【青山商事】脱「スーツ依存」へM&A 靴・かばん修理を新たな収益源に

【青山商事】脱「スーツ依存」へM&A 靴・かばん修理を新たな収益源に

2017.02.24

【青山商事】脱「スーツ依存」へM&A 靴・かばん修理を新たな収益源に

 「洋服の青山」で知られる青山商事<8219>はスーツを主体に紳士服業界の売上高首位を誇る。しかし少子化や景気低迷を背景にこの10年でスーツの市場は3割も縮小した。危機感を募らせた青山商事は2010年以降にM&Aを本格化する。靴やかばんの修理店「ミスターミニット」の運営企業を買収するなどして新たな収益源を育てる考えだ。

【企業概要】郊外型の紳士服専門店を展開

 青山商事は広島県福山市に本社を構える。「スーツ売上No.1」の謳い文句で知られる「洋服の青山」を中心に紳士服の小売店を多数擁し、2016年3月期の売上高は2,402億円、全業態を合わせたビジネスウェア小売店舗は874店舗に上る。

 青山商事の設立は1964年。広島県府中市で、当時は紳士服を主体としながらも食料・飲料品や県の特産品等も取り扱っていた。1974年に現在の本業の先駆けとなる郊外立地型の紳士服専門店・洋服の青山を開店。こうした立地・業態での出店は当時は業界初の試みであったが、消費者からの好評を博し、以降続々と郊外型店舗を出店する。1985年に大証二部、1990年に東証二部に上場を果たす。

【経営陣】創業者の長男、青山理氏が社長

 代表取締役社長の青山理(おさむ)氏は創業者の青山五郎氏の長男。1981年に青山商事に入社し、商品部長や営業本部長を経て2005年に社長に就任した。57歳。

【株主構成】金融機関を中心に分散

青山商事の主要株主
株主名称 保有株式数(千株) 持ち株比率(%)
日本トラスティ・サービス信託銀行(信託口) 6,303 11.37
いちごトラスト・ピーティーイー・リミテッド 4,982 8.99
日本マスタートラスト信託銀行(信託口) 4,354 7.86
(有)青山物産 4,298 7.75
ステートストリートバンクアンドトラストカンパニー505001 2,449 4.42
資産管理サービス信託銀行(証券投資信託口) 2,143 3.87
BBHカストディアンフォーJPバリューエクイティーコンセントレイティッドエイシリー620135 2,073 3.74
シービーエヌワイデイエフエイインターナショナルスモールキャップバリューポートフォリオ 1,878 3.39
青山理 1,661 2.99
バンク・オブ・ニューヨーク・トリーティ・ジャスディック 1,030 1.86
31,171 56.24
2016年9月末時点

 大株主は金融機関を中心に分散しており、筆頭株主は12.67%を保有する日本トラスティ・サービス信託銀行である。創業者の長男である青山理氏が代表取締役社長を務めるが、創業家である青山一族は有限会社青山物産を通じて7.75%を保有、青山理社長が2.99%を保有する。合わせても10%強であり、同族会社とは程遠い。

【経営環境】スーツ市場、10年で3割縮小

 今回は青山商事のM&A経歴を見る前に、同社の業績・事業内容の推移をたどりたい。

 以下のグラフは青山商事のスーツ販売着数と一着あたりの平均単価の推移である。販売着数、平均単価共に、当然店舗の出退店やマーケティングの手腕に依拠するが、スーツという商品の特性上、世間一般の需要は景気や雇用に左右される部分も大きい。

 販売着数のみで言うならば、青山商事は2004年3月期から2008年3月期まで、5期連続でスーツ販売着数過去最大を更新しているが、リーマンショックのあおりを受けて2009年3月期から減少に転じている。加えて、少子化に伴う人口構成の変動から、中長期的に見てスーツを着用する人口が減少するであろうことはスーツ販売着数がうなぎ上りの2004年以前から既に見通しを立てていた。ゆえに、紳士服販売事業の収益力を強化しなかればならないという方針を打ち出していた。

