【青山商事】脱「スーツ依存」へM&A 靴・かばん修理を新たな収益源に

【青山商事】脱「スーツ依存」へM&A 靴・かばん修理を新たな収益源に

2017.02.24

【青山商事】脱「スーツ依存」へM&A 靴・かばん修理を新たな収益源に

 「洋服の青山」で知られる青山商事<8219>はスーツを主体に紳士服業界の売上高首位を誇る。しかし少子化や景気低迷を背景にこの10年でスーツの市場は3割も縮小した。危機感を募らせた青山商事は2010年以降にM&Aを本格化する。靴やかばんの修理店「ミスターミニット」の運営企業を買収するなどして新たな収益源を育てる考えだ。

【企業概要】郊外型の紳士服専門店を展開

 青山商事は広島県福山市に本社を構える。「スーツ売上No.1」の謳い文句で知られる「洋服の青山」を中心に紳士服の小売店を多数擁し、2016年3月期の売上高は2,402億円、全業態を合わせたビジネスウェア小売店舗は874店舗に上る。

 青山商事の設立は1964年。広島県府中市で、当時は紳士服を主体としながらも食料・飲料品や県の特産品等も取り扱っていた。1974年に現在の本業の先駆けとなる郊外立地型の紳士服専門店・洋服の青山を開店。こうした立地・業態での出店は当時は業界初の試みであったが、消費者からの好評を博し、以降続々と郊外型店舗を出店する。1985年に大証二部、1990年に東証二部に上場を果たす。

【経営陣】創業者の長男、青山理氏が社長

 代表取締役社長の青山理(おさむ)氏は創業者の青山五郎氏の長男。1981年に青山商事に入社し、商品部長や営業本部長を経て2005年に社長に就任した。57歳。

【株主構成】金融機関を中心に分散

青山商事の主要株主
株主名称 保有株式数(千株) 持ち株比率(%)
日本トラスティ・サービス信託銀行(信託口) 6,303 11.37
いちごトラスト・ピーティーイー・リミテッド 4,982 8.99
日本マスタートラスト信託銀行(信託口) 4,354 7.86
(有)青山物産 4,298 7.75
ステートストリートバンクアンドトラストカンパニー505001 2,449 4.42
資産管理サービス信託銀行(証券投資信託口) 2,143 3.87
BBHカストディアンフォーJPバリューエクイティーコンセントレイティッドエイシリー620135 2,073 3.74
シービーエヌワイデイエフエイインターナショナルスモールキャップバリューポートフォリオ 1,878 3.39
青山理 1,661 2.99
バンク・オブ・ニューヨーク・トリーティ・ジャスディック 1,030 1.86
31,171 56.24
2016年9月末時点

 大株主は金融機関を中心に分散しており、筆頭株主は12.67%を保有する日本トラスティ・サービス信託銀行である。創業者の長男である青山理氏が代表取締役社長を務めるが、創業家である青山一族は有限会社青山物産を通じて7.75%を保有、青山理社長が2.99%を保有する。合わせても10%強であり、同族会社とは程遠い。

【経営環境】スーツ市場、10年で3割縮小

 今回は青山商事のM&A経歴を見る前に、同社の業績・事業内容の推移をたどりたい。

 以下のグラフは青山商事のスーツ販売着数と一着あたりの平均単価の推移である。販売着数、平均単価共に、当然店舗の出退店やマーケティングの手腕に依拠するが、スーツという商品の特性上、世間一般の需要は景気や雇用に左右される部分も大きい。

 販売着数のみで言うならば、青山商事は2004年3月期から2008年3月期まで、5期連続でスーツ販売着数過去最大を更新しているが、リーマンショックのあおりを受けて2009年3月期から減少に転じている。加えて、少子化に伴う人口構成の変動から、中長期的に見てスーツを着用する人口が減少するであろうことはスーツ販売着数がうなぎ上りの2004年以前から既に見通しを立てていた。ゆえに、紳士服販売事業の収益力を強化しなかればならないという方針を打ち出していた。

