“Be a driver.”のマツダは何を作る? 藤原専務に聞く自動運転社会

“Be a driver.”のマツダは何を作る? 藤原専務に聞く自動運転社会

2017.03.23

“Be a driver.”。これが、マツダの広告メッセージだ。その意味は、運転者であれということだろうか。マツダの解説を読めば、人生を自ら切り拓こうという想い、そして、クルマを自分で運転したいとの願いが込められているようだ。一方で、交通事故の抑制や環境・エネルギー改善の高効率化などの視点から、自動運転技術が注目され、国内でも2020年には高速道路など一部での実用化が目指されている。あと3年で迎えるその日に向けて、マツダはどうクルマを進化させていくのか。電動化戦略を聞いた前回に引き続き、今回も研究開発の取締役で専務執行役員の藤原清志氏に問う。

研究開発を担当する藤原専務は自動運転をどう見ているのか

マツダらしい自動運転とは

「自動運転技術は、やっています」と、藤原氏からは答えが返ってきた。「ただし…」と言葉が続く。

「私は、隣の家まで100メートルくらい離れた田んぼの中の家に住んでいます。そういう田舎で生活し、周りに住んでいる人たちを見ると、果たして本当に自動運転のタクシーで出かけるのだろうか、そこまで彼らは機械を信頼しているのだろうかと思うのです。そして、それはあり得ないだろうと考えます」

「結局は、人に助けを求める気がしてならないのです。そこで、高齢者を含め、人が運転するクルマで、出掛けたい人を助けてあげられないかという考えが導き出されるわけです。では、どうすればいいか」

「たとえば、国でも一部で認めようとする動きがある、地域や地区限定の自家用車のタクシー、いわゆる白タクをやればいいのではないかということです。現状のタクシーのような営業の仕方ではなく、自宅から病院へ行きたいという人が居れば、その区間だけ自家用車を出して連れて行ってあげるといった形態です。人と人とが助け合う、昔ながらのコミュニティ(共同社会)を、どう作っていくかではないかと思っています」

「そのために、高齢の運転者でも安心して任せられるクルマを自動車メーカーとして作り、提供してゆけないだろうか。高齢者が運転しても大丈夫な自動運転にしていく。具体的には、普段はいつも通り運転できるのですから、ハンドルは自分で握ります。ただし、体調が悪くなったとか、心臓発作とか、万一の際には安全にクルマを止める自動運転です。そして二次事故を起こさないようにする。完全自動運転ができるようになれば、そこから病院まで搬送できるような自動運転になればいいでしょうが、まずは安全に止めることをしっかりやる。それを実現するために、自動運転技術は必要です。そういう自動運転社会にしたいのです」

“Be a driver.”のメッセージを展開するマツダらしい自動運転技術の活用と、その運用の案だといえる。

自動運転で解決できる社会問題

藤原氏の構想は、さらに広がりを見せる。

「白タクを認め、そこに自動運転技術を適用していくことで、地方に活躍の場が生まれれば、高齢の元タクシー運転手が地方へ行ったり、故郷へ帰って運転をいかした生活をしたりすることができるのではないでしょうか。日々畑で働きながら、依頼が来れば運転で手伝うとか」

「白タクで手助けするための運賃は、村や町など、自治体が支払ったり補助したりすればいいでしょう。地域のバスが廃線になっていますが、定期的な路線バスは費用が掛かりすぎ、自治体では維持できなくなっています。しかし、必要なときにだけ白タクを認め、その代金を支払うのであれば、経費はずっと安く済むでしょう」

「そうなってくると、クルマを維持・整備するための工場が必要になり、燃料を入れるガソリンスタンドも必要になって、既存の自動車産業を維持していくことができます。それも1つの地方創生につながっていくのではないでしょうか」

自動運転が人を排除し、ロボット社会を生み出す道筋ではなく、人がいきる社会を創造することにつなげようとする発想だ。

人がハンドルを握ることを前提に開発

人がハンドルを握る自動運転の在り方について語る藤原氏

自動運転技術を実現させる方法についても、人がハンドルを握ることを前提とすることで、開発の仕方が新たになると、藤原氏は話す。

「人がハンドルを握る、あるいはペダルを踏むことを前提にすれば、その操作に人の状態が現れます。もし居眠りをすれば、ふ~っとハンドルが切られたり、スマートフォンを見ながら運転していると真っ直ぐに走れなくなったりする。そういう普段とは違った操作の様子が現れます。人の状態と、普段とは違う運転状況との因果関係を明らかにできれば、操作を検知するセンサーをハンドルやペダルに取り付け、あとはコンピュータが判断し、クルマを止めるなどの処置に結び付けられます。このやり方なら、高価な画像センサーなど使わないので、容易にあらゆる自動車に装備することができます」

