​【村田製作所】スマホ部品で圧倒的な技術力 M&Aで車、医療、エネルギーに展開

​【村田製作所】スマホ部品で圧倒的な技術力 M&Aで車、医療、エネルギーに展開

2017.01.17

​【村田製作所】スマホ部品で圧倒的な技術力 M&Aで車、医療、エネルギーに展開

 村田製作所がM&Aを積極的に活用し、次世代技術の覇権を狙う。1台のスマートフォン(以下、スマホ)に400~800個搭載される積層セラミックコンデンサで世界シェア約4割を持つ同社の電子部品に関する技術力は他社を圧倒している。一方、売上の大半をスマホ向けコンデンサが占めており、今後、M&Aにより自動車や医療、エネルギー分野への展開を図る。

【企業概要】売上の約8割が世界シェア1位の製品

 村田製作所はスマホから家電、自動車関連のアプリケーション、エネルギー管理システムやヘルスケア機器といった様々な製品の電子部品、多機能・高密度なモジュール等の設計・製造を行っている会社である。特に主力製品であるセラミックスコンデンサをはじめとする電子部品分野では世界的にも圧倒的なシェアを誇る。

 同社は1944年、京都府京都市で村田昭氏によって設立された。創業間もない戦後の混乱期、ラジオは唯一の娯楽であり情報源であった。それまでの超再生方式に比べて格段に高性能だったスーパーヘテロダインラジオは急速に普及し、そのラジオの温度補償用に広く使われたのが同社の円筒形の磁器コンデンサであり、同製品は飛ぶように売れた。(出所:村田製作所HP「沿革」より)

 それ以来、現在に至るまで、電子部品の小型高性能化が求められる多くの製品において、同社の製品は広く採用されている。例えば、スマホやタブレット端末等の世界的な普及は、多くの端末に採用されている同社のコンデンサの小型高性能化の貢献が大きい。このように、同社の製品は、日常生活に欠かせない電子機器の発展に大きな役割を担っていると言える。

 村田昭氏が重んじてきた「独自性」へのこだわりは、これまで多くの世界初・世界一の電子部品を世の中に送り出し社会の発展へも貢献してきた。こうした「独自性」へのこだわりにより、同社の2016年3月期売上高約1兆2千億円の約80%は世界トップシェアの製品群によって占められ、総合電子部品メーカーとして世界をリードする存在となっている。

【経営陣】一代で世界の村田製作所に

 村田製作所は村田昭氏により一代で世界の電子部品分野をリードする企業にまで育て上げられた。1991年に長男の村田泰隆氏が二代目社長に就任。当時、既に同社のセラミックコンデンサは世界を席巻していた。2006年に村田昭氏が亡くなり、翌年には現社長で三男の村田恒夫氏(65)が三代目社長に就任した。2016年現在、村田恒夫氏は社長として健在だが、村田製作所の取締役および執行役員に村田家出身者はおらず、同族経営は3代で終わる可能性が高いと思われる。

【株主構成】ノルウェー政府年金基金も投資

村田製作所の主要株主
氏名または名称 所有株式数(千株) 持ち株比率(%)
JPモルガンチェース 15,526 6.9%
日本トラスティ・サービス信託銀行 12,082 5.4%
日本生命保険 7,361 3.3%
日本マスタートラスト信託銀行 6,801 3.0%
ステートストリート信託銀行 6,710 3.0%
京都銀行 5,260 2.3%
明治安田生命保険 5,240 2.3%
滋賀銀行 3,551 1.6%
ノルウェー政府年金基金 3,350 1.5%
ステートストリートバンクウェストクライアントトリ―ティー 3,014 1.3%
68,895 30.6%
2016年3月末時点、有価証券報告書に基づき作成

 2016年3月末時点の株主構成を見ると、1位JPモルガン・チェース・バンク(6.9%)、2位日本トラスティ・サービス信託銀行(5.4%)、3位日本生命保険(3.3%)、4位日本マスタートラスト信託銀行(3.0%)、5位ステートストリートバンク&カンパニー(3.0%)と上位5位までで21.6%と分散している。特に、日本トラスティ・サービス信託銀行と、4位日本マスタートラスト信託銀行は外国人投資家からの投資分も含まれていると思われ、1位のJPモルガンや9位のノルウェー政府年金基金等、外国人投資家が多く保有していることが分かる。全体での外国人投資家の保有比率は40%強と同社がグローバル企業であり、優良企業として外国人投資家からも注目されていることが伺える。