 中長期と言わず、直近でよりダイレクトな影響があったのは団塊の世代の引退だ。団塊の世代が60歳、65歳を迎える2012年問題、2015年問題に該当する2012年/2015年はそれぞれ前期比3%/10%減と下げ幅も大きい。もちろん、少子高齢化自体に改善の兆しがない以上、今後一転してスーツを着用する人口が増加するというような市場の好材料はない。景気や雇用の好転は単価の上昇には寄与するかもしれないが、母数である市場自体の縮小はとうてい補いようがない。

 さて、青山商事の主力事業は当然紳士服販売であるが、グループ内で他の事業も手掛けている。以下にセグメント別売上高推移と営業利益推移、それぞれ全体に占める紳士服販売の比率をまとめてみた。

 カード事業は本業の販売促進も兼ねてクレジットカードの「AOYAMAカード」の運営、会員募集を手掛る事業である。商業印刷事業は、同じく本業の販売促進の為の印刷事業。雑貨販売事業では、「ダイソー&アオヤマ100円PLAZA」の店名で100円ショップを展開する。

 注目すべきは、各事業も含めた全体での業績に紳士服販売事業が占める割合だ。売上高ベースでは80%を下回ったことがなく、営業利益ベースでは2004年3月期の79%を底に、以降は増加傾向である。とりわけ2010年3月期以降、営業利益に紳士服販売の占める割合は90%以上へと跳ね上がっている。これはドル箱事業であったカード事業が改正貸金業法の施行によって逆風を受けたためだ。改正貸金業法による総量規制の導入に伴って利息収入が大幅に減少し、カード事業ではかつての高収益を生み出せなくなった。以降、カード事業では貸金業以外にも顧客向けのサービス提供等を打ち出すも、いまだに往時の収益を捻出するには至らない。

 スーツ市場の拡大が見込めない中で、こうして青山商事は否応なしに紳士服販売事業への依存度を高めて行った。2017年現在、スーツ市場はこの10年で3割減ったとされている。

【M&A戦略】靴・かばん修理など非スーツに活路

 こうした時勢と背景を踏まえた上で、青山商事が行ったM&Aを見て行こう。

青山商事の主なM&A
年月      内容
2005年5月 キャラジャを新設会社とする会社分割により、カジュアル衣料品の販売を行うキャラジャ事業を分社化。
2006年11月 株式交換により、店内外のノボリやポップ等演出物の企画を行うエム・ディー・エス(売上高11億円)の株式の100%を取得。株式交換比率は1:0.827でありおよそ1億4千万円。
2007年1月 株式交換により、ハンガーやテーラーバッグ他販売消耗品等の企画・調達を手掛ける栄商(売上高21億円)の株式の100%を取得。株式交換比率は1:150.25でありおよそ4億4千万円。
2007年4月 海外子会社の上海青山服装有限公司の保有全株式54%を中国側出資先である華宇毛麻有限公司に売却。譲渡価額は非公開。
2010年12月 カジュアル事業拡大の為、住金物産との合弁によりイーグルリテイリングを設立。90%出資。
2011年11月 スーツの仕入先であり製造会社の服良(売上高87億円)の株式100%を21億円で買収。
2015年11月 靴修理、鍵複製等の総合リペアサービスを行うミニット・アジア・パシフィック(売上高113億円)の株式100%を買収。買収価額は146億円。
2016年4月 雑貨・インテリア小売を行うWTW(設立直後で売上高不明)の株式100%を買収。買収価額は非公開。

 身も蓋もない言い方をすると、2010年までの青山商事のM&Aは面白くない。実質的に組織再編としてのM&Aしか行っていないためである。2006年から2007年に買収したエム・ディー・エスと栄商は共に、創業者であり会長である青山五郎氏が株式の100%を間接的に保有している会社である。さらに両社とも主要得意先は青山商事であり、もはや連結会計をしていないだけのグループ会社のようなものである。加えて2社とも事業規模がさほどないので、買収による青山商事の業績へのインパクトもない。株式交換を用いているので、これまで両社に外注していた仕事をコストをかけずに内製化出来た点は良いかもしれない。

 ようやくM&AらしいM&Aとなったのは、2011年11月の服良の買収だ。中国を生産・物流拠点とする服良は技術力が高く、生産管理にも長けている。青山商事としては、単に工場を買うというよりも、従前は担当者が中国に出張をして行っていた検品作業を服良に一任することや、東南アジア等に分散している協力工場への技術指導を服良の中国工場からの担当者を派遣することで、低コストで高品質な商品を確保できるという目論見があった。

