真の狙いはゲーム以外に? スマホメーカーはVRで何を目指すのか

真の狙いはゲーム以外に? スマホメーカーはVRで何を目指すのか

2016.03.11

スマートフォンでVR(仮想現実)を提供しようという動きが急加速している。VRの市場自体がまだ立ち上がっていない段階にありながら、スマートフォンメーカーは何を見据えてVRに力を入れ始めているのだろうか。

モバイルのイベントでVRが注目を集める

2月22日より、スペイン・バルセロナで開催されていた、携帯電話・モバイルに関する世界的な見本市イベント「Mobile World Congress」(MWC)。そのMWCにおいて、今年最も話題になったテーマを1つ挙げるならば、それは「VR」ということになるだろう。

先にも触れた通り、MWCはあくまでモバイルに関するイベントだ。にもかかわらず今年のMWCにおいては、スマートフォンメーカーを中心として、VRに関する新製品や発表が相次いだのだ。中でも、そのことを象徴しているのがサムスン電子。同社は今回のMWCに合わせて、新しいスマートフォン「Galaxy S7/S7 edge」を発表したのだが、その発表会イベントでの主役は、スマートフォンの新機種よりもVRがメイン、という印象であった。

MWC前日に実施された、サムスンの「Galaxy S7/S7 edge」発表イベントでは、VRが大きなテーマとして打ち出されていた

というのも、発表会会場にはサムスンが発売しているVRヘッドマウントディスプレイ(HMD)の「Gear VR」が全席に設置。発表会のイベント中には随所でヘッドマウントディスプレイを用いたデモが実施されたほか、会場にはフェイスブックCEOのマーク・ザッカーバーグ氏がサプライズゲストとして登場。VRに向けた取り組みや可能性について語るなど、VR一色というべき内容となっていたのである。

サムスンの新機種発表会に、フェイスブックCEOのマーク・ザッカーバーグ氏がサプライズゲストとして登場。VRの可能性などについて話をしていた

VRに関する発表をしたのはサムスンだけではない。LGエレクトロニクスも、同社の新機種「G5」の発表に合わせて、G5に接続して利用できるVR HMD「LG 360 VR」を発表。Gear VRのようにスマートフォンをHMDに装着するのではなく、ケーブルでスマートフォンとHMDを接続して利用するなど、VRを手軽に体験できる点に力が入れられている。

LGエレクトロニクスのVR HMD「LG 360 VR」。スマートフォン新機種「G5」に接続し、手軽にVR体験ができるのが特長となっている

また、「ALCATEL ONETOUCH」ブランド(今後「alcatel」にブランド変更予定)で日本に進出しているTCLコミュニケーションも、新機種「IDOL 4S」のパッケージがVRゴーグルとして利用できる仕組みを用意。スマートフォンを用いて簡易的なVRを実現する、グーグルの「Cardboard」プラットフォームを活用しており、Cardboardのコンテンツが利用できるのが特長となっている。

MWCではこの他にも、いくつかのスマートフォンメーカーが、HMDを用いたVRに関する発表や展示を実施していた。モバイルに関するイベントで、まだ市場自体が立ち上がったとは言い難く、しかもどちらかといえばモバイルとは縁が薄いように思えるVRが、これだけ大きなテーマとなったことには驚きがある。

スマートフォンのVRは良質な体験を提供できない?

HMDを用いた没入感のあるVRは、元々ゲームの分野で大きな注目を集めているものだ。フェイスブック傘下となったOculus VR社の「Oculus Rift」や、ソニー・コンピュータエンタテインメントの「PlayStation VR」、そしてHTCの「HTC VIVE」などが、ゲームの分野で高い注目を集めているVR HMDの代表的存在といえるだろう。

これらのVR HMDが注力しているポイントは、高精細なCGを用いた臨場感のあるVR体験を、快適な形で提供することである。というのも、VR HMDは視界をディスプレイが完全に覆い、そこに映し出された世界がユーザーの視界のすべてとなる。それだけに、非常にリアルなVR体験を提供できるメリットがあるのは確かだが、一方でいくつかの問題も抱えることとなるのだ。

