カムバックした役員が語るシャープの現在とこれから

カムバックした役員が語るシャープの現在とこれから

2017.03.07

シャープは、液晶のイメージが強い。そして、ブランドイメージを形成するのは、液晶テレビ「AQUOS」や、ヘルシオなどの白物家電製品。最近では、「ロボホン」も、シャープを象徴する製品だといえる。だが、こうした表看板ともいえる事業のような派手さはないが、シャープには、BtoB領域において、45年の歴史を持ち、同社の「信頼」を支えてきた事業がある。それがビジネスソリューション事業である。

1972年にシャープ初の複写機「SF-201」を発売。以来、これまでに約1800万台の出荷実績を持ち、コンビニエンスストアに設置されている複合機では、約6割という高いシェアを誇る。そして、複写機を中核に、サイネージやPOSのほか、スマートオフィス製品などの展開を強化。ロボット市場への参入などにより、ビジネスソリューション事業としての継続的な成長を目指すという。シャープのビジネスソリューション事業にフォーカスしてみた。

複写機事業は45年の歴史を持つ。コンビニでは約6割のシェアを持つ

鴻海は液晶だけ手に入れたいわけではない

「シャープは大丈夫なのか」――。

ビジネスソリューション事業を統括するシャープ ビジネスソリューション事業本部長の中山藤一専務は、昨年来、顧客から何度もこの質問を投げかけられているという。

シャープ ビジネスソリューション事業本部長の中山藤一専務

鴻海傘下で再建を目指すシャープにおいて、報道などで何度か取り上げられたのが複写機事業の売却だ。その背景には、鴻海が手に入れたい事業は液晶事業だけであり、そのほかの事業には興味がないという見方がある。

というのも、鴻海によるシャープ買収のプロセスにおいて、なんらかの事情で鴻海による資本金払込が実行されなかった場合にも、鴻海はシャープの液晶事業だけを買収できるオプションを盛り込んでいたことがわかったからだ。つまり、買収戦略が不調に終わっても、鴻海は液晶事業だけは手に入れられる契約内容であり、この動きを見て、「鴻海はシャープの液晶事業だけを手に入れたいと思っている」との思惑があると、多くの関係者が感じたからだ。

一部には、買収後に、液晶事業以外を切り売りすれば、3888億円という買収金額を回収できるという見方すら出ていた。それだけにビジネスソリューションの継続性を不安視する声があとを絶たなかったのだ。 だが、中山専務は、その見方を完全に否定。その理由をいくつかあげた。

3つの理由

ひとつは、2016年8月の買収に伴い、シャープの社長に、鴻海グループのナンバー2である戴正呉氏を送り込んだことだ。

「シャープは解散せざるを得ない直前の状況まで落ち込んだ。その再建に、ナンバー2を送り込んできた。戴氏は、鴻海の社員がまだ200人体制のときから、創業者の郭台銘氏と二人三脚で企業を大きくし、120万人の会社に成長させた。液晶事業だけでなく、シャープ全体を再生させるという意気込みが感じられる」とする。

シャープ社長の戴正呉氏

2つめは、中山専務を再雇用した点だ。実は、中山専務は、2015年11月に一度シャープを退社している。だが、退職した中山専務のもとを戴社長が直接訪れて、シャープに戻ることを打診したという。

中山専務は、1977年のシャープ入社以来、技術者として、複写機事業一筋の経歴を持つ。そして、役員になってからもビジネスソリューションを担当してきた経緯がある。複写機事業の継続を前提としなければ、中山専務にシャープに戻るような説得はしないと判断できよう。

戴社長は、2016年7月にシャープに戻った中山専務に、「ビジネスソリューション事業を、しっかりと継続させてほしい」と、要望したという。

「シャープのどれかの事業を柱にして大きく育てる、というのではなく、個々の事業を伸ばしていくという姿勢が、鴻海の考え方である」と中山専務は指摘する。

そして、3つめが、シャープは新体制になってから、複写機事業拡大に向けた手を積極的に打ち始めている点だ。2月上旬に発表したスイスの複写機販売会社「フリッツ・シューマッハー」の買収は、複写機の販路拡大に向けた一手となる。今後も、必要に応じてビジネスソリューション事業拡大に向けたM&Aがあるかもしれない。

原点回帰が大事

中山専務は、2016年8月に戴社長が開催した経営トップを召集した会議を振り返る。

これは、夏休みの最終日から3日間に渡って行われた会議だ。夏休み中に、戴社長自らがまとめた約80ページの資料を使って、経営方針とともに、自身の思いを語ったという。

「最初に語ったのが、創業者である早川徳次氏のスピリッツを思い出し、原点に帰ることの大切さだった。そして、シャープをグローバルブランドにするために、自分はシャープにやってきたと語った。鴻海のためにシャープをどうするのかではなく、シャープのためにどうするかということを考えていることを示した。台湾から来た65歳の社長の話を聞いて、この人だったら、再生に向けて一緒にやっていけると全員が同じ思いをもった」と述懐する。

2月中旬、シャープは、2016年度の連結業績見通しを上方修正した。

売上高は据え置いたものの、営業利益、経常利益、当期純損益をそれぞれ101億円ずつ修正。最終赤字は残るが、営業黒字および経常黒字を達成することになる。

「シャープは確実に元気になっている。ここできっちり無駄をそぎ落として、強固な事業体としていく。シャープは大丈夫なのか、という問いには、これからも安心してお付き合いをしてもらえる会社であると答えられる」と、中山専務は断言する。

