エコカー時代の“マツダらしさ”とは? 藤原専務に聞く電動化戦略

エコカー時代の“マツダらしさ”とは? 藤原専務に聞く電動化戦略

2017.03.22

SKYACTIVエンジンで飛躍的に内燃機関(エンジン)の燃費性能を向上させ、ガソリンのみならずディーゼルターボエンジンを市場に投入し、マツダは好評を得てきた。では、電動車両への取り組みはどうかというと、トヨタ自動車のハイブリッドシステムを活用した「アクセラ」のハイブリッド仕様はあるものの、プラグインハイブリッド車(PHV)、電気自動車(EV)、燃料電池自動車(FCV)の準備はない。

アクセラハイブリッド HYBRID-S L Package

米国カリフォルニア州では、メーカーに電動車両の販売を促す「Zero Emission Vehicle(ZEV)規制」の強化が2018年に迫っているが、2018年モデルとは、実は今秋から発売される新車を指す。マツダはどのようにZEV規制を乗り切ろうとしているのか。

米国で目前に迫る環境規制、マツダはどうする

2018年から、米国カリフォルニア州でZEV規制が強化される。それまでは大手自動車メーカー中心であった規制対象が、マツダや富士重工業(スバル)といった中堅自動車メーカーにも広がる。また、従来はZEVの一部に加えられてきたハイブリッド車(HV)が外され、適合車の対象となるのはEV、FCV、そしてPHVに限られることになった。昨今、ドイツ車をはじめとする欧州車にPHVが増えてきたのは、その対処のためである。

マツダが2007年に表明した「サステイナブル“Zoom-Zoom”宣言」にはモーター駆動技術について記されている。すでにその時点で、マツダは電動化技術を将来的に導入していくことを伺わせている。しかし、SKYACTIVの新世代技術を全面的に採り入れた、第6世代商品群の第1弾となる「CX-5」が2012年に発売され、その2世代目が登場するまで時を経た今日に至ってもなお、電動車両への取り組みについては小飼雅道社長の表明のみで、現車はない。

2018年への対処が年内に迫る中、研究開発の取締役で専務執行役員の藤原清志氏に問うと、「2019年にEVを出します」との答えが返ってきた。「しかし2018年には間に合わないので、貯まっているクレジットや台数の先送りで対処します」と言う。

研究開発を担当する藤原専務

ここで少しZEV規制について解説しておく。

カリフォルニアの大気汚染対策を発端とする環境規制

ZEV規制は1990年代初頭にカリフォルニア州で法案として生まれ、それが修正を経ながら今日に至る。当初はカリフォルニア州の大気汚染を改善するための排ガス規制が目的だった。そこで排ガスゼロ、すなわちゼロエミッションという言葉が使われた。

当時のカリフォルニア州には公共交通機関の鉄道がなく、移動はほとんどが自家用車で、ほかにバスがある程度だった。そして、東に控えるシエラネバダ山脈によって海風が抑えられ、大気が平野部の市街地に滞留する地形である。クルマの排ガスはそこに停滞し、カリフォルニアの強い日差しによって光化学スモッグを起こす。1990年代初頭、カリフォルニア州で夜間に霧かと思った靄が排ガスによる光化学スモッグで、それが地上に降りてきていたり、海の上にスモッグが停滞していたりする状況を私は体験している。それほど大気汚染は身近だった。

そもそも、エンジンの排ガス対策を促す1970年代の「マスキー法」誕生も、カリフォルニア州の大気汚染を発端としている。

相次いでEV開発に乗り出した自動車メーカー

ZEV法案が出された段階で、米国ビッグ3はもちろん、トヨタ、日産自動車、本田技研工業が相次いでEVの開発に乗り出した。しかし、当時のバッテリー技術では実用に適した走行距離を達成したEVを市販するまでに至らず、規制内容はHVも受け入れるなど、たびたび修正を受けながら、徐々に規制強化の動きとなってきているのである。

販売台数を数値目標に定めるZEV規制の厳しさを語る藤原氏

そして、当初は販売台数の多い大手自動車メーカーのみが対象だったが、中堅以下の自動車メーカーも対象とするように強化され、今日を迎えている。排ガスゼロは、気候変動を抑制するための二酸化炭素(CO2)排出ゼロにも通じることになる。

2018年には販売する新車の4.5%をZEVとし、翌2019年には7%に、以後は毎年その台数が増えて、2025年には22%にまで比率を高めなければならないというのが、ZEV規制の行程だ。「その数字は自動車メーカーが生産すればいいというのではなく、販売台数であるところが厳しい」と、藤原氏も表情を引き締める。

また、このZEV規制はカリフォルニア州だけではなく、米国東海岸の7つの州(コネチカット州、メリーランド州、マサチューセッツ州、ニューヨーク州、オレゴン州、ロードアイランド州、バーモント州)にも広がる動きになっているのである。

規制対策ではなく、大義のための電動化

マツダの具体的な取り組みについて藤原氏は、「マツダは、そうした規制のためにEVなどの開発をしているわけではありません」と切り出した。「サステイナブル“Zoom-Zoom”宣言のときから、企業がなすべきは、地球温暖化(気候変動)をいかに抑制するかです。それが、大義です」と言うのである。

続けて、「まず世界にもっとも台数の多い内燃機関(エンジン)から解決していくのが、マツダの優先順位です。その燃料として石油を精製すれば、ガソリンだけでなく軽油も生まれます。軽油を、日本ではあまり使われないからと海外へ出せば、そこでCO2排出量を余計に増やすことになります。ですから、国内でもそれをきちんと消費できるように、ディーゼルエンジンの市場も育てていかなければならないと考えました」と藤原氏は語った。

