父親の家業をヒントにブレイクスルーしたベンチャー

先鋭ベンチャー LOCK ON! 第1回

父親の家業をヒントにブレイクスルーしたベンチャー

「利益が出ない」などの理由から新規事業が打てず、硬直してしまっている企業は多いのではないか。だが、ベンチャーなら早さが信条。連載「先鋭ベンチャー LOCK ON!」では、奮闘するスタートアップの姿をレポートする。

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アメリカ西海岸発祥といわれる「コールドプレスジュース」をご存知だろうか?

原料はフレッシュな果物や野菜のみ。砂糖や香料、そして水さえも入れない、いかにもヘルシーなジュースのことだ。

「それな。俺もコンビニで野菜と果物のジュース、よく買うわ」、「僕は駅のジューススタンドをよく利用しますねえ」。という人もいるかもしれないが、少し違う。

コンビニなどで流通するパック入りの野菜ジュースは、食品衛生上、「加熱殺菌」が義務づけられている。すると日持ちはするが、熱によってどうしてもビタミンなどの栄養素が減ってしまう。後者のジューススタンドもミキサーで野菜や果物を粉砕するので摩擦熱が発生する。やっぱり栄養価がスポイルされるうえ、酸化もしやすいわけだ。

しかし、コールドプレスジュースは、熱を出さないよう、ゆっくりと圧搾(プレス)して絞る独特の製法だ。野菜や果物の栄養価が損なわれないのがまず大きなメリット。くわえて、果肉や皮などが入らないため、水溶性の食物繊維と栄養素だけを胃腸に負担をかけずに摂取できるメリットもあるのだ。

ターゲットと価格、そして出店場所で差別化

「EJ JUICE&SOUP」は、そんなコールドプレスジュースなどヘルシーな飲食メニューを提供する店だ。

オープンしたのは2015年。すでに日本でも何店舗かコールドプレスジュースを出す専門店はいくつかあったが、同店はそれらとは似て非なるスタイルで差別化をはかっている。

まず、ターゲットを「男女問わないビジネスパーソンとした」ことだ。

ヘルシーなライフスタイルを好むアメリカのセレブたちから火がついたこともあり、コールドプレスジュースの日本での支持層は、圧倒的に“美容・健康意識の高い女性たち”だ。

「EJ JUICE&SOUP」麹町店。中小企業などが入った雑居ビルの1階にある。店内で新鮮な野菜と果物だけしぼって、手間をかけてつくったコールドプレスジュースがメインの商材。1本600~700円は破格だ

そのため専門店は広尾や表参道や代官山など、いかにもそういう女性が好みそうなファッショナブルな街に集中している。

しかし「EJ JUICE&SOUP」では、ファッショナブルな要素が極めて少ない、ビジネス街である麹町を選んだ。店舗やパッケージもクールで洗練されたデザインだが、やたらと「女性向け」に偏って押し出すことはない。

「『食事に気を使いたいけど面倒くさい』『忙しいけれど健康に気を配りたい』――。こうしたニーズはおしゃれな女性に限らず、多くの人が抱えていますからね」と、株式会社イージェイの代表で、「EJ JUICE&SOUP」の生みの親である岩崎亘さんは話す。

「むしろファッショナブルな街でゆっくり過ごす……なんていうことが難しい、忙しいビジネスパーソンこそコールドプレスジュースの潜在顧客になるだろうと考えたわけです。現にうちのお客様の男女比は4:6。ほかとはかなり違うと思いますよ」(岩崎さん)。

もうひとつは「ほかに比べてぐっと低価格にした」ことだ。

株式会社イージェイ代表取締役・岩崎亘さん。1983年静岡県生まれ。みかん農家の長男。早稲田大学商学部卒業後、リクルート、コンサル会社、農業法人を経て、独立。2015年コールドプレスジュースなどの製造販売をする「EJ JUICE&SOUP」を立ち上げる

