“Be a driver.”のマツダは何を作る? 藤原専務に聞く自動運転社会

“Be a driver.”のマツダは何を作る? 藤原専務に聞く自動運転社会

2017.03.23

“Be a driver.”。これが、マツダの広告メッセージだ。その意味は、運転者であれということだろうか。マツダの解説を読めば、人生を自ら切り拓こうという想い、そして、クルマを自分で運転したいとの願いが込められているようだ。一方で、交通事故の抑制や環境・エネルギー改善の高効率化などの視点から、自動運転技術が注目され、国内でも2020年には高速道路など一部での実用化が目指されている。あと3年で迎えるその日に向けて、マツダはどうクルマを進化させていくのか。電動化戦略を聞いた前回に引き続き、今回も研究開発の取締役で専務執行役員の藤原清志氏に問う。

研究開発を担当する藤原専務は自動運転をどう見ているのか

マツダらしい自動運転とは

「自動運転技術は、やっています」と、藤原氏からは答えが返ってきた。「ただし…」と言葉が続く。

「私は、隣の家まで100メートルくらい離れた田んぼの中の家に住んでいます。そういう田舎で生活し、周りに住んでいる人たちを見ると、果たして本当に自動運転のタクシーで出かけるのだろうか、そこまで彼らは機械を信頼しているのだろうかと思うのです。そして、それはあり得ないだろうと考えます」

「結局は、人に助けを求める気がしてならないのです。そこで、高齢者を含め、人が運転するクルマで、出掛けたい人を助けてあげられないかという考えが導き出されるわけです。では、どうすればいいか」

「たとえば、国でも一部で認めようとする動きがある、地域や地区限定の自家用車のタクシー、いわゆる白タクをやればいいのではないかということです。現状のタクシーのような営業の仕方ではなく、自宅から病院へ行きたいという人が居れば、その区間だけ自家用車を出して連れて行ってあげるといった形態です。人と人とが助け合う、昔ながらのコミュニティ(共同社会)を、どう作っていくかではないかと思っています」

「そのために、高齢の運転者でも安心して任せられるクルマを自動車メーカーとして作り、提供してゆけないだろうか。高齢者が運転しても大丈夫な自動運転にしていく。具体的には、普段はいつも通り運転できるのですから、ハンドルは自分で握ります。ただし、体調が悪くなったとか、心臓発作とか、万一の際には安全にクルマを止める自動運転です。そして二次事故を起こさないようにする。完全自動運転ができるようになれば、そこから病院まで搬送できるような自動運転になればいいでしょうが、まずは安全に止めることをしっかりやる。それを実現するために、自動運転技術は必要です。そういう自動運転社会にしたいのです」

“Be a driver.”のメッセージを展開するマツダらしい自動運転技術の活用と、その運用の案だといえる。

自動運転で解決できる社会問題

藤原氏の構想は、さらに広がりを見せる。

「白タクを認め、そこに自動運転技術を適用していくことで、地方に活躍の場が生まれれば、高齢の元タクシー運転手が地方へ行ったり、故郷へ帰って運転をいかした生活をしたりすることができるのではないでしょうか。日々畑で働きながら、依頼が来れば運転で手伝うとか」

「白タクで手助けするための運賃は、村や町など、自治体が支払ったり補助したりすればいいでしょう。地域のバスが廃線になっていますが、定期的な路線バスは費用が掛かりすぎ、自治体では維持できなくなっています。しかし、必要なときにだけ白タクを認め、その代金を支払うのであれば、経費はずっと安く済むでしょう」

「そうなってくると、クルマを維持・整備するための工場が必要になり、燃料を入れるガソリンスタンドも必要になって、既存の自動車産業を維持していくことができます。それも1つの地方創生につながっていくのではないでしょうか」

自動運転が人を排除し、ロボット社会を生み出す道筋ではなく、人がいきる社会を創造することにつなげようとする発想だ。

人がハンドルを握ることを前提に開発

人がハンドルを握る自動運転の在り方について語る藤原氏

自動運転技術を実現させる方法についても、人がハンドルを握ることを前提とすることで、開発の仕方が新たになると、藤原氏は話す。

「人がハンドルを握る、あるいはペダルを踏むことを前提にすれば、その操作に人の状態が現れます。もし居眠りをすれば、ふ~っとハンドルが切られたり、スマートフォンを見ながら運転していると真っ直ぐに走れなくなったりする。そういう普段とは違った操作の様子が現れます。人の状態と、普段とは違う運転状況との因果関係を明らかにできれば、操作を検知するセンサーをハンドルやペダルに取り付け、あとはコンピュータが判断し、クルマを止めるなどの処置に結び付けられます。このやり方なら、高価な画像センサーなど使わないので、容易にあらゆる自動車に装備することができます」

