【エス・エム・エス】巧みなM&Aで12期連続増益 世界の医療従事者囲い込む

【エス・エム・エス】巧みなM&Aで12期連続増益 世界の医療従事者囲い込む

2017.03.03

【エス・エム・エス】巧みなM&Aで12期連続増益 世界の医療従事者囲い込む

 創業以来12期連続増収増益であり、今後ますます需要が高まると考えられるヘルスケア関連の人材紹介、情報サイト等運営企業であるエス・エム・エス<2175>。2015年にはアジア・オセアニア地域で170万人の医療従事者の会員を持つ医薬情報会社を三井物産<8031>と共同買収した。世界の高齢者人口の増加を追い風にM&Aも巧みに活用して海外事業を拡大する当社の戦略を紐解きたい。

【企業概要】看護師、介護職向け人材紹介が主力

 エス・エム・エスは2003年4月に創業社長の諸藤周平氏のもと設立され、2008年3月に東証マザーズに株式を上場。「高齢社会に適した情報インフラを構築することで価値を創造し社会に貢献し続ける」というミッションを掲げ、高齢社会で求められる事業領域として介護、医療、キャリア、ヘルスケアに取り組んでおり、日本だけでなく海外においても、様々なヘルスケア関連情報サイトを提供している。

 介護分野では、介護保険請求、求人広告、営業支援等のサービスを提供し、介護事業者の経営全般の総合的支援サービス「カイポケ」を中心に、介護事業所検索や、介護に関わる家族やケアマネジャーに特化したコミュニティサイトを複数運営している。

 医療分野では、看護師向けの通信販売を行う「PURE NURSE」や、看護師向けの出版サービス、薬剤師/役学生向けコミュニティ「ココヤク」、事務長向け情報サイト「じむコム」等を運営している。

 そして主力のキャリア分野では、看護師や理学療法士、ケアマネジャー、介護職向け人材紹介をはじめ、求人情報サイトや合同就職フェアを開催している。

 ヘルスケア分野では、健康に関するQ&Aサービスや認知症情報ポータルサイトを運営している。最後に海外分野では、シンガポール等13カ国に対して医療情報サービスの提供等を行っている。

【経営陣】コンサル出身の後藤氏が社長

 後藤夏樹社長は2004年にアイ・ビー・エム ビジネスコンサルティングサービスに入社後、2007年5月にベイカレントコンサルティングに入社し、同年12月に当社に入社している。その後2009年6月に取締役に就任し、海外事業本部長を経て2014年4月に、創業社長である諸藤氏の後継として当社代表取締役に就任している。40歳。

【株主構成】創業者、3割近くを所有

エス・エム・エスの上位株主
氏名又は名称 所有株式数(株) 持ち株比率(%)
諸藤周平 10,199,600 24.35
日本トラスティ・サービス信託銀行(信託口) 2,143,900 5.12
Northern Trust Co. 1,782,300 4.25
田口茂樹 1,727,600 4.12
アズワン 1,680,000 4.01
日本マスタートラスト信託銀行(信託口) 1,622,200 3.87
State Street London Care of State Street Bank and Trust 1,340,000 3.20
State Street Bank and Trust Company 1,093,870 2.61
エムスリー 1,039,700 2.48
The Bank of New York 929,615 2.22
23,558,785 56.24
上記のほか、自社株式1,330,272株あり。2016年3月末時点、有価証券報告書に基づき作成

 創業社長である諸藤周平氏が現在も筆頭株主であり、同じく創業者である田口茂樹氏も第4位株主となっている。その他大株主としては、上場前から継続保有しているアズワン<7476>、エムスリー<2413>がある。 上記のほか、自社株式1,330,272株あり。2016年3月末時点、有価証券報告書に基づき作成。

