為替影響だけでない パナソニック、意思を込めた「減益計画」

為替影響だけでない パナソニック、意思を込めた「減益計画」

2017.02.07

パナソニックの第3四半期連結業績は、為替の影響を大きく受けるものとなった。パナソニックは、2016年度からIFRSを適用しているが、これによると、第3四半期(2016年10~12月)の連結業績は、売上高が前年同期比3%減の1兆8826億円、調整後営業利益は12%減の1076億円、営業利益は5%増の976億円、税引前利益は3%増の974億円、当期純利益は33%増の640億円となった(いずれも非監査)。

通期で前年下回る見通しの意味

売上高では、新規連結となったハスマンがプラス要素となったものの、為替影響でマイナス1100億円。調整後営業利益では為替影響でマイナス120億円となり、先行投資を含む固定費の増加とともに、為替が大きなマイナス要因になっている。

売上高では、為替影響を除くと、1兆9926億円と、実質的には前年同期比3%増の実績。パナソニックの河井英明代表取締役専務は、「為替影響が大きく、減収となったが、為替を除く実質ベースでは、車載電池の伸張などにより増収。ハスマンの新規連結影響のプラスを除いても増収となっている」と説明した。

決算会見に臨むパナソニックの河井英明専務

為替影響を除く実質ベースでは、新規連結による食品流通、車載事業の伸長によるエナジー、オートモーティブのほか、洗濯機などの白物家電が堅調に推移したメジャーアプライアンスが増収を牽引したという。

一方で、パナソニックでは、今回の決算発表にあわせて、2016年度通期の業績見通しを上方修正した。ここでも為替の影響が反映されている。

売上高は10月公表値に比べて1500億円増の7兆3500億円、調整後営業利益は200億円増の3400億円、営業利益は200億円増の2650億円、税引前利益は200億円増の2600億円、当期純利益は100億円増の1300億円とした。

2016年10月時点では、一度、通期見通しの下方修正を発表。このときの下方修正の理由も、「修正額のほとんどが為替によるもの」(河井代表取締役専務)と説明していたが、今回の上方修正も「すべて為替の影響によるもの」(同)と説明。為替の急激な変動が同社の経営に大きく影響していることを示すことになった。

2016年10月時点での想定為替レートは、1ドル100円。今回は円安に振れたことで、1ドル110円に修正したことが影響したという。「1ドルあたり1円動くと、売上高では年間350億円、利益では32億円の変動がある」と、河井代表取締役専務は説明した。

為替の変動は各社の業績にも大きく影響しているのは確かだ。

2016年末、パナソニックの津賀一宏社長は、1年を振り返り、2018年度の売上高10兆円の目標を、2016年3月に撤回したこと、そして、2016年度の見通しを下方修正したことに触れ、「あまり思い出したくない1年」と語っていたが、今回、上方修正をしたとはいっても、それを挽回したとは言い難いものだ。

パナソニックの津賀一宏社長

為替影響が理由ということに加えて、上方修正した通期見通しを見ても、売上高、調整後営業利益、当期純利益は、いずれも前年実績を下回る水準である。

津賀社長は、2016年度の見通し数字については、「意思を込めた減益計画であり、将来に向けた投資を行なう1年」と表現。「2017年度の増収増益の実現、2018年度以降の増収増益の定着に向けて、足場固めと成長事業への仕込みを行なう」と語る。つまり、2016年度は、数字よりも、中身を重視する1年であることを強調してみせる。

減収基調から脱却のために

「意思を込めた減益計画」への取り組みを裏付けるように、パナソニックの津賀社長は、2017年1月に、社員に対するメッセージのなかで、2017年を「選択と集中を進める年」と位置づけ、そのなかで「やめる勇気を持つこと」に触れた。

2017年1月に、米ラスベガスで開催されたCES 2017の会場でインタビューに応じた津賀社長は、「私が、2012年に社長に就任してから数年間は、赤字事業をやめる、あるいは減らしていくという方針を打ち出し、そのなかで営業利益率5%を各事業部の指針とした。その後、成長戦略を進めるなかで、高成長事業、安定成長事業、収益改善事業に切り分け、高成長事業においては、先行的な投資が必要な場合には、単年ベースでは営業利益率5%を割ることもあるが、成長を優先させるなど、事業に対する見方を変えてきた」としながら、「だが、2016年度上期までは、為替影響を除いても減収基調が止まらない状況にあった。これは、縮小する事業、とくにマーケットが縮小する事業を多くやっていることの裏返しでもあり、我々は、もっと成長する事業にリソースを集中していく必要があると判断した。その気持ちをより明確にするために、あえて2017年初めに、『選択と集中』という言い方をし、『やめる勇気』という言葉を使った」と説明した。