「私の狙いは、生活を支えている廉価な自動車でも装備できる自動運転技術です。それが実現できれば、普及も早いでしょう。先進安全自動車(ASV)のなかで、これを研究開発させてほしいと関係各所に働きかけ、医大の先生などと一緒に、第6期(2016年~)の5カ年計画で取り組んでいます」

廉価な自動車にも採用できるという発想が重要だ。それは、原価と性能の調和をはかりながら、すべてのクルマに装着できる道につながるからだ。

一般的に自動運転技術の開発では、人が手を離した状態での走行や、人の状態をカメラなどで監視するセンサーの開発などが盛んだ。しかし、人が自らハンドルを握り、自ら運転することを前提としたマツダの取り組みは、人を知るという側面で、より直接的な検知や判断、認識につながり、的確性を高める可能性がある。“Be a driver.”の意にかなったやり方だ。

都市部における自動運転の在り方は

自動運転が注目される背景には、事故ゼロを目指すという方向性のほか、世界人口が増加するなかで都市部に住む人が増えるのに伴い、混雑する都市で、いかにクルマの利便性を保持するか、といった視点もある。ドイツの自動車メーカーが目指すのはそこだ。

独アウディは、2011年秋に「アーバン・フューチャー・イニシアティブ・サミット」を開催し、そこで問題提起を行った。その会合は、2030年に世界人口の60%が大都市部に住むようになるという国際連合の推計を受けて、交通の在り方を考える場だった。直後のフランクフルトモーターショーでアウディが出展したのは、電気自動車(EV)に自動運転を組み合わせた「A2コンセプト」というモデルである。

アウディ「A2コンセプト」

先の藤原氏の発想の原点は、過疎化の進む地方の生活を考慮した交通の在り方と、自動運転の活用法だった。では、都会はどうなのか。「都市部は、営業のタクシーが十分にあるでしょうから、あえて自動運転にしなくても手助けはできるのではないでしょうか」と、藤原氏の答えは明快だ。

実際、東京23区などでは、近距離のタクシー料金を従来の2キロ730円から約1キロ410円へと安くしたことにより、実施後2週間で、近距離の利用が3割近く(28.6%)増えたと国土交通省が公表している。

誰もが行きたい場所へ行ける時代に

しかし、両親の介護をした私の経験からすれば、救急車を呼ぶまでではないが、急いで町の医院へ連れていきたい、だが、仕事へも行かなければならないといった際、医院まで自分のクルマで連れていき、帰りは自動運転で無事に親を家に帰らせることができれば便利なのにと思ったことがある。

ほかに、障害を持つ人の自立という視点で考えると、福祉車両に運転支援や自動運転が加わっていけば、より活躍の場が得られるだろうと考える。理想を言えば、目の不自由な人でも1人で出かけられる自動運転車の実現だ。

鉄道のホームから目の不自由な人が転落する事故を受けて、鉄道事業者はホームドアの設置を急いだり、係員をホームに常駐させたり、乗客への声かけを増やしたりしている。だが、実際に目の不自由な人たちの実情を知れば、彼らが1人で出掛けられるのは行きなれた道や場所でしかない実態がある。しかも、IC乗車券をタッチする部分は、目の不自由な人には位置が分かりづらい。もっと自由に、初めての所へも1人で行けるようになれば、どれほど心が軽やかになるだろう。

藤原氏の言うように、人々が助け合う共同社会の醸成が進むことは私も願うところだ。一方で、ウォークマンやスマートフォンの普及により、周囲に全く関心を寄せない人が街を歩く時代にもなっている。それは止められない。そうした自己に没入した人に、高齢者や障害を持つ人も歩いていることを意識させるのは困難だと思う。

欧米では、見ず知らずの人に当たり前のように声をかけ、手を差し伸べる日常がある。日本にも昔はそういう社会があったはずだ。しかし今日、私が散歩をしていてすれ違う人に「おはようございます」と声を掛けたとき、けげんな顔をする人がどれほど多いことだろう。