コールドプレスジュースは、製法上、新鮮で味の良い野菜や果物が大量に必要となる。砂糖や香料で味をつけられないし、水も加えられないためだ。しかも日持ちしないため、工場などでの集中調理に向かない。結果として製造コストがあがり、たいてい1杯・1,000円前後というやや高めの価格帯がスタンダードだ。

しかし、同社ではこれを600~700円という、挑戦的な低価格に設定した。

「1杯1,000円だと、お客様を選んでしまうし、『たまに飲む流行りの飲み物』というイメージになって、ブームで終わる可能性も高い。もう少し気軽に、毎日のように飲んでもらうためには、やはり値段は落としたかった」(岩崎さん)。

もちろん質を落としたわけじゃない。繰り返しになるが、コールドプレスジュースは、砂糖や香料などを入れないため、素材の味がダイレクトに出る。コストを下げようとして鮮度の低い野菜や味の悪い果物を使ったら、ダイレクトにまずくなるからだ。

そこで腕のいい生産者と直接取り引きして、質を担保。さらに管理栄養士や野菜ソムリエに監修を依頼してメニューを考案した。たとえばりんご、ビーツ、ニンジン、柑橘などを配合した「消化促進・二日酔い対策が期待できる」などと銘打ち、現代人の多くが抱える健康に関する悩みや不安を解消してくれそうな“課題解決型”のジュースとして提供した。

結果、ヘルシーで美味しいジュースが、どこよりリーズナブルに飲める同店は、ねらい通り、近隣のビジネスパーソンの心をとらえた。

日課として出勤前に一杯飲んでいく50代のビジネスマン。ランチ代わりに買っていくOLなどが後を絶たない。また渋谷と京橋にも間借りのスタイルではあるが店舗を増やし、じわじわと拡大中だ。

「売り物にならないミカンを何とかしたい」

それにしても気になるのは、どうして新鮮で質の高い野菜と果物をリーズナブルに提供できたるのか? ということだろう。

秘密は、材料の“形”にある。

「実はうちで使っているりんごも、ミカンも、クレソンも小松菜も…すべて“規格外”ではじかれたもの。形が不揃いで、スーパーや八百屋で売られない野菜や果物を使っているんですよ」(岩崎さん)。

「EJ JUICE&SOUP」の人気商品「DAILY NUTRITION 1/2」。ビタミンCやカルシウム、鉄など、不足しがちな栄養素が、1日必要分の約1/2摂れるすぐれもの。内容量の3倍の生産野菜&果物から絞られている

規格外の野菜や果物で、リーズナブルなコールドプレスジュースをつくる――。

「EJ JUICE&SOUP」の今に繋がる起点は、岩崎さんの出自にあった。実家が、静岡のミカン農家。子供の頃から収穫などを手伝い、寒い冬の時期に、高い木に登ってミカンをとった。

「これがキツくって。だから長男でしたけど、まったく継ぐ気もなくて、大学も農学部などには見向きもせず、商学部を選びました」(岩崎さん)。

しかし、その商学部で3年になる頃、あらためて「家業=農業」と向き合うことになる。 入りたかったゼミが人気教授のマーケティングゼミだった。ゼミ面接で勝ち残るため、岩崎さんは「ここでも差別化をはかった」という。

「『ミカン農家の長男で、日本の1次産業の未来を憂いている。マーケティングの力で変えたい! 実家のミカンを新たな形でビジネスにしたい!』と。まあ当時は口からでまかせで訴えたのですが(笑)。それがやたらにウケて、ゼミ生になれたんです」(岩崎さん)。

かくして口からでまかせは、取り組まざるを得ない研究課題となった。そして、岩崎さんは、このときに改めてミカン農家の実態を、父にヒアリング。JAとのしがらみや非効率な生産体制など、山積みだった農業がかかえる課題に、あらためて気づかされた。

