高級ブランドの地位を確立? 新型「LC」を発売したレクサスの本気度

高級ブランドの地位を確立? 新型「LC」を発売したレクサスの本気度

2017.03.24

トヨタ自動車はレクサスブランドのフラッグシップクーペと位置づける新型「LC」を発売した。ブランドの新たな方向性を示す新型車として開発、投入されたクルマで、キャッチフレーズは「新世代LEXUSの幕開けを象徴するフラッグシップクーペ」だ。

「LC500」の“S package”

レクサスブランド立ち上げの背景

トヨタの社内カンパニーの中で、「レクサスインターナショナル」は豊田章男社長が直轄する別格の体制となっている。そのレクサスインターナショナルは、「日本初のグローバルプレミアムブランドとしてのイメージ確立に向けて変革が急務」とし、ここ最近は、新車発表の展開などを含めた新たな試みを進めてきている。

トヨタは1989年に米国市場でレクサスブランドを立ち上げた。当時、米国におけるトヨタブランドは小型車で性能・品質に定評があったが、別ブランドとしてレクサスを立ち上げ、高級車市場にチャレンジしたのである。米国におけるレクサスは、そのブランド戦略により1990年代に浸透、成功し、2005年からは日本市場にも参入した。それから、全国にレクサス店がセットアップされた経緯がある。

スタートから30年近くが経過したレクサスは、社長の陣頭指揮の下、世界的な高級車ブランドとしての地位確立に向け、車種のラインナップ拡充やブランド戦略を改めて進めている。その中で、今回の新型LC投入はレクサスブランド変革への大きなインパクトといえよう。

ジュネーブショーで「プロダクションカーデザイン賞」受賞

新型LCは、レクサスブランドの新たなフラッグシップクーペとしてラインナップに登場。トヨタの新しい設計手法であるトヨタ・ニュー・グローバル・アーキテクチャー(TNGA)に基づいたフロントエンジン・リアドライブ(FR)専用のプラットフォーム「GA-L」を初採用し、コンセプトカー「LF-LC」のデザインイメージをモチーフとした独自のデザイン、世界初のマルチステージハイブリッドシステムをはじめとする先進技術を採用した。

日本での発売に先立ち、新型LCはジュネーブ国際モーターショーで披露され、世界のカーデザイナーから選ばれる「プロダクションカーデザイン賞」を受賞した。この事実は、LCのデザインが欧州でも高い評価を受けたことを物語っている。

米国高級車市場に挑戦した日本勢

トヨタがレクサスブランドを米国でスタートさせた当時、米国市場ではトヨタ車をはじめとする日本車が性能・品質・価格で一定の評価を受けていたが、ジャンルとしては小型車分野が中心だった。

このため、日本車メーカーは米国の高級車市場に食い込むための新たなブランド展開を進めた。トヨタに先立ち、本田技研工業が1986年から「アキュラ」ブランドを立ち上げ、1989年にはトヨタが「レクサス」、日産自動車が「インフィニティ」をスタートさせたのである。これらの新ブランドで日本勢は、米国車ブランドの「キャデラック」や「リンカーン」などに対抗し、ドイツ車の「メルセデス・ベンツ」や「BMW」をライバルとして高級車ブランドの浸透を図ったのだ。

米国市場でのレクサスは、品質や顧客満足度を前面に押し出すブランド戦略を徹底的に進めた。その結果、レクサスは1999年から2010年まで、北米における高級車ブランド別販売で11年連続トップとなり、成功を収めたのだ。J.D.パワー(国際的な顧客満足度調査の専門機関)の米国自動車耐久品質調査では、2017年2月に結果が公表された直近の調査まで6年連続でトップを獲得。コンシューマーレポートではブランド別信頼度1位に選ばれるなど、ブランド戦略が奏功していることを物語る調査結果もある。

筆者は、北米レクサス戦略を展開した石坂芳男トヨタ元副社長から米国でのレクサス成功の秘訣を聞いたことがあるが、「レクサスというブランドをトヨタから切り離したこと」というのがその回答だった。実際、筆者が2000年代前半に米国で取材した折、現地で「レクサスってトヨタだったんですか」という一般ユーザーからの声を聞いたことがある。

北米のブランド戦略で成功を収めたレクサス

日本では2005年から「レクサス店」がスタート

北米の高級車マーケットで一定の地位を築き上げたレクサスブランドの成功は、日本市場への導入に結びついた。トヨタは2005年にレクサス店を全国でセットアップし、レクサス販売網を展開した。