 中長期と言わず、直近でよりダイレクトな影響があったのは団塊の世代の引退だ。団塊の世代が60歳、65歳を迎える2012年問題、2015年問題に該当する2012年/2015年はそれぞれ前期比3%/10%減と下げ幅も大きい。もちろん、少子高齢化自体に改善の兆しがない以上、今後一転してスーツを着用する人口が増加するというような市場の好材料はない。景気や雇用の好転は単価の上昇には寄与するかもしれないが、母数である市場自体の縮小はとうてい補いようがない。

 さて、青山商事の主力事業は当然紳士服販売であるが、グループ内で他の事業も手掛けている。以下にセグメント別売上高推移と営業利益推移、それぞれ全体に占める紳士服販売の比率をまとめてみた。

 カード事業は本業の販売促進も兼ねてクレジットカードの「AOYAMAカード」の運営、会員募集を手掛る事業である。商業印刷事業は、同じく本業の販売促進の為の印刷事業。雑貨販売事業では、「ダイソー&アオヤマ100円PLAZA」の店名で100円ショップを展開する。

 注目すべきは、各事業も含めた全体での業績に紳士服販売事業が占める割合だ。売上高ベースでは80%を下回ったことがなく、営業利益ベースでは2004年3月期の79%を底に、以降は増加傾向である。とりわけ2010年3月期以降、営業利益に紳士服販売の占める割合は90%以上へと跳ね上がっている。これはドル箱事業であったカード事業が改正貸金業法の施行によって逆風を受けたためだ。改正貸金業法による総量規制の導入に伴って利息収入が大幅に減少し、カード事業ではかつての高収益を生み出せなくなった。以降、カード事業では貸金業以外にも顧客向けのサービス提供等を打ち出すも、いまだに往時の収益を捻出するには至らない。

 スーツ市場の拡大が見込めない中で、こうして青山商事は否応なしに紳士服販売事業への依存度を高めて行った。2017年現在、スーツ市場はこの10年で3割減ったとされている。

【M&A戦略】靴・かばん修理など非スーツに活路

 こうした時勢と背景を踏まえた上で、青山商事が行ったM&Aを見て行こう。

青山商事の主なM&A
年月      内容
2005年5月 キャラジャを新設会社とする会社分割により、カジュアル衣料品の販売を行うキャラジャ事業を分社化。
2006年11月 株式交換により、店内外のノボリやポップ等演出物の企画を行うエム・ディー・エス(売上高11億円)の株式の100%を取得。株式交換比率は1:0.827でありおよそ1億4千万円。
2007年1月 株式交換により、ハンガーやテーラーバッグ他販売消耗品等の企画・調達を手掛ける栄商(売上高21億円)の株式の100%を取得。株式交換比率は1:150.25でありおよそ4億4千万円。
2007年4月 海外子会社の上海青山服装有限公司の保有全株式54%を中国側出資先である華宇毛麻有限公司に売却。譲渡価額は非公開。
2010年12月 カジュアル事業拡大の為、住金物産との合弁によりイーグルリテイリングを設立。90%出資。
2011年11月 スーツの仕入先であり製造会社の服良(売上高87億円)の株式100%を21億円で買収。
2015年11月 靴修理、鍵複製等の総合リペアサービスを行うミニット・アジア・パシフィック(売上高113億円)の株式100%を買収。買収価額は146億円。
2016年4月 雑貨・インテリア小売を行うWTW(設立直後で売上高不明)の株式100%を買収。買収価額は非公開。

 身も蓋もない言い方をすると、2010年までの青山商事のM&Aは面白くない。実質的に組織再編としてのM&Aしか行っていないためである。2006年から2007年に買収したエム・ディー・エスと栄商は共に、創業者であり会長である青山五郎氏が株式の100%を間接的に保有している会社である。さらに両社とも主要得意先は青山商事であり、もはや連結会計をしていないだけのグループ会社のようなものである。加えて2社とも事業規模がさほどないので、買収による青山商事の業績へのインパクトもない。株式交換を用いているので、これまで両社に外注していた仕事をコストをかけずに内製化出来た点は良いかもしれない。