「中でも最も衝撃的だったのが“規格外農産物”だったんですよね」(岩崎さん)。

形が悪い。サイズが違う。色みがダメ――。味は変わらないのに流通からはじかれるミカンが、全収穫量の約3割にも及ぶことをこのときはじめて知った。

「形になんてこだわらない消費者もいるんじゃないないのか……」。

丹精込めてミカンをつくる父の横顔を見続け、また収穫の苦労を少年時代から体感していただけに、ことさらショックだったわけだ。

「もちろん一部には規格外農産物を、ジャムなどの加工品にして売る意識の高い人もいる。けれどうちの父も含めて、コストも手間もかけたくないから、二束三文で農協に出したり、人にあげたり、廃棄するケースがほとんどでした。しかし、この規格外品にうまく価値を付けられれば、もっと売上、利益が安定する。農家が抱えている問題の多くの解決にもつながるのに……と思って」(岩崎さん)。

以来、岩崎さんは、“規格外農産物”の新たな流通、あるいはビジネスモデルの構築がライフワークになった。もともと起業意識が高かったため、大学卒業後はまず起業家を多く排出するリクルートに就職。その後、中小企業を多く顧客に持つコンサル会社に転職したあとも、ずっと頭の片隅にひっかかっていた。

「実家を離れて東京で別の仕事をする農家の子どもが『何か実家の手伝いができないか』と考える“セガレ”というサークルに参加したりもしましたね。そこで同じく規格外農産物に問題意識を持つ人は多かった。けれど、『ECでそれを安く売ろうとしても安定供給できないし、配送コストばかりかかるよね』という結論になった」(岩崎さん)。

ブレイクスルーとなったのは、20代後半で千葉の農業ベンチャー企業に転職したこと。産直野菜の販路を自ら広げると同時に、レストランやバーベキュー、貸し農園と宿泊施設をあわせた農園リゾートなど、農業に新たな付加価値をつけて注目される企業。1次産業に、2次産業、3次産業の要素をかけあわせる、いわゆる「6次産業」のパイオニアと称されていた。

自らうまく付加価値をつけることで農業が十分、売上利益を出せることを実感したそうだ。そして、規格外野菜に、どんな付加価値をつけられるかどうかと考えていた矢先……「コールドプレスジュース」の人気が日本で出始めた。

圧搾という手間のかかる製法。だからこそ、高い栄養素が摂れるジュースをみて「これだ!」と飛びついた。

「これなら形なんてどうでもいいじゃないか! と。しかも加熱殺菌などできない商品だから工場で大量生産できない。ようは大手が参入しづらい。僕らのように小さくスタートアップ企業を立ち上げるのにぴったりだと思った。つまり、規格外農産物を6次産業にするには、コールドプレスジュースは最適な商材だと考えたわけです」(岩崎さん)。

起業、そして農家とのフェアな取引

そこで友人と二人で独立。ほかとの差別化から、「忙しいビジネスパーソンの健康をサポートするジュース」というコンセプトを導き出した。そして、コールドプレスジュースの機械を特注で製造し、麹町で「EJ JUICE&SOUP」を立ち上げた、というわけだ。

「ブランド名は『手軽に楽しく心地よく健康的な生活をしてもらいたい』という意味をこめて『イージー』や『エンジョイ』を想起させるアルファベットにしました」(岩崎さん)。

「EJ JUICE&SOUP」に野菜や果物をおろしているの生産者の方たち。しっかりとサイト上で紹介して、顔が見えるジュースになっている

材料はもちろん、規格外または無選別(農家は規格に選別する手間が省ける)の野菜や果物にした。ルートは、前職のベンチャー農業法人時代に培ったネットワークや、農家の子どものサークル「セガレ」で知り合った知人たち。もちろん、実家の父親のミカンも仕入れている。こうした幅広いネットワークをすでに持っていたことが、規格外農産物を、安定して仕入れられているポイントというわけだ。

「規格外農産物は巷であまり流通していないだけに産地と繋がる必要がある。実家含めて、こうした農家の人たちとの繋がりを持てていたことが大きな強みになりましたね」(岩崎さん)。

仕入れには、もうひとつ大事なポイントがあるという。規格外農産物とはいえ、“フェアな価格で仕入れる”ということだ。

「もともと二束三文だったんだから、とにかく安く譲ってくれ」では、生産者が不満を持つのは当然だ。もちろん、正規品に比べれば安価だが、岩崎さんは生産者にもしっかり利益が出るような値付けにこだわり仕入れている。