ホンダと日産も、一時はアキュラ、インフィニティの日本導入を進めていたが、日本の高級車市場の難しさから断念したいきさつもある。

日本へのレクサスブランド導入に際しては、小笠原流礼法を基礎にした「おもてなし」の顧客対応の導入が話題を呼んだ。全国のレクサス店は、各地のトヨタ店・トヨペット店の地場ディーラーが出資する形で展開されたが、大都市部主体の高級車需要から、地方部のレクサス店では厳しい経営を強いられている状況もある。

日本での高級車ブランドは、ベンツ、BMW、アウディ、ポルシェなどのドイツ車が圧倒的な存在感を示しており、1970年代頃に強かった米国車はフォードが撤退し、GM車も元気がない。レクサスのライバルは、必然的にベンツやBMWということになる。

日本市場では当初、「LS」は「セルシオ」、「GS」は「アリスト」といったようにトヨタブランドと同一であったし、販売店もトヨタディーラーののれん分けというイメージが強く、独立ブランドとしての展開が難しかった状況もある。だが、ここへきてレクサスの車種をトヨタブランドから別にし、バリエーションも増やした結果、2016年のレクサス国内販売は、前年比8%増の5万台超えを達成した。

欧州での評判がグローバル戦略を左右

レクサスの2016年の世界販売は67万台。前年比4%増となり4年連続で過去最高を達成した。

そのうち、半数以上を占めるのは北米だが、台数は35万台と前年比4%減となった。これは、原油安の影響でピックアップトラックや大型SUVに需要がシフトしたことによるものだ。これに対し、中国では11万台と前年比25%増の伸びを示しており、日本でも前述のように5万台超えを果たした。

ただ、ブランドとしてのグローバル販売が67万台という数字は、やはり高級車ブランドのベンツやBMWが200万台近くであるだけに彼我の差は大きい。何と言っても、欧州ではハイブリッド車が浸透しつつあるものの苦戦しているのが実情だ。

やはり、欧州市場でレクサスを高級車ブランドとして認めさせ、市場に浸透させることこそがグローバル戦略の課題なのである。

欧州市場に浸透させることができれば、レクサスのグローバル戦略には弾みがつく

社内7カンパニー制度に先行したレクサスインターナショナル

「レクサスインターナショナル」は、2012年6月にトヨタの社内カンパニー制度に先行する形でスタートした。そこには、豊田社長のグローバルブランド確立への並々ならぬ熱意があり、その後の7カンパニー制の導入で、このレクサスインターナショナルだけは豊田社長直轄という別格の位置づけとなった。

そのレクサスインターナショナルのプレジデントは、デザイナー出身の福市得雄トヨタ専務である。福市プレジデントは、初代「エスティマ」の開発で独特の卵型デザインを採用したことで知られる。

その意味では、今回の新型レクサス「LC」は、2012年のデトロイトモーターショーで発表したコンセプトカー「LF-LC」の革新的なデザインをモチーフとし、新開発プラットフォームによる骨格を活かすことで、走行性能と独創的なデザインでゴーサインが出たモデルだ。

レクサスの最上級クーペとして、ガソリン車「LC500」はV型8気筒5リッター、ハイブリッド車「LC500h」はV型6気筒3.5リッターで1,300万~1,450万円の価格設定。トヨタ元町工場にはLC専用の組み立てラインが新設されている。ジュネーブ国際モーターショーでカーデザイン賞を受賞し、目の肥えた欧州市場で好評価を得たという実績は、発売にあたっての起爆剤ともなる。

いずれにせよ、トヨタのトップ自らがレクサスブランドの変革を打ち出しており、今回のLC登場に続き、今年は旗艦車種である「LS」のフルモデルチェンジも予定されていることから見ても、今後もレクサスの動向には注目すべきだろう。

2017年1月のデトロイトモーターショーで世界初披露となった「LS500」
感動に流されがちなスポーツと「プリンセス駅伝、四つん這い走行」

カレー沢薫の時流漂流 第15回

感動に流されがちなスポーツと「プリンセス駅伝、四つん這い走行」

2018.11.12

漫画家・コラムニスト カレー沢薫さんの社会派連載!