それが、マツダのクリーンディーゼルエンジン車である。実際、マツダは日本市場においても、「デミオ」から2017年2月に発売した「CX-5」まで、5車種にわたってクリーンディーゼルエンジンを設定している。

「地域によってエネルギー事情が違い、たとえば北欧のノルウェーでは電力の100%を水力で賄っています。そうした地域では、効率の良い内燃機関よりEVの方がCO2排出量は少なくなります。その地域の市場からは、早くEVを出してほしいと催促されています。また、北欧諸国ではZEVに対する関税がゼロになる政策もとられています。カリフォルニア州であるとか、原子力発電のある国や地域では、EVの方が地球温暖化の抑制になります。そういう地域のために電動化をしていくというのが、次の順序です」というのが藤原氏の考えだ。

エコカー時代に脚光を浴びる「ロータリーエンジン」

2019年にEVを発売後、2021年以降にはPHVも追加していくことになるという。EVについては、車載バッテリーのみで走る仕様に加え、エンジンで発電し、それを駆動に使うレンジエクステンダーの車種も考えているそうだ。「BMWのi3と同じやり方です」と藤原氏。このレンジエクステンダー用の発電エンジンとして、世界で唯一、マツダが量産市販してきたロータリーエンジンを活用したいと話す。

BMW「i3」はEVだが2輪車用のエンジンも搭載しており、そこで発電した電力を走行に使うことで航続距離を伸ばす。これがレンジエクステンダーの仕組みだ

ロータリーエンジンによるレンジエクステンダーは、2013年の暮れに試作車によって公開された。それに私は試乗したが、騒音・振動が他のレンジエクステンダーエンジンに比べ明らかに小さく、後席に座ると多少エンジン音が耳に届く程度という完成度の高さだった。

藤原氏は、「マツダはロータリーエンジンを量産してきましたから、そのあたりの出来は他と違います」と胸を張る。そして、数多くの知見を持つ世界で唯一の企業であるマツダとして、ロータリーエンジンをいかしていけないかと期待を寄せる。

そこには、別の思いもあるという。

多様な燃料を使えるロータリーエンジンの可能性

ロータリーエンジンは、燃焼室が一般的なレシプロエンジンの丸いピストンと違い、四角い形状となるため完全燃焼が難しい。なおかつ、ローターの回転によって燃焼室が移動していくため、燃焼室の温度は冷えやすい傾向にある。そのため排ガス浄化においては、燃焼温度が低いことにより窒素酸化物(NOx)の排出は少ないが、炭化水素(HC)の排出量が多く、それはすなわち燃費がよくないという弱点にもつながっていた。

一方で、過去に発表された水素ロータリーエンジンは、水素でもガソリンでも稼動する。この開発で見えてきたのは、多様な燃料でエンジンを動かせる適応力の高さだ。藤原氏はクルマを走らせるだけではないロータリーエンジンの可能性を語る。

「地方自治体などの話を聞いてみると、災害に備え自前で発電機を準備するのは、日常的な維持管理を含め、費用負担や労力が大きすぎ、なかなかできないと言います。その点、燃料に多様性のあるロータリーエンジンを発電に使うEVのレンジエクステンダーがあれば、通常は業務にクルマとして利用でき、万一の際にはガス燃料でもロータリーエンジンは稼働させられるので、たとえば、地方はプロパンガスの需要が多いと思うので、災害時の短期間であればそれで発電し、電力を得られます」

ロータリーエンジンが今、新たな使命を帯びる

「コンビニエンスストアなども地方ではプロパンガスが設置されているでしょうから、日常的な配達などでレンジエクステンダー付きのEVを利用してもらえば、災害時には冷蔵庫などの電力を、プロパンガスを燃料に維持することができるので、数日間は救済の拠点などにできるでしょう」という藤原氏の言葉には説得力がある。

社会貢献につながるマツダのEV

従来、クルマの性能や機能を考えるときは走行性能にばかり目がいきがちだが、マツダの独自性にもつながるロータリーエンジンを発電用に活用し、EVとしての走行距離を伸ばしながら、万一の際には災害拠点の電力を賄うという発想は、電動車両ならではである。そこまでの広い視野で、藤原氏はマツダ車の電動化の道のりを考えているのだ。

実は国の行政でも、災害時の拠点として道の駅を1つの重点候補と考えている。というのは従来、災害時の拠点としての役割は役所や学校などが担ってきたが、大規模災害が発生したとき、そうした施設が幹線道路から離れているため、救援車両の出入りに不自由したという反省があり、幹線道路に面した道の駅が注目されるようになったのだ。そして現在、道の駅への急速充電器の設置が進んでおり、同時に、EVなどから施設への給電を可能にする設備の設置も検討・実施されつつある。

EVを導入すれば、このように、従来のエンジン車では考えられなかった社会貢献の可能性を広げることができる。気候変動の抑制を含め、社会や地域に貢献する大義がクルマに備わることになる。

中国で動き出す「NEV規制」

マツダの電動車両の開発は、やや遅ればせながらという状況もなきにしもあらずだが着実に進められ、あと1年ほどすれば、その全容が明らかになってくるのではないかと期待が高まる。

