医療分野に進出するドコモ、通信会社は何を生み出すのか

医療分野に進出するドコモ、通信会社は何を生み出すのか

2016.03.14

NTTドコモは新事業戦略「+d」で、これまでとは大きく異なる分野との協業を進めている。こうした活動の中で目を引くのが、これからのICTの成長分野として注目される医療分野だ。ドコモは医療分野において何を目指し、またドコモのICTによってどんな新しい力が生まれてくるのだろうか。同社のライフサポートビジネス推進部ヘルスケア事業推進担当部長の村上伸一郎氏に話を聞いた。

スマートフォンとヘルスケアの相性は抜群

広く複雑な院内を、一刻を争う指示が飛び交う医療業界において、通信機器は今や欠かせない装備の一つ。以前は携帯電話が扱う電波が医療機器に悪影響を与えるとして、周波数帯の異なる医療用PHSが主流だったが、3G以降はこうした電波の問題も解消され、現在はスマートフォンが使われている。

医者や看護師が利用する機器も進化しており、かつてPHSが音声のみを伝達する手段だったのに対し、スマートフォンであれば絵やグラフを大画面で見せることができ、使いやすいGUIも利用できる。本体内蔵のカメラの性能も向上しているし、端末側のアプリで高度な処理を施すことも可能だ。今や医療現場において携帯電話やスマートフォンは欠かせない存在になっているのだ。もちろんドコモもこの分野には注力しており、現在ではドコモは医療用通信機器において多数のシェアを占めているという。

NTTドコモのライフサポートビジネス推進部ヘルスケア事業推進担当部長の村上伸一郎氏

スマートフォンと健康というと、各種のバイタルデータを取得できるウェアラブルデバイスとの組み合わせが思いつく。ドコモも、常時持ち歩き、個人認証機能や各種センサーを内蔵した携帯端末と健康事業の親和性の良さには以前から気づいており、2008年頃には注力するべき分野と位置づけ、フロンティアサービス部がこれを担当していた。ここで、「とりあえずパソコンをつないで、といったレベルですが」(村上氏)としつつも、ドコモの通信と医療が結びついたわけだ。

現在はドコモからも多くのウェアラブルデバイスが登場しており、ライフサポートビジネス推進部もBtoB、BtoC、BtoBtoCなど様々なスタイルでサービスを提供している。

ヘルスケア事業の実例

ヘルスケア事業の実例としては、滋賀県米原市の小学3・4年生を対象にした「子どもの健康増進プログラム」というものがある。このプログラムは、子供の身体能力の向上や運動不足の解消を目的としたもので、子供にドコモの「ドコッチ」を装着させて歩数を計測し、フィットネスクラブ運営のルネサンスが運動プログラムを企画、小学校の先生がその運動プログラムを実施し、ルネサンスが計測データの分析・プログラムの効果検証を行うというものだ。

子どもの健康増進プログラムの概要。ドコモは同プログラムの主導役を果たす。プログラム内では、子供向けウェアラブル「ドコッチ」の端末の提供、子供の活動データの収集、ルネサンスへの提供を行う(出典:NTTドコモウェブサイト)

上記の例ではドコモの端末を使っているものの、「BtoBtoCにおいては、真ん中のBを支えるのがドコモの役割で、回線や端末の販売とは完全に別にしています。ドコモの回線を使っていただけることに越したことはありませんが、普通のスマホとWi-Fiの組み合わせでもOKです」(村上氏)と、回線との紐付けは特に行っていない。このあたりは他の「+d」事業とも共通する点だ。

ちなみに、「需要の掘り起こしはすべて東京の本部主導で行い、地方の法人営業部は完成したサービスの販売に専念する仕組み」(村上氏)という。そういう意味では、まだまだドコモが見出だせていない需要が多く眠っているケースが多く、本格的な市場開拓はこれからということなのだろう。

メディカルとウェルネス/ヘルスケアの違い

村上氏は医療や健康に関するものを3段階に定義しているという。「上はメディカル、いわゆる医療に関わるもので、法規制なども厳しい分野です。中間にあるのがウェルネス、ヘルスケアといった健康に関わる分野で、比較的意識の高い個人やスポーツクラブなどが対象となります。下はただ「歩く」だけ、とりあえず歩くことから健康への取り組みを始めてみませんか、という提案をするものです」(村上氏)。