ただ、津賀社長に話を聞くと、これは単に「事業をやめる」ということを指すのではないことがわかる。むしろ、「いまのやり方をやめる」という方が適切なのかもしれない。

津賀社長は、ひとつの例を挙げながら、「やめる勇気」の意味を示してみせた。

「いまのやり方をやめる」2つの事例

「例えば、太陽電池事業は、国内市場にフォーカスしてきたが、この市場だけでは生きてはいけない。選択肢は、固定費を下げながら、国内にフォーカスして、じり貧を覚悟してやっていくのか、あるいは成長性のある海外に新たな投資をしてでも活路を見いだすのかの2つ。そのなかで、我々が出した結論は、米テスラモーターズ(以下、テスラ)との協業という選択だった。止めずに、投資をして、もっと伸ばす選択をした」とする。

第3四半期累計連結業績でも、太陽電池事業を含むエコソリューションズは、前年同期比4%減の1兆1187億円、営業利益は22%減の461億円。そのうち、太陽電池が主力となるエナジーシステム事業部の売上高は前年同期比14%減の2366億円と2桁の減少となっている。

その太陽電池事業については、2016年12月28日に、テスラとの協業を発表。米ニューヨーク州バッファローにあるテスラのバッファロー工場において、太陽電池セルとモジュールの生産を開始することに合意し、太陽電池モジュールの生産を2017年夏に開始。2019年までに1GWの生産能力に拡大する計画を明らかにした。テスラはパナソニックから、同工場で生産された太陽電池を長期間にわたり購入することになる。この協業は、休止中だった大阪府貝塚市の二色の浜工場の再稼働にもつながる可能性が高い。

大阪府・貝塚市、二色の浜工場

「本当に事業を止めるとなると、撤退コストがかかるものもある。そうしたことを含めて、もう一歩踏み込んで考えた選択肢」だと津賀社長は説明する。

そして、パナホームの選択も同じ判断からのものだという。

パナソニックは、2016年12月20日に、2017年8月1日付けで、パナホームを完全子会社化すると発表した。

これについて、津賀社長は、「これまでのようにパナソニックが54%を出資した状況でもやってはいけた。だが、国内の住宅着工件数が減少するなど、市場縮小するなかで、いままでのやり方では限界があると判断した。100%子会社化することで、より大胆な挑戦ができるようになると判断した結果、選択と集中を進めた」と語る。

パナソニックとパナホームの間には、一部製品において競合関係があったものの、販売ルートの違いから、統合した形で新たな製品を作るといったところまでは踏み込めない状況にあった。完全子会社化することで、こうした部分にも踏み込んでいくことができるようになる。そうした取り組みを含めて、ワンパナソニックとしての事業展開を推進することで、強みを発揮していこうというわけだ。

そして、「意思を込めた減益計画」を裏付けるもうひとつの要素が、高成長事業における先行投資だ。

二次電池事業への先行投資

河井代表取締役専務は、「大規模6事業部のうち、インフォテインメント、二次電池、 パナホームは、将来成長に向けた先行投資のフェーズにある」と説明するが、とくに、テスラとの協業が本格的にスタートした二次電池は、その最たるものだろう。

テスラとの協業について、先にも、太陽電池事業での協業に触れたが、二次電池事業での協業はその比ではない。テスラが米ネバダ州に建設したギガファクトリーでは、円筒形リチウムイオン電池セルの量産を開始。ギガファクトリー内に設置されたパナソニックの電池セル工場で、テスラの新型EV(電気自動車)である「モデル 3」、およびテスラの蓄電システム向けに、「2170」サイズの円筒形電池セルを生産。また、テスラではパナソニックが生産した電池セルを使用した電池モジュールを生産することになる。

テスラが米ネバダ州に建設したギガファクトリー

テスラは年間50万台のEV生産を目指しているが、この生産台数を実現するには、現在、全世界で生産しているすべてのリチウムイオン電池を使ってしまうことになるという。ギガファクトリーは、こうしたテスラの旺盛な需要に対応できる生産規模を目指して建設されたもので、2018年には年間35GWhの電池を生産。年間50万台のEVを生産できるようになるという。テスラによると、これは、2013年に全世界で生産されたバッテリーの合計数を上まわる規模だという。

