無添くら寿司、他社よりサイドメニューが飛び抜けて多い理由

無添くら寿司、他社よりサイドメニューが飛び抜けて多い理由

2017.03.03

ラーメン、カレー、牛丼、天丼……。回転寿司大手の無添くら寿司が提供するメニューだ。もはや大手回転寿司屋でラーメンを食べられるのは当たり前になったが、カレー、牛丼、天丼まで食べられるのは無添くら寿司だけだ。

無添くら寿司のカレーに異変あり

モウカザメとマヒマヒがトッピングに

3月1日、東京都内で無添くら寿司で販売されているシャリカレーの新トッピングに関する発表会が行われた。シャリカレーはご飯に酢飯を使ったカレーで、無添くら寿司では2015年7月に販売開始。後日発売したカレーパン、カレーうどんを合わせ、今日に至るまでに、700万食を販売しており、ラーメンに続くサイドメニューの柱となった。

シャリーカレーの売れ行きを伸ばそうと、無添くら寿司が考案したのは、8種の魚介にスパイスで味付けしたフライドフィッシュだ。使われるのはモウカザメ、マヒマヒといった珍しい魚もある。そんなカレーなどお目にかかったことはなく、それだけで惹かれるし、すごいことをやってきたなというのが率直な感想だ。

「海賊シャリカレー」と称し3月3日から8種類のトッピングのうち毎日1種を販売する。さらに通常のシャリカレーと甘口を一皿で味わえる「甘辛 W シャリカレー」も同時発売

とはいえ、新トッピングでお披露目会を開催しようというのはかなりの意気込みである。サイドメニューに力を入れている証といえるだろう。

サイドメニューが増え始めたのは5年前

そもそも無添くら寿司で、ラーメンなどを初めとしたメニューの多様化が始まったのは、2012年から。回転寿司はファミリー層をターゲットとしたイメージが強いが、メニューを増やすことで、ターゲットの拡大、来店回数の増加が見込める。年齢層を広げるほか、生ものが苦手な人でも、回転寿司屋で食事ができるというわけだ。

2012年から増えだした飯物系サイドメニュー

2012年11月に魚介醤油ラーメンの販売を開始、2013年には天丼とうな丼を、2014年には豚丼、2015年はカレー、2016年には牛丼の販売もスタートしている。本業の寿司が牽引しているものの、サイドメニューの充実化も手伝い、2012年以降の既存店売上高は、前年度を下回ることなく成長を持続、来店顧客数は2013年以降、前年を上回っている。

既存店売上と来店顧客数の推移

サイドメニューを巡る素朴な疑問

現在、大手回転寿司屋はサイドメニューを充実化させる傾向にあるが、圧倒的に種類が多いのが、無添くら寿司だ。各社ともにラーメン、うどんは提供しているものの、メニューの多さは無添くら寿司には勝てない。では、なぜ、無添くら寿司はラインナップを拡充できるのか。その理由を聞くと、なかなか面白い。

4大回転寿司チェーンの飯物系サイドメニューの比較。やはり無添くら寿司が最も多い

くらコーポレーションの広報宣伝部東日本担当の辻明宏マネージャーによると、その答えは、店舗オペレーション、開発体制にあるという。

同社では常に設備投資を他社に先駆けて行っており、回転寿司が廻るレーンでは、寿司をウイルスやつばから守るキャップの"鮮度くん"を導入、そのキャップ埋め込まれたICタグにより、一定時間を経過した寿司は廃棄する、オーダー品は専用レーンを使ってお客に届けるなど、時間効率、人力面において、無駄のない店舗オペレーションが行われている。

こうした徹底的なオペレーションが土台となり、生じた余裕を別の作業に充てる店舗オペレーションが可能になっているという。他社も同様に専用レーンの設置などオペレーションの整備を進めているが、他社より優位にあるというのが辻氏の見立てだ。

辻氏は次のような例も挙げる。「うちでは天丼、牛丼には普通の白米を使っています。酢飯と普通の白米とで炊き分けていますが、他社では人件費やオペレーションの問題でやっているところはないのではないでしょうか」。店舗できることを整えなければ、いくらメニュー開発を行ったところでうまくいかない。それを整備したというわけだ。

