マツダ福原常務に聞く販売戦略、下取り価格向上に結びついた施策とは

マツダ福原常務に聞く販売戦略、下取り価格向上に結びついた施策とは

2017.03.21

「マツダ地獄」という言われ方があった。それは、マツダ車を買うとその後に値が下がり、次に買い替えをする際には再びマツダ車にしないと下取り価格が大幅に下がってしまうことを言った。だが昨今では、マツダ車の価値が下がりにくくなり、かえって下取りの際の値打ちが他車比較を上回るという。背景に、近年のマツダ車の商品性が上がり、魅力が高まっている状況があるが、それだけではない営業やアフターサービスの改革があった。

マツダ車の商品性が急激に向上

マツダは、2012年に発売された「CX-5」から、新世代商品群と銘打ち、マツダのスカイアクティブ技術(SKYACTIV TECHNOLOGY)を搭載し、魂動(こどう)デザインを取り入れた新車を相次いで発売してきた。それら新車は、環境の時代に適合したガソリンとディーゼルエンジンなど、環境負荷の低減と走りの良さを両立した安心と満足に加え、格好よさや上質さが高く評価され、マツダ車の存在感を巷に溢れさせている。

新世代商品群の先陣を切り、先頃フルモデルチェンジを受けた「CX-5」

なぜ、急速にマツダ車の商品性が上がったかといえば、年間生産台数120万台規模(2016年は158万台強)の自動車メーカーとして、身の丈に合った市場分析を徹底し、そこに最適な新車を投入する技術開発とデザインの方向性を明らかにしたことが大きい。

技術面でいえば排気ガスの規制や燃費数値など目前の目標に対して、単に触媒やモーターなどのデバイスを追加する手段を講じるのでなく、「ハイブリッド車(HEV)、プラグインハイブリッド車(PHV)などを含め、近い将来はなおエンジン搭載車が大半を占める」という分析と、「気候変動(地球温暖化≒CO2排出量)抑制」を大義とし、「エンジン効率を徹底的に高める」との原理原則に則ったエンジン開発思想を打ち立てた。

その手法は、エンジンだけでなく、トランスミッション(変速機)やシャシー、車体など、クルマ全体の技術開発に及ぶ。それが大義を実現するための技術――SKYACTIVであり、エンジン開発の責任者であるマツダ常務執行役員の人見光夫氏は、「空に向かって無限の可能性を追求していくこと」だと語った。

デザインでは、「クルマは美しい道具でありたい」との理想から、人が手で生み出す美しいフォルムをまとい、命あるアートでありたいとの理想を追求する。その理想とは動物の動きであり、そこから魂をゆさぶる魂動デザインが生まれてくる。

「ロードスターRF」も魂動デザインを体現する1台だ

どちらにも通じるのは、数値や技法ではなく、人の思いであり、志という形のないものを開発者たちの心に刻み込むことにある。

一括企画の採用がカギに

そのうえで、一括企画という開発手法をマツダは採った。これは、何年か先までの新車開発を視野に、車種の違いに関わらず、各機能について共通の基本概念を定め、新車開発において高めるべき機能を明確にすることである。これを実現する技術をコモンアーキテクチャーといい、基本となる技術を共通化し、同じ機能を車種を問わず実現していく。これは、一般的に言われる部品の共通化とは異なり、機能を共通化することを目的とし、場合によっては、部品自体は異なる場合も考えられる。

これら一括企画とコモンアーキテクチャーを導入することにより、SKYACTIV技術と魂動デザインを新車に導入するだけでなく、モデルチェンジ前であっても最新の機能を搭載できる体制を整えた。つまり、同じモデルであっても、年月が経過しても商品性を落としにくくなったということだ。

実際、2016年の7月から11月までの4カ月間で、「アクセラ」、「アテンザ」、「デミオ」、「CX-3」の計4車種で商品改良を実施している。マツダの企業規模で短期間に実現できたことが、一括企画の成果の証になっている。