そんな中、電動車両への欲求は、米国だけでなく中国でも起こりはじめている。カリフォルニア州のZEV規制とほぼ内容を同じにする「New Energy Vehicle(NEV)規制」が、中国でも動き出そうとしているのである。

中国では2016年に40万台のEVが販売された。例えば日産・ルノーアライアンスが、2010年の「リーフ」発売から積み上げてきた累計35万台(2016年9月時点)という実績を、軽く超える台数をたった1年で達成したのである。

藤原氏も、「マツダはもちろん、世界の自動車メーカーが主力と考える市場は、米国と中国です」と述べる。自動車市場の1位中国と2位米国であり、EVは巨大自動車市場に不可欠な商品となっていく運命にある。

世界中の自動車メーカーが重要市場に位置づける中国。マツダは「CX-4」で「2017中国カーデザイン・オブ・ザ・イヤー」を受賞している

小規模メーカーこそ電動化が急務

なぜ、中国がそこまでEVに熱心になるのか。それは、以前のカリフォルニア州と同じように、北京をはじめ中国国内で発展する都市の多くが、大気汚染による健康被害に悩まされているからである。

大気汚染の原因は、必ずしもクルマの排ガスだけではない。国民生活を支える電力の発電に、石炭火力が使われていることも大きい。経済をさらに発展させ、国を繁栄させ、国民生活の文明化を国全体に拡大するには、石炭火力からの脱却が不可欠なのである。そこで注目されているのが原子力発電だ。400基という膨大な原子力発電所の建設計画とEVの導入は、中国が発展を成し遂げるうえで中核事業に据えるものだ。

また米国も、1979年に起きたスリーマイル島の事故以来中断してきた原子力発電所の建設に動き出している。それが、いま問題となっている東芝のウェスティングハウス買収と、それによる不採算にも関わっている。

これまで京都議定書に調印してこなかった世界最大のCO2排出国である中国と、2位の米国。両国がパリ協定に調印できたのも、そうした原子力発電事業の見通しがあるからだ。

いま、世界のほとんどのクルマはエンジンで走っている。だが、米国と中国でEVが普及し始めたら、他の市場でもEV化を進めなければ、自動車メーカーはエンジンとモーターという2つの生産体制を持ち続けなければならなくなる。それは、小規模な自動車メーカーにこそ難しい話であろう。EVへの転換をいかにうまく進めるか。マツダを含め、世界の自動車メーカーの正念場は目前に迫っている。

マツダが新型車「MAZDA3」を発売! ブランド戦略の成否を占うクルマに?

マツダが新型車「MAZDA3」を発売! ブランド戦略の成否を占うクルマに?

2019.05.24

「MAZDA3」はハッチバックとセダンの2タイプ

まるで歩いているような運転感覚を目指したと開発主査

狙うは中~高価格帯? プレミアムブランド化の試金石

マツダは「アクセラ」の後継モデルとなる新型車「MAZDA3」(マツダ・スリー)を発売した。ボディタイプはハッチバック(マツダは「ファストバック」と呼称)とセダンの2種類、価格は218万8,100円~362万1,400円。マツダにとっては新世代商品群の先陣を切るクルマであり、マツダブランドがプレミアム化路線に舵を切っていけるかどうかの試金石となる商品でもある。

マツダが発売した「MAZDA3」。左がセダン、右がファストバック

新世代商品群の口火を切る「MAZDA3」

マツダは2012年に発売したSUV「CX-5」を皮切りに、「新世代商品群」(マツダにとって“第6世代”にあたる商品群)のラインアップを拡充してきた。今回のMAZDA3は、同社にとって“第7世代”にあたる商品群の幕開けとなるクルマだ。このクルマから、次の「新世代商品群」が始まる。

開発主査を務めたマツダ 商品本部の別府耕太氏によれば、MAZDA3で目指したのは「マツダブランドを飛躍させる」こと。そのために、クルマとしての基本性能を「人の心が動くレベル」まで磨き上げ、「誰もが羨望するクルマ」に仕上げたとのことだ。MAZDA3は「徹底的な人間研究」に基づいて作ったクルマであり、乗れば「まるで自分の足で歩いているような」運転感覚を味わえるという。その人馬一体の感覚は、助手席と後部座席でも体感できるそうだ。

コックピットの設計では、誰もが適切なドライビングポジションを取ることができることにこだわったという

マツダの新世代車両構造技術「SKYACTIV-VEHICLE ARCHETECTURE」(スカイアクティブ ビークル アーキテクチャー)が相当に進化している様子だが、その違いは素人でも分かるくらい、劇的なものなのだろうか。この問いに別府氏は、「走り出して交差点を曲がる10mくらい、低速域のシンプルな動作でも動きの違いが分かってもらえると思う。動きを滑らかにした。その一言に尽きる」と自信ありげな様子。進化の度合いは「テレビがアナログからデジタルに変わったくらい」とのことだった。

「MAZDA3」の滑らかな運転感覚は少し走るだけで分かると別府開発主査は話す

MAZDA3が搭載するエンジンは4種類。ガソリンは直列4気筒直噴エンジンの1.5Lと2.0L、ディーゼルは直列4気筒クリーンディーゼルターボエンジンの1.8L、そして、マツダが独自技術で開発した新世代ガソリンエンジン「SKYACTIV-X」の2.0Lだ。このうち、1.5リッターガソリンエンジンはハッチバックのみの設定となる。

