長期政権のゴーン日産、ここで社長交代する真意

長期政権のゴーン日産、ここで社長交代する真意

2017.03.07

日産自動車のカルロス・ゴーン社長が2017年4月1日付で同社の社長兼CEO(最高経営責任者)を退任する。同氏は日産がルノーと資本提携し、ルノー/日産連合をスタートさせた1999年に、ルノーが日産COOとして派遣した人物。実に18年も日産の経営を担ってきた。ここでようやくの社長交代となる。

長きにわたり日産を率いてきたゴーン氏が、ついに社長の座を譲ろうとしている

カルロス・ゴーンといえば、自動車産業界を知らない人にも「名経営者」としてその名を轟かせているほどである。1990年代後半の日産経営破綻のなかで、最後に助けを求めたルノーと日産が資本提携したのが1999年3月。実質的にルノー傘下となった日産に再建の旗手として送り込まれてきたのがゴーン氏だった。日産COOとしてゴーン氏が中心となってまとめ、1999年10月に発表した中期3カ年経営計画(中計)「日産リバイバルプラン(NRP)」が日産復活の原点だ。

そこで注目を集めたのが「コミットメント(目標必達)経営」だった。

日本企業にも影響を与えたゴーン流経営

その日産再建計画では、2000年度の黒字化、2002年度の利益率4.5%以上を数値目標として掲げたのだが、一気に目標をクリアした姿は日産のV字回復として話題になり、ゴーン流コミットメント経営は世間に広まった。ゴーン経営はクロスファンクショナルチーム(CFT)の活用やダイバーシティの積極採用など、日本の企業経営や組織のあり方、人材活用などにも大きな影響を与えた。

ゴーン氏が日産に来てから18年が経過したが、同氏はこの間、ルノーの社長・CEOにも就任してルノー/日産連合を確固たるものとした。一方で、その後の日産中計におけるコミットメントはやや色あせてきた感も出てきている。

これを打ち消すだけのインパクトを与えたのが、昨年、三菱自動車を傘下に収めた一件だ。三菱自の再建が前提ではあるが、ルノー/日産連合全体のグローバル販売は世界のトップに伍する1,000万台規模となり、ゴーン氏の世界覇権への野望が現実視されたのだ。

ゴーン氏は、日産の社長・CEOは譲るが日産を退任するわけではない。代表権を持つ会長として、ルノー、三菱自、提携拡大を狙う独ダイムラーなど、アライアンス全体を統括する役割りを強める。いわばグローバル連合のまとめ役に軸足を移すということなのである。

日産の潜在力を引き出した経営手法

筆者は、ゴーン氏が2001年に日産の社長兼CEOの座に就き、日産V字回復を確実にさせた時期にインタビューしたことがあるが、最初に立って握手をした際、筆者より小柄だったのは意外だった。その頃はテレビでもよく見かけたが、映像を通して見ていたのは、大柄で自信満々な外国人だったからだ。限られたインタビュー時間では、大きな身振りを伴う早口でまくしたてたゴーン氏。厳しい質問は上手くそらすな、という印象も受けた。

ゴーン日産の功罪の功は、何よりも日産を早期に再建させたことだ。ゴーン氏は当初「コストカッター」と呼ばれ、工場閉鎖を実施し、サプライヤーの「系列」を一掃した。旧日産には、組合問題など古いしがらみにとらわれ、経営問題にまでつながった体質があった。ゴーン流は欧米での厳しい経営を実践。剛腕とも見られるドライな経営手法が、日産の潜在力を引き出したともいえる。

また、ゴーン氏自身がレバノンからブラジルに渡った祖父の民族性を持つ。つまり、ブラジルで生まれてレバノンで育ち、大学はフランスのエリート校で学び、生まれながらにしてグローバルで生き抜く感覚を植え付けられていたのだ。それがミシュランで若くして頭角を現し、ブラジルと米国でトップ経営者としての力を磨き、ルノーにヘッドハンティングされ、更には日産再建の旗手として脚光をあびることになったのだ。

いずれにせよ、ルノー/日産とダイムラーとの提携を実現させ、三菱自を傘下に収めるなど、世界の自動車業界におけるアライアンス(提携)の成功例を作ったのはゴーン氏の手腕である。

