なんでPeachやVanillaのようなLCCは激安なのか

夏目幸明の"スッキリする"カイシャの話 第2回

なんでPeachやVanillaのようなLCCは激安なのか

2017.01.30

経済ジャーナリスト夏目幸明がおくる連載。巷で気になるあの商品、サービスなどの裏側には、企業のどんな事情があるのか。そんな「気になる」に応え、かつタメになる話をお届けしていきます。

LCCは安い! ってイメージ、確かにありますよね……「提供:Peach」

格安航空会社(ローコストキャリア・LCC)の運賃を見て、あまりの安さにびっくりしたこと、ありませんか? たとえばPeachなら、大阪(関西空港)~長崎線が3290円から、大阪~ソウル(仁川空港)線は5280円から。Vanilla Airも、東京(成田空港)~那覇が5940円から。こんなの、夜行バスより安いじゃん! ちなみに関西空港から「特急はるか」で新大阪まで行くと2260円かかります。長崎に行くのと大阪らへんを移動するのとあんまかわらへんのかい! という関西人の皆さんのツッコミが聞こえてきそうです。

ちゃんと黒字が出てるのか心配になりますよね。

ええ、不思議なことに、ちゃんと出てるんです。

LCCのCAは大きなキャリーバッグを引かない

LCCのビジネスモデルは、70年代に生まれました。当時、飛行機に乗るのはちょっとしたイベント。搭乗時間に遅れてもある程度は待ってくれ、CA(当時はスチュワーデスと呼ばれていました)が飲み物や機内食を持ってきてくれるなど、至れり尽くせり! そのかわり運賃は高額でした。

すると……「これ、サービス過剰じゃね?」と疑問が湧いてきます。電車やバスのように「目的地に着けばいいや」と思う旅客も多かったのです。

そこで、英国のレイカー航空(現在は倒産)、アイルランドのライアンエアーなど、安さをウリにする航空会社が誕生しました。そして日本でも、98年にSKYMARK、エア・ドゥが運航を開始。ANAやJAL(LCCに対し「レガシーキャリア」と呼ばれます)も「このままではいつか格安航空会社に市場を奪われてしまう」とLCCのビジネスモデルを研究し始め、2012年3月にはANAの出資を受けたPeachが運航を開始しています。(なお「どの会社がLCC」という基準はありません。SKYMARKの市江正彦社長いわく「当社はサービスと低価格を両立しているからLCCではない」とのこと。LCCかどうかは、実際、何となくの世論で決まっています)

いずれにせよ、これら「安さがウリ」の航空会社は、ひたすらにむだなコストを省きます。例えばPeachもVanillaも、飛行機を欧州エアバス社のA320型機で統一しています。飛行機の整備は機種ごとに資格が必要です。仮に、長距離を飛ぶことができる大型機・B747を持てば、米国便や欧州便も飛ばせますが、同機を扱える整備士を新たに雇用しなくてはなりません。よほど工夫しなければむだが生じるため、多くの格安航空会社は機種を1つに絞りコストを削減しています。また、1機種であれば予備の部品のストックも少なく済みます。

また、LCCは着陸から離陸までの時間も短く設定しています。せっかくの飛行機をフル活用するため、なるべく早く出発するのです。だから電車やバス同様に、乗り遅れたら待ってくれません。しかし遅延が発生したとき、遅れを取り戻す時間的余裕がないため、レガシーキャリアに比べ定時運航率は下がる傾向があります。

お客さんにもサービスの対価を支払ってもらいます。機内食や飲み物は有料。手荷物が多い場合、重い場合も費用が発生します。でも考えてみれば、機内食や飲み物はいらない場合もあるはず。しかしレガシーキャリアの場合、ちょっとお高めの運賃に機内食や飲み物の代金も含まれているから「食べなければ損」。筆者は「食べたい人だけ食べる」ほうが合理的だと感じます。

さらに、人材も効率的に運用します。ANAやJALのCAさんの中には、キャリーバッグを引いて歩いている人がいます。このCAさんはたいてい、勤務による「泊まり」があります。一方、LCCは極力、宿泊なしの効率的なシフトを組む場合が多いので、大荷物のCAさんを見かけることはあまりありません。

だからといって、ソウルまで5280円は安すぎでしょ? と思いますよね。その通りで、この価格はあくまで「最安値」。運賃は、絶えず変動しています。たとえば「売り出した当初は最安値でも、座席が埋まってきたら高くなる」とか「繁忙期はそもそもの価格が高い」場合も。ようするに最安値は、ユーザーに「こんなに安いんだ!」というイメージを植え付けるために設定されている「広告効果」を狙ったものでもあるのです。

といってもLCCは、レガシーキャリアに比べ、半額程度の印象がありますが。

「おあついのがお好き」で社員の意識を改革!