1.5Lガソリンエンジンと1.8Lディーゼルエンジンは5月24日販売開始。2.0Lガソリンエンジンは5月24日予約受注開始、7月下旬販売開始予定だ。「SKYACTIV-X」は7月に予約受注を開始し、10月に売り出す計画(画像はファストバック)

どのエンジンを選ぶかで当然、価格帯も違ってくる。1.5Lは218万8,100円~250万6,080円、2.0Lは247万円~271万9,200円、1.8Lディーゼルは274万円~315万1,200円、SKYACTIV-Xは314万円~362万1,400円だ。ちなみに、同じグレードだとセダンとハッチバックの間に価格差はないが、バーガンディー(赤)の内装が備わるハッチバックのみの特別なグレード「Burgundy Selection」は、同一グレード内で最も高い価格設定となる。上に記した価格帯は同グレードを含めたものだ。

1.5Lガソリンは最高出力111ps(6,000rpm)、最大トルク146Nm(3,500rpm)、2.0Lガソリンは同156ps(6,000rpm)/199Nm(4,000rpm)、1.8Lディーゼルは116ps(4,000rpm)/270Nm(2,600rpm)。「SKYACTIV-X」の数値はまだ判明していない(画像はセダン)

182万5,200円~331万200円だったアクセラと比べると、MAZDA3の価格設定からは高価格化の印象を受ける。この点について、MAZDA3のマーケティングを担当するマツダ 国内営業本部の齊藤圭介主幹は、「アクセラでは低~中価格帯の市場にアプローチしていたが、MAZDA3では中~高価格帯へとステップアップしたい」との考えを示した。

セダンは「凛」、ハッチバックは「艶」

デザイン面では、マツダが第6世代商品群で取り入れた「魂動」というコンセプトをさらに深化させた。チーフデザイナーを務めたマツダ デザイン本部の土田康剛氏は、「引き算の美学」で「日本の美意識を表現したい」と考えたという。

セダンでは「凛とした伸びやかさ」で「大人に似合う成熟した」クルマを志向。ハッチバックでは「色気のあるカタマリ」をコンセプトに据えた。「セダンはあえて枠にはめて、ファストバックでは枠を外した」というのが土田氏の表現だ。周囲の景色や光を映し出すMAZDA3のエクステリアは、マツダが2017年の東京モーターショーで発表したコンセプトカー「VISION COUPE」(ビジョンクーペ)で印象的だった「リフレクション」(反映)を体現しているようだ。

「MAZDA3」では全8色のエクステリアカラーが選べる。「ポリメタルグレーメタリック」(画像、2019年1月の東京オートサロンにて撮影)はファストバック専用の新色だ

MAZDA3のエクステリアはスタイリッシュだし、ハッチバックの方はクルマの“肩”の部分が張り出していないので、アクセラに比べ室内が狭くなっていそうに見える。そのあたりについて別府氏に聞いてみると、「人にとっての空間は、部位によって多少の加減はあるが、現行(アクセラ)に対してほぼ同等。視覚的に、室内空間が狭そうに感じたとすれば、それはマツダのデザイン手法により、スタイリッシュさ、前後の伸びやかさ、力強さといったようなものを実現できているためとご理解いただきたい」との回答だった。

荷室については、ファストバックは基本的に「アクセラ スポーツ」(アクセラのハッチバック)と同等で、セダンは容量が拡大している。セダンの方は、アクセラよりも80mm延びた全長の大部分をトランクルームの容量拡大に充てたそうだ。

2輪駆動(FF)のハッチバックで比べると、ボディサイズは「アクセラ」が全長4,470mm/全幅1,795mm/全高1,470mm/ホイールベース2,700mm、「MAZDA3」が同4,460mm/1,795mm/1,440mm/2,725mm。フロントヘッドルームなどの数値を見比べると、数ミリ単位でMAZDA3の方が狭くなっているようだが、開発主査によれば「ほぼ同等」だという

MAZDA3には他にも多くのトピックスがあるものの、全ては書ききれないので、あと2点ほど挙げておくと、まず、このクルマは同社で初めてのコネクティッドカーとなる。車両自体の通信機能でマツダのサーバーと交信することで、24時間体制のサポートが受けられるのだ。例えば「アドバイスコール」という機能では、車両トラブルの際の初期対応から修理まで、幅広いサポートを受けることが可能。コネクティッド機能には使用料がかかるが、最初の3年間は無料だ。

もうひとつ、マツダが強調していたのが「静粛性」と「サウンドシステム」、つまり、MAZDA3車内の「音」に関する部分だ。このクルマはアクセラに比べ、静粛性と「音の伝わる時間と方向のリニアさ」が大幅に向上している。スピーカーは低音域、中音域、高音域それぞれに用意し、最適な場所に配置した。

高音域スピーカーは人の耳に近いドア上部、中音域スピーカーは乗員の体の横、低音域スピーカーは車室外のカウルサイドというところに配置。マツダ社内には「MAZDA3」を「走るオーディオルーム」と呼ぶ人もいるとのこと

MAZDA3の販売目標は、全世界で年間35万台。日本では月間2,000台を目指す。ボディタイプの内訳はファストバックが7割、エンジン構成は1.5Lガソリンが10%、2.0Lガソリンが40%、1.8Lディーゼルが20%、SKYACTIV-Xが30%を想定する。ちなみに、アクセラは2018年(暦年)で約38万7,000台が売れていて、その内訳は最も多い中国が11万7,000台、その次が北米で9万1,000台だった。

