IBMが天気予報事業で目指す、21世紀型資源メジャーの座

IBMが天気予報事業で目指す、21世紀型資源メジャーの座

2017.04.04

日本IBMは「The Weather Campany Japan」を設立し、同社のコグニティブコンピューティングプラットフォーム「Watson」を活用した気象予測サービスを開始する。IBMと天気予報という、一見何の接点も持たないような要素の接点は何で、Watsonとの相性はどのようなものになるのだろうか。

IBMが気象予測ビジネスに見せる「本気」

天気予報というと、一般人の視点ではニュース番組の途中に数分挟まる程度のもの、という印象が強いが、一方で農業・漁業や観光、運輸、アパレル、エンタテインメントなど、中長期の天候が大きく業績に関わってくる業種も多い。

世界初のデリバティブ取引(オプション取引)は、古代ギリシャの七賢人の一人・タレースに遡れるというが、タレースは天文学を駆使してオリーブの豊作を予知し、絞り機を買い占めておいて他の人に高く貸すことで大儲けしたという。このように、正確な気象予測は商業上の大きな武器になりうるのだ。

正確な気象予測には莫大な観測データが必要になるが、一部の気象予測ビジネスを展開する企業を除けば、IT業界の多くはこうしたデータを持っていない。現在ならスマートフォンなどを使って気温や気圧などのデータをリアルタイムに近いかたちで獲得することも可能だが、ユーザーとの接点が最も大きいと思われるFacebookやGoogleにしても、世界を網羅するには至っていない。

そこで米IBM本社は一昨年10月、気象予測会社「The Weather Company」を買収。世界最大規模の天候データを手に入れている。買収の目的はズバリ、自社サービスに正確な気象予測データを加えて提供するためだ。

The Weather Companyは買収時点で全米4位の規模の気象予測会社。世界中に計測点を持ち、実績も高い

日本でも、日本IBM内部に「The Weather Company Japan」としてアジア・パシフィック地域(APAC)の気象予報センターを設立。APAC全体の気象データを統括して解析と予報にあたる。この気象予報は日本の気象庁から正式に認可を受けてのサービスであり、気象予報士の資格を持ったメンバーが含まれており、24時間体制で解析を行っている。単にすでに実績のある企業を買収して任せるだけではなく、本気でこのビジネスに投資している、という印象だ。

実際にこのサービスで得られるデータの一例。データの量も質も一級品だ

気象予測に人工知能はどこまで役に立つのか

気象予測は天候の観測データを元にするものの、最終的には予報士による勘や経験に頼る部分が多いシステムだ。もちろん、観測データを広く深く積み上げていけば予測精度が高まるはずなのだが、狭い地域の予測であっても、地球の裏側の海水温の上下までも考慮しなければならないとなると、人間の手に余るものがある。

近年急速に成長しつつある人工知能(AI)とディープラーニングなどの新しい解析手法は、人が処理しきれない莫大なデータを効率良く処理し、これまで気づかれなかった新しいパターンの発見につながる点で大いに注目されているが、残念ながらまだAIを使った気象予測を実施している企業はほとんど知られていない。

そういう視点から、現在世界のAI業界を牽引する企業の一つであるIBMが気象予測という分野に参入してくるのは自然な流れでもあり、また大きな一歩だともいえるだろう。IBM自身は、機械学習による気象予測システム「Deep Thunder」を導入済みではあるが、これに加えてWatsonによってデータを解析し、3カ月程度先(中長期予測)の正確な予想を作成するという。

ワトソン事業部がシステムを統括

実はこの気象予測ビジネス全体は、日本IBM内ではワトソン事業部の管轄下に置かれる。なぜ、ワトソン事業部がこのシステムを統括するのだろうか。

もちろんWatson自体の予測精度自体にも興味は集まるが、IBM自身はそれよりも、Watsonの開発で培ったノウハウを生かして、ユーザーごとに必要な形にデータを加工し、ユーザーニーズに合った予測を可能にすることを目指しているという。

また、気象予報センター内での予報官の意思決定にもWatsonの能力が生かされるだろう。Watsonが気象予測自体の精度を高めるだけでなく、その結果を利用してさまざまなビジネスに特化した形で出力できるのだから、二度美味しいということになる。

