マイクロソフト「みんなのAI」に欠かせない概念

阿久津良和のITビジネス超前線 第1回

マイクロソフト「みんなのAI」に欠かせない概念

2017.04.14

ビジネスシーンに多大な影響を与え、一部では蒸気機関や自動車などに続く第4次産業革命に匹敵するとも言われる「AI(人工知能)」。世界経済フォーラム主宰のダボス会議でも、AIやロボティックスを軸に次世代の産業を推し進める要素となり得るか議論となった(2017年1月開催時)。他方で、AIが人間の能力を超えるポイントを指すRay Kurzweil氏の「シンギュラリティ(技術的特異点)」によって、多くの失業者が世間に溢れるという意見もある。

その是非はともかく、AIに対してMicrosoftは2016年9月に、誰しもがAIの恩恵を受けられる「Democratizing AI(AIの民主化)」を自社のアプローチとして掲げた。この方針を受けて日本マイクロソフトも「みんなのAI」というキーワードを標榜している。日本マイクロソフトの説明によれば、「AIの民主化と社会の重要課題を解決するため、作り出すすべてのものにAI技術を導入していく」と言う。

Microsoftに限らず大手IT企業が以前からAIに注目し、多くの資金と投入して研究・開発を行ってきたことは枚挙に暇がない。Microsoftを例に挙げれば、独立した研究機関であるMicrosoft Researchを1991年に設立し、早い時期からAIに対する研究を行っている。また、昨今ではMicrosoft Researchの一部とAI関連部門を統合した組織「The Artificial Intelligence&Research」を社内に設立し、AIに対する本気度を示した。

各社を取材する中で、近年とみに感じるのがAI技術のソリューション化である。日本マイクロソフトは、画像に含まれる顔の検出や分析などを行うFace API、感情認識のEmotion API、リアルタイムの音声翻訳を実現するTranslator Speech APIなどを組み合わせた「Microsoft Cognitive Services」を提供中だが、2017年3月上旬には博報堂および博報堂アイ・スタジオがCognitive Servicesを利用したターゲティング広告配信システム「Face Targeting AD」を発表。同月下旬にはフジテレビの動画投稿サイト「DREAM FACTORY」をアナウンスしている。

まずFace Targeting ADは、画像から意思決定に役立つ情報を抽出するComputer Vision APIと前述のFace APIを利用し、鏡に映った人々の表情から適切な商品の広告を映し出すソリューションだ。例えば、疲れている場合に栄養ドリンクの広告を、悲壮な表情ならば思い切り泣ける映画の動画広告を表示する。将来的な音声認識や音声による読み上げを行う各Speech APIや、言語理解モデルを作成してユーザーが音声などで入力したコマンドをアプリケーションが理解するLanguage Understanding Intelligent Service API(現在はプレビュー)を用いた展開も予定していると言う。

「Face Targeting AD」鏡に映った利用者に応じて適切な広告コンテンツを映し出す

フジテレビが運用するDREAM FACTORYは、一般的な動画投稿サイトながらも基盤はMicrosoft Azureを採用し、動画配信クラウドサービスであるAzure Media Servicesで各種サービスを運用する。さらに、機械学習を利用して動画コンテンツからテキスト変換や顔認識など行うAzure Media Analyticsで、公序良俗に反する動画の検出や、日本語字幕の自動生成。英語などの4カ国語に自動翻訳し、既存コンテンツの海外展開と視聴者拡大を目指す。執筆時点でDREAM FACTORYへの実装は予定にとどまるものの、Azure Media Analyticsを使えば、特定の人物をタグ化することで登場シーンの検出や顔にモザイクをかけるといった、手作業で行ってきた作業を自動的に行える。

「DREAM FACTORY」で用いられる自動字幕生成機能。日本語を含む5カ国語に対応する
Microsoft Research CVP Jeannette M. Wing氏

このように、次々とコンピューターが人に成り代わって作業を進めていく様を目にすると、Kurzweil氏のシンギュラリティもあながち間違いではないように思えてくる。だが、我々は缶詰工場や流通業などさまざまな業態で、機械化によって手作業が自動化する世界を過去に経験してきた。専門家も「我々が生きている間は心配する必要はない。道のりは長く、人々を超えるのはかなり先の話だ」(Microsoft Research CVP Jeannette M. Wing氏)と担保する。AIによって日常や仕事のスタイルが変化していくのも当然の話だ。海外の例を見ると欧州はAIによる変革を楽観的に見ているものの、米国では一部が危険視しているとMicrosoft本社の人間が述べていたが、Kurzweil氏が米国人であるということも合わせて合点が行く。