【M&A戦略】コンデンサ・周辺部品に投資、電池に進出も

村田製作所が行った主なM&A
年月 内容
2005年6月 村田製作所とスーパーウエーブは、「双方向無線常時認証システム用マルチタスク通信モジュール」の販売促進・マーケティング、コンサルタントなどを行う合弁会社「MTC ソリューションズ」を2005年6月20日に設立。
2006年4月 米国 Murata Electronics North America, Inc. (以下、「MEA」)及びその子会社である米国 SyChip cquisition Corporation(以下、「合併準備会社」)は、米国ベンチャー企業 SyChip, Inc.(以下、SyChip社)との間で合併契約を締結し、合併準備会社と SyChip社を合併させることで、存続会社たる SyChip社をMEAの完全子会社とすることに合意。
2006年11月 ロームは、同社のチップ積層セラミックコンデンサ事業を村田製作所へ譲渡することで合意。
2007年9月 村田製作所は、米国 C&D Technologies,inc.との間でC&D社のPower Electronics 事業部を買収することで合意。
2008年12月 グループ再編に伴い、村田土地建物の国内グループ会社資産管理事業を会社分割により承継。村田土地建物に村田製作所の株式14,600株を交付。
2009年6月 昭和電工との間で、昭和電工の機能性高分子コンデンサ事業 を譲り受けることで合意。
2009年8月 パナソニック エレクトロニックデバイスのチップ積層セラミックコンデンサ事業を譲り受けることで合意。
2011年5月 水晶発振子「HCR®」に用いられる水晶製品の開発・生産を行う東京電波と資本・業務提携を行うことで合意。包括提携に伴い東京電波の株式の21.3%を追加取得。
2012年3月 ルネサス エレクトロニクスのパワーアンプ事業及び東日本セミコンダクタの長野デバイス本部の事業を譲り受けることで合意。
2012年3月 東光と資本・業務提携契約を締結。それに伴い、東光が第三者割当により発行する株式約1058万株(約20億円)ならびに転換社債型新株予約権付社債の引受けを行うことを決議。
2012年12月 ユビキタスとの資本・業務提携及び第三者割当により同社保有の自己株式2.32%を約1億円で取得することを決議。
2014年8月 Murata Electronics North America, Inc.(以下、MEA)は、Peregrine Semiconductor Corp. (NASDAQ市場上場、以下、Peregrine社)と、MEAがPeregrine社を買収することで合意。
2016年1月 村田製作所を株式交換完全親会社とし、東光を株式交換完全子会社とする株式交換契約を締結。株式交換比率は東光の株式1株に対し、村田製作所の株式0.027株を割当。
2016年9月 指月電機製作所との資本業務提携契約の締結および指月電機製作所が保有する自己株式について村田製作所を割当先とする第三者割当増資による自己株式の処分並びに合弁会社の設立を行うことを決定し、両社の間で資本業務提携契約を締結。
2016年10月 ソニーの国内100%子会社であるソニーエナジー・デバイスが営んでいる電池事業、ソニーが電池事業に関して中国およびシンガポールに有する製造拠点ならびに、ソニーグループが国内外に有する販売拠点および研究開発拠点のうち電池事業に関連する資産および人員を約175億円で譲り受けることで合意。
2016年11月 液晶ポリマー電子材料(LCP)等の高機能ポリマー製品を中心とする各種製品を開発・製造・販売しているプライマテック社を完全子会社化。

 京都には和装や工芸品など数多くの伝統産業から、最先端技術を駆使して世界に展開する企業までが集積している。地味な技術にこだわり、磨きを掛けて成長してきた企業も多く、村田製作所もその中の一社と言える。

 同社は創業者である村田昭氏の時代から、セラミック技術を核にした電子部品に経営資源を集中してきた。競合他社が半導体や完成品に多角化を進める中、研究開発費もコンデンサなどに集中させてきた。しかし近年、「総合」を旗印に掲げた多くの日本企業が不採算事業の撤退に追われている。こうした中、独自路線を貫いてきた同社は、M&Aにおいても特定の分野に絞った戦略的なM&Aを行っている。

 同社のM&Aで特徴的なのは、強みであるセラミックコンデンサを更に拡大するための買収と、その周辺分野の技術を有する会社や事業を買収していることである。

 例えば、セラミックコンデンサでは、2006年のロームの積層セラミックコンデンサ事業の買収、09年の昭和電工の機能性高分子コンデンサ事業の買収、パナソニックの積層セラミックコンデンサ事業の買収等である。

 周辺部品事業では、2006年の無線LANモジュールの米サイチップの買収、07年の米C&Dテクノロジーズの電源機器事業の買収、08年の富士フイルムから仙台工場を買収し電波受信モジュールを増産、09年の水晶製品の東京電波に資本参加、12年のルネサスエレクトロニクスの電波送信モジュール事業の買収等がそれに当たる。

 また、近年、無線通信の活躍の場はスマホから自動車やスマートグリッド(次世代送電網)などに広がると予測し、成長分野で常に先駆けるためのM&Aを行っている。

 特に、これまでの電子部品関連の買収とは異なる事業の買収が、ソニーの電池事業の買収である。村田製作所は、これまでも自動車やエネルギー分野に関連する電子部品は手掛けてきた。しかし、電子部品とは全く異なる電池という分野に踏み込んだのは、成長分野である次世代電池で覇権を取るための将来を見据えたものである。

 同社はソニーから電池事業を買収すれば生産設備や事業ノウハウを一気に取得できると判断し、採算が厳しいモバイル機器向けのリチウムイオン電池も、同社の生産技術や顧客網を活用すれば改善できると見込んだ。

 また、同社はリチウムイオン電池より性能や安全性が優れた「全固体電池」と呼ばれる次世代電池に着目し、「全固体電池」の研究が進んでいるというソニーの技術と同社の生産技術を組み合わせ、将来の市場で先行する戦略を描いている。

【財務分析】強い財務、機動的なM&A支える

 2016年3月期、村田製作所は2期連続で過去最高益を更新した。スマホ向けや自動車向けの電子部品が引き続き堅調に推移していることが主な要因である。電子部品で圧倒的な強さを誇る同社を見ると、01年3月期以降、長らく過去最高益を更新出来ていなかったということが嘘のようである。

 同社の業績推移を見ると、スマホの普及と共に右肩上がりに売上、利益共に伸びている。同社の強みであるスマホ向けコンデンサと通信モジュールは、スマホの普及に比例する形で売上の増加につながっていると思われる。財務状況も非常に健全で自己資本比率も長年に渡り高い水準を維持している。

 スマホの販売台数が増える中で、コンデンサの部品に関して、同社が他社にシェアを奪われていないのは、他社が真似出来ない独自の高い技術力を持っていることの表れと言えるだろう。同社は毎年、研究開発費に売上のおよそ6%に相当する金額を投資しており、同業他社の平均が2%~3%程度ということを考えても、同社がいかに研究開発を重視しているかが読み取れる。また、もう一つの理由として、同社が他社のコンデンサ事業や通信モジュール事業といった通信に関する事業を次々と買収しているということも影響していると考えられる。

 セグメント別の売上高を見ると、主力のコンデンサに加え、通信モジュールの伸びが非常に大きい。通信モジュールはスマホやPCのWi‐Fi、Bluetoothといった通信機能であるが、これらの機能に関する電子部品の売上の伸びについても、スマホの普及に伴うものであると考えられる。同社は米アップルの「iPhone」向けに電子部品を多く供給しており、今でこそ落ち着いてきたものの、一時期は国内の約半数のスマホの販売が「iPhone」と言われていたように、同製品のヒットも売上に大きく貢献していると思われる。