気象予測サービスの第一弾として、航空業界、電力業界、メディア業界などに特化したデータ分析と活用ソリューションをまとめた「The Weather Companyデータ・パッケージ」の提供が開始され、分析結果を踏まえて顧客に対するコンサルティングも実施される。

また、それ以外の顧客に対しては、要件に応じて気象予測データの活用を支援し、IBMクラウドを利用したSaaS型のソリューション構築サービスを提供するという。ユーザーが求めているのはレアなデータではなく使いやすい形に分析・整形されたものであり、それを提供する上でワトソン事業部が統括するというのは当然というわけだ。

気象データだけではなく、それを生かしたコンサルティングまでを含んだサービスがIBMの武器となる。そのためのインターフェースがWatsonになるわけだ

米IBMのジニ・ロメッティーCEOは天候予測事業の発表に際し、「データは21世紀の新たな天然資源である」というメッセージを送っていたが、まさにIBMはWatsonを使い、データの収集から精製、そしてその正しい使い方の指南までを一手に担う、21世紀型の資源メジャーの座を狙っているということなのだろう。

今回は気象予測という分野だったが、これだけでも今後、世界中で金融や医療、農業、情報技術など各分野において非常に大きな(一説には数十兆円規模の)市場価値があるとみられている。IBMはここで十分に経験値を蓄え、次なる鉱脈の攻略へと発展させていくことになるだろう。今後も思わぬ分野での大規模な買収やデータ解析サービスへの参入といった発表が続くことになりそうだ。

IBMのデータ解析サービスは、ビッグデータという巨大な手付かずの鉱脈を、AIという強力な掘削機で掘り進んでいくイメージだ
根付き始めた「必ず座れる」通勤、 鉄道に続いてバス業界も熱視線

根付き始めた「必ず座れる」通勤、 鉄道に続いてバス業界も熱視線

2018.11.19

座席指定の通勤電車から”通勤の高級化”の流れ?

ハイエンド通勤バスの実証実験を東急電鉄が実施

たまプラーザを舞台にした、日本初の郊外型MaaS

全席指定の通勤電車が首都圏の私鉄で運行され始めている。西武鉄道を主体に東急電鉄、東京地下鉄(東京メトロ)、横浜高速鉄道の各路線を乗り入れる「S-TRAIN」や、京王電鉄の「京王ライナー」などだ。座席指定ではなく、着席整理券による着席定員制の東武東上線の「TJライナー」もある。

帰宅時間に運行される京王ライナー

なぜ、私鉄各社がこうした通勤電車を運行し始めたのか。ラッシュを避けゆったり座ってオフィス街に移動できる利便性を提供するためだ。京王ライナーの場合、帰宅時間に下り方面に運行されるだけだが、これも「仕事で疲れているのに立って帰りたくない」という通勤需要に応えている。

S-TRAINやTJライナーの場合、休日には観光列車としての役割も果たす。S-TRAINはデートスポットとして注目される豊洲や、“食の街”として名をはせる横浜中華街を結んでいる。TJライナーは“小江戸”と呼ばれる川越や森林の多い憩いの場「森林公園」にアクセスできる。森林公園は今の時期、紅葉をライトアップするイベントが行われており、相当の集客がある。

ただ、どちらも平日はビジネスパーソンの脚となるという特徴を考えると、観光色の強い西武鉄道の「レッドアロー」や東武鉄道の「スペーシア」とは性格を異にする。

ハイグレード通勤バスでゆったりと

こうした“通勤の高級化”が、バスにも波及しそうだ。

東急電鉄は「ハイグレード通勤バス」の実証実験を2019年1~2月に行うと発表した。

ハイグレード通勤バスの外観(写真提供:東急電鉄)

ハイグレード通勤バスは客席が24席と広々としており、しかもかなり深めにリクライニング可能。Wi-Fi対応、USB、ACアダプタも装備し、パソコンなどが置けるテーブルも用意されている。そして、長距離バスのようにトイレまで備えているのだ。

座席は3列で、シート数は24席とゆったりしている(写真提供:東急電鉄)
かなり倒れるリクライニングシート(写真提供:東急電鉄)
テーブルにPCを置いて作業可能。写真左隅にACコンセントも確認できる(写真:東急電鉄)
通勤用バスながら、トイレ洗面台を完備(写真提供:東急電鉄)

