2度目の新生東芝は今度こそ復活できるか? 柱なき成長戦略で「再度チャレンジ」

2度目の新生東芝は今度こそ復活できるか? 柱なき成長戦略で「再度チャレンジ」

2017.03.15

いまの東芝の姿は、背骨にもメスを入れた外科手術により、立ち上げることさえやっとの状態だといえよう。

2017年3月14日に行われた記者会見で、東芝の綱川智社長は、「新生東芝」という言葉を使いながら、社会インフラ事業を主軸とする事業計画を打ち出した。

だが、4月1日付けで分社化するメモリ事業の売却、そして、ウェスチングハウスによる海外原子力事業の売却は、いずれもマジョリティにはこだわらない外部資本の導入が前提だ。完全売却も視野に入れているとされ、東芝にとっては、同社の成長を支える最後の背骨にもメスを入れた大手術ともいえる。

これにより、1兆円近い売上高を誇るコア事業は東芝から消える。個別事業の売上高では、ビル・施設事業の6400億円が最大規模。綱川社長は、「新生東芝には、メモリ事業や原子力事業といった1兆円近い売上高を誇るような核となる事業はなくなる。2000億円~5000億円レベルの事業において、計画を確実にやり遂げることが重要である」と、新生東芝の基本姿勢を示す。

会見に臨む綱川社長

発表した中期経営計画は、2019年度の売上高が4兆2000億円、営業利益が2100億円。2016年度業績見通しでは、メモリ事業およびウェスチングハウスを含めた売上高が5兆5200億円であることに比べると、新生東芝の事業規模は、3年後の計画でも、この約4分の3にまで縮小する。

過度な成長を求めた過去の経営から決別

「今回打ち出した方針を確実に実施していくことが、過度な成長戦略を求めた過去の経営との決別につながり、健全な経営体制の第一歩になると考えている」と綱川社長は語り、2018年度からの成長戦略も、「安定成長」と表現したように、あえて「安定」の2文字を入れた。成長戦略にも堅実性を持たせるのが新生東芝の姿勢だ。

かつての東芝は、エネルギー、メモリ(ストレージ)、そして将来のヘルスケアの成長によって、1兆円規模のコアビジネスを3本とすることで、安定的な経営体質と、持続的な成長を描こうとしていた。そこに、「TOSHIBA」ブランドの顔となる白物家電とPC、テレビが脇を固める構図は、描いた絵としてはまさに上出来だった。

だが、その絵の表面には見えなかった下地に、不正会計処理という問題を抱え、さらに成長を支えるはずの海外原発事業の中核的存在であるウェスチングハウスの減損処理が浮上。東芝の屋台骨を揺るがすことになった。

2016年度は、ウェスチングハウスにおける減損などで7170億円のマイナスが発生するが、メモリ事業では1654億円、社会インフラを中心とした新生東芝の領域では1416億円の営業利益となり、あわせて3070億円の利益を創出している。「3000億円以上の営業利益は、東芝にとって過去最大の営業利益になる」という言葉にも、綱川社長の悔しさがにじむ。

名門・東芝は、東証2部への降格が決定し、今回の中期経営計画も2部降格を前提にしたものだとする。そして、3月15日付けで、審査中というステータスで監理銘柄に指定されたことも見逃せない。東京証券取引所および名古屋証券取引所の今後の審査で、内部管理体制などについて改善がなされなかったと認められる場合には、上場廃止が決定するという瀬戸際の事態にまで追い込まれている。

「社会に対する信用を確保しつづけ、上場廃止にはならないように努力をしたい」(綱川社長)と語るのが精一杯だ。

新生東芝の注力事業は4領域

新生東芝は、社会インフラ、エネルギー、電子デバイス、ICTソリューションの4つの事業で展開することになる。

新生東芝の注力事業は4領域

2019年度の業績見通しのうち、社会インフラの売上高が1兆9650億円、営業利益は880億円を見込む。公共インフラ、ビル・施設、鉄道・産業システムに加えて、東芝テックによるリテール&プリンティングで構成。「2019年度の売上高の約半分を担う事業」(綱川社長)となる。水処理や受配電、道路、防災、放送、防衛、航空管制、気象、郵便、金融などの公共インフラの更新、高度化需要獲得、保守ビジネスなどの安定収益事業が軸だ。

