スマホとAIは生命保険の何を変えるか

スマホとAIは生命保険の何を変えるか

2017.02.24

ライフネット生命保険は、生命保険の申し込みおよび給付金請求手続きをスマートフォンだけで完結できるサービスや、Facebook MessengerやLINEで保険見積もりを受けられるサービスの開始を記念した説明会を開催した。スマートフォンは保険事業へどのような影響を与えるのだろうか。

ライフネット生命保険ではLINEで保険見積もりが可能に(画像はライフネット生命保険ウェブサイトより)

ペーパーレスでの保険加入が可能に

これまで保険商品に加入する際は、本人確認書類をはじめとする大量の書類を郵送で送付する必要があり、保険契約の成立までに数日はかかるというのが当たり前の世界だった。また、保険金の支払いにおいても、医療保険であれば診断書などの書類が必要になるため、支払いまでの間にかなりのタイムラグが発生していた。

ライフネット生命保険は2008年に設立された独立系の保険会社だが、積極的にICTを取り入れて保険契約の簡略化に力を入れてきた。そのライフネット生命が昨年実施したのが、保険契約のペーパーレス化と、医療保険の給付金請求手続きの完全オンライン化だ。

従来であれば本人確認書類などはコピーして郵送していたところを、スマートフォンで本人確認書類を送れるようになったほか、法令改正により規制が緩和され、解約払戻金に関する確認書も電子交付で済ませられるようになった。こうして、申し込みから審査、契約の成立までが完全にペーパーレスで済むようになり、契約成立までの時間も大幅に短縮されることになった。一度本人確認書類を提出してあれば、次回からは再度提出する必要もなくなるため、さらなるスピードアップが図れる。

最短で当日に契約が完了するほどのスピードアップが実現。証書が届くのが遅くなり、保険をかけたことを忘れていた、ということも少なくなりそうだ

また、給付金の請求についても、医師の診断書提出が原則として不要になり、スマートフォンからの申し込みだけで行えるようになった。診断書は一通作成してもらうのに5,000円~1万円と患者側の負担が大きく、医師にとっても診察時間以外の時間を消費する困り者だった。ライフネット生命の医療保険であれば、医師は診断書の作成にかかる時間を大幅に削減でき、また病み上がりの患者にとっても、遠くへ出歩いたり、金銭的な負担を削減できるなど、メリットが大きい。こうした原因で受け取りを諦めてしまう顧客に対し、きちんと受け取れるような環境を整えることで、顧客満足度が上がり、次なる契約にも繋げられるわけだ。

保険金受け取りまでの速度は約12倍にまで高速化を実現。かかるコストもまさに桁違いに安い

ライフネット生命によると、同社の保険申し込みに利用する端末はPCとスマートフォンでほぼ1:1という状況になっており、特にここ2~3年のスマートフォンの伸び率は非常に高いという。一方、スマートフォンは大量のテキストを入力したり、細かい操作をするのは苦手な面がある。そこで、商品構成を最小限のシンプルなものに抑えることで必要書類も最小限に抑え、ペーパーレスでの申し込みと、素早い支払い請求手続きが行えるようにしているという。商品そのものと、商品に関わる仕組みの両方をスマートフォン時代にいち早く最適化することにより、これまでの保険は面倒そうだと忌避していた層に訴求する効果があるようだ。

ライフネット生命の顧客におけるスマホとPCの比率を比較
比率は地域差は多少あるが、概ね半々に
SIやコンサルタントなどの「座り仕事」はPC率が高いが、それ以外ではスマートフォンの率が優勢だ

AIの導入でさらにスピードアップを図る

スマートフォンを使って手続き自体を高速化させたライフネット生命だが、保険の見積もりもICTでスピードアップを図っている。

保険の見積もりはウェブサイトでも行える時代だが、こうして行える見積もりは大まかなもので、細かい条件などを詰めていくと、どうしても対人の見積もりが必要になる。対人の見積もりとなると、断りづらくなったり、必要ない保険内容までつけられてしまう、あるいは忙しくてなかなか販売員と会う時間が取れないなど、さまざまな障壁があり、そこで断念してしまう顧客も多い。

そこでライフネットでは、見積もり専用にAIを使ったbotを導入し、LINEおよびFacebook Messangerで見積もりが取れるようにした。botによる対話式のインターフェースで商品を紹介していくと共に、相手の入力内容から条件を類推して提案することもできる。botのAIでは処理できない場合は人間のオペレーターに回す、というやり方だ。これならオペレーターの数を減らせるし、顧客はいつでも好きな時に、詳しい見積もりを取ることができる。商品そのものがシンプルな構成になっていることも、AIが導入しやすかった一因と言えるだろう。