窮地に陥っていた三菱自動車に手を差し伸べた日産

日本市場では苦戦

ただし、ゴーン日産の時代が長くなるにつれて、「そろそろ日本人に社長を譲ってもいいんじゃないか」とか、「ゴーン日産も賞味期限切れだな」といった声が、ちらほら聞こえるようになってきた。

そういった声が聞こえだしたのはなぜか。日本国内市場における日産の販売が低下し、シェアダウンの傾向にあったことも理由の1つだろう。かつて日産の国内販売は、トヨタ自動車をライバルとし、ともに国内市場を引っ張ってきたのだが、最近の日産は、国内販売において第5位の座に甘んじている。

セレナに続きノートを投入、日本市場で巻き返しへ

2016年8月に日産は新型「セレナ」を発売。自動運転レベル2の「プロパイロット」を搭載するなど、新技術を多く採用した新型車は好評を博した。だが、このクルマは日産として国内では2年半ぶりの新車だったのだ。

ゴーン体制がグローバル戦略において、日本市場を軽視していたことは否めない。実に2年半も国内で新型車投入がなかったことで、新型セレナ投入直前の第1四半期(4~6月)の日産の国内シェアは8.3%と一桁台にまで落ち込んだ。他社の販売店からは、「日産ディーラーさんは良く耐え忍んできたね。ゴーン社長は日本市場を軽視しているんじゃないの」との声が聞かれたほどだった。

ゴーン日産がマーケットの大きい米国や中国などを重視しているのは明らかであり、収益性の面からも、日本の比重が小さくなっていたことは確かだ。もっとも、セレナに続き「ノートe-POWER」を投入するなど、商品力を強化し、巻き返しを図る動きも出てきている。

発売から好調を維持し、2017年2月末までに累計6万5,000台を売った新型「セレナ」(左側)。電気自動車の乗り味を実現するパワートレインが話題を呼んだ「ノートe-POWER」もよく売れている

ゴーン氏は電気自動車(EV)で世界覇権を狙うと豪語していたが、そのEV戦略も販売目標とずれて伸び悩んだ。EVでは、むしろ米テスラが世界で話題を集め、日産のお株を奪う動きを示している。

また、ゴーン氏の高額報酬に批判が集まったこともある。日産で10億円、ルノーで9億4,000万円、さらに三菱自の会長報酬も加わるわけで、ルノーの筆頭株主であるフランス政府から注文がついて減額となったのも頷ける。

特徴的なパフォーマンスもゴーン流だが、攻めている状況では強いが、弱い面があると上手く逃げるようなところがあるのは、インタビューでも感じたところだ。

後任の西川氏はコストダウンで力を発揮

ゴーン日産社長の後任は、西川(さいかわ)廣人共同CEOだ。2017年4月に就任する。ゴーン氏62歳、西川氏63歳と同年代の後継となるが、西川氏は購買畑でルノー/日産連合における共同調達によるコストダウンに力を発揮し、頭角を現した人だ。ゴーン氏の信頼も厚く、日産代表として日本自動車工業会会長に送り込んだ時の肩書きは副会長兼CCO(チーフ・コンペティティブ・オフィサー)だった。

ゴーン氏からの信頼も厚い次期社長の西川氏

また2015年秋には、ルノー・日産へのフランス政府の干渉が強まる中で交渉役も務めた。同年暮れに西川氏がパリからテレビ記者会見し、「日産、ルノー、フランス政府が日産の経営の自主性を担保し、アライアンスの将来を守ることで合意した」ことを発表した。

当時の西川氏は、これを受けて「ルノーと日産の信頼関係は、ゴーンCEOの力強いリーダーシップで築き上げられたことは言うまでもありませんが、さらに将来に向けて一歩前進したとも言えるでしょう」との声明を発表した。さらにこの合意の意義について、「ゴーンCEOが退任しても十分仕事ができる関係を築いた」と語っている。この頃からゴーン氏は、西川氏に社長を譲る覚悟を決めていたのだろう。

ルノー/日産連合が、1990年代末から2000年代初頭に起きた世界の自動車メーカー間の合従連衡において、アライアンスの成果を上げたモデルケースとなったことは確かだ。瀕死の状態にあった日産がルノーの援助(カネ、ヒト)によって再生し、一方で再生後の日産は、ルノーの持ち分法適用会社としてルノーに持ち分利益を上納することで、ルノーの業績を支えているという関係にある。

ただ、現在のルノーと日産は株式を持ち合う関係にあるものの、ルノーの日産への出資比率が43.4%であるのに対し、日産のルノーへの出資比率は15%で、かつ日産の持つルノー株には議決権がない。日産はルノーの了解なしにルノー株の売買ができないなど、資本面では不平等な提携関係にあったのだ。

アライアンスの成功例となったルノー/日産連合だが、互いの出資比率には大きな差がある

新中計で問われる日産の真価

日産が進める中期経営計画「日産パワー88」は2017年3月末で終了する。世界販売の市場占有率(シェア)と営業利益率の双方で8%を目指したのだが、ともに届かないことになりそうだ。そういった意味で、ゴーン経営の妙味であったコミットメントは、ここへきて微妙なものとなっているのだ。

ゴーン氏は、三菱自を加えた世界1,000万台規模のトータルアライアンス統括やルノーの経営強化に軸足を移すことになる。三菱自がV字回復を達成すれば、次のステップに進むことも考えられる。つまり、経営者としての実績と栄誉に多額な報酬を得た後は、第二の故郷であるブラジルで大統領となり、経済再建に取り組むという話が、ジョークだとばかりも言っていられない状況なのだ。

日産としては、西川新社長のもとでスタートする新中計の方向性で同社の真価が問われる。ゴーン日産18年からの大きな転機となるのも間違いない。三菱自を加え、ダイムラーとの提携の拡がりも求めるルノー/日産連合。その中核企業として、日産は立ち位置を確保していくことができるか、ということになろう。

「コミケ有料化」の経緯と“DB”の哲学

カレー沢薫の時流漂流 第20回

「コミケ有料化」の経緯と“DB”の哲学

2018.12.17

漫画家・コラムニスト カレー沢薫さんの社会派連載!

第20回は、盆暮れにやってくるオタクの祭典「コミケ」の有料化について

来年の話になるが、2019年からコミケことコミックマーケットが有料化するそうだ。

このニュース、「ガタッ」と席を立った人と興味ゼロな人、真っ二つだと思う。私だって「渋谷ハロウィン有料化」と言われたら、「別にいいんじゃないすか、知らんけど」と答えるだろう。

コミケの「入場料」、参加者の反応は

まずコミケとは同人誌即売会の事である。よく知らない人からすれば、アニメや漫画のキャラクターを使った破廉恥極まる漫画、すなわちDB(ドスケベブック)が並んでいる場所というイメージがあるかもしれないが、その印象はまったく間違っていない。

しかしDJB(ドスケベじゃないブック)もあるし、手作りのグッズやアクセサリーを売っている人もいる。また企業の参加も多く、もはや、どんたくやねぶたに並ぶ大きな「祭」と言っていいだろう。

そのコミケだが、東京オリンピックの影響を受けて、長らく会場として使っていた東京ビッグサイトが使えなくなり、中止になるのではという噂があった。結局、中止されることはなかったが、東京ビッグサイトと青海展示場の2か所を会場とし、期間を4日にして開催される予定のようだ(従来は3日)。

しかし、従来のコミケより規模を縮小することには変わりなく、収益は例年より減るのに、警備費などの費用がいつもよりかかると予想されており、DBなどを売る側である「サークル」から徴収する「サークル参加料」だけでは採算がとれないので、買う側である一般入場者側からも金をとることにしたようだ。

これに関しては概ね「仕方ない」という反応が多いそうだ。虎穴に入らずんば虎児を得ずと同じように、入場料を払わなければDBを得られないと言われれば払うしかない。また、そうしないとコミケ自体が成り立たないと言うなら、参加者として協力せざるを得ないだろう。

だが、オタクが金を惜しまないのはあくまでDBもしくはDJB本体に対してだけだ。DBを買う時に「値札を見る」というのは「集中力に欠ける」としか言いようがない。表紙の破廉恥極まる推しの姿以外が視界に入るようではまだ青い。

また、同人誌即売会で売られる本というのは「数に限りがある」。よって目当ての本というのは「買えるか買えないか」でしかなく、「いくらか」は関係ない。

たとえページ数に対し割高な値段であろうとも、どうせ明日には転売野郎が同じ商品を法外な値段でオークションに出すのだ。それだったら相場の何倍だろうが、「目が眩むほど推しを破廉恥に描いてくださったご本人」の懐に入ってくれた方がありがたい。むしろその金を元手にもっと描いて欲しい。

別の例で言えば、ライブのチケットでも、まずチケットが取れたことが嬉しく、チケット代がいつもより安いとか高いとかはあまり考えないだろう。しかしイープラスなどに払う「手数料」までどうでも良いかというと、「てめえはダメだ」という人も多いのではないか。

コミケも、その入場料でDBが1、2冊多く買えたと思えば、惜しいと感じなくもない。そのため、コミケ有料化自体は容認しても、それを引き起こした東京五輪に対して怨嗟の声をあげている者はいるようだ。

門外漢からすれば「どう考えても東京五輪の方が重要じゃないか」と思うかもしれないが、これは「野球中継でDB(ドラゴンボール)が見られない」のと同じことなのだ。野球という名の東京五輪に興味がない者にとっては、そのせいでDB(ドラゴンボール)という名のDB(ドスケベブック)が買えないとなると、東京五輪を苦々しく思わずにはいられない。

DBとDJBの境界線

だが有料化によるメリットもあるようで、特に「年齢確認が楽になる」といわれている。

当然だが、DBは18歳未満には売ってはいけない。よって、販売時には身分証明書を提示するというのが一応の決まりになっているが、混雑時に一人ひとり確認するのは手間だし、だからと言って確認せず18歳未満に売ってしまったら、売った方が怒られる。

2019年開催のコミケでは、入場料を払った時点で入場者にはリストバンドが渡され、それが2会場の入場券の代わりになる。入場料支払い時点で年齢確認を行い、リストバンドの色などで18歳以上か未満かわかるようにすれば、いちいち売り場で確認しなくても済む。

この18歳以上を示すリストバンドは、私もコミケじゃない同人誌即売会で利用したことがある。入場料を払う時ではなく、入場待機しているところに係の人が回ってきて、「18禁本を買う予定の18歳以上の方は挙手してください」というシステムだった。

「我々はスポーツマンシップに則りエロ本を買います」と選手宣誓をしろということになるが、同人誌即売会に来ておいてDBを買うことを隠したいというのは、ヌーディストビーチに来ておいて「脱がなきゃダメ? 」と言っているようなものだ。

続々と手があがり、その場で免許証などによる年齢確認が行われ、確認が済んだ者には「エロ本買えますリストバンド」が渡された。これは売り場での年齢確認制より格段にスムーズであり、1分1秒を争う会場内では実に便利であった。

コミケでなくても、「ゾーニング」は大きな問題となっている。有料化と2会場化を機に、DBとDJBの線引きがさらに厳格化していくのかもしれない。

なぜTBSラジオは「スペシャルウィーク」をやめるのか

なぜTBSラジオは「スペシャルウィーク」をやめるのか

2018.12.17

聴取率争いに自ら終止符? TBSラジオの決断

ラジコの普及で重要性を増すリアルタイムの聴取者数

「ノンリスナーのリスナー化」がラジオ業界の至上命題

TBSラジオが「スペシャルウィーク」をやめる――。11月29日(木)深夜の「木曜JUNK おぎやはぎのメガネびいき」(毎週木曜深夜25時からTBSラジオで生放送)でこの件が話題になった時は、初耳だったので驚いた。なぜ、こういう決断に至ったのか。TBSラジオのスペシャルウィークは今後、どうなるのか。TBSラジオの三村孝成社長に聞いた話も交えてお伝えしたい。

TBSラジオは12月8日(土)、AM波を送信している戸田送信所(埼玉県戸田市)の使用電力を再生可能エネルギーに切り替え、「ナイツのちゃきちゃき大放送」(毎週土曜日、朝9時から午後1時までの生ワイド番組)内でセレモニーを実施。この機会を捉え、TBSラジオの三村社長(左端)に話を聞いた

ラジオの「スペシャルウィーク」とは何か

本題に入る前に、まず、ラジオのスペシャルウィークとは何かをおさらいしておきたい。

スペシャルウィークと密接に関係するのがラジオの「聴取率」だ。これはビデオリサーチという会社が調べているもので、調査は首都圏、関西圏、中京圏の3カ所でアンケートを実施して行う。

そのうち、首都圏の調査を取り上げて中身を詳しく見ていきたい。まず、調査の対象エリアは東京駅を中心とする半径35キロ圏内となっている。対象者は12歳~69歳の男女個人、標本数はおよそ3,000人。調査回数は1年に6回(偶数月)で、その調査月のうち1週間を「聴取率調査週間」に設定し、「その期間中にラジオを聴いたか」「どんな番組を聴いたか」といったことをアンケートで調べて聴取率を算出する。

つまり、ラジオの聴取率というのは、首都圏でいえば、年に6回の「聴取率調査週間」の間に、アンケート調査を受けた人が、ラジオを聴いていたかどうかによって決まる。1分ごとの数字をはじき出すテレビの「視聴率」とは、かなり性格の違う指標だということが分かる。

こういう調査方法であることから、ラジオ局は聴取率調査週間に合わせて、通常放送とは違う企画、通常放送とは違うパーソナリティーの起用、リスナーへのプレゼント企画、豪華ゲストの起用といった特別な施策を実施する。これがスペシャルウィークだ。

約150mのアンテナがそびえ立つTBSラジオ戸田送信所。1,900万戸にAM波を届けるTBSラジオの基幹送信所で、使用電力は月間11万キロワットだ。再生可能エネルギーは「みんな電力株式会社」が供給する。電力は新潟県上越市の小規模水力発電施設などから調達する

ラジオ局によって呼称は異なるかもしれないが、聴取率調査週間をスペシャルウィークと位置づけ、特別なキャンペーンを展開したり、番組の内容を変えたりする手法は業界では一般的だ。

そんな中、TBSラジオは、この調査期間をスペシャルウィークと呼称することをやめると宣言した。その期間中に、局を挙げて特別なキャンペーンを打つことも、今後はしないという。つまり、聴取率を上げるために調査週間を狙って特別企画を展開するのはやめて、今後は時期を自ら考えて特別な取り組みを行うという態度を鮮明にしたのだ。

なぜ、こういう決断をしたのか。TBSラジオは17年4カ月の間、聴取率で業界トップを走り続けているにも関わらずだ。

聴取率トップでも放送収入が上がらない現状

決断の背景として、まず注目したいのは、聴取率で業界トップのTBSラジオでさえ放送収入が上がっていないというラジオ業界の現状だ。業界全体で見ても、広告収入は25年間、ずっと下がり続けている。

それに、ラジオの聴取率も過去に比べれば低迷している。前述したビデオリサーチの調査によれば、2018年10月の首都圏の「全局個人聴取率」(12~69歳、男女、週平均)は5.2%。この数字、1990年代には9%くらいあったそうだ。

スペシャルウィークに注力した結果、聴取率で業界トップに輝いたとしても、収入は上がらないし、ラジオを聞く人も増えない。それならば、慣習に固執する必要もない。これがTBSラジオの判断なのだろう。

確かに、普段はラジオを聴かない人(ノンリスナー)が、スペシャルウィークをきっかけに聴くように(リスナーに)なるかどうかは疑問だ。

もとからのラジオリスナーであれば、何らかの特別企画やキャンペーンに興味を持った時、ラジオをつけるなり「ラジコ」(radiko、スマホアプリやPCでラジオが聴ける)を使うなりして、番組を聴くかもしれない。しかし、ノンリスナーであり、ラジオの受信デバイスすら持っていないような人たちが、これを機にラジオをわざわざ買うかどうかは微妙だ。ラジコならハードルは低そうだが、三村社長は「今の時代って、アプリをダウンロードしてもらうのもすごく大変じゃないですか」と話す。

キャンペーンは時期が大事! 今後のTBSラジオは独自展開

スペシャルウィークに他局と足並みをそろえ、聴取率争いのために力を使うのではなく、ノンリスナーをリスナー化するために知恵を絞りたい。それがTBSラジオの考えらしい。

ラジオ業界の至上命題は「ノンリスナーのリスナー化」と語ったTBSラジオの三村社長

特別なキャンペーンを展開するにしても、聴取率調査週間より効果的なタイミングは確かにあるかもしれない。三村社長の考えはこうだ。

「ラジオを聴かなくなる理由には、例えば引越しや転勤などがあります。住む場所が変わって好きな番組が聴けなくなったり、ライフスタイルが変わってしまったりして、聴かなくなるパターンです。例えば、大学生で時間に余裕のあった人が、社会人になるとか。引越しとかライフスタイルの変化が多い時期というのは、ある程度は決まっていますから、そういう時にこそ、キャンペーンを張るという方法はあるのかなと思っています」

つまり、聴取率調査週間を気にしなければ、キャンペーンや特別企画が流動的に実施できるということだ。例えば、3月は奇数月で聴取率調査はないが、ノンリスナーに訴求するには適した時期かもしれない。

また、特別企画や豪華ゲスト起用のタイミングは個別の番組で決めてもいい。「私も、企画をやっちゃいけないといっているわけではないんですよ(笑)。効果が出そうな時に、どんどん企画をやってもらいたい。それが、たまたま聴取率調査週間なのであれば、その時にやってもいいわけだし」というのが三村社長の考えだ。

TBSラジオは機を見て特別企画を仕掛ける流動性を手に入れた

TBSラジオはスペシャルウィークだけを特別視するのではなく、「毎日がスペシャル」の気持ちで通常放送に取り組みつつ、ノンリスナーをリスナー化するための施策を打ち出していく。そういう方針を明確にしたわけだ。

重視するのは「ラジコ」のリアルタイム情報

とはいえ、聴取率はラジオ局にとって、ほぼ唯一の指標だったはずだ。これからTBSラジオは、何を参考にして番組づくりに取り組むのか。三村社長はラジコのデータを重要視する。

「聴取率を調査する目的は2つあって、1つは番組編成を考えるのに使うマーケティングデータを得るためです。番組の編成が、ちゃんと効果を出しているかどうか、リスナーに受け入れられているかどうか、それぞれの番組の企画や演出が、リスナーに評価されているかどうか。それらを測る指標が聴取率でした」

「ただ、その点に関しては、マーケティングデータといいながら、52週(1年間)のうち6週間しか調査していない数字ですし、調査週から約1カ月遅れて結果が分かるというのが実情でした。一方、ラジコのデータは毎日、リアルタイムで確認することができます」

おそらく、世の中でラジオを聴いている人の割合でいえば、ラジコよりもラジオ受信機を使っている人の方がまだまだ多い。しかし、ラジコであればラジオ局側は、リアルタイムでリスナーの実数が把握できる。このデータの方が、マーケティングデータとしては有用だと判断したようだ。

「もう、ラジコも始まって9年目です。ラジコの数字が動けば、聴取率も動くというのは体感しています。ラジコの聴取人数が増えれば、基本的には聴取率も上がるんです」

ラジコで毎日、リアルタイムで聴取人数が把握できて、そのデータを重視するというのであれば、スペシャルウィークに的を絞った番組づくりをしていていいはずがない。通常放送がいかに面白く、リスナーをひきつけているかの方がはるかに重要になる。実際のところ、TBSラジオの番組製作陣も、すでにラジコの数字を参考にしているらしい。

ラジコの聴取人数と聴取率はほぼ連動しているというのがTBSラジオの読みだ

聴取率を測るもう1つの目的は、営業データとして利用するためだという。

「分かりやすくいうと、広告主が宣伝費を出しますよね、その費用対効果を測るために聴取率を使うんです。これはテレビの視聴率と似ています。この点については今後、今のままでいいのかどうか、業界で議論していこうと思ってます」

リスナーの奪い合いはもはや無意味?

スペシャルウィークをやめるというTBSラジオの決断には、賛否両論があるかもしれない。しかし、スペシャルウィークで各局がゲストの豪華さや企画の面白さを競い合い、ライバル局のリスナーを奪い合うという従来の構図だと、既存のラジオリスナーが各局の間を移動するだけで、新規リスナーの数は増えないのだとすれば、納得できる部分は大いにある。

また、ラジオ局同士が聴取率争いをする必然性は、ラジコで「タイムフリー」というサービスが始まった今、かなり薄れているような気もする。この機能を使うと、全てのラジオ番組を、放送後1週間以内であれば、後からさかのぼって聴くことができるからだ。

例えば、放送時間が重なっているTBSラジオの「JUNK」とニッポン放送の「オールナイトニッポン」を両方とも聴くことは、今となってはとても簡単なことだ。録音機材を用意する必要すらない。どちらかをリアルタイムで聴いて、もう一方を後からタイムフリーで聴いてもいいし、どちらもタイムフリーで後から聴いたって問題ないわけだ。この点を踏まえると、もはやラジオ業界には、「裏番組」という概念すらなくなっているようにも思えてくる。

なぜ業界トップのTBSラジオが率先して変わるのか

TBSラジオは長年の間、聴取率で業界トップを走ってきたリーディングカンパニーだ。そのTBSラジオが、「スペシャルウィークをやめる」「ナイター中継をやめ、同時間帯を通常の番組(新番組を含む)に充てる」「ポッドキャスト配信TBSラジオクラウドでの配信に切り替える」など、率先して新しいことに挑戦するのはなぜなのか。賛否両論があるのは分かりきっているにも関わらず、こういった決断をできる理由が知りたかったので、三村社長に聞いてみた。

「前任の入江(TBSラジオの前の社長で、現在は会長の入江清彦さん)の時から、数々の改革をスタートさせていました。改革といっても、単に変えればいいという話ではなくて、一番の目的は新規リスナーを獲得することであり、パイ(ラジオリスナー自体の数)を大きくすることです。そのためには、リーディングカンパニーが率先して変わらなければ、業界も変わらないと思うんです」

「(パイが大きくなった時に)TBSラジオだけを聞く人が増えるということはありません。ラジオ受信機もラジコも、コミュニティFMをのぞけば、NHKを含め全ての局が聴けるわけですから。ラジオメディアそのものとして、ノンリスナーをリスナー化するのが最も大事なことですし、メディアビジネスとしては、自分達だけ得をしようというのはありえません。ただ、パイが大きくなれば、シェアが変わらなかったとしても、結果としてTBSラジオリスナーは増えますよね」

ノンリスナーのリスナー化は難題だが、これを成し遂げられなければラジオ業界に明るい未来はない。これを成し遂げるため、TBSラジオは挑戦するし、変わってもいくということなのだろう。

賛否両論が予想される決断を率先して下すのは、TBSラジオにリーティングカンパニーとしての自負があるからだ

最後に、リスナーとして気になるのは、TBSラジオのスペシャルウィークで楽しみにしていた各番組の特別企画が、今後、聴けなくなる(あるいは、頻度が少なくなる)のではないか、という点だ。この懸念をぶつけてみると、TBSラジオ編成局の野上知弘さんからは「これまでもそうだったんですけど、いいゲストはいつでも入れればいいということなんです」との答えが返ってきた。年に6回かどうかは別にしても、特別な企画やゲストの起用は今後も続くとみて間違いなさそうだ。

ちなみに、2018年12月10日~16日までの聴取率調査週間で、他局がスペシャルウィークを展開する中、TBSラジオの各番組はどんな放送を行っていたのだろうか。自分が聴いた番組のごく一部を振り返ってみると、例えば「火曜JUNK 爆笑問題カーボーイ」(毎週火曜日、深夜25時~27時)には漫才コンビのミキが、「水曜JUNK 山里亮太の不毛な議論」(毎週水曜日、深夜25時~27時)には相方のしずちゃんがそれぞれ出演していた。これらの番組は、「スペシャルウィーク」という言葉こそ使っていなかったものの、普段とは一味違う内容になっていた。

「月曜JUNK 伊集院光 深夜の馬鹿力」(毎週月曜日、深夜25時~27時)は従来(少なくともここ10年くらいは)、スペシャルウィークでも通常放送(フリートークとレギュラーコーナー)を行うスタンスを貫いてきたが、今回の発表を受け、12月10日の放送では冒頭にラジオコントを放送。その後は2018年のフリートークを振り返る「特別企画」を実施した。なんとも伊集院さんらしい対応だ。番組の最後に伊集院さんは、スペシャルウィークをやめるというTBSラジオの決定について「基本的には賛成」との考えを示していた。

「メガネびいき」では従来、12月のスペシャルウィークに実施していた毎年恒例の企画「ダイナマイトエクスタシー」を12月20日(木)に放送すると発表している。こちらは、聴取率調査週間とは時期をずらして特別な企画を打つという点で、新しい取り組みだといえるだろう。

もちろん、これらのTBSラジオの番組は、放送後1週間以内であればラジコのタイムフリーで後からさかのぼって聴ける。世界の主要メディアも注目しているとか、していないとかいう噂のダイナマイトエクスタシーは、今週木曜日の深夜に開催の運びとなる。