現在、スマートフォンやウェアラブル機器の多くで確認できるのは「ウェルネス・ヘルスケア」にまつわるものが中心だ。とはいえ、規制の厳しいメディカル分野においても、ドコモは積極的にさまざまな病院や研究機関と一緒になってICTの導入を進めている。

そのひとつが、東京大学医学部附属病院と共同開発した「クラウド型12誘導心電図伝送システム」だ。これは心筋梗塞を発症した患者に対し、救急車の中で測定した12誘導心電図をクラウドにアップロードし、循環器専門医がクラウドにアクセスして遠隔からデータを確認できるというもの。クラウドを使うことで、同時に複数の専門医がデータにアクセスでき、設備と受け入れ態勢の整った医療機関に適切に搬送できるというメリットがある。

ドコモと東大病院が一連のサービスを開発・実証実験を実施。救急車で心電図を測定してモバイル端末を通じてクラウドサーバーにデータを送信、病院で専門医がデータを閲覧し、患者の受入判断、処置準備を行う(出展:NTTドコモウェブサイト)

このシステムでは、技術面での貢献、例えば、搬送中にも正確な心電図波形を送信するためのウェーブレット変換や、安定したクラウド環境の提供はドコモが担い、専門医にとって必要な仕様などは東大病院の医師からのアドバイスにより実現している。これも「+d」が言うところの「協創」なわけだ。

こうした開発のため、ドコモからは専属のスタッフが東京大学医学部附属病院へ派遣され、現場の医師たちと綿密な情報交換を行っている。こうした役割はコンサルタントに徹するだけでは果たせず、エンジニアとしてシステム構築の経験があるなど、多彩な経験と高度な専門知識を必要とする、重要な役割だ。こうした人材を提供できる点もドコモの強みのひとつと言えるだろう。

同システムはすでに沖縄をはじめ、いくつかの地域で採用されており、産学共同開発の社会実装として意義ある成功事例となっているとともに、実際の搬送が効率的になり、多くの患者を救っているという。

ただし、システムの導入は必ずしも順風満帆ではいない。

インセンティブの調整に課題

NTTドコモライフサポートビジネス推進部ヘルスケア事業推進メディカルビジネス担当小林春香氏

「救急車は自治体の所有物であることが多いのですが、これをBtoBtoCのモデルに当てはめてみると、真ん中のB(=病院)とC(=患者)にはそれぞれ診療報酬が増額する、救命率が高まるというメリットがあるのに対し、真ん中のBのひとつである自治体にはインセンティブがないのです」(NTTドコモライフサポートビジネス推進部ヘルスケア事業推進メディカルビジネス担当小林春香氏)。結局は「医療機関が機材を購入し、貸与するかたちで救急車に取り付けているモデルが、今現在は多い」(小林氏)という状態。システムに関わる関係各位の意識の改革も、今後医療iCTの普及には必要になっていくだろう。

一方、医療機器という分野においては、一般的な製品の常識が通じない部分もある。たとえば医療機器は薬機法で、独立行政法人医薬品医療機器総合機構による認証を受けなければならない。ところがこの認証は、たとえばソフトウェアのアップデートがあった場合、その都度受け直さねばならない。頻繁なソフトウェアのアップデートが半ば当然であるIT機器からすると異常な手続きだが、人の命を預かる医療という分野においてはこれが常識。日本において全ソフトウェアが医療機器として認められていないわけではないが、実情に合わない多くの課題が残っているという。

もっとも、医療機器もパソコンから制御するものが増えたため、今後はこうした手続きも技術動向に応じて最適化されていかねばならない。こうした旧態然とした仕組みも、医療分野の中のしがらみにとらわれない外部の存在であるドコモなら崩せるという期待も、医療業界の中にはあるようだ。

責任ある企業として社会へ貢献する

医療分野でのICTは成長分野であるため、ドコモ以外にも多くの企業が参入してしのぎを削っている。しかし村上氏としては「競走はむしろウェルカム」なのだという。医療業界では安全・安心こそが最大のセールスポイントになるが、NTTグループという一大ブランドの安心感は、やはり大きい。ただし、取材を通じて、社会に責任ある企業として必要なことをきちんとやっているという自負が、ブランド力以上にドコモの医療分野における自信につながっているのだと感じさせられた。