配慮の心を持った、人に優しくなれる社会を求めながら、同時に、技術で人を助けられるなら、その両方を進めていくのが今の時代の取り組み方ではないだろうか。

人に頼らず、自立して生きて行ける。その気持ちは、高齢者にも障害を持つ人にも、強い生きがいをもたらすだろう。人に何かを頼むのは、親子の間でも遠慮が働くものだ。そこに、自動運転技術が役立つなら、何より嬉しい。

自動運転の実用化に向けた現実的な道筋とは

また、自動運転には、これまでクルマの顧客でなかった人を顧客にする可能性もありそうな気がする。

高齢者や障害を持つ人もその中に入るが、さらに、免許を持たない人、あるいは免許証を持ってはいるが、運転に自信がなくペーパードライバーでいる人も、自動運転で目的地に安全に行けるなら、クルマを持ちたいと思うかもしれない。

テレビ番組で先頃、目の不自由な人もスマートフォンを使えるように練習する様子が報道された。そのように、通信との深い連携もこれからクルマに取り込まれていくならば、あらゆる人がクルマを自由に、自在に利用できる社会が自動運転の実現によって訪れるかもしれない。そのとき初めて、クルマは自由の象徴になるのだ。クルマは自由だという声はあるが、今は、限られた人のための道具でしかない。

マツダならではの自由な発想、自動運転にいかせるか

ところで、これまで運転支援機能付きのクルマを様々に試乗してきた私の経験からすると、現在のレベル2を超えてレベル3となった際、普段の走行には自動運転を使いながら、万一の際には人が再び運転を任されるというのは、非常に考えにくいと思っている。なぜなら、運転支援機能を利用しているうちに、自動操作に頼る気持ちが強まっていき、もっと任せられるのではないかという心理状態に陥ってくるのを私自身が体験したからだ。運転している意識がどんどん薄れていくのである。

自動運転への道筋として、レベル1からレベル4へと段階を踏む開発は、机上の技術開発の行程でしかない。実用化へ向けては、藤原氏の言う運転者自らがハンドルを握る状態で万一を想定した対処法か、あるいは、完全自動運転へと一気に進展する形でなければ危ないと思う。

自動車関係者は専門家であるがゆえに、得てして従来のクルマの進化・発展の道筋で将来を構想しがちだ。しかし、EVや自動運転は、従来にない発想からクルマの新たな価値を見出さなければ、役に立たないものを作ってしまう可能性がある。それは、メディアにおける評論も同様だ。

ぶつからないクルマになり、エンジン車に比べ部品点数の少ないEV独自の車体構造を採り入れ、そこに完全自動運転が入ったとき、クルマはより多くの人々を受け入れる存在になれるのではないか。そういう視点での論議を早急に積み重ねていくことが、未来の明るいクルマ社会を構築していくと考える。

マツダのような中堅の自動車メーカーこそ、そういう自由な発想を取り込める可能性を持つと思う。「ロードスター」という、それほど台数を見込めないスポーツカーを25年以上も作り続け、振り返れば累計販売台数100万台を達成してきたマツダである。同じように、25年後に振り返れば、高齢者、障害を持つ人、ペーパードライバーの全てを受け入れる、100万台の自動運転車が存在するまでになったという成果を待ちたいものだ。

初代のメインカラー「クラシックレッド」をまとった4代目「ロードスター」。このクルマを作り続けるマツダという会社ならではの取り組みに期待したい
ドコモがQR決済に本気、「d払い」の全国普及なるか

ドコモがQR決済に本気、「d払い」の全国普及なるか

2019.05.22

NTTドコモがスマホ決済の「d払い」を強化する

競合ひしめくなか、ドコモはどこに勝機を見出したのか?

NTTドコモは、夏モデル発表会においてスマホ決済の「d払い」の強化を発表した。送金やミニアプリなど新機能を追加し、ドコモの会員基盤をベースにキャッシュレスを普及させるビジョンを示した。

ドコモがスマホ決済「d払い」を大幅強化

PayPayを始めとするスマホ決済各社は、還元キャンペーンや加盟店開拓などで競争を繰り広げている。ドコモはどこに勝機を見出したのだろうか。

「d払い」が送金やミニアプリに対応

電子マネー「iD」やクレジットカード「dカード」を展開するドコモが、2018年4月に始めたスマホ決済が「d払い」だ。FeliCaの搭載が必要だったおサイフケータイとは異なり、バーコードやQRコードを用いるd払いはほとんどのスマホに対応できる。

d払いアプリのダウンロードは2019年5月に500万DLを達成し、2019年度は1000万DLを目標に掲げた。利用箇所はiDとdポイント、d払いの合算で2019年4月に100万箇所。2021年度末の目標は200万箇所とした。

d払いの強みは、「dポイント」との連携だ。ドコモの利用料金やdカードからの還元だけでなく、キャリアに関係なく持てる「dポイントカード」でポイントが貯まる。2018年度の利用総額は1年間で1600億ポイントに達し、d払い利用者の53%が支払いにdポイントを利用しているという。

