【青山商事】脱「スーツ依存」へM&A 靴・かばん修理を新たな収益源に

【青山商事】脱「スーツ依存」へM&A 靴・かばん修理を新たな収益源に

2017.02.24

【青山商事】脱「スーツ依存」へM&A 靴・かばん修理を新たな収益源に

 「洋服の青山」で知られる青山商事<8219>はスーツを主体に紳士服業界の売上高首位を誇る。しかし少子化や景気低迷を背景にこの10年でスーツの市場は3割も縮小した。危機感を募らせた青山商事は2010年以降にM&Aを本格化する。靴やかばんの修理店「ミスターミニット」の運営企業を買収するなどして新たな収益源を育てる考えだ。

【企業概要】郊外型の紳士服専門店を展開

 青山商事は広島県福山市に本社を構える。「スーツ売上No.1」の謳い文句で知られる「洋服の青山」を中心に紳士服の小売店を多数擁し、2016年3月期の売上高は2,402億円、全業態を合わせたビジネスウェア小売店舗は874店舗に上る。

 青山商事の設立は1964年。広島県府中市で、当時は紳士服を主体としながらも食料・飲料品や県の特産品等も取り扱っていた。1974年に現在の本業の先駆けとなる郊外立地型の紳士服専門店・洋服の青山を開店。こうした立地・業態での出店は当時は業界初の試みであったが、消費者からの好評を博し、以降続々と郊外型店舗を出店する。1985年に大証二部、1990年に東証二部に上場を果たす。

【経営陣】創業者の長男、青山理氏が社長

 代表取締役社長の青山理(おさむ)氏は創業者の青山五郎氏の長男。1981年に青山商事に入社し、商品部長や営業本部長を経て2005年に社長に就任した。57歳。

【株主構成】金融機関を中心に分散

青山商事の主要株主
株主名称 保有株式数(千株) 持ち株比率(%)
日本トラスティ・サービス信託銀行(信託口) 6,303 11.37
いちごトラスト・ピーティーイー・リミテッド 4,982 8.99
日本マスタートラスト信託銀行(信託口) 4,354 7.86
(有)青山物産 4,298 7.75
ステートストリートバンクアンドトラストカンパニー505001 2,449 4.42
資産管理サービス信託銀行(証券投資信託口) 2,143 3.87
BBHカストディアンフォーJPバリューエクイティーコンセントレイティッドエイシリー620135 2,073 3.74
シービーエヌワイデイエフエイインターナショナルスモールキャップバリューポートフォリオ 1,878 3.39
青山理 1,661 2.99
バンク・オブ・ニューヨーク・トリーティ・ジャスディック 1,030 1.86
31,171 56.24
2016年9月末時点

 大株主は金融機関を中心に分散しており、筆頭株主は12.67%を保有する日本トラスティ・サービス信託銀行である。創業者の長男である青山理氏が代表取締役社長を務めるが、創業家である青山一族は有限会社青山物産を通じて7.75%を保有、青山理社長が2.99%を保有する。合わせても10%強であり、同族会社とは程遠い。

【経営環境】スーツ市場、10年で3割縮小

 今回は青山商事のM&A経歴を見る前に、同社の業績・事業内容の推移をたどりたい。

 以下のグラフは青山商事のスーツ販売着数と一着あたりの平均単価の推移である。販売着数、平均単価共に、当然店舗の出退店やマーケティングの手腕に依拠するが、スーツという商品の特性上、世間一般の需要は景気や雇用に左右される部分も大きい。

 販売着数のみで言うならば、青山商事は2004年3月期から2008年3月期まで、5期連続でスーツ販売着数過去最大を更新しているが、リーマンショックのあおりを受けて2009年3月期から減少に転じている。加えて、少子化に伴う人口構成の変動から、中長期的に見てスーツを着用する人口が減少するであろうことはスーツ販売着数がうなぎ上りの2004年以前から既に見通しを立てていた。ゆえに、紳士服販売事業の収益力を強化しなかればならないという方針を打ち出していた。