 後に、この買収のかいあって、青山商事は服良を通じて、2014年春よりインドネシアで直営工場を稼働する。この頃、2012年末からの円高修正で、中国からの輸入コストは前年比2~3割ほど上昇していた。三陽商会やハニーズ、ファーストリテイリング等も東南アジアへ生産の軸足を移していたというトレンドに、服良のおかげで乗り遅れずに済んだというべきか。

 なお、M&Aではないながらも、2010年12月の住金物産との合弁によるイーグルリテイリング設立は一つの要だ。後にM&Aにより改めてスーツ以外に活路を見出す動きの先駆けであるようにも見える。日本進出を図るアメリカンイーグルアウトフィッターズのブランド力にあやかり、フランチャイズチェーン(FC)として事業拡大をする意図がある。ただし、完全な新規事業であったため、出店コストがかさんだこと等からイーグルリテイリングを含む「その他」事業の収益はごく近年まで赤字であり、現時点では前述の紳士服販売への依存構造を打開する決定打とはなっていない。

大勝負に出た「ミスターミニット」買収

 2015年11月、ミニット・アジア・パシフィックの買収は大きく勝負に出た形だ。ファンドからの譲受であり、買収金額は146億円。この期の青山商事の貸借対照表には120億円ののれんが計上されており、ミニット・アジア・パシフィックには売上高(113億円)を上回るのれんがついたことになる。

 ミニット・アジア・パシフィックは、ミスターミニットの店舗名で靴やかばんの修理、鍵の複製等を手掛けている。国内では駅構内や商業ビルなどに約300店舗を展開するほか、豪州やニュージーランドにも約250店舗を有する。

 「非スーツ」事業でありながら、顧客層にはシナジーがあり、尚且つ補完関係にもある。ミニットが傘下にあれば青山商事はシューズ販売に手を出せるし、社会人だけでなく初めてビジネスシューズを履く就活生などにミスターミニットクーポンを配れば、ミニット側の顧客も開拓できる。

 加えて、海外の店舗網は青山商事には魅力的だ。青山商事が1994年に中国に進出してから20年、海外店舗数はわずか20店舗にとどまり、未だに収益貢献には至らない。初期は失敗も続き、上海青山服装を売却までした有様だ。しかしミニットの店舗の半数は海外にある。そして青山商事もようやく中国での事業展開のノウハウがわかり始めて来た。店舗展開で協業すれば、スーツ事業で海外での収益確保も夢ではない。日本国内の少子高齢化が進んでも、海外に市場を開拓しておけば痛みは少ない。

 ミニット自体もM&Aで成長した会社であり、のれんの償却負担は重いものの、のれん償却前の営業利益率は9%、青山商事の単体ベースと遜色ないラインだとされる。つまり、ミニットがM&Aで時間を買い、それを丸ごと青山商事が買い取った形だが、結果的に割高となるか合理的となるかは今後の両社の相乗効果を上手く活かせるか否か次第だ。青山商事は、年40~60店舗のペースでミスターミニットの出店を拡大して行く方針を掲げる。

 翌2016年4月、青山商事は雑貨・インテリアを扱うライフスタイルショップ5店舗を展開するWTWを子会社化。青山商事は前年に、中期経営計画にて、従前はビジネスウェア中心だった販売戦略をグループ全体への小売・サービスへと拡大している。ミニット・アジア・パシフィック、WTW共に青山商事が紳士服販売以外の事業拡大へ舵を取る中での買収である。

【財務分析】M&Aの効果はまだ限定的

 冒頭述べた通り、青山商事では紳士服販売による売上高・営業利益がそれぞれ全体の8割以上を占めている。スーツの販売数と売上高、営業利益はある程度連動する関係にある。

 2016年3月期の売上高は前期比8%増の2402億円、営業利益は12%増の210億円と2年ぶりに増収増益となった。前年が消費増税の駆け込み需要反動でスーツの販売が落ち込んだこともあり、ビジネスウエア事業の既存店売上高が3%増えた。ショッピングセンター内を中心とした新規出店や女性向け新業態の出店も寄与した。しかし、それでも過去のピークだった2008年3月期の営業利益(237億円)には及ばない。

