ライク 保育事業のM&Aに先見の明 幼児から高齢者まで必要な企業へ

ライク 保育事業のM&Aに先見の明 幼児から高齢者まで必要な企業へ

2017.01.19

ライク 保育事業のM&Aに先見の明 幼児から高齢者まで必要な企業へ

 ライク(旧社名ジェイコムホールディングス)<2462>は、もともと携帯電話業界向け人材サービスが主力だった。2005年の株式上場時にみずほ証券によるジェイコム株の誤発注事件が発生、一躍その名が全国に知られるようになった。2009年に保育園の運営企業を買収したことを転機に保育や介護事業にも進出。幼児から高齢者まで人生のどの段階においてもなくてはならない企業に事業ポートフォリオを進化させている。

【企業概要】人材サービス、携帯業界向けが8割

 ライクは1993年、大阪で設立された。当初はパッケージ旅行の企画事業を目的としており、社名も現在とは異なりパワーズインターナショナルと称していた。その後1996年に代理店として携帯電話の販売を開始、他社から代理店契約を譲受したりしながら成長し、1998年に現在の主業となる人材サービス事業を開始するのだが、この沿革から、今現在もライクの人材サービス売上高のうち8割をモバイル業界が占めている。

 2005年に東証マザーズに上場、2007年に東証一部へ市場変更。現在の持ち株会社体制になったのは2009年のことである。2016年5月期の連結売上高は318億4千万円。求職者、スタッフ、保育・介護施設の利用者、 株主様等全てのステークホルダーに愛される企業グループでありたいという気持ちを込めて、2016年12月に社名をライクに変更した。

【経営陣】創業者の岡本氏が社長

 創業者の岡本康彦氏(55)が社長を務める。岡本氏は広島銀行出身。文化倶楽部を経て1993年にパワーズインターナショナル(現ライク)を設立した。取締役8名のうち2名を女性が占める。同社は女性の従業員比率が高いことに加え、保育事業を営むサクセスホールディングスを子会社に持つため、女性の意見を経営に反映する意向があるとみられる。

【株主構成】岡本一族で48%を保有

ライクの主要株主
氏名又は名称 所有株式数(株) 持ち株比率(%)
岡本 泰彦 3,490,900 34.98
日本トラスティ・サービス信託銀行(信託口) 932,700 9.34
有限会社マナックス 840,000 8.42
ジェイコムホールディングス 637,065 6.38
日本マスタートラスト信託銀行(信託口) 303,900 3.04
岡本 久美子 280,000 2.81
テー・オー・ダブリュー 280,000 2.81
岡本 真奈 230,000 2.3
三品 芳機 155,000 1.55
BARCLAYS BANK PLC A/C CLIENT SEGREGATED A/C PB CAYMAN CLIENTS 127,900 1.28
7,277,465 72.91
2016年5月末時点、有価証券報告書に基づき作成

 筆頭株主は岡本康彦社長で保有割合は34.98%。岡本氏の親族及び親族所有の法人の保有割合も合わせると一族での保有割合は48.51%に上り、大きく差をあけて日本トラスティ・サービス信託銀行が9.34%と続く。

【M&A戦略】働く女性を意識、段階買収で保育事業に進出

ライクの主なM&A
年月     内容
2007年3月 人材サービス会社のアトランティス(売上高3億2千万円)の株式100%を5千6百万円で買収。
2007年4月 完全子会社であるアトランティス(売上高3億2千万円)を吸収合併。
2007年10月 体育会系の大学生に特化した就活支援等を手掛けるインダス(売上高2億5千万円)の株式100%を3億3千万円で買収。
2008年5月 パッケージ事業、デジタルプロモーション事業等を行うエクサージ(売上高3千9百万円)の株式50%を2千万円で第三者割当増資引受により取得。
2008年7月 九州地区を中心に体育会学生の就職支援に強みを持つガーディアンシップ(売上高2億8千万円)の株式の45%を1千8百万円で第三者割当増資引受により取得。
2009年1月 関連会社のエクサージ(売上高3千9百万円)の保有全株式を5百万円で売却。
2009年11月 連結子会社のインダス(売上高1億5千万円)の保有全株式(保有割合100%)を5百万円で売却。
2009年11月 保育園等の運営を手掛けるサクセスアカデミー(売上高30億6千万円)の株式20%を1億1千万円で取得。
2011年9月 デザイナーやパタンナー等の人材紹介を行うアイ・エフ・シー(売上高非公開)の株式100%を3千5百万円で買収。
2013年6月 事務派遣、ビジネススクール事業を手掛けるエーススタッフ(売上高非公開)の株式100%を5千5百万円で買収。
2013年9月 子会社のACAヘルスケア・再編1号投資事業有限責任組合を通じて介護施設を運営するサンライズ・ヴィラ(売上高35億8千万円)と食堂・給食の運営受託を行うジャパン・コントラクトフード(売上高14億6千万円)の株式のそれぞれ87%を10億円で買収。
2014年7月 連結子会社のジャパンコントラクトフード(売上高14億6千万円)の保有全株式(議決権84%)を4億2千万円で売却。
2015年5月 TOBにより持分法適用会社のサクセスホールディングス(売上高101億1千万円)の株式23.93%を21億3千万円で買収。