代表的な問題として挙げられるのが"VR酔い"と呼ばれるもの。VR HMDは実際の動きと、ディスプレイに映し出される映像の動きにずれがあると、脳が違和感を引き起こして乗り物酔いのような症状を起こしやすいのである。そうしたことから快適なVR体験を与えるには、VR HMDの動きを正確に、かつ細かく検出するセンサー技術と、それに合わせてグラフィックを素早く描画する性能が求められることから、高いハード性能が求められるわけだ。

HTCの「HTC VIVE」を体験しているところ。位置や傾きを細かく計測できる仕組みを備え、酔いを防止し滑らかな動きを実現するが、その分求められるハード性能も高い

だが、高いハード性能が必要なぶん、高額になりがちでありユーザー体験の幅が狭いのが、現在のVRの弱みにもなっている。実際、一般発売が決まっているOculus Riftは599ドル、日本では送料込みで94,600円となっているほか、HTC VIVEも799ドル、日本では112,000円と決して安いとはいえない額だ。

しかも、これらのVR HMDはパソコンに接続して初めて利用できる上、そのパソコンにも高い処理能力が求められるため、さらなる高額な投資が求められる。個人が容易に手を出せるものではないことが、理解できるのではないだろうか。

Oculus VRの「Oculus Rift」。Xbox Oneのコントローラーとリモコン「Oculus Remote」が付属し、599ドルという価格で販売されている

裏を返せば、そうした高い性能がなければ、仮想空間を用いた快適なVR体験を提供することはできないし、スマートフォンを用いたVR環境が、そこまでの性能を実現できているわけではない。実際、MWC会場でいくつかのHMDを用いてVRデモを試してみたが、性能やコンテンツ共に、Oculus RiftやHTC VIVEのVR体験とは大きく異なるものだと感じた。

良質なVR体験を提供するには高性能なハードが必要だが、現状のスマートフォンではそれが難しい。なのであれば、スマートフォンメーカー各社は性能の劣るVR環境で、一体何を提供しようとしているのだろうか。

360度カメラと動画が普及の鍵を握るか

そのヒントとなるのが、先のサムスンの新製品発表イベントに、ザッカーバーグ氏が登壇したことにあるといえよう。ザッカーバーグ氏はその檀上で、「VRは次のプラットフォームになる」と話し、フェイスブックでは今後、ソーシャルVRアプリに力を入れていくことを打ち出している。

ザッカーバーグ氏はサムスンの発表イベントで、VRが次のプラットフォームになると話している

そもそもフェイスブックがOculus VRを買収して傘下に収めたのは、スマートフォンの次となる新しいプラットフォームをVRに見出したためとも言われている。フェイスブックはVR HMDを、ゲームなどのコンテンツを楽しむプラットフォームとしてだけでなく、新しいコミュニケーション体験を実現するプラットフォームと捉え、システムやデバイスの開発に投資を進めているわけだ。

またOculus VRは、自社でHMDを手掛けるだけでなく、サムスンと共同で、スマートフォンを用いたVR HMDのGear VRも開発している。このことからは、仮想空間での良質なVR体験を提供するだけでなく、普及しているスマートフォンを活用することで、より幅広い層に対してVR体験を提供することを狙っていると見ることができる。

そして、現状のスマートフォンを活用したVRを広める鍵として、サムスンやフェイスブック、そして他の多くのメーカーが期待しているのが"動画"ではないかと考えられる。実際、サムスンやLGは今回、HMDだけでなく360度撮影可能なカメラも発表しており、カメラとスマートフォン、そしてVR HMDを用いたVR体験の提供に力を入れようとしている。またFacebookも、昨年9月より360度動画の投稿を可能にするなど、VRで動画を楽しめる仕組みの構築に力を入れている。

サムスンはスマートフォンと連携できる360度カメラ「Gear 360」を発表。Gear VRとの組み合わせでVRをより楽しみやすい仕組みを整えようとしている

ゲームなどのインタラクティブなコンテンツを動作させるには確かに高いハード性能が必要だが、360度カメラで撮影した動画の再生であれば、そこまでの性能は必要ない。それでいて、360度カメラによる映像をVRで再生すれば、あたかもその場にいるかのような臨場感ある体験を手軽に得ることができ、距離や時間を超えた共通体験の実現に一歩近づくこととなる。そうした360度動画がSNSに広まってくれば、VR HMDがコミュニケーションツールの1つとして認識され、広まっていくと考えられよう。