 ようやくM&AらしいM&Aとなったのは、2011年11月の服良の買収だ。中国を生産・物流拠点とする服良は技術力が高く、生産管理にも長けている。青山商事としては、単に工場を買うというよりも、従前は担当者が中国に出張をして行っていた検品作業を服良に一任することや、東南アジア等に分散している協力工場への技術指導を服良の中国工場からの担当者を派遣することで、低コストで高品質な商品を確保できるという目論見があった。

 後に、この買収のかいあって、青山商事は服良を通じて、2014年春よりインドネシアで直営工場を稼働する。この頃、2012年末からの円高修正で、中国からの輸入コストは前年比2~3割ほど上昇していた。三陽商会やハニーズ、ファーストリテイリング等も東南アジアへ生産の軸足を移していたというトレンドに、服良のおかげで乗り遅れずに済んだというべきか。

 なお、M&Aではないながらも、2010年12月の住金物産との合弁によるイーグルリテイリング設立は一つの要だ。後にM&Aにより改めてスーツ以外に活路を見出す動きの先駆けであるようにも見える。日本進出を図るアメリカンイーグルアウトフィッターズのブランド力にあやかり、フランチャイズチェーン(FC)として事業拡大をする意図がある。ただし、完全な新規事業であったため、出店コストがかさんだこと等からイーグルリテイリングを含む「その他」事業の収益はごく近年まで赤字であり、現時点では前述の紳士服販売への依存構造を打開する決定打とはなっていない。

大勝負に出た「ミスターミニット」買収

 2015年11月、ミニット・アジア・パシフィックの買収は大きく勝負に出た形だ。ファンドからの譲受であり、買収金額は146億円。この期の青山商事の貸借対照表には120億円ののれんが計上されており、ミニット・アジア・パシフィックには売上高(113億円)を上回るのれんがついたことになる。

 ミニット・アジア・パシフィックは、ミスターミニットの店舗名で靴やかばんの修理、鍵の複製等を手掛けている。国内では駅構内や商業ビルなどに約300店舗を展開するほか、豪州やニュージーランドにも約250店舗を有する。

 「非スーツ」事業でありながら、顧客層にはシナジーがあり、尚且つ補完関係にもある。ミニットが傘下にあれば青山商事はシューズ販売に手を出せるし、社会人だけでなく初めてビジネスシューズを履く就活生などにミスターミニットクーポンを配れば、ミニット側の顧客も開拓できる。

 加えて、海外の店舗網は青山商事には魅力的だ。青山商事が1994年に中国に進出してから20年、海外店舗数はわずか20店舗にとどまり、未だに収益貢献には至らない。初期は失敗も続き、上海青山服装を売却までした有様だ。しかしミニットの店舗の半数は海外にある。そして青山商事もようやく中国での事業展開のノウハウがわかり始めて来た。店舗展開で協業すれば、スーツ事業で海外での収益確保も夢ではない。日本国内の少子高齢化が進んでも、海外に市場を開拓しておけば痛みは少ない。

 ミニット自体もM&Aで成長した会社であり、のれんの償却負担は重いものの、のれん償却前の営業利益率は9%、青山商事の単体ベースと遜色ないラインだとされる。つまり、ミニットがM&Aで時間を買い、それを丸ごと青山商事が買い取った形だが、結果的に割高となるか合理的となるかは今後の両社の相乗効果を上手く活かせるか否か次第だ。青山商事は、年40~60店舗のペースでミスターミニットの出店を拡大して行く方針を掲げる。

 翌2016年4月、青山商事は雑貨・インテリアを扱うライフスタイルショップ5店舗を展開するWTWを子会社化。青山商事は前年に、中期経営計画にて、従前はビジネスウェア中心だった販売戦略をグループ全体への小売・サービスへと拡大している。ミニット・アジア・パシフィック、WTW共に青山商事が紳士服販売以外の事業拡大へ舵を取る中での買収である。