ならばAIは我々の仕事を奪う危険な存在なのだろうか。ここで冒頭述べた「みんなのAI」を思い返してほしい。MicrosoftはAIを人に取って代わるものではなく、「AIは人々の能力や体験を拡張する存在。コンピューターの演算機能と人々の判断力や共感力などを高める」(Microsoft CEO Satya Nadella氏)道具と位置付けている。人々を単純作業から解放し、より生産性の高い作業に従事することで、社会の変革や問題解決につながると言う。遙か遠い昔、我々人類は「火」を発見し、火災などに悩まされつつも道具として使いこなしている。AIも同じように「道具」として扱えば良いのだろう。

だが、AIを道具として活用するにはいくつかの課題がある。それはFairness(公平性)、Accountability(説明責任)、Transparency(透明性)、Ethics(倫理)の頭文字を取った「FATE」だ。AIはあくまでも人が作り出す道具である。そのため、携わる人々が偏見を持ったデータを機械学習のデータとして与えると間違った解が出てしまう。Microsoftが1例として示したのが、大手検索サイトによる画像検索結果だ。同社は「『3人の黒人10代』を検索すると警察が撮影した写真が並び、『3人の白人10代』を検索するとボールを持った楽しそうな写真が並ぶため、不公正なのではと言う疑問が生じる。だが、これはあくまでも機械学習の結果。(トレーニングデータを与える人々に)根深い差別意識が存在するためだ」(Microsoft VP Regulatory Affairs Daved A. Heiner氏)だと分析する。

Microsoft VP Regulatory Affairs Daved A. Heiner氏

このように、AIは万能ではなくトレーニングする側の公平性を担保しなければならない。また、説明責任に対してはマルウェアの攻撃に対する防御でデータを保護し、透明性は収集データを利用者にオプトイン・オプトアウトなど選択する仕組みを明示化する。倫理については、社内で委員会を設置し、Microsoft ResearchのDr. Eric Horvitz氏を中心にエンジニア向けガイダンスの作成を目指している。また、社外的にはGoogleやAppleなど大手IT企業が参画する「Partnership on AI to Benefit People and Society(人間と社会の利益のためのAIに関する協業)」を通して社会全体の課題として取り組んでいる最中だ。

一連の取材を通して分かることは、AIは人の能力を拡張する道具となり得るが、人々が持つ価値観や倫理観の相違などがAIに悪影響を与える可能性が高いということである。そのためHeiner氏は多様性の欠如を改善し、社会問題を見抜けるデータサイエンティストの存在と、グローバルなガイドラインで偏見をなくしている世界が必要だと強調した。刻々と生活やビジネスシーンに広まっていくAIを利活用する我々も正しい目を持たなければならない。

なぜ東横インは、宿泊料が一定なのか? 多様化するビジネスホテルの今

瀧澤信秋のいろはにホテル 第1回

なぜ東横インは、宿泊料が一定なのか? 多様化するビジネスホテルの今

2018.11.16

「ホテル評論家」瀧澤信秋氏による新連載!

第1回は、「多様化するビジネスホテルの今」について

料金変動「するホテル」と「しないホテル」 それぞれの狙いは?

「ホテル評論家」瀧澤信秋氏が、意外と知らないホテルビジネスを語る新連載。第1回は、瀧澤氏が“注目度の高いカテゴリー”と説明する「ビジネスホテル」について。ここ数年で急速に「多様化」が進んでいるビジネスホテルのこと、どれだけ知っていますか?

ビジネスホテルが大人気

ラグジュアリーホテルからビジネスホテル、カプセルホテルにラブホテルと横断的な評論が筆者の生業であるが、ことビジネスホテルは昨今勢いのある注目度の高いカテゴリーだ。

旅行や出張で、ビジネスホテルを利用した経験のある人は多いだろう

筆者は、TBSテレビの人気番組「マツコの知らない世界」へ過去3回出演の機会を得たが、第2回で紹介した「ビジネスホテルの世界」は特に反響が大きく、TBS瞬間最高視聴率ランキングで1位をいただいた。視聴者の方々にとってビジネスホテルは身近な存在なのだと改めて認識した。