「医療分野の製品は社会利権構造を持っているので、きちんと研究段階でエビデンスをとった上で研究・成果を出しています。きちんと分析して、いいものだけを社会に出していますし、社会に出したあとのフォローもやっています。医療で必要なエビデンスをきちんととっているのがドコモの強みです」(小林氏)、「マンパワーは必要ですが、やるべきことはやっている」(村上氏)。ただやってみた、売ってみたという段階で終わらず、継続することの意義をしっかり自覚している点は心強い。

ドコモ自体は医療機器の販売免許を持っていないため、協業するパートナーを前面に出し、自社のブランドは表に出さず、あくまで黒子に徹することもある。「『こういうプロダクトをこういうコンセプトで使うとこういうメリットがあるよ』というコンセプト自体を持ち続けることが大事なんです」(村上氏)。自社のブランドにこだわらず、全体として高品位なサービスが提供できればよしとする姿勢は「+d」の精神にも合致しており、ドコモという企業の意識の変革を感じさせるには十分ではないだろうか。

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20日、NTTドコモが特定の端末の購入を条件に通信料金を割り引く「docomo with」、購入する端末に応じて通信料金を割り引く「月々サポート」を終了する方針を固めたという報道が話題となっている。

国内のモバイル業界では携帯電話料金見直しが進んでおり、3月5日には総務省が中心に進めてきた端末代金と通信料金の分離が閣議決定された。NTTドコモは分離プランを軸とした新料金プランを4月に発表する見込みだ。

日本のモバイル市場を大きく変えるこの動きを「歴史的チャンス」と見ているのがファーウェイだ。2018年末から米中対立が加速する中、ファーウェイが打ち出すメッセージも語気を強めている。果たして日本市場でシェアを拡大できるのだろうか。

逆風吹けども、依然として業績は好調

今年に入り、ファーウェイの周辺が騒がしい。3月7日には、ファーウェイは米国政府を相手取って訴訟を起こした

さらにその内容をFacebookでライブ配信するなど、米国以外の世界市場に向けたメッセージにもしており、そのメッセージをまとめたウェブサイト「Huawei Facts」は、わざわざ日本語版も用意している。

2018年末から続く米中対立を巡る報道は、ファーウェイの業績にどのような影響を与えたのか。MWC19でインタビューに応じたファーウェイ・ジャパンの呉波氏は、「一部の消費者は影響を受けたが、2019年に入ってから売上は大幅に伸びている」と語った。

ファーウェイ デバイス 日本・韓国リージョン プレジデントの呉波(ゴ・ハ)氏

話題の「折りたたみスマホ」でもファーウェイは先行する。

ファーウェイに先立って折り畳みスマホを発表したサムスンだが、こちらはMWCではガラスケース内での「展示」のみにとどまったのに対し、ファーウェイは「Mate X」の実機を用いて報道関係者に折り曲げを試させるなど、製品化で一歩先を行っていることをアピールした。

ファーウェイの折りたたみスマホ「Mate X」。報道陣には手に取って折り曲げてみる機会も用意された

Mate Xは次世代移動通信の「5G」にも対応しており、日本では5Gサービスの開始を待って投入時期を見極める方針だという。

ちなみに3月26日に発表予定のフラグシップ機「HUAWEI P30」シリーズは、例年通りのタイミングで日本市場に投入するようだ。SIMフリーでの発売だけでなく、ドコモが採用した「HUAWEI P20 Pro」のように大手キャリアによる採用があるかどうかも注目したい。

分離プランを「歴史的チャンス」と捉えるワケ

一方、2019年の国内モバイル市場で話題となっているのが携帯料金における「分離プラン」の導入だ。KDDIとソフトバンクはすでに導入済みだが、NTTドコモは4月に発表する新料金プランから本格導入するとみられている。

分離プランの特徴は、NTTドコモの「月々サポート」のように回線契約と紐付けた端末の割引が禁止される点だ。端末の割引自体が禁止されるわけではないというものの、大幅な割引は難しくなる。その結果、10万円を超えるようなハイエンド機ではなく、3〜4万円で一括購入しやすいミッドレンジ機の需要が高まるとの見方が有力だ。