もしVRがゲームの範囲内でとどまってしまえば、その広がりは限定的なものとなってしまう。スマートフォンという誰でも持っているデバイスで、しかも日常的なコミュニケーション用途を主体としてVRが利用されるようになれば、その広がりは非常に大きなものとなり、可能性も大きく広がることになるだろう。VRの可能性を広げる上でも、スマートフォンを用いたVRがユーザーにどのような体験を与え、それが受け入れられるかどうかが大いに注目されるところではないだろうか。

ZTEの新製品発表会プレゼンテーションより。スマートフォンによるVRは、入院中の子供がCardboardで世界中の風景を体験できる可能性も示しているという
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「コミケ有料化」の経緯と“DB”の哲学

カレー沢薫の時流漂流 第20回

「コミケ有料化」の経緯と“DB”の哲学

2018.12.17

漫画家・コラムニスト カレー沢薫さんの社会派連載!

第20回は、盆暮れにやってくるオタクの祭典「コミケ」の有料化について

来年の話になるが、2019年からコミケことコミックマーケットが有料化するそうだ。

このニュース、「ガタッ」と席を立った人と興味ゼロな人、真っ二つだと思う。私だって「渋谷ハロウィン有料化」と言われたら、「別にいいんじゃないすか、知らんけど」と答えるだろう。

コミケの「入場料」、参加者の反応は

まずコミケとは同人誌即売会の事である。よく知らない人からすれば、アニメや漫画のキャラクターを使った破廉恥極まる漫画、すなわちDB(ドスケベブック)が並んでいる場所というイメージがあるかもしれないが、その印象はまったく間違っていない。

しかしDJB(ドスケベじゃないブック)もあるし、手作りのグッズやアクセサリーを売っている人もいる。また企業の参加も多く、もはや、どんたくやねぶたに並ぶ大きな「祭」と言っていいだろう。

そのコミケだが、東京オリンピックの影響を受けて、長らく会場として使っていた東京ビッグサイトが使えなくなり、中止になるのではという噂があった。結局、中止されることはなかったが、東京ビッグサイトと青海展示場の2か所を会場とし、期間を4日にして開催される予定のようだ(従来は3日)。

しかし、従来のコミケより規模を縮小することには変わりなく、収益は例年より減るのに、警備費などの費用がいつもよりかかると予想されており、DBなどを売る側である「サークル」から徴収する「サークル参加料」だけでは採算がとれないので、買う側である一般入場者側からも金をとることにしたようだ。

これに関しては概ね「仕方ない」という反応が多いそうだ。虎穴に入らずんば虎児を得ずと同じように、入場料を払わなければDBを得られないと言われれば払うしかない。また、そうしないとコミケ自体が成り立たないと言うなら、参加者として協力せざるを得ないだろう。

だが、オタクが金を惜しまないのはあくまでDBもしくはDJB本体に対してだけだ。DBを買う時に「値札を見る」というのは「集中力に欠ける」としか言いようがない。表紙の破廉恥極まる推しの姿以外が視界に入るようではまだ青い。

また、同人誌即売会で売られる本というのは「数に限りがある」。よって目当ての本というのは「買えるか買えないか」でしかなく、「いくらか」は関係ない。

たとえページ数に対し割高な値段であろうとも、どうせ明日には転売野郎が同じ商品を法外な値段でオークションに出すのだ。それだったら相場の何倍だろうが、「目が眩むほど推しを破廉恥に描いてくださったご本人」の懐に入ってくれた方がありがたい。むしろその金を元手にもっと描いて欲しい。

別の例で言えば、ライブのチケットでも、まずチケットが取れたことが嬉しく、チケット代がいつもより安いとか高いとかはあまり考えないだろう。しかしイープラスなどに払う「手数料」までどうでも良いかというと、「てめえはダメだ」という人も多いのではないか。

コミケも、その入場料でDBが1、2冊多く買えたと思えば、惜しいと感じなくもない。そのため、コミケ有料化自体は容認しても、それを引き起こした東京五輪に対して怨嗟の声をあげている者はいるようだ。

