【日清食品ホールディングス】国内外でM&Aで攻勢 湖池屋を買収、菓子事業を第2の柱へ

【日清食品ホールディングス】国内外でM&Aで攻勢 湖池屋を買収、菓子事業を第2の柱へ

2017.02.28

【日清食品ホールディングス】国内外でM&Aで攻勢 湖池屋を買収、菓子事業を第2の柱へ

 チキンラーメンやカップヌードルでお馴染みの即席麺メーカー、日清食品ホールディングス<2897、日清HD>。同社のM&Aと言えば、投資ファンドの敵対的買収のホワイトナイト役を演じた明星食品の子会社化が有名である。しかし即席麺の国内市場はすでに圧倒的な首位にあり、伸びしろは大きくない。成長市場である中国やロシアなど海外事業の強化や、菓子など非即席麺事業の育成を狙い、M&Aを仕掛けている。

【企業概要】世界初のインスタントラーメン開発

 2007年に亡くなった安藤百福氏が1948年に「魚介類の加工及び販売、紡績その他繊維工業、洋品雑貨の販売、図書の出版及び販売」を目的として設立した中交総社が、1958年に世界初のインスタントラーメン「チキンラーメン」を開発した後、日清食品に商号変更した。

 1971年には世界初のカップ麺である「カップヌードル」を発売。2005年には日本人宇宙飛行士が宇宙用インスタントラーメン「スペース・ラム」を食したことがニュースとなった。カップヌードル発売40周年にあたる2011年には累計200億食に到達するなど、インスタントラーメンはすっかり国民食として定着している。チキンラーメンを初めとするインスタントラーメンは、例えば公益社団法人発明協会が発表する「戦後日本のイノベーション100選」(http://koueki.jiii.or.jp/innovation100/)のトップ10に入るなど、日本だけでなく世界中に多大な影響を与えている。

 1963年に東京及び大阪証券取引所第二部に株式上場し、1972年に東京及び大阪証券取引所第一部に鞍替えした。2008年10月に持株会社制に移行し、日清HDは東京証券取引所第一部に上場している。

 日清HDは、創業者が掲げた4つの精神である「食足世平」(食が足りて初めて世の中が平和になる)、「食創為世」(食を創り世の為につくす)、「美健賢食」(美しく健康な体は賢い食生活から)、「食為聖職」(食の仕事は聖職である)をもとに、世の中のために食を創造することを追求し、日々クリエイティブでユニークな仕事に取り組み、グローバルな領域で、「食」を通じて世界の人々にハッピーを提供することで、グループ理念である「EARTH FOOD CREATOR」の体現を目指している(「日清食品グループ 中期経営計画2020」より抜粋)。

 日清HDの報告セグメントは、「日清食品」(日清食品における即席麺の製造販売等)、「明星食品」(明星食品における即席麺の製造販売等)、「冷温事業」(チルド食品、冷凍食品の製造販売等)、「米州地域」(北米及び南米における即席麺、冷凍食品の製造販売等)、「中国地域」(中国における即席麺、冷凍食品の製造販売等)、「その他」(菓子等の製造販売、乳製品の製造販売、不動産賃貸管理、ゴルフ場経営等)である。2016年3月期の連結売上は4,680億円、経常利益は307億円、連結従業員数は11,200人となっている。

【経営陣】 創業者一族による経営

 現在の社長である安藤宏基氏は創業者である安藤百福氏の次男である。1981年に長男である安藤宏寿氏が社長に就任するも短期間で百福氏が社長に復帰、宏基氏は1985年に37歳で社長に就任。現在69歳。副社長である安藤徳隆氏は宏基氏の長男である。