「そもそも生産者側目線でスタートしたビジネスで、ライフワークですからね。当然です。それでもエンドユーザーの方々には、十分にほかより安く、質の高いジュースを提供できますから」(岩崎さん)。

フェアな取引は「EJ JUICE&SOUP」のブランド力を高めることにも繋がった。

「あそこは規格外農産物を適正価格で仕入れてくれる」「新しい付加価値をつけてくれる」と、生産者から信頼をよせられるようになった。結果として、質の高い材料が多く集まり、商品の安定供給をさらに支えると同時に、新たな仕入先の手もあがりやすくなり、商品バラエティを増やすことにも繋がっている。

こうして魅力を増しながら、「EJ JUICE&SOUP」は立ち上げから2年半になる規格外農産物を価値あるものに作り替え、また多くのビジネスパーソンの健康をカジュアルにフォローし続けている。またいまは規格外農産物を使った、ジュース以外の業態も画策中だという。

「規格外農産物に付加価値をつける方法はまだまだあると思っているんです。僕らがしていることをベースにもっともっと生産者の方々を支援していけたらいいですね」(岩崎さん)。

農業とはこういうもの。飲食業なんだから、こうすべき。健康を欲するのはこんな層だ――。

“当たり前“から抜け出した先に、さまざまな課題の答えはあるのかもしれない。岩崎さんの着想と「EJ JUICE&SOUP」の成功をみて、そう感じた。ようするに、形になんてこだわらなくていいのだ。

「音声」巡り覇権争うアマゾンとグーグル、立ち止まるアップル

「音声」巡り覇権争うアマゾンとグーグル、立ち止まるアップル

2019.01.21

CESで存在感を放つアマゾンとグーグル、各社の最新動向は?

レノボはGoogleアシスタント、Alexaに対応した新製品を発表

アップルは各社にプライバシー問題を警告、独自路線を貫くか

米ラスベガスで開催された世界最大級の家電見本市「CES 2019」で、別格の存在感を放っていたのがアマゾンやグーグルだ。2018年はグーグルがCESに初めて本格出展したことで話題となったが、2019年も大がかりなブースを設置して来場者の注目を浴びた。

ラスベガスのCES会場前に設置されたグーグルのブース

アマゾンやグーグルは音声アシスタントで競争しており、家電製品への組み込みを進めている。2019年のCESではどうだったのか、両社の最新動向をレポートする。

グーグル対アマゾンの音声争いが加速

グーグルは今年もCES会場に「Googleアシスタント」を目玉にした大型ブースを設置。巨大な壁面広告やモノレールのラッピング広告で存在を示し、家電メーカーのブースには白い帽子のスタッフを派遣するなど、CESを乗っ取る勢いだった。

「Googleアシスタント」に対応した家電製品が並ぶグーグルブース

一方、Alexaで先行するアマゾンも展示エリアを拡大。業界やメーカーの枠を越えた「Alexa対応製品」を一挙展示することで、エコシステムの強大さを示した。家庭向けのスマートホーム用途だけでなく、オフィスで使う事例も示すなど、応用範囲を広げている。

アマゾンは「Amazon Alexa」対応製品をブースに集めた

具体的な対応製品として、音声で操作できるスマートスピーカーやスマート電球はもちろんだが、これまでにないジャンルの製品も増えている。たとえばレノボは「目覚まし時計」と「タブレット」の2機種を発表した。

レノボの目覚まし時計「Smart Clock」(左)とタブレット「Smart Tab」(右)

Googleアシスタントに対応した「Smart Clock」は、目覚まし時計の置き換えを狙った製品だ。音声だけでなく画面のタッチ操作にも対応しており、カレンダーの予定や寝覚めのいい音楽、室内の照明と連動した目覚まし機能を提供する。