こうしたマツダの新車開発やものづくりの革新を得て、販売の仕方も改革された。

「価格訴求販売」から「価値訴求販売」へ

自動車購入の手段として、買いやすいことから普及しつつあるのが残価設定ローンだ。購入してから数年後にクルマを手放す際の価値をあらかじめ設定し、それを差し引いた残りを使用料的に分割で支払っていくやりかたである。残価が高ければ、支払金額は安く抑えられる仕組みだ。マツダは現在、残価を新車価格の55%に設定している(3年型:37回払い、1,000キロタイプの場合)。一般に、残価設定は新車価格の3分の1ほどであるから、破格の高さだ。当然、月々の支払いは安く抑えられる。では、それがなぜ実現できたのか。

新車販売の改革で根幹をなすのは、「値引きを含めた価格訴求による販売の仕方から、商品が備える価値をお客様にご理解いただき、販売につなげるという考え方への転換です」と、国内営業・法人販売担当の常務執行役員である福原和幸氏は説明する。それを実行するためには、マツダブランドへの信頼が欠かせない。“マツダ車を買っても大丈夫”という安心感だ。そこを支えるのが、前述のSKYACTIV技術や魂動デザインが持つ高い商品価値を消費者に伝える仕組みと、その商品価値を購入後も守っていく取り組みにある。

国内販売を担当するマツダの福原常務

「当たり前の話ですが、仮にご購入いただいたクルマの価値が3年で7割になるとしたら、100万円のものは3年後に70万円になるはずですが、値引きして80万円にする売り方であったなら、3年後には56万円になってしまいます。商品の価値をご理解いただき、適正な価格でお客様にご購入いただくことが、結果的にお客様の資産を守ることになるのです」と福原常務は説明する。

クルマは、買うとき、使うとき、売る(手放す)ときというふうに、消費者の手元でいくつかの段階を経る。単に新車を売ればいいということではなく、クルマが経るライフサイクルのなかでの手厚い支援が、自動車メーカーへの安心と信頼を深めていくのではないか。

それら、買う/使う/売る(手放す)段階それぞれに行われている、マツダの新たな取り組みを福原常務に説明してもらった。

「クルマ=お客様の大切な資産」として、カーライフをサポート

「買う」については、マツダのクルマに関する価値を営業マンが消費者に伝える地道な取り組みが背景にあるが、詳細は次頁で紹介する。また、既述の残価率の高い残価設定ローンは、買いやすい、買い替えやすい環境を消費者に提供している。

次に、使う段階の点検整備に関しては、「パックdeメンテ」というパッケージで、車検前までの点検整備を行う制度を推奨し、安心してクルマの維持管理をできるようにした。また初回車検については、車検も含めたパッケージを用意している。点検のたびに支払いが生じずに済むのは気持ちを楽にし、積極的にクルマを整備しようという気にさせる。それが、クルマの調子を維持し、下取りの際の状態を高く保つことにもつながっているのだろう。

マツダの自動車保険には、「スカイプラス」という特約を無償で付けることができる。これは新車購入時から3年間、5万円以下のボディ補修であれば、年に1度まで、自己負担額5,000円で保険を使わずに修理できるサービスだ。ちょっとしたこすり傷は、まだ使い勝手に慣れない新車時に起きやすく、そこで車両保険を利用すると次の年の契約の割引率が悪化するが、この特約があれば、気軽に修理を頼める。そしてここでも同じく、傷の無い車体であれば下取り時の査定評価を高く維持する効果が得られる。

最後に、売る(手放す)段階では、次のクルマを買うことにもつながる話だが、マツダは自動車公正取引協議会による「車両状態評価制度」という、中古車の状態を正しく認定する資格の認可を、100%出資子会社のマツダ中販で取得している。「この資格を持つのは、マツダ中販を含め国内で4社のみ」と福原常務は言う。これまで外注で実施していた評価を自前で実施することにより、余計な手間や時間をかけることなく、全国のマツダディーラーを介して次の顧客に中古車を販売できる体制を整えた。それによって、新車同様に適正な価格で中古車を購入する安心を消費者にもたらすことが可能になる。