門外漢からすれば「どう考えても東京五輪の方が重要じゃないか」と思うかもしれないが、これは「野球中継でDB(ドラゴンボール)が見られない」のと同じことなのだ。野球という名の東京五輪に興味がない者にとっては、そのせいでDB(ドラゴンボール)という名のDB(ドスケベブック)が買えないとなると、東京五輪を苦々しく思わずにはいられない。

DBとDJBの境界線

だが有料化によるメリットもあるようで、特に「年齢確認が楽になる」といわれている。

当然だが、DBは18歳未満には売ってはいけない。よって、販売時には身分証明書を提示するというのが一応の決まりになっているが、混雑時に一人ひとり確認するのは手間だし、だからと言って確認せず18歳未満に売ってしまったら、売った方が怒られる。

2019年開催のコミケでは、入場料を払った時点で入場者にはリストバンドが渡され、それが2会場の入場券の代わりになる。入場料支払い時点で年齢確認を行い、リストバンドの色などで18歳以上か未満かわかるようにすれば、いちいち売り場で確認しなくても済む。

この18歳以上を示すリストバンドは、私もコミケじゃない同人誌即売会で利用したことがある。入場料を払う時ではなく、入場待機しているところに係の人が回ってきて、「18禁本を買う予定の18歳以上の方は挙手してください」というシステムだった。

「我々はスポーツマンシップに則りエロ本を買います」と選手宣誓をしろということになるが、同人誌即売会に来ておいてDBを買うことを隠したいというのは、ヌーディストビーチに来ておいて「脱がなきゃダメ? 」と言っているようなものだ。

続々と手があがり、その場で免許証などによる年齢確認が行われ、確認が済んだ者には「エロ本買えますリストバンド」が渡された。これは売り場での年齢確認制より格段にスムーズであり、1分1秒を争う会場内では実に便利であった。

コミケでなくても、「ゾーニング」は大きな問題となっている。有料化と2会場化を機に、DBとDJBの線引きがさらに厳格化していくのかもしれない。

なぜTBSラジオは「スペシャルウィーク」をやめるのか

なぜTBSラジオは「スペシャルウィーク」をやめるのか

2018.12.17

聴取率争いに自ら終止符? TBSラジオの決断

ラジコの普及で重要性を増すリアルタイムの聴取者数

「ノンリスナーのリスナー化」がラジオ業界の至上命題

TBSラジオが「スペシャルウィーク」をやめる――。11月29日(木)深夜の「木曜JUNK おぎやはぎのメガネびいき」(毎週木曜深夜25時からTBSラジオで生放送)でこの件が話題になった時は、初耳だったので驚いた。なぜ、こういう決断に至ったのか。TBSラジオのスペシャルウィークは今後、どうなるのか。TBSラジオの三村孝成社長に聞いた話も交えてお伝えしたい。

TBSラジオは12月8日(土)、AM波を送信している戸田送信所(埼玉県戸田市)の使用電力を再生可能エネルギーに切り替え、「ナイツのちゃきちゃき大放送」(毎週土曜日、朝9時から午後1時までの生ワイド番組)内でセレモニーを実施。この機会を捉え、TBSラジオの三村社長(左端)に話を聞いた

ラジオの「スペシャルウィーク」とは何か

本題に入る前に、まず、ラジオのスペシャルウィークとは何かをおさらいしておきたい。

スペシャルウィークと密接に関係するのがラジオの「聴取率」だ。これはビデオリサーチという会社が調べているもので、調査は首都圏、関西圏、中京圏の3カ所でアンケートを実施して行う。

そのうち、首都圏の調査を取り上げて中身を詳しく見ていきたい。まず、調査の対象エリアは東京駅を中心とする半径35キロ圏内となっている。対象者は12歳~69歳の男女個人、標本数はおよそ3,000人。調査回数は1年に6回(偶数月)で、その調査月のうち1週間を「聴取率調査週間」に設定し、「その期間中にラジオを聴いたか」「どんな番組を聴いたか」といったことをアンケートで調べて聴取率を算出する。