 M&Aの件数、対象の規模共に小さいため、M&Aによる劇的な変化は見られない。2016年3月期にはミニット・アジア・パシフィックの売上・利益が買収以降の4ヶ月分しか反映されていないわけだが、仮に一年分を加味してみたとしても、売上高にして110億円程度。青山商事の売上高に比べると微々たるものである。目先の売上・利益だけを求める足し算型のM&Aではないので、これは致し方ない。

 ネットデットと自己資本比率の推移はグラフの通り。おそらく買収のための資金調達も含めて、2016年3月期は長期借入金だけで400億円増加している。それでも自己資本比率はおよそ6割近いので、まだ次の買収の資金調達余力はありそうだ。

【株価】株主還元強化で上昇も材料出尽くし

 株価は2015年に入り急上昇に転じた。同年1月に株主還元の強化策を発表。2016年3月から18年3月期までの中期経営計画の期間中は連結総還元性向(配当と自社株買いを足した金額を年間の純利益で割った比率)を130%に設定し、積極的な自社株買いを進めたことが好感された。しかし、15年7月に5000円台まで上がった後は材料出尽くしとなり、現在は4000円前後で一進一退の展開となっている。2015年11月に発表したミニット・アジア・パシフィックの買収も「業績への影響が軽微」とあって株価を押し上げるに至っていない。

 青山商事の今期の予想PER(株価収益率)は約19倍。同業のAOKIホールディングス<8214>の約14倍、コナカ<7494>の約12倍と比べて割安感に乏しい。株価がさらに上値を狙うには、「130%還元」後を見据えた新たな成長戦略の策定と実行が必要だろう。

【まとめ】買った事業の収益化課題

 2017年1月現在、青山商事はビジネスウエア以外の売上高を現在の2割から4割まで高めたい方針だ。スーツで利益が出ている内に新たな収益源を育てたいという。

 この育てたいという言葉の通り、現時点では青山商事が行った異業種の買収はまだ種のままであり、成否は判然としていない。青山商事は現在、古着販売や飲食店等のFC事業も自社で手掛けており、今後種をまくことの出来る畑は多くある。

 M&Aは買収がゴールではなくスタートであると言われるが、青山商事の次の一手とあわせて、買った事業がどう育つのかも注目して行きたい。


この記事は、企業の有価証券報告書などの開示資料、また新聞報道を基に、専門家の見解によってまとめたものです。

文:M&A Online編集部

感動に流されがちなスポーツと「プリンセス駅伝、四つん這い走行」

カレー沢薫の時流漂流 第15回

感動に流されがちなスポーツと「プリンセス駅伝、四つん這い走行」

2018.11.12

漫画家・コラムニスト カレー沢薫さんの社会派連載!

第15回は、「プリンセス駅伝の四つん這い走行」問題について

今年は「パワハラ」「黒い交際」「殺人タックル」など、スポーツ界が荒れに荒れた。

スポーツにつきまとう「感動」という尺度

というよりは、今までずっと「わかり哲也」の背景ぐらい荒れ続けていたが、関係者専用のプライベートビーチだったため、一般人の目につかなかっただけのような気もする。

その一方、ワールドカップでは予選を批判した奴は全員死んだのかというぐらい本戦の健闘が称えられたり、夏の甲子園では金足農が秋田県勢として103年ぶりに決勝に進出し大きな注目を集めたりと、感動的なこともあった。

しかし、結果だけを言えば、ワールドカップは1回戦敗退だ。金足農も決勝で敗れ準優勝。逆に優勝したのに金足農の陰に隠れた大阪桐蔭が可哀想なぐらいだ。

つまり、見る側はスポーツに対し、時に結果よりも「感動」を求めがちということだ。金足農が仮に優勝していたとしても、その勝利が「地獄甲子園」式で得た物なら讃えられなかっただろう。

スポーツに感動を求めるのは悪いことではない。私のような、床を這っているコードでこけるような先のない中年は、もはや他人の活躍に乗っかって泣いたり笑ったりするしかないのだ。