 2007年3月、ライク(当時はジェイコム)が初のM&Aを行う。買収したのは東京を本社とする人材派遣会社のアトランティス。アトランティスはライクと同じく、携帯電話業界向けの人材派遣を主体とする完全な同業である。大阪に本拠地を置くライクは西日本には地盤を築いたが、東日本にはいまひとつ入り込めずにいた。地理的な弱みを補い、進出の足掛かりを作る形の買収だと言える。買収からわずか一ヶ月後にはライクは経営の効率化の為にアトランティスを吸収合併してしまう。

 同年10月に、就活支援等を手掛けるインダスを完全子会社化した。学生の短期就業を含めて若年層をターゲットとするライクにとって、インダスの持つ就職支援メディアや、体育会系学生を企業に橋渡しするという事業モデルにシナジーを見出したとする。

 なお、ライクはアトランティスを5千6百万円で買収しているが、これは当時のアトランティスの純資産4千5百万円からさほど開きはない。キャッシュの潤沢な市場変更直後にしては控えめな買い物という印象を受けるが、その一方でインダスの買収は対照的だ。純資産1千6百万円に対し、売上高をも上回る3億3千万円という値を付けた。3億円もののれんがつくほどにインダスの収益力が高いのかと思いきや、当時の営業利益はわずか6百万円程度である。加えて買収の後には赤字に転じていることから、実質の営業利益の高さも伺えず、やはり高すぎる印象が残る。

 2008年にはIT関連事業を行うエクサージの株式50%と、インダス同様の体育会系学生の就職支援を行うガーディアンシップの株式45%を第三者割当増資で引受けた。ガーディアンシップに関しては、既に買収していたインダスとの地理的な補完も含めてシナジーを狙い買収をした格好ながら、翌2009年にジェイコムホールディングスはインダスをわずか5百万円で売却してしまう。前述通りインダスに関しては高値づかみをしている感が否めないため、採算が合わず手放したと見るべきか。この高値づかみと損切りの潔さにはオーナー企業ならではの大胆さが透けて見える。加えて、インダスほどのインパクトはないものの、同年にライクはエクサージの株式も売却している。取得からわずか一年足らずと、こちらも実に見切りが早い。

 正直ここまではぱっとする買収のないライクであるが、サクセスアカデミーの買収は一つの転機であり、現在のポートフォリオの礎となっている。

 2009年11月、インダスを損切りした直後にライクは保育園の運営や児童向けのサービスを行うサクセスアカデミーの株式の20%を取得し持分法適用関連会社にした。サクセスアカデミーは後に保育業界3位の売上高となるサクセスホールディングスの前身だ。当時ジャフコ等の出資を受けており、上場に向けて準備を整えていたものとみられる。

 携帯電話やアパレル業界への人材サービスを主業とすることから、ライクは若年の女性従業員の比率が高い。保育事業は全くの畑違いでありながら、働く女性の保育への需要を肌で理解していた為に、保育園不足が本格的に騒がれる数年前には既に時代のニーズを先読みしていたようだ。なおかつ、保育分野での人材需要に本業の人材派遣とのシナジーがあるという読みも持つ。

 次いで小さな買収を挟んだ後に目を付けたのが介護事業だ。2013年、連結子会社として有するファンドを通じて、有料老人ホームの運営を行うサンライズ・ヴィラ及びそれに付随して食堂・給食の運営受託を行うジャパンコントラクトフードを買収。両社の行う介護事業を通じて、本業の人材サービス業での介護業界向け人材の採用・教育ノウハウも視野に入れる。実際に、相互に連携した人材採用や人材出向により介護分野での売上を伸ばすこととなるが、2014年、本命であるサンライズ・ヴィラの適正な購買を促すためとして、付随事業を行う形であったジャパンコントラクトフードを売却。あくまで介護に注力をする。

