パイオニア、試行錯誤が生み出した奇跡 - パワーメーターの話

パイオニア、試行錯誤が生み出した奇跡 - パワーメーターの話

2017.05.11

4年強の月日をかけて、パイオニアが開発した自転車機材の「ペダリングモニターシステム」。試行錯誤を続けるなかで、開発を後押しし、事業化の大きな力となる巡り合わせがあった。第2回はパワーメーター開発ストーリーをお届けする。

話を伺ったサイクルスポーツ事業推進部 藤田隆二郎氏(左)とサイクルスポーツ事業推進部 碓井純一課長(右)

神的アドバイス

パイオニアが自転車部品の開発を構想したのは2008年12月のこと。その経緯については前回お伝えしたとおりだ。研究開発を決めてから最初の1年は、試作品に取り組んだが、何か決定的なものに欠けていた。

悶々としていても仕方ない――。2010年5月、開発者の藤田隆二郎氏は、外部に意見を求めた。アドバイスを求めたのは、リオデジャネイロ五輪で自転車の日本代表監督を務めた元プロロードレーサーの浅田顕氏。同氏はツール・ド・フランスに出場経験を多数持つ新城幸也選手とも親交が深く、かつて選手、監督という立場で同じチームで活動していたこともある。

そんな浅田氏の一言がパワーメーターの開発を進め、後に販売される「ペダリングモニターシステム」の製品特徴を決定付ける運命的な出来事になった。

浅田氏からもらったアドバイス。それは「パワーメーターでペダリングを見ることはできないか」というものだった。自転車を趣味とする藤田氏にも響く一言だった。

当時、普及していたパワーメーターは、ペダルをこいだときの力しか計測できなかった。もちろん、自転車はこぐから進むのだが、自転車を効率よく前に進めるには、効率的なペダリングが必要になる。それを見ることができないか、というアドバイスだったのだ。

「神的な発言でした」と藤田氏は振り返る。これが正にペダリングモニターシステムを特徴づけるフォースベクトルとして今でも生かされている。ペダルをこいだときに、自転車のクランク部にどれだけの力が何時の方向にかかっているのか、その力の大小をサイクルコンピュータ上に表示できる画期的な機能だ。

ペダリングモニターシステムのサイクルコンピュータ。サイコン内に表示された矢印がフォースベクトルと呼ばれるもの。ペダルをこいだときにクランク部分のどの方向に力がかかったのかがわかるのが特徴

小さな展示スペースから生まれたもの

浅田氏との出会いは、次につながっていく。2010年11月、パイオニアは国内最大級の自転車の展示会、サイクルモードに出展した。展示したのは浅田氏のアドバイスを具現化したパワーメーター、フォースベクトルを表示するサイクルコンピュータだった。

大勢の自転車好きを前に、開発機の実演プレゼンテーションが行われた。プレゼンターを務めたのは浅田氏。そして、実演のために呼ばれたのが、Bbox ブイグテレコムに当時所属していた新城選手だった。

プロのペダリングを可視化する――。当時、そんなものを目にした人など誰もいない。たった2コマの小さな出展スペースに、100人を超える観客が集まった。碓井氏が当時を振り返る。「新城選手に自転車をこいでもらって、フォースベクトルが出たときは、ものすごい大歓声でした。それこそ、波が来たなという感触を得た出来事です」。

碓井氏はその場を写真に収め、反響の大きさ、会場の熱気を経営陣に報告した。いかに開発中の製品が画期的なものであり、サイクリストに待ち望まれた製品なのかを伝えた。この経験は、早期の製品化を要望していた経営陣に待ってもらうだけの説得材料にもなっただろう。

奇跡のEメール

奇跡は続く。サイクルモードへ出展してからほどなくして、一通のEメールがパイオニアに届いた。差出人は海外有力チームのラボバンクの所属選手だった。

パイオニアの製品を使ってみたい。テストさせてもらえないか――。

サイクルモードへの出展などを通じて、海外にニュースが配信され、それが目にとまったようだ。パイオニアにとっては、またとないチャンスだった。ワールドチームは、トッププロチームともいえる存在で、2017年世界に18チームしか存在しない。

通常、ワールドチームに機材を使ってもらうには、機材供給側が機材・サポート費用を提供する。そこまでして関わるのは、所属選手が選手が活躍したときに、大きな注目が得られプロモーション効果が大きいからだ。