水処理や物流の公共インフラは、2016年度の売上見通しの3600億円から、2019年度には3800億円へと拡大。昇降機や空調などのビル・施設では、6400億円から7700億円へ、電池や鉄道システムなどの鉄道・産業システムは3100億円から3600億円へと拡大する。POSや複合機などを扱う東芝テックによるリテール&プリンティングは、2016年度見通しで5000億円の売上高を誇るが、2019年度の目標は非公表。だが、社会インフラ全体の公表値から逆算すると約4500億円規模と想定され、成長事業には位置づけてはいない。

2つめのエネルギーの2019年度の売上高見通しは1兆500億円、営業利益は450億円。「海外エネルギー事業のM&Aで失敗した過去を反省して、新たな体制で進んでいく」とし、火力・水力・地熱、電力流通、国内原子力に加えて、「水素社会に向けた新たな芽として、次世代エネルギーに投資する」と述べた。

火力・水力・地熱事業の売上高は3300億円から3100億円へ減少。電力流通は、2500億円から2700億円へ拡大。国内原子力は1500億円から2000億円へと拡大する。次世代エネルギーについては、2021年度に250億円の売上高を見込んでいる。

3つめの電子デバイスの売上高見通しは8000億円、営業利益は480億円。これを「メモリ無き後の半導体事業の姿」と綱川社長は位置づけ、ディスクリートおよびシステムLSIで構成する半導体の売上高は3700億円から4400億円に、エンタープライズ用途を中心としたハードディスクは、今後の市場縮小を見込んで4600億円から3600億円へと減少する。

「電子デバイスは、新たな車載関連、制御関連デバイスの開発で収益性を高めたい。ハードディスクは、市場が縮小するが、データセンターには必要な製品であり、しっかりとやっていく」と述べた。

そして、最後のICTソリューションの売上高は2800億円、営業利益は120億円を見込む。「IoTおよびAIを活用したデジタルサービスを顧客ととも共創することを目指す」とし、システムインテグレーション事業やデジタルソリューション事業を核に、年平均成長率約5%を見込んでいる。

メモリと原子力売却 2つの異なる狙い

新生東芝の前提となるのは、メモリ事業の売却と、ウェスチングハウスの売却だ。

綱川社長は、これを、「海外原子力事業のリスク遮断」と「財務基盤の早期回復と強化」という言葉で表現。同じ株式売却でも、片方はリスクとな事業を切り離し、もう片方は優良事業の株式売却益で財務体質を改善するという異なる狙いを持つ。

「海外原子力事業のリスク遮断」とするウェスチングハウスの株式売却においては、「東芝グループにおけるウェスチングハウスの位置づけを大幅に見直し、戦略的選択肢を積極的に検討する」とし、株式のマジョリティ売却などによる非連結化を含めた再編検討を加速するという。

記者からの質疑の時間では、激しいやりとりが行われる場面も……

問題は、経営不振の温床となったウェスチングハウスに売却先が存在するのかといった点だ。だが、綱川社長は、「サービスや燃料などの安定した事業があり、可能性はある」と語る。一部には、連邦倒産法第11条(チャプター11)よる破産申請も視野に入れていると言われるが、それについては、「現時点では決まったことはない」と回答する。米政府の債務保証などもあり、一筋縄ではいかない問題を抱えているのは事実だ。

そして、「財務基盤の早期回復と強化」とするメモリ事業の売却では、4月1日付けで分社化する東芝メモリにおいて、マジョリティ譲渡を含む外部資本の導入も検討しているとし、「これによって、メモリ事業の成長に必要となる経営資源の確保と、東芝グループの債務超過を解消して財務体質を強化する2つの狙いがある」と位置づける。

また、綱川社長は、「メモリ事業は、今後も年間3000億円程度の設備投資がないと成長が続かない。だが、東芝にはそれができない。適切なパートナーと一緒に勧めていくことが正しい判断である」と説明。「オープンな入札を開始しており、3月末までに条件が揃う。半導体技術は国の安全にも絡むことであり、売却先は、政治的問題になる国を避けるという点にも考慮する。メモリ事業の売却は、2017年度の早い時期に決めたい。メモリ事業への外部資本の導入により、2019年までの資金収支は、確実にプラスになる」と語る。