【M&A戦略】国内は看護・介護、海外は医療分野で買収

 買収を重ねて事業拡大している当社のM&A戦略を読み解きたい。

エス・エム・エスの沿革と主なM&A
年   月   内容
2003年4月 株式会社エス・エム・エスを設立
2005年12月 エムスリー株式会社と資本業務提携
2008年3月 東京証券取引所マザーズに株式上場
2009年4月 TRIAX Vietnam Co., Ltd.の出資持分を取得し、子会社化。ベトナムにSMS Vietnam Co., Ltd.を設立(100%出資)
2009年8月 アンファミエより、看護学生向け求人情報サービス「ナース専科」事業等を約12億円で譲受
2009年12月 エムスリー株式会社と共同新設分割にてエムスリーキャリア株式会社を設立(49%出資、関連会社化)
2011年8月 株式会社ケア・リンクより、認知症に特化した介護をする家族向けコミュニティ「認知症ねっと」を譲受
2011年9月 看護師向け通信販売「PURE NURSE」を運営するエンジェリーベP&Nの全株式を取得し、子会社化
2011年9月 韓国の看護師向けコミュニティ「NURSCAPE」を運営するNurscape Co., Ltd.の80%を取得し、子会社化
2011年12月 東京証券取引所市場第一部に上場市場を変更
2012年1月 台湾に知恩思資訊股份有限公司を設立(設立時100%出資。現在は90%)
2012年4月 メディキャスト株式会社より医療/介護/福祉に特化したセミナー/研修情報検索サービス「Meducation」を譲受
2012年6月 コールセンター業務等を目的とした株式会社エス・エム・エスサポートサービスを設立(100%出資)
2012年7月 ベトナムにてLuvina Software Joint Stock Companyの株式を取得(21.5%出資、関連会社化)
2013年1月 マレーシアにSenior Marketing System Sdn.Bhd.を設立(100%出資)
2013年4月 タイにSenior Marketing System (THAILAND) Co., Ltd.を設立(49%出資、2014年4月より連結子会社化)
2013年4月 介護事業所検索及び高齢者向け住宅情報「かいごD」を運営開始
2013年5月 台湾で介護施設・患者向け慢性病処方薬の宅配をする台灣健康宅配科技股份有限公司の52.5%を取得し、子会社化
2013年7月 シンガポールにSenior Marketing System Asia Pte. Ltd.を設立(100%出資)
2013年10月 スリランカにてeChannelling PLCの株式を取得(29.9%出資、関連会社化。2014年6月に追加取得し、子会社化)
2013年11月 フィリピンにSMS Philippines Healthcare Solutions Inc.を設立(99.995%出資)
2013年12月 インドネシアにPT. Senior Marketing System Indonesiaを設立(100%出資)
2014年1月 ファクタリング事業等を目的とした株式会社エス・エム・エスフィナンシャルサービスを設立(100%出資)
2014年1月 オーストラリアにてEhealthwise Services Pty Ltdの全株式を取得し、子会社化
2014年4月 通所・訪問介護等の介護事業を目的とした株式会社エス・エム・エスメディケアサービスを設立(100%出資)
2014年12月 マレーシアにてCentium Software Sdn Bhdの株式51%を取得し、子会社化
2015年1月 会社分割により、人材紹介、求人情報サービス等を目的とした株式会社エス・エム・エスキャリアを設立(100%出資)
2015年4月 地域医療連携支援システム運営のエイルの72.2%を取得し、子会社化
2015年8月 シンガポールにWadoc Ptc. Ltd.を設立(100%出資)
2015年10月 東南アジア等で医薬情報サービスを運営するMedica Asia(MIMSグループ)の株式60%を154百万米ドルで取得し子会社化
2016年5月 台湾の知恩思資訊股份有限公司の全持分を売却
2016年9月 スリランカのeChannelling PLCの全持分を売却

 エス・エム・エスは国内、海外を問わず買収を積極的に行っている。

 国内では、まずは2009年8月に、アンフェミエから看護学生向け求人情報サービス「ナース専科」事業等を約12億円で譲り受けている。看護師の新卒採用業界で高いシェアを持つ事業を、看護師の中途採用向け人材紹介業で高いシェアを誇る当社が取り込むことで、看護師の就職において一貫したサービスを提供することが可能となった。

 その後、2011年9月に看護師向け通信販売サイト「PURE NURSE」を運営するエンジェリーベP&Nを買収している。当社の運営する看護師/看護学生向けコミュニティサービス及び看護師向け人材紹介サービスとPURE NURSEの連携は、エス・エム・エスにとって看護師との関係性強化につながり、またエンジェリーベP&Nにとっては効率的な新規顧客の獲得につながるもので、両社の課題解決において有効であると考えたようだ。