グレードにもよるが、MAZDA3は同クラスの輸入車であるフォルクスワーゲン「ゴルフ」やメルセデス・ベンツ「Aクラス」などと肩を並べるか、あるいはそれらを凌駕しかねない価格となる。直列6気筒エンジンの復活を宣言するなど、プレミアム化路線に舵を切ろうとしているマツダとすれば、ゴルフやAクラスなどの市場にMAZDA3で乗り込みたいところだろう。一方、1.5Lのガソリンエンジンでは、若年層に訴求できるかどうかもポイントとなりそうだ。

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2019.05.23

「ゲーム業界」に焦点を当てて平成を振り返る連載企画

第2回は平成6年から平成8年までの3年間にフォーカス

16ビットから32ビットへと世代が移行し、さまざまなゲームが生まれた

5月1日の新天皇即位に伴って、「平成」から「令和」へと元号が変わりました。そこで、平成をゲームとともに振り返ってみようという本企画。第2回目の今回は、「平成6年(1994年)から平成8年まで」を追っていきます。この時期は、PCがより身近となり、家庭用ゲーム機ではいよいよ3Dポリゴンが使われる32ビット世代へと移行していきました。

経済の低迷が顕著な時代、ゲームは3Dへ

平成6年、インターネットの情報閲覧で欠かせないブラウザにおいて最初期に広く一般に普及した「Netscape Navigator」、検索サービス老舗の「Yahoo!」、World Wide Web(ワールド・ワイド・ウェブ)関連技術の標準化を推進する団体「W3C」が発足するなど、現在のインターネットを活用した諸活動の基盤となる技術が生まれました。

翌年の平成7年にはWindows95が発売。PCがビジネスシーンのみならず一般家庭へと広がり始めます。さらに平成8年にはヤフー、平成9年には楽天と、現在も日本のインターネットサービスを牽引する企業が続々と設立されました。そしてついに平成10年2月、日本におけるインターネット人口が1000万人を突破したのです。

このように、国内のデジタル空間は破竹の勢いで成長と拡大の一途をたどりますが、現実社会には未曽有の危機が訪れます。

平成6年の松本サリン事件と平成7年の地下鉄サリン事件というオウム真理教が起こした一連の事件では、心の拠り所になるはずの宗教が反社会的組織となって、罪のない人々に凶行し得ることを日本人に示しました。現代日本人が漠然と持つ宗教に対する不信感は、これら一連の事件に根差していると言っても過言ではないでしょう。

また、地下鉄サリン事件が起きる直前の平成7年1月17日、阪神・淡路大震災が関西を襲いました。結果的に経済活動も低迷します。GDP成長率は平成7年に2.7%、8年には3%を超えたものの、失業者はこの時期増加の一途をたどり、まさに「失われた20年」前半期の真っ只中でした。

平成6年に人気だったテレビドラマ『家なき子』の「同情するなら金をくれ!」というセリフは、この時期の厳しい世相を示していたと言えます。

一方で、忘れてはならないのは、映画館数が平成5年の1734館から、以降は長期的に上昇していくことです。同一の施設に複数のスクリーンがある「シネマコンプレックス」が台頭するのもこの頃。つまり、「インドアエンターテインメント」という楽しみ方が定着し始めたと言えるのです。

このように、デジタルと現実が相反する様相を示す日本において、ゲーム産業はデジタル側。家庭用ゲーム機では、「セガサターン」が平成6年11月22日に、「PlayStation」が平成6年12月3日に発売されます。いずれもCD-ROMの活用と、3D描画能力が話題になりました。さらに平成8年6月23日に「ニンテンドウ64」が発売されます。

平成6年11月22日に発売された「セガサターン」
©SEGA
平成6年12月3日に発売されたPlayStation®
©2014 Sony Interactive Entertainment Inc.

PCにおいても、さまざまな周辺機器が発売され、ゲームプレイに最適なハードとして強化できる環境が生まれました。CD-ROMドライブの本格的普及、Creative Technologyなどによるサウンドカードの誕生、そして、3dfx VoodooやNvidia RIVAをはじめとする3Dグラフィックアクセラレーターによって、PCの3DCGはリアルタイムレンダリング能力が向上しました。いわゆる「マルチメディア」をキーワードにさまざまなコンテンツが提供されるようになったのです。

欧米PCゲームカルチャー発展の契機となった『DOOM』

主観視点/1人称視点シューティングゲーム(英語名First Person Shooting Game、略称FPS、以下、FPS)では、アタリの『Battlezone』や『Star Wars』など、ワイヤーフレームを用いた作品がいくつか発売されていましたが、現在のFPS系譜の元祖は1992年、id Softwareにより発売された『Wolfenstein 3D』だと言われています。

同作は、日本アイ・ビー・エムが発表したパーソナルコンピュータ用のオペレーティングシステム「DOS/V」版で、『ウルフェンシュタイン3D』として、平成5年3月1日にイマジニアよって日本でも発売されました。

しかし、ゲームカルチャーへのインパクトという視点では、平成5年12月10日に北米でリリースされ、その後北米から欧州へと爆発的に広がり、FPSという一大ジャンルを発展させていった『DOOM』の存在感が圧倒的でしょう。

DOS/V版は平成6年2月1日に『ウルフェンシュタイン3D』と同じくイマジニアから発売され、国内のコアゲーマーを中心に支持されました。ですが、若干粗い3D描画の中でのスピード感あふれるゲーム展開が、一部のユーザーに「3D酔い」を促してしまい、それがしばらくイメージとして定着してしまいました。