第15回は、「プリンセス駅伝の四つん這い走行」問題について

今年は「パワハラ」「黒い交際」「殺人タックル」など、スポーツ界が荒れに荒れた。

スポーツにつきまとう「感動」という尺度

というよりは、今までずっと「わかり哲也」の背景ぐらい荒れ続けていたが、関係者専用のプライベートビーチだったため、一般人の目につかなかっただけのような気もする。

その一方、ワールドカップでは予選を批判した奴は全員死んだのかというぐらい本戦の健闘が称えられたり、夏の甲子園では金足農が秋田県勢として103年ぶりに決勝に進出し大きな注目を集めたりと、感動的なこともあった。

しかし、結果だけを言えば、ワールドカップは1回戦敗退だ。金足農も決勝で敗れ準優勝。逆に優勝したのに金足農の陰に隠れた大阪桐蔭が可哀想なぐらいだ。

つまり、見る側はスポーツに対し、時に結果よりも「感動」を求めがちということだ。金足農が仮に優勝していたとしても、その勝利が「地獄甲子園」式で得た物なら讃えられなかっただろう。

スポーツに感動を求めるのは悪いことではない。私のような、床を這っているコードでこけるような先のない中年は、もはや他人の活躍に乗っかって泣いたり笑ったりするしかないのだ。

だが、「感動した! 痛みに耐えてよく頑張った! 」という言葉があるように、スポーツの感動には「選手が無理をする姿」も含まれていることは否定できない。その無理が「43度の風呂」レベルならまだ良いが、選手生命、さらには最悪命を脅かしかねない時もある。

インターネット大相撲では済まない「プリンセス駅伝」問題

そんな、文字通り「選手が痛みに耐えて頑張った」事件が、先日行われた「プリンセス駅伝」で起こった。女子駅伝だからプリンセス駅伝なのだろうが、私が走者だったら相当居心地の悪いネーミングだ。

その駅伝の中で、10代の走者が中継所の直前で走行不能となったが、何と四つん這いの状態で流血しながらタスキをつないだという。四つん這いで移動した距離は約200メートル。私だったら小一時間かかる、結構な距離だ。その選手がリードの外れた柴犬ぐらいのスピードで四つん這い走行した、というなら制止する間もなくタスキは渡されていたかもしれないが、満身創痍の状態なら相当時間がかかっただろう。

当然、その姿には「誰か止めろよ」と批判が噴出した。しかし、批判がある一方で「感動した!」と、流血四つん這いで走る女子の姿にバッチリ感動した勢がいるのも事実だ。それに対し「怪我しながら走る選手を美談にする勢を許さない勢」が現れ、いつものインターネット大相撲に発展しているのはよくあることなのだが、これはかなり複雑な問題なのである。

監督が倒れた選手に「お前棄権したらわかっとるやろな? 」とアイコンタクトをしたり、観客が「俺たちを感動させるために走れや」と選手を後ろからジープで追い立てたりしたと言うなら論外だが、監督はテレビモニターで「二足歩行が厳しい」という致命的な状態の選手を見て、ちゃんと棄権を申し入れている。

だが、その棄権が現場の審判に伝わった時には、すでにタスキ受け渡し地点の20メートル手前に来ていたそうだ。つまり、満身創痍の選手が四つん這いで180メートル移動してしまうまで棄権の申し入れが審判に伝わらなかった、ということだ。ここでまず連絡体制の不備が指摘されている。

そして、審判は棄権の申し入れを知った後も、「あとちょっとだし」と最後まで走らせてしまったと言う。痛みに耐えて頑張る選手、という「感動」に流され、無理をさせてしまった感は否めない。

そもそも棄権の申し入れがあるなしに拘わらず、現場判断で中止させるべきはなかったのか、という声もある。今、試しに家の中を四つん這いで走ってみたが、これで200メートルはなかなかキツイ。何より見た目が痛々しい。

私の場合、無職の中年が昼間に家の中を四つん這いで走っているというただの「イタい」状態だが、走れなくなった若い選手が流血しながら四つん這いで走る姿は、十分制止すべき痛々しさだろう。実際、棄権申し入れがなくても、現場判断で走れなくなった選手を止める権限が審判にはある。

それでも懸命に走る意志を見せる選手に心打たれて止められなかったのかというと、必ずしも感動だけが理由ではないようだ。企業にとって駅伝というのは非常に重要なものであり、それをチームではなく審判の判断で止めるというのは、審判員側と企業側に大きな禍根を残すことになりかねないのだという。よって審判側は「よほど勇気がないと止められない」そうだ。

また、選手にとっても企業の名前を背負っている上、「自分がコケたら皆コケる」という駅伝のルール上、選手には大きなプレッシャーがかかっている。つまり選手も現場も「止まるに止まれないし、止めるに止められない」状況になっていたのかもしれない。