ちなみに、ギガファクトリーの敷地総面積は12平方km。敷地面積に「km」という単位がつくのは異例であり、その規模が壮大であることがわかる。敷地面積はフットボール場換算でおよそ107個分。「米テスラモーターズのイーロン・マスク会長兼CEOは、「経済学的な面から限界ともいえる規模を持つ工場。どんな種類の工場においても最大のものであり、建物としても最大。ハムスター500億匹入る大きな土地になる」と語る。ハムスター500億匹と言われても、まったく想像がつかないが、いずれにしろ、その規模はこれまでの工場の概念を大きく上回るものだ。

パナソニックの津賀社長は、「パナソニックは、ラインごとに順次設備投資をしていく予定であり、1つのラインが稼働すれば回収が始まる。設備償却は5年。1ラインごとで稼動率が上がれば、順調に投資回収ができる」とする。だが、河井代表取締役専務は、第3四半期決算会見の席上、「二次電池は、売り上げが相当伸びているが、ギガファクトリーの立ち上げ費用などの先行投資があり赤字である」と語る。

第3四半期において、二次電池事業は、売上高が前年同期比131億円増の1002億円となったが、調整後営業損益は18億円減の24億円の赤字、事業部損益は83億円増となったものの49億円の赤字と、赤字からは抜け出せていない。

河井代表取締役専務は、「具体的な需要が見えているので、できるだけ前倒しで進めている。北米の自動車関連事業の発展はかなり見込めると考えている。テスラとの事業そのものは赤字ではなく、さらに、2017年度は投資が圧縮でき、ボリュームが出てくる。今後は、利益に貢献できると考えている。二次電池を取り巻く環境は悪くはない」と、これからの成長に期待をかける。

ギガファクトリーへの投資は、かつてのプラズマディスプレイパネルを思い出させる大型投資とはいえるが、津賀社長は、「目的を明確にした電池が、ギガファクトリーの電池。単に汎用的な乾電池を量産しているわけではなく、テスラのクルマを量産するためのバッテリーを作る工場への投資である」と、その性質がまったく異なることを強調する。

言い方を変えれば、テスラと一心同体の大型投資にかけたともいえるが、この先行投資の成果は、EV時代の本格到来とともに、優位に働く可能性は高い。パナソニックは、EV時代に向けた勝負に出たわけで、その第一歩が本格的に踏み出された段階にあるともいえる。 津賀社長は、社長就任以降、パナソニックのBtoBシフトを打ち出してきた。そのパナソニックの成長に向けた「選択と集中」の取り組みは、BtoBを軸に、今後、より明確になっていきそうだ。

メルカリ出し抜くラクマ、売上金の「楽天キャッシュ」チャージ額が5億円を突破

メルカリ出し抜くラクマ、売上金の「楽天キャッシュ」チャージ額が5億円を突破

2019.01.22

ラクマ売上金の「楽天キャッシュ」チャージ額が累計5億円に

同様のサービスを構想しているメルカリを先行する形に

楽天は1月21日、フリマアプリ「ラクマ」において、取引で発生した売上金のうちオンライン電子マネー「楽天キャッシュ」へチャージした累計額が2018年12月末に5億円を突破したと発表した。

ラクマでの売上金を楽天キャッシュへチャージする機能は、2018年7月より提供開始されている。チャージした電子マネーは、楽天会員向けのグループ各種サービスで利用できるほか、ローソンやファミリーマートなど「楽天ペイ」対応店舗での決済でも利用可能だ。

2017年8月1日から開始されたローソンでの支払いに続いて、2018年12月4日からはファミリーマートでも楽天ペイが使用できるようになった

同じくフリマアプリを展開するメルカリは、100%子会社「メルペイ」で同様のサービスを構想している段階であり、この分野においてはラクマが1歩先行する形になった。

現状、メルカリで得た売上金をメルカリ以外で使う場合は、一度口座に振り込む必要がある。また、売上金には180日という「振込申請期間」が設定されており、その期間中に「口座に振り込む」か、メルカリ内で使える「ポイントを購入」するか、選ばなければならない。ただし振込の場合、1万円未満だと210円の手数料が発生する(2018年1月21日時点)。ラクマの売上金チャージ機能と比較すると、どうしても見劣りしてしまうだろう。

ちなみに筆者もメルカリユーザー。現状、売上金が合計1万円に満たないため、振込手数料を発生させずに現金に換えるためには、あと1540円分の売り上げが必要になる (画像はメルカリアプリより)