LINEトークによる見積もり受付の一例。まだ比較的シンプルなやりとりにしか対応できていないが、商品構成自体がシンプルで条件が複雑ではないため、目的の商品にたどり着きやすくなっている

また、こうしたAIやbotの導入は、これまで利用者の62%が40代以上だったという同社の顧客構成に変化をもたらす可能性がある。LINEやFacebookは若年層向きのインフラであり、これらを最大限に活用することで、若年層へのアプローチが可能になる。保険商品とは縁遠かった年齢層に対して保険を売り込むための緒になりうるわけだ。

スマホ化は商品の細分化を実現する

ライフネット生命保険の岩瀬大輔社長は、さまざまなサービスがスマートフォンに最適化された「スマホファースト」として提供されており、海外ではオンデマンド型で小さい単位の保険が誕生して人気を集めていることを紹介した。

たとえば「Trov」は物損保険の一種だが、カメラには「旅行中だけ」、あるいはノートPCには「通勤中だけ」といったように、ごく短い期間だけ保険をかけられる。保険のオン・オフはスマートフォンのアプリ上でスイッチを切り替えるだけだ。保険額自体が数百円程度で済んでしまうので、気兼ねなく利用できる。

一品ごと、使うときだけの極小単位での保険が可能になった「Trov」。審査などはすべてスマホ上から行える(画像はTrovウェブサイトより)

岩瀬社長はこうした例をもとに、スマートフォンへの最適化は「オンデマンドであること」と、「デジタル化による最小単位の微小化」の2つが本質だという。

たとえば民泊サービスのAirbnbは、建物単位だった宿泊施設の貸し借りを部屋単位に細分化したサービスと言える。このように最小単位を小さくできることで、これまでにない新しいサービスを生み出せるのがスマホファースト時代の特徴だという。たとえば物損保険が少額・小単位で行えるようになれば、ネットオークションでの破損等に備えて保険をかけるのも気軽に行えるようになる。

さらにAIの導入も、スマホファーストへの力強い後押しとなっている。スマホファースト時代はとにかく中間にかかる処理時間を省いてスピーディに処理しなければならないが、その処理を早めてくれるのがAIによる判断なわけだ。

また、医療保険などはヘルスモニターの併用などで、医療機関と連携して、より細かく健康を増進させる方向へと進んでいるように、今後はスマートフォンとIoTの組み合わせについても大きな商機を生み出すことになる。こうしたトレンドにいち早く対応するため、組織ごとスマホファーストに対応できるように最適化していく必要があるだろう。

保険事業は事故や事件と密接に関係し、巨額の資金が動くだけに、様々な法規制にも縛られた厳しい世界だ。しかしこうした市場においても、様々な規制緩和やICTの力によって、これまでの保険事業には見られなかったような製品を武器に急成長を遂げている企業がある。ライフネット生命保険の取り組みは、こうした世界的トレンドを日本で実現している好例として、保険以外の領域でも学ぶべきところが大きいのではないだろうか。

メルカリ出し抜くラクマ、売上金の「楽天キャッシュ」チャージ額が5億円を突破

メルカリ出し抜くラクマ、売上金の「楽天キャッシュ」チャージ額が5億円を突破

2019.01.22

ラクマ売上金の「楽天キャッシュ」チャージ額が累計5億円に

同様のサービスを構想しているメルカリを先行する形に

楽天は1月21日、フリマアプリ「ラクマ」において、取引で発生した売上金のうちオンライン電子マネー「楽天キャッシュ」へチャージした累計額が2018年12月末に5億円を突破したと発表した。

ラクマでの売上金を楽天キャッシュへチャージする機能は、2018年7月より提供開始されている。チャージした電子マネーは、楽天会員向けのグループ各種サービスで利用できるほか、ローソンやファミリーマートなど「楽天ペイ」対応店舗での決済でも利用可能だ。

2017年8月1日から開始されたローソンでの支払いに続いて、2018年12月4日からはファミリーマートでも楽天ペイが使用できるようになった

同じくフリマアプリを展開するメルカリは、100%子会社「メルペイ」で同様のサービスを構想している段階であり、この分野においてはラクマが1歩先行する形になった。

現状、メルカリで得た売上金をメルカリ以外で使う場合は、一度口座に振り込む必要がある。また、売上金には180日という「振込申請期間」が設定されており、その期間中に「口座に振り込む」か、メルカリ内で使える「ポイントを購入」するか、選ばなければならない。ただし振込の場合、1万円未満だと210円の手数料が発生する(2018年1月21日時点)。ラクマの売上金チャージ機能と比較すると、どうしても見劣りしてしまうだろう。