 通信機能が高度化・高速化する中で、世界の携帯電話市場は台数ベースで2%程度しか伸びておらず、先進国ではスマホの販売も鈍化してきている。しかし、LTEに関しては中国をはじめ、まだまだ世界的には普及率が低く、今後数年間は拡大し電子部品の需要も安定した拡大が見込まれている。

 今のところ同社は、圧倒的技術力に磨きを掛けつつ、堅実なM&Aにより新たな技術との融合を進めてきた。同社の財務内容を見ても、高い自己資本比率や潤沢なネットキャッシュを見ても非常に健全で、内部留保をM&Aに上手く活用していると言える。

 同社は今後も経営戦略の一つとして、自社で保有していない技術の取得や市場を獲得するためにM&Aを活用すると掲げており、いずれは鈍化するスマホ市場から新たな分野でも継続的に業績を伸ばせるかどうかは、M&Aが一つの鍵になると思われる。

 村田製作所は業績の伸び、健全な財務内容、圧倒的な市場シェア、これまでのM&Aの成功等を考慮すると死角は見当たらないように思われる。唯一考えられるとすれば、通信向けの部品に売上が偏っているということである。現在の通信関連部品の売上に占める割合は5割強を占めている。

 しかし、スマホ向けの電子部品の需要がいつまでも続かないということを同社は認識しており、それは直近のM&Aにも表れている。例えば、ソニーの電池事業の買収である。異なる成長市場を開拓することが必要で、あくまでも堅実な経営方針と、あくなき技術の追求は、創業者である村田昭氏の遺伝子を引継いでいるといえるのかも知れない。

【株価】スマホの成長鈍化、円高が重荷に

 株価は2015年7月に2万円を超える高値を付けた後、下落基調が続いた。2016年7月には一時11000円を割り込む水準まで下がった。スマホ市場の成長鈍化を背景に電子部品の販売が伸び悩みつつあること、特に米アップルのiPhoneの販売失速が指摘し始められた2015年末ごろから株価の下げが加速した。

 2017年3月期の連結純利益は1560億円と5期ぶりの減益となる見通し。上記の理由に加えて為替の円高傾向も重荷となっている。しかし2016年11月の米大統領選以降、為替が円安方向に転じ、株価は持ち直している。

【まとめ】強みの新規分野への活用 課題に

 中核技術を大切に育ててきたのが村田製作所の強みであるが、今後は成長が見込まれる医療分野や、家庭、ビル向けのエネルギー管理システム(EMS)等、新規分野において同社の電子部品で何ができるのかを創造していく必要がある。更に、医療やエネルギー分野は国によって規制や需要が異なり、各市場で顧客のニーズに応じた製品やサービスが求められる。そうした環境の中で各国の拠点から製品や事業を生み出す真のグローバル企業になるためには、M&Aも含めより全社的な取り組みが必要になると考えられる。

 これまでの、部品を供給すれば顧客が使い方を考えてくれた従来モデルから発想を変え、同社の強みを活かしつつ、スマホ普及が一巡するまでに自動車、医療向けなどM&Aを含め新たな用途の開拓を行えるかどうかが今後の成長を占う鍵となりそうだ。


この記事は、企業の有価証券報告書などの開示資料、また新聞報道を基に、専門家の見解によってまとめたものです。

まとめ:M&A Online編集部

わずか3年で生態系が爆発した“デジタルゲームのカンブリア紀”

ゲームとともに振り返る“平成”という時代 第2回

わずか3年で生態系が爆発した“デジタルゲームのカンブリア紀”

2019.05.23

「ゲーム業界」に焦点を当てて平成を振り返る連載企画

第2回は平成6年から平成8年までの3年間にフォーカス

16ビットから32ビットへと世代が移行し、さまざまなゲームが生まれた

5月1日の新天皇即位に伴って、「平成」から「令和」へと元号が変わりました。そこで、平成をゲームとともに振り返ってみようという本企画。第2回目の今回は、「平成6年(1994年)から平成8年まで」を追っていきます。この時期は、PCがより身近となり、家庭用ゲーム機ではいよいよ3Dポリゴンが使われる32ビット世代へと移行していきました。

経済の低迷が顕著な時代、ゲームは3Dへ

平成6年、インターネットの情報閲覧で欠かせないブラウザにおいて最初期に広く一般に普及した「Netscape Navigator」、検索サービス老舗の「Yahoo!」、World Wide Web(ワールド・ワイド・ウェブ)関連技術の標準化を推進する団体「W3C」が発足するなど、現在のインターネットを活用した諸活動の基盤となる技術が生まれました。

翌年の平成7年にはWindows95が発売。PCがビジネスシーンのみならず一般家庭へと広がり始めます。さらに平成8年にはヤフー、平成9年には楽天と、現在も日本のインターネットサービスを牽引する企業が続々と設立されました。そしてついに平成10年2月、日本におけるインターネット人口が1000万人を突破したのです。

このように、国内のデジタル空間は破竹の勢いで成長と拡大の一途をたどりますが、現実社会には未曽有の危機が訪れます。

平成6年の松本サリン事件と平成7年の地下鉄サリン事件というオウム真理教が起こした一連の事件では、心の拠り所になるはずの宗教が反社会的組織となって、罪のない人々に凶行し得ることを日本人に示しました。現代日本人が漠然と持つ宗教に対する不信感は、これら一連の事件に根差していると言っても過言ではないでしょう。

また、地下鉄サリン事件が起きる直前の平成7年1月17日、阪神・淡路大震災が関西を襲いました。結果的に経済活動も低迷します。GDP成長率は平成7年に2.7%、8年には3%を超えたものの、失業者はこの時期増加の一途をたどり、まさに「失われた20年」前半期の真っ只中でした。

平成6年に人気だったテレビドラマ『家なき子』の「同情するなら金をくれ!」というセリフは、この時期の厳しい世相を示していたと言えます。

一方で、忘れてはならないのは、映画館数が平成5年の1734館から、以降は長期的に上昇していくことです。同一の施設に複数のスクリーンがある「シネマコンプレックス」が台頭するのもこの頃。つまり、「インドアエンターテインメント」という楽しみ方が定着し始めたと言えるのです。

このように、デジタルと現実が相反する様相を示す日本において、ゲーム産業はデジタル側。家庭用ゲーム機では、「セガサターン」が平成6年11月22日に、「PlayStation」が平成6年12月3日に発売されます。いずれもCD-ROMの活用と、3D描画能力が話題になりました。さらに平成8年6月23日に「ニンテンドウ64」が発売されます。

平成6年11月22日に発売された「セガサターン」
©SEGA
平成6年12月3日に発売されたPlayStation®
©2014 Sony Interactive Entertainment Inc.