 また2015年4月には、多数の介護・医療事業者が導入している地域医療連携支援システム提供のエイルを買収した。当社が培ってきた介護・医療事業者及び従事者とのコネクションを活用し、エイルのシステム普及を加速させ、地域医療介護連携のプラットフォームにすることで、在宅療養や地域医療連携を進めていく考えのようだ。

 その他、2011年8月には、ケア・リンクより、認知症に特化した介護をする家族向けコミュニティ「認知症ねっと」を、また2012年4月にはメディキャストからヘルスケア関連のセミナー等検索サイト「Meducation」を譲り受けている。

アジアの医薬情報会社と三井物産と共同買収

 海外については、自社で子会社立ち上げを行うとともに、M&Aを通して現地企業を買収することで、現地の医療従事者の囲い込み、患者向けサービスの提供や病院等事業所向けサービスの拡充等、様々な事業機会を生み出そうとしている。

 例えば2011年9月には韓国の看護師向けコミュニティ「NURSCAPE」を運営するNurscape Co., Ltd. の80%を取得し、また2013年5月には台湾で介護施設や患者向け慢性病処方薬の宅配サービスを運営する「台灣健康宅配科技股份有限公司」の52.5%を取得している。

 また2013年10月にスリランカの患者向けに、病院を利用する際の医師とのアポイントメントサービスを提供しているeChannelling PLCの株式を取得(29.9%出資)し、その後2014年6月に株式を追加取得して子会社化。2014年にはまず1月にオーストラリアにおいて病院向けに医療費の請求プロセス電子化サービスを提供しているEhealthwise Services Pty Ltdを子会社化し、同年12月にはマレーシアにおいて病院情報システムの開発・販売を行っているCentium Software Sdn Bhdを子会社化している。

 そしてなんといってもエス・エム・エス最大の買収は2015年10月、MIMSグループ(Medica Asia)の三井物産との共同買収だ。両社で約300億円を支払い、エス・エム・エスは Medica Asia 株式の 60%を、三井物産は40%を保有することとなった。MIMSグループはアジア・オセアニア地域 12 カ国と香港で、医薬情報サービスを書籍、ウェブサイト、モバイルアプリ等のマルチチャネルで提供しており、医療従事者の会員数は約 170 万人にのぼり、中でも医師は多くの国で高い会員登録率を有している。また、その強固な会員基盤を活かし、域内の製薬企業との間で幅広い取引関係を構築している。本件買収により MIMS グループをアジア・オセアニア地域での事業展開の核とすることで、海外戦略を強力に推進し、さらなる成長を実現していくとのことだ。

【財務分析】12期連続増益も自己資本比率は急低下

 エス・エム・エスは事業領域である高齢社会に関連する市場の拡大を背景に、12期連続の増収増益を達成している。2016年3月期の連結売上高は前期比27%増の190億円、営業利益は33%増の27億円だった。キャリア関連事業の拡大や、買収したMIMSグループが寄与した。2017年3月期も売上高が前期比26%増の240億円、営業利益が32%増の36億円と大幅な増収増益を予想している。

 分野別にみると、キャリア分野の売上が圧倒的であり、2016年3月期では7割近くを占めている。またMIMSグループの買収が寄与し、2015年3月期から2016年3月期までで、海外分野が3倍以上に伸長している。

 バランスシート面では、MIMSグループの大型買収に伴い190億円の大型借入を三井住友銀行から行ったことに伴い、無借金経営で高い水準にあった自己資本比率は20%に急低下した。今後の改善が望まれる。

【株価】将来性を評価、大型買収後も堅調

 株価は2008年3月の上場からしばらくは大きく変動していなかったが、2013年に入ってからは右肩上がりであり、2015年10月のMIMSグループ買収及び大型借入発表直後も、エス・エム・エスへの信頼感や将来への期待からか、順調に推移している。

【まとめ】高齢者増加を背景に海外事業を拡大

 今後は買収したMIMSグループを核として海外事業の拡大をより積極化していくことだろう。一方で漫然とサービス提供国を広げていくわけではないようで、2016年に入って子会社の知恩思資訊股份有限公司(台湾)や、eChannelling PLC(スリランカ)の全持分を売却しており、事業ポートフォリオの見直しを進めているように見受けられる。日本のみならず、世界の高齢者増加を背景に事業を拡大していく当社の今後にこれからも注目したい。


この記事は、企業の有価証券報告書などの開示資料、また新聞報道を基に、専門家の見解によってまとめたものです。

文:M&A Online編集部

CESで大注目の「折り曲げられるスマホ」、普及の見込みは?