【株主構成】 創業者一族色は弱い

日清食品ホールディングスの主要株主
氏名又は名称 所有株式数(百株) 持ち株比率(%)
公益財団法人 安藤スポーツ・食文化振興財団 79,043 6.72
三菱商事 78,000 6.64
伊藤忠商事 54,000 4.59
ステート ストリート バンク アンド トラスト カンパニー 44,450 3.78
安藤インターナショナル 39,455 3.35
みずほ銀行 33,750 2.87
日本トラスティ・サービス信託銀行 30,800 2.62
三菱東京UFJ銀行 26,285 2.23
日本マスタートラスト信託銀行 25,600 2.17
小野薬品工業 24,604 2.09
435,988 37.11
2016年3月末時点、有価証券報告書に基づき作成

 2003年の有価証券報告書を確認すると創業者持分は7%弱であったが、現在の創業者持分は10%強(安藤スポーツ、安藤インターナショナル)である。そのほか、三菱商事、伊藤忠商事などの大手商社やメガバンクが大株主となっている。

【M&A戦略】 海外展開・第2の収益柱 構築狙う


日清食品ホールディングスの主なM&A
年 月      

内容

2004年4月

中国で即席麺等の製造販売を行う河北華龍麺業集団有限公司(売上393億円)の株式33.4%を200億円で買収した。

2006年12月

即席麵事業等を営む明星食品(売上788億円)の株式86.32%を公開買い付けにより319億円で買収した。その後、2007年3月末を効力発生日とする株式交換により完全子会社化している。

2008年7月

麺類、中華点心の製造販売を行うニッキーフーズ(売上145億円)の株式100%を17億円で買収した。

2009年1月

ロシア即席麺メーカー最大手企業の持株会社であるAngleside Ltd.(売上310億円)の株式14.99%を93億円で買収した。

※その後、Angleside Ltd.はMareven Food Holdings Ltd.に商号変更。

2010年12月

Mareven Food Holdings Ltd. (売上224億円)の株式10%を74億円で追加で買収した。これによりMareven Food Holdings Ltd.は持分法適用会社となった。

2011年2月

Mareven Food Holdings Ltd. (売上224億円)の株式8.51%を52億円で追加で買収した。

2012年8月

スナック菓子製造等を行う企業の持株会社であるフレンテの株式13.96%を13億円で取得した。これにより所有割合は19%となった。その後、立会外市場取引にて株式1%を買収し、所有割合は20%となり、持分法適用会社となった。

2014年1月

手延べうどんその他飲食専門店のチェーン経営を行う味の民芸フードサービス(売上51億円)の株式71.1%を飲食店経営を行うサガミチェーン(売上195億円)に9億円で譲渡した。

2014年2月

米菓及びスナック菓子の製造販売を行うぼんち(売上97億円)の株式30%を買収した。

2014年8月

インドネシアで即席麺の製造販売を行うPT INDOFOOD SUKSES MAKMUR Tbkの株式49%を5億円で買収した。これにより所有割合は98%となり、連結子会社となった。

2014年11月

フレンテの株式13.41%を追加で買収した。これにより所有割合は33.41%となった。

2014年12月

シンガポールで即席麺の製造販売を行うNissin-Universal Robina Corporationの株式24%を買収した。これにより所有割合が49%となり、持分法適用会社となった。

2015年8月

ブラジルで即席麺の製造販売を行っているNISSIN-AJINOMOTO ALIMENTOS LTDA.(味の素との合弁会社で株式50%ずつ所有:売上313億円)の株式50%を325億円で買収した。これにより所有割合が100%となり、連結子会社となった。なお、連結子会社化によりNISSIN FOODS DO BRASIL LTDA.に商号変更している。

2016年1月

ぼんち(売上99億円)の株式20.1%を追加で買収した。これにより所有割合が50.1%となり、連結子会社となった。

2016年3月

イギリスで加工食品、調理用ソース及び菓子等の製造販売を行うPremier Foods plc(売上1,500億円)の株式17.3%を買収した(買収金額は非公表)。