 そして現在のポートフォリオへの集大成と言えるのが、2015年、前述のサクセスアカデミー(現サクセスホールディングス)へのTOBによる連結子会社化である。これにより売上に保育事業セグメントが加わり、名実ともに保育分野への進出を果たした。

【財務分析】脱モバイル依存、事業構成が多様化

 ライクの行ったM&Aについて時系列に沿って辿ったが、業績面の推移を見たい。

 上記業績の数値は2007年5月期までは単体、翌期以降が連結のものである。売上・営業利益ともに若干の波はあるものの、パソナやテンプホールディングス等大手の派遣事業者のようにリーマンショックによる大幅な落ち込みは見られない。派遣は派遣でも、上がり基調のモバイル市場のみに特化していたために、リーマンショックのあおりは軽く済んだ様子だ。

 よって、同業他社のように売上を上積みするための買収が必要なかったために、ここ最近まで大型の買収が必要なかったと見ることもできる。

 冒頭にも、ライクの総合人材サービス業におけるモバイル業界への比重が高いことを述べた。それでは、総合人材サービス業自体が全体に占める割合はどれほどか。実は、ライクは2010年5月期までは90%以上を占めることを明言しており、以降2013年5月期までは「総合人材サービス事業以外の事業に関しては重要性が乏しい」としてセグメント情報を開示していない。売上のほとんどを総合人材サービス事業≒モバイル業界向けの派遣事業に依存していたことを裏付けている。

 新たな事業の柱としての保育事業や介護事業を取得したのはごく近年のことであり、理念として掲げる「人生のどの段階においても」なくてはならない企業グループとしての事業ポートフォリオはM&Aによって構築したと言える。

 同時に、バランスシートを見てみよう。2015年5月期まで実質無借金経営であるのだが、もっと言うならば2013年5月期までは有利子負債自体が存在しておらず、名実共に無借金経営を行っていた。ライクのバランスシートに初めて有利子負債が現れたのは2014年5月期、介護事業の買収のための資金調達によるものだ。手元資金で小粒の買収を行う方針から、リスクを取りながらも新規事業の柱としての大型案件を狙う形への大胆な方向転換が見て取れる。直近期ではサクセスホールディングスの買収に費用がかさみ、現預金を有利子負債が上回っている。

【株価】保育事業の収益化を好感

 株価は2015年後半から2016年前半にかけて大幅に上昇している。これは2015年7月にサクセスホールディングスを連結子会社化し、保育事業が収益に貢献し始めた時期と重なる。さらに人手不足を背景に総合人材サービス事業も好調に推移しており、2016年1月に連結業績予想の上方修正と増配を発表したことで株価上昇に弾みがついた。

 大量保有報告書によると独立系運用会社のレオス・キャピタルワークスが2016年4月までにライク株の5%を取得。その後、2016年12月までに9%強まで買い増したことが明らかになっている。ちなみにレオス・キャピタルワークスの藤野英人社長は同年12月、講師を務める明治大学の講座でライクについて紹介している。岡本社長も学生向けに話をするなど(ライクホームページより)、投資家と良好な関係を築いていることが伺える。

 足元では株価の上値が重くなっている。今期の予想PERは約25倍。家電や携帯電話向け人材派遣事業を手掛けるヒト・コミュニケーションズ<3654>の15倍、保育事業のJPホールディングス<2749>の約21倍と比べて割安感は乏しい。しかし、幼児から現役世代、高齢者までカバーする同社の事業ポートフォリオに対する投資家の成長期待は高い。足元の業績は好調に推移しており、中期経営計画で目標に掲げる2019年5月期の売上高552億円、経常利益35億円が視野に入ってくれば、株価は再び上昇に転じる可能性もありそうだ。

【まとめ】時代をとらえたタイムリーなM&A

 2016年現在、行政指導でスマートフォンの料金が高騰し、販売件数の伸び率への影響が懸念された。結果的にはキャリア及び業界への影響は限定的だとされるものの、一時は紙面を騒がせていた。店舗への人材派遣業に対してどれだけの余波があるかは定かではないが、単一の業界に依存する場合、こうしたリスクは今後も避けられない。