さらに、彼らの努力の中には、マーケティングやマネジメントを理解する上で興味深いものもありました。以前、Peachの井上慎一CEOを取材したときのこと。井上CEOは、同社立ち上げの時期に、こんな激論があったと明かします。

「飛行機に搭乗するとき、飛行場の建物と機体の乗降口を結ぶ機材をPBB(パッセンジャーボーディングブリッジ)と言います。当社はこれを使わず、タラップ(階段)を使って乗降してもらおう、と考えたんです」

PBBは高価なため、これを使わなければ運賃を一人あたり100円程度(Peachの公式見解でなく、一般的に)下げることができます。ただし社内では反論がありました。「雨の日はどうするのか?」と言うのです。「傘を準備しておけばいい」と言っても「いや、PBBを用意するくらいは最低限のサービスでは?」と反論されました。

しかし、井上CEOは、PBBを使いませんでした。

「実は立ち上げまでに、過去、事業を精算してしまったLCCの分析もしていたんです。うまくいかなかったLCCは、レガシーキャリアの影響を受け『このサービスはなくせない』『これだけは残したい』などと考えるうち、差別化がはかれなくなっていました」

ごく簡単なマーケティングの基本です。「本家の劣化版」のような商品を出しても、絶対、売れません。仮に、店に行ってコーラを買うとします。いつものコーラと、それより10円安い、聞いたことがないメーカーのコーラがあったらどっちを買いますか? ほとんどの方が「いつものコーラ」ではないでしょうか? でも、そのコーラに特徴があったらどうでしょう?  たとえば「特保のコーラ」や、「値段が半額程度」ならインパクトがあるかもしれません。だから井上CEOは、「とにかく低価格!」という特徴を出すなら、思い切って過去の慣習など捨てるべき、と考えたのです。

マネジメントにも工夫がありました。Peachには、ANA出身者が多数います。そんな中、LCCの分析をした井上CEOが「航空業界の慣習を捨てる」と宣言しても、レガシーキャリア出身者は、無意識のうちに慣習に引きずられてしまいます。

そこで、彼らは何をしたか。

筆者がPeachの取材に行った当時、社屋のエアコンに「おあついのがお好きでしょ?」という張り紙がありました。「冷房の設定温度は高めに」をユーモラスに表現したものです。エレベーターのボタンの隣には「1かいだけの関係ならお断りよ」。これは「1階しか移動しないなら階段を使おう」という意味です。いずれも、井上CEOの意図を理解しているCAたちが発案したものでした。井上CEOが言います。

「節電で運賃がどれだけ下がるかと言われれば大したことはないでしょう。しかし社員は、この張り紙を見て『これぞ弊社のスタイル』と理解してくれるはず。すると、現場の人員が積極的にコスト削減の案を出してくれるようになります。イノベーションを起こそうと思ったら、社員のマインドから変えるしかないのです」

今では社員やCAが「飛行機を洗うならみんなで洗おう! (飛行機の洗浄にかかるコストを節約しよう)」と、レクリエーションのように楽しむ案を出してくれているとか。

このように、PBBをなくすような小さな積み重ね、さらには「うちはレガシーキャリアの慣習には縛られない」と社員の意識を変えることにより、低運賃でも利益が出る体質ができあがったのです。

なお、最後に気になることを聞いてみたら、Peachの井上CEOも、Vanillaの五島勝也社長も、SKYMARKの市江社長も、皆揃って同じ答えを返してきました。

それは“安全に関わるコストだけは、一切手をつけていません。これは聖域です”というもの。

さて、皆さんは、どの会社を選びますか?