「私の狙いは、生活を支えている廉価な自動車でも装備できる自動運転技術です。それが実現できれば、普及も早いでしょう。先進安全自動車(ASV)のなかで、これを研究開発させてほしいと関係各所に働きかけ、医大の先生などと一緒に、第6期(2016年~)の5カ年計画で取り組んでいます」

廉価な自動車にも採用できるという発想が重要だ。それは、原価と性能の調和をはかりながら、すべてのクルマに装着できる道につながるからだ。

一般的に自動運転技術の開発では、人が手を離した状態での走行や、人の状態をカメラなどで監視するセンサーの開発などが盛んだ。しかし、人が自らハンドルを握り、自ら運転することを前提としたマツダの取り組みは、人を知るという側面で、より直接的な検知や判断、認識につながり、的確性を高める可能性がある。“Be a driver.”の意にかなったやり方だ。

都市部における自動運転の在り方は

自動運転が注目される背景には、事故ゼロを目指すという方向性のほか、世界人口が増加するなかで都市部に住む人が増えるのに伴い、混雑する都市で、いかにクルマの利便性を保持するか、といった視点もある。ドイツの自動車メーカーが目指すのはそこだ。

独アウディは、2011年秋に「アーバン・フューチャー・イニシアティブ・サミット」を開催し、そこで問題提起を行った。その会合は、2030年に世界人口の60%が大都市部に住むようになるという国際連合の推計を受けて、交通の在り方を考える場だった。直後のフランクフルトモーターショーでアウディが出展したのは、電気自動車(EV)に自動運転を組み合わせた「A2コンセプト」というモデルである。

アウディ「A2コンセプト」

先の藤原氏の発想の原点は、過疎化の進む地方の生活を考慮した交通の在り方と、自動運転の活用法だった。では、都会はどうなのか。「都市部は、営業のタクシーが十分にあるでしょうから、あえて自動運転にしなくても手助けはできるのではないでしょうか」と、藤原氏の答えは明快だ。

実際、東京23区などでは、近距離のタクシー料金を従来の2キロ730円から約1キロ410円へと安くしたことにより、実施後2週間で、近距離の利用が3割近く(28.6%)増えたと国土交通省が公表している。

誰もが行きたい場所へ行ける時代に

しかし、両親の介護をした私の経験からすれば、救急車を呼ぶまでではないが、急いで町の医院へ連れていきたい、だが、仕事へも行かなければならないといった際、医院まで自分のクルマで連れていき、帰りは自動運転で無事に親を家に帰らせることができれば便利なのにと思ったことがある。

ほかに、障害を持つ人の自立という視点で考えると、福祉車両に運転支援や自動運転が加わっていけば、より活躍の場が得られるだろうと考える。理想を言えば、目の不自由な人でも1人で出かけられる自動運転車の実現だ。

鉄道のホームから目の不自由な人が転落する事故を受けて、鉄道事業者はホームドアの設置を急いだり、係員をホームに常駐させたり、乗客への声かけを増やしたりしている。だが、実際に目の不自由な人たちの実情を知れば、彼らが1人で出掛けられるのは行きなれた道や場所でしかない実態がある。しかも、IC乗車券をタッチする部分は、目の不自由な人には位置が分かりづらい。もっと自由に、初めての所へも1人で行けるようになれば、どれほど心が軽やかになるだろう。

藤原氏の言うように、人々が助け合う共同社会の醸成が進むことは私も願うところだ。一方で、ウォークマンやスマートフォンの普及により、周囲に全く関心を寄せない人が街を歩く時代にもなっている。それは止められない。そうした自己に没入した人に、高齢者や障害を持つ人も歩いていることを意識させるのは困難だと思う。

欧米では、見ず知らずの人に当たり前のように声をかけ、手を差し伸べる日常がある。日本にも昔はそういう社会があったはずだ。しかし今日、私が散歩をしていてすれ違う人に「おはようございます」と声を掛けたとき、けげんな顔をする人がどれほど多いことだろう。

配慮の心を持った、人に優しくなれる社会を求めながら、同時に、技術で人を助けられるなら、その両方を進めていくのが今の時代の取り組み方ではないだろうか。

人に頼らず、自立して生きて行ける。その気持ちは、高齢者にも障害を持つ人にも、強い生きがいをもたらすだろう。人に何かを頼むのは、親子の間でも遠慮が働くものだ。そこに、自動運転技術が役立つなら、何より嬉しい。