一方欧米では、ネットワーク対応の熱いマルチプレイヤー対戦が盛り上がり、週末にそれぞれのPCを持ち寄って、LANでつなぎ、ゲーム対戦を徹夜で行う「LAN Party」という独自のゲームの楽しみ方を生み出します。この先にあるのが、現在のPCゲームを中心としたeスポーツトーナメントです。

このほかに、「シェアウェア」という無料でゲームの一部を提供する概念や、ゲームエディターをユーザーに解放し、独自のゲームステージを開発し共有することを奨励する「MODカルチャー」も本作を契機に広がっていきました。このゲームエディターのカルチャーが、ゲームエンジンのサードパーティへのライセンス提供というビジネスモデルへと発展していきます。

『MYST(ミスト)』が示した、「マルチメディア」で実現する不可思議な世界

当時、コンピュータ(デジタル)メディアがほかと差別化できるものは、「文字、CG、画像、映像、音声といった複数の要素を一体化したコンテンツとして表現できる点」だとされ、それを言葉で表すうえで「マルチメディア」という言葉が頻繁に使われるようになっていました。

この、いわゆる「マルチメディア」ブームの寵児となったのが米国Cyanによるパズルアドベンチャーゲーム『MYST(ミスト)』でした。そして、その日本語版がセガサターン向けソフトとして平成6年11月22日、つまり、ローンチタイトルの1作として選ばれたのです。

同作は、画面の鍵となる部分をクリックして謎を解き、次のシーンに進む、というアドベンチャーゲームの流れを組むもの。当時の欧米ゲームよろしく、細かい解説やチュートリアルのようなものがなく、プレイヤーはいきなりゲームの舞台であるMYST(ミスト)島に放り込まれます。

近代とも中世とも未来とも判別のつかない建築物のある不思議な空間のなかで、プレイヤーは暗号や謎を解きながら物語を展開させていきます。謎解きをする際も、建築物のなかに残された日記やそこに描かれたマップ、本のなかで再生されるアトラスという人物からのメッセージを読み解くといった、テキスト、映像、画像をプレイヤーがフルに活用するようにデザインされており、まさに「マルチメディアブーム」を代表する作品に仕上がっています。このグラフィックデザインや謎解きの仕組みは、のちの数多くのゲームにインスピレーションを与えました。

MYSTのゲーム画面

乙女ゲームの源流になったコーエーの『アンジェリーク』

恋愛/育成シミュレーションのような作品が台頭するなかで、そのゲームメカニクスを女性向けに構想するという「発想」はある意味、自然と言えます。ただ、経営者がそこに予算を割り当てて実行に移すのは別の話。それを行ったのが光栄(コーエー、現・コーエーテクモゲームス)です。

歴史シミュレーションゲームで既にブランド名を確立していた同社でしたが、平成6年9月23日に発売された『アンジェリーク』は、“女性が宇宙を統べる”という世界で、守護聖と呼ばれる存在から助けを得ながら、女王になるべく惑星の大陸を育成します。

『アンジェリーク』のパッケージ
イラスト/由羅カイリ
©1996 コーエーテクモゲームス All rights reserved.

ただ、プレイヤーにとっての楽しみは、守護聖とのロマンス。キャラクターの性格の違いや声優が吹き込む甘いセリフに、プレイヤーは釘付けになりました(ゲーム内で声優によるセリフが付いたのは、平成7年に発売されたPC-FX用ソフトから。平成6年にはドラマCDがリリースされた)。

『アンジェリーク』のゲーム画面。ゲーム画面は「my GAMECITY クラシックゲーム館」でプレイ可能な『アンジェリークSpecial』版のもの
イラスト/由羅カイリ
©1996 コーエーテクモゲームス All rights reserved.

これを契機にコーエーは『アンジェリーク』シリーズを発展させていき、以降は「和」をテーマとした『遥かなる時空の中で』シリーズ、学園モノの『金色のコルダ』シリーズとラインアップを増やし、これらを「ネオロマンス」シリーズとしてブランド化していきます。「乙女ゲーム」という一大ジャンルは、現在スマホゲームのなかでも非常に重要な位置づけになっていますが、その源流がここにあるわけです。

“ニンテンドウイズム”を世界へと広げた『スーパードンキーコング』

平成6年11月26日に発売されたスーパーファミコン用ソフト『スーパードンキーコング』の革新的要素は、スーパーファミコンというハードの制約のなかで、疑似3D的キャラクターモデルをスムーズに動かすことができたという点です。

シリコングラフィックスによる3DCGソフト「Power Animator」によりレンダリングが行われたキャラクターを、同ハードの制限で落とし込めるよう調整しただけでなく、美麗な背景も同様の作業が行われました。

ゲームデザインそのものは、『スーパーマリオブラザーズ』シリーズから築き上げられた横スクロールアクションゲームの1つの到達点として位置づけられるソフトと言えるでしょう。そのような意味では、そこまでの革新性はありませんでした。

しかし驚きなのは、本タイトルが英国のレア社によって開発されたという点。任天堂側からのアドバイスによって、ゲームバランスが絶妙に調整された同作をプレイした当時の筆者は、完全に日本の任天堂(具体的に言えば宮本茂氏)によって作られたものだと思っていました。

のちに本作がイギリスで開発されたと聞いて驚いたことを覚えています。つまり“ニンテンドウイズム”が確実に世界へと広がっていくさまを、筆者を含む世界中のプレイヤーが目撃したのです。