だが、「感動した! 痛みに耐えてよく頑張った! 」という言葉があるように、スポーツの感動には「選手が無理をする姿」も含まれていることは否定できない。その無理が「43度の風呂」レベルならまだ良いが、選手生命、さらには最悪命を脅かしかねない時もある。

インターネット大相撲では済まない「プリンセス駅伝」問題

そんな、文字通り「選手が痛みに耐えて頑張った」事件が、先日行われた「プリンセス駅伝」で起こった。女子駅伝だからプリンセス駅伝なのだろうが、私が走者だったら相当居心地の悪いネーミングだ。

その駅伝の中で、10代の走者が中継所の直前で走行不能となったが、何と四つん這いの状態で流血しながらタスキをつないだという。四つん這いで移動した距離は約200メートル。私だったら小一時間かかる、結構な距離だ。その選手がリードの外れた柴犬ぐらいのスピードで四つん這い走行した、というなら制止する間もなくタスキは渡されていたかもしれないが、満身創痍の状態なら相当時間がかかっただろう。

当然、その姿には「誰か止めろよ」と批判が噴出した。しかし、批判がある一方で「感動した!」と、流血四つん這いで走る女子の姿にバッチリ感動した勢がいるのも事実だ。それに対し「怪我しながら走る選手を美談にする勢を許さない勢」が現れ、いつものインターネット大相撲に発展しているのはよくあることなのだが、これはかなり複雑な問題なのである。

監督が倒れた選手に「お前棄権したらわかっとるやろな? 」とアイコンタクトをしたり、観客が「俺たちを感動させるために走れや」と選手を後ろからジープで追い立てたりしたと言うなら論外だが、監督はテレビモニターで「二足歩行が厳しい」という致命的な状態の選手を見て、ちゃんと棄権を申し入れている。

だが、その棄権が現場の審判に伝わった時には、すでにタスキ受け渡し地点の20メートル手前に来ていたそうだ。つまり、満身創痍の選手が四つん這いで180メートル移動してしまうまで棄権の申し入れが審判に伝わらなかった、ということだ。ここでまず連絡体制の不備が指摘されている。

そして、審判は棄権の申し入れを知った後も、「あとちょっとだし」と最後まで走らせてしまったと言う。痛みに耐えて頑張る選手、という「感動」に流され、無理をさせてしまった感は否めない。

そもそも棄権の申し入れがあるなしに拘わらず、現場判断で中止させるべきはなかったのか、という声もある。今、試しに家の中を四つん這いで走ってみたが、これで200メートルはなかなかキツイ。何より見た目が痛々しい。

私の場合、無職の中年が昼間に家の中を四つん這いで走っているというただの「イタい」状態だが、走れなくなった若い選手が流血しながら四つん這いで走る姿は、十分制止すべき痛々しさだろう。実際、棄権申し入れがなくても、現場判断で走れなくなった選手を止める権限が審判にはある。

それでも懸命に走る意志を見せる選手に心打たれて止められなかったのかというと、必ずしも感動だけが理由ではないようだ。企業にとって駅伝というのは非常に重要なものであり、それをチームではなく審判の判断で止めるというのは、審判員側と企業側に大きな禍根を残すことになりかねないのだという。よって審判側は「よほど勇気がないと止められない」そうだ。

また、選手にとっても企業の名前を背負っている上、「自分がコケたら皆コケる」という駅伝のルール上、選手には大きなプレッシャーがかかっている。つまり選手も現場も「止まるに止まれないし、止めるに止められない」状況になっていたのかもしれない。

そして結果から言うと、この選手は「全治3~4か月の骨折」となった。あの四つん這いでの200メートルがなかったら、もう少し怪我が軽くなった可能性は大いにある。

このように、無理は早めに止めないと、逆に有望な選手を潰すことになりかねない。

「無茶しやがって…」という展開は漫画などに任せ、ダメな時は「俺たちの戦いはまだ始まったばかりだ」と早々に打ち切り、次のチャンスに賭けるべきだろう。

タイヤ技術でオリパラを支えよ! ブリヂストン、義足の改良に挑む

タイヤ技術でオリパラを支えよ! ブリヂストン、義足の改良に挑む

2018.11.12

オリパラの裏側には、さまざまな最新技術が隠れている

パラアスリートを支える、ブリヂストンの「タイヤ技術」って?