著者略歴

夏目幸明(なつめ・ゆきあき)
'72年、愛知県生まれ。早稲田大学卒業後、広告代理店入社。退職後、経済ジャーナリストに。現在は業務提携コンサルタントとして異業種の企業を結びつけ、新商品/新サービスの開発も行う。著書は「ニッポン「もの物語」--なぜ回転寿司は右からやってくるのか」など多数。
総務省施策が追い風に? 携帯分離の「歴史的チャンス」狙うファーウェイ

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2019.03.20

モバイル業界を変える「携帯値下げ議論」が過熱

ファーウェイは日本を取り巻く環境を「歴史的チャンス」と発言

コスパ高いミッドレンジ端末でシェア拡大を目指す

20日、NTTドコモが特定の端末の購入を条件に通信料金を割り引く「docomo with」、購入する端末に応じて通信料金を割り引く「月々サポート」を終了する方針を固めたという報道が話題となっている。

国内のモバイル業界では携帯電話料金見直しが進んでおり、3月5日には総務省が中心に進めてきた端末代金と通信料金の分離が閣議決定された。NTTドコモは分離プランを軸とした新料金プランを4月に発表する見込みだ。

日本のモバイル市場を大きく変えるこの動きを「歴史的チャンス」と見ているのがファーウェイだ。2018年末から米中対立が加速する中、ファーウェイが打ち出すメッセージも語気を強めている。果たして日本市場でシェアを拡大できるのだろうか。

逆風吹けども、依然として業績は好調

今年に入り、ファーウェイの周辺が騒がしい。3月7日には、ファーウェイは米国政府を相手取って訴訟を起こした

さらにその内容をFacebookでライブ配信するなど、米国以外の世界市場に向けたメッセージにもしており、そのメッセージをまとめたウェブサイト「Huawei Facts」は、わざわざ日本語版も用意している。

2018年末から続く米中対立を巡る報道は、ファーウェイの業績にどのような影響を与えたのか。MWC19でインタビューに応じたファーウェイ・ジャパンの呉波氏は、「一部の消費者は影響を受けたが、2019年に入ってから売上は大幅に伸びている」と語った。

ファーウェイ デバイス 日本・韓国リージョン プレジデントの呉波(ゴ・ハ)氏

話題の「折りたたみスマホ」でもファーウェイは先行する。

ファーウェイに先立って折り畳みスマホを発表したサムスンだが、こちらはMWCではガラスケース内での「展示」のみにとどまったのに対し、ファーウェイは「Mate X」の実機を用いて報道関係者に折り曲げを試させるなど、製品化で一歩先を行っていることをアピールした。

ファーウェイの折りたたみスマホ「Mate X」。報道陣には手に取って折り曲げてみる機会も用意された

Mate Xは次世代移動通信の「5G」にも対応しており、日本では5Gサービスの開始を待って投入時期を見極める方針だという。

ちなみに3月26日に発表予定のフラグシップ機「HUAWEI P30」シリーズは、例年通りのタイミングで日本市場に投入するようだ。SIMフリーでの発売だけでなく、ドコモが採用した「HUAWEI P20 Pro」のように大手キャリアによる採用があるかどうかも注目したい。

分離プランを「歴史的チャンス」と捉えるワケ

一方、2019年の国内モバイル市場で話題となっているのが携帯料金における「分離プラン」の導入だ。KDDIとソフトバンクはすでに導入済みだが、NTTドコモは4月に発表する新料金プランから本格導入するとみられている。

分離プランの特徴は、NTTドコモの「月々サポート」のように回線契約と紐付けた端末の割引が禁止される点だ。端末の割引自体が禁止されるわけではないというものの、大幅な割引は難しくなる。その結果、10万円を超えるようなハイエンド機ではなく、3〜4万円で一括購入しやすいミッドレンジ機の需要が高まるとの見方が有力だ。

この動きをファーウェイはどう見ているのか。

呉氏は「非常に重要視している。スマホが登場したときや、SIMフリー市場が始まったときのインパクトに引けを取らない、歴史的な瞬間になる」と興奮気味に語る。

日本のSIMフリー市場でベストセラーとなった「HUAWEI P20 lite」を始め、ファーウェイのミッドレンジ機のラインアップは厚い。モデルによってはフラグシップと同じCPUでミッドハイの価格を実現するなど、コスパの高さも特徴だ。大手キャリア向けにさまざまな提案ができる体制といえる。