つまり、ラジオの聴取率というのは、首都圏でいえば、年に6回の「聴取率調査週間」の間に、アンケート調査を受けた人が、ラジオを聴いていたかどうかによって決まる。1分ごとの数字をはじき出すテレビの「視聴率」とは、かなり性格の違う指標だということが分かる。

こういう調査方法であることから、ラジオ局は聴取率調査週間に合わせて、通常放送とは違う企画、通常放送とは違うパーソナリティーの起用、リスナーへのプレゼント企画、豪華ゲストの起用といった特別な施策を実施する。これがスペシャルウィークだ。

約150mのアンテナがそびえ立つTBSラジオ戸田送信所。1,900万戸にAM波を届けるTBSラジオの基幹送信所で、使用電力は月間11万キロワットだ。再生可能エネルギーは「みんな電力株式会社」が供給する。電力は新潟県上越市の小規模水力発電施設などから調達する

ラジオ局によって呼称は異なるかもしれないが、聴取率調査週間をスペシャルウィークと位置づけ、特別なキャンペーンを展開したり、番組の内容を変えたりする手法は業界では一般的だ。

そんな中、TBSラジオは、この調査期間をスペシャルウィークと呼称することをやめると宣言した。その期間中に、局を挙げて特別なキャンペーンを打つことも、今後はしないという。つまり、聴取率を上げるために調査週間を狙って特別企画を展開するのはやめて、今後は時期を自ら考えて特別な取り組みを行うという態度を鮮明にしたのだ。

なぜ、こういう決断をしたのか。TBSラジオは17年4カ月の間、聴取率で業界トップを走り続けているにも関わらずだ。

聴取率トップでも放送収入が上がらない現状

決断の背景として、まず注目したいのは、聴取率で業界トップのTBSラジオでさえ放送収入が上がっていないというラジオ業界の現状だ。業界全体で見ても、広告収入は25年間、ずっと下がり続けている。

それに、ラジオの聴取率も過去に比べれば低迷している。前述したビデオリサーチの調査によれば、2018年10月の首都圏の「全局個人聴取率」(12~69歳、男女、週平均)は5.2%。この数字、1990年代には9%くらいあったそうだ。

スペシャルウィークに注力した結果、聴取率で業界トップに輝いたとしても、収入は上がらないし、ラジオを聞く人も増えない。それならば、慣習に固執する必要もない。これがTBSラジオの判断なのだろう。

確かに、普段はラジオを聴かない人(ノンリスナー)が、スペシャルウィークをきっかけに聴くように(リスナーに)なるかどうかは疑問だ。

もとからのラジオリスナーであれば、何らかの特別企画やキャンペーンに興味を持った時、ラジオをつけるなり「ラジコ」(radiko、スマホアプリやPCでラジオが聴ける)を使うなりして、番組を聴くかもしれない。しかし、ノンリスナーであり、ラジオの受信デバイスすら持っていないような人たちが、これを機にラジオをわざわざ買うかどうかは微妙だ。ラジコならハードルは低そうだが、三村社長は「今の時代って、アプリをダウンロードしてもらうのもすごく大変じゃないですか」と話す。

キャンペーンは時期が大事! 今後のTBSラジオは独自展開

スペシャルウィークに他局と足並みをそろえ、聴取率争いのために力を使うのではなく、ノンリスナーをリスナー化するために知恵を絞りたい。それがTBSラジオの考えらしい。

ラジオ業界の至上命題は「ノンリスナーのリスナー化」と語ったTBSラジオの三村社長

特別なキャンペーンを展開するにしても、聴取率調査週間より効果的なタイミングは確かにあるかもしれない。三村社長の考えはこうだ。

「ラジオを聴かなくなる理由には、例えば引越しや転勤などがあります。住む場所が変わって好きな番組が聴けなくなったり、ライフスタイルが変わってしまったりして、聴かなくなるパターンです。例えば、大学生で時間に余裕のあった人が、社会人になるとか。引越しとかライフスタイルの変化が多い時期というのは、ある程度は決まっていますから、そういう時にこそ、キャンペーンを張るという方法はあるのかなと思っています」

