの大きさに面食らった経験のある人もいるのではないだろうか。季節変動(季節や時期によって需要に増減が起きる変化)の大きなリゾートホテルなどではその傾向はさらに強いし、料金が高額なラグジュアリーホテルでも変動はする。しかし、より日常感のあるリーズナブルなイメージのビジネスホテルほど、ゲストは料金変動にシビアだといえそうだ。

他方、基本的に料金変動させないことをポリシーとするホテルもある。たとえば「東横イン」だ。全国最大規模のビジネスホテルチェーンであるが、宿泊需要の急増する時期でも大きく料金を変動させないことを公式サイトでうたっている

プライスポリシーとして「市場動向にいわば便乗するかのような料金設定は(中略)ビジネスパーソンをはじめとするお客様の信頼を裏切ることになる」と明記。料金の変動が少ないことはゲストの安心感につながるというのが同社の考えだ。

「東横イン」客室イメージ

前述のホテル ココ・グラン高崎も、基本的に料金変動させないことをポリシーにしているが、かようなポリシーのホテルを時々見かけることがある。このように、「料金変動をさせるホテル」と「あえてさせないホテル」があるのだ。

「本当はいくら? 」で部屋の価値を聞いてみた

料金変動でよく見られるのは、最初は高い設定なのに日が迫ると安くなり、当日の夜などに投げ売りされるパターン。レベニューマネジメントで適切な在庫管理ができれば緩和される側面はあるのかもしれないが、早く予約してキチンと泊まってくれる「ホテルにとって有り難いゲスト」が割を食うケースともいえる。そもそも定価で料金変動させないのであれば起こらない問題かもしれない。

ところで筆者は、ホテルの支配人や経営者への取材に際し「こちらの客室はいくらですか?」と質問することがある。「え~と今日は6,000円ですが明日は1万円で……」といった回答を得ることは多い。そこで「いえ、本当はいくらなんですか? 」と聞き返す。すると回答に窮する様子のケースが多く見られる。

ところが、過去の取材(4年ほど前の取材と記憶している)で「うちは5千円です」と即答したホテル経営者がいた。中国地方や福岡で大人気ビジネスホテルチェーン「ホテルアクティブ! 」を運営する、株式会社石田屋ホテルズ代表取締役社長の石田光一郎氏である。

「ホテルアクティブ!広島」外観

石田氏は「確かに今日は7,000円ですし明日は9,000円ですが、この部屋本当は5,000円なんです」と断言した。商売なので繁忙日は料金を上げることもするが、多くいただいた分は新しいホテル建設や事業拡大などには回さず、あくまでもそのホテル・客室の快適性向上に投資するという。確かに、前に一度宿泊した際に「もう充分快適」と記憶していたが、その後何度か再訪した際にも、さらに工夫が施されたリニューアルがなされていた経験があり、納得した。

***

今回は、ビジネスホテルについて「料金変動」の面からみてきた。料金変動の有無については、ホテルの特性やさまざまな条件などを鑑みれば決して一面からでは結論づけられない問題であるといえよう。昨今、インバウンド需要も後押しとなり、ビジネスホテルが多く誕生し、さまざまな経営・運営会社の手により多彩な施設が林立。同時にその「スタンス」も多様化している。

客室の快適性や利便性などと共に、そうしたホテルのスタンスを知ることも、賢い消費者として気に留めておくべき「ホテル利用術」のひとつだといえそうだ。

次回も引き続き「多様化が進むビジネスホテル」について取り上げます。ビジネスホテル市場に押し寄せる“差別化”と“コモディティ化”の流れ、そこから見えてくるものとは?

「選択と集中」が進みすぎた、日本の科学技術への投資

藤田朋宏の必殺仕分け人 第1回

「選択と集中」が進みすぎた、日本の科学技術への投資

2018.11.15

ちとせグループCEOの藤田朋宏氏による新連載

巷を賑わす”ヘンな出来事”の問題点を、独自の解釈で洗い出す!

第1回は、「日本の科学技術投資」について

バイオベンチャー企業群「ちとせグループ」のCEOを務める藤田朋宏氏による新連載。“手段と目的の違い”によって生じた「ヘンな出来事」の問題点を、独自の視点で語ります。第1回は、「日本の科学技術投資」について。日本の科学技術への投資の問題点とはいったい何なのでしょう?

才能と“伸びしろ”に投資する、日本サッカー協会

先日、クアラルンプールに出張したときのこと。宿泊先のホテルが偶然にもサッカーの日本代表と同じだった。「日本代表」と言っても、同じホテルに泊まっていたのは本田や長友ではなく、U-16アジア選手権に参加している若い選手たち。

そこで彼らを見ていて、ふと考えた。日本サッカー協会の「選手への投資」は、実は凄く効率がいいのではないか。どうしてそう思ったのか、順を追って説明したい。

ホテルに置いてあったU-16アジア選手権のバナー

チェックインを済ませ、「部屋の準備があるから、ちょっとだけそこで待っていて」と指示するホテルマンに従い、ひとりロビーに放置されている間、何となしに選手の情報を調べてみた。それから一時間半。23名の選手一人ひとりの顔だけでなく、利き足まで覚えるくらいの時間が経っても、僕はまだロビーで放っておかれたままだった。まぁ、東南アジアではよくあることなので、腹は立たなかった。

ところで、「過去のU-16日本代表がその後、何度も日本代表に選ばれる割合はどれほどだろうか」と疑問に感じ、調べてみたところ、各年20数名の代表選手のうち、現役で活躍している選手は約1人であることが分かった。確かに16歳の段階では身体の発達に差があるし、試合で活躍できるかは運の要素も絡む。コーチとの相性やケガの問題もあるだろう。