 上記の中でも、2006年の明星食品買収は世間を騒がせた。明星食品買収のきっかけは、米国の投資ファンドであるスティール・パートナーズが明星食品に対しいわゆる敵対的TOBを仕掛けたことに対し、日清食品がホワイトナイトとして名乗りを上げたことである。スティール・パートナーズが提示したTOB価格は1株700円であるのに対し、日清食品は1株870円のTOB価格を提示した。その結果、TOBについては日清食品に軍配が上がった。しかし、スティール・パートナーズにとっては日清食品がホワイトナイトとして名乗りを上げ、TOB価格を吊り上げたことで多額の資金を獲得する結果となった※。

 なお、2006年9月期の明星食品の売上は788億円であったが、2016年3月期の日清HDの有価証券報告書によると明星食品の売上は416億円である。2015年の売上が391億円であるので増加はしているが、買収当時から比べると売上が大幅に減少している。

中国でのM&A、活発化の公算

 上記の通り、インスタントラーメンの消費量は中国/香港(以下、中国等)が圧倒的となっている。一方、日清HDのセグメント別売上を確認すると、中国地域の売上はむしろ米州地域の売上より小さい。

 インスタントラーメンにおける中国等の消費量を考慮すると、特に中国地域の売上の増加の余地があるといえる。2016年5月に発表した中期経営計画においても、「BRICs (ブラジル、ロシア、インド、中国) を重点地域として設定」と明記しており、今後も売上の増加を目的として特に中国地域でのM&Aが活発に行われるであろう。

 また、中期経営計画によると、日清HDでは菓子・シリアル事業を第2の収益の柱へ成長させるために技術シナジーによる連携強化、海外事業展開、M&Aの活用を行うとしており、持分法適用会社も含め売上高1,000億円を目指すとしている。2012年より段階的にスナック菓子製造等を行うフレンテ(現、湖池屋)の株式を買収し所有割合を33.41%としている。2016年3月に17.3%取得したプレミアフーズ(英国)も菓子製造を行っている。

 日清HDの2017年3月期菓子・シリアル事業の売上計画は490億円、持分法適用会社である湖池屋の売上が直近の決算期で320億円ほどであるので、合計800億円ほどである。目標である1,000億円を達成するには200億円ほど必要で、短期間で売上を増加させるにはやはりM&Aが必要になるであろう。

【財務分析】 中計達成にM&Aは必須

 2016年5月に発表した中期経営計画では、2021年3月期の連結売上高5,500億円、営業利益475億円を目標としている。この目標値は国際会計基準(IFRS)であり、現在適用している日本基準に換算すると、連結売上高6,000億円、営業利益400億円である。2016年3月期の連結売上高は4,680億円であるので、2021年3月期までに連結売上高を1,320億円増加させることになる。

売上高、明星食品買収で増加

 売上は、2009年3月期に減少しているが、それ以外は順調に増加している。2009年3月期は、国内では「移り香」問題による影響、海外では円高の影響により売上が減少している。2007年、2008年に売上が大幅に増加しているが、これは明星食品をM&Aにて連結子会社としたことが要因である。2007年4月2日発表の業績修正によれば、日清単体の売上は暖冬の影響で大幅に減少したが、明星食品を連結子会社としたことで売上が382億円増加したことで、日清HDの売上は大幅に増加している。日清HDでは明星食品の買収によるシナジーを以下のように説明していたが、超短期的には自身の売上減少を明星食品が補完したという結果となった。

 上記のとおり、中期経営計画で設定した2020年3月期の連結売上高は6,000億円(日本基準)で、そのためには5年間で連結売上高を1,320億円増加させる必要がある。2015年3月期の連結売上高が4,315億円、2016年3月期は4,680億円であるので、連結売上高が365億円増加しているが、第三四半期で連結子会社化したNISSIN FOODS DO BRASIL LTDA.の影響が大きいといえる。中期経営計画を達成するためには、今後も大規模なM&Aが行われることは明らかである。

大型M&Aに対応できる潤沢な資金力

 自己資本比率は70%前後を推移しており、大幅なネットキャッシュでもあり、財務状況は非常に健全であることが分かる。2009年に有利子負債が増加しているが、2008年に買収したニッキーフーズの借入金(財務制限条項付き)の影響で増加しているものである。また、2016年3月期に有利子負債が増加しているのは自己株式取得のための資金調達(取得総額141億円)の影響であると推測される。今後も大規模なM&Aを行うための資金的余裕は十分であるといえる。