入札企業には、海外勢の名前が取りざたされるが、「日本の企業が入札しているかどうかを含めて、どこが入札しているのかは、具体的な名前はいえない」とする。半導体技術の流出を懸念する動きも、入札に影響を及ぼすことになる。

「再度チャレンジ」する

前任の室町正志氏の社長時代の2015年12月に、東芝は、「新生東芝アクションプラン」を打ち出した。バトンを受けた綱川社長も、就任発表会見では、「私に課せられているのは、室町が先頭になって取り組んでいる新生東芝への路線を引き継ぎ、新生東芝アクションプランによるステイクホルダーの信頼回復、強靱な企業体質への変革である」としていた。だが、このプランはとん挫した。そして、今回の会見では、この「新生東芝」とは違う、新たな「新生東芝」が打ち出された。

「また、振り出しに戻ったといえる状態。新たな気持ちで『新生東芝』に挑む。言葉は同じだが、再度チャレンジする」と綱川社長は語る。

新生東芝は、「再び成長をできる姿」を確立することが最優先事項だ。だが、東芝には、これからの成長を担う柱となる事業が見当たらない。「新生東芝は、社会インフラを核とした事業領域に注力する」と綱川社長は語るが、柱がなく、成長を牽引する事業が見当たらない東芝の姿には疑問符がつく。外科手術から復帰し、東芝が再び立ち上がった新たな姿を見せるには、多くの時間を費やすことになりそうだ。

バルミューダが“子どものデスクライト”を再定義した理由

モノのデザイン 第46回

バルミューダが“子どものデスクライト”を再定義した理由

2018.11.13

バルミューダ初の照明機器「BALMUDA The Light」

子供にターゲットを絞り、目の健康を追い求めた

デザイン家電ブームの火付け役が挑んだ新領域での苦労とは

バルミューダから10月26日に発売された「BALMUDA The Light」。これまで扇風機、スチームトースター、オーブンレンジなど、デザイン性と革新性を両立させた独自の製品を世に送り出してきた同社だが、照明器具の発売はこれが初めて。空調家電、調理家電に次ぐ“第三のカテゴリー”への市場参入を目論む第一弾のプロダクトだ。

“子どものため”と明確に謳ったこのLEDデスクライトは、これまでにはない思想で開発された。業界で異彩を放つ新製品の設計・機構から外観に至るまで、広義での"デザイン"について、開発チームのメンバーである同社マーケティング部プロダクトマネジメントチームの高荷隆文氏に聞いた。

バルミューダが新たに挑む製品カテゴリーである"照明"の第1弾として発売された「BALMUDA The Light」。"子どものため"のデスクライトとして、最新のテクノロジーのみならず、開発陣の思想や想いが想像以上に込められた商品だ

子どもウケデザインではない、子どものためのライト

冒頭で述べたとおり、本製品はデスクライトとして"子ども向け"を謳った商品。だが、その方向性は、見た目だけを子どもウケするようなデザインにしたものとは本質的に大きく異なる。

子ども向け="子どもの姿勢や視力への影響を配慮したもの"であり、製品の発表会では、「大人に比べて視界が狭い子どもは、机に向かっているうちにいつの間にか前のめりになってしまい、うつぶせのような姿勢になってしまう」と、寺尾玄社長自らがご子息と対峙して気づいたことが、開発の経緯になったことを明かしていた。

一般的なデスクライトの難点は、このように真上からの照明で、手元に影ができやすいことだ
光源が目に直接入ることも従来のデスクライトの問題点

高荷氏によると、初期の段階ではまったく異なるコンセプトで研究開発していたそうだ。しかし、「そのコンセプトでは商品化のめどが立たず、"集中"とか"目"が開発の方向性のキーワードになっていきました」と話す。

お話を伺った、バルミューダ マーケティング部プロダクトマネジメントチームの高荷隆文氏

BALMUDA The Lightは、同社が"フォワードビームテクノロジー"と呼ぶ、光をミラーで一度反射させてから手元に当てることで、光が瞳に直接入らない点が特長の1つである。反射板を使うことで机全体を照らすことができるという仕組みは、開発の初期段階から検討されており、デスクライトに応用することも考えていたそうだ。