そして結果から言うと、この選手は「全治3~4か月の骨折」となった。あの四つん這いでの200メートルがなかったら、もう少し怪我が軽くなった可能性は大いにある。

このように、無理は早めに止めないと、逆に有望な選手を潰すことになりかねない。

「無茶しやがって…」という展開は漫画などに任せ、ダメな時は「俺たちの戦いはまだ始まったばかりだ」と早々に打ち切り、次のチャンスに賭けるべきだろう。

タイヤ技術でオリパラを支えよ! ブリヂストン、義足の改良に挑む

タイヤ技術でオリパラを支えよ! ブリヂストン、義足の改良に挑む

2018.11.12

オリパラの裏側には、さまざまな最新技術が隠れている

パラアスリートを支える、ブリヂストンの「タイヤ技術」って?

義足用ソールの開発に挑む研究者らに話を聞いた

東京2020年オリンピック・パラリンピック競技大会の開催まで2年を切った。自国開催ということもあり、現地で観戦しようと考えている人も多いだろう。そこで1つ提案したいのが、オリンピック・パラリンピックを「技術」の視点で見ることだ。

2018年の平昌オリンピック・パラリンピックでは世界初の5Gの実証実験サービスが行われ、開会式ではインテルがドローンによる光のパフォーマンスが行われた。このような派手なものに限らず、大会の裏にはいくつもの技術が隠れている。パラアスリートが用いる器具などがその典型的な例と言える。

そこで本稿では、「ワールドワイドパラリンピックパートナー」であるブリヂストンによる、自社技術の活用によってパラアスリートを支援する取り組み「パラアスリート技術支援プロジェクト」に注目。東京2020を支える技術の裏側に迫る。

タイヤ技術でパラアスリートを支えよ! 

パラアスリート技術支援プロジェクトは、同社のオリンピック・パラリンピックのパートナー契約締結を機に『タイヤやゴムの技術をアスリートのために活かせないか』という想いから発足したという。ではその技術で何を作っているのかというと、1つの例が義足用の「ソール」(地面に接する部分、靴底)だ。

今回話を聞いた、ブリヂストン 先端企画本部 先端技術推進部 先端技術企画推進第1ユニット 主任部員の小平美帆さん(左)とオリンピック・パラリンピックマーケティング推進部 アクティベーション推進ユニット 課長 鳥山聡子さん(右)

「当社では、パラトライアスロン選手の秦由加子さんの義足用ソールを開発しました。現在も定期的に本人と話し合いの場を設けながら、当社の技術でサポートできる部分はないか、ということを模索しています」(鳥山さん※以下、鳥山)

秦由加子 選手。1981年生まれ。千葉県出身。3歳から10歳まで水泳を習う。13歳で骨肉腫を発症し、右足の大腿部切断を余儀なくされたが、2007年に障がい者水泳チームで水泳を再開。2013年にパラトライアスロンに転向した。大腿部切断でパラトライアスロンを行っている唯一の日本人選手だ

なぜ同社がソール部分に注目するようになったかというと、「タイヤ技術との親和性の高さ」が理由だと小平さんは語る。

「もともと当社では、タイヤはもちろん、ゴルフシューズや農業機械用のゴムクローラなど、『地面と接する部分』の製品開発に強みを持っております。ソールも同じく、地面と接するモノ。そこで当社の持つ技術との親和性が高いと感じ、注目するようになりました」(小平さん※以下、小平)

さらに、ソールの素材はゴムと高分子の複合体であり、これは同社の製品でもよく使われる素材であった。タイヤ製品で培った技術を活用することで、選手をサポートできるのではないか? と考え、新ソールの開発を始めたというわけだ。

義足イメージ。ランニングシューズの底のように、特有なパターン(模様)の入っている部分が、ブリヂストンの開発したソール

「ランニングシューズを切って、義足に貼る」が当たり前?

そもそも、義足用のソール開発に力を入れている企業というのはグローバルで見ても少ない。義足を必要とする人は多くいる一方で、切断箇所や筋肉量の違いなど、個人個人によってのニーズが異なるために、高ロットでの生産ができず、なかなかビジネスとして成り立たないことが原因だという。では、秦選手の使用していたソールには具体的にどのような課題があったのか。

「これは秦さんに限らず、ほとんどのパラアスリートに当てはまることなのですが、それぞれが個人に最適化されたツールを使えていないという課題がありました。もともと、多くの種類が市場に出回っているわけではないので、パラアスリート向けの『高品質な製品』自体が少なく、モノによっては、開発されて数十年経っている”最新モデル”もあります」(鳥山)