PCにおいても、さまざまな周辺機器が発売され、ゲームプレイに最適なハードとして強化できる環境が生まれました。CD-ROMドライブの本格的普及、Creative Technologyなどによるサウンドカードの誕生、そして、3dfx VoodooやNvidia RIVAをはじめとする3Dグラフィックアクセラレーターによって、PCの3DCGはリアルタイムレンダリング能力が向上しました。いわゆる「マルチメディア」をキーワードにさまざまなコンテンツが提供されるようになったのです。

欧米PCゲームカルチャー発展の契機となった『DOOM』

主観視点/1人称視点シューティングゲーム(英語名First Person Shooting Game、略称FPS、以下、FPS)では、アタリの『Battlezone』や『Star Wars』など、ワイヤーフレームを用いた作品がいくつか発売されていましたが、現在のFPS系譜の元祖は1992年、id Softwareにより発売された『Wolfenstein 3D』だと言われています。

同作は、日本アイ・ビー・エムが発表したパーソナルコンピュータ用のオペレーティングシステム「DOS/V」版で、『ウルフェンシュタイン3D』として、平成5年3月1日にイマジニアよって日本でも発売されました。

しかし、ゲームカルチャーへのインパクトという視点では、平成5年12月10日に北米でリリースされ、その後北米から欧州へと爆発的に広がり、FPSという一大ジャンルを発展させていった『DOOM』の存在感が圧倒的でしょう。

DOS/V版は平成6年2月1日に『ウルフェンシュタイン3D』と同じくイマジニアから発売され、国内のコアゲーマーを中心に支持されました。ですが、若干粗い3D描画の中でのスピード感あふれるゲーム展開が、一部のユーザーに「3D酔い」を促してしまい、それがしばらくイメージとして定着してしまいました。

一方欧米では、ネットワーク対応の熱いマルチプレイヤー対戦が盛り上がり、週末にそれぞれのPCを持ち寄って、LANでつなぎ、ゲーム対戦を徹夜で行う「LAN Party」という独自のゲームの楽しみ方を生み出します。この先にあるのが、現在のPCゲームを中心としたeスポーツトーナメントです。

このほかに、「シェアウェア」という無料でゲームの一部を提供する概念や、ゲームエディターをユーザーに解放し、独自のゲームステージを開発し共有することを奨励する「MODカルチャー」も本作を契機に広がっていきました。このゲームエディターのカルチャーが、ゲームエンジンのサードパーティへのライセンス提供というビジネスモデルへと発展していきます。

『MYST(ミスト)』が示した、「マルチメディア」で実現する不可思議な世界

当時、コンピュータ(デジタル)メディアがほかと差別化できるものは、「文字、CG、画像、映像、音声といった複数の要素を一体化したコンテンツとして表現できる点」だとされ、それを言葉で表すうえで「マルチメディア」という言葉が頻繁に使われるようになっていました。

この、いわゆる「マルチメディア」ブームの寵児となったのが米国Cyanによるパズルアドベンチャーゲーム『MYST(ミスト)』でした。そして、その日本語版がセガサターン向けソフトとして平成6年11月22日、つまり、ローンチタイトルの1作として選ばれたのです。

同作は、画面の鍵となる部分をクリックして謎を解き、次のシーンに進む、というアドベンチャーゲームの流れを組むもの。当時の欧米ゲームよろしく、細かい解説やチュートリアルのようなものがなく、プレイヤーはいきなりゲームの舞台であるMYST(ミスト)島に放り込まれます。

近代とも中世とも未来とも判別のつかない建築物のある不思議な空間のなかで、プレイヤーは暗号や謎を解きながら物語を展開させていきます。謎解きをする際も、建築物のなかに残された日記やそこに描かれたマップ、本のなかで再生されるアトラスという人物からのメッセージを読み解くといった、テキスト、映像、画像をプレイヤーがフルに活用するようにデザインされており、まさに「マルチメディアブーム」を代表する作品に仕上がっています。このグラフィックデザインや謎解きの仕組みは、のちの数多くのゲームにインスピレーションを与えました。

MYSTのゲーム画面

乙女ゲームの源流になったコーエーの『アンジェリーク』

恋愛/育成シミュレーションのような作品が台頭するなかで、そのゲームメカニクスを女性向けに構想するという「発想」はある意味、自然と言えます。ただ、経営者がそこに予算を割り当てて実行に移すのは別の話。それを行ったのが光栄(コーエー、現・コーエーテクモゲームス)です。

歴史シミュレーションゲームで既にブランド名を確立していた同社でしたが、平成6年9月23日に発売された『アンジェリーク』は、“女性が宇宙を統べる”という世界で、守護聖と呼ばれる存在から助けを得ながら、女王になるべく惑星の大陸を育成します。

『アンジェリーク』のパッケージ
イラスト/由羅カイリ
©1996 コーエーテクモゲームス All rights reserved.

ただ、プレイヤーにとっての楽しみは、守護聖とのロマンス。キャラクターの性格の違いや声優が吹き込む甘いセリフに、プレイヤーは釘付けになりました(ゲーム内で声優によるセリフが付いたのは、平成7年に発売されたPC-FX用ソフトから。平成6年にはドラマCDがリリースされた)。

『アンジェリーク』のゲーム画面。ゲーム画面は「my GAMECITY クラシックゲーム館」でプレイ可能な『アンジェリークSpecial』版のもの
イラスト/由羅カイリ
©1996 コーエーテクモゲームス All rights reserved.