 中長期と言わず、直近でよりダイレクトな影響があったのは団塊の世代の引退だ。団塊の世代が60歳、65歳を迎える2012年問題、2015年問題に該当する2012年/2015年はそれぞれ前期比3%/10%減と下げ幅も大きい。もちろん、少子高齢化自体に改善の兆しがない以上、今後一転してスーツを着用する人口が増加するというような市場の好材料はない。景気や雇用の好転は単価の上昇には寄与するかもしれないが、母数である市場自体の縮小はとうてい補いようがない。

 さて、青山商事の主力事業は当然紳士服販売であるが、グループ内で他の事業も手掛けている。以下にセグメント別売上高推移と営業利益推移、それぞれ全体に占める紳士服販売の比率をまとめてみた。

 カード事業は本業の販売促進も兼ねてクレジットカードの「AOYAMAカード」の運営、会員募集を手掛る事業である。商業印刷事業は、同じく本業の販売促進の為の印刷事業。雑貨販売事業では、「ダイソー&アオヤマ100円PLAZA」の店名で100円ショップを展開する。

 注目すべきは、各事業も含めた全体での業績に紳士服販売事業が占める割合だ。売上高ベースでは80%を下回ったことがなく、営業利益ベースでは2004年3月期の79%を底に、以降は増加傾向である。とりわけ2010年3月期以降、営業利益に紳士服販売の占める割合は90%以上へと跳ね上がっている。これはドル箱事業であったカード事業が改正貸金業法の施行によって逆風を受けたためだ。改正貸金業法による総量規制の導入に伴って利息収入が大幅に減少し、カード事業ではかつての高収益を生み出せなくなった。以降、カード事業では貸金業以外にも顧客向けのサービス提供等を打ち出すも、いまだに往時の収益を捻出するには至らない。

 スーツ市場の拡大が見込めない中で、こうして青山商事は否応なしに紳士服販売事業への依存度を高めて行った。2017年現在、スーツ市場はこの10年で3割減ったとされている。

【M&A戦略】靴・かばん修理など非スーツに活路

 こうした時勢と背景を踏まえた上で、青山商事が行ったM&Aを見て行こう。

青山商事の主なM&A
年月      内容
2005年5月 キャラジャを新設会社とする会社分割により、カジュアル衣料品の販売を行うキャラジャ事業を分社化。
2006年11月 株式交換により、店内外のノボリやポップ等演出物の企画を行うエム・ディー・エス(売上高11億円)の株式の100%を取得。株式交換比率は1:0.827でありおよそ1億4千万円。
2007年1月 株式交換により、ハンガーやテーラーバッグ他販売消耗品等の企画・調達を手掛ける栄商(売上高21億円)の株式の100%を取得。株式交換比率は1:150.25でありおよそ4億4千万円。
2007年4月 海外子会社の上海青山服装有限公司の保有全株式54%を中国側出資先である華宇毛麻有限公司に売却。譲渡価額は非公開。
2010年12月 カジュアル事業拡大の為、住金物産との合弁によりイーグルリテイリングを設立。90%出資。
2011年11月 スーツの仕入先であり製造会社の服良(売上高87億円)の株式100%を21億円で買収。
2015年11月 靴修理、鍵複製等の総合リペアサービスを行うミニット・アジア・パシフィック(売上高113億円)の株式100%を買収。買収価額は146億円。
2016年4月 雑貨・インテリア小売を行うWTW(設立直後で売上高不明)の株式100%を買収。買収価額は非公開。

 身も蓋もない言い方をすると、2010年までの青山商事のM&Aは面白くない。実質的に組織再編としてのM&Aしか行っていないためである。2006年から2007年に買収したエム・ディー・エスと栄商は共に、創業者であり会長である青山五郎氏が株式の100%を間接的に保有している会社である。さらに両社とも主要得意先は青山商事であり、もはや連結会計をしていないだけのグループ会社のようなものである。加えて2社とも事業規模がさほどないので、買収による青山商事の業績へのインパクトもない。株式交換を用いているので、これまで両社に外注していた仕事をコストをかけずに内製化出来た点は良いかもしれない。