一方、Amazon Alexaに対応した「Smart Tab」は、一般的なAndroidタブレットとして使えるほか、ドックに置くと音声とタッチで操作するスマートディスプレイに早変わりする。自宅でも外出先でも1台2役で使えるお得さが特徴だ。

アップルが投げかける「プライバシー」問題

CESに両社が注力する背景には、音声アシスタント市場におけるシェア争いがある。「Amazon Echo」や「Google Home」といったスマートスピーカーの売上ではグーグルがアマゾンを猛追しており、2018年第1四半期には逆転劇を果たした(英Canalys調べ)。しかし第3四半期にはアマゾンが再び首位に立つなど、接戦が続いている。

その勢力はスマートスピーカーを越えて、家電全体に広がりつつある。家電の操作といえばスイッチやリモコン、タッチ操作が一般的だが、音声に対応する製品は増えている。これまで独自の音声アシスタント「Bixby」を展開してきたサムスンも2019年にはグーグルとアマゾンとの連携を発表した。

サムスンはスマートTVでグーグル、アマゾンと連携

このまま音声が普及していけば、世界中の人々がインターネットのサービスやコンテンツにアクセスする手段になる可能性がある。音声アシスタントのシェア争いは、スマホOSのシェア争いと同じくらい重要というわけだ。

ただ、音声操作はプライバシーに関する懸念もある。音声操作を受け付けるには、マイクが常時オンになっている必要があるからだ。マイクをオフにする機能はあるとはいえ、家庭内のプライベートな会話を常にマイクに拾われるのは心地よいものではない。

この問題に一石を投じたのがアップルだ。CES会場からよく見えるホテルの壁に意見広告を掲載。ラスベガスの有名なコピーをもじって「iPhoneで起きることはiPhoneの中にとどまる」と訴え、サードパーティと広く連携するアマゾンやグーグルを牽制した。

アップルはCESでプライバシー重視をアピール。元々の言葉は、「What happens in Vegas stays in Vegas.(ラスベガスで起きたことはラスベガスに残る)」というもの

アップルも独自の「Siri」をiPhoneに搭載し、スマートスピーカー「HomePod」も販売している。だがサードパーティとは積極的に連携していないため、音声のシェア争いでは不利な立場に追い込まれている。アップルがこのまま「プライバシー重視」路線を貫くかどうかも、音声アシスタント市場の行方を左右しそうだ。

一度は姿を消したワイヤレス充電が再びメジャーになった理由

知って納得、ケータイ業界の"なぜ" 第30回

一度は姿を消したワイヤレス充電が再びメジャーになった理由

2019.01.21

いまや当たり前の「ワイヤレス充電」スマホ

開発も販売も、実は日本が世界初だった

過去にナゼ廃れたのか、今はナゼ流行っているのか

最近、ケーブルに接続する必要なく充電ができる、ワイヤレス充電に対応したスマートフォンが増えてきている。一時は姿を消していたワイヤレス充電が、ここにきて再び脚光を浴びるようになったのはなぜだろうか。

世界初のワイヤレス充電対応スマホは日本製

スマートフォンを充電する際、多くの人は充電用の電源ケーブルに接続して充電していることだろう。だがここ最近、スマートフォンをケーブルに接続することなく、専用の充電台に置くだけで充電ができる「ワイヤレス充電」に対応したスマートフォンが増えているのだ。

例えばアップルのiPhoneシリーズであれば、2017年発売の「iPhone 8」シリーズ以降からワイヤレス充電に対応している。他にもグーグルの「Pixel 3」やサムスン電子の「Galaxy Note 9」、そしてファーウェイの「HUAWEI Mate20 Pro」など、海外製のハイエンドスマートフォンを中心として、ワイヤレス充電に対応したスマートフォンは着実に増えている。対応スマートフォンの広まりとともに、ワイヤレス充電をするための充電器も数が増え、家電量販店などで目にする機会も増えている。