 なお、中期経営計画において、2016年3月期での時価総額5,500億円に対し、2021年3月期では「時価総額1兆円」の目標を設定している(2017年2月時点の時価総額は約7400億円)。時価総額1兆円を達成するためにも、M&Aの活用は必須であるといえる。

【株価】6000円を挟んでボックス圏に

 株価は2014年の後半にかけて大きく上昇したが、その後、6000円を挟んでボックス圏の値動きとなっている。インドネシア、シンガポールなど新興国における即席麺会社の買収、フレンテの株式の追加取得などM&Aが発生した時期は株価が堅調に推移する傾向がみられる。

 今期の予想PER(株価収益率)は29倍と、同業の東洋水産<2875>の約21倍と比べて高くなっている。カップヌードルなどの高いブランド力を背景に新興国など海外展開余地が大きいことがPERの高さにも反映しているとみられる。

【まとめ】1000億円のM&A枠、有効活用なるか

 日清HDは今までもM&Aは実施してきたが、2016年に中期経営計画で設定した2021年3月期における目標(売上6,000億円、第2の収益の柱の構築、時価総額1兆円など)を達成するためにはさらなるM&Aは必須である。日清HDは中計期間中の5年間で1000億円のM&A(事業投資)枠を設けており、その実行力が試される局面となる。


この記事は、企業の有価証券報告書などの開示資料、また新聞報道を基に、専門家の見解によってまとめたものです。

文:M&A Online編集部

感動に流されがちなスポーツと「プリンセス駅伝、四つん這い走行」

カレー沢薫の時流漂流 第15回

感動に流されがちなスポーツと「プリンセス駅伝、四つん這い走行」

2018.11.12

漫画家・コラムニスト カレー沢薫さんの社会派連載!

第15回は、「プリンセス駅伝の四つん這い走行」問題について

今年は「パワハラ」「黒い交際」「殺人タックル」など、スポーツ界が荒れに荒れた。

スポーツにつきまとう「感動」という尺度

というよりは、今までずっと「わかり哲也」の背景ぐらい荒れ続けていたが、関係者専用のプライベートビーチだったため、一般人の目につかなかっただけのような気もする。

その一方、ワールドカップでは予選を批判した奴は全員死んだのかというぐらい本戦の健闘が称えられたり、夏の甲子園では金足農が秋田県勢として103年ぶりに決勝に進出し大きな注目を集めたりと、感動的なこともあった。

しかし、結果だけを言えば、ワールドカップは1回戦敗退だ。金足農も決勝で敗れ準優勝。逆に優勝したのに金足農の陰に隠れた大阪桐蔭が可哀想なぐらいだ。

つまり、見る側はスポーツに対し、時に結果よりも「感動」を求めがちということだ。金足農が仮に優勝していたとしても、その勝利が「地獄甲子園」式で得た物なら讃えられなかっただろう。

スポーツに感動を求めるのは悪いことではない。私のような、床を這っているコードでこけるような先のない中年は、もはや他人の活躍に乗っかって泣いたり笑ったりするしかないのだ。

だが、「感動した! 痛みに耐えてよく頑張った! 」という言葉があるように、スポーツの感動には「選手が無理をする姿」も含まれていることは否定できない。その無理が「43度の風呂」レベルならまだ良いが、選手生命、さらには最悪命を脅かしかねない時もある。

インターネット大相撲では済まない「プリンセス駅伝」問題

そんな、文字通り「選手が痛みに耐えて頑張った」事件が、先日行われた「プリンセス駅伝」で起こった。女子駅伝だからプリンセス駅伝なのだろうが、私が走者だったら相当居心地の悪いネーミングだ。