さらにドコモはd払いに新機能を追加してきた。9月末に提供する「ウォレット」機能では、ドコモ契約者向けだった「ドコモ口座」を誰もが使えるようキャリアフリー化し、チャージや送金の機能をd払いアプリに統合する。

ドコモ口座をd払いに統合する「ウォレット」

複数の加盟店アプリを1つにまとめた「ミニアプリ」は、秋以降に展開する。d払いアプリから加盟店のサービスを呼び出すことで、「ハンバーガーの事前注文」や「タクシーの配車」が可能になる。加盟店の専用アプリを入れる必要がなく、d払いで決済もできるのがメリットだ。

「ミニアプリ」はローソンとマツモトキヨシから開始予定

QRコードの読み取りも強化する。これまでd払いは利用者がスマホ画面のQRコードを店舗側に見せる「CPM」方式に対応しており、コンビニのようなPOS連携が必要になるなど中小店舗にはハードルの高い仕組みだった。

コードを「見せる」「読み取る」の両方式に対応

そこでd払いは、顧客がスマホのカメラで店舗のQRコードを読み取る「MPM」方式への対応を発表。PayPayなど多くの事業者に続き、d払いも6月末には両方式に対応することで、大型店舗だけでなく中小店舗に展開していく体制を整えたというわけだ。

アプリを大幅強化、「マルチQR」にも対応

次々と新機能を追加するd払いでは、アプリも大きく変わることになる。開発中のアプリ画面には、ドコモ口座への入金と送金、ポイント送付、割り勘、ミニアプリなどの機能が所狭しと並んでいた。

d払いアプリを大幅強化

参加企業が増えればミニアプリには多くのアイコンが並ぶことになるが、これにはカテゴリ分けなどで対応していく考えだ。ミニアプリの仕組みは、既存システムとのAPI接続や専用パッケージの提供など、さまざまな方式を検討するという。

また、増え続けるQRコードへの取り組みも発表した。1つのQRコードで複数の決済サービスに対応できるデジタルガレージの「クラウドペイ」に、d払いも対応する。

1つのQRコードで複数の決済サービスに対応

クラウドペイでは、店舗側が支払う決済手数料は一律3.24%(税込)となるものの、固定費や機器の導入は不要で、複数の決済サービスをワンストップで契約できるなどのメリットがある。

全国のドコモ代理店が加盟店開拓へ

今後は全国のドコモ代理店の営業リソースを活用し、加盟店を拡大していくという。最近ではソフトバンクの営業部隊がPayPayの加盟店を次々と開拓する快進撃を続けており、そこにドコモが勝負を挑む構図になりそうだ。

d払いは、スマホアプリを中心にさまざまなサービスにポイントを循環させるビジョンを描いている。ドコモの発表からは、これまで以上にアクセルを踏み込む姿勢が感じられた。dポイントを絡めた「20%還元」など、新たなキャンペーンにも期待したい。

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ここ最近、若者に嫌われがちな慣習に「飲みニケーション」がある。

これはいうまでもなく、仕事を終えた後、同僚たちと居酒屋などに集結し、アルコールの力を借りて互いの胸襟を開き、親睦を深めるコミュニケーション手法のこと。しかし、終身雇用や年功序列が崩壊した今や「会社の人とプライベートの時間まで削って仲良くなろう」というモチベーションは薄れた。「“飲みニケーション”って、いらなくね?」というムードが蔓延。令和時代に廃れてしまいそうな慣習ともいえる。

会社に勤める日本人の若者には、風当たりの強い飲みニケーション。それを新たなカタチとしてビジネスにつなげているのが、アシノオトの木村壮介さんだ。では、どんなビジネスなのか、木村さんに聞いた。

アシノオト代表の木村壮介さん。高校卒業後、兄が起こしたグループウェアメーカーにジョインして、エンジニアとして活躍。ウェブマーケティングの会社へ転職し、ウェブコミュニティの開発運営などを経て独立。訪日外国人とローカル日本人をつなぐQ&Aサイト「Hub Japan」を起ち上げ。2017年、同サイト内で「MEET&EAT」をスタートさせた