もうひとつの開発体制についても納得の答えをくれた。同社は食の安心のこだわりとして、すべての食品から、化学調味料、人工甘味料、合成着色料、人工保存料を排除している。同社ホームページでも、その実現には多くの歳月と投資が必要だったと記されているが、この開発体制自体がスピード感のあるメニュー開発につながっていると辻氏は話す。

たとえば、マヨネーズ。四大添加物排除の姿勢から、20年も前のことではあるが、大手食品メーカーに依頼しても断られたこともあったとし、自社開発せざるを得なかったという。ラーメンにしても出汁からつくる、フライに使用するスパイスも調合から開発する、そうした自前で整える文化があり、多くのサイドメニューを他社に先駆けてリリースできているというのだ。

無添くら寿司はどこへ向かうのか

開発の土台があり、増えていく無添くら寿司のサイドメニュー。しかしながら、ラーメン、カレーと日本人に人気のメニューはすでに押さえてしまっている。今後もサイドメニューのラインナップは増えていくのだろうか。

辻氏は「ハードルは上がっていますが、シャリを使ったシャリカレーのようなものをいくつか考えています」とし、今後に期待してよさそうだ。最後に御社はどんな回転寿司屋なのでしょうかと聞くと「難しいですね……。今のところはサイドメニューもおいしい寿司屋ですね」と返ってきた。

もちろん、無添くら寿司の主役は寿司であり、業績を牽引しているのもやはり寿司。サイドメニューはあくまで一因。辻氏も「サイドメニューばかり注目されますが、中トロも脂身の割合が多いものにしたり頑張っているんですよ」と本業での努力もアピールする。そうは言いつつも、日に日にサイドメニューの存在感は大きくなっているのは事実だ。この先もサイドメニューが充実したときに、無添くら寿司のイメージはまた少し変わったものになっていきそうだ。

メルカリ出し抜くラクマ、売上金の「楽天キャッシュ」チャージ額が5億円を突破

メルカリ出し抜くラクマ、売上金の「楽天キャッシュ」チャージ額が5億円を突破

2019.01.22

ラクマ売上金の「楽天キャッシュ」チャージ額が累計5億円に

同様のサービスを構想しているメルカリを先行する形に

楽天は1月21日、フリマアプリ「ラクマ」において、取引で発生した売上金のうちオンライン電子マネー「楽天キャッシュ」へチャージした累計額が2018年12月末に5億円を突破したと発表した。

ラクマでの売上金を楽天キャッシュへチャージする機能は、2018年7月より提供開始されている。チャージした電子マネーは、楽天会員向けのグループ各種サービスで利用できるほか、ローソンやファミリーマートなど「楽天ペイ」対応店舗での決済でも利用可能だ。

2017年8月1日から開始されたローソンでの支払いに続いて、2018年12月4日からはファミリーマートでも楽天ペイが使用できるようになった

同じくフリマアプリを展開するメルカリは、100%子会社「メルペイ」で同様のサービスを構想している段階であり、この分野においてはラクマが1歩先行する形になった。

現状、メルカリで得た売上金をメルカリ以外で使う場合は、一度口座に振り込む必要がある。また、売上金には180日という「振込申請期間」が設定されており、その期間中に「口座に振り込む」か、メルカリ内で使える「ポイントを購入」するか、選ばなければならない。ただし振込の場合、1万円未満だと210円の手数料が発生する(2018年1月21日時点)。ラクマの売上金チャージ機能と比較すると、どうしても見劣りしてしまうだろう。

ちなみに筆者もメルカリユーザー。現状、売上金が合計1万円に満たないため、振込手数料を発生させずに現金に換えるためには、あと1540円分の売り上げが必要になる (画像はメルカリアプリより)

しかし、少し古いデータではあるが、2018年5月31日のニールセン デジタルの発表によると、スマートフォンからの利用率の高いオークション/フリマサービスは、1位がYahoo! オークションで25%、2位がメルカリで23%、3位がラクマで11%であることがわかっており、同じフリマサービスであっても、ラクマの利用率はメルカリの半分であるのが現状だ。

メルカリのダウンロード数は2018年11月14日時点で7500万、ラクマが同年10月時点で1500万と、両サービスの普及率にも差があることからも、日本におけるフリマ市場のバランスがすぐにひっくり返ることはないだろう。