これを契機にコーエーは『アンジェリーク』シリーズを発展させていき、以降は「和」をテーマとした『遥かなる時空の中で』シリーズ、学園モノの『金色のコルダ』シリーズとラインアップを増やし、これらを「ネオロマンス」シリーズとしてブランド化していきます。「乙女ゲーム」という一大ジャンルは、現在スマホゲームのなかでも非常に重要な位置づけになっていますが、その源流がここにあるわけです。

“ニンテンドウイズム”を世界へと広げた『スーパードンキーコング』

平成6年11月26日に発売されたスーパーファミコン用ソフト『スーパードンキーコング』の革新的要素は、スーパーファミコンというハードの制約のなかで、疑似3D的キャラクターモデルをスムーズに動かすことができたという点です。

シリコングラフィックスによる3DCGソフト「Power Animator」によりレンダリングが行われたキャラクターを、同ハードの制限で落とし込めるよう調整しただけでなく、美麗な背景も同様の作業が行われました。

ゲームデザインそのものは、『スーパーマリオブラザーズ』シリーズから築き上げられた横スクロールアクションゲームの1つの到達点として位置づけられるソフトと言えるでしょう。そのような意味では、そこまでの革新性はありませんでした。

しかし驚きなのは、本タイトルが英国のレア社によって開発されたという点。任天堂側からのアドバイスによって、ゲームバランスが絶妙に調整された同作をプレイした当時の筆者は、完全に日本の任天堂(具体的に言えば宮本茂氏)によって作られたものだと思っていました。

のちに本作がイギリスで開発されたと聞いて驚いたことを覚えています。つまり“ニンテンドウイズム”が確実に世界へと広がっていくさまを、筆者を含む世界中のプレイヤーが目撃したのです。

ブリザードの『ウォークラフト』は、グローバル規模でPCゲームカルチャーを定着させた

平成6年11月15日(Moby Gamesによる)、『ウォークラフト』が北米でブリザードからリリースされました。敵軍の戦略や戦術が常に変化するなかで、自軍のリソースを獲得して軍備や研究機関などを増設していき、敵側と激戦を交わし本拠地の占拠を目指すという、”リアルタイム”戦略ゲームの傑作です。その後、DOS/V版も国内で展開されました。

その前に発売された、映画『デューン/砂の惑星』の世界観をベースとした『Dune II』が、このジャンルを確立したと言われていますが、ファンタジー世界を舞台に、人類とオークの戦いという白兵戦を生臭く示した『ウォークラフト』のインパクトで、同ジャンルが浸透したと言えるでしょう。

CPUを相手にストーリーを進行させる「キャンペーンモード」と、LANを通じた複数人プレイの「マルチプレイヤーモード」がありましたが、当時からマルチプレイヤーモードに熱中していたのを記憶しています。同作で紡ぎあげられた世界観が、ブリザードによる以降のゲームの方向性を決定づけたとともに、欧米のゲームカルチャーに対しても影響を与えることになりました。

JRPGの金字塔『クロノ・トリガー』では、作家性の重要さが明らかに

平成7年3月11日に発売された『クロノ・トリガー』は、日本ファルコムや、エニックス、そしてスクエアなどが確立した「8ビットおよび16ビット時代」における“ドット絵の日本製ロールプレイングゲーム(JRPG)の到達点”と言っても過言ではありません。

『ファイナルファンタジー』シリーズの生みの親である坂口博信氏がエクゼクティブプロデューサーを、『ドラゴンクエスト』(以下、『ドラクエ』)シリーズの生みの親である堀江雄二氏がシナリオを、前述の『ドラクエ』シリーズに加えて、マンガ『ドラゴンボール』や『Dr.スランプ』で日本中を虜にしていた鳥山明氏がキャラクターデザインを務めるというドリームプロジェクトが実現。この3人がいかなる作品を生み出すのかという点でも注目の的となりました。まさに“作家性”を全面的に押し出したプロモーションが行われたのです。

『クロノ・トリガー』のパッケージ画像。キャラクターデザインは鳥山明氏
©1995 SQUARE ENIX CO., LTD. All Rights Reserved.
Illustration: ©1995 BIRD STUDIO / SHUEISHA
Story and Screenplay: ©1995, 2008 ARMOR PROJECT / SQUARE ENIX

果たしてリリースされた作品も、ファンの予想をはるかに上回る出来となりました。従来のファンタジーにタイムトラベルの要素を加え、恐竜人類と人類の祖先が共存する原始時代から世紀末、そして未来が描かれます。

鳥山明氏によってデザインされた、クールな主人公「クロノ」から、コミカルな外見をした「ロボ」や「カエル」といったキャラクターまで、しっかりとドット絵で表現。16ビット時代におけるグラフィック表現の最高峰に到達したと言えるでしょう。さらに、光田康典氏によるBGMも、16ビットサウンドの魅力を徹底的に引き出しました。同氏の作曲家としてのデビュー曲にして代表作の1つに数えられています。

『クロノ・トリガー』のゲーム画面
©1995 SQUARE ENIX CO., LTD. All Rights Reserved.
Illustration: ©1995 BIRD STUDIO / SHUEISHA
Story and Screenplay: ©1995, 2008 ARMOR PROJECT / SQUARE ENIX

メディアミックス戦略の源流『ポケットモンスター 赤・緑』

平成8年2月27日、日本を皮切りに、最終的に全世界において社会現象となる作品がリリースされました。『ポケットモンスター 赤・緑』です。

『ポケットモンスター 赤・緑』のパッケージ
©1995 Nintendo /Creatures inc. /GAME FREAK inc.

幼年時の「虫取り体験」からインスピレーションを受けたとされるポケモンを捕まえるスリル、捕まえたポケモンが図鑑に記録されるコレクション要素、「通信ケーブル」でポケモンを交換するドキドキ感など、子供たちがさまざまなシーンで体験したリアルな遊びが、1本のゲームに昇華されたのが本作です。

ゲーム中の画面
©1995 Nintendo /Creatures inc. /GAME FREAK inc.