ということで、連載の第1回となる本稿では、「多様化が進むビジネスホテルの今」をお伝えしよう。

「ビジネスホテル」と「ホテル」の違い

そもそもビジネスホテルとは何なのか。業界ではビジネスホテルは“宿泊特化型ホテル”ともいわれるが、その名の通り宿泊に特化したホテルと定義づけられる。

ホテルとはフルサービスであることが特徴で、宿泊の他に料理・飲食、バンケット(宴会、または婚礼や大規模な会議)など多彩なサービスを提供する。一方のビジネスホテルは、朝食スペースなどが設けられてはいるものの(法令上の要請)、フロントサービスを中心に宿泊機能を提供するというリミテッドサービスであることが特徴だ。“イン”とも称される。

前述の番組で、豪華なスイートルームまであるホテルとして“これ以上のビジネスホテルは見たことがない”と「ホテル ココ・グラン高崎」(群馬県高崎市)を紹介したところ、「スイートルームなんてあるのにビジネスホテルといえるの?」と疑問の声をいただいた。

「ホテル ココ・グラン高崎」プレミアムココスイート

スイートルームがあろうが、基本的に宿泊に特化していればそれはビジネスホテルといえる。ただし、宿泊特化型のコンセプトは多様化しており、単にビジネスホテルとカテゴライズされることを良しとしないホテルもある。

話は逸れたが、ビジネスホテルといえば、伝統的には出張族御用達として人気を博してきた。今では旅のスタイルが多様化したことで、観光にも重宝されており、リーズナブルな旅を求める訪日外国人旅行者にも人気が高い。

「料金変動させるホテル」と「あえてさせないホテル」

しかし、「ビジネスホテル=リーズナブル」というイメージは徐々に崩れつつある。確かに高級ホテルよりは安いといえそうだが、繁忙日と閑散日の料金変動幅がかなり大きなホテルもみられる。

筆者は職業柄日々のホテル料金レートをチェックしている。「ビジネスホテルは高級ホテルより安いといえそう」と書いたが、とある繁忙日の新宿エリアを見たところ、ハイアットよりもアパホテルが高かったことがあり驚いた。料金を客室面積の㎡単位で換算したところ、ハイアットが約1,200円、アパホテルが約2,800円だった。

料金変動の大きさもクローズアップされたアパホテル

極端な例を挙げたが、ビジネスホテルに限らずホテルの料金は変動するのが一般的だ。これは業界では「レベニューマネジメント」などといわれる。ホテルの客室に限らず在庫の繰り越しができない商品を、売れ残りを少なくするためさまざまな価格設定をして販売を管理することは、需要予測のもとに収益を最大化する手法といえる。

需要が高くなると料金が上がるのはホテルに限ったことではないが、とはいえホテル料金変動幅のあまりの大きさに面食らった経験のある人もいるのではないだろうか。季節変動(季節や時期によって需要に増減が起きる変化)の大きなリゾートホテルなどではその傾向はさらに強いし、料金が高額なラグジュアリーホテルでも変動はする。しかし、より日常感のあるリーズナブルなイメージのビジネスホテルほど、ゲストは料金変動にシビアだといえそうだ。

他方、基本的に料金変動させないことをポリシーとするホテルもある。たとえば「東横イン」だ。全国最大規模のビジネスホテルチェーンであるが、宿泊需要の急増する時期でも大きく料金を変動させないことを公式サイトでうたっている

プライスポリシーとして「市場動向にいわば便乗するかのような料金設定は(中略)ビジネスパーソンをはじめとするお客様の信頼を裏切ることになる」と明記。料金の変動が少ないことはゲストの安心感につながるというのが同社の考えだ。

「東横イン」客室イメージ

前述のホテル ココ・グラン高崎も、基本的に料金変動させないことをポリシーにしているが、かようなポリシーのホテルを時々見かけることがある。このように、「料金変動をさせるホテル」と「あえてさせないホテル」があるのだ。

「本当はいくら? 」で部屋の価値を聞いてみた

料金変動でよく見られるのは、最初は高い設定なのに日が迫ると安くなり、当日の夜などに投げ売りされるパターン。レベニューマネジメントで適切な在庫管理ができれば緩和される側面はあるのかもしれないが、早く予約してキチンと泊まってくれる「ホテルにとって有り難いゲスト」が割を食うケースともいえる。そもそも定価で料金変動させないのであれば起こらない問題かもしれない。

ところで筆者は、ホテルの支配人や経営者への取材に際し「こちらの客室はいくらですか?」と質問することがある。「え~と今日は6,000円ですが明日は1万円で……」といった回答を得ることは多い。そこで「いえ、本当はいくらなんですか? 」と聞き返す。すると回答に窮する様子のケースが多く見られる。