バルミューダが考えた、デスクライトとしての理想的な光のイメージ。手元に影を作らず、光が直接目に入らない解決方法が検討された
BALMUDA The Lightの光源部分。ミラーによって光を反射させてから手元に当てることで、光が直接目に入らず、影もできない。光源には3灯の太陽光LEDが使われている

手術灯メーカーとの出会いで開発が加速

バルミューダがデスクライトの開発に着手したのは2014年ごろ。実は2015年に発売され大ヒットした「BALMUDA The Toaster」の発売前から構想自体はスタートしていたというが、商品化に向けて大きく動き出したのは2年ほど前とのこと。高荷氏は「でも、拍車がかかったのは、去年(2017年)の頭ぐらい。社長自らが山田医療照明の増田社長と出会ったところからなんです」と振り返る。

山田医療照明は、手術灯など医療用照明を手掛ける、業界では国内トップのメーカーだ。バルミューダが開発途中で考えていた照明の仕組みが手術灯に似ていることに気付いた寺尾社長が自らネットで検索し、探り当てたのが山田医療照明だった。これが、後の"フォワードビームテクノロジー"につながっていくことになる。

すぐさま寺尾社長はショールームへ乗り込んで行った。山田医療照明は手術灯でグッドデザイン賞を受賞するなど、デザインに対する意識も高く、製品開発の考え方にも近いものがあると感じたという。直接会いに行った同社の社長ともすぐさま意気投合したそうだ。

高荷氏は「実は山田医療照明の増田社長がバルミューダのファンで、弊社のほぼ全商品を持っていらっしゃったんです」と、共同開発にたどり着いたエピソードを笑いながら語った。

フォワードビームテクノロジーのヒントになった、山田医療照明の手術灯

2017年春からは、2社共同のプロジェクトとして再始動した、BALMUDA The Light。もう1つの技術的な特長として、光源に"太陽光LED"を採用していることも挙げられる。

太陽光LEDとは、太陽による自然光に近い波長(スペクトル)を持ったLED。一般的なLEDに比べてブルーの波長が低く、目にストレスを与えにくいといい、山田医療照明が手掛ける手術灯にも数年前から採用されている。

だが、目に優しい反面、太陽光LEDは価格が高いのが難点。一般的なLEDの10倍ほど高価なために、民生用の機器で採用されている例はほとんどないという。それをBALMUDA The Lightではなんと3個も搭載しているのだ。

BALMUDA The Light、一般的な白色LEDライト、太陽光の光の波長の違い。BALMUDA The Lightのブルーライトは、一般的な白色LEDライトに比べると太陽光に近い波長で、目が疲れにくい特性を持つ

太陽光LEDが民生用機器に採用されない理由は他にもある。「太陽光LEDは、光の質がよい代わりに発熱しやすく、放熱をいかに行うかがかなり大変なんです。放熱対策をせずに電流を流すと100℃を超えることもあり、そのままだとすぐに壊れてしまいます」と高荷氏。

そこで、BALMUDA The Lightではさまざまな放熱技術を検討していった。「フォワードビームの反射構造と放熱を両立させる設計を行い、1日中ライトをつけっぱなしにしていても、ほのかに温かいと感じる程度にまで抑え込みました。しかし、放熱のための解決策をやればやるほど本体が重くなっていき、倒れやすくなってしまったんです」と話す。

カサの部分に複数設けられた穴の部分は、放熱の機能も兼ねている

「形に合わせた開発」の苦労

以前、「BALMUDA The Range」の取材の際に、「バルミューダのデザインの神髄は、形はベーシックでありながら、オリジナリティーを追求することにある」と語られていたように、開発チームには、形を変えないままで中身を改良していくことが要求された。

「開発部門としては、あと5ミリ厚くできれば放熱と倒れにくさを両立できるのに……というせめぎ合いが何度かあったのですが、弊社の商品はデザイン性もブランドアイデンティティーの1つ。デザイン性は優先課題とされるため、"形ありきで、そこに技術をどうやってはめていくか?"という考え方で、光源部分の試作を毎週繰り返して、最終的にはコンマミリサイズで調整を続けました」と苦悩を明かす。