さらに、マンガ、カードゲーム、テレビアニメ、そして劇場版アニメと、次々と『ポケモン』のタッチポイントを増やし、それぞれで相乗効果が生まれたという点でも当時としては画期的でした。これまでもメディアミックスはさまざまな作品で行われてきましたが、『ポケモン』のインパクトは比べ物にならないほど絶大だったのです。

もちろん、ゲームバランスも秀逸。カジュアルプレイでも十分楽しめるデザインでありながら、パーティのポケモンを選別する戦略性や、対戦相手との絶妙な駆け引きなど、対戦プレイを競技ととらえてプレイする人にも対応しうる奥深さを兼ねそなえた作品でもあったのです。

映画並みのストーリテリングをゲームでも実現できることを示した『バイオハザード』

平成8年3月22日、カプコンからリリースされた『バイオハザード』ほど、当時のゲームプレイヤーを驚かせた作品はないでしょう。

謎の洋館、ゾンビ、そしてその先に存在するさまざまな異形の存在など、ジョージ・A・ロメロが手がけた映画『ナイト・オブ・ザ・リビングデッド』や『ゾンビ』などからインスピレーションを受けたシーンも数多くあり、それを3Dでかつゲームにおいて完全に再現したことが多くのユーザーに衝撃を与えました。

ゲームというものが、映画に匹敵または凌駕する可能性があるメディアだと実感させた最初期の作品が、本作だったのではないでしょうか。『バイオハザード』以降もシリーズは発展していき、現在も多くの人に愛されるIPであることは誰もが認めるところでしょう。リモコンのようにキャラクターを操作する操作性もむしろホラー感を引き出す「演出」として高く評価されました。

『バイオハザード』のパッケージ画像
©CAPCOM CO., LTD. 1996 ALL RIGHTS RESERVED.
『バイオハザード』のゲーム画面
©CAPCOM CO., LTD. 1996 ALL RIGHTS RESERVED.

ローンチタイトルにして3Dアクションに必要な要素を網羅した『スーパーマリオ64』

平成8年6月23日に「ニンテンドウ64」がリリースされましたが、その際、ローンチタイトルとして展開された『スーパーマリオ64』に当時のユーザーは衝撃を受けました。

ジャンプする、探検する、潜る、飛ぶといった、従来の『スーパーマリオ』シリーズでのプレイ感覚を「忠実に」3D空間で再現していたのです。さらに重要だったのはアナログスティック。自然に3D空間を自由に動き回れるあの操作感には誰もが驚かされました。

さらに特筆すべき点は、デモの際に現れるクローズアップのマリオの顔。まるで平成7年に上映されたばかりの劇場用フル3DCGアニメ『トイ・ストーリー』のキャラクターかと見紛うような豊かな表情のマリオが、画面一杯に表示されているのです。コントローラーを使って顔にイタズラをすると、ちゃんとリアクションもしてくれました。当時はそんなところにミライを感じたものです。つまり、ゲームといる領域を超えたアミューズメントがそこにあったと言えるでしょう。

ゲームが「あらゆるエンターテインメントの複合体」であることを示した『サクラ大戦』

平成8年9月27日、セガサターン向けに開発された同作は、ゲームがまさに「あらゆるエンターテインメントの複合体」であることを実感させられる作品でした。『天外魔境』をはじめ、数々のゲームやアニメを手がけてきた広井王子氏、『逮捕しちゃうぞ』などで人気を博していたマンガ家の藤島康介氏がキャラクターデザイナーとして、そして『ドラゴンボール』をはじめ錚々たるアニメ作品の音楽をつくりあげてきた田中公平氏が結集して作成されました。

『サクラ大戦』のパッケージ画像
©SEGA

大正浪漫と蒸気技術が融合された独自のレトロフューチャー的な世界感のなか、プレイヤーは、「平時は帝国歌劇団」「有事は帝国華撃団」という秘密部隊の隊長として、女性団員をまとめ上げながら、悪の組織と戦うゲームです。

アドベンチャーパートでストーリーを展開させながら、敵との対戦パートはオーソドックスなターン制ウォーシミュレーションゲームとして進める本作は、アニメファン、ゲームファン双方が納得する出来でした。のちにアニメ化、ドラマCD化、そして舞台化まで行われ、ゲームを原作とした2.5次元ライブエンターテインメントの先駆け的な役割を果たしたと言えるでしょう。

対戦パートの様子。「霊子甲冑」と呼ばれるメカを操縦して戦う
©SEGA
本作には、女性隊員とコミュニケーションを図るアドベンチャーパートを搭載。隊員の信頼度によって、攻撃力や防御力が変化し、戦闘パートに影響する
©SEGA

アートと遊びが見事に融合した『アクアノートの休日』と『パラッパラッパー』

また、ゲームの多様性を象徴しうる傑作が、この時期に多数生まれました。その代表的な作品の1つが平成7年6月30日に発売された、『アクアノートの休日』です。アーティスト・飯田和敏氏がゲームデザイナーとして取り組んだ本作は、ゲームクリアの概念が限りなく希薄な、海洋探索型ゲーム。その不思議で幻想的な海洋世界に魅了されたプレイヤーも多く、「目的もなく自由に異世界に没入する」行為自体が、ゲーム体験において重要な要素であることを示しました。

『アクアノートの休日』のゲーム画面
©1995, ARTDINK. All Rights Reserved.