ところが、過去の取材(4年ほど前の取材と記憶している)で「うちは5千円です」と即答したホテル経営者がいた。中国地方や福岡で大人気ビジネスホテルチェーン「ホテルアクティブ! 」を運営する、株式会社石田屋ホテルズ代表取締役社長の石田光一郎氏である。

「ホテルアクティブ!広島」外観

石田氏は「確かに今日は7,000円ですし明日は9,000円ですが、この部屋本当は5,000円なんです」と断言した。商売なので繁忙日は料金を上げることもするが、多くいただいた分は新しいホテル建設や事業拡大などには回さず、あくまでもそのホテル・客室の快適性向上に投資するという。確かに、前に一度宿泊した際に「もう充分快適」と記憶していたが、その後何度か再訪した際にも、さらに工夫が施されたリニューアルがなされていた経験があり、納得した。

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今回は、ビジネスホテルについて「料金変動」の面からみてきた。料金変動の有無については、ホテルの特性やさまざまな条件などを鑑みれば決して一面からでは結論づけられない問題であるといえよう。昨今、インバウンド需要も後押しとなり、ビジネスホテルが多く誕生し、さまざまな経営・運営会社の手により多彩な施設が林立。同時にその「スタンス」も多様化している。

客室の快適性や利便性などと共に、そうしたホテルのスタンスを知ることも、賢い消費者として気に留めておくべき「ホテル利用術」のひとつだといえそうだ。

次回も引き続き「多様化が進むビジネスホテル」について取り上げます。ビジネスホテル市場に押し寄せる“差別化”と“コモディティ化”の流れ、そこから見えてくるものとは?

「選択と集中」が進みすぎた、日本の科学技術への投資

藤田朋宏の必殺仕分け人 第1回

「選択と集中」が進みすぎた、日本の科学技術への投資

2018.11.15

ちとせグループCEOの藤田朋宏氏による新連載

巷を賑わす”ヘンな出来事”の問題点を、独自の解釈で洗い出す!

第1回は、「日本の科学技術投資」について

バイオベンチャー企業群「ちとせグループ」のCEOを務める藤田朋宏氏による新連載。“手段と目的の違い”によって生じた「ヘンな出来事」の問題点を、独自の視点で語ります。第1回は、「日本の科学技術投資」について。日本の科学技術への投資の問題点とはいったい何なのでしょう?

才能と“伸びしろ”に投資する、日本サッカー協会

先日、クアラルンプールに出張したときのこと。宿泊先のホテルが偶然にもサッカーの日本代表と同じだった。「日本代表」と言っても、同じホテルに泊まっていたのは本田や長友ではなく、U-16アジア選手権に参加している若い選手たち。

そこで彼らを見ていて、ふと考えた。日本サッカー協会の「選手への投資」は、実は凄く効率がいいのではないか。どうしてそう思ったのか、順を追って説明したい。

ホテルに置いてあったU-16アジア選手権のバナー

チェックインを済ませ、「部屋の準備があるから、ちょっとだけそこで待っていて」と指示するホテルマンに従い、ひとりロビーに放置されている間、何となしに選手の情報を調べてみた。それから一時間半。23名の選手一人ひとりの顔だけでなく、利き足まで覚えるくらいの時間が経っても、僕はまだロビーで放っておかれたままだった。まぁ、東南アジアではよくあることなので、腹は立たなかった。

ところで、「過去のU-16日本代表がその後、何度も日本代表に選ばれる割合はどれほどだろうか」と疑問に感じ、調べてみたところ、各年20数名の代表選手のうち、現役で活躍している選手は約1人であることが分かった。確かに16歳の段階では身体の発達に差があるし、試合で活躍できるかは運の要素も絡む。コーチとの相性やケガの問題もあるだろう。

そうは言っても、16歳の時点で日本代表に選ばれるだけのポテンシャルを持つ選手のうち、その数%しか将来も活躍できる選手がいない、という事実には驚いた。実際、長谷部、本田、岡崎、長友……など、この10年で活躍している選手たちの多くは、16歳時点ではそこまで期待されていなかった選手ばかりだ。

ではなぜ、そういった選手が後に日の目を浴びられたかというと、それは彼らにも「チャンス」を与えられていたからだろう。日本サッカー協会は、16歳時点で選抜したトップ選手だけに集中投資するだけではなく、同年代の他の有望選手にもしっかりとチャンスを与え続けられるような仕組みをつくれたのだと思う。

際立って目立つ選手だけではなく、将来の伸びしろがありえる選手にも、最低限のチャンスは回ってくることで、未来のトップ選手の育成が図れる。そうやって日本サッカー協会はこれまで、世界に通用するような選手を輩出してきた。