ちなみに筆者もメルカリユーザー。現状、売上金が合計1万円に満たないため、振込手数料を発生させずに現金に換えるためには、あと1540円分の売り上げが必要になる (画像はメルカリアプリより)

しかし、少し古いデータではあるが、2018年5月31日のニールセン デジタルの発表によると、スマートフォンからの利用率の高いオークション/フリマサービスは、1位がYahoo! オークションで25%、2位がメルカリで23%、3位がラクマで11%であることがわかっており、同じフリマサービスであっても、ラクマの利用率はメルカリの半分であるのが現状だ。

メルカリのダウンロード数は2018年11月14日時点で7500万、ラクマが同年10月時点で1500万と、両サービスの普及率にも差があることからも、日本におけるフリマ市場のバランスがすぐにひっくり返ることはないだろう。

だが、ラクマが売上金をさまざまなサービスに使えるという実用性で、メルカリとの新たな差別化ポイントを生み出したことは、新規ユーザーの獲得に少なからず貢献しそうだ。

ラクマ売上金のチャージ額が5億円突破したことは、ユーザーの「アプリ内の売上金を別の場所で使いたい」というニーズの強さの証明ともいえよう。こうしたユーザー視点に立った機能の追加による消費体験の向上が、フリマ市場にどのような影響をもたらすのか、キャッシュレス決済市場への参入が期待される、メルカリの動向と合わせて注目したい。

1000字の描き直しを越えて ―ナール制作の舞台裏

最初の書体感覚をもち続けることのむずかしさ

写研で書体デザインの責任者を務めていた橋本和夫さんに衝撃を与えた書体、ナール。作者の中村征宏氏が第1回石井賞創作タイプフェイスコンテスト応募時に書いた設計意図は、次の通りだ。

〈縦組みの場合にも、横組みにも字間のバランスがムリなく一つの流れを持つことを念頭におき、ボディータイプとして、従来使用されなかった丸ゴシック系のタイプフェイスを試みた。字面をいっぱいに使い、文字のエレメントを強調し、細い線で構成することによりシンプルさを求めた。字面を大きく使うことが字間の問題に関連し、字間のバランス調整のための切り貼り、字詰めの工程を少しでも短縮することができるのではないかと思う。その結果、組み上がりにおいて、集合の調和が生まれるのではないかと思う。広告制作物などにおいて、コピーやサブ・タイトルなどに適するのではないかと考える。〉(*1)

中村征宏氏の著書『文字をつくる』(美術出版社、1977年)

1970年(昭和45)5月18日にコンテスト授賞式が開催されたのち、写研からの文字盤発売に向けて、同年8月ごろから本格的な書体制作が始まった。必要な文字数は漢字が約5400字、ひらがなとカタカナで約150字、アルファベット約100字、その他(約物、記号など)約200字で、合計約5800字だ。写研の監修を受けながら、原字はすべて中村氏が描いた。監修を担当したのは橋本さんである。

約5800字の原字を描くのは、想像以上に大変な作業だ。橋本さんは語る。

「コンテストに応募するときに描いていただくのは、漢字50字とひらがなカタカナ、そして記号の一部だけです。それを1枚のパネルに構成するので、文字構成としては、まとめやすい。ところが、文字盤化する際には約5800字を1文字1文字描くことになり、完成するまでの年月は2年はかかります。外部デザイナーの方と書体をつくるようになって、われわれが一番苦労したのは、“今月と来月では、仕上がってくる書体の雰囲気が変わってしまうことがある”ということでした」

「文字を増やす際に字種リストを渡すのですが、『何の文字をつくるか』を見るためのリストのはずが、長い間ながめているうちに、つくっている文字がリストの文字に似てきて、当初のデザインと雰囲気が異なってきてしまった。ナールは既成概念をくつがえす、突き抜けたデザインの丸ゴシック体だったはずなのに、描き進むうちに最初のデザイン思想から離れ、持ち味が失われるということが起きたのです」

原字を描き進めるうち、コンテストのオリジナルデザインから、いつのまにか特徴が変わってしまっていたのだ。そのままでは、まるで違う書体になってしまう。結局、途中で1000字分を描き直すことになった。

中村氏もこのことを振り返り、著書に〈人の感覚は徐々に変化するものには気づきにくいものですから、いつも最初の見本と照らし合わせながら書き進めることが大切です。このようなことは、太さだけのことではなく字形とか感覚面でも同じようなことがいえます。感覚もときがたつことによってどんどん変化するものですが、とくに最初の感覚は大切にしていきたいものです〉と書いている。(*2)

悩ましい文字

「もうひとつ、ナールを監修したなかで、ひどく悩んだことがありました。ナールは、字面いっぱいに真四角に描かれた書体です。たとえばひらがなの『り』は通常は縦長、『へ』は横長の形をしていますが、これらの文字すら、できる限り正方形に近づけて描かれている。ぼくが悩んだのは、『々』という漢字でした」

ナールでは、縦長の「り」、横長の「へ」も正方形にかなり近い

「時々」「常々」「佐々木」など、同じ漢字を繰り返すことを表すときに用いられる「々」の字だ。

「常識的にいえば、この字は他の漢字よりも小さく描きます。では、通常は縦長、横長など固有の形をもつひらがなですら正方形に近づけているナールでは、どういう大きさにすればよいのか? 最初は『々』も他の漢字と同じ大きさで、真四角にするのがよいと思ったのですが、いざつくってみると、やはり少しは他の漢字より小さくしなければ『々』に見えないとわかりました」

「他の書体をつくるときにも『々』をどういう大きさにするか、いつも考えるのですが、ナールのときにはとりわけ悩んだものでした」

また、こうした試行錯誤を経て、「文字を図形化する際も、かなと漢字の使い方に意味のあることをあらためて認識しました」という。

新聞雑誌、広告から、道路標識まで

途中で1000字の描き直しなどがあったものの、コンテストから2年後の1972年(昭和47)、ナールは写研写植機用の文字盤として発売された。書体名は、「中村」の “ナ” と、丸みを表す言葉である「ラウンド」の頭文字 “R” をとって「ナール」とつけられた。(*3)さらに、ナールと組み合わせて使うことを想定した中太の「ナールD」の文字盤も1973年(昭和48)に発売された。

ナールD(上)とナール(下)

中村氏はコンテスト応募当時、ナールを本文書体と考えていたが、いざ発売されてみると、広告や雑誌、新聞などの見出しなどに使うディスプレイ書体として大人気となった。ポスターや広告のキャッチフレーズ、テレビの字幕、道路標識などに幅広く使われ、一世を風靡した。

「タイポスによってデザイナーのつくる書体が注目され、少女たちが丸文字を書くようになっていく流れのなかで登場したナールは、『時代に乗った』ともいえますが、むしろ『時代をつくった』書体といえるでしょう。写植の文字はナールの登場によって、それまで職人が手描きしていたレタリング文字の分野に浸透していった。“新書体ブーム”の幕開けでした。そうして写植の機械は、単に文字を印字するだけでなく、多彩なディスプレイ書体によって雑誌や広告にファッション性を生み出す手段のひとつとして、とらえられるようになっていったのです」

(つづく)

(注)
*1:中村征宏『文字をつくる』(美術出版社、1977年)P.80
*2:同書 P.21
*3:『文字に生きる〈写研五〇年の歩み〉』(写研、1975年)P.127

話し手 プロフィール

橋本和夫(はしもと・かずお)
書体設計士。イワタ顧問。1935年2月、大阪生まれ。1954年6月、活字製造販売会社・モトヤに入社。太佐源三氏のもと、ベントン彫刻機用の原字制作にたずさわる。1959年5月、写真植字機の大手メーカー・写研に入社。創業者・石井茂吉氏監修のもと、石井宋朝体の原字を制作。1963年に石井氏が亡くなった後は同社文字部のチーフとして、1990年代まで写研で制作発売されたほとんどすべての書体の監修にあたる。1995年8月、写研を退職。フリーランス期間を経て、1998年頃よりフォントメーカー・イワタにおいてデジタルフォントの書体監修・デザインにたずさわるようになり、同社顧問に。現在に至る。

著者 プロフィール

雪 朱里(ゆき・あかり)
ライター、編集者。1971年生まれ。写植からDTPへの移行期に印刷会社に在籍後、ビジネス系専門誌の編集長を経て、2000年よりフリーランス。文字、デザイン、印刷、手仕事などの分野で取材執筆活動をおこなう。著書に『描き文字のデザイン』『もじ部 書体デザイナーに聞くデザインの背景・フォント選びと使い方のコツ』(グラフィック社)、『文字をつくる 9人の書体デザイナー』(誠文堂新光社)、『活字地金彫刻師 清水金之助』(清水金之助の本をつくる会)、編集担当書籍に『ぼくのつくった書体の話 活字と写植、そして小塚書体のデザイン』(小塚昌彦著、グラフィック社)ほか多数。『デザインのひきだし』誌(グラフィック社)レギュラー編集者もつとめる。

■本連載は隔週掲載です。

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