この動きをファーウェイはどう見ているのか。

呉氏は「非常に重要視している。スマホが登場したときや、SIMフリー市場が始まったときのインパクトに引けを取らない、歴史的な瞬間になる」と興奮気味に語る。

日本のSIMフリー市場でベストセラーとなった「HUAWEI P20 lite」を始め、ファーウェイのミッドレンジ機のラインアップは厚い。モデルによってはフラグシップと同じCPUでミッドハイの価格を実現するなど、コスパの高さも特徴だ。大手キャリア向けにさまざまな提案ができる体制といえる。

フラグシップと同じ「Kirin 980」搭載でミッドハイ価格の「HONOR View 20」

また、5G対応も順調だ。

モバイルWi-Fiルーターに強みを持つファーウェイは、MWC19でも5G対応ルーターを多く出展していた。日本ではまだ周波数の割り当てが終わっていないものの、国内大手キャリアは2019年内にもプレサービスを始める動きがある。5Gスマホが普及するまでの間、5Gルーターの需要は高まる可能性がある。

5G対応のモバイルWi-Fiルーターも出展していた

ミッドレンジ市場の拡大を狙って、今年はシャープやサムスン以外にも、ソニーモバイルの参入も予想されている。

この価格帯が激戦区になることは間違いないが、ファーウェイはその中で高コスパの製品ラインアップや、国内での地道な販促活動やブランドメッセージの打ち出しによって対抗していく構えだ。

ヨドバシカメラ梅田店での販促イベントの様子
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3月19日、米国で開催中のゲーム開発者会議「GDC 2019」の会場で、Googleがクラウドベースのゲーミングプラットフォーム「STADIA」を発表した。特定のゲーム機に縛られず、ネットに接続したスマホやパソコン、テレビを通してストリーミング(配信)形式でゲームをプレイできる。

この事業を担当するバイスプレジデントとして、STADIAを発表するフィル・ハリソン(Phil Harrison)氏。そもそも彼からして、元はソニーのプレイステーション立ち上げの主要メンバーで、その後Microsoftに移りXboxを担当したという経歴の持ち主

かねてより、MicrosoftのXbox事業のトップマネージャーを引き抜いた、ソニーでPlayStationのハード開発にかかわったエンジニアが転職したといった噂が頻繁に流れており、「Googleがゲーム市場に本格参入する」という憶測は強まっていた。実際に2018年には、Googleは「Project Stream」と呼ばれるストリーミング形式のゲーム基盤の計画を発表し、米国内でベータテスターを募って技術テストを行っていた。

STADIAは、Project Streamの延長線上にあるサービスと見られる。ユーザーは特定のゲーム機を持っている必要がなく、従来のゲーム機の役割をするのはGoogleの設置するデータセンターだ。簡単に言えばクラウドサービスのように、実際にゲームタイトルが動作しているのはデータセンター側で、ユーザーはインターネットを介してゲームを遠隔でプレイする。

STADIAのデータセンターから配信されたゲームをパソコンでプレイしている様子
パソコンで遊んでいたのと同じゲームを、タブレットやテレビでも同じように遊ぶことができる

このプラットフォームの特徴によって、例えばYouTubeで新作ゲームのトレーラー動画を見ていて気に入ったときには、そのページ内の「プレイする」ボタンを押すだけで、インストールすら不要で、動画を再生するかのようにそのゲームをプレイできるようになる。

そして、STADIAのデータセンターが持つゲーム機としてスペックは、サービス開始時のものとして、GPUの演算性能は10.7テラFlopsに達するといい、これはPlayStation 4 Proの4.2テラFlopsや、Xbox One Xの6.0テラFlopsを大きく上回る。映像品質も4K/60fpsのストリーミングに対応し、将来は8K/120fps対応も予定しているという。

STADIA用の「STADIAコントローラー」も販売する。SNSアップ用のボタンや、Googleアシスタントボタンが備わっている

Googleは2019年中にSTADIAをローンチする予定で、まずは米国、カナダ、欧州でサービスを開始すると説明している。発表を受けた翌20日の東京株式市場では、任天堂とソニーの株価が揃って大きく下落した。投資家たちが、GoogleのSTADIAによって、Nintendo SwitchやPlayStationのビジネスが脅かされると考えたからだ。

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