驚くべきことに、世界大会で活躍する秦選手のような人であっても、ランニングシューズを買って、ソール部分を切り取り、義足に貼り付けて使っていたのだとか。そのように「売られているものを転用して使う」というパラアスリートは少なくないそうだ。

「当たり前ですが、ランニングシューズのソールは、義足を必要とする人向けに開発されたものではありません。地面と接触した際にかかる力は違うし、耐摩耗性が求められる箇所も異なります。秦さんは以前、雨の中でのレースで、『滑るのが怖くて、思い切って走ることができなかった』という経験をしたそうです。そうした意見を聞き、どんな状況であっても安心して走れるようなソールを開発したい、と考えるようになりました」(小平)

タイヤ開発のノウハウを詰め込んだソール開発

しかし、いくら「地面と接するモノ」だからといって、タイヤとソールで求められる技術が一緒だとは思えない。どのようにブリヂストンの持つノウハウをソール開発に適応させたのか。

「はじめはゼロからの挑戦でした。そもそも、『義足のソールに求められることって何? 』という疑問からのスタートなんです。勉強の日々でしたね。どうにか当社の技術を活用できないか、と考え、まずは走る際にかかる力を測るために、タイヤ開発に使用する測定器を使って圧力測定を行いました」(小平)

圧力測定時の様子。ランニング時、ソールへの力のかかり方がどう変化するかを調査した

ほかにも、使用した後の摩耗部分の分析などを行い、グリップ力を上げつつ摩耗を抑えられるソールはどのようなゴム材料・溝形状にすればよいかをひたすら考えたそう。

さまざまなデータから見えた課題に対して「どうブリヂストンの技術を適応させれば良いか」と考え、試行錯誤を重ねた後に、ようやくソールを開発。2017年4月、初めて秦選手に新ソールをつけた義足で走ってもらうことになった。

「私たちのソールで走ってみた秦さんには『全然違う! 』と、すぐに気に入っていただきました。その1カ月後には早速、新ソールで大会にも出場していただきました。その大会もあいにくの雨だったのですが、確実に滑りにくくなっているとのフィードバックをいただき、手応えを感じました」(小平)

小平さんや鳥山さんは、秦選手と密にコミュニケーションを取りながら、フィードバックを元にソールの改良を続けた

さまざまな領域での技術活用も視野

そのレース以来、秦選手は変わらずブリヂストンが開発したソールを使い続けている。現在のソールは2代目で、2017年に開発したモデルから、パターンと材質を変更しているそう。

しかし、いくら製品の改良を実現したと言っても、事業化につなげられなければ、同社の「パラアスリート支援」は一過性のものになってしまう。同社は今後、この取り組みをどのように続けていく予定なのか。

「秦さんとの協力によって生まれた技術が将来、当社製品のブレイクスルーにつながる可能性はあると考えています。将来的には、さまざまな領域での技術の活用も視野に入れております。ですが、何よりこの取り組みは、当社がグローバルメッセージとして掲げる『CHASE YOUR DREAM』を体現するもの。

CHASE YOUR DREAMとは、ブリヂストンが、さまざまな困難を乗り越えながら「夢に向かって挑戦し続けるすべての人を支えていく」という想いを表現したメッセージ

そのため、必ずしも『将来的なリターン』を求めてこの活動をやっている訳ではありません。私たちの取り組みが社内外に広がり、当社の『夢に向かって挑戦し続けるすべての人を支えたい』という想いに触れていただき、一緒にオリンピック・パラリンピックを応援してくれる仲間を広げていくことを目指しています」(鳥山)

「2020東京」まで1歩ずつ、2人3脚で

現在、すでに秦選手用の最新ソールは完成しているそうだが、まだまだブリヂストンの挑戦は続く。

「最新モデルは、秦さんの要望を満たし、かつさまざまなデータから考えられる問題点を解決した自信作。しかし、パラリンピックまではまだ時間があります。今後も本人のフィードバックをもとに、より改良を続けていきたいです」(小平)

パラアスリートと一緒に夢を追い続けるブリヂストン。今回紹介したのは、同社の秦選手との取り組みだけだが、それに限らず、ほかにも多くのアスリートを支援しているそうだ。

オリンピック・パラリンピックでもっとも日の目を浴びるのは選手。しかし、その周りには、選手たちを支えている多くの人たちがいる。来る2020年、パラリンピックでは、選手の義足や車椅子などにも注目し、そこに隠れた技術の背景を想像してみるのも楽しみ方の1つだ。

ブリヂストンと秦選手の挑戦をこれからも応援したい