自動運転の実用化に向けた現実的な道筋とは

また、自動運転には、これまでクルマの顧客でなかった人を顧客にする可能性もありそうな気がする。

高齢者や障害を持つ人もその中に入るが、さらに、免許を持たない人、あるいは免許証を持ってはいるが、運転に自信がなくペーパードライバーでいる人も、自動運転で目的地に安全に行けるなら、クルマを持ちたいと思うかもしれない。

テレビ番組で先頃、目の不自由な人もスマートフォンを使えるように練習する様子が報道された。そのように、通信との深い連携もこれからクルマに取り込まれていくならば、あらゆる人がクルマを自由に、自在に利用できる社会が自動運転の実現によって訪れるかもしれない。そのとき初めて、クルマは自由の象徴になるのだ。クルマは自由だという声はあるが、今は、限られた人のための道具でしかない。

マツダならではの自由な発想、自動運転にいかせるか

ところで、これまで運転支援機能付きのクルマを様々に試乗してきた私の経験からすると、現在のレベル2を超えてレベル3となった際、普段の走行には自動運転を使いながら、万一の際には人が再び運転を任されるというのは、非常に考えにくいと思っている。なぜなら、運転支援機能を利用しているうちに、自動操作に頼る気持ちが強まっていき、もっと任せられるのではないかという心理状態に陥ってくるのを私自身が体験したからだ。運転している意識がどんどん薄れていくのである。

自動運転への道筋として、レベル1からレベル4へと段階を踏む開発は、机上の技術開発の行程でしかない。実用化へ向けては、藤原氏の言う運転者自らがハンドルを握る状態で万一を想定した対処法か、あるいは、完全自動運転へと一気に進展する形でなければ危ないと思う。

自動車関係者は専門家であるがゆえに、得てして従来のクルマの進化・発展の道筋で将来を構想しがちだ。しかし、EVや自動運転は、従来にない発想からクルマの新たな価値を見出さなければ、役に立たないものを作ってしまう可能性がある。それは、メディアにおける評論も同様だ。

ぶつからないクルマになり、エンジン車に比べ部品点数の少ないEV独自の車体構造を採り入れ、そこに完全自動運転が入ったとき、クルマはより多くの人々を受け入れる存在になれるのではないか。そういう視点での論議を早急に積み重ねていくことが、未来の明るいクルマ社会を構築していくと考える。

マツダのような中堅の自動車メーカーこそ、そういう自由な発想を取り込める可能性を持つと思う。「ロードスター」という、それほど台数を見込めないスポーツカーを25年以上も作り続け、振り返れば累計販売台数100万台を達成してきたマツダである。同じように、25年後に振り返れば、高齢者、障害を持つ人、ペーパードライバーの全てを受け入れる、100万台の自動運転車が存在するまでになったという成果を待ちたいものだ。

初代のメインカラー「クラシックレッド」をまとった4代目「ロードスター」。このクルマを作り続けるマツダという会社ならではの取り組みに期待したい
メルカリ出し抜くラクマ、売上金の「楽天キャッシュ」チャージ額が5億円を突破

メルカリ出し抜くラクマ、売上金の「楽天キャッシュ」チャージ額が5億円を突破

2019.01.22

ラクマ売上金の「楽天キャッシュ」チャージ額が累計5億円に

同様のサービスを構想しているメルカリを先行する形に

楽天は1月21日、フリマアプリ「ラクマ」において、取引で発生した売上金のうちオンライン電子マネー「楽天キャッシュ」へチャージした累計額が2018年12月末に5億円を突破したと発表した。

ラクマでの売上金を楽天キャッシュへチャージする機能は、2018年7月より提供開始されている。チャージした電子マネーは、楽天会員向けのグループ各種サービスで利用できるほか、ローソンやファミリーマートなど「楽天ペイ」対応店舗での決済でも利用可能だ。

2017年8月1日から開始されたローソンでの支払いに続いて、2018年12月4日からはファミリーマートでも楽天ペイが使用できるようになった

同じくフリマアプリを展開するメルカリは、100%子会社「メルペイ」で同様のサービスを構想している段階であり、この分野においてはラクマが1歩先行する形になった。

現状、メルカリで得た売上金をメルカリ以外で使う場合は、一度口座に振り込む必要がある。また、売上金には180日という「振込申請期間」が設定されており、その期間中に「口座に振り込む」か、メルカリ内で使える「ポイントを購入」するか、選ばなければならない。ただし振込の場合、1万円未満だと210円の手数料が発生する(2018年1月21日時点)。ラクマの売上金チャージ機能と比較すると、どうしても見劣りしてしまうだろう。