【財務分析】M&Aの効果はまだ限定的

 冒頭述べた通り、青山商事では紳士服販売による売上高・営業利益がそれぞれ全体の8割以上を占めている。スーツの販売数と売上高、営業利益はある程度連動する関係にある。

 2016年3月期の売上高は前期比8%増の2402億円、営業利益は12%増の210億円と2年ぶりに増収増益となった。前年が消費増税の駆け込み需要反動でスーツの販売が落ち込んだこともあり、ビジネスウエア事業の既存店売上高が3%増えた。ショッピングセンター内を中心とした新規出店や女性向け新業態の出店も寄与した。しかし、それでも過去のピークだった2008年3月期の営業利益(237億円)には及ばない。

 M&Aの件数、対象の規模共に小さいため、M&Aによる劇的な変化は見られない。2016年3月期にはミニット・アジア・パシフィックの売上・利益が買収以降の4ヶ月分しか反映されていないわけだが、仮に一年分を加味してみたとしても、売上高にして110億円程度。青山商事の売上高に比べると微々たるものである。目先の売上・利益だけを求める足し算型のM&Aではないので、これは致し方ない。

 ネットデットと自己資本比率の推移はグラフの通り。おそらく買収のための資金調達も含めて、2016年3月期は長期借入金だけで400億円増加している。それでも自己資本比率はおよそ6割近いので、まだ次の買収の資金調達余力はありそうだ。

【株価】株主還元強化で上昇も材料出尽くし

 株価は2015年に入り急上昇に転じた。同年1月に株主還元の強化策を発表。2016年3月から18年3月期までの中期経営計画の期間中は連結総還元性向(配当と自社株買いを足した金額を年間の純利益で割った比率)を130%に設定し、積極的な自社株買いを進めたことが好感された。しかし、15年7月に5000円台まで上がった後は材料出尽くしとなり、現在は4000円前後で一進一退の展開となっている。2015年11月に発表したミニット・アジア・パシフィックの買収も「業績への影響が軽微」とあって株価を押し上げるに至っていない。

 青山商事の今期の予想PER(株価収益率)は約19倍。同業のAOKIホールディングス<8214>の約14倍、コナカ<7494>の約12倍と比べて割安感に乏しい。株価がさらに上値を狙うには、「130%還元」後を見据えた新たな成長戦略の策定と実行が必要だろう。

【まとめ】買った事業の収益化課題

 2017年1月現在、青山商事はビジネスウエア以外の売上高を現在の2割から4割まで高めたい方針だ。スーツで利益が出ている内に新たな収益源を育てたいという。

 この育てたいという言葉の通り、現時点では青山商事が行った異業種の買収はまだ種のままであり、成否は判然としていない。青山商事は現在、古着販売や飲食店等のFC事業も自社で手掛けており、今後種をまくことの出来る畑は多くある。

 M&Aは買収がゴールではなくスタートであると言われるが、青山商事の次の一手とあわせて、買った事業がどう育つのかも注目して行きたい。


この記事は、企業の有価証券報告書などの開示資料、また新聞報道を基に、専門家の見解によってまとめたものです。

文:M&A Online編集部

その面倒な組織カルチャー、印鑑が原因ですよ

藤田朋宏の必殺仕分け人 第4回

その面倒な組織カルチャー、印鑑が原因ですよ

2019.03.18

印鑑業界による印鑑文化の優位性アピールが話題

会社経営者として感じる、捺印作業の面倒さ

「サイン文化」と「印鑑文化」で変わる組織カルチャー

行政手続きのオンライン化を目指す「デジタル手続き法案」をめぐり、全日本印章業協会がアピールした「印鑑のメリット」が話題になっている

「代理決済できるという印章の特長が、迅速な意思決定や決済に繋がり、戦後の日本経済の急速な発展にも寄与してきた」(原文ママ)というものだ。

「ハンコならこっそり代理決済ができる」などと、身も蓋もなく自ら印鑑廃止を後押ししてしまいかねない意見が出てしまったことは興味深い。
でも僕は、ただのバイオテクノロジー屋なので、ITを活用した効率化しますよ業界の回し者でもなければ、印鑑業界の人を敵に回すメリットだってないので、特にこの点について深く言及しないし、「日本における今後のハンコをどうするべきか」なんてことを掘り下げて云々するつもりもない。