つまり、聴取率調査週間を気にしなければ、キャンペーンや特別企画が流動的に実施できるということだ。例えば、3月は奇数月で聴取率調査はないが、ノンリスナーに訴求するには適した時期かもしれない。

また、特別企画や豪華ゲスト起用のタイミングは個別の番組で決めてもいい。「私も、企画をやっちゃいけないといっているわけではないんですよ(笑)。効果が出そうな時に、どんどん企画をやってもらいたい。それが、たまたま聴取率調査週間なのであれば、その時にやってもいいわけだし」というのが三村社長の考えだ。

TBSラジオは機を見て特別企画を仕掛ける流動性を手に入れた

TBSラジオはスペシャルウィークだけを特別視するのではなく、「毎日がスペシャル」の気持ちで通常放送に取り組みつつ、ノンリスナーをリスナー化するための施策を打ち出していく。そういう方針を明確にしたわけだ。

重視するのは「ラジコ」のリアルタイム情報

とはいえ、聴取率はラジオ局にとって、ほぼ唯一の指標だったはずだ。これからTBSラジオは、何を参考にして番組づくりに取り組むのか。三村社長はラジコのデータを重要視する。

「聴取率を調査する目的は2つあって、1つは番組編成を考えるのに使うマーケティングデータを得るためです。番組の編成が、ちゃんと効果を出しているかどうか、リスナーに受け入れられているかどうか、それぞれの番組の企画や演出が、リスナーに評価されているかどうか。それらを測る指標が聴取率でした」

「ただ、その点に関しては、マーケティングデータといいながら、52週(1年間)のうち6週間しか調査していない数字ですし、調査週から約1カ月遅れて結果が分かるというのが実情でした。一方、ラジコのデータは毎日、リアルタイムで確認することができます」

おそらく、世の中でラジオを聴いている人の割合でいえば、ラジコよりもラジオ受信機を使っている人の方がまだまだ多い。しかし、ラジコであればラジオ局側は、リアルタイムでリスナーの実数が把握できる。このデータの方が、マーケティングデータとしては有用だと判断したようだ。

「もう、ラジコも始まって9年目です。ラジコの数字が動けば、聴取率も動くというのは体感しています。ラジコの聴取人数が増えれば、基本的には聴取率も上がるんです」

ラジコで毎日、リアルタイムで聴取人数が把握できて、そのデータを重視するというのであれば、スペシャルウィークに的を絞った番組づくりをしていていいはずがない。通常放送がいかに面白く、リスナーをひきつけているかの方がはるかに重要になる。実際のところ、TBSラジオの番組製作陣も、すでにラジコの数字を参考にしているらしい。

ラジコの聴取人数と聴取率はほぼ連動しているというのがTBSラジオの読みだ

聴取率を測るもう1つの目的は、営業データとして利用するためだという。

「分かりやすくいうと、広告主が宣伝費を出しますよね、その費用対効果を測るために聴取率を使うんです。これはテレビの視聴率と似ています。この点については今後、今のままでいいのかどうか、業界で議論していこうと思ってます」

リスナーの奪い合いはもはや無意味?

スペシャルウィークをやめるというTBSラジオの決断には、賛否両論があるかもしれない。しかし、スペシャルウィークで各局がゲストの豪華さや企画の面白さを競い合い、ライバル局のリスナーを奪い合うという従来の構図だと、既存のラジオリスナーが各局の間を移動するだけで、新規リスナーの数は増えないのだとすれば、納得できる部分は大いにある。

また、ラジオ局同士が聴取率争いをする必然性は、ラジコで「タイムフリー」というサービスが始まった今、かなり薄れているような気もする。この機能を使うと、全てのラジオ番組を、放送後1週間以内であれば、後からさかのぼって聴くことができるからだ。

例えば、放送時間が重なっているTBSラジオの「JUNK」とニッポン放送の「オールナイトニッポン」を両方とも聴くことは、今となってはとても簡単なことだ。録音機材を用意する必要すらない。どちらかをリアルタイムで聴いて、もう一方を後からタイムフリーで聴いてもいいし、どちらもタイムフリーで後から聴いたって問題ないわけだ。この点を踏まえると、もはやラジオ業界には、「裏番組」という概念すらなくなっているようにも思えてくる。