その駅伝の中で、10代の走者が中継所の直前で走行不能となったが、何と四つん這いの状態で流血しながらタスキをつないだという。四つん這いで移動した距離は約200メートル。私だったら小一時間かかる、結構な距離だ。その選手がリードの外れた柴犬ぐらいのスピードで四つん這い走行した、というなら制止する間もなくタスキは渡されていたかもしれないが、満身創痍の状態なら相当時間がかかっただろう。

当然、その姿には「誰か止めろよ」と批判が噴出した。しかし、批判がある一方で「感動した!」と、流血四つん這いで走る女子の姿にバッチリ感動した勢がいるのも事実だ。それに対し「怪我しながら走る選手を美談にする勢を許さない勢」が現れ、いつものインターネット大相撲に発展しているのはよくあることなのだが、これはかなり複雑な問題なのである。

監督が倒れた選手に「お前棄権したらわかっとるやろな? 」とアイコンタクトをしたり、観客が「俺たちを感動させるために走れや」と選手を後ろからジープで追い立てたりしたと言うなら論外だが、監督はテレビモニターで「二足歩行が厳しい」という致命的な状態の選手を見て、ちゃんと棄権を申し入れている。

だが、その棄権が現場の審判に伝わった時には、すでにタスキ受け渡し地点の20メートル手前に来ていたそうだ。つまり、満身創痍の選手が四つん這いで180メートル移動してしまうまで棄権の申し入れが審判に伝わらなかった、ということだ。ここでまず連絡体制の不備が指摘されている。

そして、審判は棄権の申し入れを知った後も、「あとちょっとだし」と最後まで走らせてしまったと言う。痛みに耐えて頑張る選手、という「感動」に流され、無理をさせてしまった感は否めない。

そもそも棄権の申し入れがあるなしに拘わらず、現場判断で中止させるべきはなかったのか、という声もある。今、試しに家の中を四つん這いで走ってみたが、これで200メートルはなかなかキツイ。何より見た目が痛々しい。

私の場合、無職の中年が昼間に家の中を四つん這いで走っているというただの「イタい」状態だが、走れなくなった若い選手が流血しながら四つん這いで走る姿は、十分制止すべき痛々しさだろう。実際、棄権申し入れがなくても、現場判断で走れなくなった選手を止める権限が審判にはある。

それでも懸命に走る意志を見せる選手に心打たれて止められなかったのかというと、必ずしも感動だけが理由ではないようだ。企業にとって駅伝というのは非常に重要なものであり、それをチームではなく審判の判断で止めるというのは、審判員側と企業側に大きな禍根を残すことになりかねないのだという。よって審判側は「よほど勇気がないと止められない」そうだ。

また、選手にとっても企業の名前を背負っている上、「自分がコケたら皆コケる」という駅伝のルール上、選手には大きなプレッシャーがかかっている。つまり選手も現場も「止まるに止まれないし、止めるに止められない」状況になっていたのかもしれない。

そして結果から言うと、この選手は「全治3~4か月の骨折」となった。あの四つん這いでの200メートルがなかったら、もう少し怪我が軽くなった可能性は大いにある。

このように、無理は早めに止めないと、逆に有望な選手を潰すことになりかねない。

「無茶しやがって…」という展開は漫画などに任せ、ダメな時は「俺たちの戦いはまだ始まったばかりだ」と早々に打ち切り、次のチャンスに賭けるべきだろう。

タイヤ技術でオリパラを支えよ! ブリヂストン、義足の改良に挑む

タイヤ技術でオリパラを支えよ! ブリヂストン、義足の改良に挑む

2018.11.12

オリパラの裏側には、さまざまな最新技術が隠れている

パラアスリートを支える、ブリヂストンの「タイヤ技術」って?