ラボバンクの選手からの申し出を受けたとき、パイオニアのサイクル事業はまだ形にもなっていない状態。サポート費用など出せる状況ではない。にもかかわらず、トッププロチームの選手が自ら使いたいとオファーし、使用してもらえる機会を得たのだ。発売前から大きな注目を浴びることができたのはもはや奇跡的な出来事だった。

測定不能

ペダリングモニターシステムのパワーメーター。反対側のクランクにもセンサーが取り付けられる

開発者の藤田氏らは、ラボバンクでテストしてもらおうと、半年間、さらなる磨きをかけるべく開発を進めた。そして、2011年7月、ベルギーに渡り、新たな試作品を渡した。

7月はツール・ド・フランスの開催月だ。もちろん、自転車界が最も注目するビッグレースに試作品がいきなり使われたわけではない。テスト使用したのは、ツール・ド・フランスには出場しない、ベルギーでキャンプをしていた若手選手たちだった。コーチは物珍しさからか、わざわざフランスからベルギーまで飛んで様子を見に来たほどだった。

以後、数名の選手を対象に、テスト使用が始まったが、そこからは悪戦苦闘が続いた。「出力の計測精度が低い」「壊れやすい」「ソフトウェアをもっと安定させられないか」と様々な注文がついた。改善の余地は大きく、2012年シーズンが始まるまでの半年間、再び開発を余儀なくされた。

改良を重ねた試作品。だが、それでも、プロの世界は厳しかった。シーズンが始まって2月、3月、4月のすべてのビッグレースでトラブルが発生。最も多いトラブルは浸水。洗車過程における溶剤の混入などもあるが、多くは衝撃によるひび割れが原因だった。

製品が受ける衝撃は想像を超えていた。そもそも、自動車はサスペンションがあり、衝撃を少なくできるが、ロードバイクにサスペンションはない。路面が荒れていれば、その分、受ける衝撃も大きくなる。ロードレースは舗装路を走るが、欧州の舗装路は日本ほど整備されていない場合も多い。そもそも舗装路ではなく、石畳の上を走ることさえある。「自動車用の試験機を使っていましたが、パワーメーターの試作機が受けたGは桁違い。数値は測定不能、値はMAXを示していました」(碓井氏)。

こうしてプロチームでのテスト使用が製品の完成度を上げるきっかけになった。過酷な使用環境での事例をもとに、製品を改良していく。その作業は今も同じく続いている。欧州に駐在員2名を置き、機材提供するワールドチームのデータを採取、それを製品づくりに役立てている。当初、藤田氏が描いた"壊れないパワーメーター"づくりに、嫌というほど向き合うことになったわけだ。

偶然は必然か

以後、2013年7月に一般向けのテスト販売が開始されるが、そこに辿り着くまでにあったのは、奇跡的な巡り合わせの連続だった。浅田氏にアドバイスを求めたことで、フォースベクトルという製品特徴が生まれた。展示会の出展で話題をつくり、試作品はいつしか海外までニュースが流れた。それにより、ワールドチームへの機材供給の道も開けた。

一連の出来事は"偶然"や"運"で片付けられてしまいがちだ。なぜなら、そこには再現性がないからだ。しかし、パイオニアの話を聞いていくと、この偶発性を求めていくことが必然ともいえるように思えてくる。そう思わせるだけの事実の積み重ねがパイオニアにはあったのだ。

NewsInsight 更新終了のお知らせ

NewsInsight 更新終了のお知らせ

2019.06.17

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放置されていた不寛容? 国会まで届いた「パンプス強要」騒動

カレー沢薫の時流漂流 第47回

放置されていた不寛容? 国会まで届いた「パンプス強要」騒動

2019.06.17

最近女性の間で「#MeToo」ならぬ「#KuToo」運動がにわかに盛り上がっている。

「#KuToo」とは「靴」と「苦痛」をかけており、職場や就職活動で、足を痛めるパンプスやヒール靴の強要をやめようという運動である。

そもそもそんなの誰も強要してねえよ、と思われるかもしれない。確かに規定として靴の形状やかかとの高さまで定めている会社はレアだろう。しかし、私の元いた会社でも、規則があるわけでも、誰に言われたでもなく、みな一様に黒のパンプスを履いていた。それが「暗黙のルール」であり、それ以外は「非常識」と見られる風潮は確かにあるのである。