当たり前と言ってしまえばそれまでだが、使う人の気持ちになって考えたサービスが整えられ、それが3年後、5年後の査定価格を大幅に下げないで済む、すなわち“マツダ地獄”に陥らずに済むクルマの残存価値を生み出すことにつながっているのである。

マツダ車の良さを知る営業マンを増やす地道な取り組み

こうした販売体制の変革は、販売店の協力なくして実現することができない。なおかつ、全国どこの販売店でも同じサービスが得られなければ、マツダとしての信頼性の向上、ブランド力の向上に結び付かなくなる。

そこで、マツダでは、販売店の協力を得る努力も重ねている。

まず、自分の言葉として、あるいは体験として、「マツダのクルマに自信をもって語れるよう、営業の人たちに徹底して新車に試乗をしてもらうことを実施しました」と福原常務は話す。そこには、開発に携わった技術者やデザイナーも立ち会うとのことだ。そのほか、マツダが掲げる「人馬一体」のクルマづくりを実感してもらうため、あらゆるクルマの乗り比べも、開発者の同乗のもとで行われる「人馬一体アカデミー」の取り組みも別途行われている。

ほかにも、「開発者や、生産に関わる工場関係者からの講話や、工場見学なども実施している」とのことだ。

顧客がマツダと出会う場所となる店舗の改装も見逃せない施策だ。写真は関東マツダの目黒碑文谷店。“ディーラー通り”とも呼ばれる目黒通りで、黒を基調とするガラス張りの建物は目を引くし、展示車両は通りから視認しやすい。店内の落ち着いた雰囲気もブランド価値の向上に一役買っているようだ

以上の様な催しには手間も時間もかかる。その間も、営業に歩いたほうがいいという発想が販売店側になくはないだろう。だが、やみくもに営業をしても、やったという実感は出ても、売ったという成果にどれだけ結びつくかは未知数だ。

ブランド価値を高め、マツダのファンを増やすことが重要と福原氏は語っていた

まして、台数ではなくブランド価値を売るとしたマツダの方針には、そぐわない。マツダの新しい販売の仕方を型として定着させるには、地道な努力しかないのである。

「マツダ営業方式と呼ぶこうした一連の活動に、販売店のオーナー経営者の方たちにも賛同してくださる会社がありました。きっかけとなったのは、SKYACTIV技術や魂動デザインといった世の中で認められる商品に変わっていったこと。まず、エンジンだけをSKYACTIVにしたデミオがリッター30キロ(10・15モード:当時)の燃費を実現し、第3のエコカーと評判となり、それが手応えとして初代CX-5につながって、クリーンディーゼル車が想像以上に世の中で認められ、営業が確信したのです」と、福原常務は経緯を語るのである。

マツダ車の販売戦略からみる買い物の醍醐味

一方で、消費者にとって買い物の喜びとは何であろうか。改めて考えてみる時代になっているように思う。

安い、ということは買い物の1つの要素であるかもしれないが、すべてではない。買い物をするためのお金は、貴重な労働によって得られた対価である。それを、安物を買い漁ることだけに使ってしまったら、どこか虚しくはないか。そして、一時的な興奮が去った後、部屋の中には使わなくなった安物の山ができる。それを捨てればゴミの山となる。ゴミは減らすというのが時代の流れだ。

適正な価格という発想は、自分の労働に対する対価である手持ちのお金に価値を与えることではないか。それは、自らの労働の価値さえも高めることになる。安くはなくても、いいと思ったものに労働の成果であるお金を支払う。それは、充実した人生のひと時となるであろう。そして、労働の対価として得た物を永く愛用することにより、数々の思い出も生まれるだろう。それが、人生を豊かにしていくのではないだろうか。それが、買い物の醍醐味だ。