義足用ソールの開発に挑む研究者らに話を聞いた

東京2020年オリンピック・パラリンピック競技大会の開催まで2年を切った。自国開催ということもあり、現地で観戦しようと考えている人も多いだろう。そこで1つ提案したいのが、オリンピック・パラリンピックを「技術」の視点で見ることだ。

2018年の平昌オリンピック・パラリンピックでは世界初の5Gの実証実験サービスが行われ、開会式ではインテルがドローンによる光のパフォーマンスが行われた。このような派手なものに限らず、大会の裏にはいくつもの技術が隠れている。パラアスリートが用いる器具などがその典型的な例と言える。

そこで本稿では、「ワールドワイドパラリンピックパートナー」であるブリヂストンによる、自社技術の活用によってパラアスリートを支援する取り組み「パラアスリート技術支援プロジェクト」に注目。東京2020を支える技術の裏側に迫る。

タイヤ技術でパラアスリートを支えよ! 

パラアスリート技術支援プロジェクトは、同社のオリンピック・パラリンピックのパートナー契約締結を機に『タイヤやゴムの技術をアスリートのために活かせないか』という想いから発足したという。ではその技術で何を作っているのかというと、1つの例が義足用の「ソール」(地面に接する部分、靴底)だ。

今回話を聞いた、ブリヂストン 先端企画本部 先端技術推進部 先端技術企画推進第1ユニット 主任部員の小平美帆さん(左)とオリンピック・パラリンピックマーケティング推進部 アクティベーション推進ユニット 課長 鳥山聡子さん(右)

「当社では、パラトライアスロン選手の秦由加子さんの義足用ソールを開発しました。現在も定期的に本人と話し合いの場を設けながら、当社の技術でサポートできる部分はないか、ということを模索しています」(鳥山さん※以下、鳥山)

秦由加子 選手。1981年生まれ。千葉県出身。3歳から10歳まで水泳を習う。13歳で骨肉腫を発症し、右足の大腿部切断を余儀なくされたが、2007年に障がい者水泳チームで水泳を再開。2013年にパラトライアスロンに転向した。大腿部切断でパラトライアスロンを行っている唯一の日本人選手だ

なぜ同社がソール部分に注目するようになったかというと、「タイヤ技術との親和性の高さ」が理由だと小平さんは語る。

「もともと当社では、タイヤはもちろん、ゴルフシューズや農業機械用のゴムクローラなど、『地面と接する部分』の製品開発に強みを持っております。ソールも同じく、地面と接するモノ。そこで当社の持つ技術との親和性が高いと感じ、注目するようになりました」(小平さん※以下、小平)

さらに、ソールの素材はゴムと高分子の複合体であり、これは同社の製品でもよく使われる素材であった。タイヤ製品で培った技術を活用することで、選手をサポートできるのではないか? と考え、新ソールの開発を始めたというわけだ。

義足イメージ。ランニングシューズの底のように、特有なパターン(模様)の入っている部分が、ブリヂストンの開発したソール

「ランニングシューズを切って、義足に貼る」が当たり前?

そもそも、義足用のソール開発に力を入れている企業というのはグローバルで見ても少ない。義足を必要とする人は多くいる一方で、切断箇所や筋肉量の違いなど、個人個人によってのニーズが異なるために、高ロットでの生産ができず、なかなかビジネスとして成り立たないことが原因だという。では、秦選手の使用していたソールには具体的にどのような課題があったのか。

「これは秦さんに限らず、ほとんどのパラアスリートに当てはまることなのですが、それぞれが個人に最適化されたツールを使えていないという課題がありました。もともと、多くの種類が市場に出回っているわけではないので、パラアスリート向けの『高品質な製品』自体が少なく、モノによっては、開発されて数十年経っている”最新モデル”もあります」(鳥山)

驚くべきことに、世界大会で活躍する秦選手のような人であっても、ランニングシューズを買って、ソール部分を切り取り、義足に貼り付けて使っていたのだとか。そのように「売られているものを転用して使う」というパラアスリートは少なくないそうだ。