これが就職活動になると、パンプスを履いていないだけで「こいつは常識がない」と見なされ不採用になってしまうかもしれない、ということだ。そうなると女子学生は足を負傷してでもパンプスを履かざるを得なくなってしまう。

正直、パンプスは苦痛

パンプスがそんなに苦痛か、というと、靴の中では殺傷能力が高い方である。これは他人への、という意味ではなく自分へのだ。他人を殺傷したいならカウボーイが履いている、かかとにピザカッターがついている奴を履いた方が良い。

狭いつま先に足の指が密集されるため、私もよく爪で隣の指を切って足を血だらけにしていたし、伸縮性にかける素材のため、あわないパンプスだと試着の時点で靴擦れが出来るレベルなのだ。

世の中には素肌に荒縄で亀甲縛りを施し、その上に上等なスーツを羽織って出社している人も多いと思う。とても痛いだろうが、それは強制されたわけではなく、その人が好きで楽しいからやっているのだ。

つまり、好きでもない上にとても痛いパンプスを強制で履かなければいけないというのは、上等なスーツの下が亀甲縛りなことよりも「異常」なことというわけだ。

この運動はすぐに広まり、いきなり国会でも議論されたという。これにより「厚労相がハイヒール強要を容認」という見出しのニュースまで踊り出ることになった。

完全に自由と言われても困るのでは?

「厚生省に、女がハイヒールを履かないと死ぬ病の人が!?」と驚いたが、記事をよく見ると見出しほどのことはなく、厚労相の発言は「これは社会通念に照らして業務上、必要かつ相等な範囲かと、この辺なんだろうと思います」というかなりボンヤリしたものであり、どっちでも良い事を聞かれた私のリアクションに似ている。

しかし「ハイヒールが履けない女は何やってもダメ」などと強い事を言っているわけではないが、「業務上必要ならパンプス履くべきだろ」という「容認」に聞こえなくもない。すぐさま「業務上ハイヒールが必要な仕事って何だよ」という疑問が挙がり、「SMの女王様」「(ハイヒールでキレッキレに踊る)perfume以外ありえない」などの声が相次いだ。

この社会問題がすぐ大喜利になってしまうのは良くも悪くも「ザ・ツイッター」という感じだ。

確かに「業務上必要」となると、まだかかとにピザカッターがついている靴の方が「ピザを食う時」必要な気がする。

ただ、靴や服装を完全に自由化し、何でもOKにすれば良いかというと、それはそれで問題が起きると思う。ファッションに疎くコーディネートが苦手な人間からすれば、職場に何を着ていいのか全く「指針」がないというのは迷子になるし、接する側としても、車を買いにいってディーラーが、イモ―タンジョ―の完コスで出てきたら「キャデラックしか買うことを許されないのか」と委縮してしまう。就活マナー本に「俺の考えた最強の就活ファッションで挑みましょう」とだけ書かれていても逆に困るだろう

着る側としても、それに接する側としても、社会において服装にある程度規定や模範があるというのはメリットでもあるのだ。

そもそも規定や常識というのは、秩序を作ることにより問題を減らすためにあるものなのだ。しかしそれが元で「足を負傷する」という「問題」が起こっているなら本末転倒なので、やはり解消はすべきなのだろう。

極論に流れない寛容さが足りない

おそらく「#KuToo」を提唱している人も「ドラゴン柄のコンバースで就活したい」と言っているわけではないのだ。最近は「パンプスに見えるスニーカー」なども存在するし、パンプスでなくても地味な靴はいくらでもある。そのような靴を履いていても「パンプスじゃないから非常識」と見るのをやめてほしいという話だろう。

ちなみに私が会社員時代履いていたパンプスだが、黒の革靴ではあったが、つま先は限りなく丸く、ヒールはなきに等しい、今思えばあれはパンプスだったのか、70過ぎのババアが旅行に行くときに履くヤツなんじゃないか、という代物であったが、特に何も言われなかった。

「#KuToo」が求めるのも、そのぐらいの「寛容さ」なのではないだろうか。

【お知らせ】
連載「カレー沢薫の時流漂流」の掲載場所を変更します。
→ 新しい掲載場所はこちら https://news.mynavi.jp/series/jiryu_hyoryu