 以前、両備グループの中国バスが運用する「ドリームスリーパー」という、超高級バスを拝見したことがある。しかもこちらは、さらに座席数が少ない14席で、個室タイプだ。とはいえ、ドリームスリーパーは東京~大阪や東京~広島を結ぶ長距離高速路線バス。睡眠を取ることが必須になると思うので、個室という選択肢になったのだろう。

一方、ハイグレード通勤バスは、読んで字のごとく“通勤”という言葉が入っている。つまり、長距離高速路線バスであるドリームスリーパーとは、まったく性格が異なる。

さて、今回の実証実験では、実験区間にたまプラーザから渋谷が選択された。このたまプラーザ駅がある東急田園都市線は、首都圏屈指の混雑路線だ。二子玉川や三軒茶屋からも乗客があり、朝の通勤ラッシュはすさまじいと聞く。国土交通省によると、ラッシュ時は185%の乗車率であるらしい。この田園都市線の混雑を少しでも緩和しようと、ハイグレード通勤バスの実証実験を開始する意図がみえる。

ただ、田園都市線の混雑は、東急電鉄そのものにも原因がある。というのも、東急の本拠である渋谷の再開発を急激に推し進めたからだ。セルリアンタワーや渋谷ヒカリエ、そして渋谷ストリームも開業した。どれもオフィス、商業施設、ホテルといった施設からなる複合ビル。オフィスが増えれば通勤客が増えるし、商業施設も朝の仕込みなどでラッシュ時に通う場合も十分に考えられる。そうした混雑を緩和するために、今回ハイグレード通勤バスを実験し、本サービスにつなげたいのだろう。

一方、東急電鉄はハイグレード通勤バスだけでなく、あわせてたまプラーザでオンデマンドバスやパーソナルモビリティ、マンション内カーシェアリングの実証実験も行う。オンデマンドバスはスマートフォンで乗車予約を行い、病院や公共施設への移動手段になる。パーソナルモビリティは、坂道や細い道路を移動しやすく買い物などに向く。マンション内カーシェアリングは、余っているクルマのリソースを同じマンション内で共有しようというものだ。

東急電鉄これらを日本初の「郊外型 MaaS」(Mobility as a Service:利用者の目的や嗜好に応じて最適な移動手段を提供すること)の実験だとしている。

このMaaSという考え方には、あのトヨタ自動車も積極的だ。トヨタは東京2020オリンピック・パラリンピックを舞台に「Mobility for All」を実現したい考え。パーソナルモビリティもこの施策に組み込まれる。

トヨタが実用化を進める「i-ROAD」(写真提供:トヨタ自動車)

 東急電鉄は実証実験でどのような結果を得るのか。“地獄”とも表現される通勤ラッシュの課題や少子高齢化への対応、高齢者の移動手段確保など、MaaSが貢献できる問題解決はさまざまだ。たまプラーザ~渋谷という、屈指の住宅街と屈指のオフィス街を結ぶこの取り組みが、“住みよい街づくり”にどのように関わっていくのか、楽しみだ。

文明の利器を使ったIT露出狂「AirDrop痴漢」

カレー沢薫の時流漂流 第16回

文明の利器を使ったIT露出狂「AirDrop痴漢」

2018.11.19

漫画家・コラムニスト カレー沢薫さんの社会派連載!

第16回は、Apple製品ユーザーを襲う「AirDrop痴漢」について

我々の生活はありとあらゆるものが電子化し、飛躍的に便利になった。

しかし、あらゆるものの中には当然「犯罪」も含まれ、さらに「痴漢」まで含まれるようになってしまったのだ。

皆さんはiPhone、iPad、Macなどを使っているだろうか。そして満員電車など人が密集する場所へ行く機会が多かったりするだろうか?