ブリザードの『ウォークラフト』は、グローバル規模でPCゲームカルチャーを定着させた

平成6年11月15日(Moby Gamesによる)、『ウォークラフト』が北米でブリザードからリリースされました。敵軍の戦略や戦術が常に変化するなかで、自軍のリソースを獲得して軍備や研究機関などを増設していき、敵側と激戦を交わし本拠地の占拠を目指すという、”リアルタイム”戦略ゲームの傑作です。その後、DOS/V版も国内で展開されました。

その前に発売された、映画『デューン/砂の惑星』の世界観をベースとした『Dune II』が、このジャンルを確立したと言われていますが、ファンタジー世界を舞台に、人類とオークの戦いという白兵戦を生臭く示した『ウォークラフト』のインパクトで、同ジャンルが浸透したと言えるでしょう。

CPUを相手にストーリーを進行させる「キャンペーンモード」と、LANを通じた複数人プレイの「マルチプレイヤーモード」がありましたが、当時からマルチプレイヤーモードに熱中していたのを記憶しています。同作で紡ぎあげられた世界観が、ブリザードによる以降のゲームの方向性を決定づけたとともに、欧米のゲームカルチャーに対しても影響を与えることになりました。

JRPGの金字塔『クロノ・トリガー』では、作家性の重要さが明らかに

平成7年3月11日に発売された『クロノ・トリガー』は、日本ファルコムや、エニックス、そしてスクエアなどが確立した「8ビットおよび16ビット時代」における“ドット絵の日本製ロールプレイングゲーム(JRPG)の到達点”と言っても過言ではありません。

『ファイナルファンタジー』シリーズの生みの親である坂口博信氏がエクゼクティブプロデューサーを、『ドラゴンクエスト』(以下、『ドラクエ』)シリーズの生みの親である堀江雄二氏がシナリオを、前述の『ドラクエ』シリーズに加えて、マンガ『ドラゴンボール』や『Dr.スランプ』で日本中を虜にしていた鳥山明氏がキャラクターデザインを務めるというドリームプロジェクトが実現。この3人がいかなる作品を生み出すのかという点でも注目の的となりました。まさに“作家性”を全面的に押し出したプロモーションが行われたのです。

『クロノ・トリガー』のパッケージ画像。キャラクターデザインは鳥山明氏
©1995 SQUARE ENIX CO., LTD. All Rights Reserved.
Illustration: ©1995 BIRD STUDIO / SHUEISHA
Story and Screenplay: ©1995, 2008 ARMOR PROJECT / SQUARE ENIX

果たしてリリースされた作品も、ファンの予想をはるかに上回る出来となりました。従来のファンタジーにタイムトラベルの要素を加え、恐竜人類と人類の祖先が共存する原始時代から世紀末、そして未来が描かれます。

鳥山明氏によってデザインされた、クールな主人公「クロノ」から、コミカルな外見をした「ロボ」や「カエル」といったキャラクターまで、しっかりとドット絵で表現。16ビット時代におけるグラフィック表現の最高峰に到達したと言えるでしょう。さらに、光田康典氏によるBGMも、16ビットサウンドの魅力を徹底的に引き出しました。同氏の作曲家としてのデビュー曲にして代表作の1つに数えられています。

『クロノ・トリガー』のゲーム画面
©1995 SQUARE ENIX CO., LTD. All Rights Reserved.
Illustration: ©1995 BIRD STUDIO / SHUEISHA
Story and Screenplay: ©1995, 2008 ARMOR PROJECT / SQUARE ENIX

メディアミックス戦略の源流『ポケットモンスター 赤・緑』

平成8年2月27日、日本を皮切りに、最終的に全世界において社会現象となる作品がリリースされました。『ポケットモンスター 赤・緑』です。

『ポケットモンスター 赤・緑』のパッケージ
©1995 Nintendo /Creatures inc. /GAME FREAK inc.

幼年時の「虫取り体験」からインスピレーションを受けたとされるポケモンを捕まえるスリル、捕まえたポケモンが図鑑に記録されるコレクション要素、「通信ケーブル」でポケモンを交換するドキドキ感など、子供たちがさまざまなシーンで体験したリアルな遊びが、1本のゲームに昇華されたのが本作です。

ゲーム中の画面
©1995 Nintendo /Creatures inc. /GAME FREAK inc.

さらに、マンガ、カードゲーム、テレビアニメ、そして劇場版アニメと、次々と『ポケモン』のタッチポイントを増やし、それぞれで相乗効果が生まれたという点でも当時としては画期的でした。これまでもメディアミックスはさまざまな作品で行われてきましたが、『ポケモン』のインパクトは比べ物にならないほど絶大だったのです。

もちろん、ゲームバランスも秀逸。カジュアルプレイでも十分楽しめるデザインでありながら、パーティのポケモンを選別する戦略性や、対戦相手との絶妙な駆け引きなど、対戦プレイを競技ととらえてプレイする人にも対応しうる奥深さを兼ねそなえた作品でもあったのです。

映画並みのストーリテリングをゲームでも実現できることを示した『バイオハザード』

平成8年3月22日、カプコンからリリースされた『バイオハザード』ほど、当時のゲームプレイヤーを驚かせた作品はないでしょう。

謎の洋館、ゾンビ、そしてその先に存在するさまざまな異形の存在など、ジョージ・A・ロメロが手がけた映画『ナイト・オブ・ザ・リビングデッド』や『ゾンビ』などからインスピレーションを受けたシーンも数多くあり、それを3Dでかつゲームにおいて完全に再現したことが多くのユーザーに衝撃を与えました。

ゲームというものが、映画に匹敵または凌駕する可能性があるメディアだと実感させた最初期の作品が、本作だったのではないでしょうか。『バイオハザード』以降もシリーズは発展していき、現在も多くの人に愛されるIPであることは誰もが認めるところでしょう。リモコンのようにキャラクターを操作する操作性もむしろホラー感を引き出す「演出」として高く評価されました。

『バイオハザード』のパッケージ画像
©CAPCOM CO., LTD. 1996 ALL RIGHTS RESERVED.
『バイオハザード』のゲーム画面
©CAPCOM CO., LTD. 1996 ALL RIGHTS RESERVED.

