目黒雅叙園が「ホテル雅叙園東京」にリブランディング - 3つの

目黒雅叙園が「ホテル雅叙園東京」にリブランディング - 3つの"文化"でホテル事業を拡大

2017.03.02

2017年4月1日から「目黒雅叙園」の名称が変わる。結婚式場としてのイメージが強い同施設だが、新たに「ホテル雅叙園東京」として、宿泊事業を強化すると発表。新たな歴史を歩むことを決めた同施設の狙いとは?

ホテル雅叙園東京

婚礼の雅叙園から、宿泊の雅叙園へ

目黒雅叙園は、1928年に「芝浦雅叙園」として創業。1931年に現在ある目黒に移転するとともに、「目黒雅叙園」に名称を変更した。創業以降、日本初の総合結婚式場として展開し、これまでに22万組以上が挙式利用をしている。現在でも、売上の半数以上が婚礼事業だという。しかし今回、86年ぶりに施設名称を変更し、新たにホテルとしてリブランディングを進めると発表した。

その背景として、2020年の東京五輪や政府が推し進める観光施策により、訪日外国人数が増加傾向にあることや、一時期の爆買いブームも落ち着きをみせ、宿泊費、飲食費、交通費などの「コト消費」のニーズが高まっていることがあるという。

これを受け、同社も"婚礼"事業が中心の"目黒"雅叙園から、"ホテル"事業に力を入れた"東京"の雅叙園へと新たな舵を切ることを決定した。

「和敬清心」の新エグゼクティブフロア

今回のリブランドに伴い、宿泊施設を大きくリニューアルした。従来は6階23室のみだった客室に加え、7階24室をリニューアル、8階13室をリノベーションし、全60室を有するホテルとして、運営を強化する。客室は3月1日から運営を開始した。

今回新オープンした7Fと8Fの客室フロアは、豪華絢爛なメインフロアとは打って変わり、「和敬清心」をテーマに落ち着いた空間イメージとなっている。茶道のわびさびに代表される精神性や、自然への思いなどをコンセプトに、客室自体を和室、そこに通じる廊下とEVホールを茶庭に見立ててたインテリアを施した。チェックイン時には、抹茶や煎茶といったウェルカムドリンクで宿泊者をもてなす。

客室をリニューアル
エグゼクティブスイートルームでは、披露宴も行える
ウェルカムドリンクの抹茶は、目の前で点てた物をいただけるため、目でも楽しめる

また、8階「エグゼクティブラウンジ -桜花-」では、ティータイムやカクテルタイム、バータイムなど、時間帯に応じて異なったサービスを実施。今回のリニューアルで大きな目玉となるのは、同ラウンジで提供する朝食だ。「1日の最初の食事である朝食は、栄養素のバランスを考えた内容が好ましい」との考えから、契約農家から取り寄せた新鮮な野菜などの食材をふんだんに使ったメニューを提供する。

8階「エグゼクティブラウンジ -桜花-」
フードシナジーを考慮した朝食メニュー

また、食べ合わせによるフードシナジー(相乗効果)を考慮。例えば、アボカドとトマトのサラダは、トマトのリコピンとアボカドの脂質を一緒に取ることで、リコピンの吸収力がアップする効果を狙っている。これらの栄養面を強調したメニューで、他社との差別化を図る。

新鮮な食材を使ったスムージー
神奈川県伊勢原産「寿雀卵」とほうれん草のオムレツ

同フロアには、「エグゼクティブラウンジ -桜花-」のほか、プライベートパーティーやカンファレンスルームとしても利用可能な「プライベート ダイニング -紫翠 SHISUI- 」や、「ライブラリーラウンジ -椿 TSUBAKI-」といった施設も併設。客室は、80~120平米の全室スイート仕様となり、1室1泊あたりの価格帯は18万円から。冠婚葬祭の家族利用や、企業の宴会利用を狙っている。