フラグシップと同じ「Kirin 980」搭載でミッドハイ価格の「HONOR View 20」

また、5G対応も順調だ。

モバイルWi-Fiルーターに強みを持つファーウェイは、MWC19でも5G対応ルーターを多く出展していた。日本ではまだ周波数の割り当てが終わっていないものの、国内大手キャリアは2019年内にもプレサービスを始める動きがある。5Gスマホが普及するまでの間、5Gルーターの需要は高まる可能性がある。

5G対応のモバイルWi-Fiルーターも出展していた

ミッドレンジ市場の拡大を狙って、今年はシャープやサムスン以外にも、ソニーモバイルの参入も予想されている。

この価格帯が激戦区になることは間違いないが、ファーウェイはその中で高コスパの製品ラインアップや、国内での地道な販促活動やブランドメッセージの打ち出しによって対抗していく構えだ。

ヨドバシカメラ梅田店での販促イベントの様子
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2019.03.20

Googleが新しいゲームプラットフォームを発表

配信方式でゲーム機不要、「ゲーム機」の時代の終焉?

2019年内にローンチ、性能はプレステやXbox以上か

3月19日、米国で開催中のゲーム開発者会議「GDC 2019」の会場で、Googleがクラウドベースのゲーミングプラットフォーム「STADIA」を発表した。特定のゲーム機に縛られず、ネットに接続したスマホやパソコン、テレビを通してストリーミング(配信)形式でゲームをプレイできる。

この事業を担当するバイスプレジデントとして、STADIAを発表するフィル・ハリソン(Phil Harrison)氏。そもそも彼からして、元はソニーのプレイステーション立ち上げの主要メンバーで、その後Microsoftに移りXboxを担当したという経歴の持ち主

かねてより、MicrosoftのXbox事業のトップマネージャーを引き抜いた、ソニーでPlayStationのハード開発にかかわったエンジニアが転職したといった噂が頻繁に流れており、「Googleがゲーム市場に本格参入する」という憶測は強まっていた。実際に2018年には、Googleは「Project Stream」と呼ばれるストリーミング形式のゲーム基盤の計画を発表し、米国内でベータテスターを募って技術テストを行っていた。

STADIAは、Project Streamの延長線上にあるサービスと見られる。ユーザーは特定のゲーム機を持っている必要がなく、従来のゲーム機の役割をするのはGoogleの設置するデータセンターだ。簡単に言えばクラウドサービスのように、実際にゲームタイトルが動作しているのはデータセンター側で、ユーザーはインターネットを介してゲームを遠隔でプレイする。

STADIAのデータセンターから配信されたゲームをパソコンでプレイしている様子
パソコンで遊んでいたのと同じゲームを、タブレットやテレビでも同じように遊ぶことができる

このプラットフォームの特徴によって、例えばYouTubeで新作ゲームのトレーラー動画を見ていて気に入ったときには、そのページ内の「プレイする」ボタンを押すだけで、インストールすら不要で、動画を再生するかのようにそのゲームをプレイできるようになる。

そして、STADIAのデータセンターが持つゲーム機としてスペックは、サービス開始時のものとして、GPUの演算性能は10.7テラFlopsに達するといい、これはPlayStation 4 Proの4.2テラFlopsや、Xbox One Xの6.0テラFlopsを大きく上回る。映像品質も4K/60fpsのストリーミングに対応し、将来は8K/120fps対応も予定しているという。

STADIA用の「STADIAコントローラー」も販売する。SNSアップ用のボタンや、Googleアシスタントボタンが備わっている

Googleは2019年中にSTADIAをローンチする予定で、まずは米国、カナダ、欧州でサービスを開始すると説明している。発表を受けた翌20日の東京株式市場では、任天堂とソニーの株価が揃って大きく下落した。投資家たちが、GoogleのSTADIAによって、Nintendo SwitchやPlayStationのビジネスが脅かされると考えたからだ。

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