 一方で、与党が一億層活躍社会を掲げる中で多数の待機児童が社会問題となり、保育士の不足が顕著となった。2015年度には1,318億円だった国の保育対策関係予算が2016年度は9,294億円と大幅に増加しており、市場の拡大が見込まれる。ライクはこの市場へいきなり業界3位の地位で参入したわけだから、M&Aの意義は大きい。入口としての買収規模では比べものにならないが、同じく成長市場である介護分野での買収、新規参入という意味では同様だ。単一業界への依存を脱却するのみならず、成長市場へ参入を果たした良いポートフォリオを築いたと言える。

 時代のニーズを上手く捉えても、一から事業を立ち上げていては時流に乗り遅れる可能性もある。財務面での多少のリスクは伴うものの、本業外の成長市場にタイムリーに参入し戦うことが出来るところに、M&Aで時間を買うことの妙味がある。その意味で、ライクはM&Aを活用して本業とシナジーのある成長分野を迅速に立ち上げた好例と言えるだろう。

この記事は、企業の有価証券報告書などの開示資料、また新聞報道を基に、専門家の見解によってまとめたものです。

まとめ:M&A Online編集部

CESで大注目の「折り曲げられるスマホ」、普及の見込みは?

CESで大注目の「折り曲げられるスマホ」、普及の見込みは?

2019.01.18

中国メーカーが自在に折り曲げられるスマホを実現

「大画面×コンパクト」を両立する夢のデバイス、実用性は?

端末の魅力を引き出すアプリ登場が普及のカギか

米ラスベガスで開催された世界最大級の家電見本市「CES 2019」では、2019年のトレンドを先取りする新ガジェットが一堂に会した。その中でも一際大きな注目を浴びたのが「折り曲げられるスマホ」だ。商品化にこぎ着けたのは世界初という。

折り曲げられるスマホ「FlexPai」

スマホの画面サイズが大型化を続ける中、iPhone SEのような小型スマホを求める声は依然として多い。そこで登場した折り曲げられるスマホは、「大画面」と「コンパクト」を両立する夢のデバイスに見える。果たして普及の可能性はあるだろうか。

自在に折り曲げられるスマホ、中国メーカーが実現

折りたためる2画面のスマホというアイデア自体は、実はそれほど目新しいものではない。NTTドコモとZTEが共同開発した「M Z-01K」などは、現行モデルとして国内で販売中だ。

だが、従来の2画面スマホはヒンジを用いて2つの画面をつなげたものに過ぎなかった。その後、液晶とは異なる特性を持つ有機ELが登場したことで、ディスプレイを紙のように自在に折り曲げられることも夢ではなくなった。

有機ELの「曲げに強い」という特性は、多くのスマホに活用されている。サムスン電子のGalaxyシリーズが画面端を曲面にしたスマホを発売後、ソニーモバイルシャープもこの形状を採用している。

これを推し進め、開くとタブレットのような大画面、2つに折り曲げるとスマホサイズという端末の可能性が見えてきた。そして2018年10月、中国のRoyoleが、世界で初めての折り曲げられるスマホ「FlexPai」を商品化したのだ。

中国Royoleのブース。フレキシブルディスプレイを使った様々な製品が並んだ

CES 2019では韓国のLG電子が巻き取り式のテレビを発表するなど、「曲がるディスプレイ」が会場全体で話題になっていた。そうした下地もあって、Royoleの出展ブースには来場者の行列が絶えず、展示機がバッテリー切れを起こすほどの盛況となっていた。

実用性はさておき、スマホの進化の可能性を示した

FlexPaiの特徴は、開いた状態ではタブレットに近い形状になり、そこから自由に折り曲げできる点にある。従来の2画面スマホとは異なり、広げた状態でも画面の境目がないため、タブレットと同じ感覚で利用できる。

広げた状態ではタブレットのように使える

メーカーが挙げるメリットは、複数のニーズごとの端末を1台に集約できることだ。大画面が欲しい人の中には、スマホとタブレットを両方持ち歩いている人もいるだろう。だがFlexPaiなら持ち歩くのは1台で済むというわけだ。

折り曲げた状態では一般的なスマホと同じように使える

折り曲げというギミックから、耐久性に不安を覚えるものの、20万回程度の折り曲げに耐えられるという。ただ、折り曲げると厚みが出るため、スマホのようにコンパクトに持ち歩くことはまだ難しい。

アプリの対応も課題だ。FlexPaiを折り曲げた状態では「表面」と「裏面」に加え、折れ曲がった「エッジ」の3画面を利用できる。FlexPaiの魅力を引き出すには、これら3画面を活用するようなアプリの登場が待ち望まれる。