 ようやくM&AらしいM&Aとなったのは、2011年11月の服良の買収だ。中国を生産・物流拠点とする服良は技術力が高く、生産管理にも長けている。青山商事としては、単に工場を買うというよりも、従前は担当者が中国に出張をして行っていた検品作業を服良に一任することや、東南アジア等に分散している協力工場への技術指導を服良の中国工場からの担当者を派遣することで、低コストで高品質な商品を確保できるという目論見があった。

 後に、この買収のかいあって、青山商事は服良を通じて、2014年春よりインドネシアで直営工場を稼働する。この頃、2012年末からの円高修正で、中国からの輸入コストは前年比2~3割ほど上昇していた。三陽商会やハニーズ、ファーストリテイリング等も東南アジアへ生産の軸足を移していたというトレンドに、服良のおかげで乗り遅れずに済んだというべきか。

 なお、M&Aではないながらも、2010年12月の住金物産との合弁によるイーグルリテイリング設立は一つの要だ。後にM&Aにより改めてスーツ以外に活路を見出す動きの先駆けであるようにも見える。日本進出を図るアメリカンイーグルアウトフィッターズのブランド力にあやかり、フランチャイズチェーン(FC)として事業拡大をする意図がある。ただし、完全な新規事業であったため、出店コストがかさんだこと等からイーグルリテイリングを含む「その他」事業の収益はごく近年まで赤字であり、現時点では前述の紳士服販売への依存構造を打開する決定打とはなっていない。

大勝負に出た「ミスターミニット」買収

 2015年11月、ミニット・アジア・パシフィックの買収は大きく勝負に出た形だ。ファンドからの譲受であり、買収金額は146億円。この期の青山商事の貸借対照表には120億円ののれんが計上されており、ミニット・アジア・パシフィックには売上高(113億円)を上回るのれんがついたことになる。

 ミニット・アジア・パシフィックは、ミスターミニットの店舗名で靴やかばんの修理、鍵の複製等を手掛けている。国内では駅構内や商業ビルなどに約300店舗を展開するほか、豪州やニュージーランドにも約250店舗を有する。

 「非スーツ」事業でありながら、顧客層にはシナジーがあり、尚且つ補完関係にもある。ミニットが傘下にあれば青山商事はシューズ販売に手を出せるし、社会人だけでなく初めてビジネスシューズを履く就活生などにミスターミニットクーポンを配れば、ミニット側の顧客も開拓できる。

 加えて、海外の店舗網は青山商事には魅力的だ。青山商事が1994年に中国に進出してから20年、海外店舗数はわずか20店舗にとどまり、未だに収益貢献には至らない。初期は失敗も続き、上海青山服装を売却までした有様だ。しかしミニットの店舗の半数は海外にある。そして青山商事もようやく中国での事業展開のノウハウがわかり始めて来た。店舗展開で協業すれば、スーツ事業で海外での収益確保も夢ではない。日本国内の少子高齢化が進んでも、海外に市場を開拓しておけば痛みは少ない。

 ミニット自体もM&Aで成長した会社であり、のれんの償却負担は重いものの、のれん償却前の営業利益率は9%、青山商事の単体ベースと遜色ないラインだとされる。つまり、ミニットがM&Aで時間を買い、それを丸ごと青山商事が買い取った形だが、結果的に割高となるか合理的となるかは今後の両社の相乗効果を上手く活かせるか否か次第だ。青山商事は、年40~60店舗のペースでミスターミニットの出店を拡大して行く方針を掲げる。