もう一方は、平成8年12月6日に生まれた『パラッパラッパー』です。原色を多用した背景デザインのもと、脱力系とも言える紙っぺらのような2Dキャラクターがダンスバトルを繰り広げるという異色作。ただし、もともとの生みの親である松浦雅也氏が、「PSY・S」として活動していたミュージシャンであったこともあり、ゲームのために準備された楽曲はどれも秀逸で、国内のみならず世界的に評価を受けました。

『パラッパラッパー』のパッケージ画像
©1996 Sony Interactive Entertainment Inc. ©Rodney A. Greenblat / Interlink
『パラッパラッパー』のゲーム画面
©1996 Sony Interactive Entertainment Inc. ©Rodney A. Greenblat / Interlink

これらはいずれも本格的なアーティストが「ゲーム」という課題に対することで、従来のゲームデザイナーでは思いもよらなかった新たな体験をもたらした一例と言えるでしょう。

わずか3年で一気に広がった“デジタルゲームのカンブリア紀”

以上、わずか3年の間で、現在にもつながる多種多様なゲームが生まれました。その生態系の爆発はまさにカンブリア紀を彷彿とさせます。

ただ、ゲームの発展はここでは終わりません。次回は、インターネットシーンにおけるゲーム体験を生み出した作品群を紹介していきます。

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2019.05.23

世界的プロダクトデザイナーが手がけた新型冷蔵庫

デザインをいか忠実に商品へ落とし込むかに苦心

日本市場でも家電のデザイン性が増々重要になる?

AQUA(アクア)から3月に発売された冷凍冷蔵庫の新製品「TZシリーズ」。世界的プロダクトデザイナー深澤直人氏がデザインを手がけた、インテリア性にこだわった新ラインだ。今回は、本製品が企画された経緯やデザインへのこだわり、実現化において苦労したエピソードなどを、同社商品本部 冷蔵庫企画グループ ディレクター 山本陽護氏に伺った。

世界的プロダクトデザイナー・深澤直人氏とタッグを組んで開発されたアクアの冷凍冷蔵庫「TZシリーズ」。サテンシルバーとダークウッドブラウンの2色をラインナップする

深澤直人氏と言えば、auの携帯電話「INFOBAR」をはじめ、無印良品の家電や、家電・生活雑貨のブランド・±0を手掛けるなど、"デザイン家電"を語る上で知らない人はいないであろう、重鎮的存在。そんな深澤氏がデザインを手がけたAQUAの冷蔵庫は、家電というよりもまさに"家具"。ステンレスのような光沢を抑えた落ち着きのあるシルバー調(サテンシルバー)と、イタリアの高級家具を思わせる重厚感ある木目調(ダークウッドブラウン)の2つのラインナップは、いずれも存在感ある個性を放ちながらも、決して主張はしすぎず、備え付け家具のように空間にしっくりと佇む。

木目調で、シンプルでノイズが少ないデザインはクローゼットのようで、言われなければ冷蔵庫と気付かない人もいるかもしれないほど洗練されている

深澤直人デザインの「冷蔵庫」が生まれたワケ

AQUAと言えば、以前から「COOL CABINET」や「SVシリーズ」など独自性があり、スタイリッシュなデザインの冷蔵庫を投入していた印象があるが、このほど深澤氏がデザインを手がけた冷蔵庫を発売した経緯が気になるところだ。山本氏は次のように明かした。

「深澤氏との商品開発は、中国のHaier本社との取り組みがきっかけでした。Haierがグローバル展開を目標に掲げた今までにないまったく新しい商品のプロジェクトがあり、その1つが深澤氏に冷蔵庫のデザインを手がけていただくプロジェクトだったのです。AQUAとしてもちょうど日本で何かまったく新しい革新的な商品を出したいと考えていたタイミングだったこともあり、AQUAブランドとして真っ先に手を挙げ、Haier・深澤直人さん・AQUAの想いが一致してプロジェクトが本格的に始動しました」

TZシリーズの製品化に至るプロセスは、完全にデザイン先行で行われたという。「今回発売したTZシリーズは、外観も内部も深澤さんから最初にご提案いただいたプロトタイプのデザイン画と比べてほとんどそのままです。外観のデザインに関してはAQUAからのオーダーというのはほとんどなく、最初から最後まで『深澤さんのデザインをいかにして実現するか』ということに重点を置いて進めていきました」と山本氏。

他方、AQUAがメーカー側として手を尽くしたのは、"冷蔵庫としての使い勝手"に関する部分。TZシリーズでは、例えば内部の棚割の寸法やペットボトルが効率よく収められる設計、扉などの部品の開けやすさと安全性を両立させる工夫や、手に馴染む角の丸みの施し方といった細かい部分まで抜かりなく配慮が行き届いている。

「海外にはデザインのいい冷蔵庫が多くありますが、使い勝手の部分で不満が残るという製品が少なくありません。しかし、我々には、三洋電機時代から培った技術観点から"こうしたほうがもっと使いやすくなる"といった知見がたくさんありますので、そうしたリソースや技術をうまくアレンジした商品作りができるのが強みです」

外観に関しては深澤氏のデザイン案を忠実に再現した一方、棚割などは内部に関しては、"使いやすさ"を最優先にメーカーの長年が盛り込まれている
通常はボトル収納用の棚が並ぶ形が多い扉の内側のドアポケットだが、チーズなどを収納できるケースを用意し、独自性を打ち出した
下段に独立して設けられることが多い野菜室も、操作動線と見やすさを考慮して、上段の冷蔵ルーム内に。庫内はLED照明をふんだんに用い、透明のケースや棚板を用いることで美しさと視認性のよさを実現した

冷蔵庫市場の潮流にあえて逆らったカタチに

500Lクラスで最薄となる635mmの薄型設計を採用している点も大きな特長として挙げられる。大容量が求められる傾向にある昨今の日本の冷蔵庫市場においては、それを実現するために横幅を狭くして奥行を深くするという手法が採られた製品が主流だ。しかし、次のような理由から、TZシリーズではあえてその潮流に逆らい、奥行を浅くして、そのぶん横幅を830mmと広くするという方法が採られている。

使い勝手を考えると奥行は深すぎないほうがいいと考え、思い切って規格外の浅めの奥行を採用。容量を確保するために、そのぶん横幅を広げることに

「実現したかったのは、薄型で幅広のデザイン。冷蔵庫の奥行が深いと、棚の奥のものを取り出しにくかったり、引き出しも深くなり、扉を開けた時に冷蔵庫前のスペースが狭くなり、人が通れなくなるなどのデメリットがあります。そこで"使いやすさ"にこだわると、奥行は浅いほうが正解。そこで横幅を広くしてでも薄型の設計に徹底的にこだわりました。中国市場でも展開している薄型フレームを一から設計し直し、扉の部分は極力薄く、閉じた時に家具のように一枚扉にみえるよう上下の扉の隙間を狭くするなど細かな調整を数多く行っています」