ただ、日本を含む4カ国でスタートアップを立ち上げた経験から、企業の組織カルチャー形成に、承認方法としての「印鑑」と「サイン」の違いが、とても大きな影響を与えているのではと実感した話を書いておきたい。

日々、何かと多すぎるハンコ作業

まず共有しておきたい事実は、日本で会社を経営すると、毎日ものすごい数の代表印や銀行印や社印を押さなければいけないということだ。(会社の印鑑って3種類あるの知ってました?)

お客さんと契約してお金をいただくときに契約書に捺印するのはイメージできると思うが、その後もお金が銀行口座に無事入るまで、受領やらなにやら契約書だけでなく、さまざまな書類にとにかく捺印をしまくる必要がある。

また、家賃を払う、プリンターのトナーが切れる、実験試薬を買うなどなど、とにかく会社を運営する活動の一つ一つに対して、それぞれ細かくおびただしい数の印鑑を押す。法人が国や地方自治体に税金を払う時はもちろん、社員のあれこれも、例えば社員の誰かが結婚したり引っ越したりするだけでも印鑑を押しまくる。自分で会社をやってみてつくづくわかったが、とにかく捺印の数が膨大だ。

しかも、びっくりすることに、民間企業も市町村も、同じことをするために、それぞれがまったく違うフォーマットの書類に捺印を求めてくる。

こうして、大量な上にフォーマットがまったく違う書類を毎日渡されて、決められた位置に決められた種類の捺印をすることは、仮に契約書や書類の中身をまったくチェックしないで無責任に捺印したとしても、結構な時間を必要とする作業だ。

捺印にかける時間が惜しい

しかもうわの空で押していると、銀行印を押すべきところに代表印を押し間違えてしまったり、インクが簡単にかすれてしまったりするのが印鑑だ。人生において、こんな捺印ミスなどという程度のことで書類を作り直してもらう羽目になった回数を考えただけで、こんな単純な作業に失敗する情けなさとと、書類を作ってくれる従業員への申し訳なさで、どこかに隠れてしまいたい気持ちになる。

そう、僕は毎日、隠れてしまいたい気持ちになっているのだ。

なぜ、日本から印鑑はなくならないのか

我々の会社のように、たとえ社長だろうがあっちこっちに、営業に謝罪にと、せわしなく飛び回わることで、なんとか会社の体を保っているような規模の企業の方が世の中には多いと思う。そんな"貧乏暇なし社長”がこの捺印という物理的作業に忙殺される時間というのは、正直いって無駄以外の何物でもない。

にもかかわらず印鑑を押すという文化が日本に残っているのは「捺印するという作業」は、誰かに頼めてしまうからなのだと思う。多くの会社において「捺印をし続けるという作業」を自分でやっている社長はあまり居ないのかもしれず、ここが、すべて自ら書かなければいけないサインとの最大の違いなのだろう。

ちなみに、僕の場合は「捺印をし続けるという作業」だけを人に頼むような仕事の依頼の仕方は好みではないので、あちこちに会社を立ち上げては、担当者に「代表取締役」の役職ごと譲るようにしている。

海外の「サイン文化」は印鑑以上に面倒?

冒頭にも書いたが、僕は日本以外の3カ国でも会社を経営している。言うまでもなく日本以外の国は、承認の証としては「サイン」が一般的だ。

日本の会社同士の契約書の場合は、代表者の名前の脇に代表印と社印を、契約書を閉じた裏面に割印を一カ所押す形式であることが多い。つまり、二者間の契約であれば、先方用の契約書と当方用の契約書をあわせて、計4カ所の代表印と計2カ所の社印を押せばよい。

ところが、海外の契約書は、すべてのページにサインをしなければならない。海外の契約書は「実際にそんなことは起きないって」ってくらい、ありとあらゆる場面を想定した契約書になっていることが多く、とにかく契約書が長い。

感覚として、同じような内容の契約をするのに、日本の会社同士の契約の5倍~10倍のページ数になっても驚かない。

つまり、ちょっとした契約書でも軽く100ページを超えてくるわけだが、このすべてのページに手書きでサインをすることを想像して欲しい。契約書の中身を読んでただただサインを書き続けていると、「こんな作業に時間を使い続けてていいのだろうか」という自問の気持ちが芽生えてくる。

その組織カルチャーの差、ハンコとサインの差が原因ですよ

言うまでもなく、サインは誰かに代わりに書いてもらうことはできない。では、サインを書く物理的な時間を減らすために、何が起こるのかというと、「権限委譲」が進むのである。

日本の会社だと当たり前のように社長の名前で締結する規模の契約でも、海外の会社だと担当部長あたりの名前で契約を締結してくる。

もしかしたら、日本の会社のカルチャーだとそれは失礼なことに当たるのかもしれないが、サインを前提とした会社において、会社のすべての契約を社長名義で契約していたら、社長の一日は「サインを書く」という作業だけで終わってしまう。だから、どんどん権限委譲をしていくしかない。

日本の大企業の合意形成や意思決定のあり方を分析する文脈において、「日本の会社は権限委譲が進んでいない」とか、「プロジェクトごとの意思決定者の所在がよくわからないから、スピード感が遅くなってグローバル競争に負けてしまう」などという指摘を頻繁に見る。

特に近年流行りの「日本企業のホワイトカラーの生産性を高めましょう」という議論の多くでは、日本企業のこういった特殊性の原因を、日本人の歴史的・文化的背景や、国民性が理由であると結論づけている。

だからもっぱら、風通しがよく責任範囲が明確で、意思決定の早い会社にするために、せっせと組織構造をいじったり、管理職に研修をしたりと、コンサル屋さんが儲かるだけの努力に大きなお金を払うことになっているのだが、大きな効果が得られているようにみえない。

僕の考えは、特殊性の理由がちょっと違っていて、「その組織カルチャーの差って、捺印とサインの差が本質的な原因ですよ」と、わりと確信に近い自信を持っている。

捺印の作業だけを誰かに頼むのではなく、捺印をする権限ごとどんどん頼んでしまえばいい。ハンコにウンザリしている世の中の社長さん、そう思いません?

(藤田朋宏:ちとせグループ 創業者 兼 最高経営責任者)

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第32回は、実家暮らしの男性に降りかかる「子供部屋おじさん」論議について

「子供部屋おじさん」という言葉が注目されている。言葉自体は2014年あたりからあったそうだが、今また脚光を浴びているそうだ。

「○○おじさん」「○○おばさん」という呼称には、「アイカツおじさん」のように秀逸かつもはや「Sir」級の「称号」と言って良いものもあるが、大体が蔑称である。

その中でもこの「子供部屋おじさん」の蔑視ぶりたるや、である。意味はわからなくても本能で「馬鹿にされている」と察することができる。

「子供部屋おじさん」とはどんなおじさんを指すかというと、成人しても親元を離れず実家の「子供部屋」で暮らし続けるおじさんのことである。「パラサイトシングル」を、言われた相手の血管が切れるように魔改造した言葉だ。言葉としては「上手いこと言うな」と感嘆するしかない。

単に「実家住みのおじさん」という意味ではなく、「いい年をして親から自立せず、自分では何も出来ない、中身は子どものままのおじさん」という痛烈な批判が込められている。

この「子供部屋おじさん」は、ひきこもりやニートとは違い、仕事はちゃんとしている場合が多い。だが逆に「実家を出ようと思えば出られるのに出ない」という点が余計「甘え」と見なされ、ここまでの鬼煽りを食らう羽目になったとも言える。

このように世間からみっともないと思われがちな「実家住みの成人」だが、本当に彼らは社会の病巣であり、親から見れば寄生虫なのだろうか。

一人暮らしは今や「修行」かもしれない

子供部屋おじさん含むパラサイトシングルにも言い分はある。まず「実家から出るメリットが見いだせない」という理由だ。

実家が持ち家の場合、一人暮らしをするよりも実家住みの方が経済的には圧倒的有利だ。親側からしても、純粋に寄生されるのは厳しいが、生活費などを入れてもらえるなら、逆に助かるという場合もある。

また職場からの距離も実家から通った方が近いと言うなら、わざわざ経済的負担を負いながら、場合によっては遠距離通勤をする「一人暮らし」というのは「修行」という意味しかなく、昨今盛んに言われる「コスパ」「合理化」という観点から見ると「正気か」というような無駄でしかない。そのため、インフルエンサー的な人が一発「まだ一人暮らしで消耗してんの?」と言えば、容易に世論が傾いてしまいそうな気がする。

しかし「修行という意味しかない」と言っても、その「修行」に意味がないわけではない。一人暮らしが人間に自立と成長を促すのは確かである、自分のことは全て自分でやらなければいけないのだから当然だ。

逆に、衣食住が保証された実家で、お母さんにご飯と身の周りの世話を全部やってもらっていたら確かに子供となんら変わりないし、もし仮に結婚して家を出たとしても、今度は嫁に母親と同じことを求めるだろう。

結果として、「見た目は中年、中身は子供、価値観は団塊」というバランス感覚皆無の生物が爆誕することになりかねない。そういった意味では、いかに合理的でなかろうが、一人暮らしをする意味はあると言える。

だが、親の方が子どもに「実家にいてほしい」と望むケースもある。

前に「増加する共倒れ家庭」という、タイトルからして明るい要素皆無のテレビ番組を見たことがある。老齢一人暮らしの父親の元に、非正規雇用で自活できない息子が帰ってきて、そのせいで生活保護が打ち切られ、ますます困窮するというマジで暗い所しかない話だった。

しかし、父親の方が息子に対し「迷惑だから出て行ってほしい」と思っていたかというと、そうではなく「自分が老齢で何があるかわからないので居てほしい」と言っていたのだ。

このように、高齢の親からすれば、子供がいてくれるのは「安心」という面もある。ほかにも、介護のために実家に戻って来た者もいるのだから、一概に「子供部屋おじさん」とバカにすることはできない。

「子供部屋おじさん」がここまで燃える理由

そして、この「子供部屋おじさん」に今更激烈な反応が起こっているのは、「おじさん」と性別が限定されているからだろう。

当然「子供部屋おばさん」だって存在する。私も結婚して家を出るまで実家にいたし、成人すぎても小学校入学の時買ってもらった学習机を使っており、もちろん身の周りのことは母親を越えてババア殿にやってもらっていたという、どこに出しても恥ずかしくない「子供部屋おばさん」だった。親は私を家から出すのに相当勇気がいったと思う。

しかし、バカにされているのは専ら「子供部屋おじさん」の方で、言葉自体も「ブサイク」には「ブス」ほどの破壊力がないように、「おばさん」より「おじさん」の方がどう考えても「強く」感じる。

「子供部屋おばさん」にパンチが足りないのは言外に「女はまあ実家住みでもいいんじゃね?」という見逃しがあり、逆に男には「男のくせにいつまでも親の世話になってみっともない」という、男女差別があるせいではないだろうか。

ネットを開けば、ジェンダー問題で毎日ひとつは村が燃えている昨今である。「子供部屋おじさん」が、そっちの観点でアンコール炎上しても不思議ではない。

当然だが、一家の家計を支え、親の介護をしながら家事までやっている「子供部屋おじさん」もいれば、ろくに家に金もいれず、親に三食用意してもらっている「子供部屋おばさん」もいる。もちろんこれはおじさん・おばさんを入れ替えたって言えることだ。

男だから、女だから、で言い切りが出来ないように「実家暮らし」という属性一つでは何も断言することは出来ないのである。

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