 翌2016年4月、青山商事は雑貨・インテリアを扱うライフスタイルショップ5店舗を展開するWTWを子会社化。青山商事は前年に、中期経営計画にて、従前はビジネスウェア中心だった販売戦略をグループ全体への小売・サービスへと拡大している。ミニット・アジア・パシフィック、WTW共に青山商事が紳士服販売以外の事業拡大へ舵を取る中での買収である。

【財務分析】M&Aの効果はまだ限定的

 冒頭述べた通り、青山商事では紳士服販売による売上高・営業利益がそれぞれ全体の8割以上を占めている。スーツの販売数と売上高、営業利益はある程度連動する関係にある。

 2016年3月期の売上高は前期比8%増の2402億円、営業利益は12%増の210億円と2年ぶりに増収増益となった。前年が消費増税の駆け込み需要反動でスーツの販売が落ち込んだこともあり、ビジネスウエア事業の既存店売上高が3%増えた。ショッピングセンター内を中心とした新規出店や女性向け新業態の出店も寄与した。しかし、それでも過去のピークだった2008年3月期の営業利益(237億円)には及ばない。

 M&Aの件数、対象の規模共に小さいため、M&Aによる劇的な変化は見られない。2016年3月期にはミニット・アジア・パシフィックの売上・利益が買収以降の4ヶ月分しか反映されていないわけだが、仮に一年分を加味してみたとしても、売上高にして110億円程度。青山商事の売上高に比べると微々たるものである。目先の売上・利益だけを求める足し算型のM&Aではないので、これは致し方ない。

 ネットデットと自己資本比率の推移はグラフの通り。おそらく買収のための資金調達も含めて、2016年3月期は長期借入金だけで400億円増加している。それでも自己資本比率はおよそ6割近いので、まだ次の買収の資金調達余力はありそうだ。

【株価】株主還元強化で上昇も材料出尽くし

 株価は2015年に入り急上昇に転じた。同年1月に株主還元の強化策を発表。2016年3月から18年3月期までの中期経営計画の期間中は連結総還元性向(配当と自社株買いを足した金額を年間の純利益で割った比率)を130%に設定し、積極的な自社株買いを進めたことが好感された。しかし、15年7月に5000円台まで上がった後は材料出尽くしとなり、現在は4000円前後で一進一退の展開となっている。2015年11月に発表したミニット・アジア・パシフィックの買収も「業績への影響が軽微」とあって株価を押し上げるに至っていない。

 青山商事の今期の予想PER(株価収益率)は約19倍。同業のAOKIホールディングス<8214>の約14倍、コナカ<7494>の約12倍と比べて割安感に乏しい。株価がさらに上値を狙うには、「130%還元」後を見据えた新たな成長戦略の策定と実行が必要だろう。

【まとめ】買った事業の収益化課題

 2017年1月現在、青山商事はビジネスウエア以外の売上高を現在の2割から4割まで高めたい方針だ。スーツで利益が出ている内に新たな収益源を育てたいという。

 この育てたいという言葉の通り、現時点では青山商事が行った異業種の買収はまだ種のままであり、成否は判然としていない。青山商事は現在、古着販売や飲食店等のFC事業も自社で手掛けており、今後種をまくことの出来る畑は多くある。

 M&Aは買収がゴールではなくスタートであると言われるが、青山商事の次の一手とあわせて、買った事業がどう育つのかも注目して行きたい。


この記事は、企業の有価証券報告書などの開示資料、また新聞報道を基に、専門家の見解によってまとめたものです。

文:M&A Online編集部

CESで大注目の「折り曲げられるスマホ」、普及の見込みは?

CESで大注目の「折り曲げられるスマホ」、普及の見込みは?

2019.01.18

中国メーカーが自在に折り曲げられるスマホを実現

「大画面×コンパクト」を両立する夢のデバイス、実用性は?