義足用ソールの開発に挑む研究者らに話を聞いた

東京2020年オリンピック・パラリンピック競技大会の開催まで2年を切った。自国開催ということもあり、現地で観戦しようと考えている人も多いだろう。そこで1つ提案したいのが、オリンピック・パラリンピックを「技術」の視点で見ることだ。

2018年の平昌オリンピック・パラリンピックでは世界初の5Gの実証実験サービスが行われ、開会式ではインテルがドローンによる光のパフォーマンスが行われた。このような派手なものに限らず、大会の裏にはいくつもの技術が隠れている。パラアスリートが用いる器具などがその典型的な例と言える。

そこで本稿では、「ワールドワイドパラリンピックパートナー」であるブリヂストンによる、自社技術の活用によってパラアスリートを支援する取り組み「パラアスリート技術支援プロジェクト」に注目。東京2020を支える技術の裏側に迫る。

タイヤ技術でパラアスリートを支えよ! 

パラアスリート技術支援プロジェクトは、同社のオリンピック・パラリンピックのパートナー契約締結を機に『タイヤやゴムの技術をアスリートのために活かせないか』という想いから発足したという。ではその技術で何を作っているのかというと、1つの例が義足用の「ソール」(地面に接する部分、靴底)だ。

今回話を聞いた、ブリヂストン 先端企画本部 先端技術推進部 先端技術企画推進第1ユニット 主任部員の小平美帆さん(左)とオリンピック・パラリンピックマーケティング推進部 アクティベーション推進ユニット 課長 鳥山聡子さん(右)

「当社では、パラトライアスロン選手の秦由加子さんの義足用ソールを開発しました。現在も定期的に本人と話し合いの場を設けながら、当社の技術でサポートできる部分はないか、ということを模索しています」(鳥山さん※以下、鳥山)

秦由加子 選手。1981年生まれ。千葉県出身。3歳から10歳まで水泳を習う。13歳で骨肉腫を発症し、右足の大腿部切断を余儀なくされたが、2007年に障がい者水泳チームで水泳を再開。2013年にパラトライアスロンに転向した。大腿部切断でパラトライアスロンを行っている唯一の日本人選手だ

なぜ同社がソール部分に注目するようになったかというと、「タイヤ技術との親和性の高さ」が理由だと小平さんは語る。

「もともと当社では、タイヤはもちろん、ゴルフシューズや農業機械用のゴムクローラなど、『地面と接する部分』の製品開発に強みを持っております。ソールも同じく、地面と接するモノ。そこで当社の持つ技術との親和性が高いと感じ、注目するようになりました」(小平さん※以下、小平)

さらに、ソールの素材はゴムと高分子の複合体であり、これは同社の製品でもよく使われる素材であった。タイヤ製品で培った技術を活用することで、選手をサポートできるのではないか? と考え、新ソールの開発を始めたというわけだ。

義足イメージ。ランニングシューズの底のように、特有なパターン(模様)の入っている部分が、ブリヂストンの開発したソール

「ランニングシューズを切って、義足に貼る」が当たり前?

そもそも、義足用のソール開発に力を入れている企業というのはグローバルで見ても少ない。義足を必要とする人は多くいる一方で、切断箇所や筋肉量の違いなど、個人個人によってのニーズが異なるために、高ロットでの生産ができず、なかなかビジネスとして成り立たないことが原因だという。では、秦選手の使用していたソールには具体的にどのような課題があったのか。

「これは秦さんに限らず、ほとんどのパラアスリートに当てはまることなのですが、それぞれが個人に最適化されたツールを使えていないという課題がありました。もともと、多くの種類が市場に出回っているわけではないので、パラアスリート向けの『高品質な製品』自体が少なく、モノによっては、開発されて数十年経っている”最新モデル”もあります」(鳥山)

驚くべきことに、世界大会で活躍する秦選手のような人であっても、ランニングシューズを買って、ソール部分を切り取り、義足に貼り付けて使っていたのだとか。そのように「売られているものを転用して使う」というパラアスリートは少なくないそうだ。

「当たり前ですが、ランニングシューズのソールは、義足を必要とする人向けに開発されたものではありません。地面と接触した際にかかる力は違うし、耐摩耗性が求められる箇所も異なります。秦さんは以前、雨の中でのレースで、『滑るのが怖くて、思い切って走ることができなかった』という経験をしたそうです。そうした意見を聞き、どんな状況であっても安心して走れるようなソールを開発したい、と考えるようになりました」(小平)