「当たり前ですが、ランニングシューズのソールは、義足を必要とする人向けに開発されたものではありません。地面と接触した際にかかる力は違うし、耐摩耗性が求められる箇所も異なります。秦さんは以前、雨の中でのレースで、『滑るのが怖くて、思い切って走ることができなかった』という経験をしたそうです。そうした意見を聞き、どんな状況であっても安心して走れるようなソールを開発したい、と考えるようになりました」(小平)

タイヤ開発のノウハウを詰め込んだソール開発

しかし、いくら「地面と接するモノ」だからといって、タイヤとソールで求められる技術が一緒だとは思えない。どのようにブリヂストンの持つノウハウをソール開発に適応させたのか。

「はじめはゼロからの挑戦でした。そもそも、『義足のソールに求められることって何? 』という疑問からのスタートなんです。勉強の日々でしたね。どうにか当社の技術を活用できないか、と考え、まずは走る際にかかる力を測るために、タイヤ開発に使用する測定器を使って圧力測定を行いました」(小平)

圧力測定時の様子。ランニング時、ソールへの力のかかり方がどう変化するかを調査した

ほかにも、使用した後の摩耗部分の分析などを行い、グリップ力を上げつつ摩耗を抑えられるソールはどのようなゴム材料・溝形状にすればよいかをひたすら考えたそう。

さまざまなデータから見えた課題に対して「どうブリヂストンの技術を適応させれば良いか」と考え、試行錯誤を重ねた後に、ようやくソールを開発。2017年4月、初めて秦選手に新ソールをつけた義足で走ってもらうことになった。

「私たちのソールで走ってみた秦さんには『全然違う! 』と、すぐに気に入っていただきました。その1カ月後には早速、新ソールで大会にも出場していただきました。その大会もあいにくの雨だったのですが、確実に滑りにくくなっているとのフィードバックをいただき、手応えを感じました」(小平)

小平さんや鳥山さんは、秦選手と密にコミュニケーションを取りながら、フィードバックを元にソールの改良を続けた

さまざまな領域での技術活用も視野

そのレース以来、秦選手は変わらずブリヂストンが開発したソールを使い続けている。現在のソールは2代目で、2017年に開発したモデルから、パターンと材質を変更しているそう。

しかし、いくら製品の改良を実現したと言っても、事業化につなげられなければ、同社の「パラアスリート支援」は一過性のものになってしまう。同社は今後、この取り組みをどのように続けていく予定なのか。

「秦さんとの協力によって生まれた技術が将来、当社製品のブレイクスルーにつながる可能性はあると考えています。将来的には、さまざまな領域での技術の活用も視野に入れております。ですが、何よりこの取り組みは、当社がグローバルメッセージとして掲げる『CHASE YOUR DREAM』を体現するもの。

CHASE YOUR DREAMとは、ブリヂストンが、さまざまな困難を乗り越えながら「夢に向かって挑戦し続けるすべての人を支えていく」という想いを表現したメッセージ

そのため、必ずしも『将来的なリターン』を求めてこの活動をやっている訳ではありません。私たちの取り組みが社内外に広がり、当社の『夢に向かって挑戦し続けるすべての人を支えたい』という想いに触れていただき、一緒にオリンピック・パラリンピックを応援してくれる仲間を広げていくことを目指しています」(鳥山)

「2020東京」まで1歩ずつ、2人3脚で

現在、すでに秦選手用の最新ソールは完成しているそうだが、まだまだブリヂストンの挑戦は続く。

「最新モデルは、秦さんの要望を満たし、かつさまざまなデータから考えられる問題点を解決した自信作。しかし、パラリンピックまではまだ時間があります。今後も本人のフィードバックをもとに、より改良を続けていきたいです」(小平)

パラアスリートと一緒に夢を追い続けるブリヂストン。今回紹介したのは、同社の秦選手との取り組みだけだが、それに限らず、ほかにも多くのアスリートを支援しているそうだ。

オリンピック・パラリンピックでもっとも日の目を浴びるのは選手。しかし、その周りには、選手たちを支えている多くの人たちがいる。来る2020年、パラリンピックでは、選手の義足や車椅子などにも注目し、そこに隠れた技術の背景を想像してみるのも楽しみ方の1つだ。

ブリヂストンと秦選手の挑戦をこれからも応援したい