CESで大注目の「折り曲げられるスマホ」、普及の見込みは?

2019.01.18

中国メーカーが自在に折り曲げられるスマホを実現

「大画面×コンパクト」を両立する夢のデバイス、実用性は?

端末の魅力を引き出すアプリ登場が普及のカギか

米ラスベガスで開催された世界最大級の家電見本市「CES 2019」では、2019年のトレンドを先取りする新ガジェットが一堂に会した。その中でも一際大きな注目を浴びたのが「折り曲げられるスマホ」だ。商品化にこぎ着けたのは世界初という。

折り曲げられるスマホ「FlexPai」

スマホの画面サイズが大型化を続ける中、iPhone SEのような小型スマホを求める声は依然として多い。そこで登場した折り曲げられるスマホは、「大画面」と「コンパクト」を両立する夢のデバイスに見える。果たして普及の可能性はあるだろうか。

自在に折り曲げられるスマホ、中国メーカーが実現

折りたためる2画面のスマホというアイデア自体は、実はそれほど目新しいものではない。NTTドコモとZTEが共同開発した「M Z-01K」などは、現行モデルとして国内で販売中だ。

だが、従来の2画面スマホはヒンジを用いて2つの画面をつなげたものに過ぎなかった。その後、液晶とは異なる特性を持つ有機ELが登場したことで、ディスプレイを紙のように自在に折り曲げられることも夢ではなくなった。

有機ELの「曲げに強い」という特性は、多くのスマホに活用されている。サムスン電子のGalaxyシリーズが画面端を曲面にしたスマホを発売後、ソニーモバイルシャープもこの形状を採用している。

これを推し進め、開くとタブレットのような大画面、2つに折り曲げるとスマホサイズという端末の可能性が見えてきた。そして2018年10月、中国のRoyoleが、世界で初めての折り曲げられるスマホ「FlexPai」を商品化したのだ。

中国Royoleのブース。フレキシブルディスプレイを使った様々な製品が並んだ

CES 2019では韓国のLG電子が巻き取り式のテレビを発表するなど、「曲がるディスプレイ」が会場全体で話題になっていた。そうした下地もあって、Royoleの出展ブースには来場者の行列が絶えず、展示機がバッテリー切れを起こすほどの盛況となっていた。

実用性はさておき、スマホの進化の可能性を示した

FlexPaiの特徴は、開いた状態ではタブレットに近い形状になり、そこから自由に折り曲げできる点にある。従来の2画面スマホとは異なり、広げた状態でも画面の境目がないため、タブレットと同じ感覚で利用できる。

広げた状態ではタブレットのように使える

メーカーが挙げるメリットは、複数のニーズごとの端末を1台に集約できることだ。大画面が欲しい人の中には、スマホとタブレットを両方持ち歩いている人もいるだろう。だがFlexPaiなら持ち歩くのは1台で済むというわけだ。

折り曲げた状態では一般的なスマホと同じように使える

折り曲げというギミックから、耐久性に不安を覚えるものの、20万回程度の折り曲げに耐えられるという。ただ、折り曲げると厚みが出るため、スマホのようにコンパクトに持ち歩くことはまだ難しい。

アプリの対応も課題だ。FlexPaiを折り曲げた状態では「表面」と「裏面」に加え、折れ曲がった「エッジ」の3画面を利用できる。FlexPaiの魅力を引き出すには、これら3画面を活用するようなアプリの登場が待ち望まれる。

そこでRoyoleは、FlexPaiをアプリ開発者向けに1,318ドルの価格で先行販売している。まずは開発者にデバイスを手に取ってもらい、どのような活用方法が考えられるか、アイデアを募っていく段階といえる。