上記に当てはまる人、特に女性は注意が必要である。私はと言えば、スマホはアソドロイド、パソコンはウィソドウズ、人ゴミどころか人がいるところにさえ滅多にいかないので鉄壁と言える。

「IT露出狂」の出現

最近、Apple製品を使用した「AirDrop痴漢」なるものが現れているらしい。「痴漢も電子化の時代、わざわざ相手の前に立って局部を見せるような奴は時代遅れですよ」と「AirDrop痴漢」がろくろを回すポーズで語っているかは知らないが、当然褒められたことではない。

「AirDrop」とは、Apple製品間でデータをワイヤレスで送り合うことができる機能である。自分のMacからiPhoneにデータを送ったり、iPhone同士で友人と写真を共有したりできて便利なものだ。しかし、「AirDrop」は登録いらずで簡単な一方、半径9メートル以内にいる「AirDrop」をonにしている相手になら、誰にでもデータを送れてしまうのである。

これを使って画像を共有しようとすると、「Petagine's_iPhone」など、近くにあるApple製品の端末名が表示される。ペタジーニのiPhoneなら止めておこうと思うかもしれないが、ここで「Danmitsu's_iPhone」とか、明らかに女性と思われ、しかも何かエロスを感じる(※個人の感想です)名前を見つけた場合、その端末にわいせつ画像などを送り付ける、というのが「AirDrop痴漢」の概要である。

相手に直接手を触れるわけではないので、人が多い場所だと送ってきた相手の特定はかなり難しい。被害者はわいせつ画像を見せられた不快感と、周りにそういう人間がいるという恐怖感を味わうことになり、加害者はそれを見て楽しむという、いわば「IT露出狂」だ。

便利な機能が出来るたびに、それを使った犯罪が現れるのが世の中というものだが、これも「AirDrop」の機能を悪い意味で上手く使った犯罪である。その知恵を他の事に生かせなかった上に、そういった行為を「楽しい」と思うセンスに生まれて来てしまったことは二重に不幸なことだ。

被害者は女性が多いが、男性でも被害を受けることがあり、グロ画像を送られてきたという被害もある。

また、俳優の加藤諒さんは新幹線に乗っていたところ、車内で携帯をいじっている自分の後ろ姿の写真が「AirDrop」に送られてきたと言う。わいせつ画像でなくても、「お前のことを見ているぞ」というストーカー的恐怖感を相手に与えることも可能なのだ。

被害と「誤爆」を防ぐシンプルな解決法

「AirDrop痴漢」を防ぐ手立てはないのか、というと意外と簡単で、平素は「AirDrop」の設定を「受信しない」にしておき、使う時だけonにすれば良い。

そのほか、名前や性別を特定されないように、「Gorira's_iPhone」など、ユーザーネームを変更しておくのも効果的だ。

画像を共有する相手などいないという人間は、Apple製品を買ったらまず「AirDrop」機能を切るぐらいでもいいかもしれない。何故なら、この「AirDrop痴漢」は知らず知らずのうちに加害者になる可能性もあるからだ。

恋人に送るはずだった語尾が「ぞえ♪」のLINEを上司に送ってしまったり、ツイッターのアカウント切り替えを忘れて美容垢に推しカプがどれだけ尊いか語ってしまったりするような「誤爆」が「AirDrop」でも起こるのである。

しかも、LINEなら登録してある相手にしか送らないだろうし、SNSならある程度他人が読むことを想定して投稿するだろうが、「AirDrop」の場合、半径9メートル以内にいる赤の他人に、1人で楽しむためだけのお宝画像を送ってしまうという事態になりかねないのだ。受信してしまった方も不幸だが、送った方もある意味それ以上不幸である。

このように、「AirDrop」は便利だが、意図せず自分の性癖を含む個人情報を流出させてしまう恐れもあるため、使う時だけonにするのが今のところ一番良いかと思われる。

ちなみに、この「AirDrop痴漢」は犯罪にならないかというと、もちろんそんなことはない。わいせつ画像を送るのは「猥褻物頒布罪」になり得るし、わいせつでなくても相手が不快に思う画像を送り付けるのは「迷惑行為防止条例」違反になる場合がある。

実際、電車内で「AirDrop痴漢」を80件以上繰り返したという男が書類送検されたという。送信者が特定しづらいと言っても「本気を出せば特定できるしバッチリ逮捕もされる」ということはすでに実証されているので、もしイタズラ感覚でやっている人間がいるなら、逮捕されない内に今すぐやめた方がいい。

このような使い方は、Appleが想定していなかったことだろう。つまり、最初に考え着いた人間は、アイディア力にすぐれている。

その力を犯罪以外に使えなかったのは、重ね重ね残念である。