ライブラリーラウンジ -椿 TSUBAKI-

3つの「文化」を伝える雅叙園

ホテル雅叙園東京は、リブランドに際し、従来からの強みである「ハード(建物)」「食」「文化(婚礼)」の3本柱を強化していく考えだ。

「百段階段」は、国の登録有形文化財に指定されており、各部屋の天井や欄間に描かれた作品は、美術館の貯蔵作品にも劣らない価値を持つ。その空間で食事や宴会を行える同施設は、その豪華絢爛さから「昭和の竜宮城」とも呼ばれているという。スタジオジブリの長編アニメ映画「千と千尋の神隠し」の油屋のモデルになったとも言われ、海外からも高い人気を誇る。

国の登録有形文化財に指定された「百段階段」

また、飲食事業では、和食はもちろん、婚礼事業で培ったイタリアンや中華といった分野でも強みがある。さらなる強化のため、朝食の新メニューのほか、クラブラウンジ、イタリアン料理、パティスリーなど、複数レストランのリニューアルを発表。また、飲料顧問にエグゼクティブソムリエの石田博氏を迎えるなど、サービス向上に勤める。さらに、併設するオフィスビルのアルコタワーでも4月21日から、健康食をコンセプトにしたカフェの運営を開始する。

同社の1番の強みである婚礼事業では、和婚や着物といった、日本特有の伝統文化を強調したプランを用意することで、国内外の「コト消費」を狙う。ブライダルサロンを昨年リニューアルしたことで、数年間低迷していた婚礼数もV字回復を果たしている。また、訪日外国人向けのブライダルプランも用意し、新たな消費も狙う。

目黒雅叙園 代表取締役社長の本中野 真氏

同社の本中野社長は、「今回のリブランドにより、3つの"文化"を発信していくことで、2020年以降も愛される、個性的な施設を作り上げたい」と述べた。婚礼施設としてのイメージが強い同社だが、歴史のある有形資産を上手に活用しながら、老舗ブランドを再構築することで、複合施設として展開。今後は、婚礼事業に加え、訪日外国人やファミリー層の利用増加を狙う。

メルカリ出し抜くラクマ、売上金の「楽天キャッシュ」チャージ額が5億円を突破

メルカリ出し抜くラクマ、売上金の「楽天キャッシュ」チャージ額が5億円を突破

2019.01.22

ラクマ売上金の「楽天キャッシュ」チャージ額が累計5億円に

同様のサービスを構想しているメルカリを先行する形に

楽天は1月21日、フリマアプリ「ラクマ」において、取引で発生した売上金のうちオンライン電子マネー「楽天キャッシュ」へチャージした累計額が2018年12月末に5億円を突破したと発表した。

ラクマでの売上金を楽天キャッシュへチャージする機能は、2018年7月より提供開始されている。チャージした電子マネーは、楽天会員向けのグループ各種サービスで利用できるほか、ローソンやファミリーマートなど「楽天ペイ」対応店舗での決済でも利用可能だ。

2017年8月1日から開始されたローソンでの支払いに続いて、2018年12月4日からはファミリーマートでも楽天ペイが使用できるようになった

同じくフリマアプリを展開するメルカリは、100%子会社「メルペイ」で同様のサービスを構想している段階であり、この分野においてはラクマが1歩先行する形になった。

現状、メルカリで得た売上金をメルカリ以外で使う場合は、一度口座に振り込む必要がある。また、売上金には180日という「振込申請期間」が設定されており、その期間中に「口座に振り込む」か、メルカリ内で使える「ポイントを購入」するか、選ばなければならない。ただし振込の場合、1万円未満だと210円の手数料が発生する(2018年1月21日時点)。ラクマの売上金チャージ機能と比較すると、どうしても見劣りしてしまうだろう。

ちなみに筆者もメルカリユーザー。現状、売上金が合計1万円に満たないため、振込手数料を発生させずに現金に換えるためには、あと1540円分の売り上げが必要になる (画像はメルカリアプリより)

しかし、少し古いデータではあるが、2018年5月31日のニールセン デジタルの発表によると、スマートフォンからの利用率の高いオークション/フリマサービスは、1位がYahoo! オークションで25%、2位がメルカリで23%、3位がラクマで11%であることがわかっており、同じフリマサービスであっても、ラクマの利用率はメルカリの半分であるのが現状だ。

メルカリのダウンロード数は2018年11月14日時点で7500万、ラクマが同年10月時点で1500万と、両サービスの普及率にも差があることからも、日本におけるフリマ市場のバランスがすぐにひっくり返ることはないだろう。