会場で実機を試した印象だが、現段階での折り曲げスマホは実用的とまではいえないと思えた。しかしRoyoleという会社の名前を世界に知らしめ、フレキシブルディスプレイの技術を示したという意味では、この発表は大成功を収めたといえるのだろう。

また、サムスン電子など大手スマホメーカーも折りたたみや折り曲げ端末の開発を進めており、グーグルはAndroid OSとして公式サポートを表明している。スマホの次なる進化の可能性を真っ先に示したFlexPaiを、この場の実用性で語るのはお門違いなのかもしれない。

日本車のインテリアには独創的な未来がある? 「1kg展」で感じた可能性

森口将之のカーデザイン解体新書 第12回

日本車のインテリアには独創的な未来がある? 「1kg展」で感じた可能性

2019.01.18

国内主要メーカーの内装デザイナーが集まり展示会を開催

テーマは“1kgの価値”をどこまで高められるか

実車に応用できる? 独創的な作品の数々

国内主要自動車メーカー8社のインテリア・カラーデザイナーが参加する団体「JAID」が初の作品展を開催中だ。“1kg”という重さにこだわり、最新の3Dプリンターを駆使して各社のデザイナーが生み出した作品は独創的で、会場の「GOOD DESIGN Marunouchi」(東京・丸の内)は小さな現代美術館のような雰囲気になっている。

ダイハツ工業のデザイナーが出品した「受け継がれる樹脂」という作品

雑誌の対談が契機となり生まれた「JAID」

「JAID」という名前を初めて目にした人も多いだろう。「ジャパン・オートモーティブ・インテリア・デザイナーズ」の略で、「ジャイド」と読むそうだ。

創立のきっかけとなったのが、自動車雑誌「NAVI CARS」(ナビカーズ)での対談だったと聞いて、「あの号だ!」と即座に思い浮かんだ。クルマのインテリアを特集したナビカーズの2015年7月号で、筆者も別の対談に参加させていただいていたのだ。その号に国内メーカーのインテリアデザイナーが語り合うページがあったことは記憶の片隅に残っていた。

雑誌の売れ行きが落ちているといわれて久しい。それだけに、1つの雑誌の企画からJAIDのようなコミュニティが生まれたことは、モータージャーナリズムに身を置く者として嬉しい気持ちになる。

日産自動車のデザイナーが出品した「∞ Fluff」

価値ある1kgの創造に挑んだデザイナーたち

そのJAIDが企画したのが「1kg展」だ。なぜ“1kg”にこだわるかといえば、クルマの開発に携わる人たちにとって切実な「kg単価」という指標に理由がある。

「kg単価」とは、クルマの開発で使われる値段の単位だ。インテリアデザイナーとしてはkg単価が高い、いわゆる良い素材を使いたいという気持ちは大きいだろう。快適性や安全性の追求、さらには電動化への対応、重量の削減といった視点も持ちながら素材を選んでいるはずだ。

しかし、贅を尽くしてばかりでは車両価格の上昇を招くので、妥協が必要になる。おそらくインテリアデザイナーは、このような状況で悩みながら、新しい素材や仕立て、色などを取り入れるべく、奮闘の毎日を過ごしているのだろうと想像している。

では、そういった制約がなくなったとき、デザイナーたちはこのkg単価をどこまで価値あるものに仕上げられるのだろうか。これが、今回の展示会のテーマだ。最新の3Dプリンターを駆使し、時間や空間、物質としての限界などを飛び越えた作品を独自の着眼点で製作すると同時に、広くカーインテリアデザインの魅力を伝えたい。そんなメッセージのこもった展示会なのである。

ホンダのデザイナーが出品した「風速1kg」

素材と色のコーディネートが味わえる「ハンバーガー」

会場のGOOD DESIGN Marunouchiは、2013年度から通算5回、今年度も含めてグッドデザイン賞の審査員を担当している筆者にとってはなじみ深い場所だ。ところが、「1kg展」の内覧会を訪問した時には、状況がまるで違っていた。いつもは展示物をゆったりと眺めることができる空間なのに、この日はラッシュ時の駅のようにごった返していたのだ。それだけ、インテリアデザイナーの斬新な発想に期待する人が多かったということだろう。