そのほかにも、暗くする際にチラつきが出やすく、それが目にストレスを与えてしまうという問題を電流の量で微調整する制御を行い、最小限に抑えたという。

一方、外観上のデザインに関しては、"パッと見はシンプル"というバルミューダ共通のデザイン意匠を踏襲しつつも、意識されたのは"テック感"だ。

「光源が見えない時、表側はシンプルでやさしい印象ですが、カサの内側の光源がある部分は複雑な造形にし、一部をクローム調にすることでシャープな印象に仕上げました。ポリゴン状の反射板も、光学的に有利かつテクノロジーを感じるデザインを意識したものです」と高荷氏。

それ以外にも、"子ども用"を謳う商品として、耐久性はもちろん、転倒しないように重さを調整した。"長くずっと机にいる相棒"として長年愛用できるように、デコレーション用に付属するシールが貼りやすい一方で傷や指紋が付きにくく、手入れをしやすいマット塗装やコーティングが施されている。

本製品のもう1つユニークな点は、"音"の仕掛けだ。BALMUDA The Rangeと同様に、デスクライトにもスイッチのダイヤルを回すと音を奏でるギミックが採用されている。前回のレンジはギターやドラムだったが、今回はアナログピアノの音が選ばれている。しかも、スタインウェイのグランドピアノを使って、スタジオでプロのミュージシャンが演奏した生音を音源にするというこだわりだ。

「いろいろ試した中で、光の明るさと諧調に親和性があったのがピアノの音でした。クラシカルなピアノの旋律はノスタルジックで、子どものイメージに合致しながらも、子どもっぽすぎるということもなく、長く愛用するのにふさわしい。ピッタリとハマりましたね。鍵盤の押し方とか、音の余韻までちゃんと表現されているんですよ」

製品に同梱されている取説。「子どものクリエイティビティや好奇心が掻き立てられるように」と、あえて設計図のようなデザインに仕立てたとのこと

コーポレイトアイデンティティーの1つとして"クリエイティビティ"を掲げるバルミューダ。今回の製品にも「クリエイティブであれ!」という子どもたちへのメッセージが込められている。そのために、デザインはあえて90%の完成度にし、残りの10%は使用する子ども自身の手で作り上げて欲しいという思いから、自由に組み合わせて貼れるステッカーが4シートも付属しており、本体の根本部分はペンスタンドにもなっている。

ダイヤル部分を回すと、ピアノの音階を奏でる。バルミューダらしい"遊び心"ある仕掛けに、子どもも大人も心が躍る

単に子どもたちの"目を守る"という使命だけでなく、自らの手で自分のものにした喜びや体験がモノへの愛着を生み、新たなクリエイティビティにつながっていく。いや、つなげてほしいという、同社の"意志"が大いに込められた商品だ。「デスクライトでどうやって体験を伝えるかはチャレンジングでした」と最後に語った高荷氏の言葉からも、その思いが伝わってきた。

感動に流されがちなスポーツと「プリンセス駅伝、四つん這い走行」

カレー沢薫の時流漂流 第15回

感動に流されがちなスポーツと「プリンセス駅伝、四つん這い走行」

2018.11.12

漫画家・コラムニスト カレー沢薫さんの社会派連載!

第15回は、「プリンセス駅伝の四つん這い走行」問題について

今年は「パワハラ」「黒い交際」「殺人タックル」など、スポーツ界が荒れに荒れた。

スポーツにつきまとう「感動」という尺度

というよりは、今までずっと「わかり哲也」の背景ぐらい荒れ続けていたが、関係者専用のプライベートビーチだったため、一般人の目につかなかっただけのような気もする。

その一方、ワールドカップでは予選を批判した奴は全員死んだのかというぐらい本戦の健闘が称えられたり、夏の甲子園では金足農が秋田県勢として103年ぶりに決勝に進出し大きな注目を集めたりと、感動的なこともあった。

しかし、結果だけを言えば、ワールドカップは1回戦敗退だ。金足農も決勝で敗れ準優勝。逆に優勝したのに金足農の陰に隠れた大阪桐蔭が可哀想なぐらいだ。

つまり、見る側はスポーツに対し、時に結果よりも「感動」を求めがちということだ。金足農が仮に優勝していたとしても、その勝利が「地獄甲子園」式で得た物なら讃えられなかっただろう。