サービス名はHub Japan「MEET&EAT」。ネット上のプラットフォームを介して知らない者同士がマッチングし、文字どおり、食べて、飲む。”飲みニケーション”で親睦を深める、というわけだ。

もっとも「MEET&EAT」がマッチングするのは上司と部下でも、出会い系的な若い男女でもない。木村さんが飲みニケーションのターゲットにしているのが訪日外国人と日本人。日本を訪れた海外からの旅行者と、日本にいる人たちを居酒屋でつなぎ、親睦を深めさせる。いわば“異文化飲みニケーション”を提供しているのだ。

旅行者の「美味しい」は、アテにならない

きっかけになったのは、木村さんの経験だった。

「新婚旅行のときに覚えた違和感。そこからはじまったんです」(木村さん)

木村さんがイタリアへ行ったのは2015年。奥さんと2人で楽しみにしていたのが本場のイタリア料理だった。旅行に関する大手口コミサイトでみつけた店を、まず巡った。待ちに待った本場の味。それが実にいまいちだった。

「『こんなものかな…』とも思ったけれど、2日目に偶然仲良くなった地元のおばちゃんが『昨日はどこで食べた? 駅前の店? ダメダメ。行くならあっちの店よ』と教えてくれたんです。すると今度はめちゃくちゃ美味しかった。それが衝撃でした」(木村さん)

美味しさに対する衝撃だけじゃない。圧倒的な集合知を誇るネットの口コミサイトが、地元のおばちゃんのアナログな知見に勝てないことにこそ、木村さんは感銘を受けた。

「考えてみたら当たり前なんですけどね(笑)。世界中の質の高いユーザーが口コミを書き込めたとしても、書き手が旅行者である以上、底はしれている。地域にずっといる人の知識には敵いませんから」(木村さん)

そこに着想の芽があった。

ならば「地元の人と海外からの旅行者をQ&Aでつなぐローカルコミュニティサイトがあったら喜ばれるのでは?」と考えた。ヤフー知恵袋のような巨大なQ&Aサイトや、SNSで直接つながったコミュニティサイトはあるが、越境してローカルの人と旅行者をつなぐQ&Aサイトは意外と見つからない。

それまでグループウェアの制作運営や、企業向けのコミュニティサイトの開発運営を手がけるITエンジニア・ディレクターだったが、独立起業の潮目を感じた。個人的に「社会課題の解決につながるような事業で独立したい」と考えていたことも後押しになったという。

「どんな課題か? “グローバリゼーション”とそれに伴う文化の均質化“への危惧ですね。なんていうと大げさですけど、目立たないけれど素敵なスポットや、小さくても美味しいお店が、情報の均質化で目立たず消えていく。盛りあげないともったいないなって、感じていたのです」(木村さん)

そして2016年に独立。自らプログラムを書けること、奥さんもWebデザイナーだったこともあいまって、すぐさまシンプルなQ&Aサイトを立ち上げた。名前は「Hub Japan(ハブ・ジャパン)」。訪日予定、あるいは訪日中の外国人ユーザーが英語でクエスチョンを書き込むと、日本のローカルユーザーがアンサーを書き込んでくれるシンプルな仕組みだ。

たとえば「東京でオススメの穴場の寿司屋は?」「サクラを見に大阪へ行くが、気温は? 上着は持参したほうがいいか?」といった具合に欧米を中心に訪日予定の人たちから英語で書き込む。すると、サイトに埋め込んだGoogle翻訳エンジンが日本語に変換してくれるので、日本人も気兼ねなく「現地の声」を書き込める。その日本語は、書き込んだユーザーが読めるように、英語に変換されるわけだ。

「ただオンラインだけだとつまらないのでリアルでも何かやりたいと考えた。そこで『体験の仲介サービス』をやろうとしたんです。訪日外国人が興味のありそうな、着物の着付けとか、お茶の体験とか、いろいろ試しにやってみたら……」(木村さん)

そうしたなか、圧倒的に参加者の好評を得た体験イベントがあった。「居酒屋探訪」ツアーがそれだ。

日本人には当たり前の居酒屋に価値があった

赤提灯や縄のれんが目印の大衆居酒屋から、高級割烹ぜんとした高級店まで、バラエティに富む居酒屋レストランは、日本全国に23万店以上あるといわれる。日本独自の酒とつまみが効率よく味わえるうえ、日本の生活文化や日本人とふれあう機会もあるため、今や訪日外国人にも人気のスポットだ。