だが、ラクマが売上金をさまざまなサービスに使えるという実用性で、メルカリとの新たな差別化ポイントを生み出したことは、新規ユーザーの獲得に少なからず貢献しそうだ。

ラクマ売上金のチャージ額が5億円突破したことは、ユーザーの「アプリ内の売上金を別の場所で使いたい」というニーズの強さの証明ともいえよう。こうしたユーザー視点に立った機能の追加による消費体験の向上が、フリマ市場にどのような影響をもたらすのか、キャッシュレス決済市場への参入が期待される、メルカリの動向と合わせて注目したい。

1000字の描き直しを越えて ―ナール制作の舞台裏

最初の書体感覚をもち続けることのむずかしさ

写研で書体デザインの責任者を務めていた橋本和夫さんに衝撃を与えた書体、ナール。作者の中村征宏氏が第1回石井賞創作タイプフェイスコンテスト応募時に書いた設計意図は、次の通りだ。

〈縦組みの場合にも、横組みにも字間のバランスがムリなく一つの流れを持つことを念頭におき、ボディータイプとして、従来使用されなかった丸ゴシック系のタイプフェイスを試みた。字面をいっぱいに使い、文字のエレメントを強調し、細い線で構成することによりシンプルさを求めた。字面を大きく使うことが字間の問題に関連し、字間のバランス調整のための切り貼り、字詰めの工程を少しでも短縮することができるのではないかと思う。その結果、組み上がりにおいて、集合の調和が生まれるのではないかと思う。広告制作物などにおいて、コピーやサブ・タイトルなどに適するのではないかと考える。〉(*1)

中村征宏氏の著書『文字をつくる』(美術出版社、1977年)

1970年(昭和45)5月18日にコンテスト授賞式が開催されたのち、写研からの文字盤発売に向けて、同年8月ごろから本格的な書体制作が始まった。必要な文字数は漢字が約5400字、ひらがなとカタカナで約150字、アルファベット約100字、その他(約物、記号など)約200字で、合計約5800字だ。写研の監修を受けながら、原字はすべて中村氏が描いた。監修を担当したのは橋本さんである。

約5800字の原字を描くのは、想像以上に大変な作業だ。橋本さんは語る。

「コンテストに応募するときに描いていただくのは、漢字50字とひらがなカタカナ、そして記号の一部だけです。それを1枚のパネルに構成するので、文字構成としては、まとめやすい。ところが、文字盤化する際には約5800字を1文字1文字描くことになり、完成するまでの年月は2年はかかります。外部デザイナーの方と書体をつくるようになって、われわれが一番苦労したのは、“今月と来月では、仕上がってくる書体の雰囲気が変わってしまうことがある”ということでした」

「文字を増やす際に字種リストを渡すのですが、『何の文字をつくるか』を見るためのリストのはずが、長い間ながめているうちに、つくっている文字がリストの文字に似てきて、当初のデザインと雰囲気が異なってきてしまった。ナールは既成概念をくつがえす、突き抜けたデザインの丸ゴシック体だったはずなのに、描き進むうちに最初のデザイン思想から離れ、持ち味が失われるということが起きたのです」

原字を描き進めるうち、コンテストのオリジナルデザインから、いつのまにか特徴が変わってしまっていたのだ。そのままでは、まるで違う書体になってしまう。結局、途中で1000字分を描き直すことになった。

中村氏もこのことを振り返り、著書に〈人の感覚は徐々に変化するものには気づきにくいものですから、いつも最初の見本と照らし合わせながら書き進めることが大切です。このようなことは、太さだけのことではなく字形とか感覚面でも同じようなことがいえます。感覚もときがたつことによってどんどん変化するものですが、とくに最初の感覚は大切にしていきたいものです〉と書いている。(*2)

悩ましい文字

「もうひとつ、ナールを監修したなかで、ひどく悩んだことがありました。ナールは、字面いっぱいに真四角に描かれた書体です。たとえばひらがなの『り』は通常は縦長、『へ』は横長の形をしていますが、これらの文字すら、できる限り正方形に近づけて描かれている。ぼくが悩んだのは、『々』という漢字でした」