端末の魅力を引き出すアプリ登場が普及のカギか

米ラスベガスで開催された世界最大級の家電見本市「CES 2019」では、2019年のトレンドを先取りする新ガジェットが一堂に会した。その中でも一際大きな注目を浴びたのが「折り曲げられるスマホ」だ。商品化にこぎ着けたのは世界初という。

折り曲げられるスマホ「FlexPai」

スマホの画面サイズが大型化を続ける中、iPhone SEのような小型スマホを求める声は依然として多い。そこで登場した折り曲げられるスマホは、「大画面」と「コンパクト」を両立する夢のデバイスに見える。果たして普及の可能性はあるだろうか。

自在に折り曲げられるスマホ、中国メーカーが実現

折りたためる2画面のスマホというアイデア自体は、実はそれほど目新しいものではない。NTTドコモとZTEが共同開発した「M Z-01K」などは、現行モデルとして国内で販売中だ。

だが、従来の2画面スマホはヒンジを用いて2つの画面をつなげたものに過ぎなかった。その後、液晶とは異なる特性を持つ有機ELが登場したことで、ディスプレイを紙のように自在に折り曲げられることも夢ではなくなった。

有機ELの「曲げに強い」という特性は、多くのスマホに活用されている。サムスン電子のGalaxyシリーズが画面端を曲面にしたスマホを発売後、ソニーモバイルシャープもこの形状を採用している。

これを推し進め、開くとタブレットのような大画面、2つに折り曲げるとスマホサイズという端末の可能性が見えてきた。そして2018年10月、中国のRoyoleが、世界で初めての折り曲げられるスマホ「FlexPai」を商品化したのだ。

中国Royoleのブース。フレキシブルディスプレイを使った様々な製品が並んだ

CES 2019では韓国のLG電子が巻き取り式のテレビを発表するなど、「曲がるディスプレイ」が会場全体で話題になっていた。そうした下地もあって、Royoleの出展ブースには来場者の行列が絶えず、展示機がバッテリー切れを起こすほどの盛況となっていた。

実用性はさておき、スマホの進化の可能性を示した

FlexPaiの特徴は、開いた状態ではタブレットに近い形状になり、そこから自由に折り曲げできる点にある。従来の2画面スマホとは異なり、広げた状態でも画面の境目がないため、タブレットと同じ感覚で利用できる。

広げた状態ではタブレットのように使える

メーカーが挙げるメリットは、複数のニーズごとの端末を1台に集約できることだ。大画面が欲しい人の中には、スマホとタブレットを両方持ち歩いている人もいるだろう。だがFlexPaiなら持ち歩くのは1台で済むというわけだ。

折り曲げた状態では一般的なスマホと同じように使える

折り曲げというギミックから、耐久性に不安を覚えるものの、20万回程度の折り曲げに耐えられるという。ただ、折り曲げると厚みが出るため、スマホのようにコンパクトに持ち歩くことはまだ難しい。

アプリの対応も課題だ。FlexPaiを折り曲げた状態では「表面」と「裏面」に加え、折れ曲がった「エッジ」の3画面を利用できる。FlexPaiの魅力を引き出すには、これら3画面を活用するようなアプリの登場が待ち望まれる。

そこでRoyoleは、FlexPaiをアプリ開発者向けに1,318ドルの価格で先行販売している。まずは開発者にデバイスを手に取ってもらい、どのような活用方法が考えられるか、アイデアを募っていく段階といえる。

会場で実機を試した印象だが、現段階での折り曲げスマホは実用的とまではいえないと思えた。しかしRoyoleという会社の名前を世界に知らしめ、フレキシブルディスプレイの技術を示したという意味では、この発表は大成功を収めたといえるのだろう。

また、サムスン電子など大手スマホメーカーも折りたたみや折り曲げ端末の開発を進めており、グーグルはAndroid OSとして公式サポートを表明している。スマホの次なる進化の可能性を真っ先に示したFlexPaiを、この場の実用性で語るのはお門違いなのかもしれない。