ただ興味はあれど、観光客が海外の夜の街に繰り出して、初めての居酒屋に入るのはハードルが高い。ボッタクリ店などにあたるリスクもある。しかし、勝手知ったるローカルの日本人が薦める店に、しかも一緒に入って楽しめるとあれば、安心感が高まる。

「一方で居酒屋などの飲食店も、訪日外国人のお客様を呼び込みたいけれど、お店を知ってもらえていないというのが、多少の機会損失になっていた。なので、飲食店の販促の仕組みとして活用してもらえると考えたんです」(木村さん)

試しに「ハブ・ジャパン」をとおして「日本の居酒屋で日本人と語り合おう」というツアーを告知すると、すぐに外国人観光客から応募があった。木村さんが試験的にアテンドをする。奥さんや友達とともに外国人複数×日本人複数で、オススメの居酒屋にむかい「カンパイ!」からはじめると、異様な盛り上がりをみせた。

英語もできず、そもそもコミュニケーションも苦手だった木村さんだが、酒が入り、気持ちが大きくなると「身振り手振りで必死に会話をしている自分」に気づいた。飲みニケーションあなどれじ、だ。

「また、もちろん海外の方々に『日本に来た目的は?』『何を楽しんだ?』などと聞くことも楽しいのですが、実のところ彼らから日本について意表をつく質問をされることにこそおもしろさ、価値を感じました」(木村さん)

「日本で最もポピュラーな宗教は?」とか、「無宗教? ではなぜあれほど神社があり、誰しもお参りしているんだ?」とか、「あなたにとって蕎麦とはなんですか?」とか――。

「蕎麦については、おもしろかった。自分にとって蕎麦とは何か、なんて考えたことなくて(笑)。日本人同士だったら絶対に聞いてこないような質問をどんどん向けられる。結果、むしろ日本のこと、日本文化のことを深掘りせざるを得なくなったんです。また海外の人たちが、日本の何に興味があるのかも肌感覚でわかる。これって観光施策や訪日外国人向けビジネスのヒントが得られる貴重な場になるなって」(木村さん)

だから、日本文化を深掘りしたい「訪日外国人」、質の高いインバウンド客を集客したい「居酒屋」、そして外国人とフランクに交流することで刺激やアイデアを得たい「ローカルの日本人」。この三者を“三方良し”でつなぐプラットフォームとして、2017年末に作った。

仕組みはやはりシンプルだ。ローカルの日本人ならFacebook認証をとおして「ハブ・ジャパン」にまず登録。そこから「MEET&EAT」のサイトに行く。同じようにログインして日本滞在中の「居酒屋で交流したい」と書き込んでいる訪日予定の外国人アカウントをチェック。都合のいい場所や日時、気の合いそうなプロフィールの団体がいたら「マッチング希望」をクリック。返信を待つ。マッチングとなれば、メールでのやりとりができるようになり、「MEET&EAT」内で指定する居酒屋店をチェックして予約。当日、最寄りの駅前で待ち合わせて、予約時間に店にいき「カンパイ!」となるわけだ。

外国Hub Japanの利用者たち。未成年かどうかの判断はFacebook認証で行われる。トラブルが起きないように、基本2~3人ずつしかマッチング登録できない

今はサイト経由で飲食店への予約が発生したときに、紹介料を得る仕組みで運営中。都内数十店舗の居酒屋と契約を結び、月30人程度の訪日外国人からのリクエストに応えている。

「ビジネスの規模はもう本当に小さい。受託の仕事を続けながら、まだまだ手探りの段階です。ただ小さいながら手応えも感じています」(木村さん)

「またぜひ居酒屋で飲みたい」と訪日外国人のリピーターが増えている。「生きた英語を学びたい」「楽しい飲み会を開きたい」というローカル日本人も増加中だ。とくに「企業のインバウンド担当をしているが、本当のニーズがつかめない。ヒントを得たい」「飲食店を経営しているが外国人向けにメニューやサービスを充実させたい。直接リサーチできるのでは」とマーケティング・リサーチの場として価値を見出している人も現れ始めているという。

飲みニケーション、やはりあなどれじなのだ。

「まあ、まだまだ小さい事業で、どこまでできるかわからないけど(笑)」(木村さん)と、取材終盤、木村さんは繰り返した。ただ、目立たないけど素敵なビジネス。盛り上げないともったいない、と……。

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