ちなみに筆者もメルカリユーザー。現状、売上金が合計1万円に満たないため、振込手数料を発生させずに現金に換えるためには、あと1540円分の売り上げが必要になる (画像はメルカリアプリより)

しかし、少し古いデータではあるが、2018年5月31日のニールセン デジタルの発表によると、スマートフォンからの利用率の高いオークション/フリマサービスは、1位がYahoo! オークションで25%、2位がメルカリで23%、3位がラクマで11%であることがわかっており、同じフリマサービスであっても、ラクマの利用率はメルカリの半分であるのが現状だ。

メルカリのダウンロード数は2018年11月14日時点で7500万、ラクマが同年10月時点で1500万と、両サービスの普及率にも差があることからも、日本におけるフリマ市場のバランスがすぐにひっくり返ることはないだろう。

だが、ラクマが売上金をさまざまなサービスに使えるという実用性で、メルカリとの新たな差別化ポイントを生み出したことは、新規ユーザーの獲得に少なからず貢献しそうだ。

ラクマ売上金のチャージ額が5億円突破したことは、ユーザーの「アプリ内の売上金を別の場所で使いたい」というニーズの強さの証明ともいえよう。こうしたユーザー視点に立った機能の追加による消費体験の向上が、フリマ市場にどのような影響をもたらすのか、キャッシュレス決済市場への参入が期待される、メルカリの動向と合わせて注目したい。

1000字の描き直しを越えて ―ナール制作の舞台裏

最初の書体感覚をもち続けることのむずかしさ

写研で書体デザインの責任者を務めていた橋本和夫さんに衝撃を与えた書体、ナール。作者の中村征宏氏が第1回石井賞創作タイプフェイスコンテスト応募時に書いた設計意図は、次の通りだ。

〈縦組みの場合にも、横組みにも字間のバランスがムリなく一つの流れを持つことを念頭におき、ボディータイプとして、従来使用されなかった丸ゴシック系のタイプフェイスを試みた。字面をいっぱいに使い、文字のエレメントを強調し、細い線で構成することによりシンプルさを求めた。字面を大きく使うことが字間の問題に関連し、字間のバランス調整のための切り貼り、字詰めの工程を少しでも短縮することができるのではないかと思う。その結果、組み上がりにおいて、集合の調和が生まれるのではないかと思う。広告制作物などにおいて、コピーやサブ・タイトルなどに適するのではないかと考える。〉(*1)

中村征宏氏の著書『文字をつくる』(美術出版社、1977年)

1970年(昭和45)5月18日にコンテスト授賞式が開催されたのち、写研からの文字盤発売に向けて、同年8月ごろから本格的な書体制作が始まった。必要な文字数は漢字が約5400字、ひらがなとカタカナで約150字、アルファベット約100字、その他(約物、記号など)約200字で、合計約5800字だ。写研の監修を受けながら、原字はすべて中村氏が描いた。監修を担当したのは橋本さんである。

約5800字の原字を描くのは、想像以上に大変な作業だ。橋本さんは語る。

「コンテストに応募するときに描いていただくのは、漢字50字とひらがなカタカナ、そして記号の一部だけです。それを1枚のパネルに構成するので、文字構成としては、まとめやすい。ところが、文字盤化する際には約5800字を1文字1文字描くことになり、完成するまでの年月は2年はかかります。外部デザイナーの方と書体をつくるようになって、われわれが一番苦労したのは、“今月と来月では、仕上がってくる書体の雰囲気が変わってしまうことがある”ということでした」

「文字を増やす際に字種リストを渡すのですが、『何の文字をつくるか』を見るためのリストのはずが、長い間ながめているうちに、つくっている文字がリストの文字に似てきて、当初のデザインと雰囲気が異なってきてしまった。ナールは既成概念をくつがえす、突き抜けたデザインの丸ゴシック体だったはずなのに、描き進むうちに最初のデザイン思想から離れ、持ち味が失われるということが起きたのです」

原字を描き進めるうち、コンテストのオリジナルデザインから、いつのまにか特徴が変わってしまっていたのだ。そのままでは、まるで違う書体になってしまう。結局、途中で1000字分を描き直すことになった。

中村氏もこのことを振り返り、著書に〈人の感覚は徐々に変化するものには気づきにくいものですから、いつも最初の見本と照らし合わせながら書き進めることが大切です。このようなことは、太さだけのことではなく字形とか感覚面でも同じようなことがいえます。感覚もときがたつことによってどんどん変化するものですが、とくに最初の感覚は大切にしていきたいものです〉と書いている。(*2)