タイヤ開発のノウハウを詰め込んだソール開発

しかし、いくら「地面と接するモノ」だからといって、タイヤとソールで求められる技術が一緒だとは思えない。どのようにブリヂストンの持つノウハウをソール開発に適応させたのか。

「はじめはゼロからの挑戦でした。そもそも、『義足のソールに求められることって何? 』という疑問からのスタートなんです。勉強の日々でしたね。どうにか当社の技術を活用できないか、と考え、まずは走る際にかかる力を測るために、タイヤ開発に使用する測定器を使って圧力測定を行いました」(小平)

圧力測定時の様子。ランニング時、ソールへの力のかかり方がどう変化するかを調査した

ほかにも、使用した後の摩耗部分の分析などを行い、グリップ力を上げつつ摩耗を抑えられるソールはどのようなゴム材料・溝形状にすればよいかをひたすら考えたそう。

さまざまなデータから見えた課題に対して「どうブリヂストンの技術を適応させれば良いか」と考え、試行錯誤を重ねた後に、ようやくソールを開発。2017年4月、初めて秦選手に新ソールをつけた義足で走ってもらうことになった。

「私たちのソールで走ってみた秦さんには『全然違う! 』と、すぐに気に入っていただきました。その1カ月後には早速、新ソールで大会にも出場していただきました。その大会もあいにくの雨だったのですが、確実に滑りにくくなっているとのフィードバックをいただき、手応えを感じました」(小平)

小平さんや鳥山さんは、秦選手と密にコミュニケーションを取りながら、フィードバックを元にソールの改良を続けた

さまざまな領域での技術活用も視野

そのレース以来、秦選手は変わらずブリヂストンが開発したソールを使い続けている。現在のソールは2代目で、2017年に開発したモデルから、パターンと材質を変更しているそう。

しかし、いくら製品の改良を実現したと言っても、事業化につなげられなければ、同社の「パラアスリート支援」は一過性のものになってしまう。同社は今後、この取り組みをどのように続けていく予定なのか。

「秦さんとの協力によって生まれた技術が将来、当社製品のブレイクスルーにつながる可能性はあると考えています。将来的には、さまざまな領域での技術の活用も視野に入れております。ですが、何よりこの取り組みは、当社がグローバルメッセージとして掲げる『CHASE YOUR DREAM』を体現するもの。

CHASE YOUR DREAMとは、ブリヂストンが、さまざまな困難を乗り越えながら「夢に向かって挑戦し続けるすべての人を支えていく」という想いを表現したメッセージ

そのため、必ずしも『将来的なリターン』を求めてこの活動をやっている訳ではありません。私たちの取り組みが社内外に広がり、当社の『夢に向かって挑戦し続けるすべての人を支えたい』という想いに触れていただき、一緒にオリンピック・パラリンピックを応援してくれる仲間を広げていくことを目指しています」(鳥山)

「2020東京」まで1歩ずつ、2人3脚で

現在、すでに秦選手用の最新ソールは完成しているそうだが、まだまだブリヂストンの挑戦は続く。

「最新モデルは、秦さんの要望を満たし、かつさまざまなデータから考えられる問題点を解決した自信作。しかし、パラリンピックまではまだ時間があります。今後も本人のフィードバックをもとに、より改良を続けていきたいです」(小平)

パラアスリートと一緒に夢を追い続けるブリヂストン。今回紹介したのは、同社の秦選手との取り組みだけだが、それに限らず、ほかにも多くのアスリートを支援しているそうだ。

オリンピック・パラリンピックでもっとも日の目を浴びるのは選手。しかし、その周りには、選手たちを支えている多くの人たちがいる。来る2020年、パラリンピックでは、選手の義足や車椅子などにも注目し、そこに隠れた技術の背景を想像してみるのも楽しみ方の1つだ。

ブリヂストンと秦選手の挑戦をこれからも応援したい