だが、中山専務は、冗談を交えながら、こんなエピソードも語る。

「最初の会議に出たときに、大変なところに戻ってしまったと感じた。こりゃ、えらいおっちゃんだ。香港映画の登場人物を見ているような、鋭い目つきで、ビシビシと攻めてくる」

シャープ再生に向けた経営トップの厳しさを、多くの社員が目の当たりにしているようだ。

シャープの信頼を支えるビジネス

シャープの第1号複写機が発売されたのは1972年だ。今年はちょうど45年目を迎えることになる。

「複写機は、化学、光学、メカ技術の刷り合わせによって生まれる製品。そのため、海外生産や水平分業が起きず、値崩れがしにくいという傾向がある。また、顧客のなかに入ってきっちりとサービスを行うというビジネスである。顧客との接点を大切にするのが複写機事業の根幹。長年の信頼がないと成り立たないビジネスである」と語る。

中山専務は、ビジネスソリューションのビジネスは、商材も大切だが、それと同じぐらいに大切なのは、商材を通じて顧客とつながっていける会社と会社の関係だとする。

「シャープに頼んでよかったといってもらえる信頼の繰り返しがいまにつながっている」と続ける。

シャープの複写機の累計出荷台数は約1800万台。オフィスでの利用のほか、コンビニエンスストアのコピーサービスとして利用されるケースも多い。実際、ローソン、ファミリーマート、サークルKサンクスなどに導入されており、この分野における市場シェアは約6割に達すると推測される。

「シャープのブランドイメージは、液晶であったり、家電であったりというのは確かだが、信頼のブランドイメージは、BtoBから生まれる。信頼度、人間関係の強さ、仕事の正確性、安心できるサービス体制などによって作り上げていくものである。地味で、地道なビジネスであるが、シャープのブランドづくりに貢献しているという自負がある」と語る。

競争が激化する複写機市場での戦い方

ビジネスソリューション事業は、45年間、安定した利益を出し続けている事業である。

ビジネスソリューション事業の売上高は、2015年度実績で3551億円。そのうち、複写機の売上高は1330億円と4割近くを占める。ストック型のビジネスモデルは、シャープの収益基盤を高めることに貢献している。

だが、2016年度は、企業の設備投資の競争が激化。「一昨年、昨年に比べて、利益が取りにくい商談が増加した」(複写機メーカー幹部)というように、複写機メーカー各社が共通して利益を落としている。

これはシャープも同じだ。2016年度第3四半期累計でのビジネスソリューション事業の営業利益率は6.6%と、前年同期の9.1%から減少している。だが、それでも1540億円の収益を稼ぎ出しており、これは、「リーマンショックでも影響を受けなかった」(同社幹部)といわれた同社白物家電事業で構成する健康・環境システムの2070億円に次ぐ、優良事業だ。

戴社長になってから、シャープの社内評価の尺度は、いかに正確な計画を作って、その通りやれる実行力があるかどうかを評価する「確度」と、前期との比較だけでなく、絶えず改革をしていくチャレンジ精神をもって、事業に取り組んでいるかを評価する「改善度」だという。その点で、営業利益率が減少しているビジネスソリューションが置かれたいまの立場は厳しいと言わざるを得ない。

複写機市場における競争激化は当面続くとの見方もあるが、中山専務は、「市場の回復を待つのではなく、新たな商材の提案で、ビジネスソリューション全体での底上げを図っていく。これまで、100しか買ってくれなかった企業に、200の商材を提案し、トータルで収益性を高めていくことになる」と、打開策を練る。

実際、その一手はすでに現実的な動きになっている。

新たな商材を追加しトータル提案

ビジネスソリューション事業本部は、オフィスソリューション事業部、ビジュアルソリューション事業部、システムソリューション事業部、マニファクチュアリングシステム事業部の4つの事業部で構成される。それらの事業部を通じて、複写機を中心とした「スマートオフィス」、POSを中心とした「リテールソリューション」、デジタルサイネージの提案を核とした「サイネージソリューション」、ロボットによる搬送の自動化やセキュリティロボットなどの「新規事業」の4つの切り口から事業展開していくことになる。

「独自技術とサービスによりお客様の業務の生産性向上を実現するのがビジネスソリューション事業本部のミッション。そして、ビジネスを行うお客様にとって、なくてはならない価値を提供する事業体を目指すのがビジョンである」とし、「ここに、各ビジネスユニットを超えた製品・サービスとの連携により、One Sharpとしての複合提案を行っていく」とする。

複写機を軸にしながら、これまで、複写機を販売していたルートに新たな商材を加えた提案を行うことで、収益拡大につなげるというわけだ。

たとえば、スマートオフィス、リテールソリューション、サイネージソリューションの3つの領域に展開できるのが、映像ソリューション製品群の展開。シャープが得意とする液晶ディスプレイを生かした新たな商材提案が相次いでおり、これを横展開していくことになる。

複写機で実績を持つオフィス分野に向けては、電子黒板の「BIG PAD」を提案。先頃発表したPN-L401Cは、オフィスのミーティングコーナーや小さな会議室のテーブルに手軽に設置して利用できる40V型サイズで、「これまでの製品では、7人以上が入る会議室を対象に提案してきた製品。だが、それでは会議室の半分しかターゲットにできなかった。しかし、新製品では残り半分を占める6人以下の会議室を対象にした提案ができる。サッと集まって、パッと散るハドルミーティングにも最適化した製品」と新たな需要創出に期待する。