ローンチタイトルにして3Dアクションに必要な要素を網羅した『スーパーマリオ64』

平成8年6月23日に「ニンテンドウ64」がリリースされましたが、その際、ローンチタイトルとして展開された『スーパーマリオ64』に当時のユーザーは衝撃を受けました。

ジャンプする、探検する、潜る、飛ぶといった、従来の『スーパーマリオ』シリーズでのプレイ感覚を「忠実に」3D空間で再現していたのです。さらに重要だったのはアナログスティック。自然に3D空間を自由に動き回れるあの操作感には誰もが驚かされました。

さらに特筆すべき点は、デモの際に現れるクローズアップのマリオの顔。まるで平成7年に上映されたばかりの劇場用フル3DCGアニメ『トイ・ストーリー』のキャラクターかと見紛うような豊かな表情のマリオが、画面一杯に表示されているのです。コントローラーを使って顔にイタズラをすると、ちゃんとリアクションもしてくれました。当時はそんなところにミライを感じたものです。つまり、ゲームといる領域を超えたアミューズメントがそこにあったと言えるでしょう。

ゲームが「あらゆるエンターテインメントの複合体」であることを示した『サクラ大戦』

平成8年9月27日、セガサターン向けに開発された同作は、ゲームがまさに「あらゆるエンターテインメントの複合体」であることを実感させられる作品でした。『天外魔境』をはじめ、数々のゲームやアニメを手がけてきた広井王子氏、『逮捕しちゃうぞ』などで人気を博していたマンガ家の藤島康介氏がキャラクターデザイナーとして、そして『ドラゴンボール』をはじめ錚々たるアニメ作品の音楽をつくりあげてきた田中公平氏が結集して作成されました。

『サクラ大戦』のパッケージ画像
©SEGA

大正浪漫と蒸気技術が融合された独自のレトロフューチャー的な世界感のなか、プレイヤーは、「平時は帝国歌劇団」「有事は帝国華撃団」という秘密部隊の隊長として、女性団員をまとめ上げながら、悪の組織と戦うゲームです。

アドベンチャーパートでストーリーを展開させながら、敵との対戦パートはオーソドックスなターン制ウォーシミュレーションゲームとして進める本作は、アニメファン、ゲームファン双方が納得する出来でした。のちにアニメ化、ドラマCD化、そして舞台化まで行われ、ゲームを原作とした2.5次元ライブエンターテインメントの先駆け的な役割を果たしたと言えるでしょう。

対戦パートの様子。「霊子甲冑」と呼ばれるメカを操縦して戦う
©SEGA
本作には、女性隊員とコミュニケーションを図るアドベンチャーパートを搭載。隊員の信頼度によって、攻撃力や防御力が変化し、戦闘パートに影響する
©SEGA

アートと遊びが見事に融合した『アクアノートの休日』と『パラッパラッパー』

また、ゲームの多様性を象徴しうる傑作が、この時期に多数生まれました。その代表的な作品の1つが平成7年6月30日に発売された、『アクアノートの休日』です。アーティスト・飯田和敏氏がゲームデザイナーとして取り組んだ本作は、ゲームクリアの概念が限りなく希薄な、海洋探索型ゲーム。その不思議で幻想的な海洋世界に魅了されたプレイヤーも多く、「目的もなく自由に異世界に没入する」行為自体が、ゲーム体験において重要な要素であることを示しました。

『アクアノートの休日』のゲーム画面
©1995, ARTDINK. All Rights Reserved.

もう一方は、平成8年12月6日に生まれた『パラッパラッパー』です。原色を多用した背景デザインのもと、脱力系とも言える紙っぺらのような2Dキャラクターがダンスバトルを繰り広げるという異色作。ただし、もともとの生みの親である松浦雅也氏が、「PSY・S」として活動していたミュージシャンであったこともあり、ゲームのために準備された楽曲はどれも秀逸で、国内のみならず世界的に評価を受けました。

『パラッパラッパー』のパッケージ画像
©1996 Sony Interactive Entertainment Inc. ©Rodney A. Greenblat / Interlink
『パラッパラッパー』のゲーム画面
©1996 Sony Interactive Entertainment Inc. ©Rodney A. Greenblat / Interlink

これらはいずれも本格的なアーティストが「ゲーム」という課題に対することで、従来のゲームデザイナーでは思いもよらなかった新たな体験をもたらした一例と言えるでしょう。

わずか3年で一気に広がった“デジタルゲームのカンブリア紀”

以上、わずか3年の間で、現在にもつながる多種多様なゲームが生まれました。その生態系の爆発はまさにカンブリア紀を彷彿とさせます。

ただ、ゲームの発展はここでは終わりません。次回は、インターネットシーンにおけるゲーム体験を生み出した作品群を紹介していきます。

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