しかし、少し古いデータではあるが、2018年5月31日のニールセン デジタルの発表によると、スマートフォンからの利用率の高いオークション/フリマサービスは、1位がYahoo! オークションで25%、2位がメルカリで23%、3位がラクマで11%であることがわかっており、同じフリマサービスであっても、ラクマの利用率はメルカリの半分であるのが現状だ。

メルカリのダウンロード数は2018年11月14日時点で7500万、ラクマが同年10月時点で1500万と、両サービスの普及率にも差があることからも、日本におけるフリマ市場のバランスがすぐにひっくり返ることはないだろう。

だが、ラクマが売上金をさまざまなサービスに使えるという実用性で、メルカリとの新たな差別化ポイントを生み出したことは、新規ユーザーの獲得に少なからず貢献しそうだ。

ラクマ売上金のチャージ額が5億円突破したことは、ユーザーの「アプリ内の売上金を別の場所で使いたい」というニーズの強さの証明ともいえよう。こうしたユーザー視点に立った機能の追加による消費体験の向上が、フリマ市場にどのような影響をもたらすのか、キャッシュレス決済市場への参入が期待される、メルカリの動向と合わせて注目したい。

1000字の描き直しを越えて ―ナール制作の舞台裏

最初の書体感覚をもち続けることのむずかしさ

写研で書体デザインの責任者を務めていた橋本和夫さんに衝撃を与えた書体、ナール。作者の中村征宏氏が第1回石井賞創作タイプフェイスコンテスト応募時に書いた設計意図は、次の通りだ。

〈縦組みの場合にも、横組みにも字間のバランスがムリなく一つの流れを持つことを念頭におき、ボディータイプとして、従来使用されなかった丸ゴシック系のタイプフェイスを試みた。字面をいっぱいに使い、文字のエレメントを強調し、細い線で構成することによりシンプルさを求めた。字面を大きく使うことが字間の問題に関連し、字間のバランス調整のための切り貼り、字詰めの工程を少しでも短縮することができるのではないかと思う。その結果、組み上がりにおいて、集合の調和が生まれるのではないかと思う。広告制作物などにおいて、コピーやサブ・タイトルなどに適するのではないかと考える。〉(*1)

中村征宏氏の著書『文字をつくる』(美術出版社、1977年)

1970年(昭和45)5月18日にコンテスト授賞式が開催されたのち、写研からの文字盤発売に向けて、同年8月ごろから本格的な書体制作が始まった。必要な文字数は漢字が約5400字、ひらがなとカタカナで約150字、アルファベット約100字、その他(約物、記号など)約200字で、合計約5800字だ。写研の監修を受けながら、原字はすべて中村氏が描いた。監修を担当したのは橋本さんである。

約5800字の原字を描くのは、想像以上に大変な作業だ。橋本さんは語る。

「コンテストに応募するときに描いていただくのは、漢字50字とひらがなカタカナ、そして記号の一部だけです。それを1枚のパネルに構成するので、文字構成としては、まとめやすい。ところが、文字盤化する際には約5800字を1文字1文字描くことになり、完成するまでの年月は2年はかかります。外部デザイナーの方と書体をつくるようになって、われわれが一番苦労したのは、“今月と来月では、仕上がってくる書体の雰囲気が変わってしまうことがある”ということでした」

「文字を増やす際に字種リストを渡すのですが、『何の文字をつくるか』を見るためのリストのはずが、長い間ながめているうちに、つくっている文字がリストの文字に似てきて、当初のデザインと雰囲気が異なってきてしまった。ナールは既成概念をくつがえす、突き抜けたデザインの丸ゴシック体だったはずなのに、描き進むうちに最初のデザイン思想から離れ、持ち味が失われるということが起きたのです」

原字を描き進めるうち、コンテストのオリジナルデザインから、いつのまにか特徴が変わってしまっていたのだ。そのままでは、まるで違う書体になってしまう。結局、途中で1000字分を描き直すことになった。

中村氏もこのことを振り返り、著書に〈人の感覚は徐々に変化するものには気づきにくいものですから、いつも最初の見本と照らし合わせながら書き進めることが大切です。このようなことは、太さだけのことではなく字形とか感覚面でも同じようなことがいえます。感覚もときがたつことによってどんどん変化するものですが、とくに最初の感覚は大切にしていきたいものです〉と書いている。(*2)