「科学技術に投資せよ」ではなく、予算配分の再考を

前置きが長くなってしまったが、ここから本題に入りたい。

先日、京都大学特別教授の本庶佑先生がノーベル賞を受賞したというニュースが流れた。「自分がバイオテクノロジー業界で働く人間だから」というのは関係なく、本庶先生と周りのチームの方々の長年にわたる科学に対する貢献が認められたこと、その事実に接した関係者の気持ちを想像すると、とても嬉しい気持ちになった。

ノーベル賞メダル(レプリカ)

 

近年、日本人のノーベル賞受賞が続いている。彼らのような日本の科学業界の仕組みをよくわかった方々は、これまで数多くのご苦労をされてきたことだろう。しかし、1つ残念なこともある。能力はもちろん、人格的にも優れたそういった先生方が、ノーベル賞受賞のタイミングでマスコミに発表する一世一代のコメントが「日本国の科学技術投資、科学技術教育のあり方についての憂い」であることだ。

僭越ながら、先生たちのコメントを解釈すると、よくニュースで取り上げられるような「科学技術にもっとお金を使え」ということではなく、その先にある「国家予算の配分」についての指摘をしていると認識している。

誰がなんと言おうと、日本の科学技術投資の選択と集中は年々進んでしまっているのが現状だ。しかし、先生方のいうような「選択と集中が進みすぎている」という指摘に対して、「日本にはもうお金がないのだから科学技術にばかり投資できない」と答えがずれてしまっている。

これこそが、日本の科学技術投資における問題ではないだろうか。

日本にはびこる「選択と集中こそが正解だよ病」

随分前からずっと不思議なのだが、そもそも「選択と集中こそが正解である」なんて、誰がいい出したのだろう。「選択と集中」の戦略で物事をうまく切り抜けられるようなことは、本当に生きるか死ぬか、背水の陣を敷いている時くらいだと思うのだ。

今の日本の「選択と集中こそが正解だよ病」はなかなか根深く、そもそもの目的を実現することよりも「選択と集中」を行うことそのものが目的になっているんじゃないかと感じることが多い。

今の日本で行われている多くの意思決定の場面で、サッカーの例で例えると、U-16日本代表を選んだ人のメンツを潰さないということが、強い日本代表をつくることよりも優先されてしまっているように思う。

そのため、16歳の時点で選んだ選手だけに集中投資し、16歳の段階で選ばれなかった他の選手のポテンシャルに賭けることもしないというような「選択と集中が正解である」という間違えた進め方で意思決定が行われているようなことが多いように感じる。

サッカー選手の育成でも、科学技術の投資でも初期の段階で選抜してそこだけに集中投資するという戦略を繰り返せば繰り返すほど、全体としての力は落ちる一方になるのではないか。歴代のノーベル賞受賞者の先生方も、そういうことを言いたかったのではないかと思う。

手段であるはずの「選択と集中」が、目的となっている?

私は、「16歳の段階で、将来素晴らしいサッカー選手になる人物を見分けられる」なんて言葉は、伸びしろのある選手に対しておこがましいと感じる。これは科学技術の研究にも同じことが言える。「その研究が将来素晴らしい成果を残すかどうか見分けられる」なんて言葉は、科学者に対しておこがましい。

もっと言ってしまえば、どの研究が将来化けるかの判断は、16歳のサッカー選手の成長を言い当てることより遥かに難しいだろう。なぜならば、サッカーという競技のルール自体は変わらないが、科学と言う競技はルール自体を決めているので、科学研究の将来性をあらかじめ予測するのは16歳のサッカー選手の将来性を予測するより難しいためだ。

そんな中、日本サッカー協会が幅広い底上げに力を入れ、紆余曲折も有りながらも右肩上がりの成長を維持できているにも関わらず、日本の科学技術投資は過剰な「選択と集中」を強めるが故に、科学技術力の相対的な低下を招いているように感じる。

その差はいったい何か? これは1つの仮説でしかないが、日本サッカー協会の強さの秘訣は、会長の独断で物事を決められる側面が強い組織であるために「目的」がハッキリしている点にあるのではないだろうか。

その一方で、日本の科学技術投資のような“数多くの人の善意の組み合わせの上になり立っている意思決定機構”では「選択と集中を進めることが正解である」という、本来手段の一つである価値観が「目的」となってしまっているように感じる。

本来考えるべきは、「日本の科学技術をどうするべきか」ということであるにも関わらず、その手段と目的が逆転しまっているのではないだろうか、と思うのだ。