だが、ラクマが売上金をさまざまなサービスに使えるという実用性で、メルカリとの新たな差別化ポイントを生み出したことは、新規ユーザーの獲得に少なからず貢献しそうだ。

ラクマ売上金のチャージ額が5億円突破したことは、ユーザーの「アプリ内の売上金を別の場所で使いたい」というニーズの強さの証明ともいえよう。こうしたユーザー視点に立った機能の追加による消費体験の向上が、フリマ市場にどのような影響をもたらすのか、キャッシュレス決済市場への参入が期待される、メルカリの動向と合わせて注目したい。

1000字の描き直しを越えて ―ナール制作の舞台裏

最初の書体感覚をもち続けることのむずかしさ

写研で書体デザインの責任者を務めていた橋本和夫さんに衝撃を与えた書体、ナール。作者の中村征宏氏が第1回石井賞創作タイプフェイスコンテスト応募時に書いた設計意図は、次の通りだ。

〈縦組みの場合にも、横組みにも字間のバランスがムリなく一つの流れを持つことを念頭におき、ボディータイプとして、従来使用されなかった丸ゴシック系のタイプフェイスを試みた。字面をいっぱいに使い、文字のエレメントを強調し、細い線で構成することによりシンプルさを求めた。字面を大きく使うことが字間の問題に関連し、字間のバランス調整のための切り貼り、字詰めの工程を少しでも短縮することができるのではないかと思う。その結果、組み上がりにおいて、集合の調和が生まれるのではないかと思う。広告制作物などにおいて、コピーやサブ・タイトルなどに適するのではないかと考える。〉(*1)

中村征宏氏の著書『文字をつくる』(美術出版社、1977年)

1970年(昭和45)5月18日にコンテスト授賞式が開催されたのち、写研からの文字盤発売に向けて、同年8月ごろから本格的な書体制作が始まった。必要な文字数は漢字が約5400字、ひらがなとカタカナで約150字、アルファベット約100字、その他(約物、記号など)約200字で、合計約5800字だ。写研の監修を受けながら、原字はすべて中村氏が描いた。監修を担当したのは橋本さんである。

約5800字の原字を描くのは、想像以上に大変な作業だ。橋本さんは語る。

「コンテストに応募するときに描いていただくのは、漢字50字とひらがなカタカナ、そして記号の一部だけです。それを1枚のパネルに構成するので、文字構成としては、まとめやすい。ところが、文字盤化する際には約5800字を1文字1文字描くことになり、完成するまでの年月は2年はかかります。外部デザイナーの方と書体をつくるようになって、われわれが一番苦労したのは、“今月と来月では、仕上がってくる書体の雰囲気が変わってしまうことがある”ということでした」

「文字を増やす際に字種リストを渡すのですが、『何の文字をつくるか』を見るためのリストのはずが、長い間ながめているうちに、つくっている文字がリストの文字に似てきて、当初のデザインと雰囲気が異なってきてしまった。ナールは既成概念をくつがえす、突き抜けたデザインの丸ゴシック体だったはずなのに、描き進むうちに最初のデザイン思想から離れ、持ち味が失われるということが起きたのです」

原字を描き進めるうち、コンテストのオリジナルデザインから、いつのまにか特徴が変わってしまっていたのだ。そのままでは、まるで違う書体になってしまう。結局、途中で1000字分を描き直すことになった。

中村氏もこのことを振り返り、著書に〈人の感覚は徐々に変化するものには気づきにくいものですから、いつも最初の見本と照らし合わせながら書き進めることが大切です。このようなことは、太さだけのことではなく字形とか感覚面でも同じようなことがいえます。感覚もときがたつことによってどんどん変化するものですが、とくに最初の感覚は大切にしていきたいものです〉と書いている。(*2)

悩ましい文字

「もうひとつ、ナールを監修したなかで、ひどく悩んだことがありました。ナールは、字面いっぱいに真四角に描かれた書体です。たとえばひらがなの『り』は通常は縦長、『へ』は横長の形をしていますが、これらの文字すら、できる限り正方形に近づけて描かれている。ぼくが悩んだのは、『々』という漢字でした」