悩ましい文字

「もうひとつ、ナールを監修したなかで、ひどく悩んだことがありました。ナールは、字面いっぱいに真四角に描かれた書体です。たとえばひらがなの『り』は通常は縦長、『へ』は横長の形をしていますが、これらの文字すら、できる限り正方形に近づけて描かれている。ぼくが悩んだのは、『々』という漢字でした」

ナールでは、縦長の「り」、横長の「へ」も正方形にかなり近い

「時々」「常々」「佐々木」など、同じ漢字を繰り返すことを表すときに用いられる「々」の字だ。

「常識的にいえば、この字は他の漢字よりも小さく描きます。では、通常は縦長、横長など固有の形をもつひらがなですら正方形に近づけているナールでは、どういう大きさにすればよいのか? 最初は『々』も他の漢字と同じ大きさで、真四角にするのがよいと思ったのですが、いざつくってみると、やはり少しは他の漢字より小さくしなければ『々』に見えないとわかりました」

「他の書体をつくるときにも『々』をどういう大きさにするか、いつも考えるのですが、ナールのときにはとりわけ悩んだものでした」

また、こうした試行錯誤を経て、「文字を図形化する際も、かなと漢字の使い方に意味のあることをあらためて認識しました」という。

新聞雑誌、広告から、道路標識まで

途中で1000字の描き直しなどがあったものの、コンテストから2年後の1972年(昭和47)、ナールは写研写植機用の文字盤として発売された。書体名は、「中村」の “ナ” と、丸みを表す言葉である「ラウンド」の頭文字 “R” をとって「ナール」とつけられた。(*3)さらに、ナールと組み合わせて使うことを想定した中太の「ナールD」の文字盤も1973年(昭和48)に発売された。

ナールD(上)とナール(下)

中村氏はコンテスト応募当時、ナールを本文書体と考えていたが、いざ発売されてみると、広告や雑誌、新聞などの見出しなどに使うディスプレイ書体として大人気となった。ポスターや広告のキャッチフレーズ、テレビの字幕、道路標識などに幅広く使われ、一世を風靡した。

「タイポスによってデザイナーのつくる書体が注目され、少女たちが丸文字を書くようになっていく流れのなかで登場したナールは、『時代に乗った』ともいえますが、むしろ『時代をつくった』書体といえるでしょう。写植の文字はナールの登場によって、それまで職人が手描きしていたレタリング文字の分野に浸透していった。“新書体ブーム”の幕開けでした。そうして写植の機械は、単に文字を印字するだけでなく、多彩なディスプレイ書体によって雑誌や広告にファッション性を生み出す手段のひとつとして、とらえられるようになっていったのです」

(つづく)

(注)
*1:中村征宏『文字をつくる』(美術出版社、1977年)P.80
*2:同書 P.21
*3:『文字に生きる〈写研五〇年の歩み〉』(写研、1975年)P.127

話し手 プロフィール

橋本和夫(はしもと・かずお)
書体設計士。イワタ顧問。1935年2月、大阪生まれ。1954年6月、活字製造販売会社・モトヤに入社。太佐源三氏のもと、ベントン彫刻機用の原字制作にたずさわる。1959年5月、写真植字機の大手メーカー・写研に入社。創業者・石井茂吉氏監修のもと、石井宋朝体の原字を制作。1963年に石井氏が亡くなった後は同社文字部のチーフとして、1990年代まで写研で制作発売されたほとんどすべての書体の監修にあたる。1995年8月、写研を退職。フリーランス期間を経て、1998年頃よりフォントメーカー・イワタにおいてデジタルフォントの書体監修・デザインにたずさわるようになり、同社顧問に。現在に至る。

著者 プロフィール

雪 朱里(ゆき・あかり)
ライター、編集者。1971年生まれ。写植からDTPへの移行期に印刷会社に在籍後、ビジネス系専門誌の編集長を経て、2000年よりフリーランス。文字、デザイン、印刷、手仕事などの分野で取材執筆活動をおこなう。著書に『描き文字のデザイン』『もじ部 書体デザイナーに聞くデザインの背景・フォント選びと使い方のコツ』(グラフィック社)、『文字をつくる 9人の書体デザイナー』(誠文堂新光社)、『活字地金彫刻師 清水金之助』(清水金之助の本をつくる会)、編集担当書籍に『ぼくのつくった書体の話 活字と写植、そして小塚書体のデザイン』(小塚昌彦著、グラフィック社)ほか多数。『デザインのひきだし』誌(グラフィック社)レギュラー編集者もつとめる。

■本連載は隔週掲載です。

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