日産のデザイナーが出品した「4D flower」。「1kg展」に作品を持ち寄ったのは、国内大手自動車メーカー7社(ダイハツ工業、ホンダ、三菱自動車、日産自動車、スバル、スズキ、トヨタ自動車)だ

作品の中には、クルマのインテリアデザインとは関係なく、最新の3Dプリンターならではの表現能力の高さをアピールするような作品も見られた。それらを業界の枠を飛び越えた独創的な作品と捉える人もいたようだが、クルマが好きで今の仕事に携わっている(はず)の方々だからこそ、もっとインテリアにこだわって欲しかった。

ただ、クルマのインテリアとの関連性が高い作品が大半を占めていることは確かで、中には独創的な発想や興味深いアイデアも見られた。本稿では独断と偏見で、そのうちの3つを紹介していこう。

まずは、会場の入り口近くに置かれていた「CMFバーガー」だ。「CMF」とはカラー、マテリアル、フィニッシュの頭文字で、ナビカーズでの対談が行われた頃から、自動車に限らずデザイン分野でひんぱんに使われるようになってきた言葉だ。造形だけでなく色や素材、仕立てにも気を配ることで、より完成度の高いデザインが生まれるというような意味が含まれている。

「CMFバーガー」はトヨタのデザイナーが出品

この作品は、CMFのコーディネートを1kgのハンバーガーに見立てて表現したもの。レザーのバンズ、クリアレンズのトマト、加飾素材のチーズやパティ、シート素材のレタスがさまざまな色で用意してあり、好みのバーガーを作り出せる。

3つの作例では、CMFの違いでかなり雰囲気の異なるバーガーを作れることが分かった。バンズを肉抜きタイプにすると総重量が1kgを切るなど、計量化を実感できる仕掛けも盛り込んである。ディーラーが車種別にCMFハンバーガーを用意すれば、顧客は楽しみながらカラーコーディネートを試すことができるかもしれない。

ディーラーに「CMFバーガー」が置いてあったら面白いかも

インテリアをボールにした斬新な作品も

続いて紹介するのは「トランスフォームステアリング」。自動運転が実用化された未来を想定した変形機構を持つステアリングで、手動モードでは伸びて操舵できる状態となり、自動モードでは縮めて格納しておける。全てがマットブラック仕上げだが、グリップ部分、変形部分、外枠部分を別のメーカーのプリンターで製作することで、素材の違いを表現している。

トヨタのデザイナーが出品した「トランスフォームステアリング」

製作したデザイナーはステアリング機能だけを想定していたようだが、左右のグリップをねじることでアクセルやブレーキの操作ができれば、この部分だけで基本的な運転操作ができる合理性の高いインターフェイスになると思った。ペダルがなくなれば、室内レイアウトの自由度も高まりそうだ。

伸ばせば手動運転に使えるし、自動運転中は縮んだ状態で格納しておける

最後は「インテリアボール」だ。写真を見てお分かりのとおり、クルマのインテリアを構成するパーツをボール状のアートとして表現したもので、多くのパーツをまとめ上げ、世の中というフィールドにデザインを“投げ”かけているインテリアデザイナーの仕事をボールの形に込めたのだという。

「インテリアボール」はホンダのデザイナーが手掛けた

展示してあるのは1個だけだが、スポーツの世界では競技によってサイズの違うボールを使うことにも製作者は着目している。使用する材料や加工方法を変えることで、同じ1kgでもサイズや見え方の違った表現ができるそうだ。

しかしながら筆者には、これがボールではなく卵に見えた。卵から生まれる前のクルマ、そのインテリアデザインは、こうなっているのではないかと想像したのだ。同じクルマのエクステリアデザインを卵の殻で表現することで、多くの車種を球形にできれば、一風変わったミニチュアになるのではないだろうか。

JAIDが企画した1kg展の作品群は、それ自体が柔軟かつ斬新な発想から生まれているだけでなく、見ているこちらも創造力が掻き立てられるものだった。この展示会を訪れて、日本の自動車メーカーにインテリアデザインの実力者が多いことに感心するとともに、メーカーには、この実力を引き出して製品に結び付ける能力が求められていることを教えられた。

1kg展の会期は1月25日まで。入場は無料だ。時間に余裕のある方は、一度訪れてみてはいかがだろうか。