クルマを購入する際、値引きという発想は永年にわたり変わらぬ儀式のようになっている。しかし、大きな値引きをしてもらうより、何年か愛用した愛車が思った以上の高値で下取られたとき、人は自分の目利きの確かさに満足するのではないだろうか。

そういうクルマ販売を、マツダは始めたということだ。マツダは、人生をより豊かに感じられる買い物の喜びに挑戦しているともいえるのである。

NewsInsight 更新終了のお知らせ

NewsInsight 更新終了のお知らせ

2019.06.17

NewsInsightは、諸般の事情により記事更新を終了いたします。

ご愛顧いただいた読者の皆様、また関係者の皆様に、編集部一同、誠に感謝いたします。

なお、NewsInsightに掲載中の記事につきましては、引き続きマイナビニュース(https://news.mynavi.jp)へと掲載場所を移管いたします。

掲載中の連載記事につきましても同様に、マイナビニュースへ移管いたします。各連載記事の新しい掲載URLにつきましては、以下となります。

○安東弘樹のクルマ向上委員会!
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○森口将之のカーデザイン解体新書
https://news.mynavi.jp/series/cardesign

○清水和夫の自動運転ソシオロジー
https://news.mynavi.jp/series/autonomous_car

○ゲームとともに振り返る“平成”という時代
https://news.mynavi.jp/series/game_heisei

○岡安学の「eスポーツ観戦記」
https://news.mynavi.jp/series/e-Sports_review

○企業戦士に贈る「こむぎのことば」
https://news.mynavi.jp/series/komuginokotoba

○藤田朋宏の必殺仕分け人
https://news.mynavi.jp/series/shiwakenin

○「食べる」をつくる科学と心理
https://news.mynavi.jp/series/food_science

○阿久津良和のITビジネス超前線
https://news.mynavi.jp/series/itbiz

○山下洋一のfilm@11
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○モノのデザイン
https://news.mynavi.jp/series/designofthings

○知って納得、ケータイ業界の"なぜ"
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○文具ソムリエール・菅未里の「新しいコンパス」
https://news.mynavi.jp/series/bungu

○活字・写植・フォントのデザインの歴史 - 書体設計士・橋本和夫に聞く
https://news.mynavi.jp/series/font-history

○カレー沢薫の時流漂流
https://news.mynavi.jp/series/jiryu_hyoryu

最後になりますが、改めて皆様に感謝いたしますとともに、引き続き、マイナビニュースにてご愛顧いただけましたら幸いです。

放置されていた不寛容? 国会まで届いた「パンプス強要」騒動

カレー沢薫の時流漂流 第47回

放置されていた不寛容? 国会まで届いた「パンプス強要」騒動

2019.06.17

最近女性の間で「#MeToo」ならぬ「#KuToo」運動がにわかに盛り上がっている。

「#KuToo」とは「靴」と「苦痛」をかけており、職場や就職活動で、足を痛めるパンプスやヒール靴の強要をやめようという運動である。

そもそもそんなの誰も強要してねえよ、と思われるかもしれない。確かに規定として靴の形状やかかとの高さまで定めている会社はレアだろう。しかし、私の元いた会社でも、規則があるわけでも、誰に言われたでもなく、みな一様に黒のパンプスを履いていた。それが「暗黙のルール」であり、それ以外は「非常識」と見られる風潮は確かにあるのである。

これが就職活動になると、パンプスを履いていないだけで「こいつは常識がない」と見なされ不採用になってしまうかもしれない、ということだ。そうなると女子学生は足を負傷してでもパンプスを履かざるを得なくなってしまう。