ワイヤレス充電対応機種は急増しており、「iPhone XS」など最新のiPhoneもワイヤレス充電に対応している

充電をするためにケーブルに接続するというのは手間がかかるし、何よりケーブルは絡まりやすく取り回しが面倒なもの。それだけに、スマートフォンを置くだけで充電できるワイヤレス充電は消費者にとって非常に便利だ。したがってスマートフォンに搭載するという動きも比較的古くから進められていたのだが、現在のように広く普及するまでにはかなりの時間を要している。

実は、スマートフォン単体でワイヤレス充電ができる機種が最初に投入されたのは日本で、開発したのも日本企業である。2011年にNTTドコモから発売された、シャープ製の「AQUOS PHONE f SH-13C」がそれに当たり、Wireless Power Consortium(WCP)が策定したワイヤレス給電規格の1つ「Qi」に対応。Qi対応の充電器に置くだけで、スマートフォンを充電できる仕組みを備えていたのである。

世界初のワイヤレス充電対応スマートフォン「AQUOS PHONE f SH-13C」は、2011年にNTTドコモが提供。専用の充電器も提供していた

しかも当時、NTTドコモはQi対応のワイヤレス充電ができるスマートフォンの開発に力を入れており、「おくだけ充電」という名称まで付けて積極的なアピールを進めていた。さらにシャープだけでなく、NTTドコモと関係の深い他の国内スマートフォンメーカーともQi対応のスマートフォン開発を進め、市場に多くのワイヤレス充電対応スマートフォンが存在した時期があったのだ。

規格や充電性能の問題が解決し採用機種が増加

だが2013年を境に、NTTドコモのラインアップからワイヤレス充電対応のスマートフォンが一時期姿を消し、ワイヤレス充電は急速に存在感を失うこととなる。当時ワイヤレス充電に力を入れていたパナソニックモバイルコミュニケーションズやNECカシオモバイルコミュニケーションズなどが、iPhoneなどに押されてスマートフォン市場から撤退した影響も大きいが、より本質的な要因は2つあると考えられる。

1つは、急速充電に対する消費者のニーズが高まっていたためだ。当時はバッテリーの性能が現在より低かったため、スマートフォンを使っているとあっという間にバッテリーを消費してしまい、不満の声が多かったため、何よりも素早く充電できることが強く求められていたのだ。しかしながら当時のQiは電力の出力が弱く、充電速度が遅かったことから、消費者のニーズとマッチせず姿を消してしまったのである。

そしてもう1つの理由は、ワイヤレス給電規格が複数存在し、業界全体で、どの方式を採用するか方向性が定まっていなかったため、後続するスマートフォンがなかなか出てこなかったことだ。実際、2015年に日本でも発売されたサムスン電子の「Galaxy S6」「Galaxy S6 edge」はQi規格だけでなく、Power Matters Alliance(PMA、現在はAirFuel Alliance)が策定したワイヤレス給電規格も採用することで、ワイヤレス充電に対応させている。

2015年発売の「Galaxy S6 edge」は、当時まだ事実上の標準規格が定まっていなかったこともあり、複数のワイヤレス給電規格に対応していた

そして最近になってワイヤレス充電が再び日の目を見ることができたのは、それらの課題が解決したことが大きく影響している。急速充電に関しては、当初Qiのモバイル機器に向けた「Volume I」という規格では、送信できる電力が5W以下とされていたため充電速度が遅かったのだが、その後10W、15Wといったより大容量の送信ができる規格の策定が進んだことで、より速く充電できるようになったのである。

また規格の統一に関しては、アップルなど影響力の大きな主要スマートフォンメーカーがQiの採用に傾いたことで、Qiがスマートフォン向けの事実上標準規格となった。そのため多くのスマートフォンメーカーがQiを採用しやすくなり、急速に数が増えたといえる。

さらにもう1つ、高いデザイン性や防水性能など、スマートフォンに求められる要素が年々増えていることも、ワイヤレス充電が復活した大きな要因として挙げられるだろう。一方で、かつて必要だったPCへの接続など、スマートフォンに何らかのケーブルを接続する必要性は年々薄くなっている。将来的にはスマートフォンのワイヤレス充電対応が当たり前となり、充電用のUSB端子やLightning端子がなくなることも十分あり得るだろう。