閉じた時に一枚板に見せるために、極力薄く、隙間を狭くしなければならなかった扉部分。一方で、開け閉めの際の指のかかりやすさや、安全性を両立させなければならず、角の角度はミリ単位で調整されたという

内部のレイアウトも独特な特徴がある。大まかに上半分が冷蔵室、下半分が冷凍室という構成は、一般的な日本の冷蔵庫と変わらないが、冷凍室部分が扉を開くと中が左右縦に2つに分かれた構造。さらにそれぞれ引き出し式の3段の棚を備えており、下半分がすべて引き出し式で構成される日本の冷蔵庫の主流とは大きく異なる。Haierグループ内部では"T型"と呼ばれている冷蔵庫のプラットフォームで、アメリカや中国でもメインで販売されているレイアウトの商品だという。

"T字デザイン"と呼ばれる独自のレイアウトを採用した冷凍庫。左右の扉を開けると左右2列にそれぞれ3段の引き出し式の冷凍ルームになっている

「我々AQUAとしてもいつかは日本市場に投入してみたいと思っていた形でした。しかし、深澤さんのデザイン図に基づいて忠実に商品に落とし込もうとすると、思った以上に大変でした。全体的に美しい曲線が特長ですが、強度や安全性とのバランスを保つのが非常に難しく、中でも特にチャレンジングだったのは"成型"です。商品の見た目はシンプルですが、製造現場からはこんなに難易度の高い冷蔵庫はかつてないと言われてしまったほど、製造泣かせのデザインでした(笑)」

外観だけでなく、見た目の美しさと手で触れた際のなじみやすさを考慮し、棚やケースなど内部の部品も曲線にこだわり設計されている

構造状の課題となった「省エネ」との両立を目指して

デザインと冷蔵庫の機能・性能をきちんと両立させるためにもう1つ難しかったのは、"省エネ性"の確立だ。というのも、省エネ性の観点からは不利な条件が揃ってしまうのだという。

「横幅が広くなることで、扉の開口部も自ずと広くなってしまいます。そうすると、庫内の冷気が逃げやすくなってしまうため、まずは幅広の真空断熱材をふんだんに使って断熱性を強化しました。フリーザーが大きいことも省エネ性を高めにくい条件のひとつです。霜取り運転時に使用するヒーターの暖かい空気が庫内に流れ込んでしまう問題があり、"フレッシャー・シールド"と呼ばれる風路を遮断する機構を採用するなど、さまざまな技術を組み合わせることで省エネ性を確保しました」と山本氏。

横幅が広がることで、扉の開口部も大きくなり、冷気が逃げやすくなり、庫内の温度が上がりやすくなってしまった問題に対処するため、内側には幅広の真空断熱材が敷き詰められている
霜取り運転時に作動するヒーターによる暖気が庫内に流入するのを防ぐため、"フレッシャー・シールド"と呼ぶ風路を一時的に遮断できる機構が設けられている

冷凍室の性能を表す基準には、"フォースター"と呼ばれるJIS規格がある。平均冷凍負荷温度-18℃以下、冷凍食品保存期間の目安が約3カ月、100Lあたり4.5kg以上の食品を24時間以内に-18℃以下に凍結できる"フォースター"は最高レベルの冷凍能力に与えられるが、実はTZシリーズではつ6あるすべての冷凍室ボックスがフォースターの仕様だ。山本氏によると、すべての冷凍室がフォースターを獲得している製品は実は市場にほとんどない、とのことだが、省エネ性という面では不利な条件が多いにもかかわらず、それを実現したのは「AQUAだからこそ、と言ってもらえるよう、冷凍品質にもこだわりたかった」からだという。

上部の左右のドア下にもLED照明を設置。冷凍ルームを全体的に明るく照らすことで、ライトアップ的な見た目の美しさとともに、食品を見やすく、探しやすくして使い勝手も向上させている

デザイン性の高い家電が日本でも増々流行る?

世界的プロダクトデザイナーとのコラボレーションから生まれた、AQUA(アクア)の冷蔵庫の新ライン。深澤氏のデザイン画を忠実に再現しながらも、家電メーカーとして"使い勝手のよさ"には決して妥協しなかった。そこには、アクアにおける、家電製品全体のデザインに対する思想や共通した考え方があるためだ。

「AQUAブランド全体の考え方としては、"心地よさ"というのが大きなテーマです。日々の生活が心地よくなるようなデザイン・性能を目指しています。具体的には "ユーザーのライフスタイルと空間に溶け込むデザイン"。インテリアになじむ、生活空間を邪魔しないものを考えています」

TZシリーズの企画・開発の包括的な責任者として製品を担当した、AQUA 商品本部 冷蔵庫企画グループ ディレクター 山本陽護氏

家電製品の中でも、冷蔵庫は耐久消費財と呼ばれ、買い替えサイクルは長い。「冷蔵庫はお客様にとってタッチポイントが非常に長い商品です。冷蔵庫は日に何回も開け閉めし、10年以上使われるお客様もいます。だからこそ、見た目にも中身にも妥協しないよいものをご提供したい。今回のTZシリーズは今までにはなかった商品として開発できました」と思いを語る。

山本氏によると、日本はHaierグループ内でもとても重要視されているマーケットとのこと。「日本発の家電メーカーとして冷蔵庫、洗濯機の開発・製造・販売に長年携わっている我々だからこそ、企画できる商品というのがまだまだあると考えています。今回の商品を皮切りに、第2弾、3弾とイノベーティブな商品を世に送り出していくつもりです」と今後への意気込みも話してくれた。

ここ数年、日本の消費者の間でも家電にデザイン性やインテリア性を求める人が増えつつある。そんな中で、世界的デザイナーと高い技術力を持つ日本のメーカーの一蓮托生で生まれた、ひと際異彩を放つ今回の新商品。実用化までに至る経緯や過程を聞く限り、想像していた以上に革新的でチャレンジングだったようだ。

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