正直、パンプスは苦痛

パンプスがそんなに苦痛か、というと、靴の中では殺傷能力が高い方である。これは他人への、という意味ではなく自分へのだ。他人を殺傷したいならカウボーイが履いている、かかとにピザカッターがついている奴を履いた方が良い。

狭いつま先に足の指が密集されるため、私もよく爪で隣の指を切って足を血だらけにしていたし、伸縮性にかける素材のため、あわないパンプスだと試着の時点で靴擦れが出来るレベルなのだ。

世の中には素肌に荒縄で亀甲縛りを施し、その上に上等なスーツを羽織って出社している人も多いと思う。とても痛いだろうが、それは強制されたわけではなく、その人が好きで楽しいからやっているのだ。

つまり、好きでもない上にとても痛いパンプスを強制で履かなければいけないというのは、上等なスーツの下が亀甲縛りなことよりも「異常」なことというわけだ。

この運動はすぐに広まり、いきなり国会でも議論されたという。これにより「厚労相がハイヒール強要を容認」という見出しのニュースまで踊り出ることになった。

完全に自由と言われても困るのでは?

「厚生省に、女がハイヒールを履かないと死ぬ病の人が!?」と驚いたが、記事をよく見ると見出しほどのことはなく、厚労相の発言は「これは社会通念に照らして業務上、必要かつ相等な範囲かと、この辺なんだろうと思います」というかなりボンヤリしたものであり、どっちでも良い事を聞かれた私のリアクションに似ている。

しかし「ハイヒールが履けない女は何やってもダメ」などと強い事を言っているわけではないが、「業務上必要ならパンプス履くべきだろ」という「容認」に聞こえなくもない。すぐさま「業務上ハイヒールが必要な仕事って何だよ」という疑問が挙がり、「SMの女王様」「(ハイヒールでキレッキレに踊る)perfume以外ありえない」などの声が相次いだ。

この社会問題がすぐ大喜利になってしまうのは良くも悪くも「ザ・ツイッター」という感じだ。

確かに「業務上必要」となると、まだかかとにピザカッターがついている靴の方が「ピザを食う時」必要な気がする。

ただ、靴や服装を完全に自由化し、何でもOKにすれば良いかというと、それはそれで問題が起きると思う。ファッションに疎くコーディネートが苦手な人間からすれば、職場に何を着ていいのか全く「指針」がないというのは迷子になるし、接する側としても、車を買いにいってディーラーが、イモ―タンジョ―の完コスで出てきたら「キャデラックしか買うことを許されないのか」と委縮してしまう。就活マナー本に「俺の考えた最強の就活ファッションで挑みましょう」とだけ書かれていても逆に困るだろう

着る側としても、それに接する側としても、社会において服装にある程度規定や模範があるというのはメリットでもあるのだ。

そもそも規定や常識というのは、秩序を作ることにより問題を減らすためにあるものなのだ。しかしそれが元で「足を負傷する」という「問題」が起こっているなら本末転倒なので、やはり解消はすべきなのだろう。

極論に流れない寛容さが足りない

おそらく「#KuToo」を提唱している人も「ドラゴン柄のコンバースで就活したい」と言っているわけではないのだ。最近は「パンプスに見えるスニーカー」なども存在するし、パンプスでなくても地味な靴はいくらでもある。そのような靴を履いていても「パンプスじゃないから非常識」と見るのをやめてほしいという話だろう。

ちなみに私が会社員時代履いていたパンプスだが、黒の革靴ではあったが、つま先は限りなく丸く、ヒールはなきに等しい、今思えばあれはパンプスだったのか、70過ぎのババアが旅行に行くときに履くヤツなんじゃないか、という代物であったが、特に何も言われなかった。

「#KuToo」が求めるのも、そのぐらいの「寛容さ」なのではないだろうか。

【お知らせ】
連載「カレー沢薫の時流漂流」の掲載場所を変更します。
→ 新しい掲載場所はこちら https://news.mynavi.jp/series/jiryu_hyoryu