ナールでは、縦長の「り」、横長の「へ」も正方形にかなり近い

「時々」「常々」「佐々木」など、同じ漢字を繰り返すことを表すときに用いられる「々」の字だ。

「常識的にいえば、この字は他の漢字よりも小さく描きます。では、通常は縦長、横長など固有の形をもつひらがなですら正方形に近づけているナールでは、どういう大きさにすればよいのか? 最初は『々』も他の漢字と同じ大きさで、真四角にするのがよいと思ったのですが、いざつくってみると、やはり少しは他の漢字より小さくしなければ『々』に見えないとわかりました」

「他の書体をつくるときにも『々』をどういう大きさにするか、いつも考えるのですが、ナールのときにはとりわけ悩んだものでした」

また、こうした試行錯誤を経て、「文字を図形化する際も、かなと漢字の使い方に意味のあることをあらためて認識しました」という。

新聞雑誌、広告から、道路標識まで

途中で1000字の描き直しなどがあったものの、コンテストから2年後の1972年(昭和47)、ナールは写研写植機用の文字盤として発売された。書体名は、「中村」の “ナ” と、丸みを表す言葉である「ラウンド」の頭文字 “R” をとって「ナール」とつけられた。(*3)さらに、ナールと組み合わせて使うことを想定した中太の「ナールD」の文字盤も1973年(昭和48)に発売された。

ナールD(上)とナール(下)

中村氏はコンテスト応募当時、ナールを本文書体と考えていたが、いざ発売されてみると、広告や雑誌、新聞などの見出しなどに使うディスプレイ書体として大人気となった。ポスターや広告のキャッチフレーズ、テレビの字幕、道路標識などに幅広く使われ、一世を風靡した。

「タイポスによってデザイナーのつくる書体が注目され、少女たちが丸文字を書くようになっていく流れのなかで登場したナールは、『時代に乗った』ともいえますが、むしろ『時代をつくった』書体といえるでしょう。写植の文字はナールの登場によって、それまで職人が手描きしていたレタリング文字の分野に浸透していった。“新書体ブーム”の幕開けでした。そうして写植の機械は、単に文字を印字するだけでなく、多彩なディスプレイ書体によって雑誌や広告にファッション性を生み出す手段のひとつとして、とらえられるようになっていったのです」

(つづく)

(注)
*1:中村征宏『文字をつくる』(美術出版社、1977年)P.80
*2:同書 P.21
*3:『文字に生きる〈写研五〇年の歩み〉』(写研、1975年)P.127

話し手 プロフィール

橋本和夫(はしもと・かずお)
書体設計士。イワタ顧問。1935年2月、大阪生まれ。1954年6月、活字製造販売会社・モトヤに入社。太佐源三氏のもと、ベントン彫刻機用の原字制作にたずさわる。1959年5月、写真植字機の大手メーカー・写研に入社。創業者・石井茂吉氏監修のもと、石井宋朝体の原字を制作。1963年に石井氏が亡くなった後は同社文字部のチーフとして、1990年代まで写研で制作発売されたほとんどすべての書体の監修にあたる。1995年8月、写研を退職。フリーランス期間を経て、1998年頃よりフォントメーカー・イワタにおいてデジタルフォントの書体監修・デザインにたずさわるようになり、同社顧問に。現在に至る。

著者 プロフィール

雪 朱里(ゆき・あかり)
ライター、編集者。1971年生まれ。写植からDTPへの移行期に印刷会社に在籍後、ビジネス系専門誌の編集長を経て、2000年よりフリーランス。文字、デザイン、印刷、手仕事などの分野で取材執筆活動をおこなう。著書に『描き文字のデザイン』『もじ部 書体デザイナーに聞くデザインの背景・フォント選びと使い方のコツ』(グラフィック社)、『文字をつくる 9人の書体デザイナー』(誠文堂新光社)、『活字地金彫刻師 清水金之助』(清水金之助の本をつくる会)、編集担当書籍に『ぼくのつくった書体の話 活字と写植、そして小塚書体のデザイン』(小塚昌彦著、グラフィック社)ほか多数。『デザインのひきだし』誌(グラフィック社)レギュラー編集者もつとめる。

■本連載は隔週掲載です。

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