ナールでは、縦長の「り」、横長の「へ」も正方形にかなり近い

「時々」「常々」「佐々木」など、同じ漢字を繰り返すことを表すときに用いられる「々」の字だ。

「常識的にいえば、この字は他の漢字よりも小さく描きます。では、通常は縦長、横長など固有の形をもつひらがなですら正方形に近づけているナールでは、どういう大きさにすればよいのか? 最初は『々』も他の漢字と同じ大きさで、真四角にするのがよいと思ったのですが、いざつくってみると、やはり少しは他の漢字より小さくしなければ『々』に見えないとわかりました」

「他の書体をつくるときにも『々』をどういう大きさにするか、いつも考えるのですが、ナールのときにはとりわけ悩んだものでした」

また、こうした試行錯誤を経て、「文字を図形化する際も、かなと漢字の使い方に意味のあることをあらためて認識しました」という。

新聞雑誌、広告から、道路標識まで

途中で1000字の描き直しなどがあったものの、コンテストから2年後の1972年(昭和47)、ナールは写研写植機用の文字盤として発売された。書体名は、「中村」の “ナ” と、丸みを表す言葉である「ラウンド」の頭文字 “R” をとって「ナール」とつけられた。(*3)さらに、ナールと組み合わせて使うことを想定した中太の「ナールD」の文字盤も1973年(昭和48)に発売された。

ナールD(上)とナール(下)

中村氏はコンテスト応募当時、ナールを本文書体と考えていたが、いざ発売されてみると、広告や雑誌、新聞などの見出しなどに使うディスプレイ書体として大人気となった。ポスターや広告のキャッチフレーズ、テレビの字幕、道路標識などに幅広く使われ、一世を風靡した。

「タイポスによってデザイナーのつくる書体が注目され、少女たちが丸文字を書くようになっていく流れのなかで登場したナールは、『時代に乗った』ともいえますが、むしろ『時代をつくった』書体といえるでしょう。写植の文字はナールの登場によって、それまで職人が手描きしていたレタリング文字の分野に浸透していった。“新書体ブーム”の幕開けでした。そうして写植の機械は、単に文字を印字するだけでなく、多彩なディスプレイ書体によって雑誌や広告にファッション性を生み出す手段のひとつとして、とらえられるようになっていったのです」

(つづく)

(注)
*1:中村征宏『文字をつくる』(美術出版社、1977年)P.80
*2:同書 P.21
*3:『文字に生きる〈写研五〇年の歩み〉』(写研、1975年)P.127

話し手 プロフィール

橋本和夫(はしもと・かずお)
書体設計士。イワタ顧問。1935年2月、大阪生まれ。1954年6月、活字製造販売会社・モトヤに入社。太佐源三氏のもと、ベントン彫刻機用の原字制作にたずさわる。1959年5月、写真植字機の大手メーカー・写研に入社。創業者・石井茂吉氏監修のもと、石井宋朝体の原字を制作。1963年に石井氏が亡くなった後は同社文字部のチーフとして、1990年代まで写研で制作発売されたほとんどすべての書体の監修にあたる。1995年8月、写研を退職。フリーランス期間を経て、1998年頃よりフォントメーカー・イワタにおいてデジタルフォントの書体監修・デザインにたずさわるようになり、同社顧問に。現在に至る。

著者 プロフィール

雪 朱里(ゆき・あかり)
ライター、編集者。1971年生まれ。写植からDTPへの移行期に印刷会社に在籍後、ビジネス系専門誌の編集長を経て、2000年よりフリーランス。文字、デザイン、印刷、手仕事などの分野で取材執筆活動をおこなう。著書に『描き文字のデザイン』『もじ部 書体デザイナーに聞くデザインの背景・フォント選びと使い方のコツ』(グラフィック社)、『文字をつくる 9人の書体デザイナー』(誠文堂新光社)、『活字地金彫刻師 清水金之助』(清水金之助の本をつくる会)、編集担当書籍に『ぼくのつくった書体の話 活字と写植、そして小塚書体のデザイン』(小塚昌彦著、グラフィック社)ほか多数。『デザインのひきだし』誌(グラフィック社)レギュラー編集者もつとめる。

■本連載は隔週掲載です。

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