そこでRoyoleは、FlexPaiをアプリ開発者向けに1,318ドルの価格で先行販売している。まずは開発者にデバイスを手に取ってもらい、どのような活用方法が考えられるか、アイデアを募っていく段階といえる。

会場で実機を試した印象だが、現段階での折り曲げスマホは実用的とまではいえないと思えた。しかしRoyoleという会社の名前を世界に知らしめ、フレキシブルディスプレイの技術を示したという意味では、この発表は大成功を収めたといえるのだろう。

また、サムスン電子など大手スマホメーカーも折りたたみや折り曲げ端末の開発を進めており、グーグルはAndroid OSとして公式サポートを表明している。スマホの次なる進化の可能性を真っ先に示したFlexPaiを、この場の実用性で語るのはお門違いなのかもしれない。

日本車のインテリアには独創的な未来がある? 「1kg展」で感じた可能性

森口将之のカーデザイン解体新書 第12回

日本車のインテリアには独創的な未来がある? 「1kg展」で感じた可能性

2019.01.18

国内主要メーカーの内装デザイナーが集まり展示会を開催

テーマは“1kgの価値”をどこまで高められるか

実車に応用できる? 独創的な作品の数々

国内主要自動車メーカー8社のインテリア・カラーデザイナーが参加する団体「JAID」が初の作品展を開催中だ。“1kg”という重さにこだわり、最新の3Dプリンターを駆使して各社のデザイナーが生み出した作品は独創的で、会場の「GOOD DESIGN Marunouchi」(東京・丸の内)は小さな現代美術館のような雰囲気になっている。

ダイハツ工業のデザイナーが出品した「受け継がれる樹脂」という作品

雑誌の対談が契機となり生まれた「JAID」

「JAID」という名前を初めて目にした人も多いだろう。「ジャパン・オートモーティブ・インテリア・デザイナーズ」の略で、「ジャイド」と読むそうだ。

創立のきっかけとなったのが、自動車雑誌「NAVI CARS」(ナビカーズ)での対談だったと聞いて、「あの号だ!」と即座に思い浮かんだ。クルマのインテリアを特集したナビカーズの2015年7月号で、筆者も別の対談に参加させていただいていたのだ。その号に国内メーカーのインテリアデザイナーが語り合うページがあったことは記憶の片隅に残っていた。

雑誌の売れ行きが落ちているといわれて久しい。それだけに、1つの雑誌の企画からJAIDのようなコミュニティが生まれたことは、モータージャーナリズムに身を置く者として嬉しい気持ちになる。

日産自動車のデザイナーが出品した「∞ Fluff」

価値ある1kgの創造に挑んだデザイナーたち

そのJAIDが企画したのが「1kg展」だ。なぜ“1kg”にこだわるかといえば、クルマの開発に携わる人たちにとって切実な「kg単価」という指標に理由がある。

「kg単価」とは、クルマの開発で使われる値段の単位だ。インテリアデザイナーとしてはkg単価が高い、いわゆる良い素材を使いたいという気持ちは大きいだろう。快適性や安全性の追求、さらには電動化への対応、重量の削減といった視点も持ちながら素材を選んでいるはずだ。

しかし、贅を尽くしてばかりでは車両価格の上昇を招くので、妥協が必要になる。おそらくインテリアデザイナーは、このような状況で悩みながら、新しい素材や仕立て、色などを取り入れるべく、奮闘の毎日を過ごしているのだろうと想像している。

では、そういった制約がなくなったとき、デザイナーたちはこのkg単価をどこまで価値あるものに仕上げられるのだろうか。これが、今回の展示会のテーマだ。最新の3Dプリンターを駆使し、時間や空間、物質としての限界などを飛び越えた作品を独自の着眼点で製作すると同時に、広くカーインテリアデザインの魅力を伝えたい。そんなメッセージのこもった展示会なのである。

ホンダのデザイナーが出品した「風速1kg」

素材と色のコーディネートが味わえる「ハンバーガー」

会場のGOOD DESIGN Marunouchiは、2013年度から通算5回、今年度も含めてグッドデザイン賞の審査員を担当している筆者にとってはなじみ深い場所だ。ところが、「1kg展」の内覧会を訪問した時には、状況がまるで違っていた。いつもは展示物をゆったりと眺めることができる空間なのに、この日はラッシュ時の駅のようにごった返していたのだ。それだけ、インテリアデザイナーの斬新な発想に期待する人が多かったということだろう。