悩ましい文字

「もうひとつ、ナールを監修したなかで、ひどく悩んだことがありました。ナールは、字面いっぱいに真四角に描かれた書体です。たとえばひらがなの『り』は通常は縦長、『へ』は横長の形をしていますが、これらの文字すら、できる限り正方形に近づけて描かれている。ぼくが悩んだのは、『々』という漢字でした」

ナールでは、縦長の「り」、横長の「へ」も正方形にかなり近い

「時々」「常々」「佐々木」など、同じ漢字を繰り返すことを表すときに用いられる「々」の字だ。

「常識的にいえば、この字は他の漢字よりも小さく描きます。では、通常は縦長、横長など固有の形をもつひらがなですら正方形に近づけているナールでは、どういう大きさにすればよいのか? 最初は『々』も他の漢字と同じ大きさで、真四角にするのがよいと思ったのですが、いざつくってみると、やはり少しは他の漢字より小さくしなければ『々』に見えないとわかりました」

「他の書体をつくるときにも『々』をどういう大きさにするか、いつも考えるのですが、ナールのときにはとりわけ悩んだものでした」

また、こうした試行錯誤を経て、「文字を図形化する際も、かなと漢字の使い方に意味のあることをあらためて認識しました」という。

新聞雑誌、広告から、道路標識まで

途中で1000字の描き直しなどがあったものの、コンテストから2年後の1972年(昭和47)、ナールは写研写植機用の文字盤として発売された。書体名は、「中村」の “ナ” と、丸みを表す言葉である「ラウンド」の頭文字 “R” をとって「ナール」とつけられた。(*3)さらに、ナールと組み合わせて使うことを想定した中太の「ナールD」の文字盤も1973年(昭和48)に発売された。

ナールD(上)とナール(下)

中村氏はコンテスト応募当時、ナールを本文書体と考えていたが、いざ発売されてみると、広告や雑誌、新聞などの見出しなどに使うディスプレイ書体として大人気となった。ポスターや広告のキャッチフレーズ、テレビの字幕、道路標識などに幅広く使われ、一世を風靡した。

「タイポスによってデザイナーのつくる書体が注目され、少女たちが丸文字を書くようになっていく流れのなかで登場したナールは、『時代に乗った』ともいえますが、むしろ『時代をつくった』書体といえるでしょう。写植の文字はナールの登場によって、それまで職人が手描きしていたレタリング文字の分野に浸透していった。“新書体ブーム”の幕開けでした。そうして写植の機械は、単に文字を印字するだけでなく、多彩なディスプレイ書体によって雑誌や広告にファッション性を生み出す手段のひとつとして、とらえられるようになっていったのです」

(つづく)

(注)
*1:中村征宏『文字をつくる』(美術出版社、1977年)P.80
*2:同書 P.21
*3:『文字に生きる〈写研五〇年の歩み〉』(写研、1975年)P.127

話し手 プロフィール

橋本和夫(はしもと・かずお)
書体設計士。イワタ顧問。1935年2月、大阪生まれ。1954年6月、活字製造販売会社・モトヤに入社。太佐源三氏のもと、ベントン彫刻機用の原字制作にたずさわる。1959年5月、写真植字機の大手メーカー・写研に入社。創業者・石井茂吉氏監修のもと、石井宋朝体の原字を制作。1963年に石井氏が亡くなった後は同社文字部のチーフとして、1990年代まで写研で制作発売されたほとんどすべての書体の監修にあたる。1995年8月、写研を退職。フリーランス期間を経て、1998年頃よりフォントメーカー・イワタにおいてデジタルフォントの書体監修・デザインにたずさわるようになり、同社顧問に。現在に至る。

著者 プロフィール

雪 朱里(ゆき・あかり)
ライター、編集者。1971年生まれ。写植からDTPへの移行期に印刷会社に在籍後、ビジネス系専門誌の編集長を経て、2000年よりフリーランス。文字、デザイン、印刷、手仕事などの分野で取材執筆活動をおこなう。著書に『描き文字のデザイン』『もじ部 書体デザイナーに聞くデザインの背景・フォント選びと使い方のコツ』(グラフィック社)、『文字をつくる 9人の書体デザイナー』(誠文堂新光社)、『活字地金彫刻師 清水金之助』(清水金之助の本をつくる会)、編集担当書籍に『ぼくのつくった書体の話 活字と写植、そして小塚書体のデザイン』(小塚昌彦著、グラフィック社)ほか多数。『デザインのひきだし』誌(グラフィック社)レギュラー編集者もつとめる。

■本連載は隔週掲載です。

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