なぜ業界トップのTBSラジオが率先して変わるのか

TBSラジオは長年の間、聴取率で業界トップを走ってきたリーディングカンパニーだ。そのTBSラジオが、「スペシャルウィークをやめる」「ナイター中継をやめ、同時間帯を通常の番組(新番組を含む)に充てる」「ポッドキャスト配信TBSラジオクラウドでの配信に切り替える」など、率先して新しいことに挑戦するのはなぜなのか。賛否両論があるのは分かりきっているにも関わらず、こういった決断をできる理由が知りたかったので、三村社長に聞いてみた。

「前任の入江(TBSラジオの前の社長で、現在は会長の入江清彦さん)の時から、数々の改革をスタートさせていました。改革といっても、単に変えればいいという話ではなくて、一番の目的は新規リスナーを獲得することであり、パイ(ラジオリスナー自体の数)を大きくすることです。そのためには、リーディングカンパニーが率先して変わらなければ、業界も変わらないと思うんです」

「(パイが大きくなった時に)TBSラジオだけを聞く人が増えるということはありません。ラジオ受信機もラジコも、コミュニティFMをのぞけば、NHKを含め全ての局が聴けるわけですから。ラジオメディアそのものとして、ノンリスナーをリスナー化するのが最も大事なことですし、メディアビジネスとしては、自分達だけ得をしようというのはありえません。ただ、パイが大きくなれば、シェアが変わらなかったとしても、結果としてTBSラジオリスナーは増えますよね」

ノンリスナーのリスナー化は難題だが、これを成し遂げられなければラジオ業界に明るい未来はない。これを成し遂げるため、TBSラジオは挑戦するし、変わってもいくということなのだろう。

賛否両論が予想される決断を率先して下すのは、TBSラジオにリーティングカンパニーとしての自負があるからだ

最後に、リスナーとして気になるのは、TBSラジオのスペシャルウィークで楽しみにしていた各番組の特別企画が、今後、聴けなくなる(あるいは、頻度が少なくなる)のではないか、という点だ。この懸念をぶつけてみると、TBSラジオ編成局の野上知弘さんからは「これまでもそうだったんですけど、いいゲストはいつでも入れればいいということなんです」との答えが返ってきた。年に6回かどうかは別にしても、特別な企画やゲストの起用は今後も続くとみて間違いなさそうだ。

ちなみに、2018年12月10日~16日までの聴取率調査週間で、他局がスペシャルウィークを展開する中、TBSラジオの各番組はどんな放送を行っていたのだろうか。自分が聴いた番組のごく一部を振り返ってみると、例えば「火曜JUNK 爆笑問題カーボーイ」(毎週火曜日、深夜25時~27時)には漫才コンビのミキが、「水曜JUNK 山里亮太の不毛な議論」(毎週水曜日、深夜25時~27時)には相方のしずちゃんがそれぞれ出演していた。これらの番組は、「スペシャルウィーク」という言葉こそ使っていなかったものの、普段とは一味違う内容になっていた。

「月曜JUNK 伊集院光 深夜の馬鹿力」(毎週月曜日、深夜25時~27時)は従来(少なくともここ10年くらいは)、スペシャルウィークでも通常放送(フリートークとレギュラーコーナー)を行うスタンスを貫いてきたが、今回の発表を受け、12月10日の放送では冒頭にラジオコントを放送。その後は2018年のフリートークを振り返る「特別企画」を実施した。なんとも伊集院さんらしい対応だ。番組の最後に伊集院さんは、スペシャルウィークをやめるというTBSラジオの決定について「基本的には賛成」との考えを示していた。

「メガネびいき」では従来、12月のスペシャルウィークに実施していた毎年恒例の企画「ダイナマイトエクスタシー」を12月20日(木)に放送すると発表している。こちらは、聴取率調査週間とは時期をずらして特別な企画を打つという点で、新しい取り組みだといえるだろう。

もちろん、これらのTBSラジオの番組は、放送後1週間以内であればラジコのタイムフリーで後からさかのぼって聴ける。世界の主要メディアも注目しているとか、していないとかいう噂のダイナマイトエクスタシーは、今週木曜日の深夜に開催の運びとなる。