日産のデザイナーが出品した「4D flower」。「1kg展」に作品を持ち寄ったのは、国内大手自動車メーカー7社(ダイハツ工業、ホンダ、三菱自動車、日産自動車、スバル、スズキ、トヨタ自動車)だ

作品の中には、クルマのインテリアデザインとは関係なく、最新の3Dプリンターならではの表現能力の高さをアピールするような作品も見られた。それらを業界の枠を飛び越えた独創的な作品と捉える人もいたようだが、クルマが好きで今の仕事に携わっている(はず)の方々だからこそ、もっとインテリアにこだわって欲しかった。

ただ、クルマのインテリアとの関連性が高い作品が大半を占めていることは確かで、中には独創的な発想や興味深いアイデアも見られた。本稿では独断と偏見で、そのうちの3つを紹介していこう。

まずは、会場の入り口近くに置かれていた「CMFバーガー」だ。「CMF」とはカラー、マテリアル、フィニッシュの頭文字で、ナビカーズでの対談が行われた頃から、自動車に限らずデザイン分野でひんぱんに使われるようになってきた言葉だ。造形だけでなく色や素材、仕立てにも気を配ることで、より完成度の高いデザインが生まれるというような意味が含まれている。

「CMFバーガー」はトヨタのデザイナーが出品

この作品は、CMFのコーディネートを1kgのハンバーガーに見立てて表現したもの。レザーのバンズ、クリアレンズのトマト、加飾素材のチーズやパティ、シート素材のレタスがさまざまな色で用意してあり、好みのバーガーを作り出せる。

3つの作例では、CMFの違いでかなり雰囲気の異なるバーガーを作れることが分かった。バンズを肉抜きタイプにすると総重量が1kgを切るなど、計量化を実感できる仕掛けも盛り込んである。ディーラーが車種別にCMFハンバーガーを用意すれば、顧客は楽しみながらカラーコーディネートを試すことができるかもしれない。

ディーラーに「CMFバーガー」が置いてあったら面白いかも

インテリアをボールにした斬新な作品も

続いて紹介するのは「トランスフォームステアリング」。自動運転が実用化された未来を想定した変形機構を持つステアリングで、手動モードでは伸びて操舵できる状態となり、自動モードでは縮めて格納しておける。全てがマットブラック仕上げだが、グリップ部分、変形部分、外枠部分を別のメーカーのプリンターで製作することで、素材の違いを表現している。

トヨタのデザイナーが出品した「トランスフォームステアリング」

製作したデザイナーはステアリング機能だけを想定していたようだが、左右のグリップをねじることでアクセルやブレーキの操作ができれば、この部分だけで基本的な運転操作ができる合理性の高いインターフェイスになると思った。ペダルがなくなれば、室内レイアウトの自由度も高まりそうだ。

伸ばせば手動運転に使えるし、自動運転中は縮んだ状態で格納しておける

最後は「インテリアボール」だ。写真を見てお分かりのとおり、クルマのインテリアを構成するパーツをボール状のアートとして表現したもので、多くのパーツをまとめ上げ、世の中というフィールドにデザインを“投げ”かけているインテリアデザイナーの仕事をボールの形に込めたのだという。

「インテリアボール」はホンダのデザイナーが手掛けた

展示してあるのは1個だけだが、スポーツの世界では競技によってサイズの違うボールを使うことにも製作者は着目している。使用する材料や加工方法を変えることで、同じ1kgでもサイズや見え方の違った表現ができるそうだ。

しかしながら筆者には、これがボールではなく卵に見えた。卵から生まれる前のクルマ、そのインテリアデザインは、こうなっているのではないかと想像したのだ。同じクルマのエクステリアデザインを卵の殻で表現することで、多くの車種を球形にできれば、一風変わったミニチュアになるのではないだろうか。

JAIDが企画した1kg展の作品群は、それ自体が柔軟かつ斬新な発想から生まれているだけでなく、見ているこちらも創造力が掻き立てられるものだった。この展示会を訪れて、日本の自動車メーカーにインテリアデザインの実力者が多いことに感心するとともに、メーカーには、この実力を引き出して製品に結び付ける能力が求められていることを教えられた。

1kg展の会期は1月25日まで。入場は無料だ。時間に余裕のある方は、一度訪れてみてはいかがだろうか。