そうは言っても、16歳の時点で日本代表に選ばれるだけのポテンシャルを持つ選手のうち、その数%しか将来も活躍できる選手がいない、という事実には驚いた。実際、長谷部、本田、岡崎、長友……など、この10年で活躍している選手たちの多くは、16歳時点ではそこまで期待されていなかった選手ばかりだ。

ではなぜ、そういった選手が後に日の目を浴びられたかというと、それは彼らにも「チャンス」を与えられていたからだろう。日本サッカー協会は、16歳時点で選抜したトップ選手だけに集中投資するだけではなく、同年代の他の有望選手にもしっかりとチャンスを与え続けられるような仕組みをつくれたのだと思う。

際立って目立つ選手だけではなく、将来の伸びしろがありえる選手にも、最低限のチャンスは回ってくることで、未来のトップ選手の育成が図れる。そうやって日本サッカー協会はこれまで、世界に通用するような選手を輩出してきた。

「科学技術に投資せよ」ではなく、予算配分の再考を

前置きが長くなってしまったが、ここから本題に入りたい。

先日、京都大学特別教授の本庶佑先生がノーベル賞を受賞したというニュースが流れた。「自分がバイオテクノロジー業界で働く人間だから」というのは関係なく、本庶先生と周りのチームの方々の長年にわたる科学に対する貢献が認められたこと、その事実に接した関係者の気持ちを想像すると、とても嬉しい気持ちになった。

ノーベル賞メダル(レプリカ)

 

近年、日本人のノーベル賞受賞が続いている。彼らのような日本の科学業界の仕組みをよくわかった方々は、これまで数多くのご苦労をされてきたことだろう。しかし、1つ残念なこともある。能力はもちろん、人格的にも優れたそういった先生方が、ノーベル賞受賞のタイミングでマスコミに発表する一世一代のコメントが「日本国の科学技術投資、科学技術教育のあり方についての憂い」であることだ。

僭越ながら、先生たちのコメントを解釈すると、よくニュースで取り上げられるような「科学技術にもっとお金を使え」ということではなく、その先にある「国家予算の配分」についての指摘をしていると認識している。

誰がなんと言おうと、日本の科学技術投資の選択と集中は年々進んでしまっているのが現状だ。しかし、先生方のいうような「選択と集中が進みすぎている」という指摘に対して、「日本にはもうお金がないのだから科学技術にばかり投資できない」と答えがずれてしまっている。

これこそが、日本の科学技術投資における問題ではないだろうか。

日本にはびこる「選択と集中こそが正解だよ病」

随分前からずっと不思議なのだが、そもそも「選択と集中こそが正解である」なんて、誰がいい出したのだろう。「選択と集中」の戦略で物事をうまく切り抜けられるようなことは、本当に生きるか死ぬか、背水の陣を敷いている時くらいだと思うのだ。

今の日本の「選択と集中こそが正解だよ病」はなかなか根深く、そもそもの目的を実現することよりも「選択と集中」を行うことそのものが目的になっているんじゃないかと感じることが多い。

今の日本で行われている多くの意思決定の場面で、サッカーの例で例えると、U-16日本代表を選んだ人のメンツを潰さないということが、強い日本代表をつくることよりも優先されてしまっているように思う。

そのため、16歳の時点で選んだ選手だけに集中投資し、16歳の段階で選ばれなかった他の選手のポテンシャルに賭けることもしないというような「選択と集中が正解である」という間違えた進め方で意思決定が行われているようなことが多いように感じる。

サッカー選手の育成でも、科学技術の投資でも初期の段階で選抜してそこだけに集中投資するという戦略を繰り返せば繰り返すほど、全体としての力は落ちる一方になるのではないか。歴代のノーベル賞受賞者の先生方も、そういうことを言いたかったのではないかと思う。

手段であるはずの「選択と集中」が、目的となっている?

私は、「16歳の段階で、将来素晴らしいサッカー選手になる人物を見分けられる」なんて言葉は、伸びしろのある選手に対しておこがましいと感じる。これは科学技術の研究にも同じことが言える。「その研究が将来素晴らしい成果を残すかどうか見分けられる」なんて言葉は、科学者に対しておこがましい。

もっと言ってしまえば、どの研究が将来化けるかの判断は、16歳のサッカー選手の成長を言い当てることより遥かに難しいだろう。なぜならば、サッカーという競技のルール自体は変わらないが、科学と言う競技はルール自体を決めているので、科学研究の将来性をあらかじめ予測するのは16歳のサッカー選手の将来性を予測するより難しいためだ。

そんな中、日本サッカー協会が幅広い底上げに力を入れ、紆余曲折も有りながらも右肩上がりの成長を維持できているにも関わらず、日本の科学技術投資は過剰な「選択と集中」を強めるが故に、科学技術力の相対的な低下を招いているように感じる。

その差はいったい何か? これは1つの仮説でしかないが、日本サッカー協会の強さの秘訣は、会長の独断で物事を決められる側面が強い組織であるために「目的」がハッキリしている点にあるのではないだろうか。

その一方で、日本の科学技術投資のような“数多くの人の善意の組み合わせの上になり立っている意思決定機構”では「選択と集中を進めることが正解である」という、本来手段の一つである価値観が「目的」となってしまっているように感じる。

本来考えるべきは、「日本の科学技術をどうするべきか」ということであるにも関わらず、その手段と目的が逆転しまっているのではないだろうか、と思うのだ。