スポーツに感動を求めるのは悪いことではない。私のような、床を這っているコードでこけるような先のない中年は、もはや他人の活躍に乗っかって泣いたり笑ったりするしかないのだ。

だが、「感動した! 痛みに耐えてよく頑張った! 」という言葉があるように、スポーツの感動には「選手が無理をする姿」も含まれていることは否定できない。その無理が「43度の風呂」レベルならまだ良いが、選手生命、さらには最悪命を脅かしかねない時もある。

インターネット大相撲では済まない「プリンセス駅伝」問題

そんな、文字通り「選手が痛みに耐えて頑張った」事件が、先日行われた「プリンセス駅伝」で起こった。女子駅伝だからプリンセス駅伝なのだろうが、私が走者だったら相当居心地の悪いネーミングだ。

その駅伝の中で、10代の走者が中継所の直前で走行不能となったが、何と四つん這いの状態で流血しながらタスキをつないだという。四つん這いで移動した距離は約200メートル。私だったら小一時間かかる、結構な距離だ。その選手がリードの外れた柴犬ぐらいのスピードで四つん這い走行した、というなら制止する間もなくタスキは渡されていたかもしれないが、満身創痍の状態なら相当時間がかかっただろう。

当然、その姿には「誰か止めろよ」と批判が噴出した。しかし、批判がある一方で「感動した!」と、流血四つん這いで走る女子の姿にバッチリ感動した勢がいるのも事実だ。それに対し「怪我しながら走る選手を美談にする勢を許さない勢」が現れ、いつものインターネット大相撲に発展しているのはよくあることなのだが、これはかなり複雑な問題なのである。

監督が倒れた選手に「お前棄権したらわかっとるやろな? 」とアイコンタクトをしたり、観客が「俺たちを感動させるために走れや」と選手を後ろからジープで追い立てたりしたと言うなら論外だが、監督はテレビモニターで「二足歩行が厳しい」という致命的な状態の選手を見て、ちゃんと棄権を申し入れている。

だが、その棄権が現場の審判に伝わった時には、すでにタスキ受け渡し地点の20メートル手前に来ていたそうだ。つまり、満身創痍の選手が四つん這いで180メートル移動してしまうまで棄権の申し入れが審判に伝わらなかった、ということだ。ここでまず連絡体制の不備が指摘されている。

そして、審判は棄権の申し入れを知った後も、「あとちょっとだし」と最後まで走らせてしまったと言う。痛みに耐えて頑張る選手、という「感動」に流され、無理をさせてしまった感は否めない。

そもそも棄権の申し入れがあるなしに拘わらず、現場判断で中止させるべきはなかったのか、という声もある。今、試しに家の中を四つん這いで走ってみたが、これで200メートルはなかなかキツイ。何より見た目が痛々しい。

私の場合、無職の中年が昼間に家の中を四つん這いで走っているというただの「イタい」状態だが、走れなくなった若い選手が流血しながら四つん這いで走る姿は、十分制止すべき痛々しさだろう。実際、棄権申し入れがなくても、現場判断で走れなくなった選手を止める権限が審判にはある。

それでも懸命に走る意志を見せる選手に心打たれて止められなかったのかというと、必ずしも感動だけが理由ではないようだ。企業にとって駅伝というのは非常に重要なものであり、それをチームではなく審判の判断で止めるというのは、審判員側と企業側に大きな禍根を残すことになりかねないのだという。よって審判側は「よほど勇気がないと止められない」そうだ。

また、選手にとっても企業の名前を背負っている上、「自分がコケたら皆コケる」という駅伝のルール上、選手には大きなプレッシャーがかかっている。つまり選手も現場も「止まるに止まれないし、止めるに止められない」状況になっていたのかもしれない。

そして結果から言うと、この選手は「全治3~4か月の骨折」となった。あの四つん這いでの200メートルがなかったら、もう少し怪我が軽くなった可能性は大いにある。

このように、無理は早めに止めないと、逆に有望な選手を潰すことになりかねない。

「無茶しやがって…」という展開は漫画などに任せ、ダメな時は「俺たちの戦いはまだ始まったばかりだ」と早々に打ち切り、次のチャンスに賭けるべきだろう。