日本車のインテリアには独創的な未来がある? 「1kg展」で感じた可能性

森口将之のカーデザイン解体新書 第12回

日本車のインテリアには独創的な未来がある? 「1kg展」で感じた可能性

2019.01.18

国内主要メーカーの内装デザイナーが集まり展示会を開催

テーマは“1kgの価値”をどこまで高められるか

実車に応用できる? 独創的な作品の数々

国内主要自動車メーカー8社のインテリア・カラーデザイナーが参加する団体「JAID」が初の作品展を開催中だ。“1kg”という重さにこだわり、最新の3Dプリンターを駆使して各社のデザイナーが生み出した作品は独創的で、会場の「GOOD DESIGN Marunouchi」(東京・丸の内)は小さな現代美術館のような雰囲気になっている。

ダイハツ工業のデザイナーが出品した「受け継がれる樹脂」という作品

雑誌の対談が契機となり生まれた「JAID」

「JAID」という名前を初めて目にした人も多いだろう。「ジャパン・オートモーティブ・インテリア・デザイナーズ」の略で、「ジャイド」と読むそうだ。

創立のきっかけとなったのが、自動車雑誌「NAVI CARS」(ナビカーズ)での対談だったと聞いて、「あの号だ!」と即座に思い浮かんだ。クルマのインテリアを特集したナビカーズの2015年7月号で、筆者も別の対談に参加させていただいていたのだ。その号に国内メーカーのインテリアデザイナーが語り合うページがあったことは記憶の片隅に残っていた。

雑誌の売れ行きが落ちているといわれて久しい。それだけに、1つの雑誌の企画からJAIDのようなコミュニティが生まれたことは、モータージャーナリズムに身を置く者として嬉しい気持ちになる。

日産自動車のデザイナーが出品した「∞ Fluff」

価値ある1kgの創造に挑んだデザイナーたち

そのJAIDが企画したのが「1kg展」だ。なぜ“1kg”にこだわるかといえば、クルマの開発に携わる人たちにとって切実な「kg単価」という指標に理由がある。

「kg単価」とは、クルマの開発で使われる値段の単位だ。インテリアデザイナーとしてはkg単価が高い、いわゆる良い素材を使いたいという気持ちは大きいだろう。快適性や安全性の追求、さらには電動化への対応、重量の削減といった視点も持ちながら素材を選んでいるはずだ。

しかし、贅を尽くしてばかりでは車両価格の上昇を招くので、妥協が必要になる。おそらくインテリアデザイナーは、このような状況で悩みながら、新しい素材や仕立て、色などを取り入れるべく、奮闘の毎日を過ごしているのだろうと想像している。

では、そういった制約がなくなったとき、デザイナーたちはこのkg単価をどこまで価値あるものに仕上げられるのだろうか。これが、今回の展示会のテーマだ。最新の3Dプリンターを駆使し、時間や空間、物質としての限界などを飛び越えた作品を独自の着眼点で製作すると同時に、広くカーインテリアデザインの魅力を伝えたい。そんなメッセージのこもった展示会なのである。

ホンダのデザイナーが出品した「風速1kg」

素材と色のコーディネートが味わえる「ハンバーガー」

会場のGOOD DESIGN Marunouchiは、2013年度から通算5回、今年度も含めてグッドデザイン賞の審査員を担当している筆者にとってはなじみ深い場所だ。ところが、「1kg展」の内覧会を訪問した時には、状況がまるで違っていた。いつもは展示物をゆったりと眺めることができる空間なのに、この日はラッシュ時の駅のようにごった返していたのだ。それだけ、インテリアデザイナーの斬新な発想に期待する人が多かったということだろう。

日産のデザイナーが出品した「4D flower」。「1kg展」に作品を持ち寄ったのは、国内大手自動車メーカー7社(ダイハツ工業、ホンダ、三菱自動車、日産自動車、スバル、スズキ、トヨタ自動車)だ