オフィスのミーティングコーナーなどに設置できる「BIG PAD PN-L401C」

さらに、複写機をオフィスのハブとして、トータルのオフィスソリューションの展開を目指すことも視野に入れている。複写機同士の連携や、オフィス内の各種デバイスを結んで、クラウドを活用して情報共有。セキュリティソリューションを組み合わせた安全、安心で、効率的なオフィスソリューションの実現に取り組むという。

また、POSや複写機で実績を持つスーパーやコンビニなどに対するデジタルサイネージの提案や、教育分野への映像ソリューションの提案など、これまでの販路に+αの価値を提案していくことで、販売拡大を目指すほか、映像ソリューションにおいても、複写機同様に、コンルサティングからシステム構築、コンテンツ制作、設置工事、コンテンツ配信、保守・メンテナンスまでをトータルでサポートする体制を構築。ストック型のビジネスへと発展させることで、収益に貢献させる体制を構築する考えだ。

鴻海と共同開発した商材

もうひとつ、今後のビジネスソリューション事業において見逃すことができないのが、鴻海との連携だ。

シャープは、2017年2月21日、22日の2日間、東京・池袋のサンシャインシティにおいて、「シャープビジネスソリューションフェア 2017」を開催。そこで、鴻海精密工業と共同開発した超短焦点プロジェクターを参考展示した。

鴻海精密工業と共同開発した超短焦点プロジェクター

今年夏の販売を予定しており、価格は数10万円。シャープとしては、5年ぶりのプロジェクター製品。ビジネスプロジェクターとしては、7年ぶりの再参入となる。

オフィスの会議室での利用のほか、ショーウインドウなどの透明パネルに、後ろ側から映像を投影すれば、シースルーでの映像を投影できるという。

「これらの製品も、複写機やPOSを販売している顧客に提案できる製品。鴻海には、プロジェクターひとつをとっても、多くのラインアップがあり、これにシャープの商材や技術を組み合わせれば、新たな提案ができる。新たなビジネスチャンスが生まれる」とする。

同フェアでは、Windows 10 IoT Enterpriseを搭載したタッチPOSターミナルも参考展示したが、これも、鴻海との共同開発によるものだ。

鴻海精密工業と共同開発したタッチPOSターミナル

「鴻海には、これ以外にも、ネットワーク機器、PC、サーバー、NAS、車載機器、ATM、携帯デバイスなど様々な商材がある。そのなかから、日本に最適な製品を日本に持ってきたい」と中山専務は語る。NASに関しては、日本での取り扱いをすでに視野に入れているようだ。

シャープのビジネスソリューション事業は、104年の歴史を持つシャープのなかでも、45年という長い歴史を持つ事業だ。 商材の横展開とともに、ストック型ビジネスの拡大、そして、鴻海が持つ商材を活用することで、今後の成長戦略を描く考えだ。地味な事業ではあるが、シャープの経営再建を下支えする事業のひとつであることは間違いない。

マツダが新型車「MAZDA3」を発売! ブランド戦略の成否を占うクルマに?

マツダが新型車「MAZDA3」を発売! ブランド戦略の成否を占うクルマに?

2019.05.24

「MAZDA3」はハッチバックとセダンの2タイプ

まるで歩いているような運転感覚を目指したと開発主査

狙うは中~高価格帯? プレミアムブランド化の試金石

マツダは「アクセラ」の後継モデルとなる新型車「MAZDA3」(マツダ・スリー)を発売した。ボディタイプはハッチバック(マツダは「ファストバック」と呼称)とセダンの2種類、価格は218万8,100円~362万1,400円。マツダにとっては新世代商品群の先陣を切るクルマであり、マツダブランドがプレミアム化路線に舵を切っていけるかどうかの試金石となる商品でもある。

マツダが発売した「MAZDA3」。左がセダン、右がファストバック

新世代商品群の口火を切る「MAZDA3」

マツダは2012年に発売したSUV「CX-5」を皮切りに、「新世代商品群」(マツダにとって“第6世代”にあたる商品群)のラインアップを拡充してきた。今回のMAZDA3は、同社にとって“第7世代”にあたる商品群の幕開けとなるクルマだ。このクルマから、次の「新世代商品群」が始まる。

開発主査を務めたマツダ 商品本部の別府耕太氏によれば、MAZDA3で目指したのは「マツダブランドを飛躍させる」こと。そのために、クルマとしての基本性能を「人の心が動くレベル」まで磨き上げ、「誰もが羨望するクルマ」に仕上げたとのことだ。MAZDA3は「徹底的な人間研究」に基づいて作ったクルマであり、乗れば「まるで自分の足で歩いているような」運転感覚を味わえるという。その人馬一体の感覚は、助手席と後部座席でも体感できるそうだ。

コックピットの設計では、誰もが適切なドライビングポジションを取ることができることにこだわったという

マツダの新世代車両構造技術「SKYACTIV-VEHICLE ARCHETECTURE」(スカイアクティブ ビークル アーキテクチャー)が相当に進化している様子だが、その違いは素人でも分かるくらい、劇的なものなのだろうか。この問いに別府氏は、「走り出して交差点を曲がる10mくらい、低速域のシンプルな動作でも動きの違いが分かってもらえると思う。動きを滑らかにした。その一言に尽きる」と自信ありげな様子。進化の度合いは「テレビがアナログからデジタルに変わったくらい」とのことだった。

「MAZDA3」の滑らかな運転感覚は少し走るだけで分かると別府開発主査は話す

MAZDA3が搭載するエンジンは4種類。ガソリンは直列4気筒直噴エンジンの1.5Lと2.0L、ディーゼルは直列4気筒クリーンディーゼルターボエンジンの1.8L、そして、マツダが独自技術で開発した新世代ガソリンエンジン「SKYACTIV-X」の2.0Lだ。このうち、1.5リッターガソリンエンジンはハッチバックのみの設定となる。

1.5Lガソリンエンジンと1.8Lディーゼルエンジンは5月24日販売開始。2.0Lガソリンエンジンは5月24日予約受注開始、7月下旬販売開始予定だ。「SKYACTIV-X」は7月に予約受注を開始し、10月に売り出す計画(画像はファストバック)

どのエンジンを選ぶかで当然、価格帯も違ってくる。1.5Lは218万8,100円~250万6,080円、2.0Lは247万円~271万9,200円、1.8Lディーゼルは274万円~315万1,200円、SKYACTIV-Xは314万円~362万1,400円だ。ちなみに、同じグレードだとセダンとハッチバックの間に価格差はないが、バーガンディー(赤)の内装が備わるハッチバックのみの特別なグレード「Burgundy Selection」は、同一グレード内で最も高い価格設定となる。上に記した価格帯は同グレードを含めたものだ。

1.5Lガソリンは最高出力111ps(6,000rpm)、最大トルク146Nm(3,500rpm)、2.0Lガソリンは同156ps(6,000rpm)/199Nm(4,000rpm)、1.8Lディーゼルは116ps(4,000rpm)/270Nm(2,600rpm)。「SKYACTIV-X」の数値はまだ判明していない(画像はセダン)

182万5,200円~331万200円だったアクセラと比べると、MAZDA3の価格設定からは高価格化の印象を受ける。この点について、MAZDA3のマーケティングを担当するマツダ 国内営業本部の齊藤圭介主幹は、「アクセラでは低~中価格帯の市場にアプローチしていたが、MAZDA3では中~高価格帯へとステップアップしたい」との考えを示した。

セダンは「凛」、ハッチバックは「艶」

デザイン面では、マツダが第6世代商品群で取り入れた「魂動」というコンセプトをさらに深化させた。チーフデザイナーを務めたマツダ デザイン本部の土田康剛氏は、「引き算の美学」で「日本の美意識を表現したい」と考えたという。

セダンでは「凛とした伸びやかさ」で「大人に似合う成熟した」クルマを志向。ハッチバックでは「色気のあるカタマリ」をコンセプトに据えた。「セダンはあえて枠にはめて、ファストバックでは枠を外した」というのが土田氏の表現だ。周囲の景色や光を映し出すMAZDA3のエクステリアは、マツダが2017年の東京モーターショーで発表したコンセプトカー「VISION COUPE」(ビジョンクーペ)で印象的だった「リフレクション」(反映)を体現しているようだ。

「MAZDA3」では全8色のエクステリアカラーが選べる。「ポリメタルグレーメタリック」(画像、2019年1月の東京オートサロンにて撮影)はファストバック専用の新色だ

MAZDA3のエクステリアはスタイリッシュだし、ハッチバックの方はクルマの“肩”の部分が張り出していないので、アクセラに比べ室内が狭くなっていそうに見える。そのあたりについて別府氏に聞いてみると、「人にとっての空間は、部位によって多少の加減はあるが、現行(アクセラ)に対してほぼ同等。視覚的に、室内空間が狭そうに感じたとすれば、それはマツダのデザイン手法により、スタイリッシュさ、前後の伸びやかさ、力強さといったようなものを実現できているためとご理解いただきたい」との回答だった。

荷室については、ファストバックは基本的に「アクセラ スポーツ」(アクセラのハッチバック)と同等で、セダンは容量が拡大している。セダンの方は、アクセラよりも80mm延びた全長の大部分をトランクルームの容量拡大に充てたそうだ。

2輪駆動(FF)のハッチバックで比べると、ボディサイズは「アクセラ」が全長4,470mm/全幅1,795mm/全高1,470mm/ホイールベース2,700mm、「MAZDA3」が同4,460mm/1,795mm/1,440mm/2,725mm。フロントヘッドルームなどの数値を見比べると、数ミリ単位でMAZDA3の方が狭くなっているようだが、開発主査によれば「ほぼ同等」だという

MAZDA3には他にも多くのトピックスがあるものの、全ては書ききれないので、あと2点ほど挙げておくと、まず、このクルマは同社で初めてのコネクティッドカーとなる。車両自体の通信機能でマツダのサーバーと交信することで、24時間体制のサポートが受けられるのだ。例えば「アドバイスコール」という機能では、車両トラブルの際の初期対応から修理まで、幅広いサポートを受けることが可能。コネクティッド機能には使用料がかかるが、最初の3年間は無料だ。

もうひとつ、マツダが強調していたのが「静粛性」と「サウンドシステム」、つまり、MAZDA3車内の「音」に関する部分だ。このクルマはアクセラに比べ、静粛性と「音の伝わる時間と方向のリニアさ」が大幅に向上している。スピーカーは低音域、中音域、高音域それぞれに用意し、最適な場所に配置した。

高音域スピーカーは人の耳に近いドア上部、中音域スピーカーは乗員の体の横、低音域スピーカーは車室外のカウルサイドというところに配置。マツダ社内には「MAZDA3」を「走るオーディオルーム」と呼ぶ人もいるとのこと

MAZDA3の販売目標は、全世界で年間35万台。日本では月間2,000台を目指す。ボディタイプの内訳はファストバックが7割、エンジン構成は1.5Lガソリンが10%、2.0Lガソリンが40%、1.8Lディーゼルが20%、SKYACTIV-Xが30%を想定する。ちなみに、アクセラは2018年(暦年)で約38万7,000台が売れていて、その内訳は最も多い中国が11万7,000台、その次が北米で9万1,000台だった。

グレードにもよるが、MAZDA3は同クラスの輸入車であるフォルクスワーゲン「ゴルフ」やメルセデス・ベンツ「Aクラス」などと肩を並べるか、あるいはそれらを凌駕しかねない価格となる。直列6気筒エンジンの復活を宣言するなど、プレミアム化路線に舵を切ろうとしているマツダとすれば、ゴルフやAクラスなどの市場にMAZDA3で乗り込みたいところだろう。一方、1.5Lのガソリンエンジンでは、若年層に訴求できるかどうかもポイントとなりそうだ。

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2019.05.23

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5月1日の新天皇即位に伴って、「平成」から「令和」へと元号が変わりました。そこで、平成をゲームとともに振り返ってみようという本企画。第2回目の今回は、「平成6年(1994年)から平成8年まで」を追っていきます。この時期は、PCがより身近となり、家庭用ゲーム機ではいよいよ3Dポリゴンが使われる32ビット世代へと移行していきました。

経済の低迷が顕著な時代、ゲームは3Dへ

平成6年、インターネットの情報閲覧で欠かせないブラウザにおいて最初期に広く一般に普及した「Netscape Navigator」、検索サービス老舗の「Yahoo!」、World Wide Web(ワールド・ワイド・ウェブ)関連技術の標準化を推進する団体「W3C」が発足するなど、現在のインターネットを活用した諸活動の基盤となる技術が生まれました。

翌年の平成7年にはWindows95が発売。PCがビジネスシーンのみならず一般家庭へと広がり始めます。さらに平成8年にはヤフー、平成9年には楽天と、現在も日本のインターネットサービスを牽引する企業が続々と設立されました。そしてついに平成10年2月、日本におけるインターネット人口が1000万人を突破したのです。

このように、国内のデジタル空間は破竹の勢いで成長と拡大の一途をたどりますが、現実社会には未曽有の危機が訪れます。

平成6年の松本サリン事件と平成7年の地下鉄サリン事件というオウム真理教が起こした一連の事件では、心の拠り所になるはずの宗教が反社会的組織となって、罪のない人々に凶行し得ることを日本人に示しました。現代日本人が漠然と持つ宗教に対する不信感は、これら一連の事件に根差していると言っても過言ではないでしょう。

また、地下鉄サリン事件が起きる直前の平成7年1月17日、阪神・淡路大震災が関西を襲いました。結果的に経済活動も低迷します。GDP成長率は平成7年に2.7%、8年には3%を超えたものの、失業者はこの時期増加の一途をたどり、まさに「失われた20年」前半期の真っ只中でした。

平成6年に人気だったテレビドラマ『家なき子』の「同情するなら金をくれ!」というセリフは、この時期の厳しい世相を示していたと言えます。

一方で、忘れてはならないのは、映画館数が平成5年の1734館から、以降は長期的に上昇していくことです。同一の施設に複数のスクリーンがある「シネマコンプレックス」が台頭するのもこの頃。つまり、「インドアエンターテインメント」という楽しみ方が定着し始めたと言えるのです。

このように、デジタルと現実が相反する様相を示す日本において、ゲーム産業はデジタル側。家庭用ゲーム機では、「セガサターン」が平成6年11月22日に、「PlayStation」が平成6年12月3日に発売されます。いずれもCD-ROMの活用と、3D描画能力が話題になりました。さらに平成8年6月23日に「ニンテンドウ64」が発売されます。

平成6年11月22日に発売された「セガサターン」
©SEGA
平成6年12月3日に発売されたPlayStation®
©2014 Sony Interactive Entertainment Inc.

PCにおいても、さまざまな周辺機器が発売され、ゲームプレイに最適なハードとして強化できる環境が生まれました。CD-ROMドライブの本格的普及、Creative Technologyなどによるサウンドカードの誕生、そして、3dfx VoodooやNvidia RIVAをはじめとする3Dグラフィックアクセラレーターによって、PCの3DCGはリアルタイムレンダリング能力が向上しました。いわゆる「マルチメディア」をキーワードにさまざまなコンテンツが提供されるようになったのです。

欧米PCゲームカルチャー発展の契機となった『DOOM』

主観視点/1人称視点シューティングゲーム(英語名First Person Shooting Game、略称FPS、以下、FPS)では、アタリの『Battlezone』や『Star Wars』など、ワイヤーフレームを用いた作品がいくつか発売されていましたが、現在のFPS系譜の元祖は1992年、id Softwareにより発売された『Wolfenstein 3D』だと言われています。

同作は、日本アイ・ビー・エムが発表したパーソナルコンピュータ用のオペレーティングシステム「DOS/V」版で、『ウルフェンシュタイン3D』として、平成5年3月1日にイマジニアよって日本でも発売されました。

しかし、ゲームカルチャーへのインパクトという視点では、平成5年12月10日に北米でリリースされ、その後北米から欧州へと爆発的に広がり、FPSという一大ジャンルを発展させていった『DOOM』の存在感が圧倒的でしょう。

DOS/V版は平成6年2月1日に『ウルフェンシュタイン3D』と同じくイマジニアから発売され、国内のコアゲーマーを中心に支持されました。ですが、若干粗い3D描画の中でのスピード感あふれるゲーム展開が、一部のユーザーに「3D酔い」を促してしまい、それがしばらくイメージとして定着してしまいました。

一方欧米では、ネットワーク対応の熱いマルチプレイヤー対戦が盛り上がり、週末にそれぞれのPCを持ち寄って、LANでつなぎ、ゲーム対戦を徹夜で行う「LAN Party」という独自のゲームの楽しみ方を生み出します。この先にあるのが、現在のPCゲームを中心としたeスポーツトーナメントです。

このほかに、「シェアウェア」という無料でゲームの一部を提供する概念や、ゲームエディターをユーザーに解放し、独自のゲームステージを開発し共有することを奨励する「MODカルチャー」も本作を契機に広がっていきました。このゲームエディターのカルチャーが、ゲームエンジンのサードパーティへのライセンス提供というビジネスモデルへと発展していきます。

『MYST(ミスト)』が示した、「マルチメディア」で実現する不可思議な世界

当時、コンピュータ(デジタル)メディアがほかと差別化できるものは、「文字、CG、画像、映像、音声といった複数の要素を一体化したコンテンツとして表現できる点」だとされ、それを言葉で表すうえで「マルチメディア」という言葉が頻繁に使われるようになっていました。

この、いわゆる「マルチメディア」ブームの寵児となったのが米国Cyanによるパズルアドベンチャーゲーム『MYST(ミスト)』でした。そして、その日本語版がセガサターン向けソフトとして平成6年11月22日、つまり、ローンチタイトルの1作として選ばれたのです。

同作は、画面の鍵となる部分をクリックして謎を解き、次のシーンに進む、というアドベンチャーゲームの流れを組むもの。当時の欧米ゲームよろしく、細かい解説やチュートリアルのようなものがなく、プレイヤーはいきなりゲームの舞台であるMYST(ミスト)島に放り込まれます。

近代とも中世とも未来とも判別のつかない建築物のある不思議な空間のなかで、プレイヤーは暗号や謎を解きながら物語を展開させていきます。謎解きをする際も、建築物のなかに残された日記やそこに描かれたマップ、本のなかで再生されるアトラスという人物からのメッセージを読み解くといった、テキスト、映像、画像をプレイヤーがフルに活用するようにデザインされており、まさに「マルチメディアブーム」を代表する作品に仕上がっています。このグラフィックデザインや謎解きの仕組みは、のちの数多くのゲームにインスピレーションを与えました。

MYSTのゲーム画面

乙女ゲームの源流になったコーエーの『アンジェリーク』

恋愛/育成シミュレーションのような作品が台頭するなかで、そのゲームメカニクスを女性向けに構想するという「発想」はある意味、自然と言えます。ただ、経営者がそこに予算を割り当てて実行に移すのは別の話。それを行ったのが光栄(コーエー、現・コーエーテクモゲームス)です。

歴史シミュレーションゲームで既にブランド名を確立していた同社でしたが、平成6年9月23日に発売された『アンジェリーク』は、“女性が宇宙を統べる”という世界で、守護聖と呼ばれる存在から助けを得ながら、女王になるべく惑星の大陸を育成します。

『アンジェリーク』のパッケージ
イラスト/由羅カイリ
©1996 コーエーテクモゲームス All rights reserved.

ただ、プレイヤーにとっての楽しみは、守護聖とのロマンス。キャラクターの性格の違いや声優が吹き込む甘いセリフに、プレイヤーは釘付けになりました(ゲーム内で声優によるセリフが付いたのは、平成7年に発売されたPC-FX用ソフトから。平成6年にはドラマCDがリリースされた)。

『アンジェリーク』のゲーム画面。ゲーム画面は「my GAMECITY クラシックゲーム館」でプレイ可能な『アンジェリークSpecial』版のもの
イラスト/由羅カイリ
©1996 コーエーテクモゲームス All rights reserved.

これを契機にコーエーは『アンジェリーク』シリーズを発展させていき、以降は「和」をテーマとした『遥かなる時空の中で』シリーズ、学園モノの『金色のコルダ』シリーズとラインアップを増やし、これらを「ネオロマンス」シリーズとしてブランド化していきます。「乙女ゲーム」という一大ジャンルは、現在スマホゲームのなかでも非常に重要な位置づけになっていますが、その源流がここにあるわけです。

“ニンテンドウイズム”を世界へと広げた『スーパードンキーコング』

平成6年11月26日に発売されたスーパーファミコン用ソフト『スーパードンキーコング』の革新的要素は、スーパーファミコンというハードの制約のなかで、疑似3D的キャラクターモデルをスムーズに動かすことができたという点です。

シリコングラフィックスによる3DCGソフト「Power Animator」によりレンダリングが行われたキャラクターを、同ハードの制限で落とし込めるよう調整しただけでなく、美麗な背景も同様の作業が行われました。

ゲームデザインそのものは、『スーパーマリオブラザーズ』シリーズから築き上げられた横スクロールアクションゲームの1つの到達点として位置づけられるソフトと言えるでしょう。そのような意味では、そこまでの革新性はありませんでした。

しかし驚きなのは、本タイトルが英国のレア社によって開発されたという点。任天堂側からのアドバイスによって、ゲームバランスが絶妙に調整された同作をプレイした当時の筆者は、完全に日本の任天堂(具体的に言えば宮本茂氏)によって作られたものだと思っていました。

のちに本作がイギリスで開発されたと聞いて驚いたことを覚えています。つまり“ニンテンドウイズム”が確実に世界へと広がっていくさまを、筆者を含む世界中のプレイヤーが目撃したのです。

ブリザードの『ウォークラフト』は、グローバル規模でPCゲームカルチャーを定着させた

平成6年11月15日(Moby Gamesによる)、『ウォークラフト』が北米でブリザードからリリースされました。敵軍の戦略や戦術が常に変化するなかで、自軍のリソースを獲得して軍備や研究機関などを増設していき、敵側と激戦を交わし本拠地の占拠を目指すという、”リアルタイム”戦略ゲームの傑作です。その後、DOS/V版も国内で展開されました。

その前に発売された、映画『デューン/砂の惑星』の世界観をベースとした『Dune II』が、このジャンルを確立したと言われていますが、ファンタジー世界を舞台に、人類とオークの戦いという白兵戦を生臭く示した『ウォークラフト』のインパクトで、同ジャンルが浸透したと言えるでしょう。

CPUを相手にストーリーを進行させる「キャンペーンモード」と、LANを通じた複数人プレイの「マルチプレイヤーモード」がありましたが、当時からマルチプレイヤーモードに熱中していたのを記憶しています。同作で紡ぎあげられた世界観が、ブリザードによる以降のゲームの方向性を決定づけたとともに、欧米のゲームカルチャーに対しても影響を与えることになりました。

JRPGの金字塔『クロノ・トリガー』では、作家性の重要さが明らかに

平成7年3月11日に発売された『クロノ・トリガー』は、日本ファルコムや、エニックス、そしてスクエアなどが確立した「8ビットおよび16ビット時代」における“ドット絵の日本製ロールプレイングゲーム(JRPG)の到達点”と言っても過言ではありません。

『ファイナルファンタジー』シリーズの生みの親である坂口博信氏がエクゼクティブプロデューサーを、『ドラゴンクエスト』(以下、『ドラクエ』)シリーズの生みの親である堀江雄二氏がシナリオを、前述の『ドラクエ』シリーズに加えて、マンガ『ドラゴンボール』や『Dr.スランプ』で日本中を虜にしていた鳥山明氏がキャラクターデザインを務めるというドリームプロジェクトが実現。この3人がいかなる作品を生み出すのかという点でも注目の的となりました。まさに“作家性”を全面的に押し出したプロモーションが行われたのです。

『クロノ・トリガー』のパッケージ画像。キャラクターデザインは鳥山明氏
©1995 SQUARE ENIX CO., LTD. All Rights Reserved.
Illustration: ©1995 BIRD STUDIO / SHUEISHA
Story and Screenplay: ©1995, 2008 ARMOR PROJECT / SQUARE ENIX

果たしてリリースされた作品も、ファンの予想をはるかに上回る出来となりました。従来のファンタジーにタイムトラベルの要素を加え、恐竜人類と人類の祖先が共存する原始時代から世紀末、そして未来が描かれます。

鳥山明氏によってデザインされた、クールな主人公「クロノ」から、コミカルな外見をした「ロボ」や「カエル」といったキャラクターまで、しっかりとドット絵で表現。16ビット時代におけるグラフィック表現の最高峰に到達したと言えるでしょう。さらに、光田康典氏によるBGMも、16ビットサウンドの魅力を徹底的に引き出しました。同氏の作曲家としてのデビュー曲にして代表作の1つに数えられています。

『クロノ・トリガー』のゲーム画面
©1995 SQUARE ENIX CO., LTD. All Rights Reserved.
Illustration: ©1995 BIRD STUDIO / SHUEISHA
Story and Screenplay: ©1995, 2008 ARMOR PROJECT / SQUARE ENIX

メディアミックス戦略の源流『ポケットモンスター 赤・緑』

平成8年2月27日、日本を皮切りに、最終的に全世界において社会現象となる作品がリリースされました。『ポケットモンスター 赤・緑』です。

『ポケットモンスター 赤・緑』のパッケージ
©1995 Nintendo /Creatures inc. /GAME FREAK inc.

幼年時の「虫取り体験」からインスピレーションを受けたとされるポケモンを捕まえるスリル、捕まえたポケモンが図鑑に記録されるコレクション要素、「通信ケーブル」でポケモンを交換するドキドキ感など、子供たちがさまざまなシーンで体験したリアルな遊びが、1本のゲームに昇華されたのが本作です。

ゲーム中の画面
©1995 Nintendo /Creatures inc. /GAME FREAK inc.

さらに、マンガ、カードゲーム、テレビアニメ、そして劇場版アニメと、次々と『ポケモン』のタッチポイントを増やし、それぞれで相乗効果が生まれたという点でも当時としては画期的でした。これまでもメディアミックスはさまざまな作品で行われてきましたが、『ポケモン』のインパクトは比べ物にならないほど絶大だったのです。

もちろん、ゲームバランスも秀逸。カジュアルプレイでも十分楽しめるデザインでありながら、パーティのポケモンを選別する戦略性や、対戦相手との絶妙な駆け引きなど、対戦プレイを競技ととらえてプレイする人にも対応しうる奥深さを兼ねそなえた作品でもあったのです。

映画並みのストーリテリングをゲームでも実現できることを示した『バイオハザード』

平成8年3月22日、カプコンからリリースされた『バイオハザード』ほど、当時のゲームプレイヤーを驚かせた作品はないでしょう。

謎の洋館、ゾンビ、そしてその先に存在するさまざまな異形の存在など、ジョージ・A・ロメロが手がけた映画『ナイト・オブ・ザ・リビングデッド』や『ゾンビ』などからインスピレーションを受けたシーンも数多くあり、それを3Dでかつゲームにおいて完全に再現したことが多くのユーザーに衝撃を与えました。

ゲームというものが、映画に匹敵または凌駕する可能性があるメディアだと実感させた最初期の作品が、本作だったのではないでしょうか。『バイオハザード』以降もシリーズは発展していき、現在も多くの人に愛されるIPであることは誰もが認めるところでしょう。リモコンのようにキャラクターを操作する操作性もむしろホラー感を引き出す「演出」として高く評価されました。

『バイオハザード』のパッケージ画像
©CAPCOM CO., LTD. 1996 ALL RIGHTS RESERVED.
『バイオハザード』のゲーム画面
©CAPCOM CO., LTD. 1996 ALL RIGHTS RESERVED.

ローンチタイトルにして3Dアクションに必要な要素を網羅した『スーパーマリオ64』

平成8年6月23日に「ニンテンドウ64」がリリースされましたが、その際、ローンチタイトルとして展開された『スーパーマリオ64』に当時のユーザーは衝撃を受けました。

ジャンプする、探検する、潜る、飛ぶといった、従来の『スーパーマリオ』シリーズでのプレイ感覚を「忠実に」3D空間で再現していたのです。さらに重要だったのはアナログスティック。自然に3D空間を自由に動き回れるあの操作感には誰もが驚かされました。

さらに特筆すべき点は、デモの際に現れるクローズアップのマリオの顔。まるで平成7年に上映されたばかりの劇場用フル3DCGアニメ『トイ・ストーリー』のキャラクターかと見紛うような豊かな表情のマリオが、画面一杯に表示されているのです。コントローラーを使って顔にイタズラをすると、ちゃんとリアクションもしてくれました。当時はそんなところにミライを感じたものです。つまり、ゲームといる領域を超えたアミューズメントがそこにあったと言えるでしょう。

ゲームが「あらゆるエンターテインメントの複合体」であることを示した『サクラ大戦』

平成8年9月27日、セガサターン向けに開発された同作は、ゲームがまさに「あらゆるエンターテインメントの複合体」であることを実感させられる作品でした。『天外魔境』をはじめ、数々のゲームやアニメを手がけてきた広井王子氏、『逮捕しちゃうぞ』などで人気を博していたマンガ家の藤島康介氏がキャラクターデザイナーとして、そして『ドラゴンボール』をはじめ錚々たるアニメ作品の音楽をつくりあげてきた田中公平氏が結集して作成されました。

『サクラ大戦』のパッケージ画像
©SEGA

大正浪漫と蒸気技術が融合された独自のレトロフューチャー的な世界感のなか、プレイヤーは、「平時は帝国歌劇団」「有事は帝国華撃団」という秘密部隊の隊長として、女性団員をまとめ上げながら、悪の組織と戦うゲームです。

アドベンチャーパートでストーリーを展開させながら、敵との対戦パートはオーソドックスなターン制ウォーシミュレーションゲームとして進める本作は、アニメファン、ゲームファン双方が納得する出来でした。のちにアニメ化、ドラマCD化、そして舞台化まで行われ、ゲームを原作とした2.5次元ライブエンターテインメントの先駆け的な役割を果たしたと言えるでしょう。

対戦パートの様子。「霊子甲冑」と呼ばれるメカを操縦して戦う
©SEGA
本作には、女性隊員とコミュニケーションを図るアドベンチャーパートを搭載。隊員の信頼度によって、攻撃力や防御力が変化し、戦闘パートに影響する
©SEGA

アートと遊びが見事に融合した『アクアノートの休日』と『パラッパラッパー』

また、ゲームの多様性を象徴しうる傑作が、この時期に多数生まれました。その代表的な作品の1つが平成7年6月30日に発売された、『アクアノートの休日』です。アーティスト・飯田和敏氏がゲームデザイナーとして取り組んだ本作は、ゲームクリアの概念が限りなく希薄な、海洋探索型ゲーム。その不思議で幻想的な海洋世界に魅了されたプレイヤーも多く、「目的もなく自由に異世界に没入する」行為自体が、ゲーム体験において重要な要素であることを示しました。

『アクアノートの休日』のゲーム画面
©1995, ARTDINK. All Rights Reserved.

もう一方は、平成8年12月6日に生まれた『パラッパラッパー』です。原色を多用した背景デザインのもと、脱力系とも言える紙っぺらのような2Dキャラクターがダンスバトルを繰り広げるという異色作。ただし、もともとの生みの親である松浦雅也氏が、「PSY・S」として活動していたミュージシャンであったこともあり、ゲームのために準備された楽曲はどれも秀逸で、国内のみならず世界的に評価を受けました。

『パラッパラッパー』のパッケージ画像
©1996 Sony Interactive Entertainment Inc. ©Rodney A. Greenblat / Interlink
『パラッパラッパー』のゲーム画面
©1996 Sony Interactive Entertainment Inc. ©Rodney A. Greenblat / Interlink

これらはいずれも本格的なアーティストが「ゲーム」という課題に対することで、従来のゲームデザイナーでは思いもよらなかった新たな体験をもたらした一例と言えるでしょう。

わずか3年で一気に広がった“デジタルゲームのカンブリア紀”

以上、わずか3年の間で、現在にもつながる多種多様なゲームが生まれました。その生態系の爆発はまさにカンブリア紀を彷彿とさせます。

ただ、ゲームの発展はここでは終わりません。次回は、インターネットシーンにおけるゲーム体験を生み出した作品群を紹介していきます。

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