作品の中には、クルマのインテリアデザインとは関係なく、最新の3Dプリンターならではの表現能力の高さをアピールするような作品も見られた。それらを業界の枠を飛び越えた独創的な作品と捉える人もいたようだが、クルマが好きで今の仕事に携わっている(はず)の方々だからこそ、もっとインテリアにこだわって欲しかった。

ただ、クルマのインテリアとの関連性が高い作品が大半を占めていることは確かで、中には独創的な発想や興味深いアイデアも見られた。本稿では独断と偏見で、そのうちの3つを紹介していこう。

まずは、会場の入り口近くに置かれていた「CMFバーガー」だ。「CMF」とはカラー、マテリアル、フィニッシュの頭文字で、ナビカーズでの対談が行われた頃から、自動車に限らずデザイン分野でひんぱんに使われるようになってきた言葉だ。造形だけでなく色や素材、仕立てにも気を配ることで、より完成度の高いデザインが生まれるというような意味が含まれている。

「CMFバーガー」はトヨタのデザイナーが出品

この作品は、CMFのコーディネートを1kgのハンバーガーに見立てて表現したもの。レザーのバンズ、クリアレンズのトマト、加飾素材のチーズやパティ、シート素材のレタスがさまざまな色で用意してあり、好みのバーガーを作り出せる。

3つの作例では、CMFの違いでかなり雰囲気の異なるバーガーを作れることが分かった。バンズを肉抜きタイプにすると総重量が1kgを切るなど、計量化を実感できる仕掛けも盛り込んである。ディーラーが車種別にCMFハンバーガーを用意すれば、顧客は楽しみながらカラーコーディネートを試すことができるかもしれない。

ディーラーに「CMFバーガー」が置いてあったら面白いかも

インテリアをボールにした斬新な作品も

続いて紹介するのは「トランスフォームステアリング」。自動運転が実用化された未来を想定した変形機構を持つステアリングで、手動モードでは伸びて操舵できる状態となり、自動モードでは縮めて格納しておける。全てがマットブラック仕上げだが、グリップ部分、変形部分、外枠部分を別のメーカーのプリンターで製作することで、素材の違いを表現している。

トヨタのデザイナーが出品した「トランスフォームステアリング」

製作したデザイナーはステアリング機能だけを想定していたようだが、左右のグリップをねじることでアクセルやブレーキの操作ができれば、この部分だけで基本的な運転操作ができる合理性の高いインターフェイスになると思った。ペダルがなくなれば、室内レイアウトの自由度も高まりそうだ。

伸ばせば手動運転に使えるし、自動運転中は縮んだ状態で格納しておける

最後は「インテリアボール」だ。写真を見てお分かりのとおり、クルマのインテリアを構成するパーツをボール状のアートとして表現したもので、多くのパーツをまとめ上げ、世の中というフィールドにデザインを“投げ”かけているインテリアデザイナーの仕事をボールの形に込めたのだという。

「インテリアボール」はホンダのデザイナーが手掛けた

展示してあるのは1個だけだが、スポーツの世界では競技によってサイズの違うボールを使うことにも製作者は着目している。使用する材料や加工方法を変えることで、同じ1kgでもサイズや見え方の違った表現ができるそうだ。

しかしながら筆者には、これがボールではなく卵に見えた。卵から生まれる前のクルマ、そのインテリアデザインは、こうなっているのではないかと想像したのだ。同じクルマのエクステリアデザインを卵の殻で表現することで、多くの車種を球形にできれば、一風変わったミニチュアになるのではないだろうか。

JAIDが企画した1kg展の作品群は、それ自体が柔軟かつ斬新な発想から生まれているだけでなく、見ているこちらも創造力が掻き立てられるものだった。この展示会を訪れて、日本の自動車メーカーにインテリアデザインの実力者が多いことに感心するとともに、メーカーには、この実力を引き出して製品に結び付ける能力が求められていることを教えられた。

1kg展の会期は1月25日まで。入場は無料だ。時間